黄金の瞳
作:紫城カヲル





「おい、ラズリー。聞いてんのか」
 俺は眉間に縦皺を刻んで、前を歩く相棒に声をかけた。
 一時間前に、酒場を出てきたんだが、そのころからどうも様子がおかしい。ボーッとしてるし、人の話なんて聞いちゃいねぇ。
 まぁ、コイツがボーッとしてんのはいつものことかも知れないが、おもしろくないことこの上ない。俺は苛立ちを隠さずに、足下に転がっていた空き缶を蹴りつけた。
 中身は一滴も残っていなかったらしく、カラカラと音を立ててラズリーの、かかとにぶち当たる。
 と、そこで初めてこっちを振り向いた。
「何だよ、リオ」
 通算14回目で、ようやく反応を示していただけたようだ。俺はこのチャンスを逃さぬようにと、すかさず言葉を続ける。
「お前さぁ、もしかして酒場の…あの女が気になってんのか?」
 酒場の女ってのは、突然何の前触れもなく、俺達に話しかけてきた奴のことだ。顔はかわいかったが、頭の方はなかなかおめでたい女だったように思う。突然近づいてきて、「ここで会ったのも、何かのご縁ですわね。ご一緒にお話していただけません?」などと言ってきやがった。
 初めはお姉さまのナンパかと思ったんだが、よく見れば歳は15〜16ってとこだ。そんな年齢で酒場に入る奴はだいたいマトモな奴じゃないんだよな。
 しかも、ラズリーがいきなり黙り込むから、俺がそのご機嫌なお嬢様の、話し相手をしなけりゃならなくなった。
 きわめつけに、なかなか逃げるタイミングが掴めなかったから、何十分も話につきあうハメになったんだ。
 いい加減、我慢の限界がきたから酒場を飛び出したんだが、それからもラズリーが沈黙を決め込みやがって、今に至るってわけだ。
 ラズリーは、俺の言葉に少し振り返って答えた。
「お前、あの女に見覚えはなかったか?」
 予想もしていなかったことを問われて、多少驚いたものの、俺は首を横に振って返事をする。あんな奴と話したことがあれば、いくら俺でも忘れるわけがない。
 でも、そんなことを聞くってことは、ラズリーの知り合いか?
 俺は、好奇心に負けて相棒の隣に進み出た。そして、続きは何なんだ? と視線で促してやる。
「覚えてないなら、それでいい。オレの勘違いだよ」
 ラズリーはそれ以上何も言わなかった。それがまた怪しい。いかにも、何か知ってますって顔だ。
 まったくこいつは…国の騎士団に所属してたときからそうだったけど、騎士団を辞めてから、こんな旅人みたいな生活になっても、言わないと決めたら絶対にゆずらねぇ。それが、アイツのポリシーッてやつかね。
 俺は分かんねぇが、ラズリーは女から見ればかなりの美形らしい。
 陽光を照らし返す、銀髪に青緑色の瞳。美形の条件にピッタリ当てはまるんだとか、何とか。
 騎士時代も、女性騎士を初めに、一庶民までアイツのファンはそこら中にいた。だから、ラズリーが騎士を辞めたとき、かなりの数のファンが泣いたらしい。
 それでそのころ、俺は陛下の大事にしてたコレクションのモンスターを……そうだ、誤って天国に送っちまって、騎士団をクビになった。
 確かに俺自身の力のコントロールが、甘かったせいでコレクションを天国送りにしちまったんだが、事故みたいなもんだ、と許してくれてもよかったんじゃないか?
 たまたま騎士を抜けた時期が同じだったから、一緒に旅することになったんだが…こいつといたら、女に不自由する。たいていの奴は、ラズリー目当てに近づいてくるからな。俺だって、こいつといなけりゃまあまあだと思うんだけどな……。
 と、俺が一人で色々考えていると、突然右手にあった路地裏から小さな悲鳴が聞こえてきた。それに続いて、複数の男の声。俺は反射的に腰に提げてあった、長剣を抜き放ち、路地裏に駆け込んでいた。
 そこには、四、五人の男と、取り押さえられる黒髪、ピンクのワンピースの女が…って!こいつは、酒場のイカレ女じゃねぇか!
 俺とラズリー姿を見つけたその女は、この驚愕の表情に気づいてないのか、のほほんと声をかけてきた。
「あら? 確か、リオさんとラズリー様ですわね。ごきげんよう」
 こっ…こいつは! 自分の立場分かって言ってんのか? 拉致される寸前なんだぞ! 俺だけ、さん呼ばわりだったことに、いまいち釈然としないが、今はそんなこと言ってる場合じゃねぇ。どんな女だろうと、ピンチには変わりない。見捨てられるか!
 俺は、近くにいた男に斬りかかる。そいつはなかなかの速さで、武器の短剣を握ると、俺の心臓目がけて斬りつけてきた。一撃必殺か、そういう考え方は嫌いじゃないが、実行する奴は嫌いだ。俺は、素早く反応すると、跳躍でそれをかわす。そして、ジャンプのついでに、そのまま男の右腕に蹴りを決めてやった。ボキリと鈍い音が耳をつく。まあ、利き腕が使えなけりゃ問題ないだろ。
 俺が殺気を感じて振り返ると、そこには今まさに俺を斬りつけようとしている、アホがいた。そのアホ野郎の向こうには、涼しい顔で攻撃をやりすごし、延髄を叩きつけて行くラズリーの姿があった。腕前はかなりの方だし、大丈夫だろう。
 俺はとりあえず、目の前に立ちはだかる男に鉄槌をお見舞いしてやろうと、視線を戻した。そして、迫り来る凶器を剣ではじき飛ばすと、そのまま流れ作業で男の肩口を切り裂いた。小さなうめき声を伴って、そいつが倒れるのを見届けると、ラズリーに視線を戻す。
 丁度、ラズリーが最後の一人を倒したところだった。相棒は、倒れる男には一瞥も与えずに、目線を移動させた。その先には、あの女が……いない!?
「まさか連れて行かれたのか!? クソッ!」
  俺は反射的に叫んでいた。その声を、少々の驚きを混じえた、ラズリーの声が遮った。
「落ち着け、リオ。上だ」
 言われるままに上を見上げると、そこには難を逃れたと思われる男が屋根の上で、イカレ女を小脇に挟んで立っている。そいつはやたらと偉そうな態度で、俺達をにらみつけると、口を開いた。
「レフィルの護衛か? マリアナの他にもいたとはな」
 レフィル? ああ、もしかしてあの女の名前か? マリアナッて奴は…知らねぇな。俺が一通り考えをまとめて、“知るか”と言ってやろうとしたとき、かん高い女の声―…もといレフィルの声が響いた。
「護衛かどうかは存じませんが、他人ではございませんわ。ねぇ、お二人とも」
 …限りなく他人に近いだろ。俺の内なるつっこみも虚しいだけだった。
 俺が、どうしたもんかと苦悩していると、男は突然挨拶もなしに、その場を立ち去った。一瞬の出来事だった。思わず俺は驚きを声に出すところだったが、何とかその声を腹にしまい込むと、ラズリーを見る。いつになく、険しい表情だ。一体あのレフィルとやらに、何があるんだ?
 俺はラズリーを問いつめようとしたが、先にラズリーが喋ったので、タイミングを失ってしまった。
「リオ、レフィルを助けに行くぞ」
「助けに? そりゃ、放っておくつもりはないけど…」
 正直言って、意外だった。だいたいこの手の発言は、俺のものだったから。
「だけど、どこへ行ったのか、分からないぜ?」
「情報を引き出す端末くらい、そこら辺に転がってるだろ?」
 ラズリーはそう言って、先程打ちのめした男の一人を指さした。そいつは、かなり怯えているらしく、情けなく震えている。ラズリーの腕なら、気絶させることくらい造作もないはずだ。おそらく、こういう事態に備えて手加減しておいたのだろう。恐ろしいったらありゃしねぇ。この鬼畜ぶりを、こいつのファンに見せてやりたいもんだ。


 俺とラズリーは偉そうにたたずむ、豪邸に二階の窓から侵入したところだった。豪邸と言っても、そんなにでかいわけじゃない。せいぜい他の家よりも少し大きい程度だ。だが、俺のようなその日暮らしの人間には、十分豪邸に見えるわけだ。
 ここには、レフィルが捕まっていると、打ちのめした男が親切に教えてくれた。
「で、どうするんだ? レフィルがどこに捕まってるのかまでは、分かんねぇぞ」 
 俺が溜息混じりにそう言うと、ラズリーは“まあな”と呟いた。
 侵入したのはいいけど、何十部屋も見て回るのは、体力と時間の浪費だ。なるべく避けたい。
 だが、それ以外に道は無いので、俺達は仕方なく適当な道を選んで歩き始めた。
 ……それから、アテもなく勘で歩くこと数十分。
 遠くから、派手な二つ足音が近づいて来た。走っているようだ。その音の真後ろに、三人分の声が響いている。
「リオ、どう思う?」
 ラズリーが小声で問いかけてくる。
 俺は、とりあえず返事もそこそこに、足音のした左側の通路をのぞいてみた。もちろん、近づいてくる人物には気づかれないようにして。
 俺が通路を見たときには、すでに時遅く、二対三の戦闘が始まっていた。いや、正確には一対三だ。一人の女性が必死に戦っているのを、もう一人…レフィルは戦うこともせずに、傍観に徹している。おろおろしてるだけ、まだマシか?
 それにしても、あの剣士は見覚えがあるような……。
 俺は、一瞬考えようとしたが、今はそれどころじゃない。 
 レフィルともう一人の美人剣士を助けようと、俺が足を一歩踏み出したとき、ラズリーが…悪気はないんだろうが、俺を押しどけて先に走り出した。
「やっぱり…マリアナ!! ……レフィル王女!」
「何だって!?」
 俺はラズリーが発した言葉に、大声で叫んでしまった。我ながら情けないとは思うが・・・あの変な女が王女だって? 一体どうなってやがるんだ? それに、マリアナ…か? 見覚えがあるような?
 驚きのあまり、俺は不覚にも戦闘に参加するタイミングを、完全に逃していた。
 仕方なく、戦闘の輪から外れているレフィルのそばに行き、万が一に備えて剣を抜く。
 レフィルは、この状況を理解しているはずなのに、笑顔つきで挨拶をしてきた。
「こんにちは、リオさん。助けに来ていただけるとは、感激ですわ」
 俺は、相手がもしも王女だったときのために、愛想よく、だが力無く笑った。
 そして、三人を相手に戦うラズリーと美人剣士、もといマリアナに視線を送る。
 ラズリーが相手の手首をねじ上げて、自由を奪うとマリアナがすかさず相手を斬りつける。
 見事な剣技と、チームワークに俺は小さく感嘆の口笛を吹いた。
 もちろん、俺が手助けをするまでもなく、数秒で立っている敵はいなくなった。
 最後の敵が完璧に倒れたのを横目で確認すると、マリアナは俺…じゃなくて、レフィルに駆け寄ってきた。
「王女! お怪我はありませんか?」
 そう言って、レフィルの顔をのぞき込むマリアナの表情は、冗談ではなかった。
 嘘だろ? こいつが王女だって? 俺は意外性に打ちのめされて、よろけてしまう。
 そのとき、マリアナが俺とラズリーの方を見て、軽く頭を下げた。
「礼を言おう。リオ、ラズリー」
 そう言われて、マリアナを初めて正面から見た。金髪の長い髪を後ろで、無造作にくくっている。透き通るような蒼い瞳は、彼女の美しさを感じさせるのに、一役買っていた。
「ま、まさか! お前は、マリアナ=メリッグ!?」
 俺は間抜けなほどに声を張り上げていた。
 それと同時に、騎士時代のころの記憶の片隅に、マリアナがいたことに気がついた。
 しかし、まさか、こんなところに王女護衛兼世話役がいるなんて・・・。
「お互い騎士団にいながらも、喋ったことはなかったからな。それに、お前達が騎士団を辞めてから、四年はたっている。リオが忘れていたのも、仕方がないだろう」
 今のマリアナの台詞からすれば、忘れてたのは、俺だけってことになるけど…そうか! その瞬間俺の頭の中で、電球がきらめいた。
「お前、イカレ女が王女だって、気がついてたんだな?」
 イカレ女と叫んだとき、後ろでマリアナが罵声を浴びせてきていたが、そんなこと知ったこっちゃない。今は、ラズリーを尋問する方が先だ。
「ああ、予想はしてた。だが、確信したのは護衛役のマリアナを見たときからだ」
 俺は、体中から力が抜けてゆくのを感じた。
 予想してたなら、先に言うべきだとか、思わないのかこいつは。
 してやられたような気分になりながらも、俺は気を取り直して、マリアナに質問する。
「つまり、本物なんだな? この王女は…」
「当たり前だ。いくら四年前のことでも、王女の顔くらい、覚えているのが普通だろう」
 そうは言うものの、マリアナのような護衛ならともかく、一介の騎士がいちいち喋ったこともない王女の顔なんて、覚えてるもんか。それに、表舞台に出てきても言葉は発しないときが、ほとんどだったし。
 ラズリーのように、予想がつくだけでも大快挙だと思うけどな…。
 口に出したら面倒なことになりそうなので、とりあえずそれについては触れず、俺は再び質問を変更して声をかけた。
「護衛って、マリアナ一人なのか? 最低でも五人くらいは、ついてるモンだろ? それに大体、何で王都から離れた、こんな治安の悪い町にいるんだ?」
「馬鹿者。いくらお前でも、今の王都の状況を知らんわけじゃないだろう?」
 俺は、ちょっと考えてから特に何も思い当たることがなかったため、“知らん”と正直に呟いた。
 視界の隅で、ラズリーが溜息をついたのが見えたから、アイツは知ってるらしい。行ってる街は同じなのに、何でアイツが知ってて俺が知らないことが多いんだ?
「王都に今、レフィル王女を狙う、敵国ギアの連中が潜伏している可能性があるんだよ」
 マリアナが答える前に、ラズリーが言った。
 …むぅ。こいつといると、女に不自由するだけじゃなく、俺の馬鹿さ加減が浮き彫りにされる。
「そう言うことだ。そのため、王女を王家の血縁者のもとに避難させることになったのだが、大勢の護衛がいてはすぐに感づかれてしまう。会議で検討した結果、一庶民として護送するのが一番望ましいということになったのだ」
 そこまで聞いて、俺はレフィルに目を向けた。
 言われてみれば、王女はこんな感じだった気がする…。
 が、会話に参加できないため、暇そうに窓の外の蝶とたわむれる姿は、とてもじゃないが大きな責任を持った王女とは思えない。
 遠くなりそうな意識を覚醒させて、俺は再び質問を再会する。
「そんな大事な輸送物を、一人で酒場に置いとくのは、まずかったんじゃないのか? マリアナ」
「酒場に? 実は、私が敵の連中と戦っていたときに、姿を消されたのだ。私は、すっかり奴らに捕らえられたのだと思って、ここへ来たわけだが…。そうか、どうやらそのときは、ただ遊びに行かれていたのだな…そして、その後捕まったのか…」
 マリアナは、疲れを感じたのか、ガクッと肩を落とした。
「マリアナ、お前どうやってこの場所を突き止めたんだ?」
 黙っていたラズリーが、何を思ってか彼女にそう言った。
「倒した敵の中から、意識がある者を尋問したのだ」
 さらりと事実を言ってのけたマリアナだったが、俺にしてみればおかしくて仕方がなかった。
 ラズリーが鬼畜第一号で、マリアナは二号だな。そんなことを考えていると、吹き出したくなった。
 しかし、そこへ俺の笑い顔を邪魔する騒々しい足音が響いてくる。
「のんびり話し込んでる場合じゃなかったな」
 ラズリーが大きな舌打ちをして、足音とは反対方向へ走り始めた。もちろん、俺達も後に続く。
 すぐ横には窓があったので、俺やラズリー、マリアナならすぐにでも脱出可能だった。しかし、箱入り王女のレフィルには、二階から降りる技術などない。守るべき人物を放って逃げたのでは、ここへ来た意味がないので、俺達は大人しく走り始めたのだ。
 まあ、ここの下は玄関のある一階だ。そこまで行ければ、特に問題はないだろう。
 だが、甘かった。
 もう少しで玄関の前に出る階段だというところで、行く手を遮られたのだ。
 挨拶代わりと言わんばかりに放たれた、一発の灰色に光る攻撃に、俺達は後ろに大きく飛びのいた。心配になって、レフィルのいた方を見てみたが、杞憂だったようだ。マリアナは彼女をしっかり抱えて跳んでいた。
 コンクリートのように固まってしまった赤いじゅうたんの向こうには、静かにたたずむ長身の男の影があった。
 完璧な黒髪に、全身真っ黒の出で立ちだ。唯一瞳だけが、獣のような金色の光を宿している。
 金色の瞳……まさかモンスター使いか?
 それにしても、いくら黒が目立ちにくい色だと言っても、そこまで黒ずくめにしたら、逆に目立つとか思わないんだろうか?
 そして、そいつの肩には、やたらと手入れの行き届いた一匹の鳥がいた。
 どうやら、男の方じゃなく、鳥が俺達に攻撃を仕掛けたらしい。攻撃がヒットした床を落ち着いて見てみると、何となく予想がついてきた。この鳥は、物体を石化させる能力を持っているのだ。
 今ではほとんど見かけることはなくなったが、数十年前までは人々を、畏怖させていたという鳥類系モンスター、コカトリスではないだろうか。
 しかし、俺が口を開く前にマリアナに台詞を奪われた。
「貴様、その鳥はコカトリスだな。どこでそれを飼い慣らした?」
 マリアナの口調は厳しく、異常に冷たい。俺達と喋っていたときとは、大違いだ。
「そうは言っても、予想はついているのでは? マリアナ殿」
 男の口から言葉が流れ出る。
 マリアナは、舌をはじかせて悪態をつくと、相手をにらみつけて言った。
「ギアの上級モンスター使い、ロベルタ=アーディン。ギアが、政権剥奪に本格的に動き出したと言うのは、本当だったようだな。王女を誘拐し、国王陛下と王妃を脅迫するという計画か?」
 俺は、マリアナの言葉に舌打ちをしたい気分だった。
 モンスター使いとは、生まれつき金の瞳に変化できる者のことを言う。
 見る者を圧倒する、あの異常ともいえる金の輝きは、どう猛な生物さえ従わせる。モンスター使いが戦闘時に変化させる特有の瞳だ。
 マリアナの言っていることは、まず間違いないだろう。
 ロベルタと呼ばれた男は、口の端を吊り上げて笑う。
「ご名答」
 その声に反応して、レフィルが“まあ”と小さく呟いたのが聞こえた。もしかして、自分が危機にさらされていたことも、護送されていたことも気づいてなかったのか? 敵と戦う護衛のマリアナを無視して、酒場に来るくらいだからな…十分あり得る。
「コカトリスを操るには、かなりの精神力が必要なはずだ。わざわざリスクの大きいモンスターを連れてきたのには、何か理由がありそうだな」
 俺は相手から視線をそらすことなく、そう言った。
 しかし、それにもロベルタは三日月のような笑みを崩さなかった。
 むしろ、いっそう笑みが大きくなったような気がする。
「私は石化したモノを、後で破壊するのが好きなんですよ。それにしても博識ですね」
「雑学程度だ」
 俺は小さく鼻を鳴らして、相手を侮蔑の眼差しで射抜く。
 それが気にくわなかったのか、ロベルタの眉がぴくりと動いた。
 瞬時に辺りの空気が変わった。
 お互い会話のときが終わったのを感じ、隙を探してにらみ合う。
 それにしても、人数的にはこっちが有利でも、レフィルがいる。人質としてレフィルを必要としているのだから、殺される心配はないだろうが、俺達が戦いに気をとられている間に、連れ去られたら、面倒なことになるな。
 ザコ相手ならともかく、アイツは上級モンスター使いだ。そんな奴を相手に、自分達とレフィルの防御、ロベルタへの攻撃なんて器用なことは、不可能だ。
 俺は頭の中を駆けめぐる、嫌な予想を断ち切るように、頭を横に振る。
 何かいい方法があるはずだと、自分に言い聞かせると、俺は長剣を抜き放って、ロベルタに向かって駆け出した。
 しかし、数歩も進まないうちに、背後に異変を感じて、振り返ってしまった。
見ると、そこには数十匹のワイバーンが、今まさにレフィルに襲いかかろうとしているところだった。
 ワイバーンは飛行能力を持つモンスターだ。そいつらにレフィルを連れて行かれたら、あっと言う間に見失っちまう。
だが、俺が飛び出すより早く、レフィルの近くにいたワイバーン二匹が、斬って捨てられた。
 ワイバーンの残骸をミドルソードを一振りして、払いのけるとラズリーは俺に向かって言った。
「王女は心配するな。リオ…自分の力を信じてみればどうだ?」
 しかし、それを聞くなりマリアナが口を挟んだ。
「何のつもりだ? ロベルタの能力を甘く見てるのか?」
「そうじゃない。マリアナは知らないか? アイツが騎士をクビになった理由を」
「確か、陛下の観賞用のモンスターを破壊した……? 破壊?」
 マリアナの不思議そうな声がして、彼女の視線が俺に向けられるのが分かった。
 マリアナが俺の能力を悟ったのを確かめると、俺はワイバーンに囲まれた三人に向かって、軽く手を振って、ロベルタに向き直った。
『ザコで我慢してやるよ』
 ラズリーとマリアナの声が、同じで台詞で同じように、俺の背中にかけられたのが、妙におかしくて思わず小さく吹き出してしまった。
 後ろで響いている、攻防の音が気になりつつも、俺はロベルタに向かって剣を向けた。
「仲間とやらを信頼しあうのは、結構ですが、私を馬鹿にしてるんですか? それに、あの数のワイバーンを相手にするのは、余程の技量が必要ですよ」
「だろうな。アイツらだから、任せたんだよ」
 俺は短く返事をしてやると、剣の柄を握りしめ、相手の懐を目がけて疾走した。
 素早く突き出した剣の切っ先を、ロベルタは紙一重でかわすと、黒い上着の左袖からナイフを取り出して斬りつけてきた。
 視界の隅に映ったきらめく刃に反応して、俺は右足で踏み切り、横に跳ぶ。
 ロベルタの放った斬撃は、俺の横腹の辺りを通過して、紅い軌跡を描いた。浅い傷口から走る小さな痛みに、俺は思わず口笛を吹いていた。
「お前って、ただのモンスター使いじゃなかったのか? ナイフの扱いなんて、知ってると思わなかったぜ。人は、見かけによらないって本当だな」
「私はモンスター使いであると同時に、暗殺者でもあるのです」
 そう言ったかと思うと、ロベルタが冷たい微笑みをかたどった。
 それとほぼ同時に、頭上で羽ばたく音が聞こえた。
 コカトリスか! 俺は、危険を察知してさっきとは逆の方向に向かって、跳躍する。
 次の瞬間、数十センチ隣で灰色の光が瞬いた。
 案の定、俺が数秒前まで立っていた場所が、じゅうたんの形のまま石化する。
「二対一か、卑怯っぽくてサイコーだぜ」
 俺は、思わず苦笑いしてしまった。
 剣を振りかぶって、重力に従い、相手の肩口目がけて刃を振り下ろす。
 それを無駄のない動きで、ロベルタが両手で握ったナイフを使ってカバーする。
 俺の本気の斬撃を、片手で止められる奴なんて、そうそういるもんじゃない。
 ここが狙いだ。
 完璧にがら空きになった、胴体に俺は矢のような蹴りをお見舞いしてやった。それをまともに食らって、ロベルタは床に倒れ込んだ。
 もちろん、その間コカトリスは行動を起こさない。
 モンスター使いがそれを操るには、ある程度精神を集中させる必要がある。
 ロベルタは、攻撃と防御で手が一杯ってことだ。
 おそらくこいつは、そこらの剣士なら、そんなことにはならないんだろうが、俺を甘く見てもらっちゃ困る。
 倒れた拍子に手から離れたナイフを、俺は足で遠くに飛ばしてやった。
 俺は、ロベルタに反撃される前にと、ナイフの行方もそこそこに、剣を構えたが……
「備えあれば憂いなし。聞いたことありますか?」
 ロベルタがそう言った瞬間、突然俺の足に激痛が走った。
 火に焼かれたような錯覚と、さびたような臭いが鼻をつく。
 赤いじゅうたんに同化していたが、俺の足からは確かに血が流れ出している。
 見ると、ロベルタは右の袖口から、二本目のナイフを取り出していた。
 ロベルタの勝ち誇った表情を見ていると、どうしようもなく、不快指数が上がってきた。
 俺は奴の顔を叩き伏せてやろうと思い、一歩足を踏み出した。
 …重い?
 足だけじゃない…手にも……力が入らない…?
「効いてきましたか? 言うの忘れてたんですが、こっちには即効性の毒を塗り込んであったんですよ。まあ、毒と言っても手足を数分しびれさせる程度のものですがね」
「毒!?」
 …思わず声に出してしまった。
「言ったでしょう? 私は、石像を壊すのが好きなんですよ」
 ロベルタは血の付いた、そして毒で鈍く光るナイフを片手に提げたまま、コカトリスに視線を向けた。
 その視線に従って、コカトリスがゆっくりと降下してくる。
 数枚の羽根が、羽ばたきにあわせてヒラヒラと優雅に落下してきた。そのうちの一枚が、俺の肩にまとわりついたが、今の状況ではそれを払いのけることさえ、不可能だ。 
 徐々に、自分の体が借り物のような感覚に陥り始めた。
降下してきた死の鳥…コカトリスと視線が、かちりとぶつかる。
 
 石化のちからを宿した、鳥
 石化のときを待つ、生命
 
 笑うような視線を向けた、鳥
 絶望の淵をさまよう、生命

 呪縛のちからに従う、鳥
 呪縛のちからに抵抗する、生命


 冗談じゃない! 石になって、死んでたまるか!
 
 
 金色の瞳に操られている、鳥
 黄金の瞳に変化した……生命

 辺りの空気が一瞬、違うものに変化したように感じられた。
 網膜が黄金に輝いたような……。
 コカトリスの向こうから、ロベルタが驚愕して、こっちを見つめていた。
 驚きを口にしようとするが、何度か口を開閉させただけで、それが音を生み出すには至らない。
「危機一髪だな」
 ワイバーンを一掃したらしい、ラズリーがそう言った。
 マリアナとレフィルは、初めて見るのか、驚きに目を丸くしている。
 レフィルが、呑気に“綺麗な色・・・”と呟いたのが聞こえた。いつもながら、小さな脱力感を感じたが、なぜか今回ばかりは、レフィルの場違いな声に、安堵感を覚えた。
「どういうことだ!? 貴様、モンスター使いだったのか!?」
 その場に、驚愕に打ちのめされたロベルタの声が、響き渡る。
 俺は、変化したばかりの黄金の瞳で、相手を視界に収めた。
「そういうことだ。だが、俺はあんたと違って、能力制御の訓練を受けてない。だから、極度の身の危険を感じないと、変化しないんだよ」
 俺の言葉を聞いて、ロベルタは汚く舌打ちをした後、再びコカトリスに向けて、無言の命令を送る。
 しかし、コカトリスは主人に従おうとはしない。
 ただ、一声も鳴かず、一度も羽ばたかずに、その場に静止していた。
「お前! こいつを、操っているな!?」
 ロベルタは額に汗をじっとりと浮かべながら、コカトリスを指さして叫んだ。
「別に、休むことをお勧めしてるだけだけど?」
「嘘だ!! 私より、お前の命令を聞くだと!? そんな馬鹿なことがあるものか!!」
 命令、ね。俺は思わず苦笑いしてしまった。
 そして、俺は黄金の瞳でコカトリスに語りかける。
 ゆっくりと、確実に羽を使って、ロベルタの方へ向き直った。
「石化だ、ロベルタ」
「ひっ…」
 俺が言うと、ロベルタは引きつった声を発して、尻餅をついて後ろに倒れた。
「安心しろ、お前の石像はちゃんと壊してやるよ」
 俺が、黄金の瞳を細めて笑うと、ロベルタはそのまま気絶してしまった。
 やっぱりな、結構な小心者だぜ。
 自分のしてきたことの、残酷さが身に染みて分かったってもんだろ?


「リオ、お前初めからロベルタを石化させる気は、なかっただろ?」
 あの後、俺は結局ロベルタを石化させずに、この街の警備騎士に引き渡した。
 そして今、屋敷の近くにあった小さな喫茶店に立ち寄っている。
 そしたら、席に着くなりラズリーが鋭い指摘をしてきたってわけだ。
 さすが相棒、俺の思考を見抜いていたのか。
 俺は、一息つくために注文したアイスコーヒーを一口飲むと“まぁな”と呟いた。
 冷えたグラスをテーブルに戻すと、中の氷がカラン、と涼しげな音色を奏でた。
「ま、お前らしいな。人は、見かけによらないってやつだ」
 ラズリーが冗談めかしてそう言ってきた。
 見かけによらないだって? 人聞きの悪いこと、言うもんだ。見かけ通りだろうが。
 …ラズリーだって、表面上のクールな皮を剥げば、やたらと人間らしいとこがあるのは、四年のつきあいだ、知らないわけがない。
 やっぱりここは、一つ問いつめてやるべきだろうか?
「おい、ラズリー? 今回はやけに積極的だったじゃねぇか。どうしたんだ?」
「……王女が関わってたからだ」
 王女ね…むむむ、このままだとうまくかわされてしまいそうな気が…。
「そういやさぁ? ラズリーが、騎士を辞めたのって、マリアナが護衛に昇格したのと同時期だってな?」
 ラズリーは黙って、自分の注文したレモンティーのグラスに視線を注いでいる。
 別に俺は問いつめる気じゃないが、俺の中の好奇心が黙っちゃいない。
「護衛と騎士の訓練は、別々なんだよなぁ?」
 すると、突然ラズリーが目の前のレモンティーを一気飲みした。
 お〜、クールなラズリーくんにしては、珍しい姿だ。やっぱり俺の予想は、当たりか?
「それに、王女を見つけたとき、真っ先にマリアナを呼んだよなぁ?」
「何が、どうしましたの?」
 俺は、突如背後で響いたレフィルの声に驚いて、危うく椅子から転げそうになった。
 何とかその間抜けな事態を免れて、後ろを振り返ってみると、カツラをかぶったレフィルと、不思議そうにこっちを見つめる、マリアナの姿があった。
 まさか、今の会話を聞かれたんじゃ……。
 ラズリーに至っては、何だか見ていて同情したくなるほどに、顔が青ざめていた。
 さすがにここまで、怯え(?)られたら、俺が悪かったんじゃないかと、思い始めてしまう。
 俺とラズリーの異常な態度に、何を勘違いしたのか、マリアナはレフィルのカツラについて説明し始めた。
「やはり、前のような甘い変装では、マズイと思ってな。ところで二人とも、もしよければ王女の護衛を手伝ってくれないか? もちろん、それなりの報酬は用意する」
 おお! これは願ってもない幸運じゃないのか?
 俺は、さっきのラズリーへの問いつめの罪ほろぼしも兼ねて、大きくうなずいた。
 まあ、金銭的にマズイ状況にいるからってのも一理あるけどな。
 俺の態度を見て、マリアナが苦笑して“そうだろうな”と言った。
 そして、突然何かをこっちに向かって、投げた。
「…おいおい! 何で、お前が俺の財布を持ってんだ!?」
 そう、それは確かに俺の愛用の、黒皮の財布だった。
 俺の質問に答えたのは、意外にもレフィルだ。
「酒場でお会いしましたときに、リオさんは慌てて帰られましたでしょう? あのときに、テーブルの下に落としていかれたんですよ」
 ああ、なるほど。
 それにしても、落としたモンとは言え、それに気がつく王女サマってのが、スゴイ。
 王女なんかでいるよりも、盗賊にでもなった方が、自分の能力を生かせるんじゃねぇのか? 偏見かもしれないが、政治能力なんてものは、持ち合わせてなさそうだし。
「なあ、思わねぇか? ラズリー」
「確かに」
 俺は唐突にそう言った。
 しかし、ラズリーは鋭い勘と、四年のつき合いのおかげで、俺の言いたいことがわかったようだ。
 マリアナにもこれくらいの勘があればな…。
 全く苦労するな、相棒。
「何か、言いたいことでもあるのか? リオ」
 マリアナ…どうでもいいとこだけ、どうしてやたら、勘が鋭いんだ?


「さて、必要な物を買って、街を出るか」 
 マリアナがさも当然のように言う。
「マジかよ? そんなに急ぐことも、ないだろ?」
 俺は急な展開に、文句をつける。
「やっぱりカツラは、金髪の方がよろしかったかしら?」
 レフィルが、自分のニセの髪をいじくりながら、ぼそりと呟く。
「……」
 ラズリーは無言で…さっきの俺との会話が聞かれたのではと、心配なのか、青くなったり、こめかみを押さえたりしている。
 こんな即席のパーティーで“護衛”か…。
 ま、それもおもしろいかもな。人生には、スパイスってのが必要だ。
 …スパイスだけですむように、心の中で願をかけ、俺達は喫茶店を後にして、歩き始めた。

 それにしても四年前、陛下のコレクションの中にいた、コカトリスを操ってそこら中のモンスターを石化させた上、過失とはいえ、並んだモンスターをドミノ倒しの要領で、全部破壊した俺に、適度な報酬なんて、本当に与えられるのだろうか?
 まだ能力の制御方法が、ほとんど分からなかったんです、なんて言っても信じてくれるのか?
 …難しいだろうな…。やっぱり。
 
                                THE END















あとがき

 こんにちは。初投稿の紫城カヲルです。
 実はこの作品、猛スピードで書き上げた作品です。
 だから、どこかおかしいところがあるかもしれません。あったら、すみません……。

 紫城は『bluepostの富士を見よう!』の時代から、いつか投稿しようと思ってたんで、今回それが叶ってホッとしました。
 投稿できて嬉しい気もするんですが、それ以上に『こんなモンを人様に見せていいのか?』という疑問でいっぱいです、ホント。
 もし、気が向いたらご意見・ご感想をよろしくお願いします。