Closed・World 閉鎖世界の歌姫 第三話
作:アザゼル





「この首飾りはね、私の宝物なの」
 歌う様な声色。
 宙に揺蕩う、漆黒の黒髪。
 硝子玉が如き両の眼。
 自分も彼も、彼女の其の磁器人形の様な麗姿にいつも見惚れていた。
「お母様が私にくれた、最後の贈り物」
「君のお母さんと言うと、例の……」
「最高の歌姫よ」
 彼の言葉に、人形は左右対称の、如何な絵描きとて描くことの叶わぬ美しい笑みを顔に刻んだ。
 彼女の母親――
 万に一人。否、億に一人という確率で此の世に生を授かる、魔光源を歌により生み出すことが出来る奇跡の歌歌い。
 皆が畏敬の念を篭めて、「歌姫」と呼称する存在。
 だが其の奇跡の人は今は確か……
「最後の」
「最期、よ」
 思わず洩らした吐息とも呟きとも取れぬ言葉に、彼女は決然と応えた。先の微笑みは掻き消え、相貌は憂色に彩られている。
 慚愧の念が押し寄せたが、自身の口は自身の思いとは裏腹に更に半途な台詞を紡ぐ。
「治らないのか。矢張り」
「治らないわ。だから最期、なの」
 確乎とした口調で、自身の出来損ないの問いかけに答えた彼女は顔を俯かせた。
 彼女の母――稀代の歌姫は、今死の床に臥している。其れを知らぬ者は、この世界に住まう者では誰一人として居ないだろう。其の笑顔は人々に安らぎを与え、其の舞いは人々に喜びを伝え、其の歌声は人々に愛を育ませる。早晩訪れるであろう死を知った時、皆悉く離愁の念を感じずにはいられなかったが、中でも一番痛哭に暮れているのは間違いなく眼前の彼女だ。
 なのに、自分には彼女を労わる文言の一つも思い浮かべることが叶わない。
 だから――という訳でも無いだろうが、彼が代わりに口を開いた。
「彼女の遺す思いは残る。其れに世界には未だ君も居る。次代の歌姫として、既に片鱗を見せている君がね。だから、悲観することも無い」
「私はお母様の代わりにはなれない」
「僕は期待してるよ」
 珍しく感情的に反論した彼女に、彼は長い黒髪から覗かせた双眸を細めて断言する。彼の前での彼女は、何故かいつも歳より幼く映って見えた。
 其れは、自分も同じなのかもしれなかったが。
「で、其の首飾りが如何かしたのか?」
 彼によって更に逸れた話を元に戻すべく。否、彼女の注視を彼から自分に向けるべく、自分は半ば強引に話題を最初に引き戻す。
 斯様な胸臆の思いには勘付いた風も無く、彼女は思い出した様に大袈裟に拍手を打った。
「そうそう。首飾り、なの」
「だから、其れが如何したんだ?」
「斬って」
 同じ言説を繰り返す彼女に同じ質問を繰り返す。
 返答は唐突で脈絡が無かった。
「大切な物ではなかったのか?」
 だが唐突な彼女の言葉にも、彼は平時と同じ語調で言葉を投げかけた。
 彼だけはいつだって彼女の紐帯の無い会話にも付いていっていた気がする。自分は其れが非常に羨ましくもあり、そして――嫉ましくもあった。
 彼女と彼と自分は掛け替えのない仲間だ。
 大切な友。
 だからこそ、感じる疎外感は殊の外大きい。
「大切な物だからこそ、此れを斬って欲しいの」
「良いだろう」
 彼は答えると同時に、彼女に向けて一歩踏み出す。
 止める暇あればこそ。
 彼は腰鞘から抜き放った剣を、素早く翻した。剣速は疾く、自分の視界には彼女の胸元で銀光が宙に筋を煌かせた様にしか映らなかった。
 ――きん。
 補正された地面が、彼女の胸元から離れた首飾りの欠片を弾く。
「お、おい」
 地に散開した欠片は三つ。
 元は十字を模り中央部に紅い宝玉を装飾した物が、彼の手によって、半分になった銀塊二つと宝玉に分離させられた。
「――流石よね」
 其れらを拾い上げながら、彼女は笑う。母からの最期の贈り物と自ら謳った物が壊されたのにも関わらず、だ。
「私の意図も汲んでくれたのね」
「仲間だからね」
 彼女の意図も彼の考えも、仲間であるのに、自身には見当もつかなかった。
「証よ、私達の」
「え?」
 心裏を読んだのか、彼女は拾い上げた首飾りの欠片の一つを押し付けながら、上目遣いに自分を見据えて言葉を結んだ。
 ゆらりゆらりと、彼女の瞳の中で自分の姿が揺れている。
 見つめられているだけで、忘我の境地に連れ去られる、硝子玉の瞳。
 自失の中、彼女の声が響く。
「私達の永遠の絆の――」


 激しい振動で、俺は目を覚ました。
 振動は一度では納まらず、断続的に訪れ、振動音が其の都度耳朶を叩く。周りに視線を遣ると、使い古された――と言うよりは、手入れの全く行き届いていない部屋の態様が目に飛び込んできた。
 壁の膠泥は所々剥げ落ち、小さな丸机や戸棚等の数少ない調度品は、皆一様に埃を被り、部屋には黴臭い匂いが立ち籠めている。
 確か此処は、
「如何したの、シン」
 隣で薄い毛布に包まった下着姿のユウヒが、半身を起こした俺に訝しげな眼差しを遣し、問いかける。
「……いや、何でも無い」
「そう」  
 此処は、魔光列車の客室の一室。
 俺達は勾引かされた地下街の子供達を救い出すために、ガーディアンの本部が所在すると予測される第八区画へと移動中――だった筈だ。だが。
 夢見の所為か、現の世界に身体が如何も馴染まない。
 否。夢境を彷徨うことこそが、正しいとでも主張するかの様に、現に身体が拒絶反応を起こしている。いつもの様に、目覚めれば茫々模糊となってしまう夢見であったというのに。
「……絆」
 呟きは自然と俺の意思とは無関係に、口から洩れた。
 魔光ステーションの最下層でも似たようなことがあったが、何を意味するのかは、口にした本人も分からない。唯、同じ様に深い喪失感だけが俺を被覆する。
 忘れてはならない、大切な文言――
「何か言った?」
 呟きを聴き咎めたユウヒが、今度は身を起こして尋ねてきた。
 薄い下着から伸びた四肢が青白く、生々しい。
 見慣れている筈なのに、俺は何故か目線を逸らして、丸机の上の瓶に入った温い水を一気に飲み干してから小さく首を横に振った。
「別に」
「……そう」
 ユウヒが微かに相貌を歪めるのを見て、俺の胸裡の奥の何処かが刺激される。少し前にも同じ様な情意を覚えたことがあった。あれは確か、
 ――柔らかく、冷たい手。
 魔光ステーションで出会った得体の知れない歌歌い、ユメル。彼女の手を引いた時だ。
「昨夜は抱かなかったのね、私のこと」
 立ち上がったユウヒは、俺に背を向けた格好で無感情に洩らす。
「疲れていたからな」
 俺も倣った訳では無いが、平淡とした口調で返した。
 彼女は背を向けたまま其れ以上は何も語らず、俺もまたそんな彼女に対してかける言葉を思い付けずに、無言の中、虚しく列車を揺らす振動音だけが連綿と室内に響き続ける。
 ユウヒとの付き合いは短くない。
 彼女は俺とオーマが組織を結成した後、最初の仲間として、彼此数年行動を共にしてきている、俺の最も大切な仲間の一人であり――女だ。決して過去を語らない女は、空白の過去を持つ男に優しかった。陳腐な恋慕の情で結ばれていた訳では無かったが、俺達には互いの信頼があった。だから身体を求められれば応えるのが契りだと、昨夜までは思っていたのだ。
 だが、俺は初めて彼女に応えられなかった。
「シンは変わろうとしているのね」
「如何いう意味だ?」
 ともすれば振動音に掻き消されそうな小さな声に、俺は思わず過敏に反応する。何故か言い知れぬ予感に、俺は焦慮していた。
「いいえ。シンは戻ろうとしているんだわ。ずっと変わらないと思っていた。ずっと続くと思っていた。けれど、其れはきっと甘い幻想だったのね」
「何を言ってる。俺は何一つ……」
「原因はあの女」
 ユウヒがきっぱりと言明する。
 俺は其の言葉に冷水を浴びせかけられた様に、立ち竦んだ。彼女へと向かおうとしていた足は止まり、彼女へと伸ばそうとしていた手は行き場を失い虚空を撫でるに留まる。
 取り返しの付かない、喪失感。
「私は不変をこそ、望んでいたのに」
 俺が立ち竦んだ代わりに、彼女は振り返ること無く緩慢と部屋の扉へと歩を進めた。
 俺には彼女を止める術は無い。
「私は変われると思っていたのに」
 彼女の手が扉の握りにかかる。
 俺が戻るという意味も、彼女が変わるという意味も、俺にはまるで見当が付かなかったが、一つだけ確乎としていることがあった。其れは彼女が――
 気付くと、壁に立て掛けておいた剣鞘に手が伸びていた。
 ユウヒの赤髪の間から覗く青白い頸筋が、愚かな俺を嘲る様に誘っている。
「子供達、見つかるといいね」
「あ……」
 最後だけいつもと同じ口調を取り戻し、彼女は颯爽と部屋を出て行った。
 残された俺は剣の柄を握り締めたまま、彼女の出て行った部屋の扉に彼女の残滓を焼き付けるが如く視線を遣っていたが、不意に苛立ちが込み上げると、鞘を被ったままの其れを壁に力任せに叩きつける。軟い壁に、一瞬で亀裂が走った。
 苛立ちは、俺自身へ向けたものだ。
 何一つ理解できぬ、頑愚な俺自身へ。


 魔光列車は、無事第八区画へと到着した。
 ホームに降り立った俺達は、どの区画でも変わらぬ閑散とした駅舎の中、狭い通路を縦列になり進んで行く。列車内と同じく整備の行き届いていない通路は魔光の灯りも薄暗く、天地構わず蜘蛛が巣を作って自らの縄張りを主張している。足元には暗がりを好む小動物が縦横無尽に駆け回っており、久しくこの地に足を踏み入れる者が居なかったことを証明していた。
 此処がオーマの情報通り真にガーディアン本部が所在する区画であるなら、警備は他の区画の比ではないだろう。となれば、他の区画からの唯一の接点とも言えるこの駅には相応の警備が敷かれていて然る可きなのだが、
「静かね」
 声は、縦列に進んでいた筈の俺の肩辺りから囁かれた。
 いつの間に隣を歩いていたのか。
 白色に近い金色の髪が、風も無いのにふわりと俺の視界の端で靡いて映る。
「如何して俺達に付いてきた?」
 俺は一瞬目を馳せただけで、直ぐに正面に向き直ると、態と素っ気無い口調で横を歩いているであろう女に語りかけた。この女を前にすると、何故か胸裡の奥底が鋭い痛みを訴えかけてくる。其れを悟られたくなかったのだが、
「一人は寂しいでしょ?」
 人形の様な女――ユメルは、俺の心中等お構いなしに、何処か戯けた調子で答えた。
 彼女はそもそも此処まで俺達と来る予定ではなかったのだ。先のガーディアンの襲撃で止むを得ず魔光列車までは同行させたが、途中組織の中継処がある比較的安全な区画で降ろす手筈になっていたのである。其れを拒んだのは彼女だ。魔光ステーションではガーディアンに追われていた身であるのに、態々ガーディアンの本部と目される場所に付いてくるというのは、如何いう心積もりなのだろうか。
「本当にそんな理由か?」
「真逆」
 俺の言葉に、彼女は臆面もなく言い放った。
 ――俺は愚弄されているのだろうか。
「冗談よ。怒らないで。貴方にそんな顔をされるのは辛いわ」
 余程強面の面魂になっていたのか、彼女は直ぐに謝ると、俯き加減に顔を俺から背けた。背けた所為で表情が窺えないのが、俺の胸裡をまた刺激する。
「別に怒ってない」
「本当?」
 鳴いた鴉とはよく言ったものだ。
 俺の無愛想な物言いに、彼女は息を飲むのも忘れるほどの絶佳の笑顔で俺に向き直った。透徹した硝子玉の眼差しに触れ、今度は俺が顔を背ける。
「本当だ。だから教えろよ、理由……」
「貴方が居るから」
 返答は短かった。
「また、冗談か」
「だと思う?」
「……」
 俺は立ち止まってユメルの顔を凝眸する。
 彼女も同じ様に立ち止まって、俺の顔を確乎と見据えた。
 濡れた眼と、縁取りを飾る長い睫。透き通る様な肌に、紅を引く小さき口元。そして――白金色の羅紗が如き豊麗な髪。
 何なのだろうか、この懐慕にも似た感情の隆起と、微細な違和感は。
「通路は狭いんだ。立ち止まられると、後が支える」
「わ、悪い……」
 放心していた俺は、後続のオーマの注意に我に返る。
 更に後ろではユウヒが俺の方を感情の篭もらぬ眼差しで見据えていた。彼女の胸襟は図れぬが、俺とユメルが居並ぶ様を見て静穏な心持ちでいるとは考え辛い。否、そう捉えるのは、俺の傲慢か。
 再び俺は歩き始める。
「俺はお前と魔光ステーションで初めて出会った。だから、お前の以前は知らない」
 俺の言葉は、自身への戒告に近い。だが口にすれば何故か現実感に乏しく、寧ろ虚構のように空々しく響く。
「知ってるわよ」
 横を同じ様にまた歩き始めたユメルが、相槌を打った。
「なら如何してだ。理由になるとは思えないが」
「私はね、心配なの。貴方がまた――」
「また?」
「……」
 先の言葉を促した俺は、唐突に黙した彼女の方を今度は足を止めずに振り返った。
 泣いている――様に見えたのは、恐らく気の所為なのだろう。事実彼女は薄っすらと口端を歪め、微笑んですらいた。だから矢張り、俺にそう映ったのは気の所為なのだ。
「いいえ。何でもないわ」
 彼女の目線の先は俺を見ていない。
 彼女の見据える先は、俺の胸元の銀屑の首飾り――
 反射的に鎖の先で揺れる其れに手をかけると、彼女は一瞬微笑みを濃くした。
「大切な物なの?」
「さあな」
 俺が記憶を失くす前から身に付けていた、唯一の代物。元は十字を模っていたのだろうが、今では唯の銀屑に過ぎず、装飾品としての価値は皆無に等しい。ならば何故常日頃から身に付けているのかと問われれば、空白の記憶への唯一の足がかりとして未練を断ち切れないから、というのが理由なのだが。
 この女に素直に胸裡を晒すのは、思い通りに語らわされている様で釈然としない。だから俺は、態と素っ気無く答えた。
「ずっと首から下げていたからな。腐れた縁、て奴だ。銀屑にしか過ぎないが、何となく捨てられなくてな」
「捨てられないのには、きっと理由があるのよ」
 妙に顕然と彼女は言い放った。
 まるで答えを知悉しているかの様な、言説の吐き方。物言いは暗に、自分には理由が分かっていることを示しているかの如く聞こえた。
「かも知れないな。だが、何れ俺には分からない。空白が埋まることもない」
「――矢張り、貴方は記憶を失くしているのね。シン」
「オーマに聞いたんだろ。其の通り。俺には過去が無い」
 自然と口調は投げ遣りになる。
 過去が無いことは辿ってきた道が無いことに通じる。其れを自覚する度、俺は常に断崖に身を晒されている様な、覚束ない心持ちに陥る。
 彼女は、ユメルは、哀切に彩られた顔貌で俺を横目で見た。
 ほんの僅か、濡れた蕾の様な唇が動く。
 だが発せられた言葉は俺に届くことはなく、代わりに陽気な声が駅舎の狭い通路に木霊した。
「待ってましたよ、ミイールの皆さん!」
「……誰だ、お前?」
 行く末に立ち塞がった男に、俺は胸中の苛立ち其のままに怒気混じりの言を吐く。同時に腰鞘の剣の柄に素早く手を伸ばした。
 男は不穏な空気を目敏く感じ取ったのか、周章した様に両手を掲げる。
「ま、待ってください。俺は敵ではないっすよ、シンさん」
「敵でないのが味方である証は無い」
 柄からは手を離さず、俺は男からユメルを庇う様に立ち位置を僅かにずらした。
「いえ、彼は味方よ」
「ユウヒ……」
 証は背後から語られた。
 俺の横を通り抜け、男の隣に進み出たのはユウヒだ。彼女は男の方を一瞬瞥見すると、俺達の方を振り返って短く紹介する。
「彼は私達ミイールの第八区画担当情報員、タケルよ」
「よろしくっす」
 彼女の紹介を受けた男――タケルは、そう言って軽薄な笑みを顔に刻んだ。


 タケルが俺達を案内したのは、廃屋と見紛うばかりの小さな連れ込み宿だった。
 第八区画は円状に区画整備されているこの国の中でも、上位層に位置付けされる内円八区画の一つ。加えてガーディアン本部が所在しているからか、規制も他の外円壱拾六区画とは比較できないほど厳重である。自然と俺達の様な日陰者が住まう地下街は狭くなり、結果身を隠すには斯様な場所しか存在しない、というのがタケルの言説だ。
「寛いでくださいね、ミイールの皆さん」
「寛げる様な場所かよ、此処が」
 室内に皆を導いたタケルの言葉に、俺は直様悪罵を吐いた。
 一目で分かる粗悪な調度の数々と、彼此数ヶ月は人の手入れが行われていないであろう、埃を積もらせた寝具。魔光列車の客室に負けずとも劣らぬ、傷みを見せ亀裂を走らせた内壁には、蜘蛛達が処構わず巣を張り巡らせ縄張りを主張していた。
 とても、連れ込める様な宿ではない。
「まあまあ。身を宿せる処があるだけ、僥倖だと思わないと。何せ僕達は恐れ多くもガーディアンの領分に、身を置いているのだから」
「ふん」
 取り成す様に俺の前に進み出たオーマを押し退け、俺は態とらしく足を踏み鳴らしながら部屋のソファに大風に腰を下ろした。
「どうせ皆殺しにするんだ。こそこそする必要も、最早無いだろ」
「皆殺し――ですか?」
「何か問題あるか?」
 タケルの僅かに驚愕した言葉に、俺は挑発的に彼を睥睨する。
 だが予想に反して、彼は鋭い眼を丸くして嬉しそうに拍手を打った。
「流石、シンさんっすね」
「は?」
「如何やら噂に違わぬ方の様らしい。ガーディアンに対して、冗談にしろ今の様な言説を吐けるのは貴方しか居ないっすよ。其れでこそ、我らが導き手だ」
 逆に眼を丸くした俺に、タケルは大仰に肩を竦めて笑った。
 駅舎で見せたのと同じ、軽薄な笑みだ。
 ユウヒが保証はしたが、俺は如何にもこの男が気に食わない。調子の良さそうな外貌も言動も、凡てが俺の神経に障る。
「冗談を言った覚えは無い」
「本気、という訳っすか」
「だとしたら?」
 足を組み替えソファに深く座り直した俺は、低い声音で問いた。
 だが元来魯鈍な性質なのか、タケルは俺の剣呑な口調に気取った様子もなく、軽い笑みを浮かべたまま言葉を続ける。
「驚かないっすよ。貴方の強さは仄聞に及んでいる。例の力があれば、ガーディアン達すら恐れるに足りない――充分承知してるっす」
「其れにしては何か言いたげだな」
 歯に物が詰まった様な物言いに、俺は苛立ちを必死に堪えることに専心した。今この場に俺とこの男しか居なければ、確実に膾に斬り捨てているところだ。
「注意したいのよ、タケルは」
「何?」
 会話に割り込んできたのは、ユウヒだ。
 彼女とは魔光列車を降りて以来、口をきいていない。自ら俺に近寄ることを避けていた様な節すらあったからだ。
 だからか、俺は一瞬彼女の声に安堵の気持ちを隆起させた。
「そうでしょ、タケル?」
 だが次の瞬間には、自身の内で込み上げた感情は脆くも崩れ去り、其の様な甘い思いを抱いたことに後悔する。
 彼女の視線は俺には向けられていなかった。
 ユウヒの視線の先はタケルだ。彼を見据える眼には、煩慮の色が濃く揺らめいている。恐らくは俺達に紹介した手前、彼が諍いを起こすことに懸念したのだろう。
 ――唯、其れだけのこと。
「……そうなんっすよ」
 タケルは調子良くユウヒの言葉を受けて、微かに声の音質を落とした。
「俺に注意だと?」
 俺は既に苛立ちを隠そうともせず、彼を睨み上げて問う。
「此れは諫言っす。恐らくは、大凡のガーディアン無勢は貴方の敵ではないでしょう。但し、彼には気を付けた方がいい」
「彼とは?」
「ガーディアンを統べる男、ヒョウ」
 タケルの放った男の名は、奇しくもキョウヤが口にした男の名と同じだった。
 ――ヒョウ。
 男の名に、俺の胸裡の奥底が警鐘を鳴らす。キョウヤが俺達に伝えた時も同じ様な感覚を覚えたが、今回に至っては確信に近いものがあった。
 俺は、其の名を――
「シン……」
 視界の片隅で、ユメルが俺を呼びかけるのが映る。
 矢張り俺は――知っているのだ。















あとがき

 やっとこ、とっとこ、第三話。
 特に進展が無いのは気のせいです♪
 さてさて、アザゼルの興味的には、いつになったら完結できるのかが最大の興味なのですが、以降も拝読頂ければこれ幸い。
 宜しくお願いいたします(ぺこり)