ある犯罪者たちの話
作:えむえむ





「この件について何かコメントをお願いします!」
「談合だという自覚はあったんですか?」
「コメントをお願いします!」

 会社の正面玄関口を出ると、すぐに取り囲まれた。
 バシャバシャという耳障りなフラッシュの音と閃光、さらにはわらわらと押しかけるレポーター達が押し付けるマイクに辟易しながら、人を掻き分け進み、加藤順二はロータリーに停めた社用車に乗り込む。
 溢れかえるマスコミは車の周りを取り囲み、写真を撮り、何とかニュースソースを得ようとする。
 ぐずぐずしていると車が出せなくなるかもしれない。
「出してくれ」 
 運転手は無言のままギアをドライブに入れ、そろそろと車を走り出させた。
 残されたマスコミは走って追いかけながらしつこく写真を撮るもの、車に慌てて走りよって順二が乗る車を追う準備をするもの、ごちゃごちゃと絡み合っている。
 そんなに広いとはいえないビルの玄関口に何十社ものマスコミが集結しているのだ、かれらは押し合いへし合いし、中には怒号を発したり、他社の社員と諍いを起しているものもいる。
 あんな様子では彼らが「問題」としてニュースで取り上げるヤンキーなんかと、どこも変わらないな、と順二は苦笑する。
 ここから近くの警察署まで二十分程度か。
 ふぅ、と一息つきながらそんなことを考える。
 加藤順二は警察署から官製談合の容疑者として、任意出頭を求められ、警察に向かっているところなのだ。

 事件が発覚したのは数週間前だった。
 ここ数年防衛庁が発注する武装、特に戦闘機の入札がある一社に独占されていることを不審に思ったあるジャーナリストが、独自に調査を行い、この官製談合を摘発したのである。
 摘発した内容は、防衛庁の入札を担当している幹部職員が、『竜菱重工業』の幹部にあらかじめ入札の情報や、他の会社の入札データを横流しし、竜菱重工業はそのデータを下に入札を行い不当に落札していたというものである。
 ニュースは瞬く間に日本中で話題になり、摘発したジャーナリストは英雄視されることとなる。
 なにしろ官と民が共謀した官製談合、それも対象は一機数十億円もする戦闘機の入札についての談合なのである。
 
「さて、この事件で竜菱重工業の責任者とされている加藤氏が任意出頭して取調べを受けている最中のこの事件、佐藤氏はどう捉えていますか?」
 キャスターが番組のゲストにマイクを向ける。
 佐藤清光は職業はミステリー小説を書いている作家だが、歯に衣着せぬ物言いで持論を展開、特に若者や公務員を批判することで有名になり、ニュース番組のコメンテーターをしている人物である。
「これは官と民が癒着した、所謂『悪しき慣習』が防衛庁にすら浸透してしまっているということが明らかになったということですね。実際には塀国製のもっと安価で性能のいい戦闘機があるんですよ。竜菱重工業と防衛庁は結託して性能の劣る戦闘機を導入し、国内に配備した。これはまさに売国奴の仕業といっていい事件ですよ」
 佐藤清光は口角泡を飛ばし、机をドンドン叩く。
 このパフォーマンスも佐藤が人気を得ている一つの理由である。

 ゲストのコメントが終わると、画面は都心の雑踏の中に立つリポーターを写す。
「はい、今私は新宿駅前にいます。これから街の人々に今回の事件についてコメントをいただきたいと思います」
 リポーターはそう言うと街行く人々にマイクを向ける。
 無作為に抽出しているように見えるが、実際には全員予め打ち合わせをしていたエキストラだ。
 それはそのニュースを見る視聴者も薄々感づいている。
 だが視聴者が求める「見解」を視聴者の代わりに表明してくれるのなら、それが虚構であっても構わない。
 それが、この国のマスメディアと視聴者との間の、暗黙の了解だった。
「本当信じられないですよ。今回捕まった役人も竜菱の人も本当自分の利益しか考えていないのですね」
 実際には今回の事件の首謀者とされる防衛庁の役人も、竜菱も社員も「任意出頭」をした訳で、「逮捕」された訳ではない。
 だが世間一般的な感覚ではニュースで事件の犯人だと「報道された時点で」犯人なのである。
 任意出頭した人間も、逮捕された容疑者も関係ない。
 だから、リポーターも特に訂正をする事は無い。
「役人なんて本当に信じられないですね。組織自体に自浄能力が無いということではないでしょうか」
 「街行く人々」のコメントがお茶の間に垂れ流される。

 今世間を騒がせている事件の防衛庁側の首謀者とされる男、遠井裕次はリモコンを操ってチャンネルをかえる。
 そのチャンネルも先ほどまで見ていたニュース番組とまったく同じ様な形式でこの事件を取り上げている。
 視聴率を何よりも優先する各局が同じ形式で報道するという事は、要するに視聴者が「これ」を求めていることに他ならない。
 裕次はシニカルな笑みを浮かべながらハーフロックにしたウイスキーを呷る。
 真昼間に、風呂上りのガウン姿でこの仕業だ。ドラマに出てくる悪役そのままの姿だ。
 今マスコミにこの姿を写されたら、さらに攻撃されることになるだろう。
 だが構うものか。既にこの事件は自分の力が及ぶものでなくなってしまった。
 殆どの国民が望む「悪」だと自分達は捉えられてしまったのだ。
 つまり、自分達は何千万もの人々によって舞台に「悪役」として押し上げられた道化だ。
 道化が何を言っても人々は聞く耳を持たない。
「ならば、酒でも飲まなければやってられるか」
 
 ガレージに三台ある車の中からマセラティ・クワトロポルテを選ぶ。
 ガレージに並ぶ車はどれも新車価格で一千万を超える車だ。
 そういえばどこかの局がこの家と自分の愛車について報道していた事を思い出す。
 報道は自分の年に不相応な邸宅と三大の高級車は事件で得た金によってではないか、というものだったが、そこには日本人特有の「やっかみ」が多分に存在していた。
 自分には無いもの、特に金を持つものに対してはこの国の人々の目は厳しい。
 実際にはこの邸宅も愛車も副業の株式で手に入れた資金で手に入れたものだが。
 グォォォォォォンッッッ・・・・・・
 ガレージ内に型8気筒エンジンの咆哮が響き渡る。
 この車を選んだのはイメージを考えたからだ。
 ベンツでは俗物過ぎるし、GTRではただのヤンキーだ。
 どうせ舞台の上で踊る悪役の道化ならば、陽気で絵になるイタリアマフィアとでも洒落こもう。
 加藤順二に続き、防衛庁側の首謀者とされる遠井裕次も、任意出頭の命令に従い任意出頭をした。

 任意出頭とはいっても警察側はすでに逮捕を進める方向性で固まっているようだった。
 まぁ実際に警察が自分達に任意出頭を求めた理由となる、官製談合を行ったのは間違いようの無い事実なのだ。
 その件に関して言い逃れなど出来ないし、するつもりも無い。
 事件に関してはただ事実を述べ甘んじて罰を受け入れる。
 だが、その裏にある「事実」を話しても何にもならない。ただの妄想か、苦しい言い逃れと取られるだけ。だから、それについては何も話さない。
 それが順二と裕次の間にある共通認識だった。

 竜菱重工業専務加藤順二、防衛庁契約本部副本部長、遠井裕次は官製談合の罪を認め、それぞれ懲役二年六ヶ月、三年の実刑判決を受ける。
 事件の全容は、価格と性能で市場を支配し、自衛隊の戦闘機の主流となっていた塀国、DSS社製戦闘機に対向する為に、竜菱重工業と防衛庁が結託したという、それまで報道されていたことと殆ど違いの無いものだった。
 判決が済んでしまうとそれまで事件に対して報道をしていたマスメディアは判決が出ると急速に興味をなくし、世間もそれに追随した。

 二年後、突如日本に対し宣戦を布告した塀国に対し、日本は戸惑いながら非常事態宣言を発令し、防衛行動を取る。
 しかし、侵攻する塀国軍に対して自衛隊は満足な防衛行動をとる事が出来ず、次々に敗れ去っていく。
 その原因は、塀国、DSS社製の戦闘機のブラックボックス内のコンピュータに搭載された一つのシステムにあった。
 搭載されたプログラムは、特定の電波を受信すると機体がパイロットの操縦を受け付けないようにする。
 これによってDSS社製の兵器が主力である自衛隊は戦う前に敗退し、塀国はあっさりと日本を占領した。

 官僚と民間企業が起した不祥事が、実際には塀国の目論見を察知した二人の男による精一杯の抵抗だったことが解明されるのはそれから五年後、皮肉にも塀国の調査団の手によってだった。
 塀国の戦略の為に、国からの補助を受け、利益を度外視して価格を引き下げていたDSS社製の戦闘機を導入させない為に彼らが取った行為、それが官製談合。
 他の手段として、この事実を公表したとしても、それならば塀国は侵攻を搦め手から正攻法に変えるだけのこと。
 彼らが取ることが出来た唯一の方法が、入札に手を加えることによってDSS社製の兵器の導入を阻害し、その間に既に導入されているDSS社製の兵器のブラックボックスを解析し、プログラムを解除することだったのだ。
 しかし、この国の政府は彼らを逮捕し、この逮捕によって「資本主義に乗っ取った」入札によって、日本にはDSS社製の兵器が次々と導入されることになる。
 加藤順二と、遠井裕次という二人の男を逮捕することで、自らの手で自らの首を絞める事となった。

 なんと皮肉なことだろう。
 加藤順二と、遠井裕次が、誰にも知られることなく官製談合という「犯罪」を完遂すれば、この国は守られたのだ。
 ただ、この事実は塀国の機密文書にのみ記載され、世間の人々は知ることが無い。
 そんな、歴史の一幕であった。















あとがき

ニュースで報道されている事件にこのような裏事情があったとしたら面白いなぁと思いつき書いてみました。
ちなみに「塀国」はわざとです(笑)誤字ではありません。