CLOSED・WORLD ――イマンスィペイト―― 7
作:アザゼル





 CASE7
――霧島裕樹――
 僕はこの世界を愛していた。だが、僕の愛した世界はあまりにも汚れていて、誰かが何とかしないと、世界はこのまま無残な姿に変えられて消えて行く運命を辿るより他はなかった――
 僕の授かった能力。この世界全ての概念において絶対普遍の法則エントロピー、それの自在操作。エントロピーの概念を簡単に説明すると、ガラスがコップをという形態をとっている時が小、壊れて粉々のガラスの破片になった時が大だ。増大し続けるエントロピーは本来何者も小さくすることは叶わない。だが僕の能力はそれを可能にする。誰の言葉か忘れてしまったが、時間の経過はエントロピーの増加と同じ向きに進むらしい。そしてそれが不可逆過程であるために、世界は常に汚れていくのだ。別にその世界の法則がただ均一に流れていくものならば仕方ない。だが人間は、今までその流れを促進し続けてきた。僕はそれが許せない。神がいないのなら、僕の能力は僕が人間にとっての神となるべく与えられたのだと思う。それなら僕は神として、世界を汚し続ける人間に粛清を下さなければならないだろう。
 そのために僕は、僕と同じ生まれながらに授かった能力を持つ者を同士とした組織を作ることを計画したのだ。極東保安隊の言葉を借りるなら、天然能力者だけの組織を。
 そして僕は彼女と出会った。僕の能力が物質世界を司るのに対し、彼女の能力は精神世界を司る。生命の糸―― 僕は彼女の能力をそう呼んでいる。彼女には人の命の灯火が見えるのだ。そしてそれをどうにかする力を持っている。
 僕は彼女の存在を知ると、極東保安隊の研究所から彼女を助け出した。僕自身も極東保安隊の特務軍令部にその前の年に徴発されていたのだが――もちろん僕は生まれつきの能力者だったため実験に、という意味ではない――僕のような立場自体が少なく、特務の中でも僕は扱いにくい存在だったみたいで、そのことについて口を出す人間はいなかった。 僕の最終的な計画は、彼女とのユニットで人間にとっての真の意味での神となること。そして、世界を僕の思い描く汚れなき浄化された世界に戻すことである。そのために僕は様々な場所に隔離されている天然能力者を集めなくてはならない。それも、極東保安隊に気付かれることなく、である。だから僕は利用した。解放軍という存在を……



 2135年 12月8日 23:25
 僕と夢瑠は第4 区画の管理タワー、その屋上にいた。
 冷たい風が僕たち二人の身体を容赦なく打ちつけている。
「そろそろ…… ですか?」
 夢瑠が口を開く。
「あぁ。まもなく、彼らはここに現れる。分かっているな、夢瑠?」
「はい」
 僕の言葉に彼女は従順にうなずいた。
 夢瑠の透き通るような肌は、夜の闇の中、異様なほど輝いている。彼女の黒い漆黒の髪が風に流されて僕の顔にあたった。
「ご、ごめんなさい」
「いや、構わないよ。それより寒くないか、夢瑠?」
 僕は彼女の肩に手を回すと、着ている白いコートで彼女をそっと包み込む。
 夢瑠の顔が朱色に染まった。
「あ、ありがとうございます……」
 夢瑠がその薄紅色の唇をほんの少し動かして、僕に礼を言う。
 僕はその唇に吸い寄せられるように、自分の唇を重ねた。
「ん……」
 夢瑠が小さな喘ぎ声を上げる。
 僕は彼女の腰に手を回すと、その身体を軽く抱き寄せた。細い四肢は今にも折れそうなほど儚い。だが、伝わる温もりは、僕の世界への悲しみを幾分か和らげるほど温かかった。 しばらくの間、僕たちはそうやって長い口付けを交わしていた。
「……」
 その時僕の視界の端、タワーの入り口のところで数人の人間が動く気配がする。
 僕はそれに気付くと、夢瑠の身体をゆっくりと離した。
「…… あ」
 夢瑠が小さな吐息を洩らす。
 僕はその彼女の頬にそっともう一度口付けると、ポケットから通信用の小型無線を取り出し彼女に渡した。
「これは?」
 夢瑠がその小さな無線機を不思議そうに眺めながら尋ねる。
「それは僕との連絡用だ。僕が夢瑠に直接会いに行けない時は、それで連絡をとる。何かあったら、左下についているボタンを押せば僕につながるようにしてあるから持っていてくれ」
 僕がそう言うと、彼女は無線のボタンを軽く確認し、うなずいた。
「彼らが来たようだ。頼んだよ、夢瑠」
「はい」
 僕の言葉に彼女はもう一度うなずくと、そのまま僕に背を向けてその場から去ろうとする。
「夢瑠」
 僕はその彼女を呼びとめた。そして彼女に近付くと、その小さな手の甲に聖印のシールを貼る。
「これで彼らを欺けると思う。それじゃあ、本当に頼んだよ」
「はい。裕樹さん……」
 夢瑠はそう言ってまた背を向けようとしたが、今度は少し何かを思い立って僕の方をもう一度振り返る。
「ん……」
 そして背伸びをすると、僕の唇に自分の唇をほんの少しだけ重ねた。
「じゃ、行ってきます」
 夢瑠はそう言うと、今度こそタワーの中に姿を消していく。
 僕の唇に彼女の唇の感触が、微かに残っていた。僕はそれを指で撫でながらタワーの下を見下ろす。
 その時、一人の少年と目が合った。
 見覚えのある人間。僕はそれを一瞬だけ確認すると、その場を後にしたのだった――   



 12月10日 22:50
「…… 次の解放軍のタ−ゲットは、第8区画です」
「そうか。それより、夢瑠…… もう、慣れたのか?」
「はい。皆いい人たちみたいで、何の問題もありません」
「…… ならいい。引き続き監視の方を頼む」
「はい」
 そこで無線が切れた。僕はそれを胸ポケットにしまうと、目の前の階段を音を立てずに降りていく。
 僕が今いる場所は第4区画にある極東保安隊の軍令部支社。そこは先日の管理タワ−、管理システム破壊の件で騒然としていた。だから、僕がこうやって隔離練に侵入しても誰もそれに気付く者はいない。管理システムの復旧は早急に処理されなければならない問題らしく、ここの人間の大半はその作業に動員されているってわけだ。
 僕は扉の前に立つと、鉄製の囚人でも入れるかのようなその扉を軽くノックした。
 中からの応答はない。
 もう一度ノックする。
 扉の向こうで何かが動く気配がし、そして扉がゆっくりと内から開かれた。
「…… 誰、ですか?」
 どこか疲れたような少年の声が、少し開かれた扉の向こうから聞こえた。
 僕はその扉を完全に開けると、中に入り、すぐに扉を閉める。
 青い顔をした虚ろな眼差しの少年が、入ってきた僕をぼんやりと眺めていた。褐色の肌にくすんだ色の髪。ゆったりとした灰色の服を着せられてはいるが、少年の身体はひどく痩せていた。
「大丈夫。僕は君の敵ではない。もちろん、君を研究材料としてしか見ていない政府の連中とも違う」
 僕は少年に優しくそう語りかけると、部屋に備えつけられている椅子に座るように勧める。
 少年は虚ろな瞳のまま、僕に言われたように椅子に腰をかけた。
 僕もそれを確認して、もう一つある椅子に腰かける。
「最上雅史君…… だね」
「……」
 僕がそう言うと、彼は黙ってうなずいた。
「僕は霧島裕樹。君と同じ、天然能力者だ」
「え?」
 僕のその言葉に、彼は少し驚いたように声を洩らす。
 僕はそんな彼に構わず、言葉を続けた。
「唐突で悪いんだが、君の力を貸して欲しい。僕には君の力が必要だ。僕に付いてくれば、君は今までの隔離された生活から抜け出すことが出来る。それに、そのどこまでも純粋で綺麗な力は、こんなところで埋もれさせとくには惜しいからね」
「…… 僕の力を知ってるの? お兄ちゃんは怖くないの?」
 少年――最上雅史――は、戸惑うように僕に尋ねる。
「形ある意志―― 自分の意志を物質として世界に具現化させるなんて、怖いどころか素晴らしいと思うよ」
 僕は正直な感想を彼に言った。
 最上少年の褐色の肌が赤くなる。多分そんなことを言われたのは初めてで、照れているのだろう。この子もきっと周りから虐げられてきたんだ。生まれた時から持っていた、その能力のせいで……
 僕は椅子から立ち上がると、彼に近付き、そっと抱きしめてあげた。
 最上少年は初め少しびくっとしたが、すぐにまるで全てをあずけるように僕の身体に顔を埋め込む。
 こうして、最上雅史は僕の同志の一人となったのだった。



 12月10日 23:47
「君はここで待ってて」
「どうして? あんな人たち、僕一人で充分なのに」
 最上少年が僕の言葉に口を尖らす。
 僕と最上少年はあの後軍令部支社を出て、第4区画の鉄道前に来ていた。鉄道は24時間で運行しているので、うっすらと明りがついている。その明りに照らされた最上少年の顔色は、明らかに軍令部支社の隔離練にいた時よりも血色がいい。おそらく外に出ることが無かったせいだろう、あんなに顔色が青かったのは。
「何せ君の能力は、あまりに目立ちすぎるからね。ここで僕たちの存在がばれる訳にはいかないし」
 僕が諭すようにそう言うと、最上少年は不安な表情で僕の顔を見上げた。
「僕は…… 役に立たないの?」
「そんなことはないよ。ただ、今はその時では無いってだけ」
 僕がぽんっと最上少年の頭を軽く撫でてそう言っても、彼は不安そうな顔をやめない。おそらく初めて信頼された者に、存在を否定されるのを極度に恐れているのだろう。
「じゃあ、ここで待っててよ。君は本当に僕にとって必要なのだから…… それだけは覚えていてくれ」
 僕は大きめのフードのついた、黒いコートを身にまとうと、もう一度最上少年の頭を撫でてあげる。
「…… 分かった。お兄ちゃんにとって、僕は本当に必要なんだね?」
「あぁ。必要だ」
 きっぱりと言いきる僕の言葉に、最上少年はやっと納得したようにうなずいた。
 僕はそれを確認して、駅の向こう側に走り出す。
 その時、僕の隣を数人の少年少女が駆け抜けた。その中には夢瑠と、見覚えのある人間が何人かいる。
 目深にかぶったフードのせいか、それとも単に彼らが急いでいたせいか、誰一人僕に気付く者は無く、彼らは駅の中にそのまま消えていった。
 その後、数分の間隔を置いて極東保安隊の人間が彼らを追うように僕の前に現れる。
 僕はその中の人間のうち何人かのエントロピーと、その周りの大気のエントロピーを操作した。
 操作の対象になった極東保安隊の人間が、突然地面に倒れ伏す。急激な身体のエントロピーの増加と、大気のエントロピーの減少により、自分の存在が希薄になったせいだ。
「何してるの!?」
 女の怒気を含んだ声が響く。額に実験の証である聖印が彫られてあるその女は、僕の見知った顔の人間だった。陸奥茜―― 僕と同じ特務に属する人間である。
 陸奥が僕の存在に気付いた。
「何者?」
 だが、顔以外の部分を覆い尽くすコートと、この暗闇のせいで僕の正体は陸奥には気付かれていない。
 僕が口を開く。
「ふふ。これ以上先には行かせない。僕の計画には、彼らがまだ必要なんでね……」
「…… ! お前も解放軍の仲間か!?」
 僕はそれには答えず、女の周りにいた極東保安隊の人間を先の方法で次々と打ち倒していく。
「な、能力者だと!?」
 陸奥が驚きの声をあげた。
「くっ!」
 と、同時に陸奥の姿が視界から消える。彼女の能力、音速の移動だ。
 だが、それと同時に僕は自分の身体を構成する物質のエントロピーを、瞬時に増大させている。
 僕の死角に現れた陸奥の蹴りが、僕の身体を捕えた。が、そこに衝撃は無い。
「何!?」
 陸奥は捕えたはずの僕に、何の感触も感じれないことに驚きの声を上げた。
 その時、駅の方から電車が発車する音が聞こえてくる。
「…… ここまでだな。じゃ、また――」
 僕は電車の発車した音を確認すると、そう言い残して、その場を後にした。追ってくる気配は無い。陸奥も得体の知れない相手を追ってくるほど愚かではないということだ。
 僕は最上少年の元に戻ると、彼と共に次の目的地へと移動する。さっき無線から入った夢瑠の情報によると、彼らは第11区画へと移動先を変更したらしい。
 こうして僕たち二人は、誰も乗っていない環状外回りの電車へと乗り込んだのだった。



 12月11日 12:00
 バベルの塔―― 
 陸奥茜と巨漢の男――熊野大地――が、三階フロアーで話している。
「…… そうか。あれが君のお父さんだったとはな……」
「私は、間違ってたのかしら。極東保安隊に私が属している限りああするしかなかった…… というのは、欺瞞かしら」
「たぶん正解なんて無い。結果として過ぎ去った、今となってはな」
「そういう風に納得した方が、本当は楽なんでしょうけどね」
「陸奥……」
「父さん…… 私があげたロザリオしてなかったの。もう、私には熊野君…… あなたしかいないわ」
「……」
「その前には、変な男に解放軍の追跡を邪魔されるし…… 本当、いいことないわ」
「変な男?」
「黒いコートを被った奴で、能力者の男よ。解放軍にまだ能力者がいたなんて、知らなかったわ」
「へぇ…… それは、僕も知らなかったな」
『!?』
 二人の顔が同時に僕の方に向けられる。その表情には明らかに警戒心、のようなものが浮かんでいた。
 熊野が僕に向かって口を開く。
「これは、天然能力者の霧島君…… だったかな。俺たちに何か用か?」
「いや。何もありませんよ。ただ通りかかったものですから」
 僕は熊野の言葉にそう言うと、軽く微笑んでみせた。
 横にいた陸奥がそんな僕の態度を見て、顔を横に背ける。
「それにしても、天然能力者はずいぶんといい身分らしいな。こっちは解放軍の始末や、管理システムの復旧で忙しいというのに」
 熊野が僕に対して露骨ないやみを言ってきた。
「いえ…… おかげさまで。あなたたちが優秀だから、僕たちの出番はありませんよ」
 だが、僕はそれに対しても笑みを携えたまま、そう答える。
 それが癇に障ったのか、熊野もそれ以上僕と喋ろうとはせず、横を向いた。
「じゃ、僕はこれで」
 僕は二人のその様子を見て、そう言い残すとその場を立ち去る。
 僕がフロアーの向こうに消える前に、二人はまた話し始めた。
「…… 一体、何であんな奴を極東保安隊は、ここにおいているんだ? 何もしないくせに、態度だけは大きくなりやがって」 
「本当ね。大体…… あいつらどんな能力を持っているかすら分からないのよ。大概は隔離練に閉じこもっているはずなのに、あいつだけは、よくうろうろしているし」
「あんな奴ら、古鷹さんが今開発しているクローンが完成したら、お払い箱さ」
「それもそうね」
 二人の笑い声が、フロアーの向こう側にいる僕のところにまで響いてくる。
 僕はその笑い声を聞いて、微かに口の端を歪めたのだった。



 12月13日 16:30
 道路の向こうで、陸奥が必死に何かを探している。
 彼女が探しているのは、今僕の目の前にある海軍軍令部参佐、高尾義武だ。だがすでに彼は事切れている。もちろん、殺したのは僕だ。高尾が生き延びて、極東保安隊上層部に解放軍のことを報告すれば、第2層へのゲートの管理システムがかき変えられてしまう。それは僕の計画に支障をきたす。だから殺した。
「彼らは、詰めが甘いな…… 理想は常に犠牲の上に成り立つものなのにね」
 僕は誰にでもなくそう呟くと、高尾の死体を眼下に流れるスラムの下水に蹴り落とす。それは濁って変色した下水の中に音も無く沈んでいくと、完全に見えなくなった。
 僕はそれを確認すると、横にいた最上少年を促してその場を後にする。

 少しして、さっきまで霧島裕樹がいた場所に陸奥が現れた。
 陸奥は高尾の投げ捨てられた下水を、ぼんやりと見下ろす。
 下水はスラムから流れ出る生活排水で黒く澱んでいた。
「…… 何やってんだろうね、私は。…… 痛っ」
 陸奥は独り言を呟いた後、その端正な顔をしかめる。さっき解放軍の長門の能力で受けた電撃が抜けきっていないのだ。
「やってくれるわね…… あいつら……」
 陸奥は軽く苦笑いを浮かべると、下水から目を離し空を仰ぐ。空は相変わらずの灰色で、まるで何かを無くしてしまったような憂いの色を見せていた。
 陸奥はその空に向かってぽつりと、もういない誰かに向かって呼びかける。
「父さん――」
 だが、もちろん返ってくる言葉は無く、陸奥は一人その場に立ち尽くしていたのだった。



 12月15日 17:40
 僕が部屋に入ると、古鷹重がゆったりとしたソファーに腰掛けて待っていた。
「何か、用ですか?」
 僕が口を開くと、古鷹はにやりと笑みを浮かべ僕に1枚の書類を渡す。
 手に取ってみると、それは辞職通知だった。右下には極東保安隊参謀総長である扶桑濠の印と古鷹の印がしっかりと押されている。
「そういうわけだ。君の居場所は無くなった、というわけだよ…… 霧島裕樹君」
 古鷹が笑みを浮かべたまま、通知を持って立ち尽くす僕にそう告げた。
「……」
 古鷹が何も答えない僕に対して、言葉を続ける。
「トランスジェニッククローンの開発が終了してね。もはや君たち天然能力者の存在価値は無くなったのだ。いや、むしろ命令を聞かない君たちは、我々にとって邪魔ですらある。さっさと荷物をまとめて、ここを出ていくんだな。もっとも外に出た君たちに待っているのは、異能力に対する迫害だけだと思うが」
「そう…… ですか」
 僕はそれだけ答えると、渡された書類を綺麗にたたんでポケットにしまった。そしてそのまま、部屋を後にしようとする。
 その僕の背に、古鷹が声を荒げて言った。
「君たちは極東保安隊という殻の向こうでは、生きていけん。君たちがここにいる以外に存在価値を見出す場所など無いからだ。もう一度、忠誠を誓え。そうすれば……」
 僕は古鷹の言葉を遮るように、扉をきつく閉めた。部屋の中では、古鷹がまだ何か叫んでいる。僕はそれを耳にしながら、うっすらと笑みを浮かべた。
「何て言ってたの、お兄ちゃん?」
 部屋を出たところには、数人の少年少女が僕を待っていた。その中の最上少年が、出てきた僕に声をかける。
「僕にここをやめろってさ」
 僕は肩をすかす仕草をして、少しおどけた風に答えた。
 それを見て、最上少年がおかしそうに笑う。
「あははは。馬鹿だね、極東保安隊の人たちは。お兄ちゃんの本当の強さを知らないのかな?」
「まぁ、結局は辞めることになるんだけどね。少しそれが、早まっただけだ。僕の同士を集める計画は、ほとんど終わっている。後は……」
 僕はそう言うと、最上少年の頭の上にぽんっと手を置いて、もう一度笑みを浮かべたのだった……



 12月21日 19:20
「…… でも、あの人はあなたの……」
「それも、仕方ないことだ」
「……」
「じゃあ、僕はいくよ。次は…… あの場所で」
 僕はそう言うと、夢瑠の元から立ち去る。
 そのまま僕はスラムの夜の街を、何をするでもなくぼんやりとうろつき始めた。
 僕は考える。
(夢瑠はどうして、僕が解放軍を始末するのに反対したのだろうか?)
(夢瑠は京谷に惹かれているのか?)
(そもそも、僕は弟をこの手で殺すことが出来るのか?)
(僕の計画には京谷は邪魔だ。人工能力者を一人でも生き残すわけにはいかない)
(僕の願いは、あの頃から何一つ変わっていない。それは間違いないはずだ)
(綺麗で美しい世界を、僕は取り戻したい)
(夢瑠はそのために必要な存在だ)
(…… 僕は夢瑠のことが好きなのか?)
(分からない―― )
(ただ…… 僕にはもう後戻りをすることは許されない。僕の願いに集った皆のためにも。そして、僕の願いのためにも)
 僕はいつの間にか、スラムの奥まった路地の中にいた。
 そこは住居を持たない人間たちと、何の目的もない若者たちの巣窟となっている。
 僕がそこに足を踏み入れると、何人かの人間が僕の周りに集まってきた。
「…… 何か…… 食べ物……」
「Pカードだ。Pカードを出せ……」
 僕はその呻き声にも似た彼らの声を全て無視して、路地のさらに奥に入っていく。
 路地の行き止まりにある、壊れかけのベンチに僕は腰を下ろした。
「…… どうして人間は、世界をこんなに汚してしまったんだ?」
 僕はそう呟くと、手近の落書きだらけの壁に手をそっと触れさせる。
 壁は僕の手の触れたところから、音もなく静かに塵と化していった。
(この力は…… 僕の視界にあるものにしか対象にならない、中途半端な力だ。僕一人では、世界の未来を導く神にはなり得ない。だから同士を集めた―― なのに、なぜ僕はまだこんなに悩んでいるんだ? どうして……)
「どうして僕は……」
 僕は呟きながら、ゆっくりと空を眺める。そして軽く嘆息した。
(そう、僕には悩むことはもう出来ない。僕は―― )



 12月22日 22:00
 僕はバベルの塔の正面玄関の前にいた。横には最上少年が、僕に身を寄せるように立っている。
「ねぇ、皆はどこに行ったの?」
「彼らは別の用事があるからね。今はそれぞれの場所に散ってもらっている」 
 最上少年の言葉に、僕が答える。
(人工能力者と、あの連中は全て始末しなければならないからね)
 僕は心の中でそう呟いた後、最上少年の方を向いて言った。
「さて、君の力…… そろそろ見せてもらおうか」
「OK! お兄ちゃん」
 最上少年は僕の言葉に、うれしそうにうなずくと、そのままスキップをしてバベルの塔に近付いていった。
 バベルの塔の正面玄関前には、クローン能力者の軍団が待ち構えていた。その中には僕の見知った顔も何人かいる。
「出ておいで、アモン!」
 そのクローンたちの中に無防備に近付きながら、最上少年が叫んだ。瞬間、彼の隣に大きな黒いふくろうのような怪物が現れる。彼の能力、形ある意志―― 自分の想像の中で創りあげた存在が現実世界に具現化する力だ。それは彼がその想像を信じる限り、実体を持ち続ける。
 ふくろうの怪物が、獣のような声で咆哮した。怪物の口の部分から、黒い炎が溢れ出す。そして、それはまだ戦闘態勢に入っていないクローンたちを一瞬で覆い尽くした。
 炎を逃れたクローンたちが反撃に出る。
 だが、クローンたちの能力はそのふくろうの怪物の炎に阻まれて、最上少年には届かない。
「さぁ、燃やし尽くしちゃって! アモン!」
 最上少年の声で、怪物がもう一度大きく咆哮した。黒い巨大な炎は今度こそクローンたちを全部焼き尽くす。
「よくやった――」
 僕がそう言って最上少年に近付くと、彼はにこっと微笑んだ。彼の出した、ふくろうの怪物はその姿を消す。僕はクローンたちの中に動く者がいないのを確認すると、バベルの塔の頂上を見上げて呟いた。
「まだ、こんなところで彼らを立ち止まらせるわけには、いかないからね――」
 僕はそう言うと、最上少年と共にバベルの塔の中へと入っていく。
 そして……