双葉さん観測記
作:鈴木大悟





 親父が、再婚した。三ヶ月前のことになる。
 俺――山崎正人――ももう18だ。母さんが死んでから10年も経った。
 新しい母親との関係だの何だのという年でもないし、親父に一人で生きることを強制するつもりもない。
 親父の人生は俺が口出しするもんじゃない。
 俺は元々淡白な人間だし、そういうことには関心がなかった。どうでもよかった。
 むしろ問題なのは、この状況だろう。
 頬に汗が一筋、流れた。
 ――あぁくそ親父。

双葉さん観測記

  ――ep.1

「はい?」
 ガヤガヤとした喧騒も遠く、人気のない放課後の体育館裏。ドラマなんかでよくあるシーンで、俺は自分の耳を疑っていた。
 目の前には、こないだから戸籍上『お姉ちゃん』になった人がいる。
 山崎双葉――少し前までは日向双葉だった――は、両手に小さくこぶしを作り、それを頬にあてて身をよじらせていた。黒髪を背中の半ばまで伸ばし、それなりに可愛らしい容貌をしてはいるが、やけにキラキラとさせた潤みがちの目が怖い。
「俺の聞き違いかな?」
 もう一度問い掛けてみた。
 双葉がもじもじしながら首を振った。顔を真っ赤にして。
「ううん。違うよ」
「そうか……聞き違いじゃないのか」
「うんっ!」
 元気よく返事をした双葉を見て、ため息を一つつく。
「なら……」
「なら?」
「…………なら、な……」

 一瞬の間。

「どこの世界に顔を赤らめて弟に『付き合って』とか告白するアホがいるんだよ!」
 ――べしっ!
 どこからか取り出したハリセンで、双葉の頭を思いっきりはたく。
「いったぁ〜い! ひっど〜い!」
「カワイ子ぶるんじゃない!」
 ――べしっ!
 もう一回俺のツッコミが入る。
「山崎くんって乱暴〜〜!」
 そう言って、双葉が俺をジト目で見てくる。
「『山崎くん』じゃないっ! そーゆー双葉も『山崎』だろーがっ!」
「あらもう結婚の話? 気が早いわっ!」
「違うっ!」
 ――べしっ!
 さらにツッコミを入れる俺。
「……まったく……」
 精神的に疲れ切った俺が肩で息をしていると、双葉が口元を押さえて笑いを堪えていた。
 ――ジロッ! と冷たい視線を浴びせると、双葉は一瞬だけ表情を整える。
 が、すぐに、
「姉弟のちょっとしたお遊びじゃな〜い! 萌えるシュチュエーションでしょ♪」
 ……血管が切れそうだ。
「遊びになってないっ! ふざけるのも大概にしろよ! 学校の奴が何つってんのか知ってんのか!? 双葉と付き合ってると思われて俺がどれだけ被害を受けてると思ってるんだよっ!」
 そう言って、今朝下駄箱で発見した剃刀入りの手紙を見せる。
「……美しさって罪なのね……」
 双葉がそれを手にとって感慨深げに呟く。
 ――スパコーン!
 本日何回目か分からない俺のハリセンが炸裂する。
「罪だと思ってんなら何とかしろ。すぐにだ」
「いやん山崎くん目がこわ〜い!」
「うっさいほっとけ。それにな……」
 ため息を一つついて続ける。
「他の奴等はともかく……何でかずは一葉まで俺らが付き合ってると思ってんだよ……」
「それは双葉ちゃんが報告したからよ☆」
 ――スパーン!
「何を報告してるんだ、何を!」
 ツッコミを入れながら双葉ににらみを飛ばす。
「そりゃ〜まあ〜あたしたちの一八禁な関係よ♪ キャッ」
「いつそんな関係になった!」
「いやぁね……今すぐなってもいいのよ」
 そう言って双葉が一人で身悶え出した。変態め。
 ――ダメだ。もう付き合いきれん……。
「もういいや……帰るぞ」
 俺はそう言って背を向けた。
「いやん待ってぇ〜」
 後ろで双葉がそう叫んでいた。

  ――ep.2

「なぁ……ドでかい疑問があるんだが……」
 体育館裏から校門へ向かう途中、俺は問い掛ける。
「ん〜どれ位?」
 身をすり寄せながら甘えるような声で双葉が応えた。
「家よりは小さくて、オマエの胸よりはデカイ」
「ま、失礼ね。見たこともないくせに」
 双葉が頬を膨らませるが、当然シカトして続ける。
「……何で」
「何でぇ?」
「何で俺たちは手を組んでるんだ? 周りの目が最高に痛いのだが……」
「ラブラブだからに決まってるでしょ☆」
「そっか……って、いつラブラブになったぁーっ!!」
 組んでいた腕を振りほどきながら俺は叫んだ。ノリツッコミだ。
「もお……照れちゃって」
 双葉が再び手を組んでくる。
「やめんかいっ!」
 こんな所を見られたら(いや、見られてるけど)明日どんなに痛い目に遭うか分かったもんじゃない。恐らく下駄箱には剃刀入りの恐怖の手紙(VER.2002――メリーさんと毒電波――)が溢れ返り俺がいつも使用している2階トイレの端から2番目の小便用便器には超高感度の防水仕様小型隠しカメラが仕掛けられその後視聴覚室にて俺の秘所の上映会が行われやれ形が悪いだのやれ皮がどうのこうの色艶がどうだとケチつけられる事間違いなしだしまず確実に俺の鞄には学年1醜い少女のブルマが呪いの言葉と共に押し込まれることだろうこれがまた大きな問題でブルマドロ扱いされるくらいならともかくあの超絶生命体のヤバイ毛でもついていたら俺の息子は再起不能に間違いなしなのである。
 ――ああ参ったね。
 この学校には双葉とその双子の姉、一葉のファンクラブがある。
 ファンクラブという名前がついてはいるものの、抜け駆け防止のためにお互いを見張りあっているようなもので――まあ、コイツラのおかげでこの双子には今の今までとんと浮いた話がなかった。
 のだが――ここになっての俺の登場だ。俺たちが(同じ学年とはいえ)姉弟になったということが解っても、奴等にとって俺が目の上のたんこぶであることは変わらないらしい。
 そうゆう訳で全校生徒の約三分の一(内訳:男子8割女子2割)とも言われる有象無象のザコキャラ共が、毎日俺の脊髄とか脳幹とかそこら辺を刺激してくれるのだった。
「とりあえず腕を離してくれ」
「えぇ〜!?」
 頬を膨らませる双葉。
「いいから、とにかく。色々まずいんだよ……」
「色々って何?」
「色々は色々さ。また脅迫状まがいのもんでも送られてきたら……」
「脅迫状くらいでこの双葉ちゃんを見捨てるのね!」
「見捨てるってお前なぁ……」
「見捨てるのよ!」
「たかが腕でか」
「今、サイッコーに腕を組んで歩きたい気分なのよ!」
「勘弁してくれ……毛が……ふふ……」
「うるしゃいっ!」
 俺たちがちょうど校門のあたりで押し問答をしていると――。
「あやぁ……。やっぱり双葉ちゃんたちだぁ……」
 校門にもたれかかった一葉がいた。
 白い肌も華奢な体つきも大きな瞳も、その全てが双葉と同じ。多少一葉の方が顔が緩んでいる感じがするのは性格による違いだ。双葉の姉で、二人は一卵性双生児、申し合わせたかのように髪型も同じ。てゆーか見分けつかない。多分神様の手抜きである。
「お、一葉――」
「眠いからおんぶして」
 俺の助けを求める声を遮って一葉が言った。
「おんぶ」
 一葉の目がトローンとしている。よくよく見てみれば動きもふらふらで頼りない。
「お、おんぶってなぁ……!」
「早くおんぶ」
 俺の言葉など意に介さず一葉が言う。目が据わっている……。
「お、おい……!」
 俺が叫んだときには、すでに一葉は両目を閉じてしまっていた……。
 この――マイペース女め!

  ――ep.3

 しょーがない。本っ当にしょーがない。
 俺は一葉をおぶって校門を出た。
「はぁ……」
 ため息が自然と漏れる。
 高三にもなって同い年の女をおんぶして帰ることになるとは……! 多分受験落ちるな。浪人バンザイ。
 正直言って腕を組むよりタチが悪い。めちゃくちゃ目立っている。まあ、お姫様抱っこよりはマシだが……。
「こうしてるとさ」
 隣を歩く双葉が話し掛けてくる。
「ん?」
「こうしてると……あたしたち夫婦みたいだよね……(ポッ)」
「顔を赤らめるんじゃない!」
 俺のツッコミが入る。一葉をおぶっているせいか、いつものキレがない。ハリセンも登場しやしない。
「こんなデカイ娘がいてたまるか!」
「まぁ若く見える夫婦ってことで……」
「若すぎるわボケェ!」
「お・バ・カ・さ・ん・ね。あたしがこないだ読んだ本によるとね――」
「取り敢えず『お・バ・カ・さ・ん』はやめてくれ。不二子ちゃんかオマエは。大体明らかにオマエのほうがバカだ」
「まぁ、それはともかく……」
 ――あっ、流された。
「ほら、『萌え』ってあるじゃない? アレは非日常性の現れでしょ?」 
 普通に『萌え』言うか、女子高生双葉よ。
「むしろ『萌え』とは非日常性の中でのみ存在するものなのよっ。だからこの状況はむしろ好ましいっ!」
 ぴしっと親指を立てて、決まったと言わんばかりに満足げな表情をする双葉。
 ――はぁ……。
「お前はどうゆう本を読んでるんだ、どうゆう」
 無論問いかけではなかったのだが……。
「おっ、いい所に気が付きますねぇ〜。普通のヒロインなら『キャッ♪ 彼の為にお料理』もしくは、ちょっと狙って『3分で出来る黒魔術』あたりだけど……。あたしの場合は同○誌ね。無論。最近だとなんてゆーの……ほら……男キャラにこだわりを持った――てゆーか、『萌え』要素うんぬんを語る――のがいるでしょ? さしずめ私はそれの美少女版よ。あの手で主人公いけるなら、こんなヒロインもありでしょ? 

 ……などとバカなことを答えた双葉の笑顔が……何ていうか、その……ぶっちゃけ可愛かったり、する……。
 あぁぁぁぁっ! 違う! お、俺はまだ正常だっ――」
「言ってない。言ってないから」
 暴走し出した双葉にツッコミを食らわす。取り敢えず。
「う〜」
 ツッコミの振動で体が揺れたのだろう。背中で一葉が獣じみた声を上げた。
「『獣じみた』ですって! まっ、やらし!」
 双葉の発言。
「人の思考を読むなっ!」
「その前の『ツッコミ〜だろう』も説明っぽいわっ!」
「ほっとけっ!」
 説明臭くなるのは伝奇小説だと当たり前なんだぞ!
 って楽屋ネタを言ってもしょうがないし、愚かしい。
 アホらし。
「確かにアホらしい」
「人の思考を読むなっ!」
「あ……テンドン」
 ……。
 これもありがち、だな……。
「はぁ〜。ホント下らない会話は程々にしとこうぜ」
「そうね。下らないのは運命論だけで充分だわ」
 双葉が眉間を押さえて言った。
 ――何のこっちゃ。
「あ〜。空から美少女が落ちてこないかな〜。下らない会話してる時の基本なんだけどな〜。さらにその子が都合よく記憶を失っててねぇ〜所々思わせぶりなセリフが出て来てぇ〜」
「? 何の話だ?」
「第1話について」
「何の?」
「王道」
「ダメな王道もあったもんだな」
「シャーラーップ! ベタにはベタの良さがあるのよ!」
「どんな?」
「一般常識を知らない位じゃ済まされない過激なサービスがあるじゃない。大体主人公とヒロインは何語で話してるんだっての!」
「??」
 双葉はあっちの世界に飛んでいる。
 俺の精神に100のダメージ。
「――んなサービスされても、双葉は女だから嬉しくないだろ」
「百合。むしろ私がオカマという設定もありうる」
「嫌な想像させないでくれ……」
「ごめんね。確かに私みたいな、超・絶・美・少・女ッ! が男だったら凹むわね。まさに下付き姫。姫じゃないじゃん」
 ――などと話している間に。
 気が付いたら良くわからない場所。
「どこだ? ここ……」
「さぁ……」
 ヒュ〜。
 俺達の間に冷たい風が吹いた。
 右手に河原がある。左手には田んぼ。
 視界の届く範囲に民家はなかった。
「曇り空で、カラスがカァカァ鳴いています。DM風」
 双葉が変な踊りをしながら、歌うように言った。踊るポンポコリン。
「カラスが鳴くから帰りましょ〜♪」
「その帰るべき家はどっちなんだよ」
「さぁ?」
 ヒュ〜。
 何か、もう疲れた。
 いっそ右手の河原に走ってフィーバーしてやりたい。俺の心を『777』出玉大放出セールにして、気が済むまで絶叫してやりたい。無論、捕まらない限りで。
 DMさんの言う通り雨は降りそうだし……。やってられない。
「まぁそんなに悩むものじゃないよ〜。ホラ、雨が降って来たら『お姉ちゃんのブラが透けちゃった』イベントのフラグが立つわよ!」
「……どんなイベントだよ」
 肩を落としたままで尋ねる。
「多分、『これ、着ろよ』『エッ、何で?』『だから、その……』『??』『透けて……るんだよ……』『何が?』『ブラが!』みたいなイベント。トゥルーエンドに一歩近づきます」
 双葉の説明を取り敢えず聞き流し、辺りを見回す。
 ――やはり見覚えがない。
「でもさぁ〜正人ちゃん。人間ってフツー無意識に歩いてたらいつもの道を行くわよねぇ〜。大体毎日通ってる学校から帰るだけで迷うなんてフツーないわよねぇ〜。こーゆーイベントって現実なら有り得ないわよねぇ〜」
「今、まさになってるけどね」
 ジト目で双葉を睨んでみた。
「そっ・れっ・はっ、私がフツーじゃない美少女だから〜☆」
「関係ない。ゼッタイ」
「ダメ! ゼッタイ。麻薬は止めましょう」
「あんま似てない。ダジャレになってない」
「美少女が言えばそれだけで萌えられるの。愛って偉大」
「う○こ食って死ネ」
 取り敢えずキツ目に突っ込んでみた。
「今の正人ちゃんの説明を変な風に受け取らないように」
「地の文に干渉するなっ!」
「まっ。スカトロマニアのくせに」
「誰がスカだ」
「さっきう○こ食べろ、って」
「……正人、ヘンタイ……?」
 背後からポツリと一葉が呟いた。
「ウワッ! 一葉、起きてたのか!?」
「……ベタベタな反応ね……」
 双葉が冷めた眼差しを俺に向ける。やな双子。
「ベタにはベタの良さがあるんだろ?」
「ラブコメならね。スカにベタがあったら怖いわ」
 双葉が語る。
「……確かに……」
 何となく納得してしまった。
「――って、スカじゃないじゃん!」
「あ、ノリツッコミだ」
 双葉が人を指差して笑う。
 放っとけ。
「蛙が鳴くから帰ろうぜ」
「? 鳴いてないわよ」
「雨が降りそうだから帰ろうぜ」
「ゲロゲロゲロゲログワッグワッグワ♪」
 双葉が訳の分からないことを言った。
 双葉の訳が分からない。
「サイコめ」
「この歌ってよくよく考えたらグロいわね……。新発見、新感覚」
「よけいな事を気付くな」
「本当はアメリカ大陸を発見したのは水夫らしいわ」
「何言うとんねん」
 言って、俺は懐からケータイを取り出そうと――出来ない。
 何故なら一葉を背負っている。あんまり軽いから気が付かなかった。
「よくよく考えたら正人ちゃん、一葉のお尻触りまくりね……」
「おんぶしてるからなぁ。それより――」
「エッチ! 私の事は遊びだったのね!」
「そもそもそんな関係なんて――」
 俺の言葉を遮り、
「ヘンタイ! 妖怪姉妹どんぶり!」
と双葉がのたもうた。
「じゃかぁしい。とにかく、俺の胸の内ポケットにケータイが入ってるから、それで位置情報を――」
「まっ、俺の胸元をまさぐれですって! スキモノ!!」
「うっさーい。雨が降りそうだから、早く!」
 俺がそう言うと、双葉がいやにニヤニヤしながらブレザーに手を突っ込んできた。
 …………。
「乳首をつつくな!」
 
 まぁ、そんなこんなで家に帰った。
 かくかくしかじかで寝る。
 何だかんだで朝起きて学校へ行った。
「手抜き!」
 うるさい、双葉。

  ――ep.4

 ――んで。
 何だかんだで下駄箱はフツーだった。
 恐怖の手紙が12通。いつも通りだ。
「ねみぃ……」
「正人ちゃん、夕べはウッハッハ?」
「アホ」
 アクビを噛み殺しながら双子と廊下を歩いていき、途中で別のクラスの一葉とは別れた。
 一葉はいつも通りフラフラしていた。何者?
 ――踊り場がやけにざわついていた。
「何かあったのか?」
「分かんない」
 双葉が首を傾げる。
 人ゴミを分け入り、進んでいく。
 この人ゴミは踊り場にある掲示板を見る為のもののようだ。
「どれどれ……」
 首を伸ばした刹那。
「ウッ!」
 菊門を激痛が襲った。
「クッ……!」
 カッコイイ呟きを漏らして俺が廊下に膝をつくと、背後で不敵に嘲笑する声が聞こえた。
「誰だ……?」
 痛みをこらえながら振り向くと。
「フッ……脆弱」
 両手を組み、俺を見下ろす奴がいた。
 頭には『双葉命』と書かれたハチマキを巻き、目が血走っている。
 アブナイ奴だ。
「何だ……ヘンタイか……」
 そう言って、俺も嘲笑を返す。
 すると。
「ヌウッ、この軟派者がァッ!」
 ヘンタイがそう咆哮し、俺に背を向けた。
「――?」
 俺が訝しく思ったその瞬間。
 ――ブッ。
 眼前で放屁された。
「クハハハッ! さらばだ! 小僧!」
 悶絶する俺を尻目に――文字通り尻目に――ヘンタイは去っていった。
「グッ……ゼッタイいつか殺ス」
「楽しそうね、正人ちゃん」
「これが楽しそうに見えるか?」
「うん♪ とっても」
「そうか……」
 双葉の手を借り、よろけながら立ち上がることに成功した。
「結局、あれは何の記事だったんだ?」
「さぁ? 私も正人ちゃん見てたから分かんない」
 ――という事なので気を取り直して、掲示板に目を向けた。
「アウチ……オーノーッ!」
 外人になってしまった。
 嘘だ。
「私達もとうとう学校公認カップルね」
「……嗚呼」
 そこには、巷のバカップルよろしく、腕を組んで俺の胸に顔を寄せる双葉の写真が映っていたのだった。
 
 うんこ。
 ――否、クソッ!
 写真の下にはでっち上げの説明がなされている。
 以下の通りだ。

              警告

 ――我々の宝である双葉嬢に寄り付き、不埒な行いをせんとする糞蝿に告ぐ。
 美少女は我が国の宝である。
 それを独占しようなどとは言語道断! 天が許しても我々が許さん! 
 天に代わっておしおきよ!
 貴様の良心はどこにある! 心にダムはあるのか!
 この不届き者! 馬鹿野郎! 血祭りに上げてやる!
 必ずコロス。貴様のペニスを切り取っていつか貴様に食わせてやる!
 俺のう○こを食わせてやる! 俺のマイサンを咥えさせてやる! 俺のアレはそこいらのニガーよりデカいぞ! 覚悟しておけ。貴様のアナルにアナルボールを突っ込んでユルユルにしてやる! キサマの骸は魔界都市〈新宿〉に捨てられ、必ずや日夜ゲイバーのアニキ達に愛されることになるだろう。やがて心を失ったキサマは「エヴァンゲリオン」などと言いながら死ぬまでコマネチをすることになる。鏡を置き、ヨガの修練を積み、キサマのXXXな尻の穴の周りの毛を見るがいい。キサマは左手にマニキュアを塗り、オナニーする愚か者だ! この股間大魔王! モッコリ白濁星の王子め! アンニョンハシムニカと言ってみろ!
 いいか。良く覚えておけ。
 山崎正人!
 必ずやキサマをヒィヒィ言わせてやる!

 ――怖かった。別の意味で。何つーか、壮絶。
「……すげェな……」
 思わず言葉が漏れた。ヒィヒィ言わされるのか……恐ろしい。
「はぁ……双葉、もう行こうぜ」
 双葉の手を引き、俺は教室に向かった。

  ――ep.5
 
「あ〜。山崎、ちょっと来てくれんか?」
 朝のH.Rを終え、1限の全校朝礼でのグラウンドへの移動を控えた喧騒の中。
 担任に、そう呼ばれた。
「どっちの方ですか?」
 双葉が問い掛ける。俺達は席が隣だから、目線でもどっちを呼んだかが分からない。
「あ〜。男と女、どっちもだ」
「だってさ」
 そういう事で、俺達は教卓へと向かった。
「ちょっと外へ出よう――残りのクラスの者は静かにしているように!」
 担任がそう言って、俺達は廊下へと連れ出された。

「んで、何の用ですか?」
 取り敢えず聞いてみる。
「ああ……掲示板の張り紙の事なんだが……」
 言い辛そうに担任が答えた。
 アレか。
「ああ? アレですか? デマですよ? 先生も知っているでしょう? 俺と双葉は単なる姉弟です」
「お前達は血が繋がっていないよな?」
 うわ。いやな目で人を見てくるな。ぜんぜん信じてない顔だ。
「はい」
 それでも頷く。
「ならあの写真は何だ?」
「……単なる悪ふざけですよ」
 そこを突かれると厳しいものがある。
「ただの姉弟はあんな事するか? 血も繋がってないのに」
「いや……ホントにただの悪ふざけですって」
 俺の言葉をどう取ったのか。
 担任は「ふぅ」とため息をついて言った。
「もうお前達は高校生だ。誰と付き合うのもいい。でも、さっき言った通り、血が繋がってないとはいえ、お前達は姉弟だ。ああいった”悪ふざけ”はまずいんじゃないかな?」
 その言葉で、今まで黙っていた双葉が口を開いた。
「血が繋がっていないから――それが何だって言うんです?」
 うわ。目が据わってる。マジだ。
「いや――」
「血が繋がっていなくても姉弟は姉弟です」
 担任に口を挟む暇を与えず続ける双葉。
 怒気をはらんだその顔は、なまじ造形が凄まじく整っているために、ますます怖い。
「姉弟がスキンシップをするのは当然です。人になんと言われようと、私はああいった悪ふざけを止めるつもりはないですから」
 言って、双葉は俺の手を握り、頭を下げた。
「それでは、失礼します」

 ――ガラガラ。
 扉を開けて、クラスへ入っていく。
 俺は半ば双葉に引きずられるようなカタチで自分の席へ戻った。
「……まったく、ムカつくわ!」
 双葉が呟いた。
「はぁ。キレ過ぎという気がせんでもないが」
「うるさーい! 私と正人がイチャイチャして何が悪いって言うのよ!」
 双葉が俺の背中をたたいた。
「そら、色々まずいだろ。姉弟だしな」
「ムッ」
 双葉が口を尖らせる。
「正人は担任の味方なの?」
「味方とか敵って問題じゃないだろ。ただ誤解されるような悪ふざけはやめた方がいいかな、とか」
「うっわ、結局そうなんじゃない。サイアク」
「俺は色々被害受けてるんだよ。その悪ふざけのせいでな? 今朝だって見てたろ? あんなのまだ軽い方だよ」
 俺はちょっと意固地になって、言った。
「へぇ〜、私が正人に近付くのは迷惑だって言うんだ?」
「んな事言ってないだろ」
「言ってるじゃん! 迷惑だったんでしょ! 今まで色々迷惑かけてごめんなさいね!」
 その、吐き捨てるような双葉の物言いに、俺はカッとなった。
「何だよ、その言い方!」
「うるさい! 私は迷惑なんでしょ! 放っといて!」
 双葉がそう言って、俺に背を向けた。
「チッ――勝手にしろよ」
 頭に血を上らせたまま、俺はそう言っていた。
 それから少し遅れて担任が入って来て、俺達は朝会の為にグラウンドへ行く事になった。

  ――ep.6

 ――さっきまでの口論を聞いていたクラスメイト達が好奇の視線を向けてくる。
「…………」
 気に食わない。
 双葉はずっと俺の方を見ようともしない。
 完全に拗ねている。
 気まずい雰囲気だ。
 ――思えば、双葉とケンカなんてものをしたのは初めてだった。
 双葉が怒るのなんて、想像した事も無かった位だ。
 何だかんだ言いながら、俺達はうまくやっていってたんだな……。
 今の少し冷えた頭なら分かる。
 担任との話の時、双葉はすでに苛立っていた。
 少しくらい気を使ってやれば良かった。
 そんなことを思ったが――俺もまだガキということか――自分から謝る気にはなれなかった。
 
 考えている内に、グラウンドに着いた。
 教師達の先導でクラスごとに整列を始める。
 流されるままに俺は双葉と離れていった。
 俺は背が比較的高い方で、双葉は低い方だから。
 ふと。
 双葉を呼びとめようとしたが――止めておいた。
 程なくして、つまらない校長の話が始まった。
 
 朝と同じようにあくびを噛み殺して耐えていると、やっと朝会がシメの段階に入った。
「え〜。では各種委員会や先生方から何かありますか?」
 司会の教頭が言った時だ。
「――ハイッ!」
 そう言って元気良く手を上げたのは双葉だった。
「それではこちらへどうぞ」
 教頭が言ったのを無視して、双葉が逆側に歩いてくる。
 ――こっちに向かって。
「双葉……!?」
 そう言った俺すら無視し、今度は朝礼台に向かっていく。
 ――俺の腕をガッシリ掴んで。
 されるがままに、朝礼台の上に引き上げられる。
「おはよう! 生徒諸君!!」
 隣で双葉がニッコリと笑って言う。
 ザワァァ――。
 途端、頭が割れそうな位の喚声が響く。
 どこのアイドルのコンサートだっての。
「2階の踊り場――っていってもクラブじゃないよ――の掲示板は見た?」
 止まない喧騒の中で双葉がそう言うと、
「死ね――山崎正人!」
 だの、
「死ね――股間大魔王!」
 だの、さっきまでの暖かい声援とは打って変わって凄まじい罵声が響いた。
「うん。しっかり皆見ているみたいだね」
 満足げに双葉が言った。
「あれに『不埒な行い』って書いてあったでしょ? でも私、あんなのぜんぜん不埒じゃないと思うのよね〜」
 双葉がチッチッと人差し指を振った。
「ちょっと、君――?」
 おかしな展開を察知した教頭が止めに入ろうとする。
 ――双葉は、それを静止して。
「本当に、不埒っていうならねぇ〜」
 ――まるで子悪魔のような笑みを浮かべ。
「最低でも、」
 ――俺の顎を掴んで。
「これ位はしないとね!」
 
 ――無理やり、キスをした……!

「キャン☆」
 そして、顔をピンク色に染めた双葉は――朝礼の途中だというのに――校舎に向かって走って行った。
 あっけにとられた俺が立ちすくんでいると。
 ――直後。
 ドワ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ! と雪崩のように朝礼台に人波が押し寄せてきた。しかも、この波は寄せても返さないのだ。
「コロス! 山崎! マジでコロス! う○こ食わす!」
「絶対ゆるさねェ〜! お、俺の、俺の双葉タンハァハァ が!」 
「コラッ! 待てッ! 賞竜券を食らわせてヤる!」
 待てと言われても待てない。
 止まったら、俺は確実に他殺死体になってしまう。
「ひょえ〜〜お助け〜〜」
 ――叫びながら。
 ――逃げながら。 
 俺は、笑っていた。
 霧が晴れたような気持ちを感じながら。
 
 やっぱり、双葉には変な奴でいてほしいから。

  ――蛇足的後日談

 実は双葉も少しは緊張していたのだろうか。
 今思えば、あの時しっかりと重ねられた小さな手の平は。
 すこし、汗ばんでいたような気がする。
 ――きっと俺の気のせいだけど。
 
 コン、コンと。二回だけドアをノックした。
 『ニュータイプ双葉、折檻系天国』と書かれたプレート。蛍光ピンクが目に痛い。
 一体ここは何の部屋なんだか。
 ――クスリ。少しだけ笑える。
 顔を出した双葉に、
「なあ双葉、お前の手少しだけ濡れてたぞ」
「あ、気が付いた?」
「お前ホントは――」
「いや〜キイた? 私の『いつもは感じない乙女の脆さにもうドッキドキすか? ドッキドッキすよ! 作戦』は」
「……は?」
「あ、ちなみにあれは私の汗じゃなくて・唾・液」
 固まる。
「最近じゃあもう妹に精○飲ませるのは初歩中の初歩、スキモノは唾液や汗をこっそり飲ませちゃうプレイが流行らしいわよ」
「……は?」
「私のあまりに完璧な萌えっ子っぷりに感動して声も出ないのね!」
「お前なぁ」
 ああ。こいつは全く――。
「ああ声なんか出ないよ! 余りのお前の萌えっ子っぷりに感動してなぁ!」
「キャー襲われる! ダメよ! 野外プレイは好感度と従順度が4になってからよ!」
「いっぺん死ね! 少しでもお前の気持ちを伺おうとした俺がバカだったよ!」
 
 なんて。
 いつもの光景が繰り広げられるのだった。
 明るい笑顔。
 いつもと変わらないあの笑顔が。
 ……ああ、たまらなくムカつく。















  後書きめいたもの

 過去作プラスアルファといった内容です。
 もしよろしければ、『悲しい童話』と併せて読んでいただけないでしょうか。
 『双葉〜』ではあえて描写は薄くしてありますし、オトマノペなどもガンガン使っています。作風と文体をきちんと使い分けられているかをコメントして頂けると嬉しいです。加えて、私見でも何でも構わないので、どっちが僕に向いているか、という事を教えて頂けないでしょうか。
 メタ構造に関するコメントなども欲しいです。