旅路
作:きぁ



※この作品は第24回企画短編「イラスト競作:その2」参加作品です※
以下のイラストを元に書かれました。

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(イラスト提供:玉蟲さん)




 数十の国を巡り、百を数える人々に出会っている僕が、たったひとり、必ずと言っていいほど思い出す相手がいる。

 凛と張りつめた大気に三日月が冴える晩。
 思わず息を飲むほど神々しい金色の朝焼け。
 雲ひとつない青空を仰ぎ見る丘。
 今にも零れ落ちそうな星々に見守られる海原。
 幾千の古い墓標、幾万の都市の灯り。

 目にする光景は違うけれど、その人はいつでも、不意に僕の心の内に現れ、穏やかに微笑する。
 彼女は、砂漠の国の美しき呪術師。


「……考え事?」
 彼女に問われ、僕は頷く。
 肉声という意思疎通の手段を失って久しい僕の“声”を、彼女は生まれ持った稀有な能力で理解してくれた。
「止めないでね」
 ぽつり、と、独り言のように呟いて、彼女はそっと微笑んだ。
 僕は、心臓を鷲掴みにされたような、筆舌に表し難い感情に駆られる。悲哀と呼べばいいのか、憧憬と思えばいいのか分からない。
 僕は顔を上げる。
 一面、淡い褐色の砂の海が続いている。その水面を染めるように、遥かな水平線に紅蓮の炎の色彩を纏った夕陽が溶けようとしていた。
 視線を手前に戻す。この辺りで一際高い砂丘の、深い深い谷底に、かつてこの国の民が“久遠の神の墓所”と呼んでいたという、古代神話の遺跡が残されている。
 これまで廃墟同然で、時折盗賊団が荒稼ぎの間の根城にしたり、国を追われた罪人がひっそりと身を潜めたりする、いわば負の隠匿地であったその場所に、今は煌々と松明が灯され、甲冑に身を固めた屈強そうな兵士達が大勢跋扈していた。

 ほんの数日前、彼女の暮らしていた国は、あの兵士達によって破壊された。
 元々、辺境にあって交易すら乏しいこの国は、それまで戦らしい戦を経験した事がなかった。自然、軍備の必要性など感じたこともなく、突然の侵略に人々は成す術なく虐殺され、娘達は他国へ売り飛ばされて、一族は散り散りになった。
 僕と彼女は、運良く――あるいは運悪く、その惨劇の供物になる事なく、逃げ果せる事が出来た。僕はこの国を偶然訪ねただけの旅人で、彼女はこの廃墟に逃され、一命を取り留めた数少ない生存者。
 国を滅ぼしたのは、組織どころか友人さえ持たない傭兵達だが、彼等に立派な鎧と武器を与え兵士として命を下したのは、彼女の祖国の重鎮だった男で、有り体に言えば謀反だった。国王は殺され、女王は幽閉。その子供達は皆、殺戮の渦中行方不明に。僅かに生き延びた民は、屍の転がる変わり果てた街で、今も虚無と隣り合わせの生活を余儀なくされている。
 残された彼女は、あまりの惨状に呆然としていた僕に、当たり前のように言った。
「一緒に来て、この国の為に」


 彼女は呪術師と呼ばれる呪い師だった。その血をもって古代の神々と契約し、病に苦しむ人々を救ったり、枯れた大地に水脈を呼び込んだりと、文字通り神憑り的な奇跡を起こす。彼女の右に出る者はこの世界に数えるほどもいないだろう。
 とは言え、呪術とは即ち、無を有に換える禁忌の行為。等価の犠牲を払う事になるし、神が与えたもうた奇跡故か、彼女の呪術は他者を殺める事が出来ないのだという。
 行動を共にする事になった僕は、手に職がある訳でもなく、人並み外れた武術や技能を得ている訳でもない。護身術とは名ばかりの剣技が、手許にある刀によって与えられている程度。
 そんなふたりが、百を数える鎧兜の猛者に挑む。
 分が良いとは決して言えない弔い戦に彼女が僕を誘った時、彼女は僕にある条件を提示した。

 祖国を持たない僕が、国の為という大儀を背負う必要はなかった。
 それでも、僕は承諾した。


「始めましょう」
 陽が完全に地の奥深くに沈んだ頃、すっくと立ち上がり、彼女は言った。
 僕は頷き、腰に差していた刀を抜いた。柄や束に凝った細工が施されてはいるものの、ところかしこに緑青や錆の浮いた、古ぼけた刀。旅仲間から受け継いだものだが、その友人もまた、僕らと同じ流浪人から譲り受けたのだという。代々、旅人と共に世界を放浪し続ける、銘も由緒も知れない刀だ。
 彼女が鈍く光るその刃の切っ先に触れると、ぷくり、と細い指先に真珠粒程の血液が滲んだ。
 その指でゆっくりと刀の峰をなぞり、彼女は呪術を唱える。
 それは荘厳で優しい旋律を持っていた。この国の古代言語を用いているらしい歌詞の意味は分からないが、異国で聴いた鎮魂歌か讃美歌に似た音楽だった。
 まるでこの場にそぐわない美しい歌声に、僕は置かれた境遇を忘れて聞き惚れる。
「ご加護が在らん事を」
 最後に祈るように手を組んで、彼女は目を伏せた。
 ふわりと、砂漠を抜ける乾いた風に、彼女の髪が踊り、闇色の薄衣が揺れる。
 不意に、刀が軽くなった気がした。
 気のせいだろうと思ったが、そうではなかった。
「風の神が、貴方の剣に強靭な刃を与えてくれるわ」
 そう告げた半瞬の後、彼女は口許に手をあて俯いた。
 ぱた、ぱた、と、細くしなやかな指の間から、真紅の血が滴り落ちる。
 よろめいた彼女を慌てて支えると、初夏にも関わらず、その細い肩は小さく震えていた。
「……大丈夫、いつもの事だから」
 気を鎮めているのか、しばしの沈黙の後、彼女はそう言って宛がった手を離した。ぐい、と、慣れた様子で口許を乱暴に拭う。
 事も無げに、彼女の信じる神が、呪術と引き換えに彼女の内腑を少し持っていったのだと言う。
 僕が心配して見つめると、彼女は冷静に応えた。
「私の内臓ひとつで人を傷付ける罪が赦されるのなら、安いものだわ」

 彼女が僕の刀に施した呪術は、一撃の威力を数倍に増幅させるものだった。僕が軽く刀で空を凪ぐだけで、目の前の鎧兜が突風に薙ぎ倒されるように崩れていく。
 もう何人に抜刀したか知れない。出来る限り、無益な血で大地を穢さないように、と彼女は言うが、そんなお節介はここを守る兵士達に通用するはずもない。僕としても加減はしているが、あの中の数人は間違いなく重傷だろう。
「本当は、あの男だけでいいのだけど」
 僕の影に隠れるように、彼女が小走りについて来る。深い紫苑色の独特な衣装が彼女を夜陰に紛れ込ませ、ふとすると僕でさえ彼女を見失いそうになる。
 僕らは朽ちかけた石柱の影を渡り、崩れた石畳を足音を立てないように用心しながら、唯一屋根のある場所――当然、ここに陣を構えた人間のテントである――へ向かっていた。時折、先程のように傭兵達を吹き飛ばし、追い払いながら。

 刃の切っ先のような細く薄い三日月が、砂漠の縁を突き破り天頂高く昇る頃、僕らは目指していた場所に立ち、初老の男を前に対峙していた。
 月明かりの届かぬ薄暗い室内に、僕らと男の他に、恐らくは国から拉致された若い娘達と、男を警護する任にあった屈強そうな兵士がふたり。だが、僕ら三人以外は、全員がぴくりとも動かない。
 僕の傍らで、彼女がやや青白い顔でじっと男を見据えていた。呪術を使って男以外を眠らせた代償に、彼女の掌からは血が滲み、ぽつ、と、床に紅の小花を咲かせて滴り落ちた。
「……こ、これはこれは、皇女様」
 男は、年齢と緊張に掠れた声で彼女を呼ぶ。偉そうな玉座に坐していたが、恐らくは皇室から奪い取ってきたのだろう。足許には戦利品らしい金塊や宝飾品が山と積まれていた。
 皇女と呼ばれた刹那、表情を不快に歪めて、それまで冷静だった彼女が頬を怒りに紅潮させ、感情を露に言い返した。
「貴方などに皇女と呼ばれたくないわ!父上や兄上を殺め、母上を売り飛ばしたくせに!」
「しかし……、戦とはそういうものでしょうぞ」
「そうよ、だから私は、ここにいるのよ」
 すらり、と胸元から小刀を抜いて、彼女はその手に握られた刃よりも物騒な眼光を湛えた瞳で、キッと男を睨んだ。
「貴方の首を父上の墓前に奉げる為にね!」
 そして、駿馬の如く駆け出した。一気に間合いを詰める。
 次の瞬間には、彼女はその切っ先を男の頭上高く振り翳していた。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
 男の情けない悲鳴が天幕のうちに響く。後ずさろうにも立派過ぎる玉座に阻まれ、慌てて身を屈めるが、兇刃からは逃れられない。
 パッと、男の肩口から血色の飛沫が上がる。彼女の頬に僅かに跳ねたが、狂気に支配された彼女は気付かない。
 もう一振りを振り下ろそうとして、彼女は誤ってその小刀を椅子に突き立ててしまっていた。
 一撃で止めを刺せなかったのは、もしも相手が剣術の使い手であれば致命傷だが、男は身の安全を過信していたのか、ただ剣技に覚えがないのか、丸腰でろくに受身も取れない。が、こと逃げ出す事には機転が利くらしく、その一瞬の隙に、ばたばたと床を這うようにして逃走に転じた。
 そのまま男は、彼女の豹変ぶりに気圧され立ち竦んでいた僕の足許に、文字通り転がり込んできた。
 脚に縋りつき、蒼白を通り越して土気色に変色した顔に珠のような汗を浮かべ、懇願する。
「お、おい!頼む!助けてくれ!こ、この、この通りだ、頼むっ!」
 僕はそんな男を見下ろす。
 全身に脂肪と強欲をたっぷりと溜め込みんだ、見るに耐えない権力の亡者。皺の寄った顔には、今まさに自身に喰らいつかんとする死への恐怖が浮かんでいる。
 僕は思わず、目を伏せた。
 本当に哀しくなる。
 一体どれだけ、こんな人間を見続けてきたのだろう。
 一体いつまで、こんな人間を見続けていくのだろう。
 僕の旅は、こんなものにしか出会えないのだろうか。
「金も女も土地も、何でも返してやるから!な、頼む!」
「……」
 僕が沈黙している間に、彼女が小刀を引き抜いてこちらに駆けてくるのが視界に入った。
 男は気配を察知したらしく、僕を半ば突き飛ばして、四つ這いで慌てて逃げ始める。
「ひっ、ひぃぃいっ!た、助けてくれぇえぇっ!」
「覚悟しなさい!」
 ひゅっと、小刀が空を切る。彼女にしても馴れない刃物の扱いに加え、人を殺めた事などないのだから、無意識とはいえその矛先が鈍るのも当然だ。むしろ、そのおかげで男は、この一瞬を生き永らえていると言って過言ではない。
「……」
 もうやめてくれ。
 もうこれ以上、無益な諍い見るのは沢山だ。
 僕はこの国で初めて、自らの意思で腰の刀を抜き、それを一閃、両者の間に振り下ろした。
「!」
 彼女が驚いて碧眼を見開き、男は床に這い蹲ったまま硬直した。
 刀を返し、刃先を男の喉に突きつけ、僕は彼女を振り返る。
 狂気を削がれたらしい、常軌を取り戻した彼女の碧瑠璃の視線がぶつかる。
「邪魔をするの?」
 苛立ちを孕んだ声で彼女が問い質す。
 僕は答えず、そのまま刀で男の首を一気に貫いた。
 男は悲鳴を上げる事もなく、そのまま床に突っ伏した。砂漠を溶かした夕陽よりもどす黒い血が溢れ、じわじわと床を這い広がってゆく。
「……っ!」
 彼女が恐怖に表情を強張らせ、数歩後ずさる。乾いた砂漠の空気に、血腥い紅の霧が混じって周囲に漂う。
 壮絶な光景から、噎せ返るような悪臭から逃れるように顔を伏せ、震える声で彼女は問うた。
「……な、ぜ……何故……、貴方が……」
 僕はゆっくりと首を振る。
 理由なんてなかった。
 強いて言うならば、彼女の手が他人の血で穢れる様を、見たくなかった。


「貴方、話す事が出来ないのでしょう?私に協力してくれたら、私のこの声をあげる」

 彼女は、僕にそう提案した。
 他者を殺める事は、呪術師として――人間として最大の禁忌。それを破れば、きっと私には何も残らない。
 そうなる前に、私の生命が費えたその時に、貴方に“声”を取り戻す呪術をかけてあげるから、と。


 神殿を抜け、再びあの丘の頂上まで登って来る頃には、すでに月は大地に融けていた。
 全てを燃やして欲しい、と彼女が言ったので、僕は天幕を裂いて男を包み、松明から火を放った。それはあっという間にテント全面に広がり、黒煙を噴きながら一気に燃え上がった。
 僕と彼女は、眠らせてしまった娘達と傭兵を起こし、火の手から免れた事を確かめると、逃げ惑う兵士達に紛れるようにして、ここまで戻って来た。
 雇い主が死んだ事を知れば、彼らもまたいつものように、仲間もなく散り散りになって去っていくだろう。無論、彼らとて馬鹿ではない、国から毟り取った財宝や金目のものは、それなりに奪って逃げていくのだろうが。

「……『有難う』と言えばいいの?それとも『ご免なさい』?」
 ずっと黙りこくっていた彼女が口を開いたのは、空が白み始める頃だった。それまでは茫然自失といった様子で、砂丘に座り込んでいた。
 彼女の視界には、燃え落ちた仇敵のテントが映っている。青玉の輝きを放つその瞳が、燻る黒煙と混じって今は淡い靄がかかったように澱んでいる。
 彼女は愛する者達の敵を討つ為だけに、ここへ来た。
 そして、それは果たされた――予想だにしなかった形で。
「……貴方が声を取り戻す機会は、なくなっちゃったわね」
 僕は首を振った。
 元々、僕は声を取り戻したいとは思っていなかった。
 それを何より如実に物語っているであろう証拠を、すっかり覆い隠していた衣服を開いて、彼女に見せた。
「……なんてこと……」
 彼女は絶句した。
 美しい瞳に、見るに耐えない、醜く引き攣れた大きな傷口の痕がはっきりと映っている。勿論、僕の首だ。
 哀しそうに、彼女は問うた。
「自ら、声を断ってしまったの……?」
 僕は頷いた。


 故郷と呼べる国が僕にもあった頃、僕はあの男を蔑む事さえ許されないような、卑劣で矮小な行いをした。
 結果、罪人の烙印を押され、国を追われる身になった。当然の報いだと思ったし、弁明もしない。
 身寄りもなかったし、友人と呼べる人間は全て失ってしまったから、国に未練はなかった。
 ……ない、はずだった。
 はじめのうちは、追放された身の上よりも、様々な異郷を何者にも束縛されず旅出来る事を、楽しむ余裕さえあった。
 僕は自由である事の本当の意味を知らなかった。

 旅にも大分慣れた頃、僕は名さえ知らない街の片隅で、この刀を手に入れた。旅人達の手から手へ、永い流浪を続ける刀は、僕の運命に重なって見えた。
 僕は刀と共に、いつまでも何処までも行こうと思った。
 故郷なんかなくていい、帰る場所など必要ない。僕には多くの先人の遺した歴史と、いずれその歴史の一部となる未来がある――。
 そんな事を考えて日々を送っていた。
 身の程知らずだった、あまりにも。

 ある日、僕は本当に偶然に、故郷の近くを通りかかった。
 気付けば、あの城門を出て5年の歳月が過ぎていた。
 もういいだろうか。
 僕の中で、何かが疼いた。
 もう、許してもらえるだろうか、と。
 僕の犯した罪を償うには、5年は十分な時間だったはずだ。
 僕は意を決し、立ち寄ってみる事にした。

 愕然とした。
 僕の知る故郷は残されていなかった――何一つ。

 通りかかった商人が、数ヶ月前に隣国との戦争に巻き込まれ敗れた事を教えてくれた。

 その時、僕は初めて知った。
 何故、この刀が人々の手を渡り、永遠の旅路を歩み続けるのかを。

 かつて、自分の住んでいた家の前で、僕は首を掻き切った。
 心ある人の懸命の看病のお陰で、辛うじて一命を取り留めたものの、もう二度と声を出す事は出来ないと言われた。

 そうして、呪術師だった“僕”は死んだ。


 気付くと、夜が明けていた。
 夜間との気温差に霧が立ち込めている。その仄白い視界を、幾千の黄金色の帯が切り拓いていく。
 天は藍色から薄荷色、瓶覗色へと色彩を薄め、地平線で見事な朱赤に染まっていた。
 夜空を埋め尽くしていた星が、追われるように明けの空に融けていく。
「……きれい」
 ぽつり、と、彼女が言った。
 穏やかな微笑を湛えた頬を、つ、と一筋、涙が流れた。

 壊滅した市街で出会った時、彼女は今にも壊れてしまいそうな己という形を、復讐という哀しい目標で必死で保ち続けていた。
 美しいと思った。触れたら斬れてしまいそうな、三日月のような神秘的な輝き。
 でも、その輝きは同時に、目的が果たされた瞬間に喪われてしまう諸刃の剣。
 僕は、彼女を守りたいと思った。
 どんな事情があったとしても、僕のように無為に生命を絶つような真似をさせてはいけない――。
 言ってしまえばそれは、僕によって殺された“僕”への贖罪だったのだろう。

 僕は、朝陽に照らされた彼女の、女神のような横顔に暫し見とれ、それを気付かれる前に立ち上がる。
「行くの?」
 彼女に問われ、僕は頷いた。
 砂漠において、夜間と日中との気温差は、旅人にとって生死を分かつ重要な問題だった。陽が高くなる前に、次の国を目指さなければならない。
 そう説明すると、彼女は得心したように頷いて、すっと白い掌を差し出した。
「……いつか、また貴方がこの国に訪れる事があったら、是非立ち寄って?きっと元通りの……、いえ、それ以上に立派な国にしてみせるから」
 彼女の手を握り返し、僕は頷く。


 僕らはそのまま別れた。
 結局、僕は彼女から感謝や謝罪の言葉をかけられる事も、勿論、呪術を施される事もないままだった。
 それどころか――、僕らはお互い、名乗りもしなかった。


 僕は未だに、刀と旅を続けている。
 死屍累々たる戦場を通り過ぎたり、心が洗われるような風景に包まれたりしながら。

 彼女の国には、まだ訪れていない。

 もしもこの先、彼の地に足を向ける事があるとすればそれは、僕が刀を手放す決意をする場所――終の棲家としてだろう。
 何故か、そう思う。