赤のクリスタルライト 8
作:しんじ





   8、報酬

 二人はようやく北アイリッシュ、サウス厩舎付近まで帰ってきた。
 気のせいだろうか。この辺りの人々は西と違いやさしそうに感じられた。
「特にやさしいってわけじゃないんだろうが、そんな気にすらなるな。あっちから帰ってくると」
 レイエスエフが宿の階段を上がりながら言った。
「確かにな。あっちは宿屋の人間でも何かおかしかったもんな」
 レイエスエフの前を行くスピンはそう答えて同意する。
 と、宿の案内役の女が口を開く。
「ひょっとして西の方に行ってらしたんですか?」
「ああ」
 スピンがうなずく。
「どういうご用件で行かれたのかは存じませんが大変でしたね。──今日はごゆっくりお休み下さい」
 部屋の前まで来ると、案内役の女はそう言って頭を下げた。
「ああ、ありがとう」
 スピンが言うと、女ははにかんで去っていった。


 部屋に入ると、レイエスエフが突然変なことを言い出した。
「脱げ」
「は?」
 とスピンは顔をしかめる。
「どこか知らんがケガしてるんだろうが。治してやるから見せろってんだ」
「あ、そういうことか」
 とスピンはチェーンメイルを脱ぎだした。
「勘違いしてんじゃねえよ。このおバカ」
 レイエスエフはそう言って口をとがらせた。


 次の日、サウス厩舎を訪ねると何やら先客がいるようだった。
 厩舎の前でサウスが誰かと話しこんでいる。見たところ女のようだが……。
「マ、マロン!」
 近付いてみると見たことのあるそれだと知り、スピンは声を上げる。
 栗色の長い髪、栗色の服。確かにマロン教の教祖、マロンであった。
「おおっ。お前たち戻ったか」
 サウスがそう言って右手を挙げた。そして挙げた手を動かしてスピンらを手招きする。
「どういうことだ?」
 立ち止まってスピンはレイエスエフに訊いた。
「ああ、やっぱりそうか」
 レイエスエフは言い「これでつじつまが合った」
「俺にはさっぱりだ」
 スピンは言って首をひねった。


「紹介しよう。この人が『赤のクリスタルライト』に大金を払って買ってくれるマロンさんだ」
 サウスはにこやかに言った。
「……よろしく。」
 マロンは不快そうに言った。
 仕方がなかった、とはいえスピンらはマロン教に歯向かい、このマロンに傷を負わせたのだ。
「よろしく……」
 スピンは一応言った。
「はいはい。よろしく」
 レイエスエフが言った。
「──で無事に『赤のクリスタルライト』は持って帰ってきたんだろうね? もしかして誰かに取られた、なんてことはないだろうね?」
 マロンは妙な表情で言う。笑ってるのか、心配してるのか、といった表情。
「ああ。何とか持って来れたよ」
 とスピンも苦笑い。そして背負い袋から『赤のクリスタルライト』を取り出した。
「おおっでかしたぞ! 商談成立だな!」
 うれしそうに大声を上げたのはサウスだった。


 もう二度と会うことはないであろうマロンとサウス。彼らと別れ二人は厩舎を後にする。
「わけわかんねーよ」
 白い馬を引きながらスピンはつぶやいた。
「何がだ」
 隣りを歩くレイエスエフが言った。
「なんであそこにマロンがいる。なんでルビーは『赤のクリスタルライト』を狙った。なんでサウスは俺たちにわざわざ取りにいかせた。なんかごちゃごちゃしてきた」
 スピンは言って「ハァ……」とため息をつく。
「何だ。まだルビーが『赤のクリスタルライト』を狙った理由も分かってないのか。しょうがねえなあ」
 レイエスエフも「ハァ……」とため息をつく。
「お前と違って頭悪いもんでよ。順序よく説明してくれ」
「……ふむ。説明してやってもいいが、推測に過ぎねえ部分もあるぞ。それでもよけりゃあ教えてやる」
「頼む」
 スピンは言った。


 レイエスエフが馬に乗り、スピンがその馬を引く。主君とその従者のように二人は歩いていた。
「まずマロンの話からだな」
 馬上のレイエスエフは言う。
「ああ、頼む」
 とスピン。するとレイエスエフは「ゴホン」と咳払いをしてから、
「えーっとな、これは推測に過ぎないんだが、マロンってのは『赤のクリスタルライト』を前々から探してたんだろう」
「なんでそう思う」
 とスピンはレイエスエフを見上げて言う。
「だから推測だって言ってるだろうが。──でもまあ間違いはないだろう。死霊使いとしての能力を高めてくれるものでもあり、宝石としての価値もあるものだし。ただここで問題だったのは、あのルビーも同じものを探してたんじゃないかってことだ。俺たちから盗もうとしてたくらいだしな」
「ふむ」
 とスピンは返事だけする。ルビーの話はあまりしたくないのだ。
 レイエスエフの話は続く。
「そしてマロンは運よく、北の方でそれを持ってるという人物を見つけることができた。それがサウスのおっさんだ。──マロンはサウスと交渉にかかったがそこにルビーが割り込んできた。二人が競ったため『赤のクリスタルライト』の値段はどんどん吊り上がっていったが、最終的に金のあるマロンが買い取ることになった」
 スピンはうなずく。
「だがサウスは手元に『赤のクリスタルライト』を置いてなかった。親の遺品だし物騒なものでもあるし、ってことで親の墓に埋めたままにしておいたんだろう。マロンに直接取りに行かせてもよかったんだろうが、物を持ち逃げされても困る。マロンとしても大金を払うわけだし、偽物かも知れんものに先に金を払いたくもない。お互い信用がないんだな。じゃあどうすればいいか。──そういう場合は、報酬をつけて第三者に取ってきてもらう。それが一番確実な方法だろう。サウスのおっさんもそう考えた」
「その第三者ってのが俺たちか」
 スピンが口を開くとレイエスエフはうなずき、
「そうだ。こんな安そうな馬一頭で俺たちは利用されたわけだ。俺も気付くのが遅すぎた」
 レイエスエフは不快そうな顔をする。「その上、『赤のクリスタルライト』の買取に失敗したルビーがそのことを知った。ルビーは俺たちに取り入り、隙を見て『赤のクリスタルライト』を奪うことを考えついた。だがその計画もマロンにばれ、俺にも気付かれ失敗に終わった。そして結局『赤のクリスタルライト』はマロンに渡る、と。それが今回のことの顛末だ」
「……なるほどな。だいたい分かった」
 スピンはそう言うと黙り込んだ。そして歩きながら頭の中で、あの時、この時のことを考えてみる。なるほど。全部納得がいった。
「──結局一番損をしたのは俺たちか」
 スピンが言いながら馬上のレイエスエフを見ると、レイエスエフは空を見上げて雲でも見ているようだった。スピンも立ち止まりつられて空を見上げる。
 ──青空だ。損だとかルビーがどうだとか、もうどうでもいい気がした。
 どうでもいい。たいしたことじゃない。
「え? 何か言ったか?」
 レイエスエフがスピンを見た。
「いや、何でもない」
 スピンは微笑んで答えた。
 まだサウス厩舎からはそんなに離れていない。スピンは振り返った。
 ──これでいい。これでよかったのだろう。
 スピンは自らをそうやって納得させる。
 と、こちらに近付いてくる人影を見つけた。
「あれ?」
 スピンは眉をひそめてそれを見据える。
 ショートのブロンド、白い服。
 なぜ? なぜここにいる?
「おいレイエスエフ」
「あ?」
「あれ……」
 とスピンがその人影を指さすと、
「ん? 何だ、あのバカ女じゃねえか」
 と馬上のレイエスエフは顔をしかめる。
「ああ。バカな女、ルビーだな」
 スピンはそう言うと立ち止まって、こちらに向かってきているルビーを待つ。
「おい、スピン。あんなのに構うこたあねえぞ。無視だ、無視しろ」
 そう言ってレイエスエフは、立ち止まっている馬の腹を蹴る。再び馬は歩き出す。
「そう……だな」
 スピンもまた前を向いて歩き始める。待ってやる必要はない。ルビーを許すわけにはいかないのだから。


「ちょっと待ってくれてもいいじゃない!」
 二人に追いついたルビーが言った。小走りで来たせいで息を切らしている。
「あ? 何でアンタなんか待たなきゃならねえ。自分がしたことが分かってないのか?」
 馬上のレイエスエフがわずらわしそうに言った。するとルビーは表情を曇らせ、助けを求めるようにスピンを見る。
「今さら何の用だ」
 スピンは冷たく言い放った。
 何か違う言葉がもらえるとでも思っていたのだろうか。ルビーは悲しそうな顔をする。
「俺たちはアンタを許す気はねえ。行くぞスピン」
 レイエスエフはそう言うと馬を蹴る。
「ああ」
 とスピンもルビーに背を向けて歩き始める。
「ま、まって!」
 ルビーが声を上げた。「悪いのは私。それは分かってる。でも、でもこれだけは分かって欲しいの」
 ルビーは胸の前で手を組み、祈るように言う。
「何をだ」
 振り返ってスピンは言う。
 ルビーは少し下を向くとスピンを見て、
「私はあの街に生まれてこんな風に育った。私はあの街で生きていくためにはずるいこともしなきゃいけなかった。今回のことだってそのひとつ。あの街で生きていくため。……でも私、あの街を出られるなら……」
 とルビーは瞳を潤ませる。
「何だ、そんなことを言うためだけにこんな所まで来たのか? あの街を出たけりゃ、ひとりでどこへでも行けばいい」
 そう言い放ったのはレイエスエフだった。スピンは表情を変えずにルビーを見つめる。
「……違う。そんなんじゃない……」
 ルビーはそう言うと二人に背を向け「……もういい……」と歩き出した。
 肩を落として去っていくルビー。その姿を見てスピンは胸が締め付けられた。思わず口が開きかける。
 しかしスピンの顔の前に杖が差し出され、レイエスエフにそれを制された。
 スピンは馬上のレイエスエフを見た。
 レイエスエフは無言で首を振る。
 仕方ない、仕方がないのだ。無二のレイエスエフがそう言う以上は。
 スピンは去っていくルビーの背中を見送る。
 ──と、
「おい!」
 レイエスエフが声を上げた。
 ルビーが振り返った。スピンも馬上のレイエスエフを見る。
「しょうがねえから連れて行ってやる! はやく来い!」
 ルビーはこの言葉がすぐに理解できなかったのか、しばらくその場に立っていた。
 スピンもすぐには理解できなかった。何を言っているのか分からなかった。
 が、やがてルビーは目の辺りを二、三度こすると、走ってこちらに向かってきた。
 走るルビーの表情は何とも形容しがたいものだったが、何かに解き放たれた、言うなればそういう表情だった。



   エピローグ



 遠く山脈が見える。
 3人はもう東アイリッシュのはずれまで来ていた。
「あの山脈を越えればブラシルームの国か。もうアイリッシュの街を過ぎちまうんだな……」
 白い馬「マック」にまたがったスピンは言った。
「けっ。そんなことよりはやく代わってくれ。足が痛え」
 馬を降ろされたレイエスエフが文句を言う。
「さっき代わったばかりじゃない。我慢したら?」
 馬の引き綱を取っているルビーが言った。
「へっ。偉そうに……」
 レイエスエフは悪態をつく。
 二人のやりとりを見てスピンは微笑む。
 仲良くやってくれているようでよかった。まあはたから見ればそうは見えないかもしれないが……。
「しかしどうだ、二人とも。俺、白馬の王子さまっぽく見えないか?」
 言いながらスピンは馬上で胸を張って見せた。が、ルビーは顔をしかめながら、
「うーん。見える……かも」
「なんだよ、そのかもって」
 スピンがそう言うとルビーは視線をそらし、
「その、なに……あ、レイエスエフはどう思う?」
「あ、俺か? ふーむ……」
 とレイエスエフは腕を組み、「どうかと思うけどな」と言い放つ。
 どうやらいまいちそう見えないらしい。
「そうか。やっぱりマントがないとそう見えないか。こう、マントがあった方がかっこいいよな。今度買うか」
 スピンは苦笑しながら言う。
「ああ、マントか。ブラシの国の方は寒いからな。マントとか防寒着はあった方がいいな。特にルビー、アンタは格好自体が旅向きじゃないし」
 レイエスエフが言うと、
「何、寒いのか? 聞いてないぞ、そんなことは」
 スピンは眉間にシワを寄せる。
「聞いてないってよりも、お前らが無知なだけだろうが。知っておけよ、それぐらい」
 レイエスエフがなじる。
「えー。私、寒いのって苦手なのよね。やだなー」
 ルビーが言うとレイエスエフは、
「そうか。あっちは運が良けりゃ雪が見れるぞ。見たことないだろう、雪なんて」
「っていうか、それは運がいいの?」
「困ったな。じゃああっちに着く前にマントか何か買っておかなきゃな」
 とスピンは馬上で腕を組み、「そしたら白馬の王子さまっぽく見えるしな」
 スピンはうれしそうにそう言う。するとレイエスエフがため息を「ハァ……」とつく。
「どうした? レイエスエフ」
 スピンは顔をしかめる。
「マントなんか関係ねえ。マントなんかあったって白馬の王子さまにはなれねえ。なんてったってコイツは白馬じゃないんだからな」
 レイエスエフが「マック」を見て言った。
「白馬じゃない?」
 スピンはレイエスエフを見る。
「意味が分からねえぞ。コイツはちゃんと白いだろうが」
「ヒヒッ。黙ってやってたけどな……」
 とレイエスエフは不気味に笑い、「コイツは芦毛馬っていうんだ。元々は灰色をしてて……いや、生まれたばかりの頃は黒いんだ。それからだんだん灰色が混じって芦の草みたいなまだら模様になる。そしてじじいになると真っ白になるのさ。人間の髪と同じだ。本物の白馬なんぞ手に入るかよ」
 レイエスエフは言って「フヒヒッ」とまた笑う。
 スピンは気分を悪くした。
「なんだ。じゃあコイツが白いのはじじいだからか?」
「そうだ。馬は若い方がいいのにな」
 レイエスエフがうれしそうに言う。
 スピンは考えた。
 なんとか、なんとかこのことをいい方向に考えようと。プラス志向だ、プラス志向。
「……若い頃は灰色で汚かったが、今は白く美しくなった。そして馬は年を取っている方が扱いやすい」
 スピンがそう言うと、レイエスエフは一瞬驚いた表情を見せたが、
「ああ、そういう考え方もあるな」
 とうなずいた。
 スピンはその言葉に微笑み、馬の首すじを叩いた。
 しかし白馬「マック」は何事もなかったかのように、ただルビーに引かれて歩きつづけているだけだった。

                         (おわり)
                          2001,6,22















 あとがき

 最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
 実はこの作品、こないだ「スニーカー大賞」に投稿してしまいました。(一部変更あるも)
 まあ目標は一次選考通過っつーか。
 しかし出す直前、宛名に「御中」を忘れたことに気付いて慌てて書いたというアホな男です。
 うまくいくかどうか……。

 さて、この物語はたぶん続きます。
 しかしこのサイトに長編を載せてみて思ったのですが、
 誰か読んでんのかなあ? と。

 もし、感想など意見、不満を頂けたらありがたく思います。
 あんまり人前で言えないようなことなら、メールでも結構です。
 ただ、ウイルスは送ってこないで下さい。

 ともかく、この作品を読んで下さった方々、改めてお礼を申し上げます。