Arcadia 〜もうひとつの聖戦〜 序章
作:きぁ





序章:伝説の嚆矢


 薄暗い室内で、清水をそのまま宝玉に仕立てたような水晶球が、天空に瞬く星の如く、淡く儚い光を放っている。
 その前に立った“彼女”は、それを優しく包み込むように、細く美しい指を差し伸べていた。水晶球は無言の問い掛けに応えるように、時折、まさしく変光星の煌めきを以て、闇のただ中に神秘的に“彼女”を浮かび上がらせている。
 仄青い光に照らし出された華奢な掌は、幼子のそれであった。
「“白銀の……女神”が……、“紅の神”に出逢う……」
 言葉は、“彼女”自身の意識さえも超越し、何者かが憑依しているかのようで、神の言霊の如く神聖不可侵な響きを帯びている。
 水晶球の奥底には、見つめる“彼女”のみ知る世界が映し出されている。
 それは、人々が“未来”と呼ぶ世界。
 何人たりとも、垣間見ることの許されない久遠。
「“聖戦”の続きが、動き出す……」
 突然、それまでの幻想的な光の饗宴が途絶えた。水晶球は輝きを失い、周囲は再び、混沌に満ちた暗灰色に没した。
 “彼女”は頭を振った。
「……きっとまた、大勢の人が死ぬ……」
 吐息混じりに呟いた一言には、既にあの神憑り的な気配はなく、ただただ、畏怖と戦慄の顕れとして薄闇に零れ、消えた。


 幾千幾億の時代を経た過去――或いは未来、“地球”にはふたつの種族がいた。
 永い歳月をかけ、地上に文明を築き上げた“地上人”。
 そして、豊饒の大地を捨て、凍てついた“天上”世界へ追われた“天上”の人間――“天上人”。
 “天上人”は、“地上人”が生を受けるよりも遙かに昔から“地球”にあって、そこに現在暮らす人間以上の栄華を誇った時代さえあった。
 また、彼等の一部は、古代より“神”に喩えられる特殊で非凡な“力”を持っていた。
 やがて彼等は“力”に傲り、欲を覚え、与えられた “力”を更に強大で確固たる“形”に結集させる術を生み出した。則ち、神をも越える“天上人”の創成――“破壊”を意味する邪悪な“神”の誕生である。
 “天上人”は美しき大地を護る為、一族の中でも特別な力を持った“7人”の聖者を集め、“破壊”を封印し、世界を現在の“地球”を含めた“8つ”の惑星に分断した。

 その戦いを人々は“聖戦”と呼んだ。