微調整
作:まこちゃん





「はて、老眼鏡はどこにしまったかな?」
 一人の老人がふわふわの床の上に這ったまま、何やら探し物をしていた。
「おお、そうじゃった。昼寝の前にテレビの上に置いたんじゃ」
 黒ぶちの年季入りの眼鏡をかけると、そそくさと自宅の物置へ向かう。白い髭を蓄えた外見からかなりの高齢に見られがちだが、頭の回転はまだまだ現役じゃよ、と密かに自負していた。
「さて、そろそろ行くとするかの。わしが毎日面倒みてやらなきゃ、大変なことになるからな。」
 老人は物置の扉をあけると、薄暗い中をのそのそと入っていった。

  田舎暮らしの高齢者は、畑の世話が頭から離れない性分が強く、そのせいかボケにくいという話を聞いたことがある。この老人の場合も、丁度その類だった。

 物置の奥には、小型の冷蔵庫くらいの装置が置いてあった。もっとも、装置といっても食べ物を保存する機能は無くて、装置の前面にラジオのチューナー程の回転式のつまみが数個付いているだけの箱なのだが。
「ええと・・・、この微妙な手加減が難しいのじゃよ」
 老人は、しわしわの指でつまみを挟むと、ちょっとずつ回転させた。しかし、指先がプルプル震えて、予定よりも多く回してしまった。
「ああ・・・、またやってしもうた・・・」
 はあっとため息をついて、どうしたものかと思案していたが、逆方向に適量回すことは高齢者にとってはそれこそ至難の技だ。老人はあきらめると、そそくさと家の中へ戻っていった。

 その数時間後、老人は居間でテレビにかじりついていた。最近気に入っている時代劇シリーズだ。今日のシナリオもお決まりの勧善懲悪だったが、初心忘るるべからずの思いが手伝って、老人は毎週欠かさず見ていた。
 と、クライマックスの場面で、突然番組が変わってしまった。
「番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします。本日、世界各地で異常気象が発生致しました。○○大陸の西海岸では乾燥から大規模な山火事が起こり、また、熱帯地域では観測史上最高の雨量があり洪水による甚大な被害が出ている模様です。これをうけ、国連では緊急の対策会議を開き・・・」
 
 老人は静かにテレビのスイッチを消すと、部屋の天井を仰いだ。天に祈りたい気持ちだったが、それは全く意味が無いことは本人が一番良く分っていた。思わず老人から弱気な言葉がこぼれてしまう。
「あの気象調整装置はさじ加減が難しいのじゃよ。地球の世話は本当に手が焼ける、神様も楽ではないのう・・・」
 老人は老眼鏡をかけるとゆっくりと物置へ向かった。