Because It Is There〜選定の恋文〜 エピローグ
作:アザゼル





 ex1―e「12月25日7時30分」

 朝の人気の少ないセンター街を、一組の男女が歩いていた。
 黒いスーツに全身を固めたリュウジと、パーカーにジーンズというラフな格好のリリィである。二人は手を取るでもなく、身を寄せるでもない、微妙な位置加減を保ちながら通りを颯爽と歩いていた。
「――で、結局あの塔は何だったの?」
「ずっと『視てた』んじゃなかったのか?」
 質問に質問で返すリュウジ。
 それに対しリリィは碧眼を拗ねたように細めると、歩く歩調を僅かに速めた。
「私はね、この目で見えることしか分からないの。そういう個人の事情、みたいなものはあなたの専門でしょ!」
「まあ、結局あの塔が、例の少女の贖罪と救済を行った、てことだけは確かだな」
 歩調を速めたリリィに易々と追いつきながら、リュウジは謎かけのような言葉を口にする。
「もう少し、分かり易く言いなさいよー」
「……例の少女は、塔の最後の番人――今の債券を放棄した現社長の父にあたる男の、孫娘だったんだ。孫娘の罪を清算するために、塔に残った男の思いが、事件に絡んだ人間たちの思いを集約した。或いは逆に、集約された思いを男が贖罪に利用したのかもしれないがな。結果――少女が思いを託した少年は生き残った、てわけだ」
 頬を膨らますリリィに、面倒臭そうにリュウジが答えた。
「まだ良く分からないけど……。それが確かだとしたら、えらく曖昧な事件ね。人の思いが未来を描くなんて、まさに奇跡だわ」
「そうだな」
 肩をすかして、リュウジは頷く。
 通りはまだ人がまばらだったが、クリスマスということでか、飲食店や洋服店の店先では従業員たちがちらほらと飾り付けを始めていた。
 それらを楽しげな眼差しで見回しながら、リリィがまたリュウジに問いかける。
「あの時、どうして私たちの同志である彼女を助けなかったの?」
「同志?」
「そうよ。『ムーンプリンス』からの電波を受信した、私たちの同志」
 言いながら、自分で言った台詞に可笑しそうにリリィは笑みを零した。笑った拍子に彼女の金髪が揺れ、リュウジの顎の辺りを掠める。
 それを鬱陶しそうに跳ね除けながら、
「あんなのは同志とは言わない。あまりにも『ムーンプリンス』に傾倒し過ぎていたからな、あの少女は」
 リュウジは僅かに怒った口調で答えた。
 そのリュウジを横目で愛しそうに見つめると、リリィは昨夜降った雪の残滓を履いていたスニーカーで踏みつけ、少し意地悪そうに口を開く。
「あら、その『ムーンプリンス』からの電波を、毎回真に受けて実行しているのは誰でしたっけね? 今回も廃墟だった塔の電力を復旧させたり、爆弾をしかけたりと、忙しかったんでしょ?」
「真実を確かめるためだ」
 憮然とした声でリュウジはそう言うと、彼が今度は歩く歩調を速めた。
 慌てて後を追いかけるリリィ。
「ちょっと、冗談よー」
 さすがにすぐには追いつけず、リュウジに追いついた頃にはリリィは肩で息を整えていた。寒い大気に、彼女の吐く白い吐息が生まれては消えていく。
「――俺は、まだこの世界がプログラムだとは信じていない」
 追いついたリリィに、リュウジは突然真剣な表情で口を開いた。
「人が思いを抱き、この世界で生きているのが虚構だというのは、正直信じたくないというのもあるな。だが『ムーンプリンス』の存在も、俺たちの中では嘘ではない。だから、彼女とは付かず離れずの関係が一番正しいんだ。もちろん、俺にとってはだがな」
「私たちみたいな関係、てこと?」
 茶化すように、リリィが横やりを入れる。
「俺たちは、三年前に終わっている」
 だがそれに対しリュウジはきっぱりと言い捨てると、リリィを置いて今度こそさっさと足早に去っていった――否、去っていこうとしたのだが、駆け寄った彼女に抱きつかれ足を止める。
 抱擁の中、消え入りそうな儚い声でリリィが呟きを洩らした。
「――私は、終わったと思ってないよ」
「……」
 リュウジはその言葉に初めて優しそうに目を細めると、リリィを強く抱き寄せた。彼の方が頭一つ分背が高いせいで、彼女にはリュウジの表情は窺えない。
 だが、それでもリリィはリュウジの胸の中で幸せそうに微笑んでいた。
 通りの中央で、人目も気にせず抱き合う二人。
 しばらくの間抱擁を楽しんだ二人は、やがてどちらからともなく顔を上げ、軽い口づけを交わす。そして一度離した唇を、今度はもう一度濃密に絡め合った。 
「――俺はまだ、真実を諦めたわけじゃありませんから」
 だが、唇は一方的にリュウジから離される。
(今の声は……!?)
 慌てて視線を動かしたリュウジの視界に、通りの向こうを歩いていく黒いダウンジャケットの少年が映る。その隣には、同じ年頃の少女が腕を組んで歩いていた。
「どうしたの、リュウジ?」
「……いや、何でもない」
 不安そうに見上げたリリィに、再度唇を寄せながら、リュウジは胸中で独白を洩らした。
(或いは――俺よりも彼が先に、真実に到達するのかもしれないな)
 と。















あとがき

 とりゃ〜と完成しました。
 「Because It Is There」の第六話(上、下)&エピローグ。
 これにて、本作品は完結となります。
 ここまでお読みいただいた方々、まことにありがとうございました(ぺこり)

 さてさて、Sハートの続編ということで書いたこの話ですが、あっちの作品と同様に読み返すと全くもって意味不明な話ですなあ……。やたら登場人物がでてきて、腐るほど伏線を張ったのにこのオチとは! アザゼルという奴が側にいたら、釘バットで脳天かち割っているところですよホント(ぇ) 
 まあしかし、これに愛想をつかさずに、今度ともよろしくお願いします。彼は彼なりに、頑張ってより良い物を作るつもりだけは、あったり無かったり(ないんかい!)
 ――では、また次の作品でお会いしましょう♪

 最後に、誤字の修正などで「またもや」多大な迷惑をかけてしまったASDさん。本当に、ありがとうございました♪