フォール・ハンター´ 9
作:アザゼル





シーン11「闇、堕ちし刻」


……すぐにあたしは目を覚ました。
 覚ましたと同時に眼下に目を遣ると、グリールの顔が飛び込んでくる。
 どうやら意識を失っていたのは、ほんの数秒の間だったらしい。
「……終わった……の?」
「みてえだな」
 誰に聞くでもなく呟いた言葉に、フェステの声が重なった。
 反射的に目を向けると、近付いてくるフェステの姿があたしの目に映る。
 長い前髪をかき上げながら近付いてくる彼に、先程までの緊張感はない。そして、それはグリールがすでに事切れていることを意味した。
 まあ、あたしの下ではぴくりとも動かなくなったグリールがいるわけなのだが。いつむくりと起き上がって動き出すか分からない……そんな気配を感じるのだ。
 実際、彼女の眉間には深々とアンサラーが突き立ったままだし、褐色の肌はどんどん色を褪せていっているのだが……
「今回は、おいしいとこオリヴィアに持ってかれちまったな」
「これが本当の実力よ」
「……謙遜って言葉知ってるか?」
 フェステとそうやって軽口を叩き合いながらも、漠然とした不安……みたいなものは消えない。
 そう思ってもう一度グリールを見下ろすが、そこには物言わぬ美しい女性の屍が横たわるだけだ。
「なに難しい顔してんだ?」
 フェステがいつまでもグリールにまたがったまま離れないあたしを見て、怪訝そうに聞いてくる。
 それにあたしは小さく首を振って答えると、ゆっくりと立ち上がった。
 ――とにかく、もう終わったのだ。
 そう自分に言い聞かせると、あたしはグリールからアンサラーを引き抜きフェステに投げて渡す。
「んじゃ、帰ろっか。さすがにくたびれたし」
「だな。俺も腹減っちまったよ」
 それを受け取りながら、フェステが苦笑いを浮かべて答えた。
 あたしは部屋の隅に転がった自分の大剣を拾うと、そのフェステを促して部屋を出ようとする。
 その時――
 遠くの方で、誰かの絶叫が聞こえた。 
 フェステの方を見ると彼の横顔にも緊張が走っている。
 思わず目が合ったあたしたちは、一斉にそちらの方を振り返った。
「うそっ!?」
 思わず漏れるあたしの声。
 ほんの数刻前まではそこにあったはずのグリールの姿が掻き消えている。
「ハリーだ!」
 あたしの洩らした声に呼応するようにフェステは言い放つと、疾風の如く駆け出した。
 ……そうだ。部屋の外にはハリーを置いてきたままだった。
 彼の言葉にそのことを思い出すと、あたしも慌てて後を追う。その時には、フェステの姿はとっくに部屋の外へと消えていたのだった……


 部屋を出た外では、すでにフェステとグリールが対峙していた。
 グリールはすでに触手を消していて、手にはまるで赤子を抱くようにハリーを抱いている。その表情は《堕ちし者》にはあり得ない、慈愛の色に塗れていた。
「……ハリーを離せ。グリール」
 フェステの乾いた声が、通路に響く。
 だがその声が届かないのか、グリールは変わらずの恍惚とした笑みを浮かべたまま、ハリーに頬を寄せていた。
 ……一体、何のつもりなんだ?
「お……兄ちゃん……」
 ハリーの掠れた声が、彼の口から力なく漏れる。だが、彼自身に外傷はないようだ。
「グリール! ハリーを返してよ!!」
「……」
 あたしがフェステの背から再度呼びかけると、彼女はやっとゆっくりとこちらの方を振り返った。
 長い銀髪の隙間から覗く彼女の瞳は、先のように落ち窪んでなく、クレシダを演じていた頃の金色の輝きを放っている。褐色の肌に映えるその瞳の色は、見ているだけで吸い込まれそうな妖艶さを携えていた。
「……どうして、返す必要があるのかしら?」
 紅い唇から漏れた言葉は、まるであたしたちがおかしなことを言っていると言わんばかりの口調である。
 あたしはその言葉に、思わずカチンときた。
 何を言ってるんだこの女は。ハリーを人質にしてのうのうと!
「当ったり前でしょ! ハリーに何かしたら、あんたを八裂きにしてやるからねっ!」
「――小娘は黙りなさい。八裂きにされたくなかったらね」
 だがあたしの放った怒声に、グリールは薄い笑みすら浮かべてさらりと言葉を返す。同時に彼女は、あたしから視線を逸らすと、フェステの方を見据えて口を開いた。
「あなた、カナンの人間でしょう?」
「!?」
 その突然の言葉に、フェステの表情が微かに強張る。
 動揺するフェステを無視して、さらにグリールは調子に乗って言葉を続けた。
「私たちを封じていた嫌な奴らと同じ匂いがするわ。身勝手で憎たらしい、地底の底の蛆どもの匂いがね」
「……だから何だってんだ?」
 だが次に言葉を返したフェステの顔にはすでに動揺の色は見えない。恐ろしいほど冷たく凍りついた表情で、グリールの方を見つめ返すだけだ。
 その凍てつく眼差しに押されたのか、グリールが一歩通路を後ずさる。だがすぐに踏み止まると、彼女は大きく口を歪めてハリーをさらにきつく抱きしめて見せた。
「あぁ……」
 ハリーの小さな体が二つに折れ、口から悲痛な声が漏れる。
 その声に、まるで最高の甘露を喉にしたような笑みを浮かべながら、グリールが口を開いた。
「……まあいいわ。あなたたちとのお喋りも終わり。そろそろ、食事の時間としましょう」
 言いながら、グリールは舌で唇を小さく舐める。その仕草が、あたしの目にはひどく淫靡なものに映った。
「ハリーを離して」
 グリールの言った食事の意味にぞっとしながら、あたしはそれでもなんとか強がって彼女を睨み付けて言う。
 そんなあたしの胸中を読んだのか、グリールはあたしの方を見つめ返して、また笑みを深めた。それからゆっくりとした動きで、ハリーの首に細い指先を這わす。
「そんな怖い顔で見つめないでくれる? 私はこの子を、元の所に帰すだけなんだから」
 同時に紡いだ彼女の言葉は、はっきり言ってあたしには理解不能だった。
 横のフェステを覗き見ると、彼も訝しそうな表情で首を傾げている。
「あら、どうしたの? そんなに不思議なことを言ったかしら? 私はただ、自分の子であるこの子を、もう一度お腹の中に収めると言っただけよ」
『!!』
 グリールがさらりと放った言葉に、あたしとフェステは驚愕した。
 い、今なんて言ったんだこの《堕ちし者》は? ハリーが……自分の子?
 あたしは口をパクパクさせてグリールに何か言おうとするが、それはうまく言葉になって出てこない。
 そんなあたしに嘲笑するような視線を送りながら、グリールが言葉を続ける。
「よく聞こえなかったのかしら? ハリーは私の子よ。正確には……私の子を宿した器。あなたたちもここまでこれたくせに、意外と抜けているのね。どうしてこの子の姉だけが傀儡で、この子は何もなかったのか疑問にならなかったの?」
「……ヘレナお姉ちゃん?」
 グリールの言葉に最初に反応したのは、彼女の手の中で苦しそうにしているハリーだった。だがまだ真意は掴めていないようで、あたしの方に疑問のこもった視線を送る。
 あたしはそのハリーの視線を無視して、キッとグリールの方を睨んだ。同時に大剣を彼女に向けて突きつける。
「そんなことはどうでもいいの! あたしはハリーを離せって言ってんだ!」
 だがグリールは、突きつけられた大剣を見てもまるで動じず、相変わらずの笑みを浮かべたままだ。あたしと手の中のハリーを交互に見つめた彼女は、笑みを濃くすると、底意地の悪い口調で口を開く。
「ふふふ。何を焦っているの? この子の姉が、そこのカナンの男に殺されたことが、どうかしたのかしら?」
 明らかに意図を知った口調でさらりと放った言葉に、あたしは思わず大声を上げそうになった。
「……!?」
 案の定、グリールの腕の中にいるハリーの表情がみるみる強張っていく。
「ウ……ソ……だよね……。お兄ちゃん……」
「本当だ――」
 だが、彼が最後の望みを託すように絞り出した言葉に、フェステは冷たく言葉を返す。それから手中でアンサラーを弄ばせると、打ちひしがれるハリーに追い打ちをかけるように言葉を続けた。
「お前の姉はすでに傀儡だった。殺すしかなかったんだよ。言い訳はしねえ……」
「……嘘つき。ヘレナお姉ちゃんは、用事があって街を出て行ったんでしょ! ねえ! オリヴィアもそう言ったよねっ!?」
 ハリーのまだ微かに残った希望を求める絶叫に、しかしあたしは返す言葉を見つけられなかった。
 俯いたあたしの上から、ハリーの悲痛な声が続く。
「ねえ! 嘘なんでしょ!? ヘレナお姉ちゃんが死んだなんて嘘なんだよね!? ねえ、答えてよオリヴィア……」
 最後は声が掠れてよく聞き取れない。
 ……ヘレナを殺したのはあたしなんだ。フェステが止めを刺したのは間違いないが、あたしはどこかでそれを言い訳にしていた。だがそんなのは欺瞞だ。ハリーの姉を殺したのは、やっぱりあたしなんだ……
「…………ごめん」
 俯いたままあたしはハリーに小さく謝った。
 瞬間、ハリーの絶叫とも雄叫びともいえる咆哮が、通路中を響き渡る。
 あたしはその咆哮を耳を塞ぐこともなく、俯いたまま必死に受け止めた。それを聞いて上げることしか、あたしには出来ない。
 あたしにも、自分の肉親を亡くした悲しみが分かるから……
 だが、絶叫はなかなか収まらなかった。それよりもどんどんそれは歪んだ酷いものに変質していく。
 異常を感じたあたしが顔を上げると、そこには想像以上の奇妙な光景が広がっていた。
 ぼんやりとした淡い光が包む中で、ハリーがグリールの体に沈んでいく。沈んでいく、という表現が正しいのかどうかは分からないが、あたしの目にはそう映った。実際、ずぶずぶとハリーの体がグリールと同化していってるのだ。
「フェステ、ハリーが!」
 あたしが慌てて横を振り向いて叫ぶが、フェステは険しい顔つきのままその光景を何もせずにただ見つめているだけである。
「フェステ!!」
「……何もできねえんだ。忘れてたぜ。《魔層空間》の存在を……」
 もう一度呼んだあたしの声に、フェステが噛み締めるように呟きを洩らした。
 《魔層空間》――確か、上級魔族あたりが作り出す、絶対不可侵の領域のことだ。ということは、ハリーとグリールを包むあの淡い光がそうなのだろうか?
 あたしたちの前で、どんどんハリーの体がグリールに溶け込んでいく。それを無駄と分かっていても、ただ見守ることなんかあたしにはできなかった。
「無駄だオリヴィア!」
 フェステの言葉を無視して、あたしはグリールに向かって大剣を構えたまま猛進する。
 だが、グリールに触れると思った瞬間、あたしの体は虚しく彼女の体をすり抜けていってしまった。勢い余って、あたしは倒れそうになる体をなんとか踏ん張って堪える。
「そんな!?」
 振り返ると、まるで何事もなかったかのようにグリールがハリーを取り込み続けていた。
「……そういうことだ。《魔層空間》ってのは、こことは違う次元に存在を作ってやがるんだよ。だから、俺たちには何もできねえ」
 そんなあたしを哀れむような眼差しで見据えながら、フェステが淡々と説明してくれる。
 ……じゃあ、あたしたちにはどうすることも出来ないっていうの?
 そんな絶望に身を崩しかけた時、あたしの脳裏に一つの閃きがよぎった。
「そ、そうだ! アンサラーは!? この前デュラハンに襲われた時、フェステのアンサラーだけは《魔層空間》を貫いてあたしの元に届いたじゃない!」
 だが、あたしのその思いつきにも、フェステは暗い顔のまま首を横に振る。
「駄目だ。あれはお前が《魔層空間》に居たからできたこと。曲折した空間の中のグリールだけに狙いをすませて、命中させることなんかできねえ。下手すりゃハリーに突き刺さっちまう」
「そんな……」
 あたしは今度こそ、地面にへたり込んでしまった。
 そんなあたしの目の前で、淡い光の中のハリーはどんどんグリールと一体化していく。もうハリーと認識できる部分は、あどけなさの残るその顔だけだった。そして、それももう……
 半分ほどうずもれたハリーの顔と、瞬間、目が合う。
 その眼差しは虚ろではあったが、だがはっきりと分かるほど憎悪の色に塗れていた。
 憎んでいるんだ、姉を殺したあたしたちを。……いや、あたしを。
「あぁ……」
 あたしはそのハリーから、目を背けるように視線を逸らした。
 仕方なかったんだ。ヘレナを殺さなきゃ、あたしが殺されていた! 殺す以外なかったんだ!! でも……
 あたしは考える。
 ……でも、もしかしたら他に方法があったんじゃないか? 
 と。
 そんなあたしの思考を遮るように、辺りに強烈な閃光が迸った。瞼の奥まで届くようなその閃光に、あたしは思わず両目をきつく塞ぐ。
「オリヴィア! ぼっとするな、来るぞ!」
 その凄まじい光の中、フェステの声が轟いた。
 反射的にあたしは身を起こすと、その場から身を引いて一歩後ずさる。
 とほぼ同時に、あたしがいた辺りの地面を何かの衝撃が打ち砕いていった。衝撃を受けた床が、一瞬で粉々に弾け飛ぶ。
「――よくかわしたわね?」
 綺麗に響いた声に、あたしは視線をそちらの方に向けた。光はすでに収まっている。
 現れたグリールは、銀髪だった髪の色が、瞳と同じ黄金に輝いていた。だが変化はそれだけではない。もっと内面的な、威圧感のようなものが圧倒的に増している。
 先の焦げつくような殺気ではなく、まるで何もかもを包み込むような気配が彼女から放たれていた。
「ふふふ。やっと、元の体を取り戻したわ」
 グリールは嬉しそうに呟くと、あたしたちを舐めるように見つめ回した。
 ただそれだけの仕草で、体が思うように動かない。というよりも、動くのを体自身が躊躇っているような感じだ。
 だが、あたしはそんな状態でも必死にグリールを睨み付けると、口を開く。
「……どうして、どうしてハリーを食ったの? 彼はあなたの子供なんでしょ?」
「馬鹿ねえ。彼自体は器なのよ。それに食ったんじゃないわ。ほとんどの傀儡が殺された今、生まれさせるわけにはいかなかったのよ。だから、私の体にもう一度戻しただけ。あなたたち人間と同じように考えないでくれるかしら?」
「じゃあ、ハリーが今まで生きてきた意味は何なんだよ!?」
「知らないわねえ。彼の意志はそもそも関係ないもの。ただ私の子供が熟成するための苗床のようなものなのよ」
 言っておかしそうに笑うグリールに、あたしは未だかつてないほどの怒りを覚えた。
 もしかしたら、あたしは自分の罪をごまかそうとしているだけかもしれない。グリールに怒りの矛先を向けることで、自分自身を正当化しようとしているだけなのかもしれない。でも、それでもこいつだけは許すことが出来なかった。
「……こんちきしょー!!」
 あたしは涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま咆哮すると、猛然とグリールに向けて大剣を振りかざした。
「無駄なことを――」
 だが大剣がグリールに届く直前、何か見えない障壁のようなものが体ごと強烈にあたしを弾き飛ばす。
 凄まじい勢いで弾かれたあたしは、そのまま通路の壁に思いっきり背を打ちつけた。
 体中の骨が衝撃に、一斉に悲鳴を上げる。
「がぁあああ!!」
 喉から迸った悲鳴と同時に、あたしはそのままどさりと地面に崩れ落ちた。必死に立ち上がろうとするが、体がぴくりとも動いてくれない。
 止めを刺すつもりなのか、グリールが薄い笑みを浮かべたままゆっくりと近付いてくる。
 そしてそれに立ちはだかったのは……変わらず無表情のままのフェステだった。 
「カナンの男。あなたもつまらない感傷にその身を滅ぼすつもり? あなたの能力なら、もしかすれば逃げきれるかもしれないわよ?」
 立ちはだかったフェステに、グリールの愚弄するような言葉が投げかけられる。
「感傷なんざねえよ。ただ、俺がお前を気にいらねえだけだ」
 その挑発に律儀に答えながら、フェステはアンサラーを静かにグリールに差し向けた。
 近付いてきていたグリールの歩みが、向けられたアンサラーを前に止まる。
 刹那――フェステの姿が一瞬霞んだ。
 前傾姿勢になったフェステが、胸の前で構えたアンサラーを低い軌道からグリールに向けて打ち放つ。伸ばしたグリールの腕をかいくぐりながら放ったその一撃は、正確に彼女の胸元を貫いていった。
 朦朧とする意識の中、なぜかあたしは能力を使ったフェステの動きをスローモーションのように捉えている。或いは、意識だけが覚醒していたからかもしれない。
「がはっ!?」
 だが、漏れた悲鳴はフェステのものだった。
 彼の体を背中越しに、グリールの触手が貫いている。
 フェステのアンサラーもグリールの豊満な胸を貫いていたが、彼女はまるで何事もなかったかのようにそれをゆっくりと抜き放って見せた。
「まさか、さっきのが私の力だと思ってたんじゃないでしょうね? 完全になった私の前でこんな玩具、効くわけないでしょう?」
 言って微笑む彼女には、まるでダメージを受けた様子がない。
「もう終わりなの? 残念ねえ?」
 続けて放ったグリールの余裕の言葉に、フェステは手を触手に伸ばすと力任せにそれを引き抜いた。同時に彼の口から苦悶の声と鮮血が溢れ出す。
「フェ……ステ……!」
「……大したことねえよ」
 あたしが掠れる声で放った呼びかけに、フェステは片手を上げて笑って答える。
 だが、彼の顔色は真っ青で、全然大丈夫そうには見えない。
 それでもフェステは投げ捨てられたアンサラーをゆっくりと拾い上げると、グリールに向かって構え直した。
「ふふふ。諦めの悪い男ね」
「……これくらいで諦めてたら、俺はとっくに死んじまってるからな」
 言い返す言葉にも、いつもの余裕、みたいなものがなくなっている。
 グリールが金色の髪をかき上げながら、フェステへとゆっくりと歩み寄った。背中から生えた触手が――その触手すらも金色に輝いている――まるで、翼のように広がり波打っている。
 それをしっかりと見据えながら、フェステは再び能力を発動させると、攻撃を再開した。
 瞬時に間合いを詰めたフェステが、今度はグリールの眼前で宙に跳び上がり、彼女の死角から頭頂に向けてアンサラーを凄まじい速度で薙ぎ下ろす。
 だが死角から放たれたはずのその攻撃は、あっさりとまるでそれ自身が意思を持っているかのような触手たちに阻まれた。同時に残りの触手が、宙に浮かび上がったフェステの体を次々に襲う。
 制御の効かない空中で、フェステはそれらをなんとか奇跡的にかわすと、グリールの背後に降り立った。
 背中に深々と突き立てられるアンサラー。
 しかし、それすらもやはりグリールにダメージを与えることは叶わず、彼女はあっさりとフェステから身を離すと、即座に触手で彼を狙い始める。
 幾条もの閃光となって、金色の触手が次々にフェステに放たれた。その攻撃はまるで、放射状に広がる光線のようだ。
 それら全てを、フェステは紙一重でかわし続ける。
 いや、完璧にはかわしきれないのか、フェステの体には次々と浅い傷が刻まれていっていた。
 ……このままじゃあ、いつかやられる。
 あたしはその超高速で繰り広げられる戦いを見ながら、初めて苦戦しているフェステに、何とか手助けできる方法を冷静に探していた。
 幸か不幸か、今のあたしにはなぜか彼らの動きが見えている。
 冷静に探せば、完璧と思えるグリールにも弱点が見えてくるかもしれない。
 だがあたしがそう考えている間にも、グリールはどんどんとフェステを追い詰めていっていた。
 フェステの体にも、すでに浅くない傷が増えてきている。
 その時、フェステの上段に放ったアンサラーの攻撃が、グリールのこめかみ近くを鋭く掠めていくのが、あたしの目に映った。
 次の瞬間、グリールが大袈裟なほどフェステから間合いをとって後ずさる。
 ……その行動に、なにか違和感のようなものを感じた。
 あたしの脳裏に、初めてグリールを見た時――検問の時だ――のことが、なぜか鮮明に思い出される。
 ……そうだ。初めてグリールを見た時、あたしは彼女の金色の瞳を直視することができなかった。瞳から放たれる圧倒的な迫力、みたいなものに気圧されてだ。もしかしてそれは、人間に偽装しても隠すことのできない、力の噴出を感じ取っていたからではないのか?
 疑問を感じている暇はなかった。
 あたしは自分の拳を握り締めて、ワンアクション動けることを確認する。
 同時に立ち上がったあたしは、目の前にまで後ずさっていたグリールの体を、背中から羽交い締めにした。
 あたしのことなど眼中になかったのだろう。
 グリールはあっさりとあたしに捕えられ、動きを一瞬封じられてしまう。
「フェステ! 目を狙って!!」
 あたしが力の限り叫ぶのと同時、トップスピードに乗ったフェステがグリール目掛けて突進してくる。
 だがそれと同時に、グリールの触手もあたしを狙って八方から凄まじい勢いで向かってきていた。
 祈るように目を閉じるあたし。
 ――決着は一瞬だった。
 あたしに向かっていた触手が力なく地面に次々と落下していき、フェステの渾身の力で突き出されたアンサラーの攻撃は、グリールの右目を貫き後頭部から突出している。
「うぉおおおおおおおおお!!!!」
 フェステの咆哮と同時に、波紋のように広がっていく闇の奔流。
 柱状に高く昇っていくその波動をぼんやりと視界に捉えながら、あたしの周囲は一気に漆黒の世界へと変貌していったのだった……


 視界が晴れると、あたしの目の前には、倒れ伏しているフェステの姿が飛び込んできた。
 慌てて駆け寄ったあたしは、必死に彼の両肩を揺さぶる。
 だが、一向に目を開ける様子を見せない。
「フェステ、フェステ、フェステ、フェステ!!」
 何度も彼の名を連呼するが起きないので、あたしの声はいつの間にか涙声になっていた。溢れ出して止まらない涙で、あたしの視界がふやけていくのが分かる。
 だから、フェステが細く目を開けたのも、あたしはしばらく気付かなかった。
「……うるせぇ」
「!?」
 小さく放たれた言葉に、あたしは必死で涙を拭う。
 と、同時。あたしの視界は一瞬で闇に覆われてしまった。
 頭の後ろに感じる温かい感触に、あたしはフェステの腕で強引に彼の胸に顔を埋めている状況に気付く。
 ……つまり、抱きしめられているわけで。
「今回は助かったぜ。ありがとうな、オリヴィア――」
 耳元で囁かれる、どこか照れたようなフェステの優しい声。
 そして頬に触れる冷たい唇の感触。
 あたしはその瞬間、ハリーのこととか《堕ちし者》のこととか全部忘れて、彼の胸で全てをぶちまけるように泣き崩れてしまったのだった――


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                          SEE YOU NEXT STAGE……















あとがき

 果たしてこれで良かったのか?
 「フォールハンター´」最終話の、差し替えです。
 少し暗くなってしまったりしてますが、私はこっちのラストの方が気にいっているので、ASDさんに迷惑をかけてまで差し替えさせてもらいました。
 前回の最終話を読んだ方には、もしかしたら納得がいくラストでは無いかもしれません。でも、こちらも読んでいただけると嬉しいかな、と厚かましいことを望んだりするアザゼルです。
 
 最後に、前回の方を読まれた方、大変申し訳ありませんでした。
 ASDさま、無理を言ってすいませんであります。
 では、また次回で――