ドラゴン・ドラゴン
作:羽柴そよか





 料理店『ドラゴン・ドラゴン』、それはこの国の人間なら誰もが知る、王宮御用達の料理屋の名前だ。王都より少し離れた森の入り口に、ただ一つだけ店を構えて、一族で代々その味を受け継いでいる。
 それは一般人なんかに届きやしない高み所だ。あこがれや理想を一気に引き受ける。
 今、俺はその料理屋を見上げていた。


 木製の粗末な椅子、木製の粗末なテーブル。数えて……三組。まるで夕暮れ時のように消えそうで消えない危なげな、オレンジの照明。ばたばた、がたがたと隙間風は店内に音を立てて、耳に不信感をうえつける。
 加えて、俺の他に客は無し。
 俺は腑に落ちないながらも席に着き、店内を疑いの目で見回していた。手元にあるメニューを見る気にもなれない。
「(本当にここはドラゴン・ドラゴンか? )」
 一瞬、間違えたんだと思ったけど、入る前には何度も看板を確認した覚えがある。メニューにも『ドラゴン・ドラゴン』と書いてある。
 偽物か? いや、いくら何でもそんな恐れ多い事するやつはいないだろう。俺は唸った。唸って眉を寄せた。眉を寄せて、テーブルに突っ伏して……
「とりあえずどうするかぁ?」
 悩んだ……


「ご注文はお決まりでしょうか、お決まりですね」
「うわあっ! 」
 俺はデコがテーブルにつくほどに前傾していた。だから、飛び起きたって言う表現がぴったりなくらいの勢いで"ぎゅん"っと起きあがり、その声に対して距離と警戒を持つ。
 足音も気配もなく、俺の真後ろにウェイターが立っていた。
「び・・・っくりした」
「ありがとうございます」
 何で礼を言われたのかが分からない。
 彼は、目にかぶるほどに長い前髪(うつむいているだけか? )、ぴっちりと着込んだ白いワイシャツと黒いエプロン。わりと細めで……どういう反応を示したらいいのか、やっぱりエプロンには『ドラゴン・ドラゴン』の文字。彼は言った。
「ご注文を繰り返します、ご注文は『まったりキノコのらんどせる風・少年時代が過ぎ行けば……』でよろしいですか、よろしいですね。」
「は、ランドセル? 」
 注文した覚えなんてないし、そんな奇怪なメニューは聞いたことがない。淡々とメニューを告げる彼に、思わず聞き返した。俺からしても何に対して聞き返したのか分からなかったけど、疑問が口をついて出てしまった。
 微動だにせず、俺の疑問にも答えず、ウェイターは俺を“見る”だけ。時間が無駄に過ぎていく、そして……言う。
「……分かりました、『あたかも、あなたも、なかなかの、ロミオ&ジュリエット』をおつけしましょう」
「それが何の話なのか教えてくれ」
 料理屋、だよな。食い物の話なのか?
 ウェイターは言うだけ言うと、手元のメモに何かを書き込み……どうも字を書いているようには見えなかった。一礼して去っていく。俺の意見なんてどうでもいいようだ。やっぱり足音一つなく厨房へと帰る。
 このまま見送っていいのかとか、このまま俺はここにいていのかとか、あらためて色々な不安要素がかえってくる。ウェイターの様子を見ながら、何で俺はここにいるんだなんて根本を考える。でも……
「(今更だよな)」
 とか思う。逃げるのも不可能じゃないと思うけど、ここで逃げて、俺の身に何にもない保証も、ないような気がするんだ。こうなったら、正体不明な『ドラゴン・ドラゴン』を明らかにしてやろう。
 命を落とす前に逃げよう、そう心に誓いながら、俺は再びテーブルにつっぷし、訳の分からないイライラを、がりがりと両手で頭を掻くことで何とか消費した。


 次に奴があらわれたのは、ぴちゃん、ぴちゃんと、ホラーにはありがちなシチュエーションを伴ってだった。ウェイター独特のなめらかな手つきで、俺の前にその物体を置く。
「お待たせいたしました『まったりキノコのらんどせる風・少年時代が過ぎゆけば……』で、ございます」
「……」
 俺は目の前に置かれたそれを見た。
 程良く湯気の登る茶色いスープの中を、緑の不思議が泳いでる。
「有機ものばかりを使っておりますので、ちょっと活きがいいかもしれません」
「……へぇ、活きがいい」
 茶色いスープの中を泳ぐ緑の不思議が"ぴょいん"と跳ねて、再びスープに戻ったときに"パシャン"とその中身をばらまいた。
 中身……四分の一くらい無くなったんじゃないか?
「……」
 黙り込みたくもなった。一応はスープ用のスプーンを握りしめ、口の端をひくつかせる。
「お飲みにならないのですか?」
 飲んだ方がいいのか、やっぱり。仮にも『ドラゴン・ドラゴン』を名乗る料理店だ、見た目はびっくりだがうまいのかもしれない。
「お褒めにあずかり光栄です」
「俺は何もいってないぞ! 」
 突然横に突っ立っているウェイターが一礼する。頭の中で色々考えてはいたけど……怖い考えが浮かんで、ぱたりと思考を止め、目の前の飲み物? に集中することにした。
 奥の方からスプーンを差し込み、手前に寄せるようにしてすくう。その際……とりあえず有機もののなんだか分からない生物は避けることにした。
「 !! 」
「おや、ラッキーですね。普通は有機ものの方から逃げてしまうのに。なつかれておりますね」
 ウェイターがにんまりとした不気味な笑顔で、ぱんぱんと手をたたく。本気なのか?
 俺の手元のスプーンには……やつが乗っていた。あろう事か飛び乗ってきたんだ。そして今度は四分の三以上のスープがスプーンの上から消えている。
 顔の前まで持ってきたスプーンと、そのスプーンの上で踊る有機もの生物と対峙しながら自分の冷や汗がぽたり、ぽたりとこぼれていくのを感じた。こんな経験初めてだ。


「さあ、お食べになって下さい、我が料理屋自慢のびっくり料理を。私ミック=ドラゴンはあなたを歓迎します」
「ミック=ドラゴン?」
 意味もなく、ふと呟いて横を見ると、ウェイターが俺の方をじっと見ていた。さっきからずっとか?
 おぼろげな明かりの中にぼんやりとその姿がある。にいっと笑う人より大きな口、片方だけ髪の間から覗く目。まるで魂の入っていないようなその声で、歓迎するなんて言われて見れば……なお不気味だ。俺は思わずスプーンを手を放す。
 不思議生物が一緒にテーブルに落ちて悲鳴(?)を上げた。
「料理屋『ドラゴン・ドラゴン』へようこそ」
「うわあぁぁぁぁっ! 」
 俺は出来るだけ奴から離れようとした。椅子から転げ落ちて、テーブルひっくり返して、それで何度も転んで扉に逃げた。やっぱり最初に逃げときゃぁよかったんだ。こんな店、入ったとたんに引き返すべきだったんだ。
 走っても、走っても出口にたどり着かない。なんでだよくそっ!
 振り返れば、足音無くあのウェイターが追ってきてる。
「勘弁してくれ、助けてくれ! 」
 こんなに必死に助けを求めたのは、ガキの頃以来だ。


 白い天井……夢か。とんでもない悪夢だ。
「目が覚めましたか?」
「うわあぁぁぁっ! 」
 あのウェイターと同じ声に、びくりと身体をふるわせて、思わず飛び起き身構えた。何と戦うんだって気もするけど……もう、あんな場所はこりごりだったんだ。
「アレ……」
 だけど、そこにいたのはそのウェイターなんかとは全然違う。年も背格好も似てるけど、ちゃんと身なりの整った、落ち着いた青年だ。あの不気味なウェイターとは全くの別人だった。
 この部屋も、太陽の光をいっぱいに入れた明るい部屋で、高級そうな家具ばかりがセンス良く並べられている。俺の横になってるこのベットも高そうだし、青年がさっきまで資料整理をしていたらしいテーブルも高そうだ。
 青年は俺のベットの横で愛想よく笑っていた。
「店に入ったとたん倒れられたのです、気分はいかがですか? 」
「え……店? 」
「料理屋『ドラゴン・ドラゴン』です。覚えていらっしゃいますか?」
 彼の言葉で、一瞬あの不気味な店が巡ったけど、王宮御用達の店という常識を思い出すのに、そう時間もかからなかった。
「(全部夢だ、幻だ! なんだ、よかった! )」
 自然と顔が笑ってしまい、軽く涙目になる。
「覚えてる、覚えてる! 俺はこの店に来たんだ! 」
「そうですか」
 彼は立ち上がり、先ほど資料を整理していたテーブルへと向かった。かさかさと紙をより分け、その中の一枚を抜き取る。じっとそれを上から下へと流して読んで、そしてその紙を持って俺の元へと歩いてきた。歩きながら話し始める。
「あまりに突然のこと、驚かれると思われますが……聞いていただけますか。遺言があるんです」
「は、遺言? 」
 あんまりにも唐突なその言葉に、どう対応していいのか分からない。せいぜい眉を寄せて聞き返すだけだ。青年は持ってきた紙をじっと見つめたまま、口元に手を持ってきて考え込んでいる。
「昔この店は、今のように世界に通じる料理を作る店ではありませんでした。世界に一つしかない、"びっくり料理"の店だったのです。そのオーナーは一代で、料理の基本と極みを作り上げた方でしたけど、結局後継者を残さず他界してしまったんです」
 なんだ突然、彼は少し意味ありげに微笑した。広い部屋を横切り、ようやく俺のベットの横にある椅子に、腰を落ち着ける。そして俺は……思わず思い出したくもない夢の続きを思い出しそうになって、頬を引きつらせた。
 まさかあんな料理じゃないだろうけど、どことなくかみ合ってて嫌だな。彼は言った。
「遺言はこう、"私の後継者は私が選ぶ、私は今よりずっとこの店に残り続け、私の後継者を捜し続けるだろう"」
 妙な遺言だな、聞き流すくらい適当に話を聞きながら、俺は相づちを打っていた。死んでるのにどうやって後継者を捜すって言うんだろう。そんな常識的な疑問を重ねていると、頃合を測って青年が言った。……少し、遠慮するように。
「あの、寝言でいろいろと……“ミック=ドラゴン”などと仰っていましたが、彼の亡霊にお会いになりませんでしたか? 」
「……」
 どういう意味だそれは、何の話だ。ミック=ドラゴンって言えば……あれだ。夢の中の話だったはずだ。嘘でも何でもなさそうな雰囲気で彼は言うけど、亡霊だと、そんなことは……
 奴の姿を思い出し、どんどん顔が青ざめていくのが分かった。
「王宮御用達でなかった当時のオーナー、ミック=ドラゴンの名前は記録にも残っていません。ドラゴン一族の者だけが、この遺言と一緒に名前を次の代へとつなぐのです。ですから、それを知っているあなたは後継者に他ならない」
 青年は声を弾ませて、胸の前で両手を会わせ、前に乗り出す勢いで言った。俺は彼が前に乗り出してきたぶんだけ反対側……つまり左側に倒れるように後じりする。頭の中ではあの店がフラッシュバックして、ウェイター・ミック=ドラゴンがにんまりとした笑顔で手招きしていた。
 やばい、今こそ逃げなきゃいけない時だ。期待と希望に満ちた青年の視線から逃れるようにごまかし笑いながら、まとまらない考えを必死で助かる方向に考え出した。“落ち着け”と、自分に願う。無害だと思ってた青年が、有害きわまりない者だった。
「逃げちゃダメですよ、逃げてもあなたの後ろにほら! 」
「 !! 」
「いるかもしれないですから」
 冗談のつもりかもしれない、でも、俺は心臓が飛び上がるほどに驚いた。生唾をごくりと飲み込み、顔をこわばらせる。さすがに怖くて後ろは向けなかった。
 でも、もしかしたらどっちでも同じだったかもしれない。目の前にいる青年の顔が、いつの間にかあいつに見えるんだ。にこにこと性別疑うようなポーズで俺に話をしていた彼だったけど、穏やかだと思っていた笑顔も……場合によっては“にんまり”に見える。
 彼は言った。
「私はマリク=ドラゴン、あなたのお名前を教えてください」
「……」
 答えたらお終いだと思う。だけど……相変わらずベットに身体半分乗り出して、きらきらとした目で俺を見続けるマリク。それを横目で流し見て、俺は答えた。
「コータだ、それ以外の名前なんて無い」
 ぼそりと呟いた。飛び上がって手をたたいて喜ぶマリクの様子からすると、どうやら聞こえてしまったみたいだ。俺はその様子を一通り眺めてから、横になってがばっと布団に潜った。
「(どうせ俺は逃げる度胸も、人の期待を裏切る度胸も無いよ! )」
 いいことなのか悪いことなのか分かんないけど、とにかく俺は落ち込んだ。
 ……もういいや


『ミック=ドラゴン、彼は多くの料理を作りましたが、結局後継者を残しませんでした。作った料理も結局度を超してしまって、国王の怒りをかう始末。しかし、彼が天才であったこと、彼の作品が素晴らしいものであった事は間違いがありません。そう思うのです。だから……                                 』