イルカ文明・二章(中編)
作:しんじ





 集まった人数は、およそ二十人だった。
「全員は集まらなかったな」
 豊が言うと春菜は、
「ま、いいんじゃない。仕方ないよ。私だって行かずに済むならそうしたいくらいだし」
「くそ、あの不細工野郎。来てやがらねえ」
 真次が不愉快そうに言った。それを見た由貴子が、
「でも考えようによっては、真次さん、いいんじゃない?」
 と、真次の腕を触った。
「んー確かに」
 真次は、にやけながら言った。
「でも、もう少し待ってみよう」
 豊は、集まった人たちに言う。「もう少ししたら、遅れてやってくる人もいるかもしれない」
「そうね」
 春菜が相槌を打った。
 ──そして、豊たちはしばらく待ったが、結局それ以上の人数が集まることはなかった。


 豊たちは、細江との合流場所に行く途中、一頭のシャチを見かけた。
「あ!」
 と声を上げたのは、由貴子だった。
 その声に、シャチはこちらを向いた。──豊たち一行に緊張が走る。
 が、そのシャチはよそを向くと、そのまま去っていった。
「ふうっ──親父さんの言うとおりだな。シャチは人を襲わない」
 豊は、春菜に言った。
「みたいね。でも、一頭だったから逃げたってこともあるかもよ」
 春菜は脅かすように言うと、うれしそうに笑った。
 なんだかんだ言っても、父親に会えるということがうれしいのだろう。
 豊は春菜の笑顔を見て、そんなことを思った。


 合流場所には、細江がひとりで待っていた。
 細江の姿が見え始めると、春菜は泳ぎを速めた。豊も、早く泳いでいるつもりの春菜の後を付いていく。
「お父さん!」
 春菜は声を上げると、細江に抱きついた。「無事でよかった!」
「ああ。お前もよく無事で……」
 細江も、春菜を抱き返す。
 よかった。豊は、素直にそう思った。
 この海で、ここまで何とか守ってやれた。そして、この海をよく知る細江に娘を届けることができた。──これで安心だ。豊は、肩の荷が下りた気がした。
「おや、豊くん。二十一人しかいないね」
 抱擁を終えた細江が言った。「東京には、全部で三十二人の人間がいたと思うが……」
「あ、それは……」
 豊は口ごもってから、「行きたくないと言って……。イルカたちと暮らすのだと……」
「無理やりにでも、連れてくるべきだった」
 細江の声は厳しかった。「君にはその力があったはずだ。こんな時のための力なのに」
「仕方なかったの。みんな言うことを聞いてくれなくて……」
 春菜が父親に言う。
「いや、春菜。豊くんには、もっともっと強くなってもらわねばならん。人類を背負って立つ人間なのだから」
 ──やれやれ。肩の荷はまだ下ろせそうもない。豊はため息がわりに、鼻から空気をボコッと出した。
「それにしても十一人か。無事、ではいられないだろうな」
 細江は厳しい顔をしたまま、意味深なことを言った。
「無事ではいられないって、どういうことですか?」
 豊は訊いた。
「ん? なに、たいしたことじゃない」
「東京が危険とか、そういうことですか?」
 豊は、さらに訊く。
「危険と言えば危険かもしれないが、我々にとっては危険ではない」
「どういう意味ですか?」
「いずれ分かる」
 細江はそれだけ言った。豊は腑に落ちなかったが、このことをこれ以上聞くのはやめた。
「じゃあ、これからどうしますか? シャチたちの住んでいるところに行きますか」
 豊がそう訊くと、細江は難しい顔をした。
「どうかした?」
 春菜が父親に言う。
「いや、ああ、そうだ。シャチたちが迎えにくる手筈になっている。しばらくここで待っていよう」
 細江は言うと、海面に上がっていった。
 豊たちも、呼吸をするため海面に向かった。


 豊たちはしばらく待っていたが、シャチたちはなかなか現れなかった。時計がないので正確なことは言えないが、1時間はたったと思われた。
「遅いですね」
 豊は、細江に言った。
「そうだね。だが、もう少しかかるだろう」
「もう少しって、何か用事でもあったんですか?」
「そんなところだ」
 細江はそんなふうに言って、言葉を濁す。
「そういえばここに来る途中、一頭のシャチとすれ違いました。アレはどこに……」
 豊は、ここまで言って気が付いた。
 ──すれ違った? どこに向かうシャチと?
「シャチたちは東京!?」
 豊は、思わず声を上げた。「そうなんですね!?」
「さあ? 私はシャチ一頭一頭が、どこで何をしているかまで把握していない。知らないよ」
「ウソだ! あなたがシャチを送り込んだ! そうなんでしょう!?」
「おいおい、豊くん。そんなことするわけがないだろう。そんなことして、一体何の得があるって言うんだ」
 細江は冷静に言う。
「何の得、なんて分からない。あなたのような天才の考えることは分かりませんよ。でも何か理由がある。そうなんでしょう?」
 豊が言うと、春菜が父親の顔を見つめ、
「ホントなの、お父さん。イルカたちを殺すつもりなの? ねえ、ホントのことを言って」
「何を誤解してるんだ」
 細江は、飽くまでも冷静に振る舞う。「そんな無意味なことはしない。当然だろう」
「無意味なことじゃない、としたら?」
 豊は、細江の言葉に確信を持った。「無意味なことじゃないなら、何か理由があるんでしょう?」
「そんなものはない」
 細江は言い張る。
「……分かりました。それなら今から見に行ってもいいでしょう?」
 豊は、語気を強めて言った。
「行ってはならん!」
 細江は突然大声になった。「死にたくなければ私に従え!」
 細江の言葉に、周囲の人間もざわつき始める。
「やっぱりだましたんですね、俺たちを」
「だましたという言い方になるかもしれん」
 細江は否定しなかった。「私が指示せずとも、遅かれ早かれこういう事態は起こった。──何が正しくて何が間違っているか、その判断は難しい。だが私は、現時点での最良の選択をしたと思っている」
 この細江の言葉に豊も同じように、
「俺にも、何が正しいのか分かりません。でも自分が正しいと思うことをします。──スライトリーを、イルカたちを助けに行く!」
 豊は言うと、細江に背を向けた。
「なぜ分からん。イルカたちと暮らしていれば、いつか終わりが来る。彼らとでは生き残れないんだ」
 豊は、何も答えず泳ぎ出した。──人間にしては、飛び抜けたスピードで去っていく。そして仲間たちも、豊のあとを追う。
「春菜」
 細江は言った。「お前は残るだろう? 私の娘だ」
 春菜は無言で首を振り、悲しそうな顔をした。
「……そうか」
 泳ぎ出した春菜を見送りながら、「だがな、春菜。お前たちの帰るところはもうないのだぞ」
 細江は、そうつぶやいていた。


 スライトリーは、三頭のシャチに囲まれていた。──九メートルはあろうかというシャチと、四メートルもないスライトリー。普通なら圧倒されてしまう。だが、
「クェクェクェ。さあかかって来い」
 スライトリーはからかうように言う。言葉は分からないだろうがシャチたちは、
「ギャー!」
 などという奇声を発しながら、飛びかかってきた。スライトリーは、深く潜りその攻撃をかわす。──スピードなら、小柄なスライトリーに分がある。
 だが、シャチたちも遅くはない。そして組織力は、他の生物の追随を許さない。
 一頭のシャチが追ってくる。スライトリーは下へ下へ逃げる。
 下へ逃げる以上、いずれ海底に突き当たる。他の二頭はそれを予測し、スライトリーの進路に回り込むべく進む。
「クェクェ。たった三頭で俺が捕まるか!」
 スライトリーは、進路をシャチのいない方に取る。
「ギャギャ!」
 シャチたちは音を発し、スライトリーを追いかける。
 ──あ、やられた。
 スライトリーは気付いた。進行方向には、でかいビルが建っていた。このビルのせいで、逃げ場をなくしてしまうかもしれない。
 ──それを知ってこっちに逃がしたか。
 だがスライトリーは慌てなかった。このビルには前に入ったことがある。──うまくやれば、ピンチどころかチャンスだ。
 東京に建つほとんどのビルは、窓があっても散乱した内部に入ることはできない。だがスライトリーは、
 ──確か真ん中の辺り……あった!
 その小さな窓から、ビルの中に飛び込む。
「ギャギャー!」
「ガーガー!」
 シャチたちが声を上げる。イルカは入れても、シャチには小さ過ぎて入れないからだ。スライトリーは、部屋の中からシャチたちの間抜け面を窺う。
 シャチたちは、辺りを回りながらスライトリーをにらんでいた。
「クェクェ。アホどもめ」
 言って、スライトリーは変な顔──口を大きく開けて舌を動かす──をしたが、シャチがどう思ったかまではわからない。
「ほかの奴らはどうなっただろう」
 こうして落ち着いてみると、それが気になりだした。
 スライトリーも、ここでこうしてる以上動きが取れないし、いつまでもこうしてるわけにはいかない。
 こうしてるわけにはいかない。それは分かっているのだが、今はどうすることもできない。
「くそっ。俺たちゃ、アイツらにだまされたかな」
 スライトリーは、豊の顔を思い浮かべた。


 肝臓はおいしくないため、ほとんどの動物が喰い残すと言われる。──シャチもその例外ではなく、肝臓を含むいくつかの内蔵を残して、イルカたちを食べてしまった。
「ひいー、怖いよー。私も食べられちゃうのかなー」
 オンナイルカのキャンドルは、ビルの間で震えていた。裏路地だが、シャチが通れるだけのすきまがある。
「ギャーガー!!」
 シャチの声が聞こえた。キャンドルは思わず、ビクッとしてしまう。
 イルカやシャチといった鯨類は、エコロケーションを使う。視覚的に姿を隠すことが出来ても、超音波によって見つかってしまうことがある。キャンドルはそれを怖れていた。
 さらに。
 イルカはほ乳類であるため、永遠に潜っていられるわけではない。いつか空気を吸いに出ていかなければならない。
「助けて……助けて……」
 キャンドルは祈っていた。


 だんだん苦しくなってきた。
 スライトリーは、ビルの中からシャチたちを見ていた。──シャチたちは三頭いるため、スライトリーを見張りながら交互に呼吸をしに行っている。
「ちくしょうめ」
 スライトリーは独りごちた。──本格的に息が苦しくなる前に、なんとかしなければならない。
 何かないか。そう思って見回しても、エビーナが泳いでいるだけ。
「エビーナか……。役に立たんな」
 スライトリーはつぶやいてみて、ふと気付いた。「いや待てよ。光る方のエビーナなら……」
 スライトリーは、隅の方にかたまっている発光エビーナに近付く。そしてそいつらに触らないように、胸びれで水を掻く。
 発光エビーナは抵抗しながらも水に押され、スライトリーの思う方向に動く。
 ──よしよし。あとはコイツらを……。
 スライトリーは、発光エビーナたちを窓から押し出した。シャチたちは、それを不思議そうに見ている。
「さあ、シャチたちにぶつかって来い!」
 スライトリーはエビーナに命令する。が、言うことなど聞くわけもなく、ビルの中に必死で戻ろうとする。
 スライトリーが押す。エビーナは戻ろうとする。そんなことを繰り返していると、シャチの一頭が近付いてきた。──とは言っても遠巻きに見ているだけで、エビーナのそばまでやってこようとはしない。発光エビーナに危険を感じるのだろう。
 ──それならば……。
 スライトリーは窓の外に出た。
「ギャ!?」
 シャチが驚きの声を上げる。続いて「ギャーキー」と騒ぎ出す。逃げられる、とでも言ってるのか。
 スライトリーは、発光エビーナをコントロールしながら移動を始めた。──とりあえずは呼吸をしたい。上へ上へ向かう。
 シャチたちも、用心深くついてくる。
「──バカめ!」
 と、スライトリーは突然スピードを上げ、発光エビーナを置き去りにした。
「ガカッ!?」
 シャチたちが慌てた声を出し、スピードを上げて追いかけてくる。
「引っ掛かった!」
 スライトリーは振り返り、発光エビーナの塊に「カッ!」と超音波を放った。
 ──予想以上の爆発が起こった。


「ひっ!」
 ビルの間に隠れていたキャンドルは、どこかで聞こえた爆発に身を縮めた。「何、今の?」
 爆発音がどこで起こったのか。そして、なぜそんなものが起きたのか。キャンドルは知りたかったが、このビルの間に隠れている以上何も分からない。
 キャンドルは、思い切って出てみることにした。──周りの様子を知りたかったというのもあるが、何よりも息が苦しかった。
 ビルの間から顔だけを出し、辺りを見回す。
 少し離れたところで、シャチ数匹とイルカ、人間ペア数組が戦っていた。
 シャチとイルカ。イルカは人間と組んで初めて、シャチと同等に戦えるようになる。それなのに、何もシャチと人間が手を組むことはないではないか。キャンドルは、由貴子にもそれを言ったのだが「仕方ない」とだけ言われた。そしてこういう事態が起こった。裏切られたような気持ちになったのも、仕方ないことだ。
 だが人間を責めてみたところで、今がどうなるわけでもない。キャンドルは頭を振って、余計な考えを消す。
「がんばらなきゃ」
 キャンドルはつぶやき、ビルの側面を伝って海面に向かう。が、ビルは海面に出る前に終わり、そこから上は剥き出しになっている。ここから上に出ると、シャチに見つかってしまうかもしれない。
 ──どうしよう。
 キャンドルが迷ってビルの屋上付近をうろうろしていると、向こうから誰かが泳いできた。
 ──シャチ!? いや、あれは……。
「スライトリー!」
 キャンドルは声を上げると、ビルの陰から飛び出しそちらに向かった。その途中、海面に噴気孔を出し呼吸する。
「おお、無事だったか」
 スライトリーは、いつものように言った。
「うん、私は。……でも殺されたひとたちも……。あれ? ケガしてる!」
 キャンドルは、スライトリーの体にいくつもキズがあるのに気付いた。そしてそのキズからは、血が糸を引いて海を泳いでいる。
「こんなのはたいしたことない。あ、また新手か」
「え?」
 キャンドルは、スライトリーの向いた方を見た。──二頭のシャチが、こちらに向かってきていた。
「そら、逃げろ」
 スライトリーは、遊んででもいるかのように言って泳ぎ出した。
「キャッ! 待って!」
 キャンドルは慌ててついて行く。──が、もうそれほど怖くはなかった。


 シャチは、人間を取って喰うというようなことはしないが、体重7tという巨体が持つ力は脅威だ。
「おい、大丈夫か?」
 スライトリーは、海底にうずくまる人間に話しかけたが、返事はなかった。
「おい」
 もう一度言ってくちばしで押すと、その人間は崩れ落ちた。「……死んでやがる」
「イルカだけじゃなくて、人間まで……。皆殺しにする気かな」
 キャンドルが言う。「シャチたちの目的が分からない。私たちがジャマなのかな」
「さあな。だが、シャチたちが意思を持ってやってることは確かだ。……人間の指示ということも考えられる」
「まさか由貴子さんたちを疑って!?」
「とは言わんが、アイツらが去ってからシャチがやってきた。もともと、ここは人間の住んでたところだからな。シャチと人間で、ここに住むつもりなのかもしれん」
「それじゃあ、ここから逃げればいいわけね」
「まあ、そういうことになる。だが、俺たちだけで逃げるわけにはいかない。それに……」
「それに?」
「逃げなくてもここにいれば、シャチどもにも負けることはない」
 言ってスライトリーは、噴気孔から空気の輪を吐き出した。


 一頭のイルカが、四頭のシャチに追われていた。
「キィー!」
 シャチが音を発すると、そのイルカは弾かれたようにバランスを崩し、動きを止めてしまった。
 マヒし動けなくなったイルカに、シャチが迫る。
「くそっ。ここまでか」
 そのイルカが観念したとき、シャチが爆発した。いや、正確にはシャチたちのいた辺りが、爆発を起こした。
「ぐあっ!」
 爆発が近かったため、そのイルカも爆風に巻き込まれ噴き飛ばされた。
「いってー!」
 外傷を負い、のたうち回っていると、別のイルカの声がした。
「おい、そのくらいガマンしろ。助けてやったんだ」
「……スライトリーか」
 そのイルカは言い、痛みをこらえながらスライトリーを見た。「今のはお前のしわざか」
「なんだ。あまりありがたそうじゃないな」
「……シャチどもは、どうなった」
「死んだ。四頭ともな」
 スライトリーが言って、シャチたちの屍骸の方を向く。
「……たいした奴だよ、お前は」
 そのイルカは言った。


 豊が戻ったとき、東京は静まりかえっていた。
「遅かったか……」
 言って豊はうなだれた。そしてその前を、喰い残されたイルカの内臓が漂う。──ピンク色が生々しい。
「クソッ! シャチども、どこだ!」
 豊は声を上げた。「出て来い! 俺がぶっ殺してやる!」
 そして、そこら中を泳ぎ回る。
「どこだ!」
 豊は、しばらくうろうろと動き回った。
 が、イルカの姿もシャチの姿も見つけられなかった。見つかったのは、イルカの内臓と人間の死体だけだった。
「クソッ! スライトリー、どこだ!」
 豊が叫ぶと、近くのビルから声がした。
「──なんだ」
「スライトリー!?」
 豊がそのビルの方を向くと、スライトリーは中からゆっくり出てきた。──胸びれで、何か光る物を動かしている。
「無事だったか、スライトリー!」
「悪かったな、無事で」
 スライトリーは、言いながら豊をにらむ。
「……なんだ。どうした?」
「やってくれたじゃねーか。シャチどもと、ここに住むのが目的か」
「はあ?」
 豊は、スライトリーの顔をのぞきこむ。
「何が、『はあ?』だ。お前らがここにシャチを送りこんだ。そうだろうが」
「何言ってんだ、スライトリー! それは誤解だ!」
 これはまずい。そう思った豊は慌てた。「俺たちもだまされたんだ! だからこうして戻ってきた。俺たちがお前らイルカを裏切るわけがないだろう!」
「──でも、一度私たちを捨てたよね」
 いつの間にかスライトリーの隣りには、イルカのキャンドルがいた。
「そ、それは……」
 豊はどもる。
「もしもお前らが裏切ってない、としても……」
 スライトリーは言う。「もうお前らとは一緒に暮らせない。それが一番いい。みんなで話し合って、そう決めた」
 ──気付くとスライトリーの後ろには、何十というイルカが集まってきていた。
「もう俺たちは、お前ら人間の力を必要としてない。シャチにも負けない力を手に入れた」
 スライトリーは言うと、両の胸びれで動かしていた光るものを、豊の方に押し流した。
「これは……発光エビーナ?」
 豊は、不気味に蠢くエビーナたちに触れないよう身をよじる。──が、エビーナたちは、豊の逃げる方に向かってくる。
「なんだ、コイツら!?」
 言いながら手で水を押し、エビーナを遠ざけようとする。──離れない。
「ムダだ。そいつらは何かの近くにいたがる」
「じゃあどうすればいい」
 豊は、発光エビーナを遠ざけながら言う。
「知るか。しばらくそうしてろ」
 スライトリーは言って、後ろを向いた。そして「ピィー」という高い音を出すと、仲間のイルカとともに去っていった。
「お、おい! スライトリー!」
 豊は叫んだが、どうなるものでもなかった。


「何してんの?」
 ようやくやってきた春菜が言った。
「何って、エビーナを追い払ってんだよ。見りゃ分かるだろ」
 豊は、不快に言った。「あー、もう腕が痛い。代わってくれ」
 そう言って豊は、春菜の方にエビーナを押し流した。
「え、何? キャッ! 何これ、離れない!」
 今度は、春菜がエビーナを追い払い続ける。
「スライトリーにやられた」
 豊が言うと、
「スライトリー!? 無事だったんだ!」
 春菜は腕を休めず言う。
「ああ、無事だった。確かに多少の犠牲は出たみたいだけど、半分以上のイルカが無事だったみたいだ」
「……それでも半分、か。でもシャチたちは?」
「スライトリーの口ぶりからすると、全滅させたらしい」
「全滅!?」
 春菜は驚く。「それはすごい。──ああ、でも、それよりこの発光エビーナなんとかしてよ」
「なんとかできたら、とっくの昔になんとかしてるよ」
 豊は言って首を振る。「あ、そうだ。みんなは?」
「みんなは、それぞれ仲のよかったイルカたちを捜してる」
「……そっか。残念がるだろうな、みんな」
「そうね。仲のよかったイルカが殺されてるかもしれないんだから」
「いや、そうじゃなくて……」
 豊は、スライトリーの言ったことを説明しようとして、ふと気付いた。「そうだ! このエビーナは、何かの近くにいたがる習性があるって言ってた。それはつまり、物でもいいわけだ」
 豊は言うと泳ぎだした。
「ちょ、ちょっと!」
 春菜は言う。
「こっちだ。こっちに来い」
 と、豊は近くのビルに向かう。春菜も、エビーナをコントロールしながら移動する。
「さあ、この壁に発光エビーナを近づけるんだ。そしたら……」
 豊が言い、春菜は言われた通りにやる。
「ほら! 離れ……アレ?」
 豊は首をひねる。
「離れないじゃない!」
 春菜は怒るが、「でも分かった。やりたいことは分かった」
 と、冷静にも言った。
「つまり、こういうことよね」
 言いながら春菜は、ビルの窓から中に移動する。豊は後をついていく。
「私の予想だと、こういうことだと思う。つまり、発光エビーナは物のそばにいきたがる。でも、ただの物よりも生物がいい」
 春菜は言いながら、発光エビーナを普通エビーナの群れに近づけた。──発光エビーナが春菜から離れる。
「ほら」
 春菜は言うと変な顔をしながら、「退散退散」とビルから逃げる。
「動物は、動くときに弱い電力を出す。発光エビーナは、それをエネルギーにしてるのかもしれない」
 春菜は、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、ブツブツと言っていた。
「ふーん」
 豊も、適当に相槌を打っておいた。
「──考えたもんだな」
 ビルから離れたところで声がした。二人がそちらを向くと、そこにはイルカの姿があった。
『スライトリー!』
 豊と春菜は、声を合わせる。
「さて、エビーナも片付いたことだし、そろそろ出ていってもらおうか。お二人さん」
 スライトリーは言った。
「出て行くって、どこから?」
 春菜が不思議そうに言う。
「なんだ、まだ聞いてないのか」
 スライトリーは豊を見る。
「ああ、まだだ。──でもスライトリー。話し合いの余地はないのか? 俺たちはやっぱり……」
「話し合いなど必要ない。お前たちはシャチの元に帰ればいい」
「えっ、何? 私たち疑われてるの?」
 春菜が驚く。「違う、スライトリー。私たちはだまされて……」
「そんなことは知らん。お前らは、一度シャチと暮らすと決めた。そんな奴らが『はい戻りました』と言って、なぜ受け入れなければならない」
「調子が良過ぎる……ってことね」
 春菜は声を落とした。
「そんなとこだな」
 と、スライトリー。「お前らはシャチと暮らせばいい。それが一番いい。──だがもし、またここを攻めてきた時には……」
 と、スライトリーがビルの方を向くと、突然ビルが爆発した。
「キャッ!」
 春菜が、手遅れに耳をふさぐ。
 ビルは、砂煙を上げながら崩れさる。
「まさか、今のはお前が……」
 豊が驚いて言うと、スライトリーは、
「そうだ。これでシャチどもを全滅させた。もう俺たちに怖いものはない。俺たちに手を出そうとするなら、覚悟しておけ」
 スライトリーの声は、冷たかった。


 東京から追い出された人間たちは、イルカの海とシャチの海、そのちょうど真ん中に集まっていた。
「お前らのせいで、俺まで追い出されちまっただろうが!」
 不細工な男は怒鳴った。──シャチのもとに行かず、東京に残った人間のひとりだ。シャチに殺されかけたあげく、東京から追い出された。納得がいかないのだろう。
「結果的にそうなっただけだろうが! お前と一緒にすんな!」
 意味不明の反論をしたのは、真次だった。
「二人とも、そんな不毛な言い争いしてどうなる!」
 豊が声を上げた。「確かに、こんな事態を引き起こしたのは悪かった。イルカも殺され、六人の人間も殺された。だけど、今大切なのはこれからのことだろう」
「チッ」
 不細工な男が舌打ちをし、ふてくされたようにそっぽを向いた。が、それ以上は何も言わなかった。
「──じゃあ、これからどうするか。もう一回話し合お」
 由貴子が、場を収めるように言った。
「そうね」
 と、後を受けて春菜が言う。「さっき誰だったか、シャチと暮らそうって言ったよね。いい意見だと思うけど、私は反対」
「どうして?」
 言ったのは太めの女、玲奈だった。
「節操がない」
 誰かが言った。
「節操とかどうでもいいんじゃない?」
「そうだよ。俺たちはしょせん、陸の生き物なんだ。海の生き物の力を借りずに生きて行くことは難しい。イルカたちに捨てられた今、シャチに頼るしかないだろう」
「いや、いつまでも他の生き物に頼ってちゃいけない。自立しなけりゃいつか滅んじまう」
「滅びるも何も、もう終わってるよ!」
「シャチのところには博士がいるじゃないか! 何か考えがあるに違いない」
「イルカのところに戻るって手もあるぞ」
「それはもうねーよ!」
 話し合いは数時間に及んだが、答えはいつまでたっても出なかった。だが、シャチと暮らすべき、という意見に傾きかけてはいた。
 ──結局この日は一度解散し、話し合いは明日に持ち越し、ということになった。


 豊は、ひとり海底に座り込んでいた。──さほど深くないところなので、水圧もさほどではない。
「はぁ……」
 面倒なことになった。豊が頭を抱え込んでいると、背中から声をかけられた。
「そんなに考え込むこと、ないんじゃない?」
 その楽天的な物言いに腹が立ち、
「考え込んで悪いか!」
 怒鳴って振り返ると、「あ、由貴子さん……」
 豊は謝ろうと思ったが、由貴子が先に、
「ご、ごめん」
 と、顔を引きつらせて言った。
「あ、ごめん。あの、春菜かと思って……」
 豊は弁解するが、由貴子は言葉を失くしてしまったのか話せないでいる。
「えと、なんだった?」
 豊は、聞いてみる。──由貴子は、何か用事があって話しかけてきたはずなのだ。
「あ、ううん。話しかけてみただけ。そういえば、春菜ちゃんは一緒じゃないの?」
 そう言って由貴子は、ちょっと笑顔を見せた。豊はほっとする。
「俺たちだって、四六時中一緒なわけじゃないよ。でもどこ行ったかな。用でも足してんじゃないかな」
「ふーん。……あのね、ちょっと聞いてもいい?」
「何を?」
 豊が訊き返すと、由貴子はちょっと迷ってから、
「あの、真次さんって、ちょっと変わってるよね」
「真次さん?」
 豊は、顔をしかめた。「あの人がどうかした? あ、なんか変なことされた?」
「ううん。そういうことじゃなくて……」
 由貴子は首を振る。「最近よく話するんだけど、何考えてるか分からないっていうか、ぼんやりしてるっていうか……。あと、時々意味の分からないこととか言うの」
「そういう人なんだよ」
 豊は笑う。「あの人とまともに話してもしょうがない。意味の分からないこと言った時は、無視してればいいんだ」
「それじゃあんまりじゃない?」
「でも、そうするしか対処のしようがないもんなあ。あ、そうだ。あの人って、陸にいた頃は作家だったんだって。だったらおかしいのも納得できるよね」
「作家!? それは初めて聞いた。でも、作家だからおかしいのかな。おかしいから作家とも言えるよね」
「ああ、そうか。でも確かなのは、あの人はおかしいってことかな」
 そう言って豊が笑うと、
「失礼な奴だな」
 と声がした。振り返ると真次がいた。
「あ、真次さん。えーっと、アレですよ。アレ」
 豊は、驚きながらも弁解しようと何か考える。が、真次がそれよりも先に、
「分かってる分かってる。おかしいってのもいい意味で、だろ?」
「はあ?」
 豊は思わず眉をひそめてしまったが、「そ、そうですそうです。いい意味で言ったんですよ」
 と、答えておいた。
 ──この人は本気で言ってるのだろうか。それとも、気を使ってくれているのか。もしくは冗談か。
 豊はいろいろ考えてみたが、やっぱりこの人はおかしい、という結論に落ち着いた。ほかに言いようがない。
「ところで豊よ」
 真次が言った。
「は、なんスか?」
「俺、シャチのところに行くわ」
 その真次の言葉に、驚きの声を上げたのは由貴子だった。
「どうして!? まだみんなと話し合ってないじゃない!」
「いや、俺はね、由貴子ちゃん。細江博士とは昔からの知り合いなんだ。よくしてもらってたんだ。だから博士のところに行く。もう決めた。今から出発する」
「今から?」
 豊は、眉間にしわを寄せる。「それはつまり、団体行動はやめて自分のやりたいようにやるってことですか?」
「まあ、そういうことかな」
「でも話し合った結果、ここにいるみんなもシャチと暮らすってことになるかもしれないんですよ」
「そんなことはしらん」
 真次は言い放つ。「俺は自分のやりたいようにやって、生きたいように生きる。人の行動に縛られるつもりはない」
「……そうですか」
 豊がうなずくと、真次は片手を上げ、
「じゃあな」
 というと、暗くなりかけた海を泳ぎ出した。
 ──やれやれ。そう思って豊がため息をつくと、
「待って! 真次さん!」
 と、由貴子が声を上げた。真次が振り返る。
「あの……また……またね!」
 由貴子は、言って手を振った。
「……ああ」
 真次はそれだけ言うと、ちょっとだけ手を振り返した。
 豊と由貴子は、真次の姿が見えなくなるまで見送っていたが、豊は真次よりも由貴子が気になった。──寂しそうだったのだ。
「──あれ、どうしたの? 二人とも」
 この時春菜がやってきて、不思議そうに言った。


 次の日集まったとき、いないのは真次だけではなかった。
「半分もいないよな」
 思わず豊は、春菜に同意を求める。
「え……と、十三人だからちょうど半分。半分はいる」
「なんだそりゃ」
 豊は、春菜に文句を言ってしまう。
「聞いたところによるとね……」
 由貴子がフォローする。「ほとんどがシャチのところに行ったとか。あとは連絡なし」
「……そっか」
 豊はうなずいておいた。
 しかし、これはどういうことなのか。豊は悩まずにはいられなかった。
 ──昨日の時点でシャチのところに行く、というように話は傾いていたはずだ。それならば、今日の決定を待って一緒に行けばいいではないか。にもかかわらず、単独行動をしたがる。それはつまり……。
「……俺が気に入らないのか」
 豊がつぶやくと、春菜が慌てたように、
「そんなこと!」
 と首を振る。「みんな自分勝手なだけよ!」
「いや、それでも半分も行くなんておかしい」
 豊が言うと、
「そうね。確かに豊くんが気に入らないのかもしれない」
 そう言ったのは由貴子だった。「ここに残った人たちも含めて、生き残った人たちっていうのは、どこか優れたところのある人ばかり。そしてそういう人間は得てして、ひとクセもふたクセもある。でも──こう言っちゃ何だけど、豊くんにはこれと言った取柄もない。その上、まだ若い。あと、失敗もあったよね。──リーダーとして認めないってことかもしれない」
 そう言って由貴子は、豊を直視する。──豊は、その視線を威圧的と感じた。
「それはつまり、由貴子さんもそう思ってるってこと?」
 豊は訊く。
「えーっと、確かに最初は何でもない人に見えた。でもそれは、あまりに豊くんが自然に見えたから。陸にいるときと、それほど違って見えないから。──それがどれだけすごいことか、分かってる?」
「いや、あんまり」
「そうよね」
 由貴子は言って笑顔を作る。「これから大変だと思うけど、がんばってね。リーダー」
「……うん」
 豊は一応うなずいたが、妙な違和感を感じていた。


 豊たち一行は、シャチの海に向かって泳いでいた。
 ──イルカたちと別れ、シャチのもとに向かった。そして細江にだまされたことを知り、イルカたちのもとに帰った。だが、イルカたちは人間を受け入れなくなっていた。そこでまたシャチのもとに行く、というのは節操がないが、イルカたちがシャチを脅かす力を手に入れているならば、問題はない。シャチの方が弱いのだから、そちらにつくのは悪いことではない。
 結局、話し合いの末そう決まったのだ。
「──しかし、何で俺がリーダーなんだ」
 豊は、泳ぎながら独りごちた。──みんながリーダーリーダーと言うから、知らないうちにリーダーにされている。望んでなったものならともかく、知らないうちに祭り上げられ、その上その資質を問われている。
 豊はそのことを考えると、ここのところイライラするのだ。
「何ブツブツ言ってんの?」
 併泳しながら、春菜が訊いてくる。
「なんでもねーよ」
 豊は言った。


 二日ぶりに会った細江は、数匹のシャチとともに豊たちを迎え入れた。
「ひさしぶりだね、豊くん」
 ただの二日ぶりだ。この冗談に豊は、
「そうですね」
 と愛想なく答える。
「おや、どうした。機嫌が悪いようだが?」
 細江は、何食わぬ顔で訊いてきた。
「当たり前でしょ!」
 豊に代わって春菜が怒鳴る。「何なのこれは! 全部計算通りってわけ? 何だと思ってるの私たちを!」
「計算通りだって? バカ言っちゃいけないよ、春菜」
 言って細江は、口をすぼめる。「考えて見るといい。シャチたちがイルカに返り討ちに遭う、なんて計算できるものか。私はイルカたちから、本気で東京を奪うつもりでいたんだ。……まあ確かに、イルカたちが人間を信用しなくなる、という計算はあったがね」
「やっぱり計算通りじゃない! 私たちがどれだけ!」
「もういい」
 春菜の言葉をさえぎって豊が言う。
「でも!」
「いいんだ。もう過ぎたことだ。大切なのはこれからのことだ。──細江博士。ひとつ聞きたいことがあります」
「何かな?」
 と細江。
「シャチたちがイルカに負けてしまう、という事態が起こった今も、東京を奪い取るつもりなんですか? それとも……」
「東京は人間の住むところだ」
 細江は言った。
「そう……ですか。じゃあ、また東京にシャチを送りこむつもりなんですね?」
「そのつもりだ」
「……分からない」
 豊は首を振る。「どうしてそこまで、東京にこだわるんです? 何か理由があるんですか?」
「今は言えない」
 細江は、それだけ言った。
「なぜです? 理由が分かれば、俺たちだって対処のしようがあります。教えてくれなければ、反対するしかない」
 豊は顔をしかめて言う。
「言ったところで同じだよ。──ところで」
 細江は、話を替えようとする。「シャチたちがイルカにやられた理由。実は、私にはその理由が分かりかねているんだ。実際、やられたところを見ていないし。誰か知らないか? イルカと暮らしてた君たちなら、あるいは何か知っているんじゃないかな。どうだ?」
 細江は言って、豊たちを見回す。
「それを知って、どうするんです?」
 豊が言うと春菜も、
「そうよ。もし知ってても、教えるわけない。……それにしても」
 と、春菜の厳しい表情が一転、悲しそうになった。「どうしちゃったの、お父さん。そんなにイルカが嫌い? そんな人だった? 私の知ってるお父さんは……」
「優しくて面白い人だった、か?」
 細江は春菜を見つめて言う。「違うよ春菜。お前の知ってるのは、家庭の私だけだ。仕事と任務を果たそうとする私を知らない。こんな形で、本当の私を見せることになるとは思わなかったけど」
「そうでしたね、細江博士」
 そう言ったのは由貴子だった。「でも昔の博士はイルカたちも大好きで、生命を尊重する人でしたけどね」
「言うようになったね、由貴子くん」
「恐れ入ります」
 言って、由貴子は頭を下げる。
「で、由貴子くん。君は知ってるんじゃないか? イルカがなぜ突然強くなったのかを」
 この問いに、由貴子が答えようとした時、
「──おー豊。結局お前たちも来たんだな」
 と、男の声がした。見ると、シャチにまたがった人間がそこにいた。
「あ、真次さん」
 豊は、無感動に言った。
「なんだ豊。相変わらず愛想ねえな」
 真次は言ったが、豊は内心で舌打ちする。──俺に愛想がないんじゃなくて、アンタに対して愛想がないだけだ、と。
「真次さん真次さん!」
 由貴子が、アピールするように声を上げた。
「おー由貴子ちゃん。元気にしてた?」
 真次は言う。
 ──何言ってんだ、この人は。昨日の今日じゃねーか。豊は顔をしかめる。
「そうだ、真次くんがいたな」
 そう言ったのは細江だった。「真次くん、後でちょっといいかな」
「は? なんでしょう?」
 真次は、とぼけた顔をする。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「なんかくれますかねえ?」
「あーやるやる」
 細江は言うと、豊の方を見てニヤッとした。


 暗くなってきた。
 シャチたちと合流したこの日は、妙に気疲れしてしまっていたので、早めに休むことにした。
「ねえ。真次さんって、ベラベラしゃべっちゃわないかな?」
 春菜が、海底の砂に転がりながら言った。──ラビング。春菜の習慣として、寝る前にはこれをやって体をキレイにする。
「いやあ、いくら真次さんでもそりゃないだろ」
 豊は言ったが、言葉に自信はなかった。
「いくら真次さんでも、か。──ところで、スライトリーが起こした爆発って、どうやったのかな」
「発光エビーナを使ったんだろ?」
 豊が言うと、春菜も、
「やっぱりそうかな。でも、前まであんなことできなかったよね。突然できるようになったのかな。それとも、私たちには秘密にしてたのかなぁ」
「さあな。もしかしたら、追い込まれて編み出したものじゃねえかな。必要は発明の母って」
 豊は言って、ゴロゴロと転がる。
「ところでさ」
 春菜がラビングを止めて言う。
「ん?」
 と、豊。
「シャチも、攻撃してこないって分かってれば、結構かわいいよね。私、もともとシャチ好きだったもん。仲良くなれるといいな」
 無邪気に言う春菜に、豊は、
「そうだな」
 と、微笑んでおいた。
 だが、二人とも分かっていた。シャチとの生活も、すぐに終わるだろうと。