ベスト・パーティ ep.1
作:緑





ep.1 出だしから困難です。


『木こりの村』から旅立って、ちょうど1週間が経った日のこと。
 僕は『ある用事』で、地方都市ユマの冒険者ギルドを訪ねていた。


「ネーちゃん。オレっちと一緒に酒場行こうぜえ」
 酒臭い息に、思わず僕は顔を背けた。顔も真っ赤だし。もう完全に出来上がってる。
「ごめんなさい。ギルドでまだやることがあるから……」
 なんとかこの酔っ払い男の手を離そうとしてはいるんだけど、このドワーフは信じられないくらい力が強かった。
 たぶん戦士なんだと思う。
「そんなこと言わずによお……。いいじゃんかよ」
「用事がありますから……」
「いいから来いって!」
「困ります! やめて下さい!!」
 酔っ払いドワーフの節くれだった太い指が僕の腕に食い込んでくる。
 いいかげん愛想笑いするのだってイヤになってきた。
 片田舎の、とはいえ。なんで冒険者ギルドに酔っ払いがいるのさぁ!
 おまけに誰も助けてくれそうな気配がない。なんてイヤな世の中だ……。
「へへヘ……ネエちゃあん……」
 生暖かい息を首筋に掛けられて、一気に鳥肌が立ってしまった。
 なんとか振り払おうとしてた意志さえも萎えてしまう。
 ――なんで僕はいつもこうなんだろう……。
「……うぅぅ……」
 あんまりにも自分が情けなくて、悔しくて、じわじわ涙が溢れてきた。
「女のコみたい」って言われたくないから、旅に出て強くなろうと思ったのに。
 レベル審査を受けた時だってそうだ。
 剣術の審査もダメ。弓の審査もダメ。魔法の資質審査もダメ。
 なんとか見れる成績だったモンスターの知識も、本当は冒険小説を読んで手に入れたもので、実戦経験がないからすごいあやふやなもの。
 今じゃ逆に珍しいくらいの純粋な『レベル1』だって認定されてしまって。
「一人じゃ確実に死ぬよ」とか審査のお姉さんに言われて、仲間募集の広告を見に来たら、こうやって酔っ払いに絡まれる始末。
 みっともない。
 肩まで伸びた髪も。妙に潤んだ大きな瞳も。
 まるで女のコみたいで。
 ――僕の外見の全てがコンプレックスだ。
 もし村の誰もがジャマしなかったなら、僕は迷わず丸坊主にしていただろう。
「……いいかげんにしとけよ。お嬢ちゃん泣いてるぜ。アンタ迷惑なんだよ……」
 すぐ近くにいた受付のおじさんが弱々しくドワーフに注意した。
「なんだとお!!」
 ドワーフが赤い顔をますます赤くさせて、おじさんに突っ掛かっていった。
 突然、掴まれていた手を乱暴に放り出されて、僕は壁に激突した。
「っ!」
 言葉に出来ないくらいの痛みが押し寄せて、一瞬息が止まった。
 僕が悶えている間にドワーフがカウンターごしにおじさんの胸ぐらを握り締めた。
「あぁ!? オレっちになんの文句があるんだテメェ!!」
「……う、ううう……」
 強い力で前後に揺らされて、おじさんは苦しそうに声を上げた。
 許せない。信じられないくらい傍若無人なふるまいだ。
「ちょっと!! やめて下さいよ!!」
 僕が後ろからドワーフを羽交い締めにしようとしたが、まったく効果がない。ドワーフが軽く腕を振っただけで、僕は吹っ飛ばされてしまうんだから。
 それでも、再度ドワーフの背後に僕は近付いていった。どうせ自分にはなにも出来ないとは思いながらも。
 ――突然。
 乾いた扉の開く音がして、僕は水浸しになった。
『水浸し』、というのは正確ではないかもしれない。
 目も開けられないほどの強烈な勢いで、横殴りに扉の方から『水の塊』が飛んできた。
 ただの液体だっていうのに、あまりの勢いの凄まじさで痛い。
 息が出来なくて、このまま死んでしまうかと思ったくらいだ。
「はぁ……ふぅ……」
 僕の下着までびちゃびちゃにしてから、やがて水はやんだ。
 水がやんで、やっと目を開けられるようになると、僕は大きく深呼吸した。
 前方では、カウンターの木を突き破って壁に頭から激突したドワーフの男が悶えていた。
 両手で頭を抱え、彼は低い声でうなる。
 床に這いつくばった受付のおじさんは失神しているようだった。
「……頭は冷えたかしら?」
 背後でした冷たい声に、僕が振り向くと、そこには一目してエルフとわかる少女がいた。
 年は僕と同じくらい。(人間なら)17,8だと思う。
 軽くウェーブした髪は透けるような水色で、純白の魔法使い用ローブを着て、左腕に銀のブレスレットをしている。
 手足は折れてしまいそうなほどに細くて、肌は限りなく透明に近い白。
 冷たく見えるくらいに、整った顔。
 間違いない。
「……信じられないくらいにね……」
 びちゃびちゃに濡れた前髪をかきあげると、僕は呆けたように声を漏らした。
 驚愕していたからだ。
 あの凄まじい魔法の使い手が、こんな少女であったことに。
 ――信じられない威力。
 これは個人レベルの魔力で簡単にできることじゃない。
 それなのに、魔法に必要な詠唱がまったく聞こえなかったし、詠唱による空間の歪みも感じられなかった。少女は詠唱用のロッドも持っていない。
 それが導き出す答えはたった一つ。
 おそらく、この少女は生まれながらにして精霊の加護に守られているのだ。
 つまり。
 目の前の少女は、超稀少人材である『エレメンタラー』だ。
 並の魔法使いとは格が違う。
 生まれながらにして大いなる力を持ったもの。間違いない。
 ――僕とは何て違いだ……。
「なによ」
 僕の強い好機の視線に少女が身をよじらせた。
「あ、あの……キミって、エレメンタラーだよね……?」
「そうよ。水のね」
 髪と同じ水色の目で僕を見つめ、にこりともせずに少女が答えた。
 ――エレメンタラーは、というか一般に魔法は『火』『風』『水』『土』の4系統に分類される。
 ちなみに『水』は『火』に強く、『土』に弱い。
「……いいなぁ……」
 思わず僕は呟いていた。
 知らず知らずのうちにため息まで漏れてくる。
 いつの間にか、さっきまでの焦燥感は消えていた。
「――っにしやがるんだああああ!!!!」
 突然の咆哮と同時に、僕は押しのけられた。
 すっかり酔いも冷めたであろうドワーフが、ずかずかとカウンターの中から出てくる。
 荒く息をつきながら、ドワーフが少女を見つめた。相変わらず血走ってはいたが、今度は完璧にすわっている目。
 ドワーフがズボンのポケットからダガーを取り出した。
 右手にダガーを握り締めたドワーフのこめかみに血管が浮き出ている。
 やばい……。
 さっきまでの絡み酒とは違う。
 本気で殺すつもりだ。
『お尋ね者』になるとか、頭に血が上っていて、そんなことまで頭が回っていない。
「ぶっ殺す!!」
 ドワーフがダガーを舐め、そのまま刀身を少女に向けて宣言した。
「……やれるもんなら」
 少女がいやらしく口元を歪め、舌舐めずりした。
 自信に満ちた、強者の笑みだ。
 ぴく、っと体が一瞬けいれんし、ふいに僕の背筋が寒くなった。
 僕は何も出来ずに、魅入られたように二人を見つめ、立ち尽くしていた。
「オレっちのナイフで、そのツラぁズタズタにしてやるってよお!!」
 男が、短足種族であるドワーフとしては信じられないスピードでダッシュした。
 扉付近に向け、一気にトップスピードに乗って、勢いをつけた突きを繰り出す。
 この一撃で僕なら間違いなくやられているであろう剣速だ。
 時間が圧縮されたような――1秒1秒が妙に長い空間。
 少女は最小限の動きで体を右に避けると、もう一度笑った。
 ――ドワーフの顔を見て。
「ブ男ね」
「何だとおぉぉっ!!」
 ドワーフが叫び、右手を横に一閃する。
 しかし、少女はそれよりも早く、いつの間にかドワーフの背後に回っている。
「……とろいのよ」
 三たび、少女が笑った。見下した目で。
「うおおおおっ!!」
 怒りに任せて、絶叫しながらドワーフがダガーをめちゃくちゃに振り回しだす。
 殺傷能力の低いダガーでも、あの怪力ドワーフにかかれば一撃で楽に少女をしとめられるだけの威力となるだろう。
 ――しかし。
 攻撃は全く当たらない。
 どんなに際どい攻撃をされても、少女がすんでのところで、それをひらっとよける。まるで捉えどころがない風のような動きで。
 少女は全く反撃をせず、一撃かわすごとにイヤな笑みを浮かべ、ドワーフに嫌味を言っていた。
 バカにしたように、ただよけるだけの相手に翻弄される、ドワーフがだんだんかわいそうに思えてきた。
 顔には滝のような汗が流れ、もう彼は立っていることも辛そうだ。
 あんなにイヤな奴だったのに。僕は甘いのかもしれない。
「……そろそろ飽きたな」
 そう少女が言うと、突然、空気中に『水の塊』が出現した。
 まったくもって唐突に、だ。本当に精霊の力は人知を超えている。
「……っ……!!」
 疲れきったドワーフの顔に恐怖が浮かんだ。
 大きく目を見開いたドワーフが息を呑むのがわかった。
 彼はすとん、と床に尻餅をついた。
 あんなに居丈高だった男は、もはやそこにはいなかった。
「……死ぬほど苦しい目にあわせてあげようか? やっぱりスタンダードに溺れるのがいい? 体中の水分を抜き取るなんて荒技もあるんだけど」
「ちっちっ」、と人差し指を振り、間延びした声で少女が聞いた。
 当然ドワーフは答えなかった。
 得体の知れない恐怖で、喉が凍り付いてしまっているのだ。
 ――その姿を見て。
「あ……あの!!」
 知らないうちに僕の足が前に出ていた。
 なぜか、僕は庇うようにドワーフと少女の間に立ってしまう。
 やっぱり僕は甘い。でも……それでもいいと思うから。
 勇気を振り絞って、少女に言葉を投げかける。
「……もう勘弁してやってよ。この人に戦意はないよ……」
「そこをどいて」
 僕の呼びかけには応じずに、少女が自分の要求だけを伝えた。
「どかない」
「いいから、どきなさい」
「どかないよ……」
「あんた、甘すぎるわよ。このバカは一回病院送りにしてやらないとわからないの!」
「……そんなのは解ってるけど……」
「…………」
 少女が、水色の瞳で僕を見つめる――強い意志の光をたたえて。
 吸い込まれそうな輝きから、目を逸らさずに僕はもう一度宣言する。
「絶対にどくつもりはないよ」
「…………」
 強い視線のプレッシャーに思わず逃げ出したくなった。
 でも、絶対に逃げたらダメだ。
 僕は、『僕』に負けてしまう。
 ――重い空気が流れていた。
 頭上の『水の塊』のコポコポという音がやけに耳に響く。
 少女がもう一度なにかを言おうと口を開いたとき。
「――そこまでにしときな」
 そう言って、少女の肩を叩いた男がいた。
 真っ赤に染めた髪を立てていて、頬に切り傷がある。肌は黒い。大柄で筋肉質な歴戦の戦士だ。鎧は着ていないが、ロングソードを持っている。
 年は20代半ばといったところ。
 余分な肉を削ぎ落としたような、精悍な顔つきをしている。
「姫さんもやり過ぎだぜえ。ドワーフのとっつぁん、見てみな? マジで今にも死にそうよ? 17で人殺しをやりたくねえだろ?」
「ほっといてよ……リフ。これはあたしに売られたケンカよ」
 売ったのはキミだろう、と突っ込みたくなったがそういう雰囲気じゃない。
 少女が男をにらんで、肩に置かれた手を払いのけた。
「だぁら……。もうティアナの勝ちだっつーの。これ以上弱い者いじめはやめとけって!」
『弱い者いじめ』という言葉に、ドワーフがぴくっと反応した――ような気がした。
 しかしドワーフには、もはやなんらかの行動を起こす体力さえも残っていないようだった。
「酔っ払いって、むかつくのよ。こういう人の容姿につけこんで絡んでくるようなバカは特にね」
 両手を腰に当て、吐き捨てるように少女が言った。
 少女の水色の瞳は僕に向けられていた。
「僕が……原因なの?」
 自分の為に少女が怒ってくれたことへの喜びより、ドワーフへの申し訳ない気持ちで僕は一杯になった。
「そうよ。あんたが怒ることすらできずに、みっともなく泣いてたから助けてやろうと思ったのよ」
「…………」
「おいおい! ティアナ口が悪すぎるぞ」
「ほっといて。大体なんなのよ、あんたは! 子供じゃないんだから、酔っ払いくらい自分でなんとかしなさい! ムカつくのよ。あんたみたいな奴見てると」
「…………」
「頼りなさ過ぎなの! あんたいくつよ」
「……18」
「あたしより2つも上じゃない! そんなんで冒険者なの? 死ぬわよ」
「――ティアナ!」
 赤髪の男が、大きな声で少女の言葉を遮った。
「ごめんな。嬢ちゃん。怖い目にあっただろう?」
 彼の目はとても温かくて、優しげだった。
「……僕は男です……」
 僕は消え入りそうな声で答えた。みっともないような、恥ずかしいような気持ちで。
「あんた男なの!」
 間髪入れず、少女が叫んだ。
 いたたまれなくて、僕は顔を伏せた。
「ヒュウ……それはそれは――」
 男が口笛を吹いたその瞬間。
 ――ダッ!!
 僕の背後で風を切る音がした。
 ドワーフだ!
 ダガ−を突き出し、一目散に少女へ向かっていく。
「無駄なのに」
 少女が呆れたような顔で言った。
 少女の頭上にはいまだ水泡が浮かんでいる。
「ウオォォォォォ!!!!」
 獣のようにドワーフが咆哮した。
 ギイィンッ!!!
 少女の眼前にダガーが突き出され――赤髪の男に弾かれた。ていうか、普通ロングソードはそんなに器用に動かせないと思うんだけど??
 赤髪の男が、先程とは打って変わった鋭い視線でドワーフを射抜いた。
「おい、オッサン。いい加減にしときな。みっともないぜ」
 重く、圧迫感のある声だ。
 言って、男はロングソードを押しやり、ドワーフをダガーごと吹っ飛ばした。
「ちくしょう!!」
 そのままドワーフが床に座り込んでつばを吐いた。
 少しの間、不快な沈黙が空間を支配していた。
 程なくすると。
「――ゲイル、どうかしたのか?」
 ギルドにやって来たあるパーティによって沈黙が破られた。
 ドワーフの仲間だと思う。
 声を掛けたのは、甘いマスクをした人間の男。
 他に、バンダナを頭に巻いたシーフらしき人間と、茶色いローブを着た魔法使い、法衣に身を包んだクレリックがいた。
 男だけのパーティのようだ。
 甘いマスクの男の問いかけにも答えず、ドワーフは俯いたままだった。
「その酔っ払いがバカやらかしたのよ」
 ふふん、と鼻を鳴らしてエルフの少女が言った。
 甘いマスクの男が視線を少女に向ける。
 シーフとクレリックは呆れたようにお互いの顔を見つめ、頷きあった。魔法使いの男は興味なさげに鼻を鳴らしていた。
 赤髪の戦士がそれをたしなめてから、続けた。
「うちの姫さんの言う通りだぜ。そいつがこの嬢ちゃんに絡んでたらしい」
 そう言って、赤髪の戦士が僕を指差した。
 甘いマスクの男の視線が僕に注がれた。
「……すまない……」
 男がうなだれて言った。
「ゲイルは酔うといつもこうなんだ。本当はいい奴なんだけど」
 そう言って甘いマスクの男が、僕の方に歩み寄ってきた。
「俺は、ジェイスン・シーモアだ。このパーティのリーダーをしている。ゲイルのことは、本当にすまなかった」
 そう言って、男――ジェイスンが僕に手を差し出した。
「ぼ、僕は、イーファです。イーファ・ベルといいます!」
 僕は、慌てて、手を差し出した。
 ジェイスンと握手していると、向かいでエルフの少女が声をあげた。
「ナンパしてる暇があったら、さっさとこのバカを連れて行きなさい!」
「キミにも迷惑をかけたみたいだな」
 振り返って、ジェイスンが「すまない」と謝った。
「……くそッ……」
 ドワーフがもう一度、床につばを吐いた。
「いい加減にしろ、ゲイル」
 沈黙していた魔法使いの男が口を開いた。
「クソはキサマだ。酒をやめろ。ちょっとデカイ街に着くなりなんだキサマは。次のクエストも控えている。もう一度だけ言う。酒をやめろ。さもなくば俺がキサマを殺してやる」
 ――ペッ。
 ドワーフがもう一度つばを吐いた。
「ケンカを売ってんのかテメェ――!」
 傍らでそれを見ていたシーフの男がドワーフに殴ろりかかろうとした。
「やめろ! グレイ! ライアンもだ!!」
 ジェイスンの声がギルドに響いた。
「なんでお前らはそうなんだ!」
 ジェイスンが続けると、3人がそれぞれビクッと体を振るわせた。
 その様子を見て、法衣のクレリックが優しげに微笑んだ。
「見苦しい所を見せたな。うちはいつもこうなんだ」
 そう言って、ジェイスンが頭を下げた。
 不服そうにシーフが口を尖らせたときに、少し離れたカウンターから、やっと受付のおじさんが動き出した。
 それを見て、僕はほっと胸をなでおろした。
 よかった。体は壊してないみたいだ。
「アンタら、えらい暴れてくれたなあ……」
 カウンターに寄りかかって、おじさんが呟いた。
「全部こいつのせいよ!」
 そう答えて、エルフの少女がドワーフをあごで指した。
 ドワーフは、「俺っちのせいじゃねえ!」とでも言いたげに少女をにらみつけた。
 そのドワーフを、魔法使いの男が小突く。
「全て俺のパーティのせいだ。弁償はする」
 そう言って、ジェイスンがカウンターの方へと向かっていった。
「お前らも来い!」
 ジェイスンがパーティの仲間に呼びかけた。
 皆それぞれに不服そうにカウンターへと向かった。
 途中で、クレリックだけが僕の方に向き直り、両手を顔の前に合わせ、「ごめんね」と笑ってみせた。


 ジェイスンたちが受付でなんらかの相談をしている間。
 僕は、『当初の目的』の通り、壁の張り紙を見ていた。
『仲間募集中』の掲示板だ。
 これとは別に、ギルドの受付で登録しておくと、たまにパーティへの斡旋があったりするが、そういうのはレベルの高い者にしか殆どない。
 僕には全く関係のない話だ。
 受付で仲間募集の問い合わせをするパーティは、たいてい、特殊な条件をつけているからだ。
 氷の神殿に行くのに、『火』属性の魔法使いが欲しい、などということである。
 腕力がなくてはなんの意味もない、ありふれたファイターの、しかも『レベル1』の僕なんてお呼びじゃないのである。
 だから、受付で仲間募集の問い合わせするお金もないような、素人パーティ向けの掲示板を見ているわけだ。
「やめときなさいよ」
 突然、後ろで声がした。
「キミか……」
 僕が振り返ると、そこには先程の水色の瞳のエルフの少女がいた。
 からかう口調ではなく、本当に僕のことを心配している様子で。
「あんたみたいなの、どこのパーティに入ってもすぐ死ぬわ」
 少女が、悲しそうな目で僕を見て言った。
 僕は、彼女をたしなめるように首を振った。
「ダメだよ」
「どうして!」
「このまま村に帰るなんて出来ない」
 少女が意味ありげに俯いた。
「――僕の夢なんだ」
 優しく諭すように僕は言った。
 少女は俯いたままだった。
 いたたまれなくなった僕は、近くに目を走らせ、少女の仲間である赤髪の大男を探した。
 カウンター傍のいすに座った男を見つけると、僕は声をかけた。
「貴方たちはどんな用事でギルドに来たんですか?」
 僕が話しかけると、赤髪の男がにやりと笑った。
「あるダンジョンのクエストの情報収集」
 ゲームなどでは普通『情報収集は酒場で』などという説があるが、冒険者達にとって『情報収集はギルドで』が常識である。
 酒場にいるのは酔っ払いだけだ。いや、今日はここにも酔っ払いがいたけどね。
 情報を持った冒険者や地元の者もいるにはいるが、酒場にいる冒険者がただで情報を教えてくれるわけがないし、地元の者の情報はデマも多い。
 クエストの途中で断念した者が、ある程度の資料をまとめて、ギルドに売るのである。
 冒険者はそれにマージンを上乗せされたものを買うことができる。
 これから考えても、彼らはある程度の冒険をこなし、ある程度の金を持った歴戦の冒険者であることが解った。
「どんなクエストですか?」
 僕が問いかけると、赤髪の彼はますます頬を緩ませて、「それはな――」などと始めた。
『木こりの村』のジェインを思わせる、子供みたいな笑顔だ。
 赤髪の戦士は、本当に、心から冒険が好きなんだと思う。
 会ったばかりの僕にそんなに情報を漏らして平気なのかな、とも思ったけれど。
 きっと僕なんか警戒するにも値しないだけなんだろうなぁ……。
「――ていうクエストなんだ」
 彼の話に一段落がついた。
 なんと彼らは、魔獣ケルベロスの毛皮を取りに行く、というのだ。
 ケルベロスは、ほとんど絵本の中の存在だ。伝説化しているのである。
 身の丈3メートルを越す犬型の獣。一番の特徴は頭がみっつであることと、炎に包まれていることだろう。火を吹き、炎の玉を吐き出す。
『水』のエレメンタラーであるエルフの少女には相性のいい相手だ。
 ケルベロスの毛皮は、たいてい血に汚れていて、芸術的価値はゼロ。
 しかし、同時に『火』属性の攻撃をほとんど無効にしてしまう、というとんでもない代物で、とんでもない値段で取引されている。
 彼らが狙っているのは、『炎のダンジョン』奥深くにいるかなり年老いたケルベロスで、数々の伝説に登場しているヤツだという。
 洞窟奥深くに住んでいて、ほぼ無害になっていたのだが、近頃ある村を燃やし尽くしたらしい。
 危険な存在なので、できるなら退治をして欲しいと村の生き残りに頼まれたそうだ。
「ほええぇ……」
 僕は感嘆のため息を漏らした。
 小説の中でしか存在しないと思っていた、魔獣に立ち向かう冒険者が同じ空間にいるのだから。
 僕は憧れの眼差しで赤髪の戦士を見つめた。
 カッコいい。断然カッコいい。
 ほれた、といっても過言ではない。いや、変な意味ではなく。
 僕はそのまま、彼の仲間である少女にも目を向けた。
「がんばってね」
 依然俯いたままの少女に言う。と、少女はそれには答えず、赤髪の戦士の方を見た。
「リフ、あたし決めたわよ。文句は言わせないわ」
「姫さんの仰せのままに」
 男が笑って答えた。
「最初からそのつもりだったんでしょ、ペラペラ喋って」
「さぁてね」
 赤髪の大男が肩をすくめた。
 ――突然、少女が僕を見つめた。
「あんたに話があるの。断るのは許さないわ」
 強い視線だ。僕は少したじろいだ。少し離れたいすの上で、男が「ヒュウ」と口笛を鳴らした。
「な……なに?」
 鼻息がかかるくらいの位置に少女が寄ってきた。
「あんたを連れていくわ」
「――え?」
「うちのパーティに入れる。拒否はさせない」
「え?」
「あんた冒険者やめる気ないみたいだし。あたしの目の届く所にいるなら、できる限りは守ってやれるもの」
 少女が僕を見つめたまま言った。
「で、でも僕……見て解るだろうけど。全然初心者なんだよ。『レベル1』なんだ。魔法も何も使えない。キミたちには完璧な足手まといだ」
「そんなの関係ないわ」
 少女が首を振り、言葉を切った。
「あんたを死なせたくなくなったのよ」
 僕は絶句した。
 面と向かって、『死』について言われるのはいい気持ちではなかった。
「うちの姫さんはな、嬢ちゃんを気に入ったんだよ」
 そう言って、赤髪の戦士が笑った。
「――ティアナの言う通りにしてやってくれよ。姫さんが人になつくなんて滅多にないんだ。だからパーティも2人っきりだし」
 赤髪の男が「やれやれ」と手を振った。
「優しくしてやってくれよ。ティアナはかわいそうなコだか――」
「バカ言わないで!」
 それを少女が遮った。
「いい? もう決めたの。あたしについて来なさい。守ってやるから」
 少女が伺うように僕を見つめた。
 命令形なのに――伺うような。怯えたように相手の顔色を確かめる様子で。
 ――このコは、まだ子供なんだ……。漠然と僕はそう思った。
 赤髪の彼とは違う意味で。
 2つの年の差以上に、はるかに幼いのだと思う。
 子供のように純真な、ではなく、子供のように脆い。
 優しげで、温かくて、そして守ってやりたくなる存在だ。
 冷たい顔のつくりをしてるけど、水色の瞳は潤んでいて、ピンクの唇はきゅっと結ばれている。
 とても微笑ましかった。
「わかったよ」
 僕はそれだけ答えて、少女の髪を撫でた。村の教会で、ジェインやエイミーたちにしたみたいに。
 逆に少女のことを守ってやろうと思ったから。


 ――そうして、僕は二人の仲間になった。