CLOSED・WORLD ――イマンスィペイト―― 10
作:アザゼル




 2135年 12月28日 20:45
 CASE10
――霧島京谷――
「ここがバベルの塔最上階までの、直通エレベーターよ」
 額に聖印の女――陸奥茜と言うらしい――が、その筒状のエレベーターの前で俺たちにそう言う。
 陸奥の隣にはあの巨漢の男もいた。男が俺に向かって口を開く。
「おい、小僧。これに乗ればもう後戻りは出来ないぜ?」
「小僧じゃない。俺は京谷だ、おっさん」
 俺が言い返すと、熊野はサングラスを取って苦笑した。そして、俺に向かってそのごつい手を突き出して言う。
「俺もおっさんじゃない。熊野って名がある。頑張れよ、京谷――」
「あぁ」
 俺は差し出された熊野の手をがっしりと握り返すと、にっと笑った。
 熊野と陸奥は、俺たちがシステムを書き換えられた第2層へのゲートで立ち往生している時に現れ、俺たちをここまで案内してくれたのだ。初めは極東保安隊の人間だから俺たちも警戒していたが、極東保安隊自体がなくなって彼ら自身も立体都市東京から出ていくつもりだったらしく、その疑念はすぐになくなった。彼ら曰く、組織に未練はないが、霧島裕樹の作った天然能力者の組織が支配するのはどうにも気に食わないらしい。そんな時、俺たちの姿を見つけて、このバベルの塔内部への侵入を手伝ってくれたのだ。
「さて、そろそろ行こうか。もたもたしていると、気付かれる恐れもあるしな」
 長門が口を開く。
 俺はそれに軽くうなずくと、熊野から手を離した。
「俺たちの能力じゃ、あいつにはまるで歯が立たない。それに陸奥をこれ以上危険な目にあわしたくないしな。ここでお別れだ」
「あなたたちは、何かを変える力があると思う。頑張ってね――」
 熊野と陸奥がお互い身体を寄せ合いながら、俺たちにそう言う。
 俺たちはそれに親指を立てて答えると、最上階直通のエレベーターに乗り込んだ。
 その時、陸奥が熊野の身体を離れ、香澄に近付く。そして香澄の胸に飾られたロザリオに手を触れると、寂しそうなうれしそうな複雑な表情をして香澄に言った。
「死んだら駄目よ。あなたはきっと、私の妹みたいなものなんだから……」
「…… 妹?」
 陸奥の言葉に、香澄が不思議そうに聞き返す。
 だが陸奥はそれには答えず、少し照れたように微笑むだけだ。
 香澄がそれを見て、ますます不思議そうに首を傾げる。
「――」
 その香澄の耳に、陸奥が何か囁いた。
 それを聞いて、今度は香澄の顔が耳まで真っ赤になる。
「じゃ、負けないでね…… 解放軍諸君」
 陸奥はそう言うと、俺たちに向けて手を軽く振った。後ろにいた熊野も俺たちに向けて、ガッツポーズを送る。
「…… あぁ」
 俺はそれに答えると、エレベーターのボタンを押した。
 扉が一瞬で閉まり、静かな機械音が鳴り響くと、エレベーターは一瞬で俺たちをバベルの塔最上階へ運び出す。



「行ってしまったな」
「ええ」
 陸奥と熊野は、京谷たちを乗せたエレベーターをしばらくの間、ぼんやりと見つめていた。
「奴ら…… 勝てると思うか?」
「勝つわよ。何せ私たちを、1年間も引っ掻き回した連中なんだもの」
「だな」
 陸奥の言葉に、熊野が愉快そうに笑って答えた。それから、陸奥の肩にそっと腕を回す。
「さてと…… 俺たちも、そろそろ行くか」
「ええ」
 熊野の身体にそっと寄りかかりながら、陸奥が答えた。
 熊野と陸奥の視線が交わる。そして、ゆっくりと二人のシルエットが重なったのだった――



 12月28日 21:00
 バベルの塔最上階。吹き抜けのフロアーに3人の人間がいる。霧島裕樹と榛名夢瑠、それに最上雅史だ。裕樹と夢瑠が話している。雅史はそれを退屈そうに聞いていた。
「だから夢瑠、僕のこの能力を、各地に配置した拡張機を使って波紋のように広げるんだ。そのシステムはシャマインがプログラミングを済ませてある」
「それで…… どうなるんですか?」
「僕の能力を使い、街を構成するエントロピーを一度極限まで下げるんだ。街はすべて一度無に還える。そして、残るのは荒れ果てた大地だけになるんだ」
「街を無に?」
「そう。一度全てを崩壊させないと、人間は理解できないからな――」
「でも、そんなことをしたら……」
「その次が夢瑠の能力の出番なんだ。君の生命の糸の能力を同じように拡張機で広げる。そうすれば、荒れ果てた大地に再び生命が宿るんだ。それを見た人間は神の奇跡を目の当たりにするだろう? 僕たちは二人で、人間にとっての神になれるんだよ」
「……」



「やっぱり、あなたはただのパラノイアね」
『!?』
 突然現れた香澄のその言葉で、兄が俺たちの方を振り返った。
「なっ、一体どうやって? ゲートのシステムは書き換えておいたはずなのに!?」
「さすがの兄貴も自分の理想にばかり夢中で、注意が足りなかったみたいだな。こっちには元極東保安隊の協力者もいたし、バベルの塔には警備兵すらいない。忍び込んでくれと言わんばかりだったぜ」
 兄の言葉に、俺は笑いながら答えた。その時、視界の端にいた夢瑠と一瞬目が合う。
 だが、夢瑠は俺と目が合うと、すぐに顔を横に背けた。
 兄は軽く舌打ちすると、俺たちに向けてすっと手をかざす。そして、憎々しげに口を開いて言った。
「やはりあの時、あいつらにはとどめを刺しておくべきだったね――」
 言いながら、兄のかざした手が微かに動く。
(今だ!)
「皆、散れッ!」
 俺が叫んだ。
 その瞬間、さっきまで俺たちのいたフロアーの床の一部が塵と化す。兄が喋りながら能力を発動したのだ。
「…… へぇ。よくかわしたね」   
 兄が意外そうな顔で、だがまだ余裕の笑みを浮かべたまま俺たちを褒める。
「兄貴の能力も、やっぱり完全に無敵って訳じゃないみたいだな。能力の前兆、みたいなものを事前に察知出来たら何とかかわすことは可能だ」
 俺がそう言うと、兄はふっと笑みを深めて言った。
「確かに。京谷にしては、なかなかな推理だね。でも、だからどうしたって言うんだ? 君たちの能力が僕に通じないのは変わらないし、それにそんな紙一重の芸当を何度も繰り返せるわけじゃないだろ? やっぱり、京谷…… 君はおとなしく僕の創り上げる理想世界を、ただ見ていた方が良かったんじゃないのか?」
「それでも…… 勝負ってのは、どうなるか分からないものだぜ!」
 兄の言葉に答えながら、俺は兄に向かって拳を構える。だが、いつものように巨大な火炎を生み出すのではなく、俺は生み出した炎を壁状にして、兄の周りを囲んだ。
「そんなことをしても無駄だ!」
 炎の障壁は、兄の叫んだ声と同時に消滅する。
 だが、その時はすでに俺は兄の目の前まで迫っていた。
「何!?」
 兄が慌てて、迫っていた俺に手を向ける。
 能力の発動を感じた俺は、すぐさま軌道を変えて横に飛んだ。数秒前に俺のいたフロアーの床がまた塵と化す。
「…… どうやら、この前までの京谷と思わない方がいいみたいだね。雅史、悪いけど他の二人の相手をしてあげて。こいつは…… 僕が殺す」
「はーい」
 兄が言った言葉に、さっきから退屈そうに俺たちを眺めていた褐色の肌の少年――雅史と言うみたいだ――が、まるで場違いなあっけらかんとした声で答えた。
「出ておいで、アモン」
 雅史の声に応じて、突然その場に黒いふくろうに似た怪物が姿を現す。怪物は姿を現した瞬間、口から黒い炎を吐いた。それは真っ直ぐに長門と香澄を襲う。
「危ない!」
 俺がその黒い炎に向けて、拳を構えた。
「君の相手は僕だろ?」
 だが、その俺に向けてすでに兄が手をかざして能力を発動しようとしている。
 俺は自分の能力を途中で開放すると、慌ててその場から離れた。
「京谷、僕たちのことは気にするな! そいつに集中しろ!」
 その俺に長門の声が飛ぶ。
「その通り。京谷…… 君によそ見する余裕は無いと思うけどね」
「くっ!」
 兄はそう言うと、俺に向けてまた歪んだ笑みを浮かべたのだった――



 雅史の横に現れた、そのふくろうに似た怪物――彼の呼び名を借りると、アモン――の、放つ黒い炎は、香澄と長門の立っているすぐ横をかすめていき虚空に消えていった。
 二人の横の大気が、焦げたような匂いを放つ。
「何なのよ…… あれは?」
「…… 僕が聞きたいね。ま、あれも能力なんだろう、彼の」
 長門は香澄にそう答えると、すぐに雅史とアモンに視線を戻した。長門の手のひらから、目に見えるほどの静電気がほとばしる。
 アモンが吼えた。黒い炎が二人を包み込むように襲ってくる。
 だが、炎が届く時には、すでに香澄と長門の姿はそこにはない。
「終わりだな。いかに生み出すものが強くても、本体には関係ない――」
 いつの間にそこまで移動していたのか、長門は雅史の真後ろに立っていた。長門の手のひらが雅史の首筋に触れる。
 雅史の口元が微かに歪んだように見えた。
 一瞬それに寒気のようなものを感じ、長門がその場から飛び去る。
 その長門のいた場所に、アモンの放っていた黒い炎が突き抜けていった。
 同じ場所にいた雅史はその炎をまともに受けて…… だが、平然とした様子でその場に立ち尽くしている。
 雅史が楽しそうに口を開いた。
「あはは。アモンの炎はね、僕には何の害もないんだよ。どうしてかは分からないけど、ね」
「……」
 その時、香澄のマグナムから放たれた弾が雅史を捕える。かわしている時間はない。
 だが、当たると思った弾が雅史に届くことはなく、それは彼の前まで一瞬で移動したアモンの鋭い歯に噛み砕かれた。
「なるほど…… 防御も完璧、というわけか」
「反則でしょ、それは……」
 長門と香澄が同時に愚痴を言う。
 その時、何かを思いついた長門が香澄の耳に何か囁いた。
 香澄がそれに一瞬驚いた表情を浮かべ、その後、軽くうなずく。
「何の相談かな? どうせ、無駄なのにね」
 雅史がそう言うと、アモンは二人に向けてひときわ巨大な炎を放った。 
 その黒い炎に、長門はそのまま突っ込んで行く。
「なっ―― !?」
 雅史が驚きの声を上げた。
 その時には、すでに長門は彼の目の前まで、炎を突き破り現れている。
「アモン!」
 雅史の声にアモンはしかし―― 反応しない。
 アモンは香澄が連射するマグナムの弾をはじく作業に追われていた。
「あれはどうも君を自動的に守る習性があるみたいだからね。君に今、直接危害を加えようとしているのは夕凪だ。だからあれの標的に、僕は今なっていない。さよならだ、少年――」
 長門はそう言うと、雅史の身体に手のひらから送った雷を流し込む。
「がっ!?」
 長門の雷をまともに受けて、雅史はその場に倒れ伏した。
 それと同時にアモンの姿も消える。
「大丈夫、長門?」
 香澄がそれを確認して、長門に近付きながら言った。
 長門の服は所々焦げていたが、身体自体に大したダメージがあるようには見えない。
 長門は自分の焦げた服を軽く払う仕草をしながら、近付いて来た香澄に向かって笑って答えた。
「あぁ。僕の身体は思った通り、なんともない」
「本当に? あれだけ激しい炎だったのに……」
 香澄がまだ不思議そうに、焦げた長門の服を見つめながら言う。
「ファントムペイン、ていう言葉知ってるか? 例えば事故で右手を失った人間が、なくなった右手に痛みとかかゆみとかを感じるあれだ。つまり、あの少年の炎は精神に影響を及ぼすものだったんだ。少年だけが炎を感じないのは、彼があの炎を熱くないと無意識に信じていたから。そう信じれば、あの炎は実際には影響を及ぼさない。ま、完全には僕も信じきれなかったんだけどね」
 その香澄に長門は焦げた服を引っ張りながら、説明した。
「なるほどねぇ。つまりあれは、幻だったんだ」
「いや、幻でも何でも、本人が熱いと感じれば身体に影響はでる。それで死ぬことだってあるさ。恐ろしい能力だった……」  
 長門はそう呟くと、まるで腰が抜けたみたいにその場に崩れ落ちた。
 それに慌てて香澄が駆け寄る――



「君によそ見をする余裕はないと思うけどね」
 兄はそう言うと、また能力を発動させるため両手を俺に向けて構えた。次の瞬間、俺の周りに氷柱状の岩石が下からせり上がってくる。
 それらの一つが、避け損なった俺の腕をかすめた。服を割いて血が吹き出す。けして浅くはない傷だが、動けなくなるほど深くもない。
(何でもありか、兄貴の能力は!?)
 俺は心中で毒づきながら、その場を離れ、兄と対峙した。
「どうする、京谷? 僕の能力は直接使う以外に、こういう使い方も出来る。向こうの君の仲間たちも、すぐに雅史に片付けられるだろう。結局、君に僕の理想を止めることなんて叶わないんだ――」
 兄がそういうのを聞いて、俺は視界の端で香澄と長門を確認する。あの怪物がどういう理屈で存在しているのか分からないが、明らかに慣れない能力に二人は苦戦していた。
(そもそも、能力者と戦うこと自体があまり無かったからな)
 俺は胸の内でそう呟きながら、兄の動きに必死に目を見張らす。
 兄は冷たい笑顔を顔に張りつかせたまま、その俺の方を同じようにじっと見つめ返した。
(でも、それを言うなら兄貴たちも同じだ。やはり俺たちの造られた能力とは質が違うのか?)
 兄が手を軽く動かす仕草をした。兄の手を動かした場所に、数個の炎が現れる。そして、それは間髪いれずに俺に向かって飛んできた。
 俺はそれに拳をむけると、同じように数個の炎を生み出し打ち消す。
 だが、兄はその俺にすぐに、今度は能力自体を撃ちこんできた。
(能力の発動までの時間が早すぎる!)
 俺はそれを間一髪で地面に転がってかわす。そしてすぐに顔を上げると、慌てて兄の姿を探した。
 だが、兄はすでにさっきの場所からは消えている。
「チェックメイト、だね――」  
 転がった俺の前に、いつの間にか立ち塞がっていた兄がそう言った。兄の笑顔が、一瞬大きく歪む。どこまでも冷たい眼差しなのに、なぜか俺の目にはそれが優しく見えた。
(これまでか――)
 兄の俺に向けられた手が、微かに動く。
 俺はそれを見てぎゅっと目を閉じた。
「きゃぁぁぁぁ」
 だが、身体を震わせて倒れたのは俺ではなく、俺と兄の間に割って入った夢瑠だった。
 まるでビデオのスローモーションを見ているみたいに、夢瑠が俺の横にゆっくりと倒れ込む。
「馬鹿なッ! どうして!?」
 兄が、倒れこんだ夢瑠を抱き起こしながら叫んだ。
 夢瑠の目が、その声に力無く開かれる。そして、彼女は兄の頬に手を触れながら、ほとんど聞き取れない消え入りそうな声で言った。
「だって…… 兄弟で争うなんて…… 間違ってると、思ったから……」
 言い終わると夢瑠は儚い笑みを浮かべて、静かに瞳を閉じる。それはどう見ても、二度と開かれそうには無かった。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 兄がそれを見て、まるで獣のような咆哮をあげる。その瞳からは滝のように涙が流れ落ちていた。
(…… 今しか無いな。兄貴を倒せるとしたら――)
 俺はゆっくりと立ち上がりながら、夢瑠を抱えて泣き続ける兄を静かに見下ろす。そして、すっと拳を兄に向けて構えた。
 一瞬、兄の昔の言葉が俺の脳裏をかすめる。

「お前がピンチの時はいつだって助けてあげるさ――」

 だが、俺はすぐにそれを頭から振り払うと、兄の左胸を狙って能力を開放した。
「がっ!?」 
 ボンッと生み出した炎が炸裂する音が響き、兄の左胸に風穴を開ける。そして、兄はゆっくりと夢瑠を抱えたまま地面に倒れ伏した。
「……」
 俺はそれをやはり、ただ静かに見下ろしている。
 兄が震えながら、俺の方に顔だけを上げた。そして、その端正な顔を歪ませながら俺に語りかける。
「…… 良くやった…… 京谷、君の勝ちだ……」
「兄貴……」
「ふふ…… 分かっていたさ。汚れた世界を完全に元通りにするなんて叶わないのは…… でもね、僕にはそれしかなかったんだ…… 本当は、僕はただ夢瑠と……」
 そこまで言って、兄は大きく咳き込んだ。口からは深紅の血が滴り落ちている。それでも、兄は言葉を続けた。
「…… ただ夢瑠と、一緒にいたかっただけなのかもしれない…… 僕が夢瑠を愛してしまった時、すでに僕の願いは潰えてしまっていたんだろうね…… さよなら、京谷…… せめて最後に僕の力で、君たちにとって忌まわしいこの塔を崩壊してあげよう……」
 兄はそう言うと、すっと瞳を閉じて夢瑠の横に、まるで寄り添うように倒れる。その兄の身体から、うっすらと光が波紋のように広がり始めた。光に触れた部分から、塔が塵と化していく。おそらく兄が死ぬ前に、能力を全開で開放したのだろう。
「香澄! 長門! 塔が崩れるっ!!!」
 俺はそれを見て大声で二人の名を叫んだ。
 視界に映った二人の横には、雅史という少年が倒れている。
「急いで、エレベーターに!」
 俺の言葉に二人が駆け寄ってきた。長門はあの黒い怪物にやられたのか、着ている服が所々焦げついている。
 俺たちは急いでエレベーターに乗り込むと、地上へのボタンを押した。
 エレベーターがものすごい速度で下降していく。そして、ほとんど墜落するような感じで、俺たちは地上に何とか辿り着いた。
 俺たちがバベルの塔を出る頃には、あれほど巨大だった塔はわずか半分ほどになっている。
 その今でもどんどんと消えて行く塔を、俺はゆっくりと見上げた。それから、心の中でそっと呟く。
(さよなら、兄貴。さよなら、夢瑠――)
 しばらくそうやって、俺は崩壊していく塔をじっと眺めていた――
 それから、にっと笑うと二人の方を振り返り、親指を立てて言う。
「これで、任務完了だな!」
 その俺に二人は同じように笑顔で親指を立てると、力いっぱいうなずいたのだった――




 エピローグ
 2136年 1月1日 06:00
 京谷と香澄は海の見える海岸に来ていた。
 二人は静かにどこまでも広がる海を、さっきからずっと眺めている。
 まだ朝日は昇っておらず、海はただ黒くうねるばかりだ。
「…… まだみたいね、日の出は」
「あぁ」
 香澄の言葉に京谷がうなずく。
「それにしても、大変な1年だったね」
「これからはもっと大変になるぞ。まだまだ俺たちにはしなくちゃならないことが、山のようにあるんだからな」
「そうね。管理システムは崩壊したけど、それに便乗して悪いことをする人もいて…… 今、この世界はとても不安定な状態だものね」
 香澄は言いながら、そっと自分の手を京谷の手に触れさせた。
 京谷は何も言わずに、その手を優しく握り返す。
「そう言えば、長門の妹…… 来週手術なんだって。明日あたり見舞いに行ってやるか?」
「うん。うまくいくといいね、木蓮ちゃんの手術」
「上手くいくさ。そのために長門は今まで頑張ってきたんだから」
「そうだよね」
 香澄はそう言うと、視線をまた海の方に戻した。
 京谷が海の方を見つめる香澄の横顔を、そっと盗み見る。それから顔を赤くして、すぐに自分も海の方を見つめた。
「…… 兄貴はどんな世界を目指していたんだろう――」
「えっ?」
「俺は結局、兄貴の考えていることが何も分からなかった。俺、あれから考えたんだ。もしかしたら、世界には本当に兄貴が必要だったんじゃなかったかって…… それを殺してしまった自分の方が、本当は必要ないんじゃないかって……」
「京谷……」
「でも…… 例えそうだとしても、俺は後悔はしていない。兄貴にしか創れなかった世界があったのなら、俺にしか創れない世界もあるはずだもんな。俺はこの国を…… 自分の生まれたこの世界を、素晴らしいものにしたい。だから――」
 そこまで言って、京谷は香澄の方を振り返った。
 香澄も京谷の方を見つめ返す。
 海から聞こえる波の音だけが、辺りを静かに支配していた――
 京谷が香澄の両肩に手をかけて、ゆっくりと口を開く。
「―― だから、香澄にはずっと俺の側で見続けて欲しい。俺が創る新しい世界を…… ずっとずっと一緒に、見続けて欲しいんだ!」
「…… うん」
 香澄が京谷の言葉に、小さくうなずいた。
 その時、海の向こうから光が昇り始める。その光を受けて、海の水面がきらきらと輝き始めた。
 二人のシルエットが、その光の祝福を浴びながらゆっくりと重なる。それは、新しい世界の幕開けだった――

「そう言えば、陸奥は香澄にあの時なんて耳打ちしたんだ?」
「好きな人が無茶をするのは辛いけど、それに付いて行くのも女の喜びだって言ったの。今なら分かる気がするな、陸奥さんの言葉」
「…… 耳が痛いな、それは」


                                 END――












 あとがき

 はじめて投稿しました。処女作です。色んな事がしたかったけど、何も出来てないつたない作品ですが、最後まで読んでくれれば幸いだなー。
 この作品の元ネタはかなり前からあったのですが、書いたのは最近です。だからプロットに1月、執筆に1月とかなりのハイペースで書きあげてしまいました。世界観も人物設定もかなり作りこんだのですが、いかんせん文章力が…… 書ききれなかったこともいっぱいだし。この作品にはまだ続きがあるのですが、それも出来れば書いてしまいたいです(今は他の中編を書いていて無理) 何か質問とか感想とかあれば、送ってくださいませませ。酷評でも構いませんから(笑)