人間ゲーム 1
作:長月五十鈴





 81人。今まで僕が「殺した」数だ。
 今でも、罪の意識は微塵もなくなってしまった、とは言えない。
 これは仕事なのだから、と、己に言い聞かせる自分がいつもいる。
 このまま続けていく自信がなくなってきた。そろそろやめたい。
 ちょうど今日で30回目か。
 道理でセットが豪華っぽいわけね。
 さて…そろそろか…
 まあ、引退するかどうかは終わってから決めよう。
 テレビカメラの前だけでは、きちっとした顔しなくちゃね。
 ――深呼吸する。
 ゆっくり目を開いて、自分に暗示をかけるように命令する。
 さあ、行くぞ! 
 ここからはいつものお前じゃない。
 日本全国民の欲望を満たすんだ!
 

 カメラの横にいる男が、ゆっくりとカウントダウンする。
 張り上げる数字が無くなると、スタジオに重低音が響いた。
 その時、セット中央にいる少年の顔つきからは、普段の温厚な性格はもう読みとれなかった。

 ***

「かぁーっ、すげぇな! 先週のは95%越えたんだってよ!」
 オフィス街の喫茶店にもかかわらず、40がらみの男は新聞の内容に大声で感嘆した。
「95%? 95%って……何がですか?」
 その隣にいる部下らしき男が言った。
「え?何がって……視聴率だよ、『人間ゲーム』の」
 これまた大声で答える。周りのお客に視線を刺されている事を気にもしない。
「『人間ゲーム』? 何ですか、それは? 流行りのテレビ番組ですか?」
「……お前、ひょっとして知らないのか?」
「ええ。昔からテレビや新聞は見ないもので」
「やれやれ……これだから時代遅れはよ……」
 『やれやれ』の部分を、肘を曲げて手を肩の横まで持ってくる大げさなジェスチャーで呆れてみせた。偶然それを見てしまった女性が、「ぷっ」と吹き出したのを咎めてはいけない。
「いいか?『人間ゲーム』ってのはな、早い話が生き残りゲームなんだよ。誰が一番良い人間かっていうのを決めていくんだ」
「誰が一番良い人間か……をですか?」
「ああ。最後まで生き残った奴は、莫大な賞金が手に入る。マジな話、10億だ。」
 金額だけは何故か声をひそめて言った。
「10億ですか!? それいいなぁ。僕も出ちゃおうかな」
「ははは…… 負けた時のペナルティがなけりゃ、俺もそうしてるんだがな」
「え? 罰ゲームでもあるんですか?」
「あるさ! とびっきりの罰が」
 男は、脂ぎった両手を首に巻きつけて、わざとかすれた声で言ってみせた。
「生きていく事を……許されないんだよ」
 やっぱり女性は吹き出してしまったが、真面目に聞いていた彼は笑う気にはなれなかった。

 ***
 
「では。ルールの確認をします」
 このゲームの司会者――赤川実は、10人の参加者に言った。
 まだ彼は17歳だが、この殺人ゲームの司会者である。司会者が引退すると、新司会者は国民IDの抽選によって決められるのだ。ちなみに彼は3代目である。
「あなたたちは、今日から『人間ゲーム』の誇り高き参加者になるわけですが…… 勝者となるのは、たったの1名です!」
 まるでヒトラーの演説のように、ありったけの力を込める。
「今日から、皆さんには、ある一つの環境で共同生活をしていただきます。途中、外に出ることや、接触することはできません」
 2列に座っている参加者たちの前をうろうろ歩き回りながら、たんたんと台詞を述べていく。
「そして毎週日曜日、午後9時。その日の脱落者を決める、『審査』を行っていきます。それが、どんなルールで、どんな場所で行われるかは、開始3時間前にお知らせします。まあ、毎回、最初と最後の『審査』は一定なんですけど」
 ここらへんは言いなれたもんだ。眠りながらでも言えるや。
「『審議』に負けた方は、その場で脱落していただきます。脱落した方がどうなるかは……もうご存知ですよね?」
 少し意地悪して、声を低くする。皆下を向いてしまう。僕って悪魔。
「そして、最後まで残った方が、この『人間ゲーム』の勝者、というわけです。また細かいルールは追い追い説明するとしましょう」
 台詞を一段落終えて、手元にあるリスト――挑戦者たちのあらゆるデータが載っている――を一瞥する。
 第30回記念大会だけあって、オーディション班も気合を入れてきたようだ。10人中の何人かが『いわくつき』、つまり曲者である。リストを見ているだけで、数字が伸びていく光景が見えてきた。
 果たして、最後に笑うのは誰なんでしょね? ……僕が言うことじゃないか。
 さあ、最初の仕事だ!


「まずは、男性陣から。有明さん。どうぞ」
 呼ばれた男性は、セット中央、参加者達の前に置いてある、向かい合った椅子の一方に座る。もう一方に赤川が座って、簡単なインタビューを各々にしていくのだ。名目上は『参加者紹介』となっているが、『人間ゲームを分かっている』者は、そうは解釈しない。ファーストステージを勝ちぬけるための、立派な攻防戦なのだ。
「えーっと。有明正さん。お年は、39歳、ですね? ご職業は……外科医!」
「はい、田舎の方なんですが、開業して今年で10年目になります」
 最初に呼ばれた有明という男。体と顔が細く、オールバックで黒ぶちメガネ、おまけにスーツと、まさに医学系エリートの格好である。
「はぁ…… あの、失礼ですが、年収はどれくらい……?」
「そうですねぇ…… まあ、8桁くらいですかね」
「という事は、少なくとも1000万円以上! うわぁ。さすが、お医者様!」
「いえいえ、とんでもない!」
 一旦おどけて、会場の雰囲気を和やかに。司会者の極意である。
「それはいいんですが、何故『人間ゲーム』に? 年収8桁ならお金には不自由ないでしょ?」
「動機、ですか。たしかに、お金には困っていません。ただ……」
「ただ?」
 有明は、ゆっくりため息をついてから、低く優しい声で言葉を綴っていった。まるで患者を諭すかのように。
「人間とは何か? を考えたいんです。私は医療という人間の生死を扱う仕事をしています。たまに思うんです。人を治し続ける私は何なんだろうって。人を治す事によって、医者は何になるんだろう、何を得ているんだろうって」
「……ほう」
「で。ある日思ったんです。『人間ゲーム』――命の重さが、また違った視点で見られる現場なら、その答えが見つかるかもしれないってね」
「失敗したら、元も子も無くなっちゃいますよ!?」
「ええ。でも参加したいんです。私は今まで幸せに生きてきました。もう十分です。このゲームで命を落としても、後悔しません」
「つまり、金銭が目的ではない。そういうわけですね?」
「ええ。そうです」
「なるほど……」


「次は、青木さん。おいで下さい」
 背が高いその男は、有明正同様、スーツでやってきた。立ち上げた短髪、耳と鼻のピアスが、彼の若さを象徴している。
「ようこそ!」
「ども……」
 意外にも、一礼。深夜の渋谷に並んでいそうな顔だが、スーツを着ているだけあって礼儀は良いようだ。
「青木悟さん、25歳?」
「そうっす……」
「青木さんのご職業は?」
「えっと……」
 困惑の呟き。何故か返答するのに時間がかかった。
「『昔』、会社をやってました」
「……昔? と、いいますと?」
「……ちょっと、サギられまして……」
 ありえない日本語を使って言ったため、リアルな重さが伝わってきた。
「失礼ですが、借金を返すために、この『ゲーム』に、という事ですか?」
「そうっすね……」
「おいくらくらい?」
 青木は、思い出したくない事を聞かれたのか、少しむっとした感触で
「ざっと、4億……」
 と答えた。
 会場から、哀れみじみたため息が聞こえた。


「続いて、矢畑さん」
 こういう参加者が出てくると、どうしても憂鬱になる。同時に、気も進まない。
 目の前にいるのは、自分とあまり年が変わらない高校生なのだ。ふらつきの不良というならまだいいのだが……
「矢畑圭介『君』…… 高校2年生……」
「はい」
 返事は返してくるものの、今にも消えいりそうな声量。もっと張れば、渋くて格好良いのに。
「じゃあ、参加した理由から聞きましょうか」
「……死んでもいいから」
 ほら来た……
「僕は、死にたいだけなんです。勝ったら勝ったで、あいつらを見返せるから、それはそれでいいんです」
 こんな事言われちゃあ、どうすれば良いか困るじゃないか。
「……あのね、今さら言うのもなんだけど。『自殺したい』なんて言ってると、ろくでもない人間になっちゃうよ?」
「……いいんです。僕は元々、ろくでなし人間ですから」
「そんな事言う理由は知らないけどさ。もっとこう……『これがあったから、自分は生きていられる!』っていう、誇りみたいなのは無いの?」
「まったくありません。じゃあ、このゲームに出る事を、将来の誇りにします」
 ……次行こ。


「4人目。朝倉さん、どうぞ」
 甚平を身にまとった、白髪の熟年が、中央席へやって来た。
 顔を見て、少し驚く。恐ろしいくらいの汗なのだ。そして、まるでアルコール中毒のように震えている。リストにそんな事は載っていないのだが。
「じゃあ、まず、朝倉さんのご職業は?」
「……」
 何事もなかったかのように、ただ震えつづけている。演技ではないようだ。
「あ、あの…… 朝倉さん?」
「……」
「できれば、質問に答えていただきたいんですが……」
「……」
 ただただ、汗の量が増していくだけだった。


「男性陣ラスト、鴨居さん。席へ」
 やはり、外見では普通の人とかなり違う。見るからに病人といった感じで、頬はこけてて骨が見える。髪はボサボサ。
 何ともぎこちない歩き方で彼が席につくと、病院特有のあの消毒液のようなにおいが鼻をかすめた。
「はじめまして!」
「……はい、どうも……」
「鴨居勇人さん、47歳、ですね? 長期入院のため、無職、ですか」
「私、死ぬんですよ」
「あ、はい?」
 いきなり言われたので、思わず素のリアクションをしてしまった。
「どういう事ですか?」
「……もう、末期のガンなんです…… 余命人生ですよ」
「……分かりました」


「続いて、女性陣行きましょう! 谷崎さん、どうぞ」
 男性5人の紹介が終わると、次は女性5人。
「谷崎今日子さん。31歳ですね?」
「はい。そうです」
 ブラウス、タイト、メイク、どれを見ても、一昔前のワーキングガールを思いださせる。
「職業は?」
「……主婦……といえば主婦です」
「……はい?」
「夫は、どこかに蒸発してしまいました……」
 とは言うものの、悲壮さは感じられない。
「じゃあ、10億円は旦那さんの捜索費ですか?」
「いえ、違います。夫は借金を残して消えたんです」
 『借金』という言葉が出てくると、何故か毎回観客からため息が聞こえる。一番身近な理由なのだろうか。
「それは災難でしたね…… おいくらくらい?」
「……億単位です」
 青木とは違い、明確な金額を明かさなかった。これはこれでまたリアル感がにじみ伝わってくる。


「次は、須藤さん。席へおいで下さい」
 今度は、20代前半といった感じの女性。ショートヘアで、目が細い。Tシャツにジーパンと、いかにもリラックスした服装。事実、10人の中で最もリラックスしているのが彼女だ。
「ども! 須藤舞子、24歳、大阪生まれのフリータ―っす!」
「あらら…… 先に言われちゃった」
 会場に笑いがこぼれる。なかなかテレビ向きした人だ。
「それにしても、リラックスされてますねぇ。はっきり言って、何故そこまでリラックスできるのか、僕には理解できませんよ」
「まあ、そこがウチの良い所やね」
 い、椅子にのけぞっている…… すごい。
「御主人か彼氏はいらっしゃいますか?」
「いや、おらへんですわ。せやから、このゲーム出るのにも楽で楽で!」
「ほうほう。で。何故『人間ゲーム』に?」
 すると、急に黙りこんで、顔を伏せた。あれ? いけない事聞いちゃったかな?
 たっぷり間を取って、いきなり
「……黙秘!」
 と、叫んだ。
「……はい?」
「あかんっすか? ウチの作戦上、ここは黙秘するんや」
 小悪魔的に、ニンマリと笑って言った。
「もちろん、考えあっての事やけど」
「いえいえそんな! 全然構いませんよ!」
 なるほど、その手で来たか。


「8番目! 春日さん。どうぞ」
 20代、お嬢様風の格好をした、春日明美。眉を伏せていて、気が弱そうな女性だ。
「あの……」
「はいはい?」
「私も…… 黙秘にしたいんですけど……」
 申し訳なさそうに言った。彼女の場合、何を言ってもこういう感じなのだろう。
「結構ですけど。須藤さん、怒っちゃうかもしれませんよ?」
 すると、自分の右手に位置する参加者席から、
「かまわへんよぉ。黙秘するんやったらしぃやぁ」
 と、須藤舞子の声。
「じゃあ、失礼します……」
 深々と礼をすると、本当に戻っていってしまった。
 まだ、何も聞いてないんだけどな……


「続いて、桜井さんです」
 困った。番組史上初のケースだ。
 女子高生! しかも何故か制服! 
 しかも、同じ高校生の矢畑圭介のような雰囲気ではなく、めちゃくちゃ明るかったりする。
 とどめに、美少女。髪は2つのおさげにしたロングで、身長は低め、幼い顔と幼い声、色白で大きな瞳と来たもんだ。
「はじめましてぇ! うわぁ! 本物の赤川さんだぁ! 私、ファンなんですよぉ」
「……そ、そりゃどうも」
 スタッフに笑われた。プライベートで言われたら、ものすごく嬉しかったんですけど。
「いきなり核心ですが、何故『人間ゲーム』に?」
 半分本気である。いや、別に彼女に惚れたわけではない。
「うーん…… そうですねぇ…… 強いて言えば……」
「強いて言えば?」
「悲劇のヒロインになりたかった! って所ですかねぇ?」
 スタッフと観客のツボに入った。僕は笑えなかったけど。
「じゃ、じゃあ、賞金を獲ったら、何に使いたい?」
 これなら大丈夫だろう。
「えーっとぉ…… 10億円だから…… ダディとマミィで、温泉旅行に行きたいです!」
 またもや大爆笑。
 オーディション班、気合入れ過ぎだよ……


「いよいよ最後! 森田さん!」
 さて…… 最後にして最大の山場。今回、最も注目されるであろう挑戦者の登場である。
 35歳。若くして白髪になっている女性が、向かいに座る。落ち着いている。須藤舞子とはまた別の、死を覚悟した武士のような、静かな落ち着きだ。
「森田美樹さん、35歳。小学校教諭をされてらっしゃる……」
「……ええ」
「どれくらいですか?」
「……もう7年になりますね」
 返答に、少し間をおいて答えてくる。僕に対する警戒だろうか? 無理もない。
「お仕事はどうですか? 充実してますか?」
「ええ、もちろん。好きだからこの仕事やってるんですよ」
「そうですか…… じゃあ、御主人の職業は?」
 彼女は一瞬目を見開いた。明らかに、目の奥に潜んでいるのは、怒り、恨み。いい年してなんだが、先生に怒られているような気がして、背中に嫌な汗をかく。
 しかし、それもすぐ元の表情に戻り、返ってきたのは意外にも笑い声だった。
「ふふふ…… そんな感じで来ると思いましたよ」
 と。なんだか気まずいなぁ。
「すいません…… これやらないと、司会者やってけないんですよ」
「まあ、そうなんでしょうね……」
「じゃあ、あえてこういう質問をします。何か、スピーチしたい事はありますか?」
 彼女は、『なるほど、そういう事ね』という表情をして、こう答えた。
「……必ず、夫のかたきをとります!」
 そう言うと、彼女はつかつかと元の席へ戻ってしまった。
 
 ***
 
「いやーっ、はっは! 今回は頑張ったみたいですねぇ!」
「だろぉ!? とっておき素材目白押しって感じだろ?」
 スタジオ収録の休み時間中。赤川は楽屋で番組ディレクターの外川と談笑しながら、軽くファーストステージの打ち合わせをしていた。
 外川は、主にオーディション担当である。本番が終わると同時に、『メシ食わねぇか?』と、声をかけてきたのだ。
「びっくりしましたよ。インタビューでこんなに手強いと思ったことないですからね」
「さすがの赤川実も、今回のメンバーにはお手上げ! っていう所見たかったんだがなぁ…… なんなくこなしやがって!」
 そもそも、実はインタビューなんぞしなくても、リストを見ている赤川は、参加者達の本性を知っている。インタビューの存在価値は、参加者に互いの探りあいをさせる事にあるのだ。
 ファーストステージや以後のゲームの性質上、相手に嫌われていては不利になる事が多い。そこで、インタビューでは、自分の経歴や思考を偽る事ができるルールとなっている。
 過去の挑戦者で、前科28犯の無職の男が職業を聞かれた時、『弁護士です!』と答えた事もあった。今回の参加者達も、何人かが嘘をついた。細かい嘘もあれば、どうしようもない大嘘もあった。司会者赤川は、挑戦者が嘘をついても、決して分かるようなリアクションをしてはいけない。あくまで、話を合わさなければならないのだ。
「あんな大ボラふかれたら、笑いださないようにするなんて無茶ですよ!」
「まあ、本性と表面が180度違うやつもいたからな。見ているこっちは滑稽だったがな」
 そう言いながら、2人ともたんたんと弁当を平らげていく。外川に関しては4個目だが。
「……よく食べますねぇ」
「……ん? ああ、今日は鮭弁当だからな。ロースカツなら3個で止めとくが」
 んなアホな、と頬を緩ませながら、赤川は2つの事を考えていた。
 1つは、ファーストステージの事。いったい、誰が第1の脱落者となるのか。
 もう1つは、この仕事のことである。今回で、自分がこの番組を担当して10回目の回である。『人間ゲーム』司会者は、10回の収録を終えて、初めて引退する権利が生まれる。初代、2代目司会も、10回終えたら早々と辞めていった。
 自分は、初代や2代目と違って、国民から絶大なる支持がある。このまま司会を続ければ、将来は困らない事を約束される。しかし…… 仕事が仕事である。辛い事は多いし、どちらかといえば辞めたい。
 どうしよう…… 
 この事を外川さんに相談しようか…… 
 外川さん、聞いたら怒るかな……
「……まあ、ゆっくり決めろや」
「……へ?」
 忘れてた。この人は他人の思考を読むのが異常に上手いんだ。
「……読まれちゃいましたか……」
「まあな。今日でお前10回目だし…… 何せ、表情に出しすぎだ」
 赤川実の司会中のポーカーフェイスはすばらしい腕前だが、プライベートではド下手な事は、業界の中ではかなり有名な話である。
「まあ、それだけいい人間ってことなんだけどな」
「外川さん……」
 やっぱり、マネージャーよりよっぽど分かってくれている。彼がいるから、まだこの仕事の甲斐性が見つけられるってもんだ。いや、変な意味じゃなしに。
「な、なに浸ってんだよ? ほら、次の打ち合わせあんだろ? 早く行って来い!」
「ははは…… はいはい、行ってきますよ」
 よほど慣れない事を言ったのだろうか、無意味に怒鳴られてしまった。

 ***

 参加者達が、円形状に、内側を向かって座っている。
 これから、1人目の失格者を決定する、ファーストステージの『審査』が始まるのだ。
 他の参加者の事が気になって仕方ない者、ただただ硬直する者、覚悟が済んだ顔をしている者、家族に手紙を書いている者、内心楽しんでいる者、自分が死ぬ事を期待する者……
 

 世界で一番不条理な『殺し合い』が、今始まろうとしていた。

 ***
 
 【ファーストステージ 現在10名→通過者9名】
「では…… もう皆さんご存知でしょうが…… 念のため」
 『人間ゲーム』では、ファーストステージとファイナルの『審査』は、それぞれ一定なのだ。
「ファーストステージで行われる『審査』は…… 『ファースト・インプレッション』です!」
 限りなく乾ききったスタジオに、赤川の声だけが響いた。
「ルールは簡単! 先ほど、皆さんには、軽いインタビューを受けていただきました。それも含めて、『この中で、一番人間ゲームに参加するのにふさわしくない人』を、無記名で投票してください!」
 スタッフから、紙と鉛筆が配られる。
「最も得票数の多かった方が…… 失格です!」

 ***

「と、投票で決めるんですか? 第一印象だけで!?」
「ああ、だから面白いんじゃないか。インタビューでの駆け引きが、物を言うんだ」
「でも…… でもでも! 酷すぎますよ! いくらなんでも、第一印象だけって――」
「あのな。『良い人間』っていうのは、第一印象でも嫌われないもんなんだよ。お前の人生でも、そんなもんだろ?」
 脂上司のその一言に、男は絶句するしかなかった。

 ***

「……では、開票する前に、今回の参加者のおさらいをしましょう!
 『命の重さ』を再確認したい、有明正さん!
 4億の借金を返したい、青木悟さん!
 『死んでもいい』発言、矢畑圭介さん!
 今回最年長、朝倉茂さん!
 末期のガンで余命人生、鴨居勇人さん!
 夫のせいで借金地獄、谷崎今日子さん!
 目的不明の大阪娘、須藤舞子さん!
 黙秘によりまったく謎の、春日明美さん!
 現役女子高生、桜井詩織さん!
 リベンジなるか? 森田美樹さん! 以上、10名です!」
 会場の拍手が鳴りやむと、赤川は、胸のインサイドポケットから1枚の紙をとりだした。
「ここに…… 開票結果があります。今回、同点最多得票者はいませんでした。したがって、一発で! 失格者が決定いたします!」
 2つ折りにされている結果表を、ゆっくりと開ける。その後、参加者達の顔をそれぞれ一瞥。やっぱり、最多得票者の顔が、死して腐って行く様子を想像してしまった。申し訳ないが、死んでいただこう。
「ではまず……得票数、0! 票を入れられなかった人から発表していきましょう!」
 スタジオの視線が、一気に自分に集中する。
「最初の勝ちぬけは…… 谷崎今日子さん!」
 乾いた空気を破って生まれた喚声が、彼女の緊張の糸を切りさった。
「ああ〜! よかったぁ……」
 椅子からずり落ちるように崩れた。慌てて、手を差し伸べる。
「おめでとうございます! セカンドからも頑張って!」


「次は…… 森田美樹さん!」
「ふふふふ…… こんな所で負けるわけにはいきませんよ」


「続いて…… 青木悟さん!」
「やべぇ! マジ緊張した……」


「4人目! 春日明美さん!」
「ぜ、ゼロですか? 意外です……」


「さあ、得票0の方は、あと1人です…… 最後は……」
 ここらへんで、一瞬間をおいて。
「……桜井詩織さん!!」
「やったぁ!」
 よほど嬉しかったのか、馬鹿のように飛び跳ねる。
「やったやった! やったですぅ!」
「ま、まあまあ落ち着いて……」
 この先、大丈夫かな……


「さあ、残った5人の皆さん! あなたたちは、少なくとも1票、誰かに投票されたということになりますね……」
 つまり、誰かに気に入られていないのだ。勝ちぬけたとしても、これからの『審査』に不利になると思わなければならない。
「まず…… 得票数、1票の方! 発表していきましょう……」
 さっきの雰囲気とは、また違う、重さに気まずさが加わった空気になる。
「次の勝ちぬけは……須藤舞子さん!」
「……あぶな。1票か……」
 さすがの彼女にも、緊張はあったようだ。
「んじゃ、理由、きかせてもらおか」
「あ、はいはい。理由ですね」
 投票用紙には、『理由』という欄がある。書いても書かなくてもいいのだが。
「えーっと…… 『インタビューにおいて、黙秘という手段を使ったから。己をさらけ出そうとしない態度は問題があると思う。春日明美にも入れたい所だが、須藤に1票』 だ、そうです」
「ほーう…… 誰やろなぁ? ウチにいれたヤツ!」
 わざと、おどけて言った。


「次は…… 矢畑圭介さん!」
「僕か……」
 あまり、浮かない表情をしている。
「理由は…… 『死にたい』!?」
「自分で書きました」
「……」


「そして…… 有明正さん!」
「私か……」
 ほっと一息。しかし、自分に1票入っていた事が疑問らしい。
「理由をお聞かせ願えるかな?」
「理由はですねぇ。『全体的に、胡散臭い。そもそも、本当に医者かどうか怪しい』だ、そうです」
「失敬だなぁ。医師免許持ってきましょうか?」
 穏やかな表情だったが、声は少し怒っていた。


「さてさて。残り2人ですねぇ」
 残ったのは、朝倉茂と鴨居勇人。ここまでは、大方の予想通りである。
「では! 最後の勝者を発表します! 得票は、3票でした!」
 瀕死の人間か? 哀れな熟年か?
 スタジオが暗くなり、ドラムロールが。
 赤川は、たっぷりと間をとってから、9人目の勝者の名を挙げた。
「……勝ったのは……鴨居勇人さんです!!!」
 本日最高の喚声がスタジオを飛びまわった。勝利を祝福する声もあれば、予想と違い愕然とする声、様々。
「や、や、や、やった!」
 腰砕けになってしまった鴨居を、赤川が支える。
「おめでとう! 危なかったですねぇ!?」
「よかった…… よかった……」
 感極まったのか、泣きだしてしまった。
「あああ…… 泣いちゃったよ…… よほど嬉しかったんですね」
「もう…… もう10億円もらった気分ですよ……!」
 見ていて分かる。純粋な人間なのだ。見かねて、ハンカチを差しだす。
「鴨居さん、今の気持ち、誰に伝えたいですか?」
「先に…… 先に死んじまったカミさんです!」
 観客が、彼に拍手を贈った。
「嬉しい気分に水を差すようなんですが、理由を言わせてくださいますか?」
「ええ、もうなんでも!」
「『病気が移る気がする』 『病院の臭いが苦手』 『そもそも、どうせ死ぬのに何故金がいる?』 だそうです」
「ええい! そんなの関係ない! ファーストステージで勝ったんだ! もう死んでもいいです! 私は1度でも認められたんですから! 初めて…… 初めて認められたんですから!!」
 『初めて』か……
「はははは! そんな事言わずに! 10億円目指しましょう?」
「……はい! 頑張ります! うっ、うっ、うっ……」
 彼が再びハンカチを目に当てると、スタジオはかつてない盛り上がりを見せた。


「さあ、朝倉さん…… どうやら、最多得票者は…… あなたのようですよ?」
 赤川の声と表情は、明らかにさっきまでとは全然違う。どちらも、一言で言えば、極限に冷たい。冷酷な死神となった赤川は、徐々に朝倉を追い詰めて行く。
「4票も! 獲得してしまいました…… 何故なんでしょうね?」
「ま、待ってくれ…… 私は、死ぬわけにはいかないんだ……」
「まず、理由を見てみましょうかぁ……」
 朝倉の言う事をまったく耳に入れず、事を進める赤川。
「その1。『あんなインタビューじゃ、話にならない』」
「あ、あれは、緊張のせい――」
「その2。『甚平なんて古すぎる。見ていて苦しい』」
「か、関係ないだろ!」
「その3。『あんた、何しに来た?』」
「私は中小企業をやっている者だ! 会社が危機なんだ! 私には妻も娘も――」
「その4。『ウザい。消えろ』」
「そっ、そんな……!」
 心が痛い。
 しかし、これは仕事だ。
 朝倉さん、ごめんなさい……
「最も『良い人間』を探し出すのが、この『人間ゲーム』…… 第一印象で最多得票するとは言語道断!」
「や、やめろ…… やめてくれ!」
 椅子から転げ落ち、這いつくばって逃げようとする。
「『人間ゲーム』司会者として、宣告します!」
「ま、待て! 待ってくれ!」
「我々は、あなたの存在を、認めません!!」
「話せば分かる! 話せばぁ……」
 もう、泣きじゃくる子供だ。
 かわいそうに。何故、こんな事になってしまったんだろう?
 出来れば、次の一言は言いたくない。でも、言わなきゃいけない。
 赤川は、なるべく上を向いて――朝倉の顔を見ないように――息を吸うと、目をつむって、力いっぱい叫んだ。
「……撃て!!」


 轟音に鼓膜を何回か揺さぶられた後、ゆっくりと首をおろして、目を開ける。
 

 その恐怖に怯えていた顔は、確認できなかった。なぜなら、顔などもう無いのだから。
 苦痛を与えないよう、狙撃班は毎回頭を狙う。したがって、残るのは大抵体だけなのだ。
 うつぶせに倒れている肉の塊の端から、ペンキ缶をぶちまけたように『赤』が出てくる。
 無論、かつて有った頭からの飛び血も、甚平を染めきっているのだが。
 中途半端に飛びだした、背骨と頚動脈管が、手品でもなんでもない事を証明していた。


「……こんなの……本当にいいのかな……?」


 僕の呟きを打ち消したのは、興奮しきった観客の賛美だった。














あとがき

 ああ、下手だ…(笑)

 よろしくお願いします!