赤のクリスタルライト 4 |
作:しんじ |
4、死霊
3人が目的地周辺にたどりついた頃にはもう辺りは薄暗く、墓場特有の湿った空気が感じられた。
「明日にしないか?」
スピンは言った。
「当たり前だ、バカ。誰がこんな暗くなってから墓なんぞにいくか」
とレイエスエフ。
「だから彼はそうしようって言ってるんじゃない。ちょっと口が悪いんじゃない?」
他人事ながらルビーが怒ったように言った。
「あ? 口が悪いだと? 口が臭いのが悪いって意味か」
「誰もそんなこと言ってないじゃない!」
ルビーは声を張り上げる。
口が臭い。確かにそう思うことはあるな。
「アハハハハ!」
スピンは声に出して笑った。
「お、ウケた」
とレイエスエフははにかむ。が、ルビーは完全に怒ったようで、
「どうしてあなたがそこで笑うのよ!」
とスピンの腕をピシャリと叩いた。
この日は墓場から少し離れたところにある宿を取った。スピンらとルビーを分けるため部屋を2つ取ろうとしたが、寝込みを襲われるのが怖い、とルビーが言ったので今日も3人は同じ部屋に泊まることになった。
これを一番嫌がったのはレイエスエフだった。だがなんとか説得して納得させた。そのかわり、「今日だけだぞ!」という条件つきだったが。
もちろんスピンは明日もその次の日も、ルビーが狙われることのない場所に行くまではこれを続けるつもりでいたが。
次の日、スピンは目を覚ましても体のどこかが痛くなってる、ということがなくなっていた。
これまで朝起きるとどこかしら痛い──それはケガとかそういうものではなく、1日三、四十キロほども歩いていたために起こっていた筋肉痛のようなものだった。
その筋肉痛がなくなっている。つまり旅慣れしてきた、ということでもあった。ただこれは、もともと筋肉質だったスピンだから慣れるのが早かっただけだが、レイエスエフなどはいまだに「足が痛くてしょうがない」そうだ。まあこれまで机に座っていることの方が多かったというし、しょうがないことなのだろう。ともかく馬をもらえるまでの辛抱だ。
「しかしここ西アイリッシュは墓が多いな」
レイエスエフが言った。
「確かにな」
とスピンも辺りを見回す。
霊園と呼ばれるところを3人は歩いていた。
土の地面、立ち並ぶ墓石。ここは見渡す限り墓、墓、墓だ。
「うん。西アイリッシュは別名アイリッシュの墓って言われるところだからね。いろんな意味で」
ルビーが解説する。「アイリッシュのほとんど全員の墓が西アイリッシュにあるって言っても言い過ぎじゃないくらいだもの。それに墓を預かってお金をもらうってのはこの街の大事な収入でもあるわけ。私のところもそうだったし」
「ふーん」
スピンは言いながら首をひねって「でもこんな危険な街に墓つくっても墓参りできないじゃないか。第一遠いし」
「墓参りなんか、わざわざここに来てやらなくたっていいんだってば。気持ちの問題なんだから。アリーザ教でもホワイト教でも考え方は一緒。よく言うじゃない。大切な人はいなくなってからもっと近くなるって」
ルビーが言うのを聞いて、
──やっぱり宗教家の娘なんだな……。
とスピンは目を丸くした。
「あ、この辺りかな。その、何だっけ。サウスとかいう人のお父さんの墓って」
ルビーが立ち止まって言った。
「そうみたいだな。『南区』って書いてある」
スピンは立て札を指さして言った。
──サウスの父親の墓は『デトロワ墓場南区54番』という所在地がついている。
ここはデトロワ墓場で今は南区という所にいる。あとは54番を探すだけだ。
「あとは54番を探すだけだな」
スピンはそう言って歩き始めた。
腰の高さほどもある長方形の黒い石が、1m間隔で並んでいる。そして石には名前が彫られている。
ルビーによるとこの石に大金をはたいて買うことにより、永遠にこの地で眠る権利を与えられるのだという。それが宗教的にいう最高で贅沢な死後らしい。
人々が墓なんてものに何を託しているのかは知ったことではない。ただ、そのことで何かしらの欲を満たしていることは確かだ。
「墓欲だ」
とスピンは声に出して「アハハハハ」と笑う。
「なあレイエス……」
と横を見ても誰もいなかった。振り返るとずいぶん後ろにレイエスエフとルビーが立っていた。
「何だよ、お前ら」
スピンはそう言いながらレイエスエフたちの方に歩いていき「早く54番ってところを探せよな」
「いや、その必要はない」
レイエスエフは言った。その目はどこか遠くを見ている。
どこを見ているんだろう。
スピンはレイエスエフの見ている方を見たが、特に何も見えなかった。
「何かあるのか?」
スピンはルビーの方を見た。
ルビーの顔もレイエスエフと同じところ、同じ方を向いていた。
「見えないの?」
とルビー。
「?──何が?」
「……54番は間違いなくあそこよ」
とルビーは指さす。スピンはその指の先を見る。
「何もないぞ」
「お前は霊感ゼロだな」
レイエスエフはそう言いながら、杖でスピンの肩をポンポンと叩いた。
「何だよ」
とスピンはレイエスエフを見る。レイエスエフは、さきほどルビーの指さしたところと同じところを指さした。
「あん?」
とスピンはそちらを見る。
「なんだありゃ?」
スピンは顔をしかめる。
1つの墓の前に、透き通る青白い人影が見えたのだ。太陽の光のもとでははっきりしないが、それは確かに人間の姿をしている。
よくよく見てみると、その人影はレイエスエフのようにローブを着ているようだが、顔はフードに覆われていてよく見えず手足も出ていない。
「あれが死霊って言われる奴だ。分かるか?」
レイエスエフが言った。「間違いなく、あそこが『赤のクリスタルライト』のあるところだろうよ」
しばらくするとスピンの目に霊は見えなくなった。おそらくレイエスエフが魔法をかけて見えるようにしてくれていたのだろう。
「で、どうするんだよ」
スピンは言った。
「どうするかな」
とレイエスエフはしゃがみ込む。
「あの死霊を追い払うしかないんじゃないかな」
とルビーもしゃがみ込む。その際にスカートの中が見えてしまわないように、というのかスカートを手で押さえる。
「追い払えるのか?」
スピンは立ったまま言う。
「さあな。──死霊払いか。性に合わねえことなんだがな」
レイエスエフは言って首をひねる。「まあ、仕方ねえか」
レイエスエフは立ち上がった。そしてその墓に一瞥をくれる。
「そうね。私も協力する」
ルビーはそう言ってスピンに手を差し出す。
手を引いて立たせろ、ということだろう。スピンはルビーの手を取った。
「チッ」
レイエスエフが舌打ちをした。
どうやらスピンとルビーが仲良くするのが気に入らないらしい。
スピンはルビーを立たせると素早く握った手を放した。だがルビーの方は悪びれた様子もなく、
「いいじゃない、別に」
と口をとがらせた。
3人はレイエスエフを先頭にしてサウスの父親の墓と思われるものに近付いた。
霊感のないスピンにも、その辺りの空気が他とは違うことが分かった。生ぬるい空気、しかし冷える肌。肩の出た服を着ているルビーは寒そうに見える。
「寒くないか?」
スピンは訊いた。
「うん。大丈夫」
そう答えてルビーはにっこりした。
どうやら雰囲気のせいで寒く感じるようで実際は寒くないのだろう。スピンも少し汗ばんでいるのに気付いた。
「我が名レイエスエフの……」
レイエスエフがつぶやいた。
「えっ? 何だって?」
とスピンが訊くと、
「しっ! 今のも魔法の言葉のひとつだから気にしなくていいの!」
とルビーが声をひそめて言った。
「雲は流れ雨が……流れた日々は過去のこと……」
レイエスエフの言葉が続く。
真実の言葉と偽りの言葉を混同させて口にすることにより、偽りを真実に近付け魔法の完成度を上げる。
普段、言葉を使わず魔法を使うレイエスエフがこの手法を取る。よほど強力な術を使うのだろう。
「……帰せし光が現れ、天が海に導きを示す……」
レイエスエフは言葉を言い終えると杖を軽く振った。
レイエスエフの杖が光る!
スピンは反射的に目を閉じようとした。が、その瞬間目の前が真っ白になった。
「うわっ!」
スピンは思わず声を上げた。
「キャッ!」
というルビーの声も聞こえる。
「あっ! 逃げた!」
これはレイエスエフ。
逃げた? 死霊がか?
おそらく目を開けているのだろうが何も見えない。ただ白い。目が見えなくなったかのようだ。
「危ない!」
ルビーの声がした。何が危ないというのか。
──スピンの体に悪寒が走った。
何だ!? レイエ……。
スピンは声を出そうとしたが出なかった。
次の瞬間、体が凍りついたように動かなくなっているのに気付いた。
が、それも一瞬だった。
「離れなさい!」
というルビーの声がしてスピンの体は自由になる。
「ハッ!」
レイエスエフの気合いの声がして、スピンの真っ白の視界がまた光った気がした。
「ふうー」
というレイエスエフの声。
「なんだってんだ、ちくしょう!」
スピンは見えない目のまま怒鳴った。
見えてない時間はほんの少しだったのだろうが、スピンには長い時間のように感じられた。
「おい、大丈夫か?」
レイエスエフの声が聞こえた。
「大丈夫じゃねえよ!」
スピンは目を押さえて怒鳴った。
今はやっと景色がうっすら見え始めたところだ。
「くそっ。こうなるなら前もって言えよ!」
「悪い悪い」
と悪そうに言わないレイエスエフ。
──ようやく見えるようになってきた。スピンは辺りを見回す。
ルビーとレイエスエフが目の前にいてスピンを見ていた。ルビーは心配そうに、レイエスエフは笑って楽しそうに。
「くっそー、ふざけやがって……」
スピンは怒りの言葉を吐くばかりだった。
墓石にはサウスに言われた通り、『ビズ=サウス』という名前が彫ってあった。
スピンらがその墓を掘り返してみると、これも言われた通りに木の箱が出てきた。しかし木の箱は腐りかけており、捨てざるを得ない状態だった。
「汚ねえな、くそっ」
スピンがぼやきながら箱を開けると、そこから握りこぶし大の『赤のクリスタルライト』が現れる。
今はもうそれも輝きを失っていたが、太陽の光に当てると生き返ったように光を放ち始めた。
「しかしすごい力だな。『赤のクリスタルライト』ってのは」
レイエスエフが感心したように言った。
「そうね。光を放っていなくてもあんなのが寄ってくるんだから」
ルビーはうなずく。
「それにしても……」
とスピンは腕を組みながら言う。「誰が欲しがるんだ、こんなもん。サウスとかいうおっさんが欲しいわけじゃないだろう。誰かに売るのかな?」
「そうか!」
レイエスエフが声を上げた。
「何だ、どうしたんだ」
「そうか、分かったぞ。こんなものを欲しがる人種が」
とレイエスエフは数度うなずく。
「人種? それはどういう意味?」
ルビーが顔をしかめて訊く。レイエスエフはそんなルビーを見ながら、
「俺たち魔法使いの中でもゾンビを造ったり死霊を操ったりする奴らを特に『死霊使い(ネクロマンサー)』と呼ぶ。コイツらだ。『赤のクリスタルライト』はコイツらに力を貸すだろう」
「ほーう。だから何だ」
スピンは冷めた口調で言った。
「お前はこのことがどういう意味を持つか分かってないんだ」
レイエスエフがスピンをにらむ。
「別に分かりたいとも思わないが……」
スピンはそう言って「まあなんでもいい。用事も済んだしとっとと帰ろう」
「くっ! このバカが!」
レイエスエフは何やら怒っているようだった。