ガルネリア・サーガ 〜白砂の巨人篇〜 2
作:AKIRA





  第二章 仲間

   1

 ガルドが、聖皇帝ガルクォード]U世から、
『リドルの追跡及び捕縛』
という勅命を受け、首都「ホーリー=ロード」を出て一週間が経った。
 現在は、北の交易の町「サウス」で、情報を集めている。
「サウス」という町はその歳入源の殆どが交易の関税と、観光の税で成り立っている町である。いわゆる、観光都市と交易都市を兼ねている特色を持つ町である。
 町の南北に大きな門が開かれ、東西には門は無い。一面を石壁で囲い、角々には物見櫓が立っている。自警団を擁しているらしく、いつも革鎧を来た男たちが見回っている。
 町の構造は、南北に三本の大きな幹線が敷かれ、それを南北の壁際に二本、中央辺りに二本の東西の線がまたいでいる。町の人口は200程で、規模としてもそれほど大きくは無いが、北の『ムーラ』から齎されると特産物と、南の『ウルフ=アイ』の特産物が目玉商品となっていて、それを買い求める客で溢れている、というのが現状である。
 それ故に、情報が入り易かったりもするのだが。
が、何せ大陸の何処に、今何をしているのか全くわからない、手探りの中での探索である。当然ながら、目ぼしい情報は皆無であった。
(交易の町なら、と思ったのだが)
 交易のある町と港町は情報を集めるのに最適な場所である。
 だからといって、必ずしも目的の情報が得られるとは云い難く、現にこの主人公たる騎士は、立ち往生して無為な日を三日も過ごしてしまった。
「裏に通じる奴がいれば。・・・」
そう痛感せざるを得ない。
 この国のみならず、凡そこの大陸においては(尤も天の山脈以東は別であるが)、『裏ギルド』と称される社会の裏組織が必ずある。表には決して出ない、裏ギルド独自の経路で炙り出された情報もあるくらいだから、ある程度表の――つまり、表面上取り締まっている組織や国家――社会もある程度は黙認している。だからといって、裏組織の人間が犯罪を犯せば当然、法にかけられる。『必要悪』という事なのであろう。
 実際、騎士という身分でありながらこの『裏ギルド』にある程度通じている者も居たが、後、露見され、その者の首は落とされた。
 必要ない、という事であろう。確かに平凡な人生を過ごせば、決してお世話になるような機関ではないことだけは確かであるが、今のガルドにはそれが通用しないのだから当の本人もたまったものではない。
 ガルドが探していた人物はもう一人いる。
 その者は、かつてガルドが騎士としてレザリアに入る直前、辺りを荒らしまわっていた盗賊団を、共に壊滅させた事があった。男は傭兵で、背中に大斧を背負っていた記憶があった。
(あの男ならば)
 聖皇帝から勅命を受けたその晩、すぐさま思い出した。放浪の旅が好きなちょっと風変わりな男だったが、騎士出身の自分とは違う知識を豊富に持ち、裏の組織とも繋がっていた。ありとあらゆる面で、ガルドを助けてくれた人物である。
 その旅好きな男が、大きな戦斧を担いでこの町に来た、という話を泊まっている宿屋の主人から聞きつけたガルドは、此処に泊まっているのか、もし泊まっているなら部屋を教えてくれないか、と頼んだのだが、そもそもこの宿屋自体に泊まっていない、という。
「ふふふ。・・・相変わらずだな」
ガルドはその嘗ての仲間の相変わらず振りに可笑しさがこみ上げてきた。

 それから二日が経過する。
相変わらず、リドルの情報は得られない。が、もう一人の居所が見つかった。
「えぇーとね、この真ん中の大通りをね、真っ直ぐに行って、南の門の所で右に曲がってね、そしたらね、おかしなおじちゃんが大きな斧持ってるの。でもね、やさしんだよ、そのおじちゃん」
と、その少女は怖がることなく話してくれた。その男がいる近くの民家の娘だそうで、飴玉をくれたり、遊んでくれたり、と良くしているらしい。
「そうかい。ありがとうさん。此れで助かったよ」
「おじちゃんはそのおじちゃんを捕まえるの?」
(おじちゃん、というには少し早すぎるんだけどね)
 少女にとっては大人の男性はみな「おじちゃん」に見えるものである。
「いや、おじちゃんは仲間だよ。だけどね、ちょっと助けてほしい事があってね、頼みに行くんだ」
「じゃ、ミーアも一緒に行ってお願いしてあげる」
と、ガルドのズボンの膝辺りを引っ張っている。
「これ、やめなさい。迷惑するでしょう。・・・すいません、やんちゃな娘でして」
母親であろう、すこしふくよかな女性が娘の手を払おうとするが娘は放さない。
「この子はね、父親を知らないんです。うちの旦那が事故で死んじまって、それくらいだったと思うんです。丁度あの人がこの町に来て、父親代わりみたいな事をしてくださったのは。・・・我侭と思うかもしれませんが、連れてってくれませんか。いや、ご迷惑なのは承知しております。多分、この子も最後かもしれないって思ってるんでしょう。だから、最後に」
という母親の言葉は、娘を思う母親としての言葉なのか、それとも自らの気持ちなのかガルドには判別はつきかねた。しかし、この女性の言葉に嘘偽りは無いであろう。現に女性の眼が潤んでいた。
「わかってます。だけどね、最後にはさせないですよ。だってこんなに可愛いお嬢さんを残して此処に帰ってこなかったらどんなに心残りか」
と、ガルドはミーアと名乗った少女の右手を曳いて宿屋を後にした。

 真ん中の大通りを南に向かって数区画歩くと南門の警備員が立っていて、それを横目にすぎながら右に曲がると、革張りの大きなテントが立っている。ガルドはかつてこのテントで盗賊たちを張り込んで居た記憶が甦ってきた。
 そのテントの傍に尋常な人間ならばまず扱えないであろう程の大きな大斧である。特徴的なのは蝶番になっていて、片側は大きな斧の刃であるが、もう片方は一回り小さいくらいの刃が付けられている。柄の先端には大きなとがった角、反対側には石突がついている。この大斧も懐かしい。
 その大斧は刃を逆さにして壁に立てかけている。出入り口であろう真ん中辺りの垂れる布が上に巻かれてある。
 ここ、とミーアが指をさした。ガルドはミーアの頭を撫でると、
「ありがとうさん。ミーアはここで待っててくれるかい」
ミーアは頭を振る。今生ではないにしてもしばらくの別れになるであろう事は幼いながらも察知しているらしい。
(好かれてる奴を連れて行くのは気が引けるが)
そうも言っていられないのである。ただ、全てが終わった時まで生き残ればいいだけのことである。

 その傭兵は、丁度昼飯を終えて豪快な寝息をかいていた。
上半身を守る鎖帷子は放り出し、その上に短剣を置いている。頬の刀傷は大きく上下に動き、時折胸の真ん中辺りをかきむしりながら、大の字になって寝ているのである。
 城壁があるとはいえ、門の近くで、しかも幕を下ろすことなく寝ているこの豪放さも、ガルドが出会った頃から変わっていないという。
「おじちゃん。お〜じ〜ちゃん」
ミーアはいつも遊んでいるやさしい傭兵の腹に乗って起こした。
 さすがにこたえたのか、一回で眼が覚めた。
「おう、ミーアかぁ」
と起きて座りなおした優しい傭兵はミーアを抱き上げた。
「今日は何をして遊ぼうか」
といつも通り訊くと、ミーアは決まっておままごと、と答えるのだが、今日はいつもと様子が違う。
「どうした?おままごとじゃないのか」
「ううん、今日はおじちゃんに会いたい、っていうおじちゃんが」
「俺に?」
と自分を指差すと、ミーアは頷いた。
「・・・。久しぶりだな、ギャリル」
ガルドは傭兵の名前を覚えていた。
「ミーアはいい子だから、ちょっと外で待っててくれるかな。・・・。仕事、かい」
ギャリルと呼ばれた傭兵の眼はすでにミーアを見守っている「やさしいおじちゃん」から傭兵の眼に変わっていた。
「かもしれないな。お前さんの知識とその腕を見込んでいる。ある男を捜している」
「『白砂の巨人』を起こした奴だろ。情報は入っている」
「早いな」
「俺は傭兵だぜ。独自の情報網ってやつさ。そいつの目的もな」
「裏ギルドかよ」
「一応登録はしている身なんでな。それで、そいつを殺すのか」
「いや、皇帝陛下からは捕縛だけだ」
「えらく甘いじゃねぇか。普通は抹殺だぜ」
「ところがだ、事態はそれほど簡単じゃない。・・・まぁ、それは追々話していく。どうだ、金は出す。陛下も俺の裁量次第と仰った」
「金はいらねぇ」
「珍しい事を云う。前の時だってふんだんに分捕ったくせに」
「あの時は盗賊の退治だっただろう。だから金を貰った。でなけりゃ、割りに合わないからさ」
「今度は違うというのか」
「あぁ、俺はこの町に来て、ミーアに出会った。今までいろんな奴を見てきたが、あの子は、あの子だけは俺を怖がらなかった。後で聞けば、傭兵という言葉は知らなかったが、俺の稼業をあの子なりに分っていた。その上で、俺とこうして毎日遊んでくれた。俺はあの子もこの町もちょっと好きになっちまった。でもよ、この町を壊そうとしてる狂った野郎が出て来やがった。俺は」
と云って立ち上がり、外に出るとミーアを抱きかかえ、
「この子を守りたい。その為に俺の命が必要ならばお前にやるさ。だから、金はいらねぇ」
「俺の都合だけで云うなら、願ったり叶ったりだがな。けどよ、俺はその子とお母さんに約束してしまったのさ。『この子を残して死んでしまったらどんなに心残りか』ってね。だから、全てが終わったら此処に戻ってくる。だから、俺に命は預けるな」
「じゃ、金を貰うとするか」
傭兵は気さくに云うと笑った。
ミーアは、懸命に涙をこらえている。しかし、肩が震えていた。
「大丈夫だ。帰ってきたら、またおままごとしような。今度は三人だ」
ギャリルはそういってミーアの頭を撫でた。ミーアは涙の笑顔を見せた。

   2

 ギャリル、というガルドには無い知識を豊富に持つ傭兵が同行してくれる事で情報は一挙に増えた。やはり、世界というのは奥が深いものである。
「そうだろう。騎士って御身分は、窮屈だからね」
ギャリルはそう皮肉った。しかし、事実である。
「しかし、世の中は全てが一長一短だ。騎士、という職業も窮屈さだけではないさ」
 世の中、短所ばかりのものなどある訳は無いのであって、実際傭兵であれば行く事が赦されない場所だってある。
 例えば、各国の王宮や宮殿であったりする。やはり騎士が引率しなければ、何事においても不利であろう。
 さて、ガルド達が交易の町「サウス」を北に向かって進む事、5日。『ムーラ』との国境線に着いた。前述した、『小競り合い』という境界線上での軍事衝突の現場はここから西に2,3日程云った所になる。が、今のガルド達には関係ないことである。
 そこから更に3日、今度は北西に向かう。
『ムーラ』の魔法研究所に向かう為である。
この魔法研究所なる施設は、ムーラの首都「バースト」から西におよそ二日ほどでいける近場の施設である。周りには民家やあるいは商店街が立ち並ぶなど、一種の学研都市に近い構造になっている。
 それもそのはずで、この研究所自体、じつは魔術学院を兼ねていて、魔術学(ソーサリアス)を学ぶ学生達はここに住み込みながら日々勉学に勤しんでいる。
「敵国じゃないか。なぜ、そのような場所に」
レザリアとムーラの情勢を知っているだけに、ギャリルの疑問は当然であった。

 ついでながら、レザリアとムーラの外交情勢を少しだけ述べて此れを背景としていただきたい。
 『ムーラ』の建国王である魔法王ムーラルと、初代国主であり、聖皇帝であるガルクレス王は大陸開拓において協力し合った仲であった。が、ウィンデリア王とガルクレス]]T世の時代―――今から250年ほど前であるが―――に、全面戦争が勃発した。原因はムーラからの難民をレザリアが、受け入れた事に発端する。当時、ウィンデリア王は、独裁者であり、かつ狡猾な恐怖政治をしいた為に、国民から忌まれていた。耐えかねた国民の一部がレザリアに国外逃亡し、レザリアは難民として認定し、難民には国籍すら与えた。が、此れに反発したウィンデリア王は布告も無しに、国境を侵略した事から及んだ全面戦争であった。
 戦いは、圧倒的兵力差によるレザリアの勝利である。その背景には、南部の国「ウルフ=アイ」の軍事協力もあった。この戦争は「ウィンデリア戦争」とよばれ、ムーラの長き汚点となっていた。
 普通ならば、汚点を雪ごうとして敵対関係が継続するのだが、次期国王とされていたオーガスタ・ファザーランド伯爵がウィンデリア王を弾劾裁判にかけ、ウィンデリア王は首を落とされる、という事態になった。
 国王から見れば明らかないわゆる謀反であったが、国民が此れを支持し、このオーガスタ伯も扇動政治家として長く活躍していただけに、この「ヤシロ事変」(ウィンデリア王の処刑場所がヤシロと呼ばれる広場で行われた為)によってレザリアとムーラとの間に新しい外交が生まれた。
 以来、良好でも疎遠でもない外交が続いていた。

 再び敵対関係に近い状態になりだしたのは最近の事である。
 5年前、ムーラ南の領域を統括していたある爵位の人物が、突如国境界線を侵犯したのである。しかも、国境界線を守備していた兵士を惨殺する、という暴挙に出たのである。しかも近隣の村々を支配下に置き、日々その村民達をいたぶり、婦女子を陵辱するなどの行為を平気で行っていた。
 レザリアも直ちに近くにいた小隊を派遣し、それでも足りない場合は中央から追加派遣を行うなど、万全を尽くしている。
 その爵位の人物が、なぜそのような暴挙に出たのか、全くの不明である。
「敵国とはいえだ、ムーラは魔法立国だ。リドルが使った妙な魔術ももしかしたら何かつかめるかもしれんだろう」
ゆっくりと手綱を捌きながら、闊歩させている。
 平坦な平野が延々と続く。見渡す限りの原野であった。本来ならば街道に沿って一旦西に出たあと真っ直ぐ北に向かえばよいのだが、そうしてしまうと国境沿いの衝突に巻き込まれかねない。それに街道を外れても急勾配な坂や峠が無い為、馬でも無理なく進める上、少々の賊程度ならば蹴散らす自信もあったからである。
「その魔法研究所ってのは大体わかるが、そこにいってどうする」
「所長に会う。あって次第を聞かせた上で知恵を拝借しようと思う」
 『巨人』が動いたという事は、この大陸そのものの危機であろう。それには国同士の争いなど小さい事だと、有志はわかるはずだ。それには敵も味方も越えて種族さえも越えて手を携えねばならない時だ、ガルドは皮膚レベルで感じていることである。
 馬首は北西をむいて悠然と歩いている。

 前述した学研都市内の魔法研究所は、中央の大きな塔である。
ここだけは別天地ではないかと疑わせるほど、まるで様式がちがうのである。
 先ず、民家の建物の様式である。何処の街であっても木造の二階建てかもしくは平屋であるが、この街には一戸建てと呼ばれる平屋は圧倒的に少なく、むしろ高い建物に幾つもの部屋が仕切られ、そこに家族単位で暮らしている。
「この街の人間は牢屋に住んでるのか」
というギャリルの疑問も当然である。しかし、牢屋ではない証拠にその部屋一つ一つが完全な住居空間になっている。
 一つだけならば特異な建造物として一時的に眼を惹くことはあっても、土産話程度であったが、それが集団として複数隣接しているとなれば、最早文化の質そのものが異質と云わざるを得ない。
 交通手段についても顕著に見られる。
馬や、あるいは驢馬、牛などといった家畜は使わない。使うのは札である。
 少し長めの札に魔法文字を書き込み、それを足に結える事で高速の移動や、あるいは飛行といった交通も可能である。魔法都市の特徴である。
 学研都市には城壁や城門といった設備も無く、また櫓や自警団といった防衛策も取っていない。
(不思議というより、異世界だな)
初めての来訪者達はみな同じような感想を抱くらしく、たまたま隣に居た隊商も、呆然と口を開けたまま見上げている。
 ガルドはその隊商のうちの一人に声をかけた。かけられた隊商は肩を躍らせ、ガルドは笑いながら入っていった。

 魔法研究所の入り口で全身を赤い光で照らされた後、承諾を得、奥に入る。
すると、中央に階段があり、昇れば二階である。
 目的の人物は二階の西側の部屋に居た
「お前さんじゃったな。レザリアの騎士というのは」
初対面であるにも関わらず、この主人公を知っていた紺の布服を来た老人はゼディス老といって、魔法研究所の所長と学院の理事長でもある。
 小柄で、耳が高い。顎に髭をたくわえ、頭は大きく剃り上げている。少し童顔も手伝ってか、年齢よりも若く見える。
「用は?・・・と云っても『巨人』の事であろうが、あれは確かに黒の戦争期の物である事に間違いは無い。実際、「バースト」の地下宮殿で調べたら同じ反応が出おった。が、あれは守護者ではない。『創世者』も完全には理解をしておらぬようだ」
「『創世者』?あれはリドル、ではないのですか」
ガルドは、戸惑った。ならば自分たちが追っている者は何なのか。
「額に妙な紋様があったであろう。あれは、創生魔法の内、『改造』の呪文によって付けられた紋章じゃ。無論、リドルのな。お主が探しておるリドル自身はこの世にはおらぬ。おらぬ、といっても実際に死んだところを見たわけがないから、もしかすると生きておるやもしれぬ」
「どうして、それを」
「ここを、どこだと思うておる。『魔法研究所』じゃぞ」
と、ゼディス老は、人懐こい笑顔を見せた。
「ああ、話がそれてしまったな。・・・あ、『巨人』の事であったな」
「そうだ。・・・あの巨人は何なんです」
「超文明の遺産」
老人は妙な言葉を口にした。
(超文明・・・遺産・・・)
 聞いた事が無かった。この大陸に関する屈指の文献を聖王宮の図書館は抱えているが、そのどの文献にもそのような言葉は見たことが無かった。
「元々『白砂』はここムーラの特産物であったのには訳がある。お前さんはまだ来て間もないだろうから知らないかもしれないが、ここには奇妙な遺跡が沢山あってね、ここの研究生や学生達はそれの研究に忙殺されている。そして白砂は、その奇妙な遺跡から掘り出されたものだ」
つまりは大陸の地層に眠っている鉱物ではない、というのである。
「しかし、あの『白砂』は詠唱者の思念を具体化する、と」
「確かに白砂は具現化できる、とある。多分、外れてはおるまい。しかし、実際に白砂の具現物で巨人以外にはいない。―――まぁ、見つかっていないだけかもしれんが―――事実として、白砂を巨人以外では見ておらんだろう?それは白砂の目的そのものが巨人精製の為であるとしたら、如何」
「つまり、白砂というのは兵力増強の為の、人形の材料」
老人は頷く。が、確かではない推論であるが、という注釈は付けている。
 このゼディス老の語った事が、どれほど的を当て射るのか、あるいはもっと別の「何か」があるかはわからない。その為に、更に危険が伴う可能性は十分に高い。それでも、怯む事は赦されない。
「ついてはだが」
と老人は話を変えた。
「この男を訪ねてみるがよい。少し変わった男だが、頼りになる」
(もっとも会って驚かんことだがな)
と老人は肩を揺らして笑った。

   3

 ゼディス老が訪ねてみろ、といった男は首都「バースト」から馬で1日ほど離れた街の東はずれの大きな館に住んでいた。
 門扉はガルドの館のものと遜色は無い。館は二階建て、土地は通常の民家ならば6棟ほどなら収まってしまうであろう程の広さで、館の庭には大鎧(プレートメイル)を付けた練習用の人形と思われる物が等間隔に三体置かれ、その
向こう側には的らしき丸く太い板が数枚、置かれている。
 一見して邸ではなく訓練場かその類の施設かと思われるほど、設備が充実している。
 鉄柵は人の丈のおよそ三人分ほどで、それで庭、館を囲んでいる。
 正面大手門に男が二人。いかにも柄の悪そうな傭兵風情で、一人は巨漢と呼ぶに相応しい体躯で、革鎧に所々鉄の補強をしてあるものを着て、腰には護身用であろう中剣を帯びている。もう一人は対照的に細身で痩せた顔つきの男で、頭に緑の帽子を被り、小刀で色々と遊びながらにやついている。

 その二人が外で妙な二人を見かけた、という。
背中に大斧を背負った傭兵と、騎士である。そう見抜いたのは、白い等辺十字架に、槍の穂先を思わせる三角がそれぞれの穂先につき、それに対角線上にまた十字を刻んでいる、聖十字紋章の鎖帷子を着込んでいたからである。ちなみに、聖十字紋章とはレザリアの国章である。
「レザリアの騎士が傭兵を連れてこっちを伺ごうてるやと?」
先ほどの二人が、この館の主に報告に現れた。
 どうやら、主は裸形で寝る習性らしく局部を露にしたまま、服を着始めた。
報告に来た二人は、主の裸形を目の当たりにしてしまったのであるが、普通ならば叱責があって然るべきなのであろうが、ここの主はそういう事に無頓着、というより気にしない性質らしい。
 見事なほどに隆々たる筋肉を持ち、無駄な贅肉が一切排除されている。しかし、それが単なる“見世物”ではない事は、ばねのある皮膚の張りで容易に窺い知れる。しかし、何より特徴的なのが、肩の刺青と話す言葉である。
 それでいて他の傭兵とは違う気品ある顔立ちをしていて、更にムーラの貴族の中でも王侯かもしくはそれに準ずる者だけが入れることを義務とされる「角を付き合わせた紋章」をその右肩に彫っているのである。歳は、若い。
 主は、下の肌着を穿き、ついでシャツを着た後ズボン、脛当て、上半身にはシャツの上に長い袖のジャーキン(布を幾重にあわせて紐で調節する革鎧と服の中間の物)に袖を通し、肘当てと手首当てを着けると、東側の壁の大きな置き台にあった大剣を背中に担いだ。
 刃の長さでも、通常の長剣が一振りと中長剣一振りは作れるであろう程の長さで、幅もおよそ通常の2倍は有ろう程の大きな直刃である。見合う鞘が無いのは当然で、この長大な大剣にこれも太い布を幾重にも巻いただけである。しかし、後尾の巻き返しの部分に魔法の札が貼られているようで、それが鞘の代わりになるのであろう。
 この大剣自体、余程の業物らしく柄の部分が簡素なだけに余計その長大さが際立つ。その上、この大陸には珍しい魔法金属で鋳造された剣のようで、巻いてある布の上からでも気(オーラ)が見える程である。
「おぅ、ほんでそのお二人はどこにおるんや」
柄の悪い口調である。顔立ちに気品があるだけに勿体無い気がするのだが。
「はっ、1階の大客間で」
主は肩をいからせて1階に下りていく。

 人と人との印象を決定付ける要素として「出会い方」というものがある。
それがよい周期、あるいは出会い方が良ければ印象も良いが、逆の場合にはそれが全て裏目にでるのだから、人の縁というものはわからない。
 この場合は、どちらに当てはまるのか、筆者もわからない。そのくらい、ガルドにとって衝撃が強かったのであろう。
 主は、背中からあの巨大な剣を無造作に立てかけると、対面する大きなソファの腰を下ろし、ソファの背もたれにもたれかかると
「俺がここの主のレッドっちゅうモンやけど、お宅は」
妙に尊大な態度である。客人に対する礼儀というものに欠けているのではないか。
「俺は神聖帝国レザリア『炎の騎士』14等級にして・・・」
「長いなぁ」
主はガルドの挨拶の腰を折った。
「長いねん。『ガルド・ヴァリウスです』でええやん。ここはそんな肩書きなんか通用せぇへんさかいねぇ、俺かてここじゃあいつらと一緒や。まぁ、主である分上やけどね」
といって、懐くような笑顔を見せた。案外、愛嬌のある顔である。
「ま、こっちゃも紹介といきましょか。レッド=クロス=リンク。これが俺の本当の名前。で、ここは元々俺の領地で、あいつらは食客や」
 食客、という聞きなれない言葉が出た。ガルドは意味が分らず、きょとんとしていた
「『食客』っちゅうのんは、普段はただで飯を食わす。が、いざ有事の際、俺の忠実な手足になってもらう。・・・いわば、私設兵やな」
5人やそこらではない。多分数十人程その『食客』とやらを雇っているのであろう、至る所に傭兵が目に付いた。
「あ、そうそう。それで、『リンク』の屋号がついている通り、俺が次期『ムーラ』国王になる・・・予定らしいけど、ほんまはわからん」
(屋号?)
 妙な言葉使いをする男である。『レッド』と名乗った邸の主が、次期国王であるという事よりもその『屋号』というまたしても意味不明な言葉が気になるようで、しきりに首をかしげている。
「屋号っちゅうのはなぁ」
といって、レッドは短髪の後頭部を掻きながら、
「苗字や。家の人間が名乗るやろ?あんたでいう所の「ヴァリウス」や」
「なるほど・・・で、あなたの職業は」
「さっき云うたがな。なんで二回も同じ事いわなあかんねん」
「いや、聞きそびれたものだからな」
「えぇ〜?まぁ・・・しゃあないな。『次期国王予定の嫡子』や」
「じ、次期・・・」
「そうや。そやさかい、『リンク』ちゅう屋号がついてたやろう」
「では、あなたが『焔の王子』・・・」
「反応、遅っ。今更かえ。・・・まぁ、世間はそう云うとるらしいけど、単なる乱暴者よ」
 このレッドという男は少々人を人とも思わぬ態度でありながら、人物を値踏みするようで、この時も「ガルド・ヴァリウス」という人物を測っていたらしい。
「しかし、レッド王子が何故俺を。・・・」
「『シーフ・ロードの境界線平定』といい、『巨人騒動』といい、巷じゃちょっとした有名人やで。・・・それに、ゼディスの爺ぃが昨日、通信の魔法で報せてくれたよってにな。で、『リドルの代行者』の行方か」
「こちらに来た、という」
「なんや噂は聞いてるけどな。多分南の国境沿いちゃうか。いくら遺失魔法を使える云うたかて、その程度は知れてるやろう。それに現代の人間の体っちゅうのんはな、かつての遺失魔法に耐え切れるほど頑丈やないらしい」
「・・・」
「かつて、遺失魔法が遺失でない時代―――つまりめちゃくちゃ昔―――の人間、特に魔術師の魔法に対する耐久力っちゅうのはそらあんた、想像を絶するものやったらしい。でなけりゃ、あんな高度な魔法をそこかしこで使えんわな。ところが、世に云う「黒の戦争」期にその時代の魔法は殆どがロスト、つまり永遠に無くなってしまい、今現在使われる魔法はかつての遺失魔法に比べたら赤ちゃん言葉くらいらしいなんね。それ以降やな、魔術師のみならず人間の耐久力そのものが落ちていったっちゅうわけやね。そやさかい、あの人間の体力で遺失魔法を使うには限界があるっちゅうこっちゃ」
「つまり、完全ではないと」
「魔法自体は完璧よ。そりゃ『リドル』やからね」
「その『リドル』という人物そのものを教えてくれませんか」
と、ガルドが頭を下げるとレッドは右手の手のひらを差し出した。ガルドはその手を握り締めようとすると、
「そうそう。ここは友好のね・・・ちゃうわ。何するねん。気色の悪い」
と云っててを引っ込めた。
「ちゃうがな。こんなおもろい話を無料で聞かせてどないするねん」
「か、金を取るのですか。一国の王子が」
「そりゃそうやがな。入場料と今までの聴講料込みでやなぁ・・・」
「こ、込みで?」
「ワイを連れて行け」
とあくまで普通にこの邸の主は常識では考えられない事を口にした。
「はっ?!」
「いや、だから、俺を連れて行けいうとんねや。おもろいやんけ。こないおもろい事、お前らに独り占めさせてたまるかい。二人やけど」
「い、いや次期国王が自ら出られるなどと」
「んなもん、どうとでもなるがな。いざっちゅう時は弟がなんとかしてくれるやろうからな」
 次期国王になるには甚だ失言といわざるを得ないが、こういう身分を考えない破天荒さが魅力の一つなのであろう。王侯貴族には無い面白さでもある。が、いざ国王という重責を担うとすれば、この破天荒さが災いするのではないだろうか。そこの所は本人も自覚しているようで、「弟」に継承させるつもりでいるらしい。
「いや、しかし国王の嫡子が、しかも敵国関係の騎士と行動を共にする、というのは」
「んなもん関係あるかい。俺から云わせたらシャザールの事は何かあるんや。でなかったらあんな好々爺があないな領土侵犯なんぞするかい」
と、唾を飛ばした。
『焔の王子』というレッドの二つ名には意味がある。一つは何事に対しても焔の如き激しい剣捌きと、もう一つはその苛烈な性格である。この場合、後者の方が正しい。
 仮にも父親とはいえ、現役の国主である。息子ならではの発言なのであろうが、過激すぎる発言である。ガルドは恐縮するしかなかった。
『会って、驚かん事だ』
と云ったゼディス老の言葉は頭を過ぎる。
「・・・。いや、次期国王になろう御方が軽率に国を空ける、というのは無茶もいい所だ。やはり、王子には悪いですが。・・・」
 レッドは腕組みをしながらしばらく唸っていたが、
「やっぱそうなるか。・・・そうなるよなぁ。ほしたら俺の代わりにこいつを」
と云って差し出したのは、首飾りである。大きなターコイズの周りに銀であつらえたもので、これ一つで数年は暮らせられるであろう。
「これは・・・資金代わりやと思ってくれてかまわへん。今は金は全部王宮にあるさかいに、当座の金やね。なにも慈善でやるわけやない。これは君らに投資をするわけや。つまり、君らの後ろ盾になろうちゅうわけや。勿論、君らの今の地位は保証する。引き抜くつもりも無い」
「何故ここまで私達に」
と尋ねたが、レッドは只、頭を振るだけだった。

 レッドの真意はわからない。
が、当座の資金の枯渇だけは免れた。
 二人は、そのままレッドの館から首都「バースト」に入った。
この時点で、ガルドの装備は変わっている。聖十字紋章の鎖帷子はサックに入れ、防具の店にあった上等の帷子を買って着込み、外套は裏返している。
 バーストという街は魔法都市らしく、各地において魔法に関連するものや、技術学校、あるいは訓練所が多い。特に、「私塾」と呼ばれる個人経営の学業機関が目立つ。商店には巻き物(スクロール)が並び、魔導書(スペルブック)、あるいはアクセサリー等が多い。
 かといって、武器防具となると話は別で、一級品は少なく、むしろここには魔法専門の色合いが強い。実際、ガルドが着ている鎖帷子も質のいいものとは云いがたい。
 バーストにも当然ながら裏ギルドは存在する。しかし、他の街の裏ギルドとは少し違うのは、盗賊や傭兵といった類の職業の人種が少なく、学院を除名された者や、あるいは禁忌の魔法に触れた者など、ここでも魔法都市らしい特色が見える。
 中でも、とりわけて多いのが「禁忌の魔法違反」である。
「禁忌の魔法」というのは、遺失魔法を含めた現存する魔法以外の研究・及び使用である。これには少し説明を要する。
 遺失魔法の存在そのものはこの前の件でも繰り返し出ているので理解はあろう。しかし、具体的にどういった魔法かは詳述していない。
 要は、人体改造を施したり、あるいは魔族を招来する、また異世界との扉を開き自由に往来する等、現在の人智を遥かに超えた、制御するには余りにも困難が伴う魔法である。一部には「外道」等と軽蔑視する魔術師までいるが、それほど常識では理解しがたい魔法の類なのであろう。
 この危険極まりない魔法群は倫理を逸する事甚だしいので、魔法研究所でも遺失魔法の概略はあっても実際に研究する事は禁止されている。
 つまり、この裏ギルドに登録されている魔術師は、個人的犯罪を除けば多少の遺失魔法を研究していた輩が多いという事になる。その事はガルド達にとって、決して今はマイナスではない。
 ここの裏ギルドのマスターも、そういった人物の一人であるから事は早く進んだ。
「『創世者』・・・『リドル』は知っている。遺失魔法関連の古文書には名前が出ている」
と云って、一つの古文書を差し出した。題名は「魔術における体系規定」というらしい。
「この規定によれば、『リドル』という魔術師は元々「創生魔法」を習熟していたらしい。ここだ」
と、開いた項のある箇所を指した。そこには、
 ――― 創生魔法における体系を規定し、かつ明瞭化した者、リドル・M・イグニティア
とある。
「習熟者、というより体系を規定したほどだから賢者と云っていい」
「具体的に、その創生魔法の定義は」
ガルドは騎士である為、魔法には疎い。
「研究はしていない。まぁ、いつかはしてみたいがな。要するに金属や生体を使って怪物を作るとか、あるいは生きている人間に何らかの魔法を施して、思いのままに操る、とかそういう類の魔法だ。実は此処だけの話だが、『リドル』自身の記述は幾らでもあるのだが、実際に本人の姿は無いそうだ」
「確か、ゼディス老は『創世者も完全には理解をしておらぬようだ』と云っていたが」
「そうだ。『創世者』は歴史の舞台にしばしば出てくる。『セルダインY世暗殺』もそうらしい。が、当の本人は全く出てきていない」
「意思のみ、という事か」
「その意思の代行者という意味で『創世者』というのだろう。肖像画一つ残っていない、というのはちと奇妙だが」
と、ギルドのマスターは本を閉じ、棚にしまった。
 途端に、生暖かい風が緩やかに吹き抜けたかと思うと、静かに雨が降り始めた。
「ま、これくらいだな。これ以上となると、後は宮廷魔術師ゴードンの所にでも行けばいいだろう」

 ゴードン、というムーラきっての魔術師が宮廷に出仕したのは彼が30代後半になってからで、これは躍進と云っていい出世である。
 彼が宮廷に出仕する契機となったのは前宮廷魔術師である大ゴードン ――― つまり父親である ――― が引退を表明したからで、いわゆる世襲の出世である。しかし、この小ゴードンも父親に劣らぬ逸材であるばかりか、その温厚で誠実な人柄もあって宮中でも人気が高い。
 彼自身が、非常な苦労人に拠る所が大きい。彼は元々魔術師ではない。分類は魔術師系統に属する「軍師」という役目である。軍師とは、魔術よりも軍学や戦術、戦略を練り、自国を勝利へと導く為の国王の補佐である。しかもその分野は政治経済までに及び、そういった意味では彼は天才的政治家であった。
 彼はその天才特有の傲慢さや倨傲さを持つ事は無かった。それは父親である大ゴードンの教育にあったらしい。実際、この大ゴードンは息子には非情なまでに厳然たる父親であった。彼自身もその偉大なる父親の存在を幼少の頃から潜在意識に刻み付けた事で、常に自戒を自ら強いるようになった。その為かどうかは知らないが、彼の髪には白髪が雑じっている。
 ガルドがそのゴードンの邸を訪ねた時、丁度庭先で庭をいじっている男性がいた。長靴にズボン、前掛けをして長袖に手袋、頭を布で巻いている。
「よろしいですか」
とガルドが尋ねると、その庭弄りの男性は立ち上がり、温厚な笑顔で迎えてくれた。思ったより、背が高い。
「ここはゴードン卿のお住まいと聞いてきたのですが」
「えぇ。いかにも、ゴードン卿の邸ですが」
「ゴードン卿に取次ぎを願いたいが、よろしいでしょうか」
「私ですか?それとも父の方でしょうか」
「現在宮廷魔術師をしておられるゴードン卿なのですが・・・」
「あ、それなら私だ。何か御用でも」
「『白砂の巨人』について。それと『リドル』の事もお聞きしたいと」
とガルドが話すと、さっきまでの温厚な笑顔が消え、
「先ずはこちらへ」
と邸に通された。

 邸は質素であった。応接も二部屋ほどで、とても宮廷魔術師が住んでいるとは考えにくい。
「父が質素な暮らしを望んでいてね」
 その内の一つの応接室に通されると、侍女が紅茶を運んできた。
「冷めないうちに。・・・という事は君がガルド・ヴァリウス君なのか」
「はい。で、卿も知っての通り我が帝国地下にある『巨人』が『リドル』なる者の「代行者」によって覚醒させられてしまいました。まだ本格的には動いていないものの、残り三体といわれている『ウルフ=アイ』の首都「ファング」、『シーフ=ロード』の「ムーンホーク」、それとここ「バースト」、この三体が覚醒されれば、暗黒の時代、「黒の戦争」に戻ってしまうであろう事は容易に想像できる。奴を止めたいが、それには情報が足りない」
「だから、私のような者のところへ」
「知りたいのです。『リドル』という者が何者なのか、何故代行者を立てるのか、また『巨人』は何なのか」
「私には答えかねる。確かに私は宮廷魔術師だが、父ほど秀でていない。むしろ父に尋ねるべきでしょう。父さん」
 扉が開くと、そこには老人が立っていた。立派な長い顎鬚と、灰色の眉。皺も多く刻まれているが、背筋が張り、堂々と入ってきたその健脚振りは年齢を感じさせない。
「儂がこの無知な倅の父親だ。この程度にも答えられんとはな。国の将来も見えたわい」
その息子は隣で苦笑するしかない。ガルド達も畏まる。
「さて、儂の知る限りでは『リドル』という男はとっくに死んでおるはずだ。なんせ600年も前の創生魔法の賢者であったからな」
 当然ながらというべきか、不老不死はこの世界にも存在しない。いかに創生魔法の賢者とはいえ、肉体年齢には勝てなかったらしい。
「つまりは『リドル』という人間は存在しない。では何故『創世者』という者が存在するか、という事だが諸説ある」
「・・・」
「一つは記述などで読んだ一部の賛同者によるもの。一つは同じ創生魔法を学んだもの。そして、実は『リドル』の意思はどこかに存在して、それが『創世者』を生んでいる、というこの三つだ。まぁ、三つ目は可能性は低い」
「というと?」
「本人の意思そのものの存在が確認されていない。さらに、この『リドル』が歴史の表舞台から姿を消した時期と、『創世者』の出現の時期には500年以上もの隔たりがある。もし君が『リドル』だとして、何百年も後に『創世者』を遣すか?」
「物理的に不可能ですね。書物を読んで共感して思想を継ぐとかしないと」