ガルネリア・サーガ 〜白砂の巨人篇〜 1
作:AKIRA





  序章

 新皇暦1289年の新年祭は、神聖帝国建国千年という節目である。
ガルネリア西大陸中西部に位置する大陸中で最大の国力を誇る神聖帝国も、現在のように平和で豊かになるまでには決して平坦な道ではなかった。

 天明暦289年(旧暦)――今から千二百年前程前に遡る―― 突如、ガルネリア大陸全土において大規模な地殻変動に見舞われた。丁度大陸の中央を横断して大きな山脈が出来た。人々は、これを『天の山脈』と呼び、神に畏怖した。
 この大規模な地殻変動に際して神話の時代から長らく地底深く封印されてきた妖魔や怪物の類が一挙に地上に這い上がってきたのである。
 当時、地上を生活の場としていた人間やドワーフ、エルフ等の種族がこれに頑強に戦った。
 戦いは壮絶さを増し、双方ともに不毛な消耗戦と成り果てた。
戦争は百年続けられ、頑強に抵抗した地上の種族たちは、遂に地底の種族に屈服してしまう。これを神聖帝国の歴史では、『黒の戦争』と呼ぶらしい。
 しかし、地上の種族は決して諦めてはいなかった。各地でレジスタンスの運動が動き始めると、それに呼応するように奇跡がおきはじめた。
 先ず、西大陸全土に巣食っていた妖魔達の類の中で最も強力な種族の一つでもあるリザードマン・サーペント(頭部が爬虫類、胴体が人間でありながら腕が四本あり、しかも屈強な膂力と、特殊なブレスをはく事が出来る種族)が地底の種族を裏切り、地上の種族の味方になったのである。
 一説には『神の声』を聞いたとも、あるいは利己に走った云われているが定かではない。
 これを機に様々な地底の種族が寝返り、(大抵は戦争後、元の邪悪な種族に戻るが)攻守が一挙に入れ替わった。
 そして、地底と地上の種族の最終決戦の時、それまで静観していた女神・ラザリアが弟であり、軍神(戦いの神)であるヴァルケインと共に地上の種族を助け、遂に地底の種族を再び地底深く封印したのである。
 この最終決戦は『奇跡の介入』と呼ばれ、その封印された場所はいまでも残っているという。
 その後、西大陸中西部に移り住んだ種族たちが奇跡を呉れ給った女神・ラザリアを国神(国家の宗教上の最上神)として国教とし、神聖帝国『レザリア』が誕生したのである。
 ―――それから千年後、神聖帝国『レザリア』は人も変わり、国家の中枢も幾度と無く変わりながらも、その繁栄は建国時と変わらない。


  第一幕 異変

   1

 さて、この本編の主人公であるガルドが首都であり、また故郷でもある「ホーリー=ロード」の土を踏んだのは、新年祭も佳境に差し掛かってきた頃である。
 新年祭は七日ほど行われ、その間全ての国民は仕事を休め、ただ祝い、酒を飲み、楽しむという行事である。
「そうか、新年祭は明日までだったのか」
ある任務から帰る道すがら、行商人から期日を聞いていたが、行商人が一日間違えていたらしい。
 この「ホーリー=ロード」の石道を踏むのは、三年振りになる。
少し古くなった鎖帷子の上に膝までの外套を羽織り、膝当て、脛当ても鈍く光っている。背中には、大きなサックを背負い、その上に少し小さい丸型の盾。左手に長剣を肩越しにかけ、髪は伸び、剃っていた髭には無精髭が生えている。
(今日一日は、ゆっくりするか)
二日、ろくに眠らずに歩いてきただけに、館まで辿り着く自信はない。

 まぁ、事も無く館に着いたのは陽が傾いていた。
「なんとか、な」
眼は虚ろで、足はふらつき、身につけている全ての物を捨ててしまいたいくらい半ばヤケクソ気味になりながらも館の門を叩いた。
「俺だ。神聖帝国レザリア第7連隊長、にして『炎の爵位』15等級騎士、ガルドだ」
肚の底から叫ぶと、サックを下ろし、上に長剣をおいて門にもたれかかった。
 程なくして、意識が深い闇の中に引き込まれてしまったのである。
 気づいた場所は、寝室である。帷子は脱がされ、簡素な平服に着替えさせられていた。
「漸く、お気づきになられましたかな」
とガルドの寝室に入ってきた初老の男性がいる。
 執事のセリオスである。
 癖のある白髪を額の真ん中辺りでわけ、眼は綺麗な二重。頬がこけているものの、病んでいるわけではなく、背筋を張って、姿勢が綺麗である。礼服を着、盆の上に水と少々の薬が置いてあった。
「セス呪医に来て頂き、見てもらいましたところ『衰弱が少し激しいので』という事でしたので、これを」
「そうか。セスがか。逢いたかったが、仕方あるまい。二日夜通しで帰ってきたからな」
 セス呪医というのは、ガルドが子供の頃から世話になっている呪医(初歩的な僧侶魔法と、薬学に精通した者)である。腕も達者でガルドも信頼を置いている。
「無茶をされては困りますな。御身は大切にされませぬと」
この初老は、どういう注意でも飄々と与えてしまう。まぁ、故に抵抗無く聞けるのだが。
「すまない。中央から何か?」
ガルドの問いに、セリオスはガルドの隣の机に盆を置き、
「聖皇帝様の使いの者が入らして、『十分に休養をとって、新年祭が終わり次第、登城せよ』との仰せでした」
「新年祭?!」
「えぇ、ですから明日、聖王宮に御登城くださいませ」
丸一日、眠っていたらしい。
 突然、ガルド様、と大きな声が戸の向こうで聞こえた。聞きなれた声だった。
「サムか。入れ」
戸が開き、一人の少年が立っていた。
 小柄で丸く、愛嬌のある目鼻立ちである。力が強く、重い物を運んでくれる、ガルドの館の中でも重宝している少年で、サムという。
 騎士に強く憧れているらしく、『ガルド専属護衛騎士』という肩書きを自称している。ガルド自身も、サムを弟のようにかわいがっている。
「せっかく新年祭、一緒に祝いたかったのに」
と、ガルドのベッドに座った。
「すまないな。疲れがたまっていたのだろう。来年はどうやらできそうだがな」
という言葉にサムは眼を輝かせた。「嘘ついたら駄目だよ」と云っていたが。
「さぁ、サム。今日はお帰り。明日は聖王宮に行かねばならない」
「連れてってくれるんでしょ?」
「サム、駄目です。ガルド様は聖皇帝に逢われるのですからね」
セリオスが横槍を入れた。サムが、不満そうな顔をする。
「セリオスの云う通りなんだ。いつもなら構わないが、こればかりはな」
(報告か・・・)
聖皇帝に会うのは、これも三年振りである。

 翌日、ガルドは謁見用の神聖騎士の甲冑を身につけ、駿馬を選んで聖王宮に向かった。聖王宮は、「ホーリー=ロード」の北中央に位置する。
 聖王宮は、元々『天の山脈』の地殻変動の時に這い出た種族達のジェネレーター(拠点)の大きな物の一つで、ここ聖王宮のみならず、各国の王宮の建てた場所は全てジェネレーターの位置に当たる。
 神の手によって封印されてた地底の種族達を更なる万全を期するため、神が与えた使命としてジェネレーターの上に作られた。
 聖王宮は、凡そ華やかな街とは違い、質素で華美というものがない。が、白で統一された王宮には荘厳さを感じ、国神・ラザリアの尊ぶ『質実』を表現しようとした物だ。
 その白で統一された王宮に唯一違う色がある。
王宮内に敷かれた紅い絨毯である。ガルドは、その紅い絨毯に沿って謁見室に向かう。
 謁見室は、王宮の中央入り口から直進し、途中の分厚い扉の向こうにある。
ガルドは、そこで扉の護衛兵に用件を告げた。護衛兵も聞いていたらしく、直ぐに扉を開けてくれた。
「神聖帝国レザリア第7連隊長、『炎の爵位』15等級騎士、ガルド・ヴァリウス。登城致しました」
 開かれた扉で所属と階級を名乗り、前進を許される言葉を待った。
「ガルド・ヴァリウス、前進を許す」
 ガルドの前方に、儀礼用の甲冑を身に纏った聖皇帝が中央の大玉座に座っている。
 ガルドの左側には手前から、神聖帝国軍の小隊長、連隊長、それを指揮する騎士隊長と続き、一番奥、つまり玉座の一番傍に五将軍がいる。
 同じく右側には手前から、事務官、政務官という大臣と、四人の宮廷司祭と続き、同じ奥には、これも五人の宮廷魔術師がいる。
 仰々しく前進を許したのは、首席宮廷魔術師である、デ・モンドである。
(この仰々しさも相変わらずだな)
見たところ大きく顔ぶれも変わっておらず、騎士団の連中も目配せをする程で、大臣達の顔も、宮廷達の顔も任務を帯びて旅立った時となんら変わっていない。

 両官並び立つ中を、ガルドは颯爽と、しかし厳かに歩んだ。
最初は小さい姿であった聖皇帝も、次第に大きくなっていく。
 そして、玉座の前に立ち片方の膝をつき、低頭して、皇帝の言葉を待った。
「我が神聖帝国騎士団、第7連隊長ガルド・ヴァリウス。この度の『シーフ・ロード』国の境界線平定の任、大儀。よって等級を一つ上げ、14等級とし、新たに連隊の配下二名の増名を許可する」
 朗々と、しかも通る声である。喉を鍛えている事が分かる。
聖皇帝、ガルクォード]U世。神聖帝国レザリア第12代皇帝である。
 本来ならば、決して皇帝になる事が叶わなかった人物である。それが、14の時、当時17であった兄の出奔によって皇位継承権を得、先代皇帝の逝去に伴い、皇帝になった人物で、温厚で凡庸な先代とは違い早くから名君の呼び声高い。32歳である。
 ―――『シーフ・ロード国との境界線平定』というのは、四年前、レザリアとシーフ・ロードという二つの国の境界線でゲリラが頻発し、多数の住民が重軽傷、あるいは致死という惨劇に見舞われた。
 「シーフ・ロード」国王デューク・ガースト[世はこれに激怒、すぐさま編隊しゲリラ撲滅に動いた。レザリアの国境も荒らされた事から、ガルクォード]U世も小編隊を組み、隊長をガルド・ヴァリウスに任じ、討伐に動いたのである。
 ゲリラの正体は職にあぶれた傭兵達で、討伐は意外にも苦戦を強いられた。しかし、シーフ・ロード軍とガルド小隊の共同戦線で撃滅したのだが、その後、それに便乗した小悪鬼(ゴブリン)や、鬼巨人(オーク)達の棲み処を発見し、其処を叩いた。思わずながら時間もかかったが、一人の犠牲者を出す事も無く、任務は無事完遂し、と同時に早馬を出し、ある程度の報告は済ませていた。

 謁見室に歓声が響き渡った。
思わず、五将軍達が歓声を送った若い騎士達を窘める。が、五将軍達も笑顔である。
それとは対照的に文官達の表情が優れないのが、気にかかるが。・・・
「何か、異議あるものはおらぬか」
と、皇帝が辺りを見回したとき、首席宮廷魔術師であるデ・モンドが異議を唱えた。
「今回、ガルド・ヴァリウスに課せられた任は、『ゲリラを殲滅する』という任務であったはず。ならば、小悪鬼や鬼巨人の殲滅は任務外であるはず」
「ならば、どうせよと」
「昇級を撤回していただきたい」
「よかろう。だが、私は、聖皇帝ガルクォード]U世は『シーフ・ロード国の境界線平定の任』を課したのだ。国境に怪物共が巣食っておれば殲滅するのは当然任務のうちである。国境を平定し、安寧に導く事が任務の最重要課題である。それに、『ゲリラの殲滅』とは、一言も云っていないがな」
 皇帝の見解にデ・モンドは苦々しく引き下がるしかなかった。
五将軍は、デ・モンドらの態度を憎々しげに見つめていた。
「他に無ければ、これで閉廷とする」
聖皇帝の閉廷の宣言が雄々しく響いた。

 控え室。
「これで、14等級か。早いな」
同僚の騎士達が、ガルドの昇級に羨望の眼差しを向ける。
「いや、たまたま鬼巨人達が居てくれたからだ。いい手土産だったよ」
「しかし、デ・モンドはお前の昇級を頑なに拒むな。前のさ、ほら。・・・」
「あぁ、盗賊の討伐か?」
「それの時でも、『15等級』だって云ったら即座に異議したもんな。何かあるのか?」
 という同僚の問いにガルドは答えなかった。その眼は複雑だった。
「・・・まぁ、なんだ。良かったじゃないか。皇帝の信頼も大きくなるし、五将軍様も大喜びだったからな」
「そうだな・・・」
言葉少なにガルドは部屋を出た。五将軍の一人、オスカーに会う為だった。

 王宮の謁見室から出て左手に控え室、右手に螺旋階段がある。
その螺旋階段を昇ると、丁度謁見室の真上になり、廊下が続く。
その廊下を直進すると皇帝の執務室の重い扉が閉ざされている。
 ガルドは途中で右に曲がり、渡り廊下を進んだ。そのまま直進すると、五つの扉が丁度五角形のように立ってあり、ガルドは右から三番目の扉を叩いた。
「入れ」
という透き通った声が聞こえた。
 失礼します、とガルドは右拳を左の胸に当て、頭を下げた。
「挨拶はいい。今度の任務はご苦労だった。昇級、おめでとう」
眼前には、長身でやや痩せている面長な男性がいた。切れ長で、少し癖のある長い金髪を無造作に垂らし、温和な表情で出迎えてくれている。
 五将軍の一人にして、「飛将軍」という二つ名を持つオスカー。さる名家の出身で、ガルドの上司にも当たる人物である。『炎の騎士』階級は3。
「お前に二人の増員が認められた。という事は、お前の連隊の補充をせねばならん。そこでだ、ここに新人の騎士を二人呼びつけてある。お前の下で鍛えてやって欲しい」
「それは構いませんが、最前線に行く事が多いというのに、新人が持ちますか?」
「それを含めての値踏みをしてもらいたいのだ。御眼にかなうかどうか、な」
扉を叩く音がした。入れ、とオスカーを入室を認めた。
 入ってきたのは、二人の騎士である。新品の甲冑に身を包み、少し緊張した面持ちで挨拶をした。
 一人は、癖のあるブロンドの髪を真ん中でわけている。顔は小さく、二重瞼で瞳が蒼い。背は、小柄な方ではないが、俊敏さを備えているように見えた。
 もう一人は、大柄でオスカーと並ぶくらいである。オスカーも騎士団で一、二を争う長身だが、劣らない。黒髪を束ね、痩せている。というより、体に余分な脂肪がついていないのであろう、引き締まった体である。甲冑があっていないらしく、詰め物をしている。瞳は黒く、切れ長で、鋭い眼つきをした若者である。
「紹介しよう。ブロンドの方がロジャー・ブライアント、で黒髪の方が、ライアン・カッファだ」
「カッファ?あのキリュウ将軍の」
「キリュウは、私の兄です」
ライアンがおもむろに口を開いた。低い声である。
 キリュウ・カッファ。「一騎がけのキリュウ」「一騎打ちのキリュウ」と呼ばれる、レザリア五将軍の一人で、今まで五十余回の一騎打ちにおいて帷子に傷すら付けた事の無い西大陸でも屈指の剣士である。元々は『極東』呼ばれる異大陸からの移民団で、彼の剣技は独特である。『雷の騎士』3等級。
「そうか、では君もあの剣技を?」
「兄ほどではありませんが」
「しかし、オスカー将軍。それならキリュウ将軍ご自身が」
「いや、それがキリュウ君たっての頼みなのだ」
「・・・。わかりました」
というと、二人に向き直り、
「二人とも、我が連隊にようこそ。歓迎しよう」
「さ、ロジャーとライアンはこれからガルド連隊長の本営に行ってもらう。場所はわかるな?そこで、諸兄に色々と教えてもらいなさい」
 二人は、挨拶をして部屋を出た。
「さて、と。・・・」
「オスカー将軍。本件は何です?」
「ほ、さすがだな。実は皇帝からこのような物を渡されてな」
と、机から取り出し、見せたのは一通の古文書である。
古い羊皮紙に、行数で約百行程。題名は『古の還りし都』とある。
「これは・・・」
ガルドは意味を図りかねた。
「帝国内の図書館で見つかった。見つかった場所は、『禁断の間』だ」
「き、禁断の間でですか」
禁断の間は、聖王宮謁見室の裏にある王立図書館の内部にあり、そこには建国以来の全ての文献、文書、あるいは戦争記録などが残されている。その中央に紅い壁で仕切られた一室がそうであり、累代の皇帝のみが入る事を許され、閲覧を許可されている。
「そうだ。これを『水の文官』7等級のデリス君に解読してもらったのだが」
「何と」
「『古の還りし都、今一度建つ時が来た。地の底に封印されし先住民達、今一度光の下に立つ時が来た。全てを無に帰し、新しい御世を・・・』これ以降は、汚れが酷く読み取れなかったそうだが」
「『黒の戦争』ですか」
「そう考えるのが、妥当な筋だな。今年は建国千年だ。そして、『黒の戦争』で祖先達が屈服したのが今から千二百年前になる。・・・不吉でな」
というオスカーの顔色が青褪めている。
「で、帰還早々で申し訳ないが任務を与えたい。君の連隊の内、精鋭で隊を組んで、調査をしてもらいたいのだ」
「場所は」
ここだ、とオスカーは下を指差した。聖王宮だ、というのである。
「聖王宮の地下にジェネレーターの封印された所がある。状況を見てきてもらいたい。本来ならば騎士隊長が受けるべき任務だが、これは皇帝たってのご命令でもある。私もその方が楽なのでな」

 連隊本営に着いたガルドは、連隊召集をかけた。
連隊は、全部で七百。小隊五百と、前小隊二百という内訳になっている。
 本営の招集場に各々の防具と武器を装備して、集まっている。
ガルドは、一段高い壇に上り、連隊に任務と訓示を行った。
「先日までの長期任務、ご苦労であった。小隊を組んだとはいえ、誰一人欠けることなく任務を全うし、かつ手土産まで持参できるはこの俺自身、予想していなかった事だ。これによって階級も一つ上がり、14等級となった」
連隊から歓声が沸き起こる。連隊幹部も拍手で歓迎した。
「それだけではない。新たに二人の新人――まぁ挨拶は済ませているだろうが――を改めて紹介する。ロジャー・ブライアント君と、ライアン・カッファ君だ」
ガルドの傍にいた二人が、挨拶をする。また、歓声。
「新人だ。至らない点もあろうが、辛抱して教えてやってくれ。それで、本題に入るが ―― 」
「我ら連隊の上司であり、かつ五将軍でもあらせられるオスカー・アルフレッド将軍から、新たに任務を仰せつかった」
というガルドの言葉に、先程までの歓声から一転し静まり返った。
「任務といっても王宮内の地下迷宮の探索及び調査だ」
この言葉に静まり返った本営内がざわつき始めた。
「いいか、詳しい事は今は話す事が出来ない。が、さしたる危険もないとオスカー将軍は判断されたのだ、と私は思っている。そこでだ、隊を組みたい。人数は、6。それぞれの適性を踏まえたうえで、組隊したい。発表は三日後。招集された者は翌日登城。オスカー将軍の任命を受けて出立する。尚、王宮内の探索なので当然、国法に反した者は国法の定めるところにより処罰するので、行動には気をつけるように。以上だ。解散」

 解散後の騎士達の隊務は苛烈を極めた。
まず、700人(5×140小隊)の査定と今までの実績と出身職業からによる適性検査である。先ず、これで300程度に絞り込んだ。
(この神聖帝国レザリアでは、小隊員一人一人に至るまで出身職業と今までに参戦した大小を問わない戦闘行為、及びその結果を随時、克明に記されている。各連隊にその記録を保管し、戦死者にはその戦死した戦闘行為、状況、日付まで残されており、遺族には、毎年微禄でありながら弔慰金を支出している。)
 今度は、第二次として新たに50人にまで絞る。さらに、それぞれの配下の騎士達の協議によって20人程度に絞り上げる。ここからは、連隊長も入って綿密な討議に入るのであるが、一人一人の資料とそれに類する記録を探りながら、十分に討議を重ね、遂に選出が行われる。
 この間、騎士達は本営で缶詰め作業に入る。故に寝食は本営内で仮初に行われる程度で、実際不休での作業となる。
「よし、これでいいだろう。盗賊、魔術師、司祭。・・・まあ、妥当なところだな。これに私とライアン、それにロジャーを連れて行こうと思うが、諸兄は」
「よろしいが、今度の探索は国境とは違う。もし万が一、新人が下手を打てば」
と、真っ先に反論したのは連隊の中でも猛者(ベテラン)に入るであろう、アインスト騎士である。『炎の騎士』等級は、6。このアインストは、元々騎士隊長次席の人物であり、ガルドの不在中、良く連隊を束ねていた。
「アインスト殿。お気持ちはわかる」
「いや、私は新人を信用していないのではない。ここで新人を使うなら、今別働隊が魔法王国『ムーラ』での小競り合いに出動している。近々第二次隊が編成されるであろうから、まずそこで怖さを知っておいた方がいい。そうした上で且つ、生き残っているなら、その時に改めて任務を下せばよかろうと思うが」
アインストのいう「『魔法王国ムーラ』との小競り合い」というのは、ムーラ所属の騎士団が、レザリア国境を侵略し、付近の村々を制圧したという情報がもたらされ、レザリア騎士団は小隊を派遣しているのである。
「他には」
ガルドが、隊属の騎士達を見る。部下の騎士が挙手した。
「確かに、アインスト次席が仰られる事は最も至極。されば第二次編成隊の勅許が下された時に二人の判断に任されるがいいのではないかと思います。新人なればこそ、全てが鍛ではないか」
「しかし、新人に其処までの権限を与えてはどうかと」
「それにこの度の任務はたぶんに急を要する。それを新人の権限で決めてしまえば秩序が崩れてしまうのではないか」
と、アインストを擁護する意見も出始めた。
「・・・ならばこうしよう。この任務に関しては、ロジャーを連れて行く。『ムーラ』に関してはライアンを行かせよう。見た所、ライアンには実戦が不足しておるようだし、それにロジャーに関しては些か剣技に不安があるように思える。それぞれの短所を克服させる事にしよう」
この言葉で、選抜が決まった。

 翌日、連隊本営のひとけは、過日の新人挨拶の時に較べ、まるで無い。
来ているのは、たった5人である。
 一人は、本営中央に立っている。体格に優れ、背中に丸型盾(ラウンドシールド)をベルトで背負い、腰には小剣を帯びている。鎖帷子を着込み、脛当てを着けている。戦斧が得物らしい。短髪で前髪が綺麗に跳ね上がっている。額に大きな皺のような傷が真一文字にある。
 一人は、小柄である。顔に見るべき特徴が無い。それでいて、挙措に隙が無く、素早そうに思える。腰には小刀(ナイフ)が数本、後ろ側には中剣(ミドルソード)を帯びて、革鎧、直垂、と機動性に優れた装備を纏っている。
 一人は、見るからに魔術師といういでたちで、布服(ローブ)を革鎧の上に羽織っている。魔法の発動体たる樫の杖を右手に持っている。頭深く被っているためによく見えないが、長身である事と、凡そ魔術師には程遠い、また魔術師にしておくには勿体無いほどの隆々たる体格の持ち主である事は布服の上からでも分かる。腰に、中長剣(ロングソード)を差している。
 一人は、白いふちのない帽子を被り、司祭特有の布服を羽織っている。特有というのは、袖がない事である。しかも驚いた事にこの司祭は女性である。刃物を持つ事を禁じられている為、手鎚(メイス)か、鎖棍棒(フレイル)が武器であろう。
 そして、もう一人は、ロジャー・ブライアントである。神聖騎士の着用する鎖帷子を着込み、外套を着けている。内側にはレザリアの紋章が刺繍されている。方形盾(ヒーターシールド)を右手に持っている。どうやら左利きらしい。腰の左側に長剣(バスタードソード)をベルトで固定し、兜は着用していない。
「そろったか」
本営の奥の扉からガルドが現れた。鎖帷子を新装し、左手には騎士叙勲を受けた当初かから使っている方形盾、腰には長剣、ロジャーと同様の外套を羽織っている。ただ、ロジャー違うのは、外套の色と、方形盾の大きさである。ガルドの方が小さい。
「よし。先ず、自己紹介だ。今回務める調査隊の隊長である、ガルド・ヴァリウスだ。では、戦士のお前から」
と、中央に居た男から自己紹介は始まった。
「グラウス。職業は傭兵。遺跡調査が主だ」
声が大きい。大抵、この手は内緒話ができない。が、性格は曲がっていないように見受けられる。
盗賊風の男が続いた。
「・・・レスト。盗賊。・・・」
どうやら、話す事が苦手なようで、レストと名乗った盗賊は直ぐに口を閉ざした。
「サーフ、と申します。ホーリー=ロード北の魔術学院で魔法を修めました。この知識がどれほど役に立つのかは判りませんが、全力を尽くす所存でございます」
挙措動作に典雅さがあり、一見して知性が感じられた。言葉遣いも丁寧で、好青年という印象を与える。
 女性の司祭は、短く、しかし小気味よくライアと名乗った。
「これで全員だな。では、聖王宮地下の封印迷宮に向かう」
王宮内の探索という奇妙な任務が始まったのである。

 地下の封印迷宮は、人工物である。
故に、迷宮とは名ばかりのいわばちょっとした迷路感覚である。
とはいえ、遺跡荒らしや邪心抱きたる人間や他種族から守るために造られている為、複雑極まりない。
 ガルドは王立図書館の司書であり、かつ解読も手がけている『水の文官』の7等級のデリス・フィアロから地図の写しを貰い受けている為、迷う事はもよやあるまいが、しかし、一度道を間違えると二度と外に出られる事は出来ない。現に、迷宮の壁の其処彼処に鎧を着た骸骨が、静かに横たえていたり、座ったりしている。中には杖を持ったままなど、種類も豊富である。
 仕掛けというほどの物も無い。せいぜい矢が飛び出すほどで、それも鏃は研いでいない。脅しである。
 鼠が素早く走り回る以外に怪物や、怪しい人影などは見当たらない。
地下ゆえに、どれほどの時が過ぎたのか、皆目見当がつかないが数回の食事と休憩を挟んだから、2,3日は経過していると見ていいだろう。
 迷路を抜けると大きな広場になっていた。

 広場は丁度謁見室が数単位収まるであろう程の広大さである。
その奥には、片膝をついている巨大な人形があるが、動かない。
一行は、その巨大人形に近づいてみる。人形の背中越しに怪奇な模様の大きな扉が閉じてあった。
 その人形を触れてみる。表面はえらく粗い。ザラザラとした感触で、付着した物を指の腹で擦り合わせると、砂のような感触だった。
「これは・・・白砂か」
「何ですか?その白砂というのは」
ガルドの驚きにグラウスが興味をおぼえたらしい。
「白砂というのは、文字通り白い砂の事なのですが、これは魔法の砂でしてね、ある呪文を唱えると、その唱者の思念を具現化できる代物なのです。しかし、この白砂は『ムーラ』の国でも随分と希少性の高い鉱物でしてね、『黒の戦争』の時ならいざ知らず、此れほどの大量の白砂は見たことが無いですね」
『白砂の巨人』と筆者は仮に名付けるが、その『巨人』を見上げながらサーフが語った。
「という事は、逆を云えばこの巨人は『黒の戦争』期のものだと」
「恐らくは、この拠点の守護者なのでしょう」
 その通りだ、と背後で非常に通る声が聞こえた。
一行が振り返ると、男が立っていた。
 全身を布服で包み込み、胸の辺りに逆さ五角形のプレートを着けている。しかもそのプレートには何やら文章めいたものがびっしりを書かれているが、よくは読み取れない。中長剣を右の腰辺りに差している。
 顔はというと口の周りに髭をたくわえ、髪は短く刈り込んである。目鼻立ちははっきりとし、やや特徴として額に妙な“痣”がある。
「その若い魔術師の云う事は半分当たっている。が、実際にはそれだけではない」
と、その男は近づいてきた。
 “痣”と思っていたが、実際には“紋様”である。恐らくは何らかの儀式でつけられた物であろう。男は一行の間を割って入り、『巨人』の前で振り返った。
「この守護者は、ここの拠点を守るだけではない。嘗て『黒の戦争』期においてこの辺りを統治していた者の守護者でもある」
「『魔将』と呼ばれていた闇神『ゾール』直属の配下の者か。神話だな」
 実際には、地底の種族の族長的地位にある有力者が混乱期に人間達地上の種族を切り従えたに過ぎないのだが、一部の民間ではその有力者は実は、闇神『ゾール』直属の将軍達で、しかも『天の山脈』隆起を起こしたのは他ならぬ闇神『ゾール』である、という伝承が伝わっている。
 神話だな、と云ったのにはガルド自身そういう実体の無い民話に感傷するほどのロンチストではない。『黒の戦争』というのは実際に歴史的な資料と其れを裏付ける史書が存在するからで、実際の史料が無い民話や伝承には、全くといっていいほど興味が無い。リベラルなリアリストであった。
「信じぬのか」
「そういう性分でな。そもそも『ゾール』の存在自体信じていない」
「何故だ」
「実体が無いからだ。・・・まぁ、宗教論議などは後ですれば良い。今は、『不法侵入者』として聞かせてもらう。目的は」
と、ガルドは柄に手をかけ、自らの剣をすらり、と抜き放った。
「それにだ、よくここまで迷わずに来れたものだ。後ろに気配は無かった。どうやってきた」
 男は、頬に軽い笑みを浮かべながら、しかし声は変わらず、
「簡単だ。方法は『遠見の魔術』を使った。そして、目的は。・・・」
といったか云わぬうちに鋭く剣を抜き、ガルドの剣を弾き上げた。
(手練だ)
と感じたのは、その弾き方である。脇を一切開ける事無く、しかも剣撃が素早い。
 男は剣を持った右手をだらりと下げたまま話を続けた。
「目的は、貴殿ガルド・ヴァリウスを殺し、聖皇帝を弑し、ついでこの西大陸に新しい御世を創世するためである」
ガルドは、意味を図りかねた。誇大妄想狂なのか、と思われるほど現実性が無い。
「・・・まぁ、いい。信じぬ様子だが、これを見れば少しは私の意図が理解できるかな」
 男は徐に口を動かした。しかし近くにいてさえ聞き取れるかとどうかわからぬくらいの声量で、何かを詠唱している。
 次第に、この地下迷宮が震えた。何かに鳴動されていた。
「隊長。きょ、『巨人』が」
と、グラウスが指をさした先では、片膝を付いていた『巨人』が立ち上がろうとしていた。
「ガルドよ。我が名を憶えておくがよい。我が名は・・・リドル」
と言うと、リドルと名乗った、かの誇大妄想狂は姿を消した。
(無事にここを出られたらな)
と、ガルドは皮肉った。先ず此処を脱出しない限りは全てが終わりといってよい。
 『巨人』はゆっくりと、しかし確実に覚醒し始めていた。迷宮の天井が明らかに悲鳴をあげ、そこかしこから崩れ落ちていく。
「逃げろ!死にたくなかったらな」
怒鳴った頃には、すでに天井が無くなっていた。

 聖王宮謁見室横にある中庭は、帝国内でも有数の名勝地である。
極東の大陸から寄せられた希少な花や、中央の池など、王宮内に相応しい庭である。
 いや、『であった』というべきだろう。
今はその中庭は、跡形一片すらないのである。
 あるのは、異形の巨大な顔が王宮に向かって睥睨している。その双眸には、鈍い光が灯っている。
突如として、大地から大きな震えが起きたかと思うと、中庭が陥没し、琥珀色の巨人の顔が現れたのである。
 王宮内は混乱を極め、五将軍を始め、『炎』、『雷』の両騎士団は即座に臨戦態勢を整え、文官、侍女、あるいは王妃、皇帝などを文官寮に非難させた。
「何が起こっているのか。・・・」
『大地の守り手』たる二つ名を持つ「炎の騎士団」団長であるロイ・クラウザーは事態の収拾に手を焼いていた。
「オスカー。ガルドがよもやこんな事態を引き起こしたとは考えにくいが、皇帝からどのような命令があったか詳しく聞かせてくれんか」
 オスカーは頷き、今回の命令を詳しく話した。皇帝が「禁断の間」で見つけた古文書の事。また、異変が無いかどうかの調査を直接(オスカーの経由であったとはいえ)ガルドに命令した事。
「まあ、念には念、と云う気持ちであったのだが。・・・よもやこうなろうとは」
「で、そのガルドら一行は戻ってきたのか」
と、騎士団長は側近に尋ねるがまだ報告は無い。
「まさか、あの巨人が出てきたせいで。・・・」
「待て。自分の部下を信じんか。部下を信頼せずしてどうするのだ。あいつはそう簡単には死にはせんさ。いや、死なさんよ」
「ロイ。・・・」
「兎に角だ。今は巨人を監視する事と、全容を解明する事。それと、ガルド達の捜索が先決だ」
という騎士団長の決定に高笑いする者が居た。
「誰だ!」
 私だよ、とその高笑いした男が間を掻き分けながら進み出た。奇妙に、額に何か紋様がある。
「ガルドはもういない。私が始末した」
と男は再び声高に笑った。明らかなる侮辱である。
 オスカーは一言、そうか、と短く云った。
「もう一度聞く。ガルドを殺ったのは貴様だな」
 と、紅い紐を口にくわえ、いつも無造作に垂らしている長い金髪を束ね始めた。いつも温和で、寛容な双眸が、まるで牙を磨ぎ始めた狼のように鋭く、そして触れるだけで突き刺さりそうに怖くなり始めている。
「そうだ。『巨人』を覚醒させた時に天井の下敷きに・・・」
と、話し始めた時には既にオスカーの愛剣の切先は、男の眉間を突いて、紋様の真ん中辺りから鮮血が滴り落ちていた。

 余談だが、平素『一騎打ちのキリュウ』ことキリュウ・カッファはオスカーの剣技について、
「俺は五将軍の中でも一騎打ちには強い。ロイであろうが、それこそ他国の猛者でも負けはしないだろう。だが、敵に回せば唯一と云っていいほど怖い男がこの大陸にいる。それがオスカー・アルフレッドだ」
また、これは皇帝との談義の時であるが、
「そちと、オスカーが闘えばどうなる」
と聞かれたときも、
「他なら勝つ自信もありますが、オスカー将軍には引き分けか、勝っても無事では済みますまい」
と語ったという。

 そのオスカーは滅多に怒りを出さない、温厚な人物である。むしろ普段は他から「甘い」と叱咤されるほどの寛容すぎるくらい寛容な人物である。
「ガルドは死なんがな。しかし貴様が殺ろうとした事だけでも充分に死に値する」
オスカーの切先は男の眉間から次の瞬間には顎を撫でていた。
「これだけは聞いておきたい。何故、黒の戦争の『巨人』を覚醒させ、ガルドを狙う」
「簡単だ。出ておったのだよ。卦にな」
「卦?貴様は占者か」
「いや、私は『創世者』だ。次世代のな。今の世を壊し、再び地底の御世を創世する為に、私はありとあらゆる手段を尽くす。その為に障害となるものならば全て排除する。どのような手を使ってもな」
紋様の男は、素早く身を引いた。さらり、と剣を抜く。
「たとえ、それがこの大陸全ての種族を相手にする、としてもか」
「無論だ」
云うやいきなりその紋様の男は下段から斜めに撥ね上げた。剣圧がオスカーの顔を襲う。しかし、オスカーはそれを気にも留めず、左から右に大振りに払った。
「ひとつ聞き忘れたがな、なぜ地底の種族を甦らせ、現世を壊そうとする」
「一つには、今の地上の種族に絶望した事。もう一つは、ゾーリアス信者であるからだ」
(ゾーリアス教・・・まだ存在していたのか)
『ゾーリアス教』とは、地底深く封印されているとされる闇神『ゾール』を崇める宗教団体であり、かつては一勢力を築きつつあったが、排他的な信教と、あまりにも現実離れし過ぎた宗教精神の為衰退していった宗教であり、現在では、その名を全く聞く事がなかった。
「あのガルドは信じなかったがな。御主は信ずるか」
「ガルドは『ゾーリアス教』を知らなかっただけだ。それに『ゾール』の存在自身、多分に懐疑的だからな」
「・・・。よいわ。目的は達成した。地上の種族はもう一度、地獄を見る事になる」
そう云って、剣をおさめた紋様の男は、姿を掻き消した。
「・・・。それより、ガルド達は」
と周囲に尋ねたが、かぶりを振るだけだった。

 地下迷宮に戻るとして。
地下とはいえ、すでに天井は無く、大きな意思の無い頭が下半分ほど見え、その隙間から幾条もの陽の光が差し込んでくる。
その周りには、多数の瓦礫の山。特に『巨人』の足元辺りにはかなりの高さになっている。
 その一部分が盛り上がり、爆ぜた。
「奇跡だな。普通なら死んでいたろう」
ガルドは、頭を左右に振らせながら瓦礫を昇り、埋まっている仲間たちを助けようとした。
 しかし、片腕に傷を負い、しかも一人で救出作業を行う事は困難である。幸い、頭が突き出た事で出来た隙間は大きくしかも上が中庭である。
「おーい。誰か居ないのか」
声の限りに何度も叫んだ。が、反応はまだない。
(庭に顔半分が出ていたら何かあると思うはずだが)
それでも、声の限りに叫ぶ。

「ガルドか」
捜索上の人物一行は意外にも真下に居た。
 奇妙な叫び声が足元辺りから先ほどから幾度となく聞こえていた。
オスカーも、最初は
(遂に這い出たか)
と神経を尖らせたが、聞き覚えのある声に気づき、
「真下だ。真下にいる」
と地面に耳を押し当てた。なるほど、ガルドの声である。
「直ぐに救助する。一隊は頭の隙間を広くして上からの救助。もう一隊はこのまま地下迷宮に向かい、状況次第で救助に向かえ。・・・もうすぐだ。お前はじっとしておけ」
オスカーは隙間のある方向に向かって叫んだ。隙間から返事が返ってきた。

 セス呪医が聖王宮に着いた時、王宮内はかなり混乱していた。
セス自身の用事は他愛も無い事で、単なる往診である。
異変に気がついたのは、丁度聖王宮の前を通りかかった時である。
(何かあったようだが、はて)
尋常ではない。平時、絶対に動く事を許されていない門番でさえ、『巨人』騒動でかりだされていたので、正面大手門は無人であった。
 中庭の方で何やら騒がしい。中庭の方へ回りこむと、明らかに場違いな『頭』が、しかも上半分だけ出ている。見れば、ガルドが肩を助けられていた。
「そうか。・・・あれは『黒の戦争』期の守護者だったのか」
呪医はガルドの負傷した肩に包帯を巻き、初歩的な僧侶魔法を当てていた。周りにはまだ、負傷している仲間の兵士達が多く、その手当てには奇跡的に無事であった司祭であるライアが治療に奔走している。
「しかし、封印された守護者というのは詠唱者が亡くなれば動かないという事を聞いたことがあったがな」
「そうだったんですが、実は『リドル』とかぬかしていた奇妙な野郎がいましてね。そうそう、額に何か模様が浮かんでましたがね、それが、巨人を動かしましたよ」
セスの表情が僅かに曇ったのを、幼少からの付き合いであった負傷の騎士は見逃すはずはない。
「・・・。何か、知ってますね」
「ん?何を」
「惚けんでください。でなかったら、その表情は何なんです」
「これくらい」
と、セスはしゃがんでいる自らの肩ほどの位置で手の平を下に向け、
「の時からお前を見てきた。執事のセリオスが夜中にお前を抱えて私の家に来た事もあったが、もう此処まで成長しているとはな。・・・月日の経つのは早いものだ。いつの間にやら、ほら」
と、こめかみ辺りを指差し、
「白髪だよ。俄かに体の衰えを感じる事もあったが、そのはずだよ。ハーケンの息子よ。・・・」
「・・・」
「・・・。よかろう。話す時期であろう。これから話す事は、セリオスにも口止めさせていたことだ。勿論、お前は知りようも無い事だらけだ。もし、これを聞いてしまえば、お前は修羅の道に入り込むかもしれん。・・・それでもいいな」
ガルドは逡巡する事無く、頷いた。
「『リドル』というのは、――もし、私の知っている人物であるならだが――お前の父であるハーケン・ヴァリウスの仇だ」
セスが徐に開いた話は、ガルド自身聞かされていなかった新事実のみであった。

   2

 現在から約二十年という時の流れを遡る事からこの稿は興る。
当時のガルネリア西大陸は、おりしも稀にみる争乱が各地で勃発していた。
 先ず、隣国である魔法王国『ムーラ』の内乱である。当時、先代の国王であるイスルーム公の逝去と共に、長子であったジェネラル=リンクと、第二子であるジェリル=リンクとを担ぐ派閥の政争から一挙に政治の停滞に繋がった。また、イスルーム公は苛烈な重商主義政策を強いた為に自作農および生産者階級の叛乱も手伝って、国内の争いはついに国全土を巻き込んだ国内紛争にまで及んだ。
 国内の生産は疲弊し、また経済そのものが破綻状態に追い込まれるなど、事態は深刻を極めた。
 それに便乗し、『シーフ・ロード』が『ムーラ』を併呑せんが如く一挙に侵攻し、ムーラの誇る魔法戦士団も為す術を持たず敗退を繰り返し、遂にムーラの首都「バースト」にまで攻め上った。
 ところが、そのシーフ・ロード国内でも大異変が起こった。
 当時の国王であるセルダインY世が何者かに暗殺されたのである。
一部、容赦ない侵攻と略奪による好戦的な偏重軍国主義を快く思わない一部のゲリラによる暗殺である、とされたが真相は未だ闇の中である。
 また、南の国である『ウルフ=アイ』では部族統合長(各国の国王、あるいは首相に位置する最高権力者)が未だ決定されていない事からの部族同士の内紛が起こっていた。
 ただ、唯一と云っていいほど無事平穏に時間を過ごしていた国もあった。
神聖帝国『レザリア』のみは治安も良く行き届き、暗愚たる領主はおらず、また当代のガルクォード]T世は凡庸でありながら平時には相応しい温厚な君主として国民の支持もあった。
「事件」は、その頃である。

ハーケン・ヴァリウスは国内でもきっての卓越した剣技を身につけているため、皇帝の近衛隊隊長として、常に皇帝の傍に侍っているのが彼の任務である。
 皇帝が近衛隊を置く事は別段珍しい事ではないが、この神聖帝国において近衛隊という部隊名は実は存在していない。
 昨今の国王暗殺事件により、新設された云わば「非常勤職」である。ガルドの父、ハーケンはその部隊を統べる役目を臨時的に負っている。
 とはいえ、通常は他の騎士達の任務とは大差ない。謁見室にて陳情を聞き、政策をつくり、また領地に帰れば領民達のこれも陳情を聞き、領内を出来る限り見回ったり、また時には事件等の調停もする。ただ、皇帝が王宮内を出、外出する時には護衛を全ての職務において最優先させなければならない。

 事件は、ハーケンが近衛隊の職務において皇帝の行幸を護衛する中で起こる。
「港町『ウィスル』の視察」
という皇帝の命を受けて、近衛隊はすぐさま宿の手配と途中の往路、復路の設定、また休憩と帯同する人数など、通常ならば文官達がするべき仕事であるのだが、近衛隊が中心となって行った。
 ホーリー=ロードからウィスルまで途中の町二つを挟んで往路は約3日程の行程になった。

「昨今の各国の状況を鑑みて北と南の街道を使わず、真っ直ぐ西に伸びている旧街道を使う。途中にも田舎街ではあるが幾つかある。そこを宿営地点とする。そして、ウィスルには二日の滞在が予定されている。その後、同じ街道で帰路に着く」
 壁に大きな周辺地図を記した紙を張り付け、細い棒で港町の目印を指している。
右側の大きな印はこの「ホーリー=ロード」であろう。それと左側の目印を一本の太い線で結んでおり、丁度三分割するように二つほどの丸印がある。近くに「アーク」、「レイドン」という名前が記されている。
「この二つの街を宿営地とする。皇帝は、ウィスルでは三日程の視察をご予定なされている。狙うとすれば、この三日のいずれになる、と私は見越しているが」
 その場には、若き日のロイ・クラウザーと、オスカー・アルフレッドも居た。無論、後自分達がこの騎士団を束ねてゆこう存在であるとは、知るはずも無いのだが。
「ハーケン隊長。で、その宿営地はいいとして、視察にはどれほどの人数が帯同されるのです」
「オスカー、それなのだがな。俺達近衛隊が全員行くとなればその間の王宮内の管轄を見る人間がいなくなる。よってだ、この6人の内、私とオスカー、ロイの三人で行く事にする。尚、クラップ、ロッドの二人は不在中の王宮内の警備、でルース卿は不在中の領地の統治の代行をお願いしたい」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺やオスカーが行くくらいならクラップ殿やロッド殿の方がよっぽど役に立ちますぜ」
「ロイ、其れは違うな」
ロイの意見に反対したのはロッドである。近衛隊には、剣技や個人的な技術が群を抜いた騎士達で構成されているのだが、特にこのロッドという『雷の騎士団』3等級の杖を使った武術は右に出るものがいない程の、特に接近戦においては勝てる人間が大陸でも幾人おろうか、というほどの人物である。
「何が違うんですか。クラップ殿やロッド殿、それにだ、ルース卿が行かないのは納得いきませんね。俺達よりよっぽど役に立つ」
「兄ちゃんよ、そりゃお前さんなんかより俺やクラップの方が経験も有っていいかも知れねぇ。だがな、次世代のお前さん方がよ、何の経験も無しに騎士団を背負ってたつにゃぁ不足だ。だからよ、隊長がお前達をご指名したんだよ。それもわからんたぁ、お前さん、青いね」
「どうせ俺達はまだ青二才ですよ」
「やめんか、二人とも。いいか、これで最終決定だ。ルース卿、かまいませんか」
と、会話を振られた老人は、前で手を組んだまま静かに頷いた。
 嘗ては「レザリア不世出の天才」と謳われ、数々の伝説を残した人物であり、またハーケンの師匠にも当たり、近衛隊の監督役である。

「とまぁ、ここまでは普通のよくある話だ」
セスが話を中断した時、すでにガルドの処置は終わっている。
 右上腕に包帯を巻き、所々に薬草を練ったものを塗りつけている。
「しかし、近衛隊なんて知らなかった。・・・」
「なにせ、状況によって急遽作られた代物だからな。お前達の世代では知らなくて当然だ」
「でも、オスカー将軍やロイ団長は俺には一言も。・・・」
「あの二人の心の中には未だ赦されない罪の意識がある。それが完全に過去のものとなった時、改めてお前に話すだろう」
と言って、話が戻った。

 ウィスルの町並みの美しさは、吟遊詩人の語る通りである。
『かもめが往来し、岬の灯台を波止場から見る風景はそのまま指で長方形に囲めば一枚の絵になる。押し寄せてはかえす波は自然の交響曲を奏で、それに合わせるかの如くかもめが謳う。行き交う人は生命力に溢れ、日に焼けた肌はあたかも太陽の恵みを享受し、それでいて心地よい海辺の風の匂いは、母である』
 これは、聖王宮に招いた吟遊詩人の詩の一部である。
此れを聞いた皇帝ガルクォード]T世は、
「余は、これまで海を見たことが無い。吟遊詩人の詩を聞けば、楽園にも聞こゆる。是非、一度行ってみたい」
という、王侯貴族によく有りがちな我侭にいうなれば付き合われた格好であるが、国の主たる皇帝が下した命令は絶対である。
 付き合わされたハーケン自身、不快感が無かったと云えば嘘であろう。近隣の情勢を鑑みて港町の視察に赴きたい、という考えはおきないが、国内の平穏という近隣から見てもある種「異常」であろう事態に麻痺している可能性もあるだろう。
 そんな複雑な心境を抱えたまま港町ウィスルにたどり着いたのは新皇歴1268年の炎の期、26日目であった。
 ウィスルもホーリー=ロードや他の町同様、活気に溢れ、平和そのものである。新鮮は海産物に舌鼓を打ち、歓迎の宴には身分の上下無く、ただ遊び戯れる大人達がいただけである。
 しかし、この時ですら近衛隊だけは正気で居続けなければならない。此れが任務の辛さでもあるところなのであるが。
 皇帝の身辺警護は新人のオスカーとロイに任せ、ハーケンは波止場に佇んでいた。
「夜の海、というのも神秘的でいいものだ。今度来る時はガルドも連れて来よう」
この任務が下される直前に生まれた第一子である。夫人は、ガルドを生んだのだが、産後のひだちが悪く、帰らぬ人となっていた。
(この任務が終われば、少しはほかの事にも眼が向けられる)
そうなれば、おざなりになった書類を整理し、セリオスに預けっぱなしだった息子の面倒は少しは見よう、この時のハーケンの顔は近衛隊のそれではなかった。
「た、隊長!!」
振り向くと、オスカーが全速力で向かってきた。
「どうした」
「こ、皇帝が」
「皇帝陛下に何かあったのか」
「ぞ、賊に襲われて、今なんとかロイの奴が凌いでますが」
という言葉を聞いた時、すでにハーケンは駆け出していた。愛用の長剣は腰に差したままである。

 賊は神出鬼没な存在でなければ、賊とはたり得ない。
事件は、祭りの最中に、しかも祭りの行われている広場である。
 皇帝は護衛のロイ、オスカー、それに親衛隊の数人に囲まれながら見物し、祭りを楽しんでいた。
 夜店が立ち並び、大道芸人達がそこかしこで得意の芸を披露し、観客はそれに驚いたり、大きな拍手が沸き起こったり、様々であった。
「皇帝陛下、このような場所におられてはどのような輩に命を」
「ん。構わぬ。その為におぬし達がついておるのだろう」
皇帝は、あくまで楽観的過ぎる人物であるようで、親衛隊の連中も顔を見合わせるばかりで、このようなあまりにも無防備すぎる一団にロイは腹立たしさを抑えられずにはいられなかった。
(賊に襲われてみるがいい。一瞬のうちに後悔と懺悔で満ちる事よ)
という邪な考えが浮かばなかった、といえば嘘であろう。現に皇帝とロイとの間には徐々にではあるが、開きつつあった。
 完全に、不意をつかれたといってよかっただろう。夜店の一帯を抜けて、少し人気の無い所へ出た一行であったが、妙な気配を複数、感じたを思った瞬間、親衛隊士が次々と血飛沫を上げて、斃れていったのである。
「聖皇帝ともあろう御方が、このような所で何をなさっているのです」
 見れば、美しい女性であった。額に妙な痣のようなものが見えた。右手には血が滴り落ちている小剣である。
 凡そ、剣術はおろか、組み手すらも怠けていた人物である。女の右手を見て、皇帝は戦慄に駆られてしまったのか、叫び声一つ上げられないでいる。
「そっちの行動ははなから筒抜けだったからねえ。悪いが・・・死んでもらうよ」
と、小剣を首に刺し込もうとした時、礫が女のこめかみに当たった。
「誰だい」
「神聖帝国レザリア近衛隊、『炎の騎士』4等級、第一、第二連隊騎士隊長のロイ・クラウザーだ。聖皇帝を弑殺の罪で貴様を捕縛、としたいのだが状況が状況だけにこの場で処刑とする」
と、抜き打ちざまに長剣を撥ね上げた。
 女はそれを首をひねる事で紙一重に避けると、小剣を捨て、背中に担いでいた剣を腰にまで降ろし、金具を外した。まず普通ならば扱えないであろう程の大剣である。
「あんた、女だろ?冗談はよしましょうや」
「冗談ではない。扱えなければ持ちはしない」
(確かにね)
 ロイは、大上段から一直線に振り下ろした。女は足を引いて避けた。しかし、ロイは返す刀で撥ね上げると見せて、刀を返すと横に払った。
 女は其れを大剣を突き刺す事で防ぐと、そのまま逆手に持ったまま前方へ振り上げた。ロイは、それを後ろに飛ぶ事で避けた。が、一瞬遅かったのか、鎧に大きな傷が出来た。
「女、やるじゃねぇか。この俺の鎧に傷をつけるたぁ」
「女ではない。『リドル』という名前がある」
「『リドル』ねぇ。・・・結構可愛いし、こんな所で逢いたくなかったよな」
 ロイは、剣を収めた。そして、右足をじりじりと前に出しながら体を前方に倒した。
(できればこれだけは使いたくなかったが)
後年、このロイは自分の武器を大斧に変えている。が、このロイも剣技に関しては屈指の技術者である。
 じりじりと右足を前に突き出し、体を前に倒しながら、も右手は収めた剣の柄から離れず、しかも奇妙な事に眼を開いていないのである。
「気でも触れたか。ならば、殺してやる」
と、『リドル』と名乗った女は大剣を斜めに下ろしたままロイに向かって駆け出した。
 ロイは、眼を閉じたまま動かない。リドルは大剣を振り上げ、一挙に振り下ろそうと間合いを詰めた。
 しかし、その大剣は上段に上がろうとしたまま、止まっている。見れば、女の肋骨、乳房の真下辺りにロイが居合いに抜いた長剣が深々と食い込んでいた。
 女は、大きな血の塊をロイの顔に吐いた。ロイの顔が深紅に染まるが、それを拭おうともせず、ただ剣についた血を振って鞘に収めた。
「陛下、大丈夫でしたか」
「あ、あぁ。ロイよ、お主は恩人じゃ。帰り次第、等級選考会にかけて昇級させよう。それと、褒美として。・・・」
「それよりも、早くここから抜けましょう。他に何がいるか分かったもんじゃない」
ロイ、とハーケンの大きな声が聞こえた。
「隊長。もう安心ですぜ。賊はこの通り。・・・」
と、辺りを見回していた。賊は退治している。はずである。
「そうか。オスカーが報せてくれてな」
「余計な事をするなよ。俺一人で充分だったんだからな」
「隊長の方がもっと安心できるさ」
安心した会話であったが、油断であった。リドルの体が僅かに動いた、と思った瞬間、彼女から大剣が放たれた。大剣がロイに向かって飛んでゆく。
「・・・!!」
突き刺さったのは、ロイの背中ではなく、ハーケンの胸であった。刺し貫かれた大剣は切っ先が丁度地面に突き刺さり、ハーケンはそれに支えられた格好になって斜めに倒れた。一瞬、リドルの顔が、悔しさの為か歪むと、倒れ、事切れた。

「これが、お前の父の最期だった。俺も実際、同行してたからな」
「・・・」
ガルドの表情がみるみる強張っていく。握り締めていた右手を左手の平に向かって何度も何度も叩いた。
「気持ちは分かる。だが、ロイ団長だって後ろめたくてお前に隠していたわけではない。むしろ、話してお前次第では死ぬつもりであったろう。団長の性格を知らぬわけではあるまい」
「・・・」
「それにだ、俺の知っているリドルというのは女だった。しかし、お前が出会ったのは男だった。しかし、額に痣のような紋様があった。しかも妙な魔法も使うという。たぶんに同一に近い存在であろうが、これだけではな」
 王宮も一時の混乱からは抜け出したようで、中庭の異様な光景を除いては徐々に復旧しつつあった。
 衛兵が、ガルドの謁見室召還を告げると、ガルドは謁見室に向かった。

「・・・で、その『リドル』とやらが糸を引いているのは間違いないのだな」
謁見室には、いつもと違って皇帝ガルクォード]U世と、オスカー、ロイ、ガルドの四人だけである。オスカーとロイは皇帝の横に侍り、ガルドは通常通り膝をついている。
「はっ、この『リドル』が恐らくは全ての元凶であるものと思われます」
「で、お前の父の仇でもあるか。・・・デ・モンドを此れへ」
程なくして、謁見室の重い扉が開くと、黒いローブに身を包んだデ・モンドが入ってきた。
「そちに問う。あの白砂の巨人というのはどのような代物なのだ」
 デ・モンドは自らが持ち合わせている知識全てを皇帝に答えた。『黒の戦争』の拠点の守護者である事。また、唱詠者の思念するままに自在に操る事など。
「うむ。では、いつあの巨人が動き出すかわからんというのか。逆を云えば、その唱詠者を殺せば、巨人は完全に止まるのだな」
「左様にて」
「よし。ガルド・ヴァリウスよ。そちに『リドル追跡及び捕縛』を命ずる。これは飽くまでわが国の為であり、決して私怨に囚われるな。この『リドル』という存在が全ての鍵であろう事は云うまでも無いが、このままでは向こうの思う壺である。これと同時にこの西大陸全土の各国に赴き、説諭して協力を仰げ。尚、同行する人員はガルド自身の裁量に任せる」
「はっ。必ず一命を賭して」
「生きて帰って来い。また昇級するであろうからな」
と言うと、ガルクォード]U世は静かに笑った。

 翌朝、ガルドの屋敷の正面門前である。
「帰ってきたと思ったらまた旅に出てしまうのですねぇ」
セリオスはこういうときでも口調は淡々している。
「すまない。どたばたし過ぎてな」
「今度はいつ。・・・というのはなさそうですが」
「あぁ、そもそも生きて帰ってこれるかどうかわからん。だが、俺には此処しか帰ってくる場所がないからな」
「では、気をつけて行ってらっしゃいませ。くれぐれもお体に」
このセリオスの言葉にガルドはつい笑ってしまった。
 そのセリオスの隣には馬をひいて泣きじゃくっているサムがいる。
「そんなに泣くな。男だろう」
サムは何も云わず、ただ肩をひくつかせて泣いているだけである。
「ま、俺も親父の死んだ時はこんなだったが。サム、必ず帰ってくる。それまで留守中の警護は頼んだぞ」
 サムは涙を拭いて無言の最敬礼をとった。
「じゃ、行くわ。先ずは『アイツ』を誘い出してみるわ」
「あの方をですか。それは心強うございましょう。では道中の無事を」
ガルドは大きなサック背負うと、馬に跨り馬上の人となった。


 故郷は小さくなっていく。それでも後退を赦されない。
(しかし、落ち着く暇が無かったな。今度帰ってくるときは、一年くらいゆっくりとさせてもらうとするか)
ガルドはそう心に決めてホーリー=ロードを旅立った。