玉子
作:シオン





 唐突ですが、状況説明。
 
 今僕は、何処の町にもあるようなありふれた回転寿司屋の一席に座って、回転する寿司を眺めています。―これだけ書けば充分だろうか。
 唐突になんだとクレームをつける人もいるかもしれないが、誰もこれを読まないという可能性も大いにあるので気にしない。大体、状況説明なんてどのタイミングに挟めばいいかわからない。学校の授業で習いませんでした!なんて開き直ったら、「ちったぁ自分で考えろや!」と怒鳴り返されるだろうか。うーん、どうなんだろうね、そこんとこ。

 そんな風に考えていたら、皿を見ることを忘れていた。ぼやけていたピントを意図的に合わせると、さっきと同じ皿が目の前を通り過ぎていった。ほら、玉子三つが一並び。
 玉子って、やっぱり客のウケが悪いんだろうか。考えてみたら、家で作れないこともない。水気のない卵焼きを小さなおむすびの上に乗せて、細長い海苔で巻けばほぉらお寿司屋さんの玉子だよ……なんてことは、無理だろうか。無理だろうな。子供だって嫌がるに違いない。僕だって、自分で作ったって食べる気はしない。


 僕の視界の画像がいきなり乱れた。零点コンマの速さで脳が反応、なんたらとかいう僕が見たこともない神経を通って目に指令が下される。曰く、「至急画像を司令塔に送りたまへ。」……何故に微妙な古文交じり?
 僕の脳に理科系の知識がもうちょっと詰まっていれば、もっと詳しい名称とか難しい専門用語とかで解説できたんですが。申し訳ない。
 
 まあそういうワケで僕はまた目のピントを合わせてみる。見ると、店員が僕の目の前のところに握りたての海老の皿を置いたみたいだ。この若い店員さん、なんか目が厳しい、っていうか僕を睨んでる?
 まぁ、そりゃあ当然かもなぁと思う。僕はさっきから、皿の方に全く手を出さずにぼーっと見ているだけだ。僕は情けない表情で、頭をぽりぽりと掻いてみた。いわゆる、あれだ、身体言語。店員さんはフンッと鼻息荒く、僕の視界から消えてくれた。なんだよ、ちゃんと「申し訳ない」っていう意思表示をしたじゃないか。どうせ寿司なんて機械が握ってて、アンタは皿を並べて置くかテーブルを片付けるか会計で札を受け取るだけだろ!なんて心の中で毒づいてみる。
 いや、悪意があるわけではないんだ。悪いのは僕なんだろうし。ただサービス悪いなって思っただけで……って、僕誰に弁解してるんだろう?


 おっと、また玉子三つだよ。やっぱり売れ行き悪いなぁ、お前たち。そんな風に話しかけると、脳内の玉子たちが返事を返す。
「そうなんだよ、皆エビとかトロとかそういうのばっかり取るんだ。」
「玉子だっておいしいんだぞ!って言ってやりたいね。」
「玉子を食べると、そこが本当においしい店かがわかるって言うじゃないか。」
 うむ、確かに。玉子たちの言い分も正しい。―気分としては、三人の子供証人の証言に耳を傾ける裁判官、ってところだね。
 よし、仕方がない。僕が引き取ってやろうじゃないか。寛大な気分な僕は、早くも遠ざかりつつあった玉子の皿を三つ全部引き寄せた。脳内の玉子証人たちの歓声がわぁわぁと響いた。いやいや、何、当然のことをしたまでよ、ふぉふぉふぉ。―気分としては、通りすがりの水戸黄門?

 そうして僕の手元には玉子たちの皿が三つも。いきなり「どうしよう」モードだよ、弱気な僕。
 一つの皿に玉子の寿司が二つずつ、か……。

 ―はい、ここで問題です。脳内に美人で眼鏡をかけた女先生が出現。
「一枚のお皿に、玉子のお寿司が二つ乗っています。このようなお皿が三枚あるとき、玉子のお寿司はいくつでしょう?」 と、ここでやさしい微笑を見せてくれるハズ。
 そこで真面目で優等生の僕、もとい唯一の生徒が勢いよくハイッと手を上げる。「答えは2×3で6となります!」
 先生が素晴らしい笑顔を見せてくれて、僕はものすごーく誇らしげな気分になる……もうこの辺でいいよ、飽きてきた。さよなら美人先生。という経過で脳内美人先生退出。

 我ながらちょっと恥ずかしいことをしてしまった。まぁいっか、どうせ誰にも見られてないしと開き直れる僕はある意味すごいんだろうけど、平たく言えば鈍感なんだろう。


 これで玉子の寿司は手元に六貫あることがわかった。ありがとう脳内美人先生。あ、もう出てこなくていいからね。
 しかし僕は、意味もなく指で寿司を一つ一つ数え上げてみる。小声で「いーち、にーぃ、……ごーぉ、ろーく。」 当然のことながら、やっぱり六。
 
 序論。六。玉子の寿司が、六つ。それがどうしたと言いたくなるが、やっぱり六貫である。
 本論。僕はそんなに玉子が好きじゃない。というか、むしろ嫌いだ。
 結論。よってこんなに食べられない!

 以上の三段論法により、僕のなすべきことは決まった。
 僕は今までののろのろスピードから高速スピードに切り替え、瞬間と言える速さで一つの玉子寿司を鷲掴みにした。そしてそれをぽいと口に放り込み、更には口からはみ出た部分をぐいと指で押し込んだ。こうして、一つの玉子は完全に口の中へと消えた。
 よし、あとは逃げるだけだ。さらば残りの玉子たち!すまん!

 
 こうして、僕は残りの五つの玉子たちが状況を把握して僕を責め立てる前に席を立った。一件落着、でもないけど、とりあえずなんとかなった。それでいいじゃないかと自分を褒めてやろう。

 玉子×3皿で三百円。これのおかげで随分と寂しい別れをしてしまった、なんて思いながら、僕はちゃんと勘定を払った。そうして、僕は回転寿司屋を後にしました。めでたしめでたし。


 これは手紙でもないけど、追伸。
 ・・・もう二度とあそこには行かないつもりです。だって玉子の霊が出たら怖いし。