CLOSED・WORLD ――イマンスィペイト―― 3
作:アザゼル





 2135年 12月11日 01:12
 CASE3
――霧島京谷――
 個人の完全管理と支配―― それが閉鎖政策を轢いた後の日本の政府が掲げる理念であり、信念であるらしかった。だがそのためにはそれまでの旧態依然とした民主主義で凝り固まった民衆の意識改革が必要で、そのために政府はPカードシステムを軸とした管理システムの確立と、極東保安隊が発案し、造り出した人口能力者による武力支配を急いだ。そして結果、それらは政府が思い描いた通りの理想世界を構築するに至った。だがその政府の理想社会は、俺たち民衆にとっての地獄でしかなかったのだ。全ての行動は常にPカードを経由させることにより管理され、規律を犯す者には粛清と称し人工能力者が武力を持って制した。自由という言葉を亡くした世界。その中で俺たちは何一つ対抗する術を持ち得なかった。
 だが…… 俺たちは力を手に入れた。それは極東保安隊の実施した実験のせいで手に入れた、皮肉な力。人のジャンク遺伝子に特殊な人工遺伝子を組み込むことによって得た、異能力。俺たちは必ず破壊しなければならない。あのメインシステム「シャマイン」 を。
そのために解放軍を作ったのだし、それが出来なければ俺がいる意味が無い。あんな悪夢をこれ以上続けさせるわけには…… いかないから。



 電車の中は過去の旧型電動自動車を再利用した物で、内装は限りなく汚い。窓は無傷の物が珍しいくらいで、ほとんどが割れてしまい吹き抜けに近い状態だ。そのせいで中は寒いし、シートは穴だらけの上とてつもなく固い。
 だが先の逃走劇で疲れ果てていた俺は、すぐにうつらうつらとしてきていた。
 横に座っている夢瑠もやはり疲れているのか、さっきから微かな寝息が聞こえてきている。
 長門と香澄は向かいの席で二人とも何か考えごとでもしているのか、ぼんやりと外の暗闇を眺めていた。
(そう言えば長門は俺たちが簡単に逃げ切れたことを不思議がっていたが、あの極東保安隊の女、あいつは確かに簡単に俺たちを逃がすようなたまだとは、俺にも思えない。まさか、何か裏があるのだろうか?)
 そんなことを考えながら、俺はなぜか遠い昔のことを何の前触れも無く思い出していた。あるいはそれは近い未来の、予兆だったのかもしれない……



 2130年 11月23日
 俺はその頃、兄である霧島裕樹のことが最高にうらやましかった。兄は昔から不思議な能力を持っていて、その力はどんな腐敗した物も全て元の姿に戻すことが出来た。兄は優しくて強く、俺の最も信頼する人間だったのだ。
 その日、俺は近所に住む香澄と一緒に近くの公園で遊んでいた。公園といってもとても狭く、ほとんど住居不定の人たちの棲家みたいになっていたが、俺たちはよくそこの砂場で、もっと小さい頃から遊んでいたのだった。
「ねぇ、京谷」
「なぁに、香澄ちゃん?」
「ゆうせいせいさくって知ってる?」
「? 知らないよ。何かの食べ物?」
「…… ううん。何でも無いの、気にしないで」
 香澄はそう言うと少し寂しそうな顔をして、横を向く。俺はそんな顔の香澄を見たことが無かったので、何も声をかけることが出来ずただ黙って砂の山を固めていた。
 その時、近所でも有名な悪ガキグループがその公園に入ってきた。そいつらは入ってきてすぐに俺たちを見つけると、近付いて来る。
 その中の大将格の少年が、俺の作っていた砂の山をいきなり踏み潰した。
「な、何するんだよっ!」
「くくく。女の子と砂遊びか、ガキが」
 俺は別に喧嘩をしない人間じゃなかったし、そいつだけなら倒せる自信があったが、何せそいつには仲間が他に5人もいて、俺は仕方なく香澄を背にしてそいつらと対峙する形をとった。
 香澄は俺の後ろでぶるぶると震えている。
「どうしたんだ? おい、こんな意気地無し放っておいて俺たちと遊ぼうぜ、かわい子ちゃん」
「嫌よ。タイプじゃないの、あなたたちなんて!」
 震えながらも香澄はきついことをさらりと言った。
 悪ガキグループはその言葉に、明らかに顔色を変えて怒りを表す。
「な、何だとぉ! このちんちくりんが…… !?」
 大将の男が叫びながら拳を振り上げて殴りかかってきた。
 だが、その拳は俺に届く前にぴたっと止まる。
「…… よってたかって女の子をいじめるなんて、綺麗じゃないね」
 その声は、悪ガキの大将の後ろから聞こえてきた。艶やかで長い黒髪と、透明感のある白い肌の一見して少女にも見えるその人は、俺の兄――霧島裕樹だ。
 腕をがっしりと掴まれた悪ガキの大将は、必死に力をこめるが、兄の力は想像以上に強く振り払うことが出来ない。
「くっ! 放せよ、てめぇ!」
「君たちがこの公園から出て行くことを約束するのなら、僕はいつだって放してあげるさ。それとも、このまま腕を折ってしまおうか?」
 そう言う兄の瞳は限りなく冷たくて、悪ガキたちは直感的に危険を感じ取ったのか、皆じりじりとその場を後ずさる。
「わ、分かった! 出ていくから、放してくれよっ!」
 ほとんど半泣きになりながら悪ガキの大将がそう言うと、兄はすっと手を放した。そのまま彼と他の仲間たちは公園を足早に去っていく。
「あ、ありがとう…… 兄貴」
「ん? あぁ、気にするな。僕はお前の兄だ。お前がピンチの時はいつだって助けてあげるさ」
 そう言って兄は俺と香澄の頭を軽くぽんっと叩いたのだった。
 だが次の日―― 兄は俺や家族の前から突然、姿を消してしまった。それ以後、俺が兄の姿を見たことは無い。噂では極東保安隊に天然能力者――人工能力者と違い、元から異能力を備えた特別な人間――として、特別待遇で迎えられたらしいが、真偽の程は今となっても分からない。



 2135年 12月11日 02:25
 俺が目を覚ますと、いきなり反対側に座っていた香澄と目が合った。
(ずっと、起きていたのか?)  
 香澄は目が合った瞬間に、俺からすぐに目を逸らす。なぜか頬が赤く染まっているのは気のせいだろうか?
「まだ…… 起きていたのか? 眠れる時に眠っとかないと体力が持たないぞ」
「う、うん。分かってる。でも、何だか私不安で…… 今までああやってまともに極東保安隊の人たちと闘ったこと、無かったから・・…」   
 俺の言葉に、香澄は横を向きながら小さな声で答える。
 電車は本当に線路の上を走っているのかと思うほど激しく揺れていて、振動の音が電車内に響き渡っていた。それがやけに耳についてうるさい。
「確かに。今までは那智さんとかが、向こうの情報を事前に察知してくれていたから上手く行ったが、向こうもやっと本腰を入れてきたんだろう。これからはもっと厳しい戦いになりそうだな」
「…… そうね」
 俺が言った言葉に、香澄はさして興味が無さそうにうなずく。
 奇妙な沈黙が辺りを包み込んだ。その中でやはり電車の振動音だけが激しく耳につく。
「私ね……」
 そして次に香澄が俺に声をかけた時には、俺はまた深い眠りに落ちていた。
 香澄は俺が眠っているのに気付くと、寂しそうな顔をしてまた外を眺めて物思いにふけったのだった――



 2133年 4月15日
 俺は極東保安隊に連れて行かれて例の実験を受けることになった。徴発は基本的に14、5の少年少女を対象に行なわれ――その年齢の人間が一番このJ・DNA組み替え実験に適しているらしい――本人にはもちろん、何が行なわれるか知らされることは無い。
 実験の被験者は各自、13ある部屋に入れられ初めに眠らされる。そしてその後、各々の体からジャンクDNAを取り出し、ベクターで特殊遺伝子を注入する。本人が気が付いた時には、特殊遺伝子の侵食はすでに終わっているという寸法だ。
 俺も気が付いた時はすでに処理は終了していた。そして、そこで起こったこと―― それはまさに本当の地獄がこの世に存在するというのならこんな感じではないか、というような光景だった。
「…… ここは?」
 俺が目を覚ますと、その狭い部屋には俺以外に数百人の少年少女が地面に倒れ伏していた。微かに寝息が聞こえてくるのだから、おそらくは生きてはいるのだろう。
 俺がはっきりしない意識を何とか覚醒させながら部屋の中を見回していたその時、目についた何人かの子供がゆらりと立ちあがった。だがその顔からは生気は失せ、かっと見開かれた瞳は異常なほど赤い。
「アツイ…… アツイヨ……」
「カラダガ…… ダレカ……」
「タスケテヨ…… トウサン、カアサン……」
 次々に目を覚ましていく子供たちは、皆助けを叫びながら、この部屋で唯一の正常者である俺に近付いて来る。それはさながら墓場から蘇ったゾンビのようで、俺は何となく恐怖にかられるとその部屋を飛び出した。
 だが、部屋を出たところこそが本当の地獄だったのである。
 逃げ惑う生気を無くした子供たち。それをライフルで容赦無く撃ち殺していく極東保安隊の人間。
「な、何をしているんだっ! お前ら!」
 俺の声に、極東保安隊の人間のうち一人がこちらを振り向く。そいつは俺を見つけるとにやりと嫌な笑みを浮かべて言った。
「ほぅ…… 今年は成功体がでたか。お前はその辺にでも隠れてろ。今はゴミの始末で忙しいんだ」
「ばっ…… お前、人をなんだと思ってるんだ!?」
 男の言葉に俺は思わず我を忘れて、そいつの胸ぐらに掴みかかった。だがそれは男の軽い一振りで振り解かれる。そして、そいつは俺を見下ろすと冷たく言い放った。
「無駄なことはやめるんだな。せっかく命が助かったんだから、何もそれを粗末にすることはあるまい」
「くっ!」
 俺は唇を噛み締め、悔しさと怒りのため強く拳を握り締める。その時、俺の体内で何か異変が起こった。それが何かは分からないが、俺は無意識的に握った拳をそいつに向かって突き出す。
 大気が震え、きな臭い匂いが辺りに充満したかと思うと、その男がいた場所に巨大な火炎が出現した。
「!?」
 男はとっさのことで悲鳴を上げることすら出来ず、一瞬にして塵と化す。
 俺はそれをただ呆然と見つめることしか出来なかった。
 そして―― この後その場を逃げ出す途中に長門と出会い、俺たちは何とかその研究所を逃げ出すことに成功した。
 俺たちがお互い、あの地獄のような悪夢を繰り返させないために解放軍を作ったのは、それから一週間後のことだった――



 2135年 12月11日 03:55
 ――東京第11区画、到着――
「着きましたよ……」
 無機質な機械音声と夢瑠の声で俺は目を覚ます。
 電車はすでに停止していて、長門と香澄の姿は向かいの席から消えていた。
「…… 二人は?」  
「先に出ましたよ。何でもゲートの偵察に行くとか言って……」
 夢瑠はそう言うと俺に向かって手を差し出す。
 俺はそれを握り返すと、シートから立ち上がった。
 まだほとんど深夜とも言える時間帯なので、駅は不気味なほど静まり返っている。構内には所々に住所不定者がダンボールを広げて寝転がっていた。
 俺たちがそれらを避けながらゲートを目指して歩いていると、その中の一人が突然夢瑠に向かってぼろぼろの手を差し伸べて喋りかける。
「…… 何か…… 食べ物…… クレ……」
 だがその浮浪者の伸ばした手を、夢瑠はぞっとするような瞳で見下ろすと俺の知らないような乾いた声で言い放った。
「触らないで―― 勝手に果てればいいわ」
「そ…… んな……」
 浮浪者がなおも懇願しようとするのを、夢瑠は今度は完全に無視して俺の方を振り返る。
「さ、行きましょ。長門さんと夕凪さんも待っているはずだから」
「あ、あぁ……」
 俺は夢瑠の意外な一面を見たような気がして、思わず言葉を詰まらせた。
(でも、よく考えたら俺は夢瑠のことを、何一つ知りはしないんだったな……)
 そんなことを胸中で考えながら、俺は夢瑠の顔を少し盗み見る。彼女は、まるで何もなかったかのようにそれまでと同じ表情で、俺の隣を歩いていたのだった。
 


 ゲートに着くと長門と香澄が、俺たちを待ってベンチに腰を下ろしていた。
 俺たちに気付いた長門がこっちに向かって手を振る。
 俺と夢瑠は二人がいるベンチに向かって走り寄った。なぜか香澄は俺が近付くと俺から顔を逸らす。
「悪かったな。どうも熟睡していたみたいでさ。それで、ゲートの方はどうだったんだ?」
「それがな…… 結局通るまではどちらとも言えない、てことしか分からなかった。だがおそらくは……」
 俺が聞くと、長門は少し困った顔でそう答えた。その後、胸ポケットから4枚のPカードを取り出すと、長門はそれを皆に配る。
「こいつが那智さん特製のフェイクPカード、てわけか……」
 俺は手渡されたそのPカードを手の中でもてあそびながらそう言うと、長門は軽くうなずいた。
「ま、何にしても…… 結局、通ってみるしかない、てことか」
 俺は納得したようにそう言うと、つかつかとゲートへと歩いていく。
 長門はそんな俺に何か言いかけたが、すぐに肩をすかした仕草をすると俺の後についてきた。その後をさらに香澄と夢瑠が続く。 
 ――Pカードヲソウニュウシテクダサイ――
 ゲートの端末に付いている、小さな液晶に文字が浮かんだ。   
 俺はゆっくりとカードの挿入口にPカードを入れる。それはすっと吸い込まれていき、何かを読み込む機械音がしばらく鳴り響いた。
 ――ニンシキカンリョウ――
 液晶に緑の文字が浮かぶ。
「…… いけたのか?」
 俺が呟いたその瞬間、緑色の文字が赤色に変わり耳を劈くような警報音が鳴り響いた。
「駄目よ! 警備兵が来るわっ!」
 香澄が叫ぶ。
「仕方ない…… 京谷、破壊するぞ!」
 長門はそう言うと手のひらをゲートに触れさせた。
 俺もその長門の声に呼応して、拳を突き出す。
 雷と火炎がゲートを一瞬にして包み込んだ。
「突破するぞっ!!」
 俺は破壊されたゲートを、夢瑠の手を掴むと飛び越す。
 その時、駅の警備兵が数十人俺たちに向かって走ってきた。警備兵の手にはそれぞれ警棒状の銃が携帯されている。そのうちの何人かが俺と夢瑠に向かって発砲してきた。
「伏せろ!」
 俺は夢瑠の頭を下に押さえつけると、拳を警備兵に向けて突き出す。
 火炎が何人かの警備兵を包み込んだ。 
「馬鹿なっ!? 能力者だと?」
 警備兵の間に混乱が走る。
 その隙に長門と香澄もゲートを飛び越えると俺たちと合流し、駅の中を外に向かって全速力で駆け抜けた。
 その後を警備兵が追ってくる。
「とりあえず街に出たら旧恵比寿町を目指すんだ。そこに行けばアジトの人と落ち合えることになっているから!」
 走りながら長門が叫んだ。
 俺はうなずくと、そのまま夢瑠と一緒になって長門たちと二手に分かれる。
 まだほとんど闇に閉ざされたままの街を警備兵の追撃をかわしつつ奔走しながら、俺たちがアジトの人たちと落ち合うことが出来たのはもうほとんど夜も明ける明け方の6時頃だった――



 12月11日 17:30
 俺たちはその第11区画のアジトに着くと、各々与えられた部屋で軽く仮眠を取った。       
 用意された部屋は2階で、俺が下に降りると何人かのアジトのメンバーが食事をとっていた。
「よぅ、目が覚めたのかい? 炎の少年」
「はい。昨日は助かりました」
 俺はメンバーの一人である第11区画解放軍のリーダーであり、昨日落ち合った時にここまで案内してくれたその人――鈴谷洋一――に声をかけられ、挨拶をする。
 鈴谷さんは俺に椅子に座るように勧めると、自分はテレビのリモコンを使って古い型のテレビの電源を入れた。
 テレビは回線が乱れているのか、それともテレビ自体がもう壊れているのか、やたらと映りが悪い。モニターの中には過去流行った歌番組やお笑い番組の姿は無く、ただ日々のニュースを政府側の視点で流す、味も素っ気も無い番組が24時間垂れ流されているだけだ。モニターの中の極東保安隊の軍服を着たアナウンサーが、事務的な口調で喋っている。
 ――今節第11区画の区長に立候補された、極東保安隊、海軍軍令部参佐である高尾義武氏は、明後日12月13日午後1時より旧五半田の公演堂で市民の明日を担う会のスピーチを務められることが、決定しました。次のニュース…… ――
 テレビはその後、Pカードの今期システムの書き換えを知らせるニュースに移り、俺はテレビから視線を外した。
 その時、2階から長門と香澄が部屋に下りてくる。夢瑠だけが降りてこないというのはどうやら彼女だけ、まだ寝ているようだ。
「おぉ。起きたかお二人さん。そこのテーブルにいる炎の少年と一緒に、ちょっと待ってな。もうすぐで朝飯が出来るからよ」
 それを目にした鈴谷さんは、二人を手招きするとテーブルに呼んだ。
 長門と香澄は少し顔を見合わせてから、ゆっくりとテーブルに近付くと椅子に腰を下ろす。
「今度はちゃんと眠れたか、香澄?」
 俺は向かいに座った香澄に、何気なく声をかけた。
「…… まぁね」
 だが、香澄の返事はそっけない。
(何を怒っているんだろう)
「それよりも、昨日ここの人に聞いたんだが……」
 俺が香澄の顔を見ながら原因を考えていると、長門が話の腰を折ってきた。
「何だ?」
「完成したらしいぞ…… 例の管理バックアップシステムが、な」
 俺の問いかけに、長門は苦渋の色を浮かべながらそう答える。
 その時、隣の部屋からメンバーの一員であろう歳のいった女の人が、俺たちの分の食事を運んできた。
「さ、しっかり食べてちょうだいね。何せあんたたちは私たちの、唯一の希望なのだから」
 女の人はそう言うとスープとパンを3人分俺たちの前に置いて、すぐに部屋を出ていく。
「ありがとうございます……」
 香澄が出ていく女の背に、小さな声でお礼を言った。
(やっぱり、香澄はおかしい。いつも元気なのがあいつの取り柄だったのに……)
 俺はちょっと心配になって、香澄の方を見る。
 だが香澄は俺の視線に気が付くと、やはりすぐに顔を逸らした。
「ゆっくり味わってくれよ。貴重な食料なんだからな」
 鈴谷さんが少し気まずいような俺たちの空気を読んで、明るく話しかけてくれる。
「はい。僕たちのためにわざわざ用意していただいて、ありがとうございます」
 長門もそんな空気を少し感じ取ったのか、鈴谷さんの言葉に無駄に明るく答えた。
 だが次の言葉が続かず、沈黙の中俺たちの食事をとる音とテレビから流れるどうでもいいニュースの音だけが、部屋に虚しく響くのだった。



 食事を終えた俺たちは、次の作戦のための会議を開いていた。
「バックアップシステムが完成してしまったとなると、今までのような管理タワーを狙った管理システムの破壊工作は意味が無くなるな」
「じゃあこれからは何を指針にして、俺たちは行動を起こせばいいんだ?」
「それは、炎の少年…… 諸悪の根源は元から立つのが一番、てことじゃないのか? 今までみたいにその場しのぎじゃなく、な」
「それはまさか…… バベルの塔、ですか?」
「シャマインの破壊。それは極東保安隊という組織全ての終焉と同義…… ということですね。鈴谷さん」
「ああ。そうなるな」
「でも、あの塔のある第3層には、第2層へ続く巨大ゲートを突破しなければなりませんよ。あそこに足を踏み入れることが許されているのは、極東保安隊の上の連中と政府の上層部だけ。一体どうやって突破を試みる気ですか? 彼らのPカードでも入手できれば別ですが――」
「……」
「確かに…… あの鉄壁の障壁は、君たちの能力を以ってしても破壊することは不可能だしな……」
「あのさ、極東保安隊のPカードがあれば、本当に何とかなるのか?」
「え? あ、あぁ。それはもちろんだが…… 何かいい案でもあるのか?」
「さっきテレビでやってたぜ。この第11区画に来るんだってよ、極東保安隊の偉いさんが。何ていったかな…… 海軍軍令部の参佐で高尾義武とか言う奴」
「…… それは本当か? 本当ならそいつが来るところを狙って……」
「…… じゃあ、決行は公演堂で……」
 こうして会議が長引く中、結局香澄は一度も俺と目を合わせることは無かったのだった。
 そして決行の日は、ゆっくりと近付いて来る――



 12月11日 00:52
 第4区画担当、解放軍諜報員である那智隆平。彼は極東保安隊の軍令部支社の地下にいた。
 複雑なコンピューターを前に、那智は次々にパスワードを開けてハッキングしていく。
 その時、彼の頭の後ろでかちゃりと銃の安全装置を開く音がした。
 彼は一瞬驚いた表情を浮かべるが、後ろの人物に気付くと少しおどけたように両手を上げる。
「ここで何をしているの? あなたね、解放軍の優秀な諜報員というのは……」
「…… まさか生きていたとは、ね。正直に私はうれしいよ。那智茜…… いや、今は陸奥と名乗っているのだったかな」
「…… ?! どうして私の名を?」
 那智の言葉に、今度は後ろで銃を突きつけているそいつが驚きの声を上げた。
「何でかって? それは……」
 那智はそう言いながら、ゆっくりと後ろを振り返る。
「!?」
 振り返った那智の顔を見て、そいつ――額に聖印のある女――は本当に驚くとはっと息を飲んだ。そして、信じられないといった表情で那智に声をかける。
「父さん……」
「…… 茜」
 二人の視線が重なった。
 ほんの僅かの沈黙の瞬間が、永遠とも思える感覚を伴って辺りを支配する。
 だが次の瞬間、そいつは那智に背を向けると、絞り出すような声で言葉を吐いた。
「…… ごめん、父さん。今の私は極東保安隊特務軍令部の人間なの。お願い、このままここから出ていって…… でないと……」
「分かってる…… だがね……」
 那智は何かを諦めたようにそう言うと、そいつに向かって手を伸ばす。
 そして…… その地下室にはまた深い沈黙が訪れたのだった――