赤のクリスタルライト 6
しんじ





   6、最後の夜

 日が傾いてきた。
 できれば西アイリッシュを出て北アイリッシュあたりの宿に泊まりたかったが、暗くなってから歩くのは理由なしに危険だ。それにレイエスエフが「足が痛い」を連発しはじめたので、ここらで宿を取らざるを得なくなった。
「あ、光ってる」
 スピンの後ろにいたルビーが言った。見つけた宿にこれから入ろうとするところだった。
「何が?」
 スピンは振り返る。するとレイエスエフが、
「お前のハゲ頭が」
「俺はハゲじゃなくて坊主にしているだけだ!」
 スピンは息巻く。
「そんなにムキになんなよ、スピンちゃん」
 レイエスエフがからかうように言い笑みを浮かべる。
 スピンはレイエスエフのその表情にハッと冷静になり、
「……だいいち俺はヘルメットをかぶってるだろうがよ……。で、何が光ってるって?」
「うん。あなたの背負い袋の中のクリスタルライト。袋の中にあっても光を吸収してたのね」
 ルビーはそれを指さした。
 スピンは背負い袋を下ろしてそれを見てみる。
 背負い袋の布を通して、赤い光が薄く発せられていた。
「そんなことより早く宿に入れよ。足が痛いっての」
 レイエスエフが杖でスピンの脇腹をつっつきながら言った。


 入った部屋は案外広く、縦向きのベッドが2つ並んでいて、中央のテーブルを挟んで横向きにもう1つのベッドが置いてあった。
 夕食を取って部屋に入ってきたのだが、さっそくレイエスエフが文句を言った。
「何で3人部屋なんだよ! あれだけ嫌だって言っただろうが!」
「じゃあせめて一階で部屋を取っている時に言えよ」
 スピンは落ち着いて反論する。そして背負い袋を中央のテーブルの上に置く。
「言えるか!」
「何でだよ」
「……人がいる所で言い争いなんかしたら恥ずかしいだろうが」
 レイエスエフは小さく言い、木のイスに腰掛ける。
 ──そう言えばそうだった。
 スピンに対しては気の強さを見せるレイエスエフだが、元々気弱で言いたいことも言えないような人間だった。
 レイエスエフといえども子供の頃からそんなに変わってないんだな。
 スピンは昔を思い出すと、つい笑みがこぼれた。
「何笑ってんだよ」
 と口をとがらせてレイエスエフ。
「いやいや。──なあルビー。3人の方が安心でいいよなあ」
「え、あ、何?」
 ルビーは突然振られて慌てた様子を見せた。
 ルビーは横向きのベッド──ひとつだけ大きめで寝心地が良さそうだった──で大の字になっていたため、突然振られて慌ててしまったのだろう。
「3人部屋の方が安心だろって言ったんだ」
 スピンは繰り返して言う。するとルビーはベッドの上で上体だけ起こし、
「うん。やっぱり1人だと心細いしこっちの方がいい。それに……」
「それに、何だ」
 とスピンがルビーの表情をうかがう。と、ルビーはさみしそうに視線を落とし、
「最後の夜だから。明日になったら2人と別れるつもり。もうすぐ北アイリッシュだし、そこまでいけば安全かなって」
 ──女連れで旅をすること。ルビーを狙う人間が多いこと。それらの理由でレイエスエフがルビーと行動することを反対していた。だからこうなるのはしょうがないことなのだ。
「……そうか」
 スピンもルビーと同じようにうつむいて言った。だがレイエスエフだけは、
「そうか! そうしてくれ! 今夜か、今夜が最後か!」
 と妙なテンションで言った。


 夜が来て暗くなっても、クリスタルライトがあれば明るく過ごすことができる。
「つくづくクリスタルライトを創った、フレイミングっていう人は偉いなあと思うよ」
 備え付けのクリスタルライトを見ながらスピンが言った。
 ここのクリスタルライトは、天井に埋め込まれていて部屋全体を明るくしている。球体ではなく正方形か長方形のようだが、天井に埋まっているのでどちらともいえない。
「確かにフレイミングは偉いとは俺も思う」
 グラスの中の水を飲みながらレイエスエフは言う。「でもお前がそう思うのは、クリスタルライトが直接生活にかかってきているからそう感じるんであって、俺は九大偉人の中ならリーファンが一番偉いと思う」
「リーファン?」
 とスピンはテーブルの上の、パドスール酒の入ったグラスに手を伸ばし「リーファン? 何だそいつは。誰だそいつは!」と泡のある白くにご濁った酒を流し込んだ。
──パドスール酒。スピン、レイエスエフの故郷で造られる酒でブラシ酒をも模したものだが、パドスール酒の方が好きというものもある。スピンもその1人だ。
「ナハハハハ! リーファンって誰だ? お前か!」
 とスピンはルビーを指さす。
 どうやらスピンは故郷の酒に気を良くし、かなり酔っているようだった。レイエスエフは正直少しムカついている。
「リーファンなら私も知ってるけど」
 とルビーは空になったスピンのグラスに目をやり「まだ飲む?」とパドスール酒のビンを持ち上げる。
「いやー、もういーよー」
 とスピンは断るがルビーは構わずにグラスに酒を注いだ。
「もうその辺でやめとけよ」
 とスピンの前に座るレイエスエフはとがめる。が、ルビーは、
「でもまだ少し残ってるし……」
 とビンの中の酒を見る。
「じゃあ、アンタが用意した酒なんだからアンタが飲めよ」
 とレイエスエフは言う。
「私は飲めないんだってば。だから飲んでよレイエスエフ」
 ルビーはそう言うがレイエスエフは首を振り、
「俺も飲めねえ」
「もういい、もういい! 俺が飲むよ!」
 うれしそうに言ったスピンはベロベロに近かった。


「しょうがねえなコイツは」
 テーブルの上に突っ伏して眠ってしまったスピンを見てレイエスエフ。
「おい起きろバカ」
 そう言ってスピンの頬をパチパチと叩く。
「もういいじゃない。このままベッドに運んでやろうよ」
 とルビーは微笑んで言う。
「こんなバカでかい男をか?」
「じゃあ魔法を使って運べばどう?」
 ルビーがそう言うとレイエスエフは眉間にシワを寄せて腕を組む。
「どうしたの?」
 ルビーが不思議そうに言う。
「……いや、今日は魔法を使い過ぎたからもう使えない。何とか手で運ぼう」
 レイエスエフがそう言うとルビーは微笑を浮かべ、
「そう」
 とうなずいた。


 酒に酔って眠ると2、3時間後には喉が渇いて目が覚めてしまう。
 スピンが目を開くとそこはベッドの上で、部屋はもう真っ暗だった。
レイエスエフやルビーがベッドに運んでくれたのだろう。が、もうその二人も眠ってしまったようだ。
 部屋の中はレイエスエフの規則正しい寝息だけが静かに響いていた。
 と、かたわらに人影があるのに気付いた。顔はよく見えなかったがルビーだとすぐに分かった。
 スピンは反射的に目を閉じ、寝たふりを続ける。だが薄く目を開けルビーを見守る。
「起きてる?」
 ルビーはスピンに顔を近付けささやいた。しかしスピンは声を上げずに寝たふりを続ける。心臓はなぜか高鳴っていた。
「眠ってるの?」
 再びルビーはささやいた。スピンは寝たふりを続ける。
 スピンは目を開けるべきか迷った。女が夜中に眠っている男のベッドにやってくる。これは意味が深い。
 と、ルビーの冷たい手がスピンの頬にふれた。そして手のふれている反対の頬に熱い息を感じたかと思うと、
「ごめんね」
 とルビーがつぶやいた。
 ──ごめんね?
 スピンは薄目を止め、目を開こうとした。と、全身に悪寒が走り体が動かなくなった。
 なっ! これは!
 スピンにとって3回目の体験だった。
 これが何なのか、誰がやったのかはもう分かる。ただなぜ? なぜルビーが!?
 スピンは薄目で遠のくルビーの姿を追った。
 と、スピンはルビーの手にある赤く光るものを目にした。
 あれは『赤のクリスタルライト』……。なぜ、なぜ彼女が?
 そうする間にもルビーは部屋の出口に向かっていた。
 レイエスエフの寝息はまだ聞こえる。
 起きろレイエスエフ。頼む、ルビーを止めてくれ。
「待てよ」
 寝息が止んでレイエスエフの声がした。「とうとう本性を現したな」
 暗闇の中でルビーは立ち止まりレイエスエフの方を向く。
「何が?」
 ルビーは言いながら手の物を背中に隠し、とぼけて首をかしげて見せた。
「そんなにそれが欲しいか、なあ死霊使い。とぼけてもムダだぞ」
 レイエスエフはそう言いながら、杖と一緒にベッドから滑り降りる。
「……何だ、そこまで気付いてるのね」
 開き直ったのか、ルビーは背中の物を前に出して言う。「これがそんなに欲しいかって? 決まってるじゃない。だって私はこれがあればあのマロンにだって対抗できる力が手に入る。あなたにだって、ね」
 とルビーは薄笑いする。が、すぐにその表情を険しくし、
「それがまたあのマロンが金に物を言わせて、これをサウスって人から買い取るっていうじゃない。お金も力もない私はこうするしかないじゃない」
「言い訳はそれだけか?」
 レイエスエフは冷たく言い放つ。そして杖を大きく横に振った。
 部屋の中央に光の球が生まれ、部屋を明るく照らし出す。
「あ、動ける……」
 スピンはそう言いながら上体を起こした。
「な! 今日はもう魔法を使えないはずじゃ!」
 ルビーは声を上げた。が、レイエスエフは表情ひとつ変えず、
「ああ、あんなウソにだまされたのか。あの程度のウソが見抜けないんだから能力が知れるってもんだ。じゃあしょうがないよなあ、こんな手段に出たって」
 スピンはベッドから出た。そして頭を二、三度振ると丸腰のままルビーに近付いていく。
「なあルビー。俺はアンタのやろうとしたことがよく分からない。『赤のクリスタルライト』を売って金にするつもりだったのか? 金に目がくらんだのか?」
「……こないで……」
 そう言いながらルビーはナイフを取り出した。
「どうしてだ。どうしてそんなことをする?」
 スピンはさらに近寄る。
「こないで。私は……あなたを傷付けたくない……」
 ルビーのナイフを持つ手は震えていた。
「やめろスピン。それ以上近寄るな」
 レイエスエフは厳しい口調で言う。「危険だ。近付くな!」
「俺は何もしない」
 スピンはそう言いながら両手を広げてみせる。
「やめて……」
 ルビーはあとずさる。スピンはまた一歩近付く。
「やめてーーー!」
 ルビーはそう叫ぶとその場に崩れ落ちた。手にしていた『赤のクリスタルライト』は、一瞬まばゆく輝くと手の中から落ちて転がり、ナイフは床に落ちた。
 スピンはルビーに駆け寄り、その体を抱きかかえる。
「何をやった!」
 スピンはレイエスエフをにらんだ。
「俺は何もやってない。それよりも俺は近付くなと言っただろう。何てことをしてくれたんだ」
 レイエスエフは平静を装っていたが、顔は青ざめていた。
「何がだ」
 スピンはルビーを抱きかかえたまま言う。するとレイエスエフは「ハァ」とため息をついてから、
「もういい。終わったことはしょうがない。その女をベッドに寝かせてやったら武器を取れ」
「何でだ」
「いいから言ったとおりにしろ」
 ──スピンはルビーを自分のベッドに寝かせてやると、すばやくブロードソードを手にとる。
「こいつ剣でどうするんだ」
 スピンが訊くと、
「防具もつけろ。だが時間がない。急いでやれ」
 レイエスエフは落ちつかなげに言う。
 スピンは首をひねりながら、チェーンメイルを手にしのろのろと袖を通しはじめる。
「急げって言ってるだろうが! 死にたいのか!」
 とレイエスエフが怒鳴った。
 かなり本気で怒っているようだ。スピンは急いでチェーンメイルを着ると、ヘルメットを取って頭に乗せる。
「何が起こるんだ?」
 完全武装を終えたスピンはたずねる。
「剣を抜け」
 またもレイエスエフは質問に答えない。
 なんなんだ、一体。
 スピンは不快に感じながらも広刃を鞘から抜いた。
「よし」とレイエスエフは言うと何事か唱え出し、
「闇を砕く光!」
 と声を上げ杖を振るう。と、スピンの手にある剣が真っ白い光を放ちはじめた。
「何が始まるんだ」
 スピンは何度目かの質問をする。
 レイエスエフはここで初めてスピンの質問にうなずき、
「ルビーの奴が錯乱して能力以上の何かを呼びやがった。それで自分は気絶してるんだから無責任なもんだ。──『赤のクリスタルライト』に呼ばれて何かがやって来る。そういうことだ」
「死霊とかゾンビとかいう奴か? 逃げられないのか?」
 スピンが訊くとレイエスエフは首を振り、
「逃げてもムダだ。やってくるのはその程度のもんじゃない」
 レイエスエフはそう言うと身構えた。
 どんなものが来るのか、スピンは想像してみるが見当もつかない。
 スピンは光るブロードソードを両手に持ち、レイエスエフを真似て身構えておいた。


 それからしばらくは何事も起こらなかった。スピンは気抜けして緊張を解いてレイエスエスに話し掛けようとした。
 が、レイエスエフが暑くもないのに汗をかいているのに気付き、スピンは再び身を緊張させた。


 やがて馬車が駆けてくるような音が聞こえ始める。その音はだんだん近付いて来て、ついにはこの宿のすぐそばで止まったように思われた。
 何かが来た。待っていたのはこれだとしても、ここは2階。すぐには来ないはず。
 そんな常識的な考えがスピンの頭をよぎった次の瞬間、
「来たぞ!」
 というレイエスエフの声と激しい音とともに、窓ガラスは枠ごと砕け粉になって部屋に散らばる。
「くっ!」
 スピンは飛んできたガラスの破片を避けるように顔を背ける。
 何かが飛び込んできた。何が飛び込んできたのか。
 スピンはそれに顔を向けた。
 優に2mはあろうかという全身甲冑姿の大男が長剣(バスタードソード)を持って立っていた。いや、男かどうかもさだかではない。なにしろそいつは首がない。
「まさかとは思ったが本当にくるとはな! デュラハン!」
 レイエスエフが声を上げた。その顔は驚き青ざめていた。
「デュラハン!? 何だこいつは!」
 スピンが訊くと、
「簡単に言えば死神だ! 倒す方法はなく、俺たちの息の根を止めるまで永遠につきまとう!」
 それを聞いてレイエスエフすらも恐れ慌てさせる、その理由がスピンにもやっと分かった。
 ──死神。
 寿命が近付くと現れ死を宣告し魂を運び去るもの。
 間接的に事故を起こして死に至らしめ魂を運び去るもの。
 そしてデュラハンのように死を宣告し、自らの剣で死に至らしめ魂を運び去るもの。
 ──現れるものはさまざまだが、どれも死を招くという意味で同じだ。
「何てものを呼び寄せやがったんだ!」
 スピンはベッドで眠るルビーに文句を言う。
 が、そんなスピンの想いとは無関係に、デュラハンはスピンに向けて指を一本差し出した。
 死の宣告だ。デュラハンにこれをやられた人間が命を狙われる。
「何で俺なんだ!」
 スピンは悲鳴のような声を上げる。が、次の瞬間それどころではなくなった。
 鈍重そうなデュラハンの体が素早く踊り、スピンに襲いかかってきた。
 デュラハンが片手で振り下ろしたバスタードソードを、スピンは両手で握ったブロードソードで受け止める。
「ぐっ!」
 思わず声がもれる。この重い一撃に広刃の剣を持つスピンの腕にしびれが走る。
 片手でこの力か! 両手ならどうなる!
 スピンは顔をしかめた。
 デュラハンは一撃目が止められたと見るやすぐさま長剣を両手に持ち替えた。そしてスピンに向けて剣を薙ぐ。
 この攻撃が当たれば首が飛んでいたかもしれない。スピンはそれを大きく後ろに跳んでかわした。
 デュラハンといえども攻撃の後には隙ができる。空振った剣は流れ、態勢は少しだけ崩れていた。
 スピンはデュラハンの間合いに飛び込んだ。そして鎧と鎧の接ぎ目に向けて広刃を突き出した。そこを狙ったのはもちろん、鉄板の部分を狙っても無意味だと考えたからだ。
 かくてスピンの狙い通り光るブロードソードはデュラハンの体に突き刺さった。
 ──しかしそこには何の手応えもなかった。
「バカな!」
 スピンはがく然した。
 この甲冑の中身は空なのか! これが倒す方法がないという理由か!
「危ねえっ!」
 レイエスエフの声がした。
 ハッと我に帰るとデュラハンの長剣が迫っていた。
 スピンは剣をデュラハンの体に残したまま、床を転がってその攻撃をかわした。
 デュラハンはスピンが逃げたと見るや、鎧に刺さった光るブロードソードをわずらわしそうに引き抜いた。そしてスピンらのいる方と反対側にそれを投げ捨てる。
 デュラハンから離れたスピンは、
「何だアイツは! 不死身か!」
 とレイエスエフに文句を言う。
「だから言っただろうが。倒す方法はないって」
 そう言ったレイエスエフの口調は落ち着いていた。見るとレイエスエフの杖の先には、人の頭ほどもある光の玉が浮かんでいた。
「その光の玉でアイツを倒せるのか!」
 スピンはレイエスエフの落ち着きに期待して言った。
「だから倒す方法はないって言ってるだろう。俺が落ち着いてるのは俺が狙われているわけじゃないと分かったからだ」
 なんて奴だ! スピンはあ然とするがそれどころではなくなる。デュラハンが再びスピンめがけて襲いかかってきたからだ。
 丸腰では攻撃を止めることさえできない。スピンは近くに転がっていたイスを夢中でつかみデュラハンに投げつけた。しかしデュラハンはそれをよける様子もなく、イスは股間あたりにぶつかる。
 イスはデュラハンの鎧に当たると少し壊れて床に落ちた。と、デュラハンは間抜けなことにこのイスにつまずいて転ぶ。
 2mを超える巨体は、イスを潰しながら騒がしく倒れた。
 この時、首のない鎧の部分からデュラハンの体の中が見えた。
 デュラハンの正体見たり!
 のはずだったが、ギョッとする結果になった。
 ──その鎧の中には何もなかった。
 何もないように見えるのは自分だけかもしれない。
 スピンの頭にそういう考えが一瞬浮かんだが、
「本当に何もないとはな!」
 というレイエスエフの言葉で見たままなのだと分かった。
 実体がない。それはつまり、どうすることもできないということだ。
 とはいえ、このままや殺られるのを待つわけにはいかない。
「くそが!」
 スピンはののしりながら倒れているデュラハンに襲いかかった。
 スピンはデュラハンの背中に飛び乗った。それからそこで二、三度飛び跳ねてデュラハンを踏んづけてみるが、効果はなさそうだった。
「どけ!」
 レイエスエフが叫んだ。見ると杖を両手に持ち武器のように振りかぶっていた。
 スピンは飛びの退き、捨てられていたブロードソードの方に転がる。
 レイエスエフは杖を振り下ろした。
 杖の先にあった光の玉は勢いよく飛び、首のところからデュラハンの鎧の中に入り込む。
「弾けろ!」
 レイエスエフが声を上げるとデュラハンの鎧の中でそれはまぶしく光を上げた。
「ぐっ!」
 とスピンはその光に両手で目を覆う。
 レイエスエフの魔法! これでダメなら……。
 光が収まってから目を開いてみると、倒れているデュラハンの鎧に丸い穴が開いていた。人の頭ほどもある穴が腹と背中を通して。
「やったか!?」
 とスピンはレイエスエフを見た。が、レイエスエフは首を振って、
「何度も言わせるな。倒す方法はないって言ってるだろうが」
 そう言うレイエスエフの言葉通り、デュラハンはゆっくりと立ち上がった。
「くっ!」
 うめきながらスピンは落ちているブロードソードをつかんだ。
 立ち上がったデュラハンの体には穴が開いている。そこを通して向こうにレイエスエフの顔が見える。
 デュラハンはスピンの方を向いて長剣を構えた。長剣は両手で持ち、構えも低い。次の一撃で片をつけるつもりなのだろう。
 ──次の一撃で片をつける。
 それはつまり避けることのできない捨て身の攻撃となるのだろう。
 スピンは考えた。
 デュラハンの全力を受け止めては力負けすることは分かっているし、捨て身のスキをついてもデュラハンは死なない。
 どうする……。
 ──デュラハンは長剣を横に向けた。
 来るか。
 スピンはまだ迷っていた。
 しかし時間は待ってはくれない。デュラハンは重そうな足を踏み出すと、勢いよくスピンに向かって突っ込んできた。
 あの長剣が振られれば終わり。
 スピンはとっさに攻撃に転じた。攻撃は最大の防御、戦士としての勘だった。
 スピンはデュラハンに向かって突っ込んだ。そして重なり合う瞬間に両者は同じように剣を振った。
 横に振った剣同士が交差し火花を上げる!
「くっ!」
 スピンは力負けしてしまいそうだったが、踏ん張ってデュラハンの左側を駆け抜けた。デュラハンも同じようにスピンの左側を駆け抜ける。
レイエスエフがデュラハンにつけた大穴。それがなければスピンは弾き飛ばされ命はなかっただろう。
「あぶなかった……。ふうっ」
 スピンは安堵のため息をつく。ともかく片をつけようとしたデュラハンの攻撃をしのぎきった。ひとまずは助かった。しかし戦いはまだこれからだ。
 スピンとデュラハンは再び向き直った。そしてスピンはデュラハンの次の攻撃を恐れながら待つ。
 と、丁度スピンの後ろ辺りにいたレイエスエフが、
「よくやった」
 と声をかけてきた。
「何がだ」
 とスピンはデュラハンから目を離さずに言う。
「見ろ」
 とレイエスエフがデュラハンを指さした。
「おおっ!」
 スピンは思わず歓喜の声を上げた。
 さきほどスピンのブロードソードと交差した、デュラハンのバスタードソード長剣にヒビが入っていたのだ。そしてついにはそこから剣は真っ二つに折れてしまう。
 スピンは自分のブロードソードにも目をやる。
 ヒビが入っても折れてもいない。代わりに魔法の白い光を放っている。
「これが……」
 スピンはレイエスエフの方を見て言いかける。が、レイエスエフは、
「油断するな」
 とスピンの言葉をさえぎる。スピンは小さくうなずくとデュラハンに向き直った。
 剣が折れてもデュラハンはまったく慌てた様子を見せない。これは剣が折れたことなど問題ないということなのか、デュラハンに感情というものが備わっていないということなのか。
 ともかくデュラハンの剣は折れ、鎧には大穴が空いている。
 ──レイエスエフはデュラハンを倒す方法はないと言った。しかしデュラハンの持つ剣、鎧をすべて砕くことができれば、それは倒したという意味になるのではないのだろうか。
 希望が見えた気がした。
 と、デュラハンが折れた剣を振りかぶった。
「まだくるか!」
 とレイエスエフが声を上げる。
「へっ! 来るなら来い!」
 スピンは自信たっぷりに言う。もう負ける気はしなかった。
 が、デュラハンは飛びかかっては来ず、振り上げた剣をスピンに向かって投げつけてきた。
 剣は縦回転しながらスピンに向かう。
「こんなものは!」
 言いながらスピンはブロードソードを振ってそれをはじ弾き飛ばす。
 弾き飛んだそれはレイエスエフの頬をかすめ、部屋の壁に突き刺さる。
「あぶねえじゃねーか!」
 レイエスエフは目を見開いて本気であせっていた。
「わ、わるい」
 とスピンは半笑いで言う。
 いや、今はそれよりも──。
 スピンはデュラハンを見る。
 武器を持たずに腹に風穴のあるデュラハンなどもう怖くはない。スピンは剣を握り直し剣先をデュラハンに向けた。
 しかしもうデュラハンに飛びかかって来る様子はなかった。その代わりに右手の指を一本差し出し、それをスピンに向けた。
 前にもやった死の宣告だ。再びそれをやってどうしようというのか。
 スピンが不審がっていると、デュラハンは突然駆け出した。そして割って入ってきた窓の所から外に飛び出した。
 スピンらはそれを追って窓際に立つ。
 ここは二階。スピンはデュラハンと違って飛び降りるわけにはいかない。
「レイエスエフ! 飛べ!」
「飛べるか!」
「バカ! 魔法でだ!」
「今日はもう飛べん!」
 二人が言い争っているうちに、デュラハンは着地すると近くに止まっていた馬車に飛び乗った。
「何だありゃ!」
 二階から見ていたスピンは声を上げる。
 デュラハンが乗った馬車は二頭の馬が引いていたが、デュラハンと同じくその馬たちにも首がなかった。
「気持ちわりい!」
 スピンは声を上げる。しかしレイエスエフは冷静に、
「あのな、デュラハンってのは首なし馬車とセットで言うんだ。今さら驚いてんじゃねえ」
「そうなのか?」
 スピンが言うと、二人の後ろで部屋のドアがゆっくりと開いた。
 二人は殺気を放ちながらそちらに振り返る。
 すると、少し開いたドアから宿の主人が顔を出し、
「あのー、終わりましたでしょうか……」
 と遠慮ぎみに言った。


 結局、壊した家具や窓の修理代を払わされることになってしまった。
「ちくしょう」
 スピンは悪態をつきながらルビーの眠るベッドに座る。「金がどんどんなくなっちまう。コイツのせいだ」
 スピンはそう言いながらも、いとおしげな表情でルビーを見る。
 大変なことをしておきながら幸せそうに眠っている。
「いや、金のことよりもお前、別の心配の方が先だろう」
 レイエスエフが壊れかけたイスに腰掛けて言う。
「あ? 何の心配だ」
「デュラハンのことに決まっているだろう。死の宣告をされた人間は何度でも襲われるんだ。分かってんのか?」
「そのことか」
 スピンはそう言うと立ち上がり、「分かってるよ。分かってるけど考えたってしょうがねえしどうなるもんでもねえ。それに……」
 とスピンは下を向く。
「それに、何だ」
 とレイエスエフ。
「……いや。その、それにデュラハンにはもう剣がないだろう。来ても何とかなるだろう」
 スピンはそう言いながら、転がっている『赤のクリスタルライト』の方に歩み寄る。
「バカかお前は。新しい剣を持ってくるに決まってるだろう。デュラハンってのは頭はねえが頭は悪くないんだ」
「ふーん。そうか」
 無関心そうに言いながら、スピンは『赤のクリスタルライト』を拾いあげた。「でも、この『赤のクリスタルライト』を持ってなかったらデュラハンも来ないってことはねえかな」
 と言って赤の光を見つめる。
「それはないな、残念ながら。『赤のクリスタルライト』はデュラハンを呼んだが、死の宣告を受けたのはお前だ。全然別の話だ」
「そうか」
 スピンは平然とうなずいた。
 ──今のスピンにはそのことよりも、ルビーにだまされていた、そのことの方が悲しかった。