CLOSED・WORLD ――イマンスィペイト―― 6
作:アザゼル





 インサート
 2128年 8月10日
「…… だから、僕はその世界を汚す者に粛清を与えなければならない。そしてそれが、この力を授かった僕の使命なんだよ、京谷」
 兄の言うことは、京谷にはまるで理解が出来ない。だがその澄みきった湖を見た京谷は、それが兄の力であることに、ただ驚愕するばかりだった。
 裕樹は枯れ落ちたその木から飛び降りると、まだ呆けた顔の京谷の頭をぽんっと叩き微笑む。
「ま、まだ京谷には分からないか。でもな、これだけは覚えとくんだ。世界は本当は
こんなにも綺麗なのに、人がいじめすぎたせいでとても悲しんでいるってことを」
「世界が…… 悲しんでる?」
 兄の言葉に京谷が首を傾げた。
 その様子を見て、裕樹はまたちょっと微笑んだ後、急に寂しそうな顔をする。
「世界はね、泣いているんだ…… 僕にはその悲鳴が聞こえる。辛いんだよ…… 僕の力で世界を完全に修復することは叶わない。じゃあ、僕はどうすれば……」
 言いながら裕樹は両手で自分の身体を抱きしめた。その身体は微かに震えている。
 兄のそんな仕草は、京谷の目にひどく遠く映った。自分の兄なのに、すでに自分の手の届かないところにいるような感覚。
「兄貴……」
 おずおずと、京谷が声をかける。
 裕樹はしかし、しばらくの間それに答えることもなく、物思いにふけっていた。もしかしたら、弟の声は裕樹の耳に届いていないのかもしれない。
「兄貴?」
 もう一度、今度はさっきよりも大きな声で京谷が声をかけた。
 そこで初めて裕樹は弟の存在を思い出したかのように、振り返る。
「…… どうしたんだ? 京谷……」
 だが振り返った兄の瞳は、相変わらず虚ろな色のままだった。光を透過させない、純粋な漆黒の色。京谷はその瞳に吸い込まれそうになる自分に気付く。
「……」
「さあ、そろそろ帰ろうか京谷? 家の人たちも待っているだろうし」
 裕樹がぼんやりとしたままの弟に手を差し伸べた。
 その顔はやはりさっきまでの遠くに感じた兄の顔のままで、京谷は少し怯えながらもその兄の手を握り返す。
 どこか遠くで蝉の鳴き声が聞こえてきた。そしてそれは波紋のように世界全体へと響いていく。虚しく響く崩壊の鐘の、それは序章だったのかもしれなかった――



 2135年 12月22日 22:30
 CASE6
――霧島京谷――
 俺たちは今、第2層へと続く巨大ゲートの前に来ていた。このゲートはそのあまりにも鉄壁な防備を信用してのことか、警備兵自体がほとんど存在しない。
「ねぇ、京谷。本当に身体…… 大丈夫なの?」
「ん? あぁ。だから大丈夫だって。もう、本当に何ともないんだから」
 香澄の今日何度めかの質問に、俺は笑って答えた。不思議なことに瀕死に近いダメージを受けた俺の身体は、すっかりと元通りになっている。
「それにしても長門…… あれから結構、時間も経ってんだぜ。あの時の高尾の側にいた女が上に報告していたら、ここのゲートのシステムも書き換えられているんじゃないのか?」
 俺が素朴な疑問を後ろにいる長門に投げかけた。
「それはおそらく大丈夫だと思うな。極東保安隊の中でも特務とその他の連中には情報の疎通が無いのが現状だろう。心配なのはあそこで高尾を殺さなかったことぐらいか…… 自分の失態を上に報告するようなことを、奴がするとは思えないが……」
 長門が手にいれた高尾のPカードを手でもてあそびながら答える。
「じゃ、早いとこそれを端末に挿入して上に行こうよ。私たちには、何しろ時間が無いんだからね」
 香澄が口を挟んで言った。その顔には、少し前までの思い悩んでいた香澄の感じはない。元通りの元気な香澄だ。
 俺は香澄の言葉にうなずくと、長門の手からPカードを受け取り端末に差し込んだ。
 端末がPカードを読み込む音がしばらく続いた後、ゲートが鈍重な音を響かせてゆっくりと開いていく。
 そして―― そこに巨大なガラス製のホールに包まれたエスカレーターが姿を現すと、皆一瞬言葉を失った。
「これが…… 第2層へ続く階段、か。皆…… 準備はいいな?」
「ええ」
「もちろん」
「…… はい」
 俺が自分自信も含めて緊張を吹き飛ばすために檄を飛ばすと、皆それぞれに答える。
 香澄は自分のマグナムを握り締めると、元気良く。
 長門はいつも通りに。
 夢瑠は何か物思いにふけりながら。
 俺たちは各自顔を見合わせると、一斉にエスカレーターを駆け上がっていく。巨大ではあるが、大した長さのないその階段はすぐに終わった。
「……」
 そこに広がる光景。下の世界にはない荘厳な雰囲気が漂う広大な街。人間の匂いのしないその街は俺たちに一種、別の世界に足を踏み入れたのかと錯覚させた。
 そして―― 中央にそびえる巨大な建造物。全ての人間を支配し管理してきた、俺たちの最終目的である管理タワー「バベルの塔」 それは最下層から見るよりも、さらに高く大きく俺たちの目に映った。
 自然に俺は握った拳に力がこもる。
 その拳に香澄が軽く触れた。俺の方を見て真剣な表情でうなずく。
「大丈夫よ。ここまで来たんだから」
「…… だな」
 俺は握り締めた拳を一度月の無い空にかざすと、笑って答えた。
 香澄もそんな俺を見てにっこりと微笑む。その笑顔は今まで見せた香澄の笑顔の中でもとびきりに綺麗で、俺は少し照れくさくなって顔を背けた。


 その時、今日一言も喋らないでずっと何か物思いにふけっていた夢瑠が初めて口を開く。「早く行かないと…… この街はあらゆる場所にモニターが設置されているから」
 そう言って夢瑠が、視線を街の建物の一つに貼られているポスターに向けた。そこには5軍神と書かれた大きな赤文字と、極東保安隊のぞれぞれの総長の顔が羅列されている。それらの総長の顔の目が、一瞬微かに動いた気がした。
「…… !?」
「走るぞ、京谷!」
 長門が叫ぶ。
 俺はその意味を瞬時に理解すると、ぼんやりと突っ立ったままの夢瑠の手を引いて走り出した。
 香澄と長門がその後を追って走り出す。
 第2層、中央にそびえ立つバベルの塔に向かって――
 人の往来の無い無人の道路を、俺たちはただひたすらにそこを目指して駆け抜けて行く。途中、例のポスターを見かけるたびに道を変えて、俺たちがそのタワーに辿り着いたのはゲートを抜けてから20分ほど経過した時だった。
 先のゲートよりもさらに巨大な正面玄関。空の彼方に霞んで上の方が見えない建造物。だが…… 俺たちは今別なものを目の当たりにして驚愕していた。
 正面玄関の前に累々と並ぶ死体の山。それらは全て何かで焼かれていた。その中には俺や長門の姿もある。
「こ…… れは?」
 俺は自分にそっくり、と言うか全く同じ姿の焼け焦げた死体に、恐る恐る触れながら呟いた。
「…… クローンだな。おそらくここで警備兵として配備していたのだと思う」
「じゃあ、何で死んでいるんだ?」
 長門の言葉に、俺が正直な疑問を投げかける。
 長門は俺のその質問にかぶりを振って答えた。
「さぁな。僕が知りたいくらいだ。ま、これで中に入りやすくなったのは事実だが……」 長門はそう言うと、それらの死体を眺めながら虚空を仰ぎ考え込む。
「ま、いいじゃない。正面玄関も開いてるみたいだしさ。早く進入して、シャマイン壊しちゃおうよ」
 香澄の明るい声に、俺と長門は正面玄関に目をやった。
 確かに香澄の言った通り、その大きな正面玄関の扉は微かに開いている。
「罠…… だよな。これはどう見ても」
 長門がぽつりと呟いた。
(そうだろうな。でも、俺たちは……)
「行くしかないのよね。私たちは!」
「あぁ」
 香澄が俺の心の中を見透かしたように妙に明るい声で言うのを聞いて、俺はそれにしっかりとうなずく。冷たい風が、俺たちの間を瞬間吹き抜けた。
 そびえ立つバベルの塔―― 俺たちはそこへ、ゆっくりと足を踏み入れたのだった。



 12月22日 22:50
「まさか…… 外のクローン能力者を、お前たちが片付けたのか?」
 バベルの塔に入ると、まるで待ち構えていたかのようにこの間戦った巨大なサングラスの男が、クローン能力者を従えて立っていた。その男が開口一番、驚いた表情で俺たちに問いかける。
 バベルの塔の正面玄関は大きなロビーのようになっていて、俺たちとその男、それにそのクローン能力者たちが、今その広いロビーで対峙する形で立っていた。それ以外に人の姿は見当たらない。
 男の言葉に俺たちの間に動揺が走った。外のクローン能力者を倒したのは俺たちではない。
(じゃあ、一体誰が?)
「まぁいいか、そんなことは。とにかく俺の任務はお前たち解放軍を倒すこと。この前みたいに逃げられはしないぞ」
 男がサングラスを外しながらそう言うと、クローン能力者たちが入り口の方に何人か移動した。俺たちの退路を絶った、てところだろう。
「大丈夫。俺たちは逃げたりなんかしないよ、おっさん」
 俺はわざと挑発するようなことを言うと、拳をぎゅっと握り締めて男に向けた。
 男は俺のその様子を見てにやりと口の端を歪めると、同じように拳を俺に向けて突き出す。その拳を突き出した方の腕が、めきめきと音を立てて盛り上がっていった。
「気を付けろよ京谷。あいつの肉体に生半可な技は通じないぞ」
「分かってるって。それより長門、俺が特大のをお見舞いするからその隙にあそこにある階段を皆で目指すぞ」
 俺が視線を一瞬男たちの右側に見える階段に向ける。そこから風が漏れているのを感じれることから、おそらくこのバベルの塔の非常用階段なのだろう。エレベーターも見えたが、あんなものを使ってしまってはすぐに停止信号でも押されて捕えられてしまうのがおちだ。
 俺の小さな声に香澄と長門が同時にうなずいた。夢瑠だけは俺の声があまり聞こえていないのか、ぼんやりとしたままである。
「行くぞっ! 小僧ども!」
 その時、巨漢の男が吼えた。男の声に呼応するように、クローンたちが一斉に襲いかかってくる。
 俺はそれらの中心に向けて神経を集中させた。大気中の燐が俺の意思を介して一点に集中してくる。
(もう少し……)
 男が俺たちの目の前の床を、能力でさらに巨大化した腕で殴りつけた。大理石の床が粉々に吹き飛び、俺たちの視界を覆い尽くす。
「皆、走れっ!」
 俺はそう叫ぶと、大気中に収束した燐を連鎖誘爆させた。激しい爆音が粉々に吹っ飛んだ床の欠片の向こうで響き渡る。
「な、何だっ!?」
 混乱が向こう側に走った。
 俺たちはその隙に、階段に向かって駆け出す。
「待て!」
 男とクローンたちがその俺たちを追って来たが、俺たちは構わず全速力で非常階段を駆け上がっていく。
(?!)
 その時、俺の視界にどこかで見たような人影が映った。そいつは非常階段の上の方で俺たちの方を一瞬見つめると、すぐに塔の中に姿を消してしまう。暗闇のせいで良く見えなかったが、一瞬だけ長い髪が風になびいたのが確認できた。
「…… 誰だ、今のは?」
「おい! ぼぅっとしてる暇は無いぞ京谷」
 長門の声で俺は我にかえると、また階段を駆け上がり始める。 
 下の方からは巨漢の男が階段を大きな音を響かせながら、クローンたちを引き連れて駆け上がってくる。クローンたちが俺たちに向けて次々と能力を開放してきた。
「くそっ!」
 俺と長門はそれらを迎撃するために、同じように能力を開放する。
 能力同士がぶつかり合って、大気が一瞬震えた。
 その間にも俺たちは階段を走りつづけている。バベルの塔を巻きつけるように走る非常階段の上は、足場がかなり不安定で、気を付けていないと吹き付ける風に飛ばされそうになる。
 その時、俺は横を走る長門の顔に、不安の色が浮かんでいるのに気が付いた。
「どうしたんだ長門、浮かない顔して?」
「…… おかしいと思わないか?」
 喋りながら長門は、下からのクローンの一撃を生み出した雷で迎撃する。
「何がだ?」
 俺も同じようにクローンの放った炎の塊を同じ炎で打ち消しながら、長門に聞き返した。「敵たちだよ。確かに僕たちを攻撃してきてはいるが、どう見ても威嚇以上の攻撃はしてきていない。つまり……」
「おびき出してるってこと?」
 香澄がマグナムに弾を補充しながら話に割って入ってくる。そして、そのまま一瞬その場に立ち止まると、マグナムを下に向けて数発撃ち込んだ。弾は何発か巨漢の男の腕で振り払われ、残った弾がクローンの何人かを弾き飛ばす。目立たないが、香澄の銃の腕は玄人並である。
(だが…… それでも……)
 香澄を集中攻撃すれば、彼女を倒すことくらい冷静に考えれば容易いはずだ。それより何より、全員で攻撃をしかければ俺たちは壊滅を免れるのはかなり難しいだろう。
(それをしない、てことは……)
「これは罠ってことだな、どう考えても」
「あぁ」
 俺の言葉に長門がうなずく。
「そんな…… じゃあどうすれば……」
 香澄が不安げな顔で俺を見上げた。
 俺は走りながら、香澄のその短い黒髪をくしゃくしゃと掻き撫でると、彼女の顔を見つめてきっぱりと言いきる。
「大丈夫だ」
 香澄の頬が一瞬、赤く染まった。
 ふと夢瑠の方に目を向けると、俺の方を少し寂しげな表情で見つめているのに気が付く。「そうだな。僕たちにはどうせ、進むことしか出来ないのだから」
 長門はそう言うと、雷をまた下に向けて放った。
 俺と長門の能力も無限ではない。能力の具現化自体は無限なのだが、精神力の消耗が肉体の限界を越えてしまえば、崩壊をきたしてしまう。
(香澄にはああ言ったものの、実際このままでは……)
 俺は胸によぎる不安を振り払うかのように、渾身の力で下に向けて炎を放ったのだった――



 12月22日 22:55
 極東保安隊緊急軍法会議――
「なぜ、解放軍の進入を許した!?」
「すいません。ただ、何者かによってバベルの塔正面のクロ−ンが壊滅させられまして…… 今、内部で熊野大地参佐による追跡を行っているところです」
「じゃから言ったんじゃ。特務はあてにならんと」
「まぁ、所詮奴等は籠の中の鳥。逃げることはかなわん。それほど案ずることもないだろう」
「その通りです。それに、最上階モニタ−をご覧になっといて下さい。面白い見せものをご覧にいれましょう」
「見せものだと?」
「はい。解放軍の惨殺ショ−。その布石は整ってあります。後は……」
 古鷹はそう言うと、一方的にモニタ−のスイッチを切った。その後深いソファ−に腰かけると、古鷹は胸ポケットから取り出した煙草に火を点ける。
「いつまでも、私を下に置いておけると思わないで欲しいな。扶桑……」
 古鷹はそう呟くと、ゆっくりと煙草をふかし込んだ。
 彼もまた、胸の内で黒い陰謀を膨らましていたのだった――



 12月22日 22:30
 バベルの塔、最上階―― 俺たちは巨漢の男とクローンに追い詰められて、結局そこまで辿り着いた。
「…… そんな……」
 最上階の何も無いその吹き抜けのフロアに足を踏み入れた瞬間、香澄が絶望的な呻き声を上げる。だが、それも無理はなかった。あの額に聖印のある女と、また別のクローン能力者がそこに待ち構えていたのだ。
 額に聖印のやたらとスタイルのいい女が、呆然と立ち尽くす俺たちに対し口を開く。
「まんまと罠にはまったわね、坊やたち。そろそろあなたたちともお別れの時間だわ」
「…… そうだな。そろそろ終わりだ。」
 その時、女の声に呼応するように俺たちの後ろで声がした。俺たちを追っていた巨漢の男とクローンたちが最上階に辿り着いたのだ。
 挟まれた状態になった俺たちは、じりじりと最上階フロアの端に追い詰められていく。
「どうやら、逃げ場は無いみたいだな。これがラストバトルだ京谷」
「あぁ、そうみたいだな。皆、円を作れ―― 目の前の敵を倒すんだ!」
 俺はそう言うと夢瑠を背にして拳を構えた。何の能力も無く、銃も扱えない彼女に戦闘させるわけにはいかない。ここに連れて来るのも反対したのだが、彼女がどうしても付いて来ると言ってきかなかったのだ。
 長門と香澄もそれぞれに戦闘態勢に入る。
「ごめんなさいね。あなたたちに恨みなんて無いのだけれど、私にはもうこの道以外、残されていないのよ」
 額に聖印の女は少し寂しげにそう言うと、俺に向かってきた。瞬間、女の姿が消える。
「気を付けろ京谷! そいつの能力は、音速の移動だ!」
「遅い」
 長門の忠告が聞こえた時には、すでに女は俺の目の前に現れていた。
 慌てて俺が、女の伸ばしてきた足を腕でガードする。
 俺の隣では長門と巨漢の男の戦闘が始まっていた。
 俺と長門は隙を見て迫ってくるクローン能力者を少しづつ能力で打ち倒していくが、それでも多勢に無勢。何人かは着実に俺たちの身体を傷付けていく。香澄もマグナムで応戦するが、所詮能力者の前に鉛の弾では大した効果は望めない。
 戦況は分かっていたことだが、圧倒的に俺たちに分が悪かった。当初の作戦では俺たちの誰かが隙を見て、シャマインのあるバベルの塔8階に忍び込みそれを破壊する予定だったのだが…… 今の状況ではとてもそんな余裕は無い。
 その時、俺が香澄に襲いかかるクローン能力者を火炎で打ち払う隙をつかれ、女が俺の懐に入ってきた。
 反応が一瞬遅れる。
 それは女が攻撃するには充分な時間だった。女の蹴りが、俺のみぞおちを捕えた。
「ぐっ!」
 それと同時に、巨漢の男に長門が吹っ飛ばされるのが視界の端に映る。
(くそっ! これまでか?)
 俺が一瞬あきらめにも似た思いを胸の内で感じたその時―― そいつは現れた。
 視界に映る数十人のクローン能力者が、見えない何かで全員打ち倒される。
「…… あ、兄貴?」
 俺は現れたそいつを見て、床に倒れ伏したまま驚愕の声を上げた。
 最上階フロアー。闇夜の空に浮かぶ長い銀色の髪の青年。どういう理屈で宙に浮かんでいるのかは分からないが、その青年は5年前に姿を消したはずの俺の兄、霧島裕樹だった。
 兄のその異様なほど紅い唇がゆっくりと動く。そこから漏れる声は吹き付ける風の音にかき消されることもなく、最上階のフロア―に朗々と響き渡った。
「君たちのくだらない茶番は、これで終幕だ――」
 そのあまりにも突然のことに、額に聖印の女も、巨漢の男も、俺たちまでもがその場に凍りついたように固まってしまったのだった。
 ただ一人、榛名夢瑠を除いて……