最高の小説
作:隼





「あん? なに言ってやがる、てめえ」
 俺は憤りを感じながら、ケータイの通話口の向こうにいる友人に言った。俺の放った言葉は電波に乗って、どこぞのファミレスにいるという友人に届いた。その証拠に、あいつは同じ言葉を繰り返した。
≪『最高の小説』を見つけた、と言ったんだ。聞こえてるか?≫
「ああ、聞こえてるよ。そしてお前が酔っ払っているっつーこともわかった。寝言ならたのむから寝て言ってくれ」
≪酒は一滴も入ってないよ、今日はまだ。それに寝てもいないし、寝言も言っていない≫
「……」
 こいつは俺をからかっているのだろうか。
≪からかってないよ、本当なんだ≫
 げげっ、今俺、口に出してしまったか? 
それはともかく、からかっているとしか思えない話だった。深夜3時、やっとの思いでレポートを仕上げ、3日ぶりに部屋に帰ってさあ着替えて寝ましょうって時にタイミングよくこいつは電話してきやがった。同じ研究室に所属してさっきまでいっしょだったから、レポートの不備を見つけてくれたのか!? なんていいやつだ、と思って電話に出てみたらこんな話である。冗談ではなかった。 
「お前な、軽々しく俺たちが『最高の小説』見つけたなんて言うもんじゃねぇぞ」
≪わかってるさ≫
 男としては珍しく、俺もこいつも文学部文学科に所属している。現代小説を専攻している俺たちにとって、『最高の小説』というのは絶対にたどり着けない高みであり、あこがれである。
「ほんとかよ……ああ、そうか。タイトルが『最高の小説』ってんだ、それ」
≪うん、タイトルもなんだけど、内容だってそうなんだ≫
 折れない奴である。今ので折れていれば、わざわざ俺の不興を買うこともないのに。こうなったら明日出会い頭にゲンコツかましちゃる。もしくはあいつの買ったコーヒーを徴発してやる。
 そんなことを俺が考えているとは露知らず、あいつはその『最高の小説』について熱弁を振るっている。俺はもう電話切ってやろうか、と思いながらこいつの言葉を適当に受け流していた。君が帰ってから研究室のパソコンで、とか インターネットの、とか 本当に面白いって思ったんだ、とか言っている。 たしかに最高かもしれない、とか 僕は認める、とか人によっては小説じゃないと言うだろうけど、とか 小説の定義というのはそもそも、とか……小説じゃ、ない?
「おい、今なんていった?」
≪なにって≫
「いま小説じゃないとか言ったろ、お前」
≪ん、言ったっけ、そんなこと≫
「言った。確かに言った。人によっては小説じゃないっていった」
 ……しまった。適当に聞き流しているつもりが、つい反応してしまった。
≪うん、言ったよ。Aさんにとっては小説だけど、Bさんにとっては小説じゃないって意味だよ≫
 そんなことはわかっている。言葉の意味はわかるが……。
「どういうことだ、それは」
≪うーん、口で説明するよりか現物見れば一発でわかるんだけどねぇ……≫
 俺の食指が動いたのを察知して、奴はねっとりと絡めとるような口調で言いやがる。
 ……気になる。気になって仕方がない。
 こと小説に関して俺はジャンルを問わず、盲目的になる。中毒に近い。その俺の興味に火がついてしまった。レポートを仕上げて燃え尽きていたと思っていたのに、まだ燻っていたらしい。
 俺は唸った。寝たい。眠たい。でも知りたい。気になる。
 本能と知的欲求のせめぎ合いで勝ったのは、知性だった。
「いまどこにいるって、お前」
 人間は、考える葦なのだ。
 俺は自分にそう言い聞かせた。



 奴がいるのは俺のアパートから自転車で10分くらいのファミレスだった。大学からも近いし24時間営業なので、利用する学生はとても多い。
 しかし、奴の言う『最高の小説』とは一体どんなストーリーなのだろう。それに『人によっては小説とは認めない』とは……。
「くそぅ、気になる」
 道中ずっと気になって仕方がなかった。 
 つぶやくと同時にドアを引き開ける。奴は、一番奥の席にいた。
「ああ、思ったより早かったじゃないか」
 俺は奴の正面に座った。
「この時間帯、信号が軒並み消えててな。それよりも、例の小説だ。早く見せろ」
「気になってしかたがないって感じだね」
 誰のせいだとおもってやがる……!!
 内心に湧き上がる怒りを鉄の自制で蓋をしつつ、通りかかったウェイトレスにコーヒーを注文した。もちろんこいつのおごりだ。
「いっておくが、僕はおごらないからな」
 げげ、また口にだしてしまったのか?
 と、そこで俺は変なことに気がついた。テーブルの上にノートパソコンがない。空のコーヒーカップがあるだけだ。ほかにはなにもない。……オンライン小説じゃないのか?
 俺がそう尋ねると、奴はプリントアウトしてきたという。
「ふーん、ショートショートなんだな」
 奴ほどではないが俺もオンライン小説はよく読む。中には専門的にショートストーリーばかりを集めたコンテンツもなくはない。原稿用紙10枚以下限定、とか。
「まぁ、長ければ面白いってわけでもないよな」
 長編には長編の、短編には短編の味がある。長かろうと短かろうと、面白いものが面白いのだ。
「その通りだと思うよ。ところで」
「ん、いいからはよ見せんかい」
「見せる前に質問だ」
「質問? いいから早く……」
「僕たちは文学科だ。その上で尋ねたい……小説の定義って、なんだい」
 ……は? 小説の定義?
「『最高の小説』を読むに当たって、まず考えさせられるのがこのことなんだ。もちろんそんなこと考えなくても楽しめるんだけど……」
 小説の、定義ねぇ。文学科としては避けるわけにはいかないだろう。
 ちょっと考えて俺は答えた。
「……文字で綴られたストーリー、だ。絵はだめ。口伝も、うーん、だめだな。琵琶法師が生活の糧にした平家物語はすばらしい文学ではあるが、文章でなければ小説ではない、と思う」
 その後で、あくまで俺の意見だ、と付け加えた。
 奴は、なんだか考え込む仕草をした。どうしたんだろう。
 すると、「ストーリーは重要じゃないの?」と聞いてきた。
「ないね。小説が小説であるには、ストーリーの内容は何だっていい。ショートショートなんてのがあるから、短くてもいい。銀杏の並木を見上げて、もう秋になったんだなぁっつうだけでもいい。朝起きて屁ぇふりました、でも小説と呼んでいい……と俺は思う」
 我ながらなんとも乱暴な定義の仕方である。実際にそういう小説を書いた人が聞いたらきっと起こることだろう。
「そうかぁ……むずかしいな」
 むずかしい、なにが? 
 三度俺は口に出して言ったのか、奴はその質問に答えた。
「君はもしかしたら例の小説を小説とは認めないかもしれない」
 …………。
「……どんな小説なんだ、それは。まさか、絵」
 それなら俺の小説の定義外だ。
 そのときウェイターの兄ちゃんがコーヒーを運んできて俺の前に置いたが、もはやコーヒーどころではない。
「いや、絵じゃない。きちんとした文字だけど……これが例の小説だよ。読めば、質問の意味も全部わかる」
 そういって奴が懐から取り出したのは、一枚の紙だった。2つ折にしたA4版紙。
「……これだけ? たった一枚?」
「そう、これだけだよ。それが『最高の小説』だ。少なくとも僕は、これを最高の小説だと認めるよ。もちろん内容に関してね」
 そう言われて、俺は神妙な面持ちでその『最高の小説』を開き、読み出した。
 そして。
「……………!? ……………!!」
 奴のほうを見ると、奴は俺の正面でにやついていやがる。
「……こ の や ろ おぉぉぉぉっ、そおいうことか………!!」
 すべてわかった。この野郎のなぞの言葉も質問の意味も全部、全っっ部わかった。
「どうだい、その『小説』は。最高だと君も思うだろ」
 俺はもう、あふれる笑いを堪えながら答えた。
「クックックッ……、認めるよ。これは小説で、しかも最高だ。認めるしかないな」
「そうだろ、そういってくれると思ったよ」
「登場人物も、ストーリーも無限ってか。くっくっくっ……」
 ついには笑いを堪えきれず、俺は大声で笑い出した。奴も忍び笑いを抑えきれない。ウェイターが何事かとこっちを見ていたが、俺は気にせず笑いつづけた……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『最高の小説』
 
 諸君の持てる限りの想像力と以下の物を使って、最高の小説を読んで欲しい

あいうえお   はひふへほ   「」『』
かきくけこ   まみむめも    ゜゛、。
さしすせそ   や ゆ よ    
たちつてと   ゃ ゅ ょ
なにぬねの   わ を ん

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――















後書き:
 さて、皆さんはこの『最高の小説』を読んでアリだと思うでしょうか。
 何よりもそのことが一番気になりますね。もちろん、隼はアリですよ。
 この作品にも元ネタがあって、『最高の小説』自体は隼の母校の文芸部の文芸誌に載っていたものです。実は文芸部の方々には許可をもらっていないので、もしかしたら著作権についてごたごたがあるかも知れません。それともこの作品自体、文芸部がどこからかパクッてきていたりして。いいのかな、こんなの送って。
 皆様の感想が頂けたならば幸いです。