ベスト・パーティ プロローグ
作:緑





プロローグ


「イーファぁぁぁ! 戻ってきたら結婚してくれよぉぉぉぉ!」
 隣の家の大男サイクスが真剣な顔でバカなことを叫んだ。
 目が血走ってて、かなり怖い。
 もう冬の初めだし、別の意味でも震えてしまうよ。
 ――おいおい。なんでハンカチ噛んで大泣きしてるんだキミは。
「そういうのはやめてよね。僕は男なんだから」
 少しひいてしまいながらも、僕はあいそ笑いして答えた。
 いくら外見が女みたいでも、さすがに……男と結婚するのは。
「体には気を付けるのよ。あなたはそんなに逞しくないんだから」
 真剣な顔で言って、僕の頭を撫でてきたのは、村の教会の修道女ユーイだ。
 孤児だった僕の母代わりをずっとしてくれた人だ。
「それは僕が貧弱だってことなの?」
「そんなこと言ってないわよ! もう……この子は」
 ユーイは怒ったように僕を睨みつけた。
「――実際貧弱なカラダじゃないかよ! お前おっぱい無いだろぉ」
 一緒に教会で過ごしてきた弟みたいな存在、ジェインが茶化した。
 うぅん。反抗期かな。学校に入った途端にこれだ。
 憎まれ口を叩くのも、また可愛いんだけどね。
「……あのねぇ。男におっぱいはなくて当たり前なんだよ」
 僕は、ユーイが僕にしたみたいに、ジェインの頭を撫でてやった。
 子供特有の高い体温が、指を通して伝わってくる。
「はぅ! お、お前、男だったのか!」
 ジェインが口をとがらせて驚いたふりをした。
「……一緒にお風呂入ってたんだから、知らないわけないでしょ」
「い、一緒にお風呂ぉ!! ぐはあ!!」
 サイクスが余計なところで悶え出した。村の仕切り周辺の草むらを転げ回る。
 いい加減、こんなのにも慣れてきたので相手にはしてやらない。
「――名残惜しいけどそろそろ行くね」
 暗くなるまでには山を降りてしまいたい。
 僕は朝焼けの中でみんなに宣言した。
「がんばれ。自分に自信をつけたら、必ず戻ってくるんじゃぞ」
「ありがとうございます、長老」
「これ、夜通しで書いたみんなの寄せ書き……読んで」
「ありがとうエイミー。他のみんなもいい子にしてるんだよ」
「オネエちゃあん、オネエちゃあん……」
「泣かないで、ベス。元気でいるんだぞぉ」
「そうだベス! 泣くな。イーファ姉ちゃんまで悲しそうじゃないか!」
「ジョーイ。ベスを守ってやってね。僕がいなくなっても、みんなの面倒を見てね」
「僕いっぱい勉強する。だからお姉ちゃんも頑張って……」
「うん! キートンは偉いなぁ。僕も頑張るよ! 約束する」
「うちの娘を嫁にもらってやってくれ」
「……お酒はほどほどにね。マイク爺。なんで朝から酔ってるのさ……」
「イーファはこのオレ、サイクスさまのものだああ!!!」
「あほ」
 いつもと変わらない、たわいのない会話。
 違うのは、『木こりの村』の住民がみんなで僕を送り出してくれていること。
「それじゃあ。バイバイ」
 僕はみんなの顔を一人ずつ見つめ、最後にぺこりとおじぎをした。
「――イーファ姉ちゃん……!!」
 少し進むと、背後からジェインの声がした。
 教会の子供の中じゃ一番年上で、もう10歳にもなるのに。
 まったく……そろそろ『姉ちゃん』はやめてほしいなぁ……。
 僕は苦笑しながら、先へと進んだ。
 決して振り返らずに、手だけをぴらぴら振って。


 ――黒くて大きくて、長いまつげの、潤んだたれ目。赤茶の髪は、肩口までのセミロングストレート。赤い宝石のワンポイントピアスをつけた左耳。そのあたりの髪だけ、ピアスに引っかからないように黒いベレッタでとめてある。身長は160センチ。生まれつき筋肉のつかないタイプ。
 女みたいだけど、それでも男。
 男らしさをつけて、皆に認めさせるために。そして、ほんの少しだけ冒険小説のヒーローに憧れを抱きながら――。


 僕はイーファ。イーファ・ベル。
 18歳になった今日この日に。
 ――この村を出て冒険者になるんだ。