赤のクリスタルライト 2
作:しんじ





   2、西アイリッシュ


 近代都市アイリッシュは殺人や暴力を徹底的に排除し、平和の理想都市を造り上げていった。
 しかしそれに適応できない人間はここ、西アイリッシュに流れた。そしていつしか西アイリッシュは過激派や保守的思想グループ、新興宗教団体や革命軍、その他、納税怠慢者や窃盗犯、簡単に言えば犯罪者の住む街と化してしまった。
 ここでは常にどこかで抗争が行われており理由をつけては殴り合い殺し合う。正に殺人と暴力の暗黒街だ。
 ――目指したものとまったく正反対のものも造り上げてしまった。それは皮肉なことだが必然とも言え、この街が通らねばならない道でもあったのかもしれない。


 この日も1日中歩きっぱなしだったのでレイエスエフはひどくうるさかった。
「足が痛え。おぶってくれ」
「もう歩けねえ。今日は休もう」
「……ダメだ。本当に休ませてくれ」
 スピンとしてはまだまだ歩けそうだったが、レイエスエフもうるさいことだし暗くなる前に休むことにした。


 2人が入ったそこは1階が酒場、2階が宿屋というよくあるような店だった。
 ただこういう造りだと1階の酒場がうるさくなってしまうので、2階の宿泊客はなかなか寝つけない。なのでスピンはあまりこういった造りが好きではなかったが、料金が絶対的に安いためこういう所を選んでしまう。
 酒場のカウンターの向こうに店の主人だろうか、頬のこけた中年のやせ男が立っていた。
「……いらっしゃい」
 その男は陰気に言いスピンとレイエスエフの2人をジロジロと見た。
 何か目つきが悪い。よくない薬でもやってるんじゃないだろうか。
「宿を借りたい」
 スピンは感じの悪いこの男を見下して言った。すると「チッ」とやせ男は舌打ちをしてから、
「……はい。……うちでは夕食と朝食がセットになっております。夕食は今から召し上がりますか……」
 とやせ男はまた陰気な声で言った。
 なぜ客に対してこんな態度をとるんだろうか。
 スピンは不快になったが「ああ」と答えておく。
「ではテーブルに掛けてお待ち下さい……」
 やせ男はそう言ってから「チッ」と再びやった。
 店内は大きめのテーブルが6つほどとカウンター席があり、スピンたちのほかにもガラの悪いグループが数組いた。
 テーブルにつくとスピンは、
「おい、客に向かって舌打ちだぞアイツ。ふざけてるな」
 と小声でレイエスエフに言った。がレイエスエフは、
「まったく!」
 とあのやせ男に聞こえるように言った。
「バッバカ、聞こえるだろうが」
 とスピンは声をひそめて言う。
「いいんだよ、聞こえても」
 レイエスエフはそう言いながら手にしている杖でスピンの頭、ヘルメットをコンコンと叩いた。
「こういうことはやめろ」
 スピンは言ってレイエスエフの杖をつかんだ。
 と、レイエスエフの表情は急変し、
「おい、この野郎! 杖に触るんじゃねえ! 放しやがれ!」
 と、突然大声を上げながら立ち上がった。そして両手を使って杖を奪おうとする。
「バカ! そうやって騒ぐな!」
 とスピンも立ち上がり声を張る。「返すから黙れ!」
「だったら手を放せ!」
 とレイエスエフ。スピンは仕方なく杖から手を放す。
 するとレイエスエフはやっと落ち着きを取り戻したか、「ほっ」と静かになりイスに座った。
「……まったく」
 スピンもぼやきながら座ると、後頭部のヘルメットに何かが当たった。
「ん?」
 と振り返ると一つ離れたテーブルのグループがこちらを見て笑っていた。
 4人のグループだ。一様に栗色のシャツ、栗色のズボンを着ている。
 アイツらが自分に何かを投げつけたのだろう。
 何をぶつけられたかとスピンは後頭部を触った。手袋の上から冷たい感触があった。見るとその手は赤く染まっていた。
「トマトか」
 と言ったのはレイエスエフだった。
「何するんだ!」
 スピンは立ち上がって怒鳴った。するとそのグループの1人、鼻のでかい男が、
「あー? 何しやがる、だと? うるせえんだよお前ら。よそもんのくせしやがって。今すぐ宿代をこの俺に払って帰りやがれ!」
 と言って「ブッヒッヒッヒ」と下品に笑った。
「ふざけるなよ鼻でか。ケンカ売ってんのなら買うぞ。だが死にたくないのならやめておけ」
 スピンはそう言って精一杯すごんでみた。
 ――と、鼻でかの隣りにいた背の低いチビ野郎が突然何かを投げた。
「うおっ!」
 と声を上げながらスピンはそれをかわした。
 的を外れたそれはそのままレイエスエスの横を通り、後ろの木の壁に突き刺さる。
 ナイフだ。いきなりナイフを投げてきた。本当に人を殺す気なのだコイツらは。
「ムチャクチャだなコイツら……」
 レイエスエフがつぶやきながら立ち上がる。
「でも殺らなきゃ殺られるんだろうな」
 スピンはそう言って腰のブロードソードを抜いた。室内だが剣を振り回す余裕はある。
 そいつら、4人グループも短剣を抜いた。
 店内にはもう2組のグループがいたが、そいつらは見せ物を見るようにニヤつきながらスピンたちを見ている。よくあることなのだろう。店主のやせ男も表情を変えずに見ている。
 スピンはそいつらと自分たちを隔てるテーブルに寄った。そして剣を持たない左手でテーブルの端を持ち、
「この悪党どもが!」
 とテーブルをひっくり返した。テーブルはそいつらのテーブルに向かって倒れる。
 派手な音がしてテーブルとテーブルがぶつかる。もちろん上に乗っていた食器もちらばる。
 そいつらはそれをよけ4人が四方に散る。そして体勢を整えると、まず1人がスピンに向かって飛びかかってくる。
 スピンは短剣の攻撃を両手で持ったブロードソードで受け止め、そいつを力で押し返す。するとそれだけで非力なそいつは飛ばされ、壁に頭を打ちつけ仰向けに倒れる。
 続いて鼻でか男が短剣を振り上げて襲いかかってくる。
 短剣を振り上げているせいで胴がまったく無防備になっている。このまま胴を薙いでやればいい。
 だがスピンはためらってしまった。それをやると確実にこの鼻でか男を殺してしまう。そこまでしなくてもいいのではないか。そういう思いが頭をよぎる。
 ――スピンは振り下ろされた短剣を横によけてかわした。しかし敵は全部で4人いるのだ。別の男が短剣を突いてきた。
 スピンはそれもよけその男の顔に左手で手刀をくれてやる。
「うぐっ!」とそいつは鼻血を出しながら倒れる。
 残りはあと2人。鼻でかとチビ野郎だ。
 一度攻撃をかわされた鼻でかは体勢を整えると、今度は短剣を横に薙いできた。
 剣の使い方以前に体のさばきが素人だ。かわされた時のことを考えてない。
 スピンは一歩だけ足を引いて、それをかわしながらブロードソードを振り上げる。あとは無防備になった鼻でかの頭に剣を振り下ろせばマキ割りのマキのように真っ二つだ。
 が、またしてもためらってしまう。殺す、までしなくでもよいのではないか。できることなら生かしてやりたい。
 鼻でかが態勢を整えて再びスピンに襲いかかってくる。
「何ボーッとしてんだ!」
 レイエスエフの声が聞こえた。
 鼻でかの短剣がスピンの喉元に向かって突き出される。
 ――まずい! よけられない!
 とスピンが覚悟した瞬間、何かに突き飛ばされ、いや吹き飛ばされて近くのテーブルにつっこんだ。
 風に吹き飛ばされた。レイエスエフの方から吹いてきた風に。
 見るとレイエスエフが杖を振り上げていた。
 ――これがレイエスエフの魔法か!
 短剣を繰り出した鼻でか男は標的を失ったせいで、体が流れて転びそうになっていた。
 と、そのスピンがいたはずの所に短剣が飛んでくる。
「しまった!」
 と少し離れた所にいるチビ野郎の声がした。
「ぐあっ!」
 鼻でかが声を上げた。顔面、いやでかい鼻に短剣が深々と突き刺さっている。
 突き刺さった短剣はきっと脳にまで達しているだろう。即死だ。
 鼻でかが前のめりに倒れる。
「いててて……」
 テーブルに突っ込んだスピンはぶつけた腕をさすりながら起き上がる。
「くそっ!」
 チビ野郎は言い「覚えてやがれ!」と走って店を出ていった。
「ああ、結局殺っちまったか……」
 スピンはつぶやきながら元のテーブル、レイエスエフがすでに落ち着いて座っているテーブルに戻る。そしてイスに腰かけるとレイエスエフが厳しい口調で、
「お前、あんな悪人を殺すのをためらってんじゃねえよ。鼻でかの方を飛ばそうと思ってたのにムカついてお前を飛ばしちまったよ」
「いや、だってよ……」
「だってじゃねえよ。殺らなきゃ殺られるって言ったのはお前だろうが。自分の敵は悪人。悪人は殺してもいい、殺されるのも奴らの仕事って思わなきゃこの先、生きていけねーぞ」
 レイエスエフはそう言いながら杖をスピンに向けて振った。
 スピンは何も言えなかった。レイエスエフの言うことが今度ばかりは正しいからだ。
「チッ」
 舌打ちが聞こえた。見るとこの店の主人、中年のやせ男がこちらに近付いてきていた。
「すまない。店をこんなに荒らしてしまって……」
 スピンは立ち上がって軽く頭を下げた。
「チッ」
 やせ男は舌打ちをした。
 怒ってるのだろう。当然だ。
「ヒッヒッヒッヒ」
 怒ると思ったらやせ男は笑い出した。そして死体の鼻でか男に近寄り、そのふところを探り出した。
 ゴソゴソッとやりながらやせ男は「チッ」とやる。どうやら舌打ちはクセらしい。
 やせ男は死体から金目の物をすべて奪い取ると、今度は気絶してるだけの2人に近付き同じことをやる。それが済むと、
「ヒッヒッヒッヒ。誰かコイツら3人を片付けてくれませんか……。1人10ギニーでお願いします……。チッ」
 と奪ったばかりの硬貨3枚を取り出した。すると近くにいた数人が嬉しそうに名乗りをあげる。
「――えげつねえな……」
 スピンは思わずつぶやいた。
「そんなもんだ」
 レイエスエフは平然と言った。


 今日はゴタゴタがあったせいか1階の酒場が静かだったので、2階の宿にいるスピンたちも落ち着いて眠れそうだった。
 とはいえ、スピンは人を殺めたというショックから今いち立ち直れていなかった。
 直接自分の手で殺ったわけではない。だがいろいろと考えてしまう。
 5年前に終わった戦争ではスピンの住んでたパドスールの町も襲われた。友達や家族は殺されたがスピンは生き残った。もちろん身を守るために敵を殺したりしたこともあった。しかしそれは悲しいことだった。
「あんまり深く考えるなよ」
 スピンの気を知ってか知らずか、レイエスエフが珍しく優しく言い、「今日はもう寝よう」とベッドに横になる。
「……そうだな」
 とスピンは言いながら部屋のクリスタルライトに黒い布を掛けた。光を通さない布の力で部屋は真っ暗になる。
 ――でもやっぱり考えちまうよ。
 スピンは「ハァ」とため息をつきながらベッドにもぐり込む。
 今日はなかなか寝つけそうにない。羊でも数えてみるかな。
 とスピンの頭の中で羊が柵を飛び越え始めた。
 それが10ぐらいいった所でドアをノックする音がした。
 スピンとレイエスエフは飛び起きて立て掛けてある剣、杖を手に取る。
「――誰だ」
 スピンは言いながらドアのそばに寄る。鍵は掛かっている。突然入ってこられることはないだろう。
 コンコン、と再びノックが聞こえた。
 レイエスエフはクリスタルライトのそばに行き黒い布を取った。部屋が再び真昼のように明るくなる。
「――誰だ」
 スピンは再び言った。
「あ、あの……」
 女の声が聞こえた。スピンは少し安心した。が、油断はできない。
「何の用だ」
 スピンは声を低くして言った。
「助けて下さい」
 か細い声だった。スピンはレイエスエフの顔を見た。レイエスエフはうなずいた。スピンもうなずく。
 スピンは鍵を外すとゆっくりとドアを開けた。
 ――そこには小柄な女が立っていた。
 歳は自分たちと同じくらいだろうか。少し細くて吊った目は猫のよう。
 猫顔。美人といえるかもしれない。
 スピンは何か言おうとしたが言葉が出てこなかった。一瞬何も考えられなくなってしまったのだ。
「助けて……」
 女は言うとスピンの胸に飛び込んできた。


 女は少し震えていた。しかし今日はそんなに寒い日でもない。証拠に女は肩の出た白い服を着ているし、その服も案外薄手だし。ただ良くないことはスカートが長いことだ。
 スピンは女をイスに座らせると、
「大丈夫か?」
 と女の肩に手を置いて訊いた。肩の出た服を着ているため当然素肌に触れている。
 女は軽くうなずきスピンを見つめる。
「何があったんだ」
 レイエスエフが不愉快そうに言った。眠りをジャマされたこと、もしくはさっきから女が自分を見ずにスピンの顔ばかり見ていることが不愉快なのか。
「追われているんです」
 女は言った。
「誰に?」
 スピンはもう1つのイスに座りながら言った。するとレイエスエフが「あ」と声を上げた。2人部屋なので当然イスも2つ。つまりレイエスエフの座るイスがなくなったので「あ」なのだ。
 レイエスエフは仕方なくベッドの方に歩いていって座る。
「誰に追われているんだ」
 スピンは再び訊いた。女はうつむく。
「言えないのか……」
 人間言いたくないこと、答えたくないこともある。言いにくいことを無理に言わせることはないのではないか。
「いや、言ってもらうぞ。――スピンよ。お前は女によく思われようとしてるのか知らんが、そんなのは優しさでもなんでもねえぞ。ただのスケベ心だ」
 ベッドに座るレイエスエフが厳しい口調で言った。
 まったくこの魔法使いは本人でさえ気付いてない心の内側を読んでしまう。だからスピンはレイエスエフに従わなければならないのだ。
「ん、ゴホン」とスピンは咳払いをして、
「アイツの言う通りだった。俺はアンタを助けてあげたいと思ってる。だからアンタは誰に追われているのか、俺たちに教えなければならない」
 女は顔を上げてレイエスエフを一瞬だけ見ると、泣きそうな顔でスピンを見つめる。
「どうしても言わなければならないのですか?」
 女は言った。
「ああ。そうだ」
 女は再びうつむいてしまった。が、ゆっくりと言葉は吐き出し始めた。
「私の名前はルビー=ホワイト。そして私の父はホワイト教という宗教の教祖でした」
「ホワイト教? 知らないなあ」
 スピンは言いレイエスエフに目を向ける。
「俺も知らない。というよりアリーザ教以外は知らない」
 レイエスエフはそう言って首をひねった。
 ――アリーザ教。大偉人アリーザの興した宗教で、大陸の九割九分がアリーザ教と言われている。身分格差のあったこの大陸に自由を説いた。
「私の父ホワイトはホワイト教を興しました。お金は集めること、そして街の支配が目的でした。目的のためには手段を選ばない、そんな人でした」
 ルビーはそう言って拳を強く握った。
「そんな人だった、か」
 レイエスエフが吐き捨てるように言い「ケッ」と毒づく。
「殺されたのか?」
 スピンは憐れんで言った。
「いいんです。当然のことだったのかもしれません」
 そう言うルビーは強く見えた。「しかし教祖を失っても教団はなくなりません。ホワイトの一人娘である私が次の最高責任者に任命されました。でも私はもう教団に関わりたくないし命を狙われたくなかった。私にできることは逃げることだけでした……」
 それを聞いたスピンはやっぱり憐れんだ表情になっており、
「つまりアンタを追っているのはホワイト教団でありその他の、えーっと何だ」
「対立する団体すべてです。しかしつい今まで追われていたのは、マロン教っていう教団です」
「ふーむ」
 ベッドの上に座るレイエスエフがうなった。目を閉じてルビーの言葉が真実かどうか考えている。
 ――昨日か一昨日だったか、レイエスエフが言ってた言葉をスピンは思い出していた。
『その言葉が嘘か真実か。それは聞いただけじゃ分からない。しかしだ。真実っていうのはこの世で起こったことのことを言い、逆に嘘ってのは起こらなかったことのことを言う。つまり言葉の質がまったく違うんだな。そうだ。魔法ってのは言葉の質を変えて嘘を真実にすることであり、自然の力を……』
「嘘は言ってないと思う」
 レイエスエフが顔を上げて言った。
「そうか」
 とスピンはそれを聞いて安心する。
「ただ言っておくが俺にもすべての嘘と真実が見抜けるわけじゃない。何となく言葉のひびきが本当っぽかったってだけだ」
 それじゃあ普通の人とほとんど変わりがないじゃないか。スピンはまゆをひそめてレイエスエフを見る。
「なんだ何か文句があるのか、このうすらスピン野郎」
 レイエスエフが毒舌った。
 うすらスピン野郎って言葉は絶対におかしい。
 スピンは顔を渋らせてルビーと顔を見合わせた。そしてスピンが笑みを浮かべるとルビーは微笑み返した。
 それだけのことだったがスピンは何となく幸せな気持ちになった。


 コツコツコツ……。
 部屋の外の廊下から数人の足音が聞こえていた。
 足音は一度スピンたちの部屋の前で立ち止まったようだったが、しばらくすると立ち去っていった。
「ふうっ」
 スピンは息を吐いた。ルビーも安心した表情になる。
「おい」
 ベッドに座るレイエスエフが言った。「出ていってくれルビーとやら。俺たちがアンタと一緒に命を狙われる理由、アンタを守る義務はどこにもないはずだ」
 ドアのそばで剣を握っていたスピンは剣を収めると、
「ひどいこと言うなよレイエスエフ。追われている女1人追い出せってのか? お前は鬼か?」
「ハァ……」
 レイエスエフはため息をついた。「何度も言わせるな。お前のそれは優しさじゃなくてスケベ心だ。いいか。下心ってのは命取りになる。何をやるにしてもそうだ」
 レイエスエフは厳しい口調で言った。
 くやしいがレイエスエフの言うことはいつも正しい。スピンは下唇を噛んだ。
 腹が立つ。何に対して腹が立つのかは分からないが腹が立つ。
「あの……」
 ルビーがおずおずと言い出した。「あなたたちが私を守ってくれる義務は確かにないと思います。でも私と一緒に命を狙われる理由はあります」
「なんだと?」
 レイエスエフが顔色を変えて言った。
「あなたたちがここに入ってきてすぐにゴロツキがからんできましたよね。そしてあなたたちは彼らのうちの1人を殺した。彼らは執念深い。彼らは私の敵でもありあなたたちの敵にもなりました。私があなたたちを頼ってきた理由はそこにあります。できたらしばらく一緒にいさせて下さい」
 それを聞くとレイエスエフは「くっ」と短くうめいた。
 しかしスピンは命を狙われていると聞いたのに、
「そうかあ」
 と喜ぶのだった。


 結局、昨夜は3人が交代で眠るなどして用心していたのだが何も起こらなかった。まあ何か起こるということはいいことではないので、無駄骨だったとしても悪かろうはずがない。
「あなたたちはこれからどこへ行くんですか?」
 西アイリッシュの裏道っぽいところを歩いていると、ルビーが訊いてきた。
「ああ、ちょっと」
 スピンはあやふやに答えた。
「ちょっと?」
 とルビーは首をかしげ「私にも教えてくれませんか? そのちょっとがどこなのか。そしたらもっと近道だって教えて上げられるし、もっと安全な道だって」
 確かにそうだ。地元の人間の方が地理に詳しいのは当然だ。だったらそれを利用しない手はない。
 ルビーの質問にスピンは歩きながら考える素振りを見せた。そしてレイエスエフをチラリと見る。
 ――レイエスエフはこっちの会話には何の興味も示さず、ただだるそうに歩いているだけだった。どうやら言ってもいいことらしい。
「えーっと何から話すかな」
 とスピンは腕を組んだ。「うん。馬をもらえることになったんだ」
「馬を?」
 とルビーは目を丸くして言い、「本当だとしたらついてますね」と微笑む。
 ルビーの笑顔を見るとスピンも何だかうれしくなってしまう。スピンはルビーの笑顔に微笑み、
「本当だって。でももちろんただじゃない。交換条件なんだ」
「交換条件?」
「ああ交換条件」
「それはどういう……」
 ルビーは首をかしげながら言った。スピンはまたレイエスエフの表情をうかがう。だがやっぱりこっちの会話には興味なさそうに、変な顔――だるそうな顔――をしている。
「ああ。その馬をくれるっていう人の親父さんの墓がこの西アイリッシュにあるらしいんだ。で、その親父さんの墓にある遺品の一つ『赤のクリスタルライト』を取ってきてくれって話なんだ」
「赤のクリスタルライト!」
 ルビーは顔を輝かせた。
「やっぱりアンタも女だな」
 スピンは微笑んだ。
 赤のクリスタルライト――本来クリスタルライトは黄色い太陽の光を吸収し黄色い光を放つ。しかしごくまれに赤だとか青だとかいう光を放つものもある。それらは絶対数が少ないため装飾品としての価値も高い。色のついたクリスタルライトを施した指輪などは女性の憧れともいえる。
 ただ『赤のクリスタルライト』に関してはそれを身に付けたがるのは無知な人間ばかりだといえる。それというのも――
「まあしかし青や緑ならともかく赤ってのは性質(たち)が悪いよな。しかも墓場って……」
 唐突にレイエスエフが口を開いた。
「え? なんでだ?」
 とスピン。
「何だお前知らないのか。バカだバカだとは思っていたがここまでバカだったとは。どーりでこんな仕事引き受けるわけだ。なあルビー」
「え、ええ」
 ルビーは困ったように返事をした。
「何だ、何なんだ?」
 スピンは慌てた。「そんな常識的なことなのか?」
「そりゃそうだろう。まああんな田舎に引っ込んで生きてた奴には、分からなくて仕方ないのかもしれんがな」
 レイエスエフはバカにしたように言う。
 どうしていつもいつもコイツは俺をバカにするのか。
 スピンは奥歯を強く噛み合わせた。
「まあそう悔しがるなよ、バカスピンちゃん。たぶんこのルビーも知ってるだけで実物は見たことないはずだ。なあそうだろ?」
 レイエスエフはルビーを見て言う。
「いえ、見たこともあります。遠い知り合いが持っていたのを見せてもらったことがあります」
「ふーん」
 とレイエスエフは感心した表情になり「どんな感じだった?」
「やっぱり不気味でしたね。赤の光なんて」
「そうだろ? それでその後『赤のクリスタルライト』を持ってた人はどうなった?」
「……亡くなりました」
「マジかよ!」
 スピンは顔をひきつらせて声をあげた。がレイエスエフはスピンを無視し、ルビーとの会話を続ける。
「で、その死んだ人ってのは事故で死んだのか? それとも病気か?」
「病気だと聞きました。聞くところによると原因不明の病気でどんどんやせていって亡くなったとか。でも遠い知り合いなものですから、そこまで詳しいことは分かりませんけど」
「ああ、そりゃやっぱり『赤のクリスタルライト』が何かを呼んだんだろうな。かわいそうに」
 レイエスエフはそう言って胸の前で十字を切った。アリーザ教の祈りのポーズだ。
「あ、お前でもかわいそうに、なんて言うんだな。しかも無関係の人に祈りを捧げるなんてな」
 スピンはどうもレイエスエフのらしくない言動に違和感を覚えて言った。
「へっ! 悪かったな!」
 レイエスエフは毒づくように言い「まあようするに赤の光ってのは悪霊みたいなものを呼び寄せてしまうんだ。それが『赤のクリスタルライト』は性質が悪いって言う理由だ」
 スピンは今の話を聞き不安になってしまった。大丈夫なのだろうか。
「……怖いな」
 そう言う言葉が思わずスピンの口を突いて出る。
 すると隣りを歩いていたルビーがスピンの腕に手を触れて、
「大丈夫。私が守ってあげるって」
 と頼もしく言った。
 スピンはそう言うルビーを見て微笑んだが、何だか情けないことを言われている気がしていた。