最後のバンブ島 2
作:しんじ



2、アメフラシ




 「アメフラシ」というのは実在の生物で浅瀬などで見かけることができる。
 カラのないかたつむりというか巻貝と言うかそのような形をしていて紫色。が、大きさはかたつむりなんかよりずっと大きく20〜30cmほどもある。また、触れると紫色の汁を出すところなんかはタコに似ている。
 「アメフラシ」という名前の由来は春先の雨の多い時期によく見られるからではないかと思うのだがどうだろう。


 4人の乗った舟がブルータウンに帰りついても雨は止んでいなかった。
 舟が砂浜に着くとガレオンはチケットを背負い急いで舟から降りる。ついでタイシン、ハヤヒデも降りる。
 ハヤヒデは舟から降りると、舟を砂浜に引き上げ波にさらわれてしまわないようにする。
 ハヤヒデがそうしている間ガレオンは
「この町に医者は?」
 とタイシンに聞いた。
「そんなものはいない」
 タイシンは答えながらチケットを見る。ガレオンに背負われたチケット。もう意識はなくしてしまっているようだ。
「チケットは……」
 とタイシンはガレオンの方を向き「チケットは死ぬのか?」
「分からない。とにかく医者に連れて行かないと」
 ガレオンはそう答えた。
「医者なんてこの町にはいない」
 タイシンは再び言った。するとガレオンは
「俺がなんとかする」
 と答えた。
 雨が冷たい。何でもいいからチケットをこの雨から守らないと。
 タイシンはそう思って自分の着ているものを脱ぎ、ガレオンの背で眠るチケットにかけた。
 が、もともとずぶぬれの服をかけてやったところで効果はなさそうだった。
 裸になったタイシンの上半身に雨が直接当たって冷たい。タイシンは身ぶるいした。
「よし、行こう」
 ガレオンが言った。ハヤヒデの舟の引き上げが終わったのだ。
 ガレオンはチケットを背負ったまま走り出す。タイシン、ハヤヒデもそれに続く。
「おい! どこに行くんだ!」
 タイシンは前を走るガレオンに言った。
「だから医者だって言ってるだろ!」
 ガレオンが言う。すると天然パーマのハヤヒデが
「この町に医者はいしゃい!」
 と緊急事態にあって冗談を言おうとする。
 もはや病気だ。こいつが医者に行くべきだ。
 タイシンはそう思ったが口に出す余裕はなかった。
「この町にいなくても俺の街に医者はいる」
 ガレオンは言った。
 ――上の街ブルーエンプレスか。
 タイシンはそっちに一度も行ったことがない。タイシンは上の街に足を踏み入れるということに戸惑いを感じながら、木造の低い家ばかりのブルータウンを走っていた。


 ブルータウンに面して絶壁がある。その壁は高いところでは50m以上あると思われ、そしてその上にはエンプレス(女帝)の治める王都ブルーエンプレスがある。
 そこに行くにはブルータウンとブルーエンプレスをさえぎる壁がなくなっているところ、町の外れまで行かなければならない。
 しかしそこまで行ったとしてもブルータウンの住人がブルーエンプレスに入ることはできない。なぜならブルーエンプレスには街を囲む巨大な壁と門があり、そこの門番がブルータウンの人間には簡単に門を開けてくれないからだ。それほどまでにブルーエンプレスにはブルータウンの人間に対する差別意識があるのだ。
 タイシンたちがその門に着くとそこには二人の門番が立っていた。
「お、ガレオン。雨の中どこ行ってた」
 体格のいい方の門番がガレオンを見て言った。雨の中、だがここ門の下は雨にぬれない。
「あれ、その汚い連中はお前の知り合いか」
 タイシンたちを見てもうひとりの小さい方の門番が言った。
 誰が汚い連中だ。
 タイシンはそう思って顔をしかめた。
「誰が汚い連中だ」
 ガレオンが言った。
 タイシンはガレオンがそんなことを言ってくれるなんて思ってなかったのでおどろいてガレオンの顔を見た。しかしガレオンはいつもと変わらない顔をしていた。
「いや、そんなことよりここを通してくれ。コイツが死ぬかもしれない」
 ガレオンは言った。そして背負っていたチケットを降ろす。すると、冷えないように、とチケットにかけていたタイシンの服も下に落ちる。タイシンはそれを見て自分の服を拾い上げた。再びチケットにかけようかとも思ったが意味がないことに気付いてやめた。
「顔色悪いな」
 門番の小さい方が言った。
「だから死ぬかもって言ってるじゃないか!」
 タイシンは怒鳴る。すると天然パーマのハヤヒデが
「落ちつけって、兄弟」
 とタイシンをなだめる。
 そういえばハヤヒデはずっと冷静だ。タイシンは子供の頃からハヤヒデと一緒にいるがこんなに冷静な人間だとは思ってなかった。
「医者に連れて行きたいんです。通してもらえませんか」
 ハヤヒデは門番にていねいに言った。それから「急ぐんです」と付け加える。
 二人の門番は困ったような顔をした。そしてハヤヒデの顔を見ながら、
「俺たちの一存じゃ決められない。すまない」
 と体格のいい方の門番は頭を少し下げて言った。
「しかし、とにかくそいつを休ませてやれ。そこぐらいは貸してやる」
 と小さい方の門番は門のそばの小屋を指さして言った。
「俺たちの仮眠小屋だ」
 タイシンとハヤヒデはそれを聞くと急いでチケットを抱えあげて運ぼうとする。
 タイシンとしては最初から門を通してくれるとは思っていなかった。
「結局通してくれないんだな」
 ガレオンは門番に言った。
「すまない」
 二人の門番はそう言って再び頭を下げた。
「しかしガレオン、お前は通っていい。ここの住人だからな」
 体格のいい方の門番は言った。
「それはつまり医者を呼んできてもいいってことか」
 とガレオンが言うとその門番は
「そうしてくれ」
 とだけ言った。


 石造りの仮眠小屋の中は狭く寒かった。
 タイシンとハヤヒデはチケットをゆっくり運び、二つあるベッドのうちの一つに寝かせる。
 チケットの呼吸は荒く、それでいて息をしづらそうだった。
「びしょびしょだ」
 ハヤヒデはチケットの服をつまんで言った。
「脱がせた方がいいな」
 タイシンはそう言ってチケットの半そでのシャツをつかむ。ハヤヒデはチケットのズボンをつかむ。
「よっ」
 とか言いながらタイシンがシャツをひっぱって脱がせるとハヤヒデもチケットのズボンを下げる。
 ハヤヒデがズボンを脱がせたときに一緒に下着も脱げてしまった。脱げてしまったが、まあどうせ下着も脱がせるつもりだったので全裸になったからと言って特に問題はない。
「やっぱり寒いんだな」
 ハヤヒデはチケットのモノを見ながら言った。
「ああ。雨が冷たいんだろう。ふいてやろう」
 タイシンはそう言ってベッドのすぐそばに置いてあった誰かの服をつかんでチケットの体を拭きはじめた。ハヤヒデもそれを見て真似する。
 二人はチケットの体を拭きおえるとこのベッドもぬれてしまっていることに気付いた。タイシンは
「そっちのベッドに動かそうか」
 と言った。
「そうしよう」
 ハヤヒデも同意した。
 そう決まると二人はすばやくチケットを隣りのベッドに移し、布団をかけてやる。
「とりあえずはこれでよし、だ」
 タイシンがそう言うとハヤヒデも無言でうなづく。
 と、タイシンはここに来てはじめて気付いた。
「俺たちもびしょぬれだなあ」
 タイシンはぬれた少し長い髪をさわりながら言った。するとハヤヒデがそばに置いてある誰かの服をつかんで投げてよこし
「こいつでふいとけ」
 と言った。
 これは明らかに門番たちの着替えだと思われるが、門を通してくれなかった門番たちへのささやかな復讐になる。
 タイシンは門番たちの服でぬれた体を拭きおえると「寒いなあ」とつぶやき肩をすくめた。そしてチケットのいない方のベッドに腰かける。
 ハヤヒデもぬれた天然パーマを入念に拭きおえるとチケットの眠っている方のベッドに腰掛けた。そしてチケットの顔を見つめ
「どうしてこんなことになっちまったんだろう」
 とつぶやいた。


 タイシンとハヤヒデがこの仮眠小屋でしばらく待っているとようやくガレオンが一人の男を連れてやってきた。ガレオンとその男は走ってきたようで息を切らせていて雨にもぬれていた。傘はさしてきたのだろうが走ったのでぬれてしまったのだろう。
 タイシンとハヤヒデはその男を見るとなぜか立ちあがって構えた。
「スプリングバンブーの実を食べたんだってな」
 そう言いながらその男はベッドで眠るチケットの方に歩み寄る。
 小柄で白髪のその男はどこか厳しそうな雰囲気を持っていて、医者だと感じさせるものを持っていた。
 スプリングバンブー。
 ガレオンもその名を口にしていたがタイシンはそれを聞いたことがない。
「スプリングバンブーって?」
 タイシンは聞いた。
 しかしその医者と思われる男は何も答えず手にしたバッグから何かを取り出した。
 緑色の液体の入った大きめのビンだ。
 その医者と思われる男はビンについたコルクのフタを引き抜くと、チケットの口を手で開けビンに入った液体を流しこんだ。
 そしてチケットの口を閉じさせ手で口を押さえさらに鼻もつまむ。すると眠っているチケットは、
「ヴ!」
 という声を出した。眠っている時に何かを口に入れられるとこうなるのは当然なのだが、チケットはその液体を飲むことに成功したようだった。そしてタイシンはこれでチケットが目を覚ますのかと思ったがそうではなく、チケットは相変わらず眠ったままだった。
 眠ったままではあったのだけれど荒い呼吸はおさまりつつあった。
 医者はチケットのこの様子を見て、
「ふうっ」
 と息をついた。そして、
「スプリングバンブーか。やっかいだな」
 その言葉にガレオンは目を2、3度しばたかせて
「え? 今の薬で治ったんじゃないのか?」
 と言うと医者は首を横に数回振り
「スプリングバンブーの毒はこれだけじゃ治せない」
「治せない? それは治らないってことか?」
 と今度はタイシンが聞いた。天然パーマのハヤヒデも
「それとも他になにかいるっちゅーことですかね?」
 と聞く。
 医者はハヤヒデの方を向いて首を一度だけ縦に振り、
「今、飲ませた薬は毒の症状をやわらげたに過ぎない。だからまた2、3日もすれば容態は悪化してしまうだろう」
「じゃあどうすればいいんだ」
 ガレオンが聞くと医者はうなずき、
「スプリングバンブーはお前も知っているだろう、ガレオン」
「知ってる。バンブ島に生える木、いや生えていた木だ。絶滅したと習った」
「ではなぜ絶滅したかは知らないだろう」
 医者がそう言うとガレオンは首を振り、
「知らない」
 と言う。すると医者は再びうなずき、
「理由は簡単だ。バンブの木とスプリングバンブーの木は共生できないからだ。どちらかが滅ぶようにできている」
「スプリングバンブーが滅んだ」
 とタイシンが口をはさんだ。
「そうだ」
 医者は言った。
「いや、そんなことよりチケットはどうやったら治るんですか」
 ハヤヒデが天然パーマの頭をかきながら言った。
「分からないか?」
 医者は言う。「スプリングバンブーはバンブの木のせいで滅んだんだ」
 その言葉でタイシンは気付いた。
「あ、ああ。バンブの実か」
「え、でも実は秋にならないとならないんじゃ……」
 ハヤヒデがそう言うと医者は
「いや、バンブの花さえあれば私が何とかしよう」
 と言った。
「よし! そうと分かればさっそくバンブ島に戻ろう!」
 ハヤヒデはそう言って手を一度叩いた。
 しかしタイシンは、困ったことになった、と思った。
「どうした?」
 ハヤヒデがタイシンの困り顔を見て言った。
「この雨の中、バンブ島に戻るのは不可能だぞ」
 タイシンは絶望的な顔をして言った。


 医者はチケットの命は2,3日は大丈夫だと言った。しかし保障はできない、できるだけはやくバンブの花を手に入れることが大切だ、とも言った。
「なあハヤヒデ」
 タイシンは言った。
「なんだ」
 とハヤヒデ。
 二人は傘をさして砂浜に立ち海を見ていた。
 この雨と風では傘はジャマなだけだが二人はなぜかがまんして傘をさしている。
 海は雨と風でひどく荒れていて強い波で泡が立ち、暗い海は黒くて白かった。
 タイシンは少し傘をかたむけて空を見た。空は厚い雲におおわれていて太陽がどこにあるかすら分からず、時間が分かりにくかったが夕方ぐらいだと思われた。
「なあハヤヒデ」
 タイシンは再び言った。
「なんだ」
 とハヤヒデ。雨音で声が聞こえにくい。
「……チケット、本当に死んじまうのかな」
 タイシンは暗い海を見ながら言った。
「このまま雨が止まなかったらそうなってしまうかもしれないな」
 と天然パーマのハヤヒデは冷静に答える。
「雨が止まなかったら、か。止まなくてもバンブの花さえを取って来ればチケットは助かるんだろ」
「この雨の海を渡るってのか。そんなことをすればそれこそ俺たちも死んじまう。きっと雨は止む。そう信じよう」
 天然パーマのハヤヒデはそう言ってタイシンの肩を一度叩いた。しかしタイシンは暗い表情を変えずにこう言う。
「俺は見たんだ」
「何を」
 とハヤヒデ。
「アメフラシを」
 タイシンがそう言うとハヤヒデの表情が一瞬で変わる。
「バンブ島にいたのか?」
「そうだ」
「し、しかし……」
 とハヤヒデは少し口ごもってから、
「しかしアメフラシがいたからってアイツがいるわけじゃないだろう」
「でもこの異常に厚い雲は不自然じゃないか?」
 とタイシンは空を指さす。言われたハヤヒデも空を見る。
「……ただの雨雲だ」
 ハヤヒデはそう言ったが表情はそう思っていない風だった。
「ただの雨雲だったとしても!」
 タイシンは強く言う。
「ただの雨雲だったとしてもこの雨が2,3日中に止むとは思えない!」
「止むと思うしかねえだろ!」
 とハヤヒデも怒鳴って言い返す。
 ――とその時、バンブ島に近い海の方で何か巨大な影が動いた。
 タイシンとハヤヒデは驚いてその影を見すえる。その影は水面にほんの少しだけ浮かんでいたようだったが、しばらくすると海の底にもぐっていった。
「……見たか?」
 とタイシン。
「……ああ」
 とタイシン。
「やっぱりいやがった。巨大アメフラシ"ティコティコ"」
 タイシンがそう言うとハヤヒデは
「いたか……」
 と絶望的な声を出す。そして、
「雨は止まない」
 と下を向いて言った。


 チケットは自宅に戻され今はそこで眠っていた。
 医者によるとチケットの意識が戻らないのは内臓の出血とスプリングバンブーの催眠作用のせいなのだと言う。
 タイシンとハヤヒデの二人がチケットの家に戻ってみると、チケットの母親は二人が出ていく前と同じ姿勢でチケットのかたわらに座っていた。
 狭いこの家は部屋が一つしかなく、チケットはその部屋の真ん中に敷かれた布団で眠っている。チケットには父親がいないのでこんな狭い家(小屋?)でも仕方ないのかもしれない。
「あの……おじゃまします」
 タイシンはチケットの母親に声をかけてから家に入る。続いてハヤヒデも入ってくる。
 外が雨なので家(小屋?)の中も薄暗い。が、節約のためかランプに火は入れられていない。
「あの……」
 タイシンは眠っているチケットのそばに座りながら、
「あの……バンブの、花の、ことなんですけど……」
 とタイシンがつまりながら言うと、チケットの母親は、
「この雨だもんね。無理しちゃダメよ」
 と微笑みながら言った。
「はい……」
 そう返事しながらタイシンはうつむく。
 タイシンは、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「すいません」
 ハヤヒデが言った。
 しかしチケットの母親は首を2、3回横に振っただけで何も言わなかった。
 タイシンは眠るチケットの顔を見つめた。あのいつも得意げなチケットの顔にその得意さのかけらも見えず、真っ青な顔をしている。タイシンはいたたまれなくなってチケットの顔から目をそむけた。
 と、部屋の隅に多くの本が積まれているのに気付いた。
 タイシンやハヤヒデ(それにチケットの母親)は字が読めないのでそこに積んである本が何の本なのかは分からない。だが何か難しい本でチケットが毎日上の街に行くための勉強をおこたらなかったことがうかがえた。
 学校もなく教えてくれる人のいないこの町でチケットがどれだけの苦労をしたか、それは計り知れない。
「あら、誰か来たみたいね」
 チケットの母親が言った。
「え?」
 とタイシン。何を言っているのだろうか。
「あ、ほんとだ。誰か来たみたいですね」
 ハヤヒデも言った。
「え?」
 と言いながらタイシンは耳をすませてみると、ドアの方からノックする音が聞こえていた。雨の音にかき消されていて聞こえにくかったのだ。
 チケットの母親が立ちあがってドアの方に向かう。
 チケットと親しい人ならばいちいちノックしたりせずいきなり入ってくるものだが、いちいちノックするってことは……。
 チケットの母親がドアを開けるとそこにはガレオンがいた。小ぎれいな服を濡らし小ジャレた傘をさしている。
「どうぞ」
 チケットの母親はそう言ってから再びチケットのそばに戻る。
 ガレオンは頭を軽く下げ傘をたたんでドアの横においてから、 
「失礼します」
 と言って家に入ってくる。
 ガレオンは眠っているチケットのそばまでくるとそこに座った。そしてチケットの母親の方を向いて、
「僕の知り合いにバンブの花を持っている人がいないか、当たってみたんですが残念ながら……」
 と言った。
「そう……」
 チケットの母親はそれだけ言った。
 ――外はまた雨が強くなったのか、家(小屋?)に打ちつける雨の音が強くなった。
 しばらくこの家の中では激しい雨音とチケットの少し荒い息の音しか聞こえなかった。
「すいません」
 ガレオンは言った。
 しかしチケットの母親は返事をするでもなく首を振るでもなく、ただチケットの顔を見て座っているだけだった。
 雨が止まなければチケットは助からない。それが確かになった。
 タイシンたちはしばらく何も言わずに座っていたが、いつまでもそうしていても何も変わることはないので、
「今日はもう帰ろう」
 とタイシンが切り出した。
 ハヤヒデとガレオンはうなづいた。
「また来ます」
 タイシンはチケットの母親にそう言ってから立ち上がった。
 ハヤヒデ、ガレオンも立ち上がってから軽く頭を下げる。
 ――外は雨。
 雨。雨は何のために降るのだろうか。


 帰り道、3人は思い思いの表情をしていた。
 ガレオンはうつむいて顔をこわばらせ、
「雨が止むのを祈るしかないな」
 と言った。 
「雨は止まねえ。だってティコティコがいたんだもんよぉ」
 と天然パーマのハヤヒデは泣き出しそうな顔で言うと、
「ティコティコ? あの巨大アメフラシ、ティコティコか?」
 とガレオンは驚いて、
「あのティコティコがここの海に来ていてこの雨を降らせているのか?」
 と言い絶望的な表情になる。
 しかしタイシンだけは妙に晴れやかな表情で、
「確かにティコティコがいるかぎり雨は止まない。しかし逆に言えばティコティコさえいなくなれば雨は止むってことだ。何とかなるんじゃないかって気がしねえか?」
「それはティコティコを追い払うっていう意味か?」
 と天然パーマのハヤヒデが言った。するとガレオンが、
「バカな! ティコティコは10mはあろうかっていうバケモンだぞ。それをどうやって……」
「いい考えだ」
 天然パーマが言った。泣き出しそうだった顔が明るくなっている。
「どこがいい考えだ! この雨の中海に出てティコティコを攻撃するってことだろうが! 120%死んじまうよ!」
 とガレオンは反対する。
「チケットを助ける方法はこれしかない」
 タイシンは言った。
「だからってお前らが死んじゃ意味ないだろ!」
 とガレオンは言うがタイシンは、
「チケットを見殺しにしてまで生きる価値が俺にはない。チケットと俺じゃ命の重さが違うんだから」
「バカ言うな!」
 とガレオンは怒鳴るがタイシンは何も答えない。それどころかハヤヒデも、
「チケットは俺たちの光だ。光をなくしてまで生きる必要はないよ、ガレオン君」
 と言って笑った。
「そうそう」
 とタイシンも笑う。するとガレオンは怒りなのかあきれなのか分からない表情をして、
「お前らはバカだ」
 と言った。