フォール・ハンター´ 2
作:アザゼル





 シーン2「ギルトに潜むモノ」

 ティルスの大通りからかなり外れた場所に、あたしの目指すギルトはあった。
 コンクリート製の剛健な建物だが、裏通りに面した建物であるが故、寂れた感は否めない。コンクリートは所々ヒビがいっていたし、周りには好き放題に伸びた雑草が我が物顔でのさばっていた。おまけに路面に面した窓ガラスに目を遣ると、ご丁寧にそのほとんどが割られてしまっている。これでは寂れているというより、ほとんどお化け屋敷に近い。
 3階建ての小さなビルといった感じのその建物を、あたしは路地に立ち尽くして呆然と見上げていた。
「これが……ギルト?」
 見上げながら、思わず呟きを洩らす。
 その時、たまたま裏通りを通りがかった数人の男たちが、あたしの方を指差して何やらゴニョゴニョとひそめき合っているのが目にとまった。男たちがあたしに向ける眼差しには、明らかに嫌悪の色が含まれているのが遠目にも分かる。
「何なのよ、あんたら。陰口ってのは、本人にばれないように叩くもんじゃないの!?」
 あたしは端から見れば絡むような物言いで、男たちに近付いていった。こそこそと指をさされて黙っているほど、あたしは人間ができているわけではない。
 男たちはあたしが近付いてくるのを見て、何人かは怯えたように後ずさった。だが、男たちの中で一番年配だと思われる白髪の男だけは、近付いてくるあたしに対して厳しい表情を向けてその場に立ち尽している。
「お嬢さん。あの中へ入るつもりか?」
 近付いたあたしに、年配の男は鋭い眼光を投げかけながら口を開いた。深い皺に埋もれた細い双眸には、有無を言わせない覚悟のようなものが見え隠れしている。
「まあ……ね。用事あるし」
 あたしはその迫力に押され、まるで言い訳でもするように頷いた。これでは、あたしが悪いことをしようとしているみたいではないか。
「……別に止めはせんが、奴らを刺激して外に出すような真似はするなよ。あんたはよそ者だから街を出ていけば済むが、わしらはそうもいかん。わしはともかく、他の連中は出来るだけ長生きしたいと思っとるのでな」
「はぁ!?」
 男の言う意味が分からず、あたしは素っ頓狂な声を上げて首を傾げた。
 だが、男はそれ以上何も言わず、他の男たちを促すとさっさと通りの向こうに消えていく。まったく、感じの悪い男たちだ。
 あたしは気を取り直して、ギルトの扉を開けて中に足を踏み入れる。男の言葉も気になったが、どうにしろ報告のためギルトには訪れなくちゃならないのだ。本部からも、ついでに支社からの連絡がない原因を調査して来いと言われてるし。
「……!?」
 中に入った瞬間、あたしは凄まじいかび臭さのため思わず仰け反った。同時に、こんな所に人がいるはずがないことを悟る。この臭いは、人間が住まなくなって久しい証拠だ。
 だが、それでもあたしは中へと進んでいった。こんなかび臭い所、早くおさらばしたいのが本音だったが、上から調査を依頼されているのでそうもいかない。組織の末端である悲しい性だ。
「誰も……いるわけ無いじゃんね」
 あたしは半壊している受付に目を遣って、誰にともなしに呟いた。部屋が狭いせいか、あたしの声は不気味に反響して自分の耳朶を打つ。昼間なのに薄暗いのも、気味の悪さに拍車をかけていた。外から見た通り、中もほとんどお化け屋敷状態だ。
 室内のほとんどの備品は朽ちてぼろぼろだし、上を見上げればくもの巣が一面に巣くっている。唯一の光源である窓ガラスは、ガラスの部分が残っている方が珍しいぐらいだ。
「取り敢えず……シェイドに行けば何か分かるかもね……」
 あたしはまたも呟きを洩らすと――一人でこういう所にいるとなぜか独り言が多くなる――2階へと続く階段に向かった。ちなみにシェイドとはギルトの情報網を管理している部署で、訪れることの出来る自由兵は2級以上となっている。つまり、あたしにはその資格があるってわけだ。まあ、こんなお化け屋敷では階級など関係ないことだが。
 階段も所々朽ちていて、用心して上らないとすぐに足を踏み外しそうになる。一歩踏みしめるたびにぎしぎしと耳障りな音が鳴って、不快なことこの上ない。こんなことなら、無理やりにでもフェステを連れてくるんだった……
 2階も同じように朽ち果てていたが、あたしは階段を上りきった所で妙な視線をどこからか感じ取っていた。背後を振り返ってみるが、それらしきものは何も見当たらない。
「気のせい、気のせい……」
 あたしは自分に言い聞かせるように口の中だけで呟きを繰り返すと、なるべく足音をたてないようにして目的のシャイドを探した。
 薄暗いせいで見つかるのに手間取るかとも思ったが、それはあっさりと見つかる。
 ペンキの剥げた鉄製の扉の表札には、“S”とだけ彫られていた。これが、ギルトの情報管理を司る部署――シェイドだ。
 あたしはゆっくりと、錆びたドアノブに手をかけて回す。鉄が擦れ合う無気味な音を響かせて、扉は開いた。
 瞬間、部屋の中からさっき感じたのと同じ妙な視線があたしに向かって突き刺さる。
「!!」
 あたしは反射的に扉の外へ飛び退いていた。と同時に、背中に背負っていた大剣の布袋を無造作に剥がす。
 だが、一向に視線の主は姿を見せなかった。
 あたしは用心しながら、ゆっくりと慎重に室内へと入っていく。布袋を剥がされた大剣の刃が、薄暗い室内で微かに煌いていた。
「勘弁してよね。あたし、こういうの苦手なんだよ……」
 室内の朽ち果てた机に目を向けながら、あたしはまたも独り言を呟いていた。いくらあたしが2級自由兵で、そこいらの男どもより剣の腕がたつからといって、可憐な乙女に変わりはない。可憐な乙女が苦手とするものの定番――お化けは、正直脂ぎったオヤジの次にあたしが嫌うものであった。
 あたしは原型をとどめていない机の引出しを、目につく順に片っ端から開けていく。なぜギルトがこんな状態になってしまったかの手がかりが、見つかるかもしれなかったからだ。
「これも違う。これも、これも……これも違う。て……これも違うじゃん!」
 あたしは次から次へと出てくる書類の山を、適当に流し見しては放り投げていく。埃だらけの部屋の床に、あたしの放り投げた書類が累々と積もっていった。が、それらしき物はいくら探しても見当たらない。
 あたしの額を幾筋もの汗が流れ落ち、微かに漏れていた日の光もほとんど差し込まなくなってくる。出てくる書類も、あたしの目にはどれも同じ物にしか映らなくなってきていた。
「だぁー! やってられるかぁ!!」
 あたしは調べていた机の引出しを思いっきり蹴飛ばして吼えた。半壊していた机は、あたしの蹴りを受けて一気に全壊へと導かれる。
 その時、崩れた机から出てきた一枚の書類があたしの目にとまった。あたしは躊躇なくそれを拾い上げる。それは、ここを訪れた自由兵を詳細に記載した物だった。かなり分厚い書類で、あたしはそれをぱらぱらとめくって読み飛ばしていく。最後の期日は、今からちょうど半年前になっている。てことは、その時点ではギルトは正常に機能していたってわけか。
「!?」
 あたしが書類に目を通しながらそんなことを考えていると、またあの視線があたしに突き刺さってきた。同時に弾かれたように、あたしは背後をばっと振り返る。
 そして今度こそ……いた。
 足の折れた机の奥で、闇よりも暗い何かがもぞもぞと蠢いている。
 あたしは書類の束を放り投げると、床に置いていた大剣を持ち上げてそいつらに向けて構えた。おそらく人間ではない何か――とすれば《堕ちし者》と見て間違いないだろう。
 先手必勝。あたしは大剣をそいつらの蠢く机に向かって、おもいっきし振り下ろした。
 派手な音が響き渡り机が破壊されるのと同時に、蠢いていた何かがあたしに向かって次々と襲いかかってくる。
「くっ!」
 あたしはそれらの攻撃を、後方に大きく飛び退くことで辛うじて逃れた。向かってくる勢いを利用してカウンターを食らわせても良かったのだが、相手の正体が何か分からない以上危険は冒せない。そして……それはどうやら正解だったようだ。
 あたしを取り囲むように姿を現したそいつらは、あたしの考え通り異形の存在だった。漆黒の体毛に覆われた四肢。細長い腕から覗く鋭い爪。目は退化しているのか、閉じたまま開こうとしない。まるで見る者に不快感を与えるためだけに作られたような造形のそいつらは《堕ちし者》の中級魔属――冥界の住人だ。動き、力とも大したことはないのだが、こいつらの爪に絶対に傷を付けられてはならない。こいつらの爪は、人間の魂を傷付けるからだ。どういう理屈かは分からないが、傷付けられた人間は数刻もしないうちに衰弱死してしまう。
「123……全部で5匹ね。こりゃ、ちょっちきついじゃん」
 あたしはかさかさに乾いた唇を舌でぺろりと舐めると、小さく愚痴をこぼした。確かにこいつらを葬り去るだけなら容易ではある。が、一切体に触れさせることなく全部倒すとなると、それは結構骨の折れる仕事だ。なにせ、爪に微かにでも触れるだけでジエンドなのだから。
「フェステの奴……死んだら化けて出てやる……」
 あたしは面倒臭いというのを理由にここに来なかったフェステに恨み言を吐きながら、冥界の住人に向かって駆けた。こういう奴らはとにかく動く前に殺す。それがベストだろう。
 あたしが最初に横に薙いだ大剣は、先頭にいた冥界の住人の顔面を一撃で粉砕する。破裂した頭から、脳漿や血が噴水のように溢れ出て、そいつは一瞬で事切れた。
 同時に、左右から他の冥界の住人があたしに向かって襲いかかってきている。
 あたしは大剣を横に薙いだ勢いをそのまま利用して、そいつらの攻撃を宙に跳んでかわした。落下と同時に、左側から襲ってきた冥界の住人の頭に大剣を振り下ろす。
 ぐしゃっと鈍重な衝撃を手に感じながら、あたしはそいつの死も確認せずに続けざまに大剣を右側にいた奴に向けて振り上げた。地面から振り上げた大剣は、その冥界の住人の股から食い込んでいき、左の肩口から一瞬で出ていく。
 斜めに切り裂かれた冥界の住人は、真っ二つされた体を痙攣させながら地面に崩れ落ちていった。その真っ二つに切り裂いた冥界の住人の向こうから、別のもう一体があたしに向かって襲いかかる。
 あたしは突き出された爪を、間一髪身を屈めてかわした。数本の金髪が、爪の攻撃ではらりと宙を舞う。
「こんちきしょー!!」
 あたしは身を屈めた状態から、渾身の力を込めて大剣を突き上げた。大剣はあたしの頭上を飛んでいた冥界の住人を、見事に串刺しにする。どばっとあたしの体中に、どす黒い血が降りかかってきた。
 その時、後方から最後の冥界の住人があたしに向かって襲いかかってくるのが目の端に映った。
 あたしは慌てて大剣を、串刺しにした冥界の住人から引き抜こうとする。が、これがどうやっても抜けてくれない。
「ちょ、ちょっと、冗談でしょ!?」
 冥界の住人は、あたしの背中向けて飛びかかってきていた。
 大剣が抜けないことでパニックに陥ったあたしは、そこから一歩も動けずにただ呆然と立ち尽くしてしまう。まさか――こんな所で死ぬの?
 嫌な考えが脳裏をよぎった。
 次の瞬間、飛びかかってきた冥界の住人は、なぜか突然力を失って床に落下していく。
「……!?」
「あんたの勇者が登場、てか?」
 扉の所から無意味な台詞と共に現れたのは、白いジャケットに身を包んだフェステだった。彼はつかつかと今倒れた冥界の住人に近付くと、首筋に正確に突き立てられた自分の短刀を引き抜く。それからあたしの方を振り返って、笑いながら口を開いた。
「危ねえところだったな。何となく気になって来てみたんだが……」
「フェステー」
 あたしが感極まった声と共にフェステに駆け寄ると、彼はしょうがねえなという風な苦笑いであたしを迎えた。そのフェステに、あたしは問答無用で飛び蹴りを食らわす。それは見事にフェステの頭部を直撃し、鈍い音と共に彼の体をふっ飛ばした。
 地面に倒れ伏したフェステが、あたしの方を非難がましい目で睨む。
「何すんだ? せっかく助けに来てやったのに!?」
「やかましい! なら最初から来ればいいでしょ!! もうちょっとで世界の財産が失われるところだったんだからね!」
 未だ被害者顔で文句を言うフェステに、あたしは声を張り上げて言い返す。まったく、フェステが最初からいれば何の問題もなかったのだから、これくらいは当然の報いである。おかげで久しぶりに嫌な汗をかいてしまったではないか。
 あたしは取り敢えず地面に転がったままのフェステは無視して、さっき読んでいた書類を探した。一応調査を依頼されている以上、何か手がかりを持って帰らねばならないからだ。
「何してんだ?」
 屈んだ状態で書類を探すあたしに、地面に転がったままのフェステが声をかける。
「探してんのよ。ぼっとしてるんなら、手伝ってよね」
「何をだ?」
 フェステはあたしの言葉に首を傾げて聞き返してきた。
 あたしはそのフェステに向けて邪険に手を振ると、面倒臭そうに言葉を返す。
「やっぱいいわ。一人で探した方が早そうだし……」
 言いながら、あたしの目はとっくに書類を見付けていた。最初に顔を潰した冥界の住人の横に、それは奇跡的に血に濡れずに落ちていたのだ。あたしはさっさとそれを拾い上げると、ポケットにねじ込む。
「さ、行くよ。もうこんなとこに用はないからね」
「勝手な奴」
 フェステの言葉に、あんたにだけは言われたくないと心の中で突っ込みながら、あたしは扉へと向かった。
 その後をフェステがゆっくりとした動きで付いて来ながら、あたしの背に向かって何気なく声をかける。
「そう言えば……どうしてギルトに《堕ちし者》が巣食ってんだ? ギルトの人間もいねえようだし」
「それは分からないけど……」
 答えながら、あたしはここに入る前の男たちの言葉を思い出していた。


「奴らを刺激して、外に出すような真似だけはするなよ」


「……おそらくこの街に住む人間にとっては、《堕ちし者》が街中にいることにそれほど異常を感じていないのは間違いないわね。それがどういうことを意味するかは、分からないけど」
 あの男は少なくともこの建物に《堕ちし者》がいることを知っていた。普通、いくら《堕ちし者》でも街中にまで進入することはほとんどない。大抵の街には自由兵のギルトがあるし、国や街を守るための警備兵もいるのだから。だとしたら……《堕ちし者》を容認する何かが、この街にはあることになる。
「はぁ……どうにしろ面倒なことになりそうな予感だわ」
 あたしはぎしぎしとうるさい階段を降りながら、これからの展開を予想して愚痴をこぼした。暗雲立ち込めるとは、まさにこのことである。
「ま、取り敢えずホテルで飯にしようぜ」  
 後ろで能天気に言葉を返すフェステに、あたしはさらに頭を抱えたのだった――


 シーン3「出会った頃」

 ホテルの窓外からは、昼間とは違い幾分涼しい風がそそぎ込んできていた。空に目を遣れば、数え切れないくらいの星々が瞬いている。
 あたしはゆっくりとベッドから身を起こすと、室内に備え付けられている小型冷蔵庫を開けた。
 中から一本のワインボトルを取り出してグラスに注ぐ。深紅の液体がグラスの中ほどまで満たされたのを確認して、あたしはそれを一気にあおった。
 良く冷えた果実酒の味が、喉を爽快に通り過ぎていく。フェステの前で飲むとお子様がそんなもの飲むんじゃねえ、とか言ってうるさいのだが、今は自分の部屋だからいくらでも好きな酒が飲めるのだ。いわゆる、至福の一時って奴である。
「こんなおいしいのを、どうして飲めないかね?」
 あたしは隣の部屋でぐーすか寝てるであろうフェステに、酒を飲ませた時のことを思い出して小さく笑みをこぼした。あの時はべろんべろんになったフェステをホテルまで背負っていって、大変だったものである。まあ、フェステが巨漢の戦士だったらそれも無理だったのだろうが……
 

 フェステと出会ったのは、今からちょうど一年ほど前だった――
 地底国と《堕ちし者》が大陸中に波紋を投げ打ったあの事件から一年が経過した頃、あたしたちは出会ったのだ。
 ……と、その前にあの事件のことを説明しないとダメだね。あの事件と言っても、実のところ本当は何が起こったのかは良く分かっていない。ただ、大陸でも屈指の軍事国家であったエドム王国が、一夜で地底国カナンという今まで聞いたこともない国に滅ぼされたという事実があるだけだ。そしてそれに乗じて、《堕ちし者》が地上に姿を見せ始めたという事実と。二つの事象に何か関連があったのかどうかは分からない。だが、大陸が突如現れた謎の国家と、異形の眷属《堕ちし者》に震撼したのは間違いなかった。
 あたしはその頃11歳の誕生日を迎えたばかりで、母と父と3人でささやかな誕生日パーティーを開いていた。小さな村だったし、比較的閉鎖されたところだったので、あたしたちには外の世界で何が起こっているかなんて知る由もなかった。
 それが起こったのは、ちょうどあたしが母に言い付けられて隣の村の有名なパン屋さんに予約していたケーキを取りに行っている時だった。だから、あたしがケーキをカゴに入れて意気揚々と村に帰ってきた時には全てが終わった後だったのだ。
 その時の光景は今でも頭に鮮明に思い起こすことが出来る。
 血の臭いと、燃え広がった炎。破壊された家屋と、泣き崩れる生き残った人々。瓦礫の山と――ゴミのように折り重なる死屍。
 村を襲ったのは《堕ちし者》たちの大軍だったらしい。地上に突如溢れかえった《堕ちし者》たちは、住処を求めて大陸中を駆け巡っていたのだ。
 その時のあたしには、当然何が起こったか分からなかった。でも夢中で家に駆け戻ったのを覚えている。……そして、悪い予感はまるで悪夢のように的中した。
 すでに母と父に面影は残されていなかった。見るも無惨に食い散らかされた父と母の死体は、娘のあたしにもどちらがどちらか区別がつかなかった。骨と僅かばかりの肉塊と化した父母には、すでに無数の蛆がわいている。
 圧倒的な無力感。幼かったあたしには、いつも優しかった母や、頑固者だが常にあたしを見守ってくれていた父の死が現実として受け入れられなかった。
 父母の埋葬は援助に来ていた自由兵たちによってなされた。共同墓地の安っぽい板切れのような墓標の下に眠る父母には、結局あたしは一度も祈ることはなかった。そうすることで、二人が死んだという事実を裏付けることになると考えたためだろう。
 その後あたしは当然のように自由兵となった。理由は簡単だ。《堕ちし者》に復讐するためである。復讐のためだけに、あたしは他の一切を排除して体を鍛えた。難しい任務をわざと選んで、困難の中に自分の身を置いた。過保護に育てられたあたしには泣きたくなるようなことの連続だったが、胸に《堕ちし者》への復讐を思うだけでそれらは和らいだ。
 1年後、あたしは3級自由兵という称号を手にしていた。おそらくは最年少でその称号を得たので、ギルトでも一躍有名になった。フェステと出会ったのはその頃で、出会いは全くの偶然だったのだ。
 たまたま任務でフェステとチームを組まされた。彼はまだ自由兵になりたてだったが、すでに1級自由兵の称号を得ていて、その強さは圧倒的だった。どこかの国の要人を護衛するという任務だったが、運悪く《堕ちし者》に出くわしてしまった時にそれはまざまざと見せつけられた。実際運が悪かったのは《堕ちし者》の方だったのだろう。他の自由兵はすることもなく、ただ彼の圧倒的な殺戮を見ている他なかった。もちろん、あたしも同様にである。
 相棒になったのは彼の言葉のせいだった。たまたま二人で話す機会があった時に、あたしは彼にどうして自由兵の道を選んだのか聞いてみた。
「――理由なんてねえよ。しいて言えば、《堕ちし者》を根絶やしにするために都合が良かったからだ」
 フェステの真意は分からない。ただその時、あたしは初めてあたしと同じ理由で戦う者がいることを知った。それから今に至るまで、あたしはフェステと行動を共にしている――


 グラスに注いだ2杯目のワインを飲み干し、あたしはまた窓外に目を向けた。
 相変わらず星が瞬きを繰り返し、漆黒の夜空を美しく彩っている。それをぼんやりと眺めているだけで、まるであたしの周りだけが時が止まってしまったかのような錯覚に陥った。もしくは……少し酔ったとか。
 だが止まっていた時は、窓外から見える街の片隅に起こった突然の火の手に一気に動き出す。
 火の手が上がった辺りから、夜空をつんざくような人々の悲鳴が沸き起こった。
 弾かれるように、あたしは部屋を飛び出る。部屋を出たところで、隣の部屋から同じように飛び出してきたフェステとかち合った。
「フェステ! 街が……」
「分かってる。行くぞっ!」
 あたしの幾分震える声に、フェステは力強く頷くとホテルの廊下を疾風のように駆け出す。
 あたしも慌ててそれを追って駆け出した。駆けながら、フェステの力強い背中を見つめて小さく呟きを洩らす。
「頼りになる相棒だわ……」
 と――















あとがき

 ダッシュ2話目です。なんか、相変わらずテンポ悪いなと感じながらもだらだらと続いていきそうな予感です(死)
 みなさま、気が向けば読んでやってくださいませませ。では――