Gespenst
作:SHION





「んで、あの廃校舎には毎年この時期になると夜な夜なあたしたちと同じくらいの歳の恋人が現れては、そこに来た人を…………」
「わーーーーーー!! わーーーーーーーーー!!!!」
 紀子は大声で叫んで咲枝の話を中断させた。
 とある中学校の校舎裏。陽はとっくに落ち夜のとばりが訪れている、そんな夏の日。夏といえば、怪談。怪談とくれば肝だめし。肝だめしとくれば在学する学校の廃校舎。もちろん、夜。紀子は友達の咲枝に誘われてそんな肝だめしに軽い気持ちで参加してみたが、実は怖いの暗いの狭いのが大嫌いな少女であった。ちなみに暗くて広いのもダメである。けれども参加した理由は、つい最近気になりだした男の子・亮太も参加すると聞いたから。……それも咲枝の策略であったのは知るよしもないが。
 結局集まったのは紀子・咲枝・恵美の女子3人と亮太・和馬・智也の男子3人の計6人だった。紀子は怖がりながらも内心は亮太との夜のこの時間に少しドキドキしていた。急接近するチャンスでもあったからだ。紀子たちはすでに夏休みに突入していたため学校には来ていなかった。しかし全員通っている塾が同じなのでそこで連絡を取り合い、そしてその日の夜9時に校舎裏に集合していた。1人も遅刻することなく始まった夏の肝だめし大会は、主催者である咲枝の『学校であった怖い話・咲枝情報編』から始まりを告げた。
「もー。さっきから紀子が騒ぐからなかなか話進まないじゃない!」
 咲枝が紀子をジロリと睨む。
「ご、ごめん。でもやっぱあたし肝だめし無理だよぉ! こんな話聞いたあとに、その廃校舎に入るんでしょ? 無理だってばぁ〜!」
 紀子は半泣き状態で叫ぶ。どうやら本当に苦手なことを咲枝は納得してため息をつく。
「もうしょうがないなぁ。じゃ、話はここまでで……」
「終わりっ? もう帰る? じゃあ、また明日塾でねーー♪」
 勢いよく立ち上がりそそくさと逃げようとする紀子を、がしっと両サイドから掴まえて話さない咲枝と恵美。今度は紀子の耳元で囁く。
『本気で怖がってどうすんのよ? 闇に乗じて亮太に告るんでしょ!』
『くじ細工してペアにしてあげるから、もうちょっと我慢しなさいよぉ』
「……うぐぅ……」
 2人の言葉に思わず帰ろうとしていた足を止める。告白……。
(そうだった。今日亮太に告る予定だったんだっけ。うぅー……告白したいけど……でも廃校舎怖いし肝だめしイヤだしぃぃ……)
「おーい。そこの女子3人何やってんだよ」
「入るなら早く入ろうぜー。俺今日見たい番組あるんだよ」
 背後から亮太たちが声をかける。
「ほーらっ! 行くよ、紀子っ」
「う、うん」
 覚悟を決めて亮太たちの元へ戻る紀子たち。6人は廃校舎へと足を進めた。静かな校舎に6人の足音と明るい声だけが響き渡る。肝だめしといえども、今回の目的は紀子の亮太への告白。咲枝と恵美はそれを楽しみにしてウキウキであるし、男子は普通に肝だめしを楽しもうとしているし、紀子はといえば……1人で肝だめしに対する恐怖と、亮太への告白に対する緊張やドキドキで頭を混乱させていた。
「んじゃぁ、1番はあたしは和馬。2番は恵美は智也と。最後は紀子と亮太ね! 廃校舎の2階の奥にあたしが今朝用意しておいた紙を持ち帰ってきてねん♪ じゃぁ行ってくるねー」
(本当に細工してたんだ……くじ……)
 名前の書いてある割り箸を握り締めながら紀子は胸中で呟き、楽しそうに真っ暗で不気味な廃校舎へと入っていく咲枝を見送った。夏独特の生暖かい風が紀子の肌を撫で、ビクっと身体を震わせる。不安な面持ちで紀子は咲枝と和馬の帰りを待った。


 咲枝と和馬、恵美と智也がそれぞれ指定の紙を持ち帰ってくるのにはさほど時間がかからなく(紀子がそう感じただけかもしれないが)あっという間に紀子と亮太の番になってしまった。土壇場になってなおも行くのをためらう紀子の腕を取り亮太は歩き出した。紀子はただでさえ恐怖で胸が高鳴っているのに、それとは別のドキドキに支配されてオーバーヒート寸前だった。おかげで恐怖心も少し拭えて廃校舎へと足を踏み入れることができたのだった。
「ね……亮太」
「うんー?」
「あ、あのね。あたしもの凄く怖いんだけど……」
「んじゃ、ここで待ってるか? 俺だけで奥まで行っても……」
「それもイヤぁぁぁぁ!」
 思わず叫んで、離そうとしていた亮太の手をがしっと掴む。恐怖から勢いで掴んだものの自分の行動に驚いて紀子は赤面した。けれど離すことも出来ない。じっとりとした空気が奇妙な雰囲気をかもしだす。
(そうだ。……い、今なら告れそうじゃないかな? なんかちょっといいカンジじゃない!? よし……よぉし!)
「ねぇ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあああああ!?」
 背後から突然ポンと肩を叩かれ話し掛けられたのにビックリして、紀子は今までで一番大きな悲鳴をあげた。その声の大きさに亮太も、そして声をかけた張本人までもが驚いて悲鳴をあげた。一通り叫び終わった紀子は目の前の亮太があきれた顔をしているのを見て、恐る恐る背後を振り返った。そこには紀子たちと同じくらいの年代の少女と少年がいた。髪の長い大人っぽい少女は、右手で前髪をかきあげながら笑った。
「もービックリさせないでよねぇ。さっきから騒がしいから来てみたけど……もしかしてアンタたちも肝だめしやってるの?」
「アンタたちも……ってことは、あなたたちもそうなの?」
「そ。ま、あたしとコイツの2人きりだけどね」
 クスっと笑うと少女は少年の腕を取り、自分の腕を絡ませた。紀子はその光景がとても刺激的に思えて思わず亮太を掴んでいた手を離した。本物の恋人同士を目の前に、まだ片想いの自分がとても子供に見えて恥ずかしかったのだ。
 少女の名前は麻里、少年の名前は高貴というらしかった。紀子たちとは違う学校だけれども、昔からよくこの廃校舎に忍び込んでは秘密のデートをしていたらしい。
「廃校舎の恋人幽霊〜? あはっ。もしかしたらあたしたちのことかもねぇ」
 ビビリまくりの紀子をよそに麻里は明るかった。肝だめしの説明をすると麻里は乗り気で一緒にやると言い張り(高貴はあまりおしゃべりではないタイプのようで麻里に従った)スッカリ先頭をきって歩き始めていた。紀子は亮太に告白するタイミングを無くしたことを残念に思うと同時に、人数が増えた……しかもこんなに明るくて頼もしい……為か恐怖心も少し和らいで安心しはじめていた。
「こんな所で毎晩デートするなんて・・・やらしいな、お前ら」
 ぽつりと亮太が言う。
「何想像してんのよーーー!?」
 紀子は思わず赤面して亮太を思いっきり突き飛ばした。
「うわっ……!?」
 思っていたよりも紀子の力は強かったようで、亮太は賑やかな音をたてて暗闇へと消えた。紀子は「しまった!」という表情で顔を手でおさえる。どうやらこのような出来事は今が最初ではないようだった。麻里は思わず声をあげて笑った。
「ねぇ? 紀子ってば亮太のこと好きでしょ?」
「なっ……!?」
「もー顔真っ赤。そっかぁ、そっかぁ。亮太なかなか可愛い顔してるしねー」
 暗闇ですら分かるほど紀子の顔は赤面していた。咲枝や恵美にからかわれるだけでも赤面するのに、まだ知り合ったばかりの麻里に見抜かれては死ぬほど恥ずかしいらしかった。暗闇へと消えていった亮太のことを気にかけることも忘れるぐらい焦っていた。
 麻里は高貴に亮太を迎えに行くように告げた。どうやら亮太は紀子に突き飛ばされた拍子に、穴から1階へと落下したらしい。高貴は懐中電灯を一つ持ち(一つは紀子たちが持っている)階段を下りていった。古い廃校舎である。床が抜けやすくなっていても不思議はないので紀子と麻里は足先で床を確認しながら壁に背を向けて座り込んだ。
「亮太と高貴くん……遅いね」
 高貴が1階に降りてからしばらくの時間が経過した。外で鳴く虫の声と、咲枝たちの声が遠くから聞こえてくるだけで他の物音はしなかった。紀子はだんだんと不安になる気持ちが増大していることに気がついて身震いをした。
「けど、麻里ちゃんたちがいてくれて良かったかも。あたし1人じゃこんな状況になった時亮太を探しに一人で廃校舎を歩くなんて怖くて出来ないもの。ほんと良かったぁ」
「あたしだって。怖いとかはないけどさ、なーんか初々しくって可愛らしいカップル見つけちゃってなんだか楽しいもの」
「か……カップルじゃないもん!」
 麻里の言葉に紅潮して立ち上がる。夏の暑さだけではない火照りが紀子を包んでいた。そんな紀子を見つめながら麻里は微笑みながら前髪をかきあげた。どうやら笑う時のクセのようだった。
 しばらく談話を続けていると後方から明かりを照らされたことで亮太が戻ってきたことを知った。しかしそこには亮太1人しかおらず、高貴の姿はなかった。亮太の話によると「観たい番組があるから帰る」ということで、懐中電灯を亮太に渡すとそそくさと帰ってしまったらしい。麻里はまるで分かっていたかのような表情で気にもせず、先に進もうと提案した。
(そういやさっきも智也が同じようなこと言ってたし……。今日何があったっけ?)
 紀子はふとそんなことを考えつつ先へと足を進めた。今度はきちんと足元を照らして確認しつつ、亮太を突き飛ばすこともしないように注意しながら。とにかく早く廃校舎から出たかった。恐怖心は完全に拭えたわけではなく、1歩ごとに響く足音がさっきまでの明るさを忘れさせていた。
 麻里がいたおかげで目的地には迷わずに到達することができた。さすがによく忍び込んでいるだけあって暗闇でも廃校舎の中を迷わず歩けることが出来るようだった。
 廃校舎2階の奥の教室。その中の古びた教卓に紙きれが一枚置いてあった。風で飛ばないように上には石が乗っていた。紀子はそれを取るとすぐにポケットへとしまった。
「今見ないの?それ」
「うん。咲枝……っと、企画者の女の子が戻ってきてから皆で一斉に見るって言ってたんだ。あ、麻里ちゃんも一緒に来てくれるよね?廃校舎の幽霊話の正体が麻里ちゃんたちだなんて知ったら、もう肝だめしなんてやろうとは思わないかもしれないし♪」
 紀子は満足そうに微笑むと教室を出ようとドアに手をかけた。
 その時だった。
「え? どしたの、亮太?」
 亮太からは今までの笑顔が消え去り、ただドアにかけた紀子の手を掴んだ。強く。その表情は真剣そのものだった。紀子は少しドキっとして頬を赤らめた。
「ねぇ、紀子。その咲枝ってコが話した怪談話、最後までちゃんと聞いた?」
 背後から麻里の声が聞こえた。紀子は視線だけを麻里に送る。すると麻里は教卓の上に座っていた。月明かりが麻里の顔を青白く照らす。それはまるで……死者のようだった。紀子は背筋が凍るような感じを覚えて震えた。恐怖から救ってもらおうと亮太の顔を覗きこむが、亮太の顔までもが不気味に感じて紀子は反射的に手を振り払おうとした。しかし亮太の力は強く振りほどけずに紀子はもがくだけとなった。
「亮太。本当に可愛い顔で良かったわぁ。あたしの彼氏だものね」
 麻里の言葉に紀子はそれまでの恐怖よりも強い感情が芽生えた。同時にこの突然始まったわけの分からない状況にパニック寸前でもあった。
「意味が分からないって顔してる。まぁ、別に分からなくてもいいんだけどね」
「何言ってるの? 麻里ちゃんの彼氏は高貴くんでしょ? ねぇ、亮太も麻里ちゃんもなんか変だよ!」
「そ。あたしの彼氏は高貴。そして今は亮太でもあるの」
「そんな説明分かんないよ!」
 紀子は瞳に涙をためていた。さっき知り合ったばかりのはずの麻里が亮太を自分の彼氏だと言っている。亮太は否定もせずにただそこにいた。それは……まるでさっきまで一緒にいた高貴のようだった。
「気づいたようね。大丈夫、怖いことなんて何もないし、紀子は今まで通り亮太と一緒にいられるんだから、ね?」
 麻里は教卓から飛び降りるとゆっくりと紀子に近づいてきた。
 何故最初に会った時に気がつかなかったのだろうか。飛び降りた時に麻里の着地音は聞こえなかった。思えば一緒に歩いている時も聞こえるのは紀子と亮太の足音だけだった。そして、亮太が一人で戻ってきたとき……亮太の足音は聞こえなかった。
「1つだけ忠告ね。人の話はきちんと最後まで聞いたほうがいいわよ」
 麻里の白い手が紀子に近づいてきた。紀子は叫ぶことも忘れそのまま意識を失った。


「あ、紀子おかえりー」
 紀子と亮太は何事もなかったかのように廃校舎から出てきた。その手はしっかりと繋がれていて、咲枝たちはここぞとばかりにからかいはじめた。紀子は少しはにかむとポケットから紙を取り出した。
「これ。最後に全員で見た時に白紙なら何事もなし。もし……誰かの名前が書かれていたら……」
 紀子がうながす。紀子・咲枝・恵美はそれぞれ向き合い紙をそっと開いていった。亮太たちは背後からそれを眺める。全部の紙が開封された時咲枝は思いっきり残念そうな声をあげた。
「あーあ。やっぱり何もないかぁ。あ、でも紀子と亮太は見事くっついたんだから何事もなかったわけじゃないか!」
 不敵な微笑みを見せる咲枝に、紀子と亮太は顔を見合わせた。
 夜も更けて、咲枝は解散を提案した。見たい番組のあった智也は一目散に走って帰宅してしまった。
「そういやさー、紀子なんで紙の話知ってたの?あたし最後まで話さなかったのに」
「亮太から聞いたんだってば」
「あ、なるほどね。しっかし告白成功して良かったねー」
 背中をポンと叩かれて紀子は微笑んだ。前髪をかきあげながら……。


「廃校舎に現れる恋人の幽霊はね、そこに来た同じ年代のカップルを見ると乗り移って自分の身体にしちゃうんだって。そして幽霊だった頃の自分を忘れないために、真っ白の紙に自分の名前を書くんだってー」
 ある夏の日の夜。
 廃校舎がなくなってからもずっとその噂話は語りつがれ続けた。
 ただ、紙に誰かの名前が書かれることは一度もなく、迷信だと思われた。
 しかし確かに恋人の幽霊はそこにいた。
 新しい自分の身体を捜して…………。

(ねぇ、亮太。早く誰かこないかね?)
(だなー。ずっとこんな気味悪い廃校舎にいたくないもんなー)
(あ、ほら! 誰か来たよ!)















+ あとがき +

 夏といえば、怪談。怪談といえば、肝だめし!
 ってことでこんな話になりましたが、どうでしょうか?(汗
 や、俺自身怖いの全然ダメダメなんであんましよく知らないんですよね、恐怖もの。
 まー全然恐怖もなにもない作品ですが一応怪談ってことで(汗
 
   2003.08.06.  SHION