最後のバンブ島4
作:しんじ



4、別れ



 ――おい、起きろ。おい。
 遠くで呼ぶ声が聞こえる。それから激しく揺さぶられているのに気付く。
「う……あ……」
 とタイシンはうめき声を発しながら目を開いた。
「よかった。気が付いたか」
 安堵の表情のハヤヒデは言った。
「……ここは……どこだ……」
 タイシンは身を起こしながら言った。そして辺りを見回す。
「どこってここは……」
 とハヤヒデが言おうとしたが
「ブルータウンの砂浜か」
 タイシンは自分でそう気付いて言った。
 タイシンは空を見上げた。空に分厚い雲は残っているものの雨は止んでいた。海もそんなに荒れてなく波も静かだった。
「お前が助けてくれたのか」
 タイシンはハヤヒデに聞いた。
「ああ、お前が沈みかけているところを俺が見つけた」
「それから泳いでここまで?」
「そうだ」
 ハヤヒデはこともなげに言った。
 人一人抱えて荒れる海を100m、200m泳ぐ。簡単なことではない。しかしタイシンは
「そうか」
 と言っただけで特に礼は言わなかった。きっとハヤヒデもそれでいいと思っているだろう。
「ガレオンは?」
 タイシンは聞いた。
「分からない。見つけられなかった」
 ハヤヒデはそう答えた。
 泳げないと言っていたガレオン。この荒れた海ではおそらく……。
「でも雨が止んでるってことはティコティコはもうこの海にはいないってことだよな」
 とタイシンが言うと
「そうだろうな。ガレオンがティコティコを追い払ったってことだろう」
 とハヤヒデは答えた。
 そのあと二人はしばらく何も言わずに濡れた砂浜に座ってガレオンのことを考えていた。


 雲の切れ間から太陽がのぞく。そして海も落ちつきを取り戻している。
 タイシンは立ち上がり
「よし。バンブ島に行こう」
 と言う。その声にハヤヒデも立ち上がり
「ああ、バンブ島に行こう」
 と二人は砂浜を歩き始めた。


 近くて遠いバンブ島。
 二人は簡単にそこにたどり着いた。
 ガレオンのおかげだ。タイシンはそう思う。
「なあハヤヒデ」
 タイシンは言った。森に向かう道を歩いている。
「ん?」
 とハヤヒデ。
「俺たちガレオンがいなくてもティコティコを追い払えたかな」
「いや、無理だっただろう。俺なんかクワでティコティコをやっつけようと思ってたし」
「だよな」
 タイシンは考えていた。
 人はその役目を終えたとき天に召されるのだという。ガレオンが俺たちと知り合ったのは何のためだったか。チケットの命を救う。それがガレオンの役目だったのだろうか。
 タイシンたちは森の中に入った。バンブの木の群れが見えてくる。
 バンブの花でチケットの命が救える。そのためにガレオンが犠牲になった。1引く1は0、というだけのことなのだろうか。1引く1? バカな、そんな単純なものなんかじゃない。
 タイシンたちはバンブの木の根元にたどりついた。見上げるとバンブの木には花がいくつも咲いている。
「この花のためにガレオンは……」
 とタイシンはつぶやく。
「……そうだな、ガレオンは……ん?」
 とハヤヒデが声を出した。
「どうした」
 とタイシン。
「いや、あれ……」
 とハヤヒデはバンブの木の影を指さした。タイシンはそこに目を向ける。
 バンブの木の影で人が横になっていた。
「ガレオン!」
 タイシンは声をあげた。しかしガレオンはタイシンが声をあげたにもかかわらずまったく動かない。一瞬死んでるのかと思ったが寝息を立てているのに気付いた。
「寝てやがるぜコイツ!」
 ハヤヒデが笑いながら言った。
「起こすか」
 とタイシン。
「ああ、起こそう」
 ハヤヒデは言った。そしてガレオンを揺さぶりながら
「おい起きろ! おい!」
 タイシンも靴をはいた足でガレオンの肩あたりを軽くけり、
「このクソバカ。大バカ野郎。起きやがれ!」
 と言う。
 ガレオンが薄く目を開いた。そして
「ん?」
 と声を出した。
「あ、起きやがったぞ」
 とハヤヒデ。
 ガレオンは事態に気付いたか上体をおこし、タイシンとハヤヒデの顔を交互に見て
「何だお前ら、無事だったのか」
 と言った。
 その言葉にタイシンとハヤヒデは顔を見合わせてから
「それはこっちのセリフだ!」
 と声を合わせて言った。


 ガレオンはティコティコに剣を突き立てたあとも剣から手を離さずにいたためティコティコに引きずられるようにこのバンブ島のあたりまで来たのだという。
 ティコティコはバンブ島付近に来てもさらに遠くへ行きそうだったので、ガレオンはその辺りでティコティコから離れ犬かき泳ぎでバンブ島までたどり着いた。
 そしてバンブの花を取ろうとバンブの木のところまで来たはいいが、そこで疲れを感じて休んでいると眠ってしまった。
 これがガレオンからタイシンが聞いた話だった。
「もうしばらくはバンブ島に行きたくないなあ」
 帰りの舟の中、タイシンはバンブ島を見ながら言った。
「……そうだなあ」
 ハヤヒデもそう答えた。
 ガレオンは何も言わなかった。ただ手にしているバンブの花を見つめて何事か考えていた。
「どうしたガレオン」
 タイシンが聞くとガレオンは首を横に振り
「何でもない」
 と言う。しかしその後にもう一度首を横に振ってから
「いや何でもないことはないな。……うれしいんだよ、俺みたいな奴にでも人を救えるのかと思うと」
「俺みたいな奴? お前ほどの人間でもそんなふうに思うんだな」
 とタイシンは不思議に思って言った。
「つまらねえ人間だ、俺なんか。でも自分でも何かやれるんだってわかったよ」
「ふーん」 
 とタイシン。
「ふふーん」
 とハヤヒデがおどける。それを見てガレオンは少し笑い
「ふふふーん」
 と言った。
 あっ! ガレオンが冗談やってる!
 とタイシンは少し驚いてしまった。


「完治しました!」
 チケットはタイシンの家に訪ねて来るなり言った。
「おお、よかったなあ。じゃあ明後日の試験大丈夫そうか?」
 タイシンは朝っぱらから訪ねてきたチケットを不快に思いながらも玄関先で迎えて言った。
「試験か。きっと大丈夫だろう」
 とチケットは言ってから
「いやそんなことよりもな、今さっき受験に必要な書類を持っていったんだけどさ、そこでガレオンに会ってなあ」
「ガレオンに? アイツがどうしてそこにいるんだ」
 とタイシンは首を傾げて言った。
「アイツも試験受けるんだってよ」
 とチケットはうれしそうに言う。
「はあ? アイツが受ける理由なんてあるのか?」
 とタイシンは顔をしかめて言う。
「そう思うだろ普通。アイツの家なんて元々金持ちだし、家も継がなくていいのかって聞いたら『俺は生きる道を見つけた。人を守ること、国を守ること、俺はそれがやりたい』だってよ」
 チケットがそう言うとタイシンは
「ふーん。分からねえもんだなあ。軍隊に入るってのは俺たちからすれば上に行く手段であって上の人間がやりたがる仕事じゃねえだろ。危険だし」
「上に行く手段、か。そもそもその考え方がおかしいのかもしれないな。俺は金が欲しくて行く、ガレオンは生きがいを求めていく。結局俺はガレオンにはかなわないんだな」
 チケットがそう言って負けを認めた。とはいえガレオンは最初から勝ち負けなんて考えてなかっただろう。勝手にチケットが張り合ってただけ。それだけの話だ。
「それだけの話だ」
 タイシンは声に出して言った。
「ああ。俺はガレオンにはかなわない。それだけの話だ」
 チケットはそう言いながらも悔しそうな素振りはまったく見せなかった。



「オッス!」
 天然パーマのハヤヒデがタイシンの家を訪ねてきて言った。
「……オッス。お前どうして朝からそんなに元気なわけ?」
 タイシンは朝っぱらから訪ねてきたハヤヒデを迷惑がりながら玄関先で迎えて言った。
「バカ、元気なのはいいじゃねーかよ。いやそんなことよりニュースだ」
「ニュース?」
 タイシンは頭をかきながら言う。
「ああ。あいつら、二人とも試験通ったってよ」
 とハヤヒデはなぜか身振り手振りしながら言った。これにはまだ半分寝ていたタイシンの頭も覚めて
「本当か! よかったなー」
 と言った。
「ああ、よかった。でも……」
 とハヤヒデ。
「でも、なんだ?」
「チケット、上の人間になっちゃったな」
 ハヤヒデは少しさみしそうに言った。
「あ、そうか」
 とタイシンもそのことに気付いて
「あんまり会えなくなっちまうな」
 と下を向く。
「……でも俺たちももう15歳だ。それぞれの生き方を選ぶ時期だぞ」
 とハヤヒデがらしくない、そんなことを言う。タイシンは少し驚いた。子供のころからずっと一緒にいたハヤヒデもそんなことを考え出しているとは。
「……そうだな」
 とタイシンもそう答えておいた。
「でさ……」
 とハヤヒデは両手をこすり合わせながら
「俺も少し考えたんだ」
 その言葉にタイシンは息が止まりそうな気がした。しかし聞かないわけにはいかない。
「何を考えたんだ?」
 とタイシンは聞く。するとハヤヒデはうなづき
「俺も親父の仕事、本格的に手伝おうと思うんだ」
 と言った。
 タイシンの手はなぜか小刻みにふるえだした。
「漁師……だっけ?」
「ああ」
「そうか」
 タイシンは下を向いて言った。
「だから今までみたいに遊べなくなるかもしれない」
「そうか」
 とタイシンは顔を上げ、ハヤヒデの顔をみながら言った。
「なんだ、そんな顔すんなよ」
 とハヤヒデに言われてタイシンは自分が泣きそうな顔をしているのに気付く。
 タイシンは平静を装おうとする。しかし平静を装おうとしながらも
 ああそうか、ハヤヒデまでも俺の前からいなくなろうとしてるんだ……。
 などと考えてしまう。
「別にどこかに行ってしまうってわけじゃねーよ」
 とハヤヒデは大げさに手を振ってみせた。言葉ではなく仕草で笑わせようとしている。それがわかったのでタイシンは無理に笑って見せ
「そうだよな。俺たち3人はずっと一緒だって誓ったもんな」
 と言った。その言葉にハヤヒデは大きくうなづき
「ああ。もう3人でバンブ島に行くことはないかもしれないけど、俺たちの友情はずっとバンブ島に、だ」
 友情、と言ったところでハヤヒデは少しテれていた。タイシンはそれを見て苦笑しながら
「友情はバンブ島に」
 とハヤヒデを冷やかすように言った。


 タイシンはやたらにでかくて重い木材を運んでいた。今日は真夏日であるので体からは大粒の汗が吹き出してくる。
 しかし暑くとも服を脱ぐわけにはいかない。裸で仕事をすると木のトゲが体にささって危険だと大工の親方に言われているからだ。
「おーい、タイシン!」
 遠くから親方の声がした。
「は、はい! なんですか!」
 とタイシン。
「こっちの木材も運んでおけよ!」
 マジかよ! ムチャ言うな!
 とタイシンは思いながらも親方に逆らうわけにはいかない。
「はい! 分かりました!」
 とタイシンは答えながら
 くっそー、俺もいつか親方になったら下の人間をこきつかってやる。
 そんなことを考えながら仕事を続ける。
 親方になったら、か。いくつくらいでなれるんだろう。40歳か50歳くらいかな。
「俺が今、15歳だから……」
 とタイシンはつぶやいてみて考えるのをやめた。
 きっとアイツらもがんばっている。俺もがんばろう。
 そう思うことにした。
「よし!」
 タイシンは自分に気合を入れてからでかくて重い木材を抱えあげた。

                          (おわり)

                       2000,11,10