神聖戦記ジャスティネイザー 第六幕
作:盆暗





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神聖戦記ジャスティネイザー
〜Divine Whispers〜
第六幕「彼女の為に」


結論から言えば、最悪だ。


彼女は長時間あの地域いったいを飲まず食わずで歩き回ったため、身体に異常をきたし、倒れてしまった。

おそらく、彼女は僕が消えた数日後、準備を整え薬を飲むという最悪の事態を引き起こしてしまった。

全て、僕が悪いのだ。彼女に同情を誘おうと父親の失踪話をし、挙句の果てに死の危険に晒してしまった。

許される罪ではない。

しかし、僕の頭の中には、ナツキが言ったあの言葉と、その表情がいつまでもこびりついていた。

”しんぱ・・い・・・した・・・ん・・だ・・・から・・・”

ナツキは僕のことを心配してくれていた。そして、僕に会えた事を嬉しがっていた。

もう、それだけで良かった。

全てが許されたような気がした。人を、殺してしまった罪でさえも許されたような気がした。




そして今、ナツキは無事救助され、C脚にある僕がいた病室で寝ている。

そして僕はその隣にいて彼女の寝顔を見ている。時々、悪夢にうなされている彼女の手を握りながら。

僕はあの戦闘の後ニーナさんにJNを無許可で降りたことと、戦闘で相手に峰打ちを使い、更にトドメを刺さなかったことについてこっぴどくしかられた。

しかし、彼女のことについてはあまり言われなかった。

かわりに父さんに、その子は誰だ?とか、お前との関係は、とかいろいろ聞かれた。

もちろん友達だと答えたが、父さんは何か考えているようだった。きっと何かあるんだろう。

僕は父さんに彼女の体に残留している薬の成分の分析をしてもらおうと思ったが、とりあえず彼女が元気になってからにしよう、と思った。

救出した時の彼女は弱りきっていたが、エリアルの医療技術がすごいのか、彼女の自然治癒力がすごいのか、とにかく体調はよくなってきている。

有毒化学物質や核による汚染も無いようだった。

とりあえず一安心といったところだ。

部屋に響くのは二人の息遣いだけ。

ブーン、

胸ポケットに入れていた万能通信板「ちょっぱや君」が振動した。

これは、いわゆる携帯電話のようなもので電話の機能のほかに何かを買うときに自動的に自分の口座から引き落とししてくれるという機能付きだ。

僕は出撃手当てなどでかなりのお金をもらっているらしい。

実感は沸かないからか、別にお金などどうでもいい、というのが本音だった。

正式名称があったと思うが、僕はこれを「ちょっぱや君」と呼んでいる。

板を開き、CALLの項目に触れる。

内容は、「訓練のため、至急中央棟に移動セヨ」ということだった。

僕はため息をつく。

訓練は、毎日ほぼ半日の時間を使って行われる。午前中に4時間、8時間だ。

そして今は昼。昼休みの時間を使ってここの病室に来ている。

気付けば、昼休みの時間はとっくに過ぎていた。

僕は仕方なくナツキの手をベッドに戻し、寝ているナツキに小声で別れを告げ、部屋を出た。

出来る事ならナツキが目覚めるまでにそばにいてあげたいのだが、それは無理のようだ。

僕はエレベーターに乗り、35Fと表示されたスイッチを押した。








「彼女とイチャイチャするのもいいけど、訓練にだけは遅れないでね。あなたの遅れで我が軍が負けることになっても責任取れないでしょうから」

ジュリアが言うと、常人の6倍ぐらいキツイ言葉になった。

その言葉を聴きまがら、マモルはうつむいたままだ。

マモルを救おうと思ったのか、ニーナがジュリアに口出しする。

「ちょっと、それはいいすぎなんじゃ・・・」

「すみませんでした!」

ニーナが言い終わる前にマモルが深々と頭を下げた。

「次からは絶対遅れませんから」

マモルとしてはとっとと訓練を終わらせたかった。意外なマモルの反応にジュリアは少し動揺する。

「よ、よろしい。じゃ、始めるわよ」

真っ白で他に装置などが何もないVR訓練室、の、中央にあるシートの座る。

視界が、閃光に溶けていった。





「すごいです。前回よりもタイムが縮まってます」

ルカがモニターの数字に驚きの反応を示す。

「やっぱり愛の力かしらねぇ〜」

ニーナが手に持ったペンを回しながら言う。

「戦う理由が明確に出来たからだと思うわ。意味も無くただ戦わされているんじゃ、洗脳と大した違いは無いもの」

「彼女を守るために戦う、ヒーローみたいでかっこいいですね」ルカが言った。

「ルカはそういう人いないの?」

ニーナがルカをからかう。

「い、いますよ!腐るぐらい!先輩はどうなんですか!?」

「いるわよねぇ。レイサムの守備に回ってる彼。ライネット、そろそろ帰ってくるころなんじゃない?」

ジュリアが表情の奥底に笑いを浮かべながら言った。

「何よその顔は?」

「別に。ただ前のような失態はよしてほしいわね」

「なっ・・・・・!!アレはもう言わないって約束したでしょ!」

ジュリアは鼻で笑った。

「あら?そんな約束したかしら?」

「なにがあったんですか?」ルカが言った。

「一年ぐらい前、ニーナがライネットと一緒に訓練に遅れてきたのよ。二人とも寝ぼけ顔で。何してたんだってライネットに聞いたら部屋で遅くまで、フガッ!」

ニーナがジュリアの口を塞ぎながら凄い形相でにらみつける。

「はいはいわかりました!今度は何がお望みですかぁ!?」

ジュリアが口の前にある手を除去する。

「考えとくわ」





彼女たちがマモルの様子を見ている部屋とは別の部屋で、少女がマモルの事を見ていた。

その髪は透き通るような水色で、神秘的な雰囲気を醸し出していた。

近いうちに、マモルは彼女と会う事になる。





「そろそろあがっていいわ。あなたも急いでるようだし」

ジュリアの声が聞こえ、マモルの目の前に広がっていた壮大なフィールドは、黒いプラスチックの四面に変わった。

「ありがとうございました」

マモルは礼を言ったあとヘッドギアを置き、足早にVR訓練室を出て行った。

「愛の力、ね・・・・・」

VR訓練室から出て行ったマモルを見ながらジュリアが誰にも聞こえないように小さな声でつぶやいた。

その後ろではニーナが口止めに何をすればいいのか悩んでおり、同時にルカが彼氏に出来そうな人を真剣に考えている。

ニーナの方はいいのだがルカは仕事を半分放棄しながらであった。

「前は酒のオゴリだったから・・・・?」と「彼氏に出来そうな男・・・・・?」というお互い違う疑問ながらも、同じぐらいの大きさの疑問符が頭上に浮かんでいた。





ナツキの側にいてやらないといけない。今僕が彼女にできる事はそれだけだ。

知らぬうちに僕は走っていた。全速力で。

遅いエレベーターなどにイライラしながらも、やっとC脚に到着した。

そして再び遅いエレベーターにイライラさせられ迷路のような病棟に少々迷いながらナツキの部屋の前に来た。

面会時間はとっくに過ぎているが、特例をもらってここにきている。

ナツキが起きていたときのことを考え、一度深呼吸してから入った。

ドアが無機質に横に開く。


そこに誰かがいた。ナツキのベッドの隣に立ってナツキを見下ろしている。

僕があんたは誰だと疑問を抱く前に、その人の後ろ姿と着ている服だけで正体がわかった。

父さんだ。

「父さん、見舞いに来、!?」

錯覚だと思った。というか錯覚であってほしかった。

「!?」

父さんが振り返るのと同時に、僕はとっさにその左手に飛びつき『それ』を奪い取った。そして離れる。

信じたくなかったが僕の手に握られていたものは銃だった。

「これ・・・・なんだよ」

そういうと父さんは僕のほうから顔を背けた。

「殺そうとしたの?何故?」

父さんは黙って斜め上を見上げている。

「答えてよ!!」

僕は父さんがナツキを撃とうとしていた事よりも、何も答えない事に腹がたってきた。

「何とか言ってよ!」

一言。

「そいつは・・・・・スパイかも知れん。気を付けろよ」

「え、どういうこと!?ちょ、ちょっと!!」

父さんは僕の静止を振りほどき、部屋から出て行った。

僕は父さんを追いかけたが、広い病棟の中であっという間に見失ってしまった。

「ナツキが・・・・・スパイ?」

僕は再び駆け出し、ナツキの部屋の前まで来て滑ってコケた。

部屋の中でナツキは先ほどと同じ姿で寝ていた。

ホッと息をつく。

ナツキがスパイなはずないじゃないか、いったい父さんは何を言ってるんだ、と頭で思いながらも僕の左手に握られた銃の重みが、僕を焦らせる。

それなりに根拠があっての事だったのだろう。

だとしたら・・・・・

いや、今の僕には彼女を信じる事しか出来ない。信じてあげたい。彼女が目覚めたとき『おはよう』と笑顔で言ってあげたい。

僕は彼女の手を握った。

一言。

「早く、起きてくれ」














知らぬ間に寝ていた。夢を見ていた。

いつか歩いた、黄金色の稲穂が輝く麦畑に立っていた。ナツキがいて、こっちを向いていた。

彼女が僕に向かって手を振った。僕は走る。遠い距離もあっという間に縮まり、ナツキに手が触れた。

僕たちは見つめ合った。

「ずっと・・・逢いたかった」

「あたしも・・・・」

彼女の大きな瞳に僕の姿が映ってさらにその中の僕がナツキを見つめてうっとりしている。

ああ、この瞬間が永遠なんだ・・・・

僕はナツキの顔に両手を添えた。気持ちのいい風が僕らを撫でる。

「好きだ・・・・」

僕の視線が彼女の唇に釘付けになり、距離が少しずつ縮まっていく。

少しずつ、少しずつ・・・・・






僕はイスに座り、ベッドに寄りかかっていた。

僕の唇に触れていたのはベッドの上にある布団だった。ナツキの手は握られたままだ。

もうちょっと続けばよかったのに、と舌打ちをする。

ナツキは相変わらず寝ており、僕は布団に顔をうずめて寝ていた。あまりにも無防備だ。

時間を確認する。

ここは窓が一つもないため「ちょっぱや君」を使わないと昼だか夜だかわからないのだ。

時刻は、午後の4時30分。あと一時間くらい余裕がある。

「シャワー浴びてくるかな・・・・?」

ぐぅぅ、と腹がなった。

そういえば昨夜に何も食べていなかった事を思い出す。食堂は24時間営業だから今もやっているはずだ。

一度部屋に戻ろうかと考える。自分の部屋はこのC脚の17階にあるから食事をテイクアウトにすれば30分ほどで帰ってこれる。

僕は立ち上がろうとした。

「ん・・・・」

ナツキが一瞬だけ動いた。

彼女が、何か言ったような気がした。しかしそれはやはり気のせいで、彼女の瞳は閉じられたままだ。

そう、あまりにも無防備だ。

その一瞬で僕の視線は夢に次いで二度目、彼女の唇に釘付けとなる。

頭の片隅で生まれた感情がどこに隠れていたのか、堰を切ったように溢れ出てきた。

今なら・・・・

どんどん大きくなる感情が僕の頭と体を徐々に支配し始める。





そして戦争が始まった。


理性軍VS本能軍。

巨大な二つの軍は必死に戦い続け、その後50年にも渡って戦いが続けられ、両軍とも引けをとらずついに全面的に衝突。

血で血を洗う戦いとなった。

この戦いは後に「50年戦争」と語り継がれる事になる・・・・


とまぁ、本当は本能の1ラウンドKO勝ちだったのだが。




いつの間にか、僕を止める声がなくなり、自分の体が勝手に動くようになった。

ナツキの手を握ったまま気付かれぬようそっと顔を近づけていく。

彼女が目を覚ましてしまうのではないかと思うぐらい鼓動音が急激に激しくなる。

ナツキの吐息が鼻に掛かるぐらいの距離になった。少しくすぐったい。

顔が近づくにつれて、頭の中が真っ白になっていく。

頭の中は彼女のその部分だけになった。


ごめん、ナツキ・・・・


ギュッ

ファーストキスはこんな擬音ではない。

握られた。手を。ナツキに。強く。

僕は視線を彼女の手のほうにやった。彼女の手が僕の手を強く握っている。

ゆっくりと、視線を戻す。

大きな瞳が僕を捉えていた。その中には僕がナツキを見ていてさらにその中にはナツキが僕を見ていてさらにさらにその中には・・・・



僕の頭の中が、たった一つの言葉で埋め尽くされていった。









                   『ヤバい』、と。









「う、わぁあ・・・ご、ごめん!で、出来心で!!」

僕は後ろに飛びのこうとした。

しかし、それは阻止された。

誰に?

他でもない、ナツキだった。彼女が僕の手を離さず、後ろに下がれなかったのだ。

足に当たったイスが倒れる。

彼女が起き上がり、僕のほうを見て泣き出した。

「う、っぅぅぅぅぅ・・・・・!」

ナツキが僕の胸に泣きながら飛び込んできた。

不安定な体制だったため、そのまま後ろに倒れ、しりもちをつく。ナツキの髪からいい匂いがした。

「・・・・・・・!」

ナツキが僕の腕の中で泣いている。

僕は混乱する意外どうしようもなく、ひたすら彼女にダイジョーブだから、と繰り返していた。

初めにあった欲望などマッハ2で吹っ飛び、『おはよう』といってあげようと思っていた記憶はコンマ1秒で遥か彼方へと瞬間移動した。

最期に僕の頭に残ったのは、どうしたらいい?という言葉だけだった。













怖い夢を見た。知らないところを永遠と彷徨い、助けの叫びも誰にも届かないという夢だった。

夢の途中で、空から大きいものが降ってきて、あちこちで爆発が起こって、変なにおいがして、倒れて、それで・・・・


違う、これは夢じゃない。『記憶』だ。


私は必死にもがいて、もがいて、最後に、手を差し伸べられてそれを必死につかんだ。

目が覚めたら、会いたかった顔がそこにあった。

気が付いたら私は泣いていた。

恐怖とか、安堵感とか、怒りとか、たくさんの感情が交じり合って外に吹き出た。

恥ずかしかったけど、私が泣いている間中、大丈夫だよって言ってくれていた彼の優しさにさらに泣いた。

かなり長い間私は泣き続けて、その後来た医者に5個ぐらい質問された。

私は特に異常が無い事を医者に伝えると、彼はホッとしていた。

医者が出て行った後、また私は彼と二人きりになった。






「ごめん」

マモルは、初めにそれだと思った。

ベッドにナツキが腰掛け、マモルがその正面でイスに座っている。

「僕のせいで、巻き込んじゃって・・・・」

ナツキは眼の周りを赤く泣きはらしていて、黙ったままだ。

「・・・・・・・・」

「謝って、済む事じゃないと思う」

その後、ナツキは少しだけ黙り、そしてゆっくりと口を開いた。

「あのさ・・・」

「・・・・何?」

「ここ・・・どこ?」

「・・・・じゃあ、まずそれから話そうか。ここは、一般的には、パラレルワールドと呼ばれているところで、僕らはあの薬を飲んでこっちに来ちゃったんだ」

ナツキは冷静に話を聞いている。

「・・・お父さん見つかったの?」

「ああ、見つかったよ。ここで働いてた」

再び同じ質問をする

「ここ・・・どこ?」

「ここは、エリアルっていうところにある、エリアルベースって言う基地。で、ここはそのC脚の病棟」

「で、三剣のお父さんはなんで呼ば・・・・捕まったの?」

マモルは少し考えてから言った。

「なんて言えばいいのか・・・・世界を救うため?」

ほかに思い浮かぶ説明はなかった。

「そう・・・・・・・・で、私たちは帰れるの?」

必ず聞かれる事だとは思ったが、やはり話すとなると気が重い。

ゆっくりと、伝えた。

「今は・・・無理だけど、きっと、父さんがなんとかしてくれるよ」


ブーン、


『ちょっぱや君』が振動した。もう時間が来てしまったのか?

「ごめん」

マモルは胸ポケットからそれを取り出し、開いた。CALLと表示されたモニターを押す。

「・・・・敵部隊の攻撃を受けているため訓練中止。伍号機パイロットは待機」

よかった。これでゆっくりと話が出来る。

「訓練って何よ?」

先ほどのマモルの独り言は、十分すぎるほどに聞こえていた。

「・・・・・僕は、ここで、ロボットのパイロットをするために呼ばれたらしい。ナツキも見たろ?ロボット」

頷き、ナツキが聞く。

「なんであんたがやらなきゃいけないの?」

「僕じゃないと、操縦できないらしい」

一言。

「そう・・・」

おもむろに、ナツキが立ち上がった。

「どうしたの?」

「トイレ、どこ?」

「この部屋を出て左に20mぐらいのトコ。一緒に行こうか?」

「いい・・・」

ナツキはそういい残し、フラフラと部屋を出て行った。



大きなため息をつく。やはりショックが大きいのだろう。僕は父さんがいるからいいがナツキの場合、一人ぼっちだ。

僕が守ってやらないといけない。

ナツキは退院したら、どこへ連れて行かれるのだろうか?

僕はパイロットだからいいとする。しかし彼女は民間人。いや、外部のものは民間人として認めてもらえるのだろうか?

何とかナツキの身の安全を保護してもらえるように頼まなければならない。

がんばらなくては。


数分経った


遅すぎる気がする。

まさか・・・・

僕は最悪の場面を思い描きながら振り向き、駆け出した。

後悔が僕の頭の中でどす黒い渦となってぐるぐると回る。

ほんの20mほどの通路を猛ダッシュで走った。躊躇うことなく女子トイレのほうに入る。

14個ほど個室が規則正しく並んでいるそこで、僕は叫んだ。

「ナツキーー!!」

「五月蝿い!!!」

即答。

バゴン。

加速した僕の体に、平らなトイレのドアが全面的に衝突した。

結果的に僕はカウンターをもらい、ゆっくりと後ろに倒れる。

「心配しなくたってあたしはこんなところじゃ死ねないよ」

個室からナツキが普通に出てきた。

「だって・・・遅いから・・・」

顔に直撃をもらった僕は、少し涙声になっていた。

「心配してくれるのはありがたいけど断りもなしに女子トイレに駆け込むなんてのはやめてほしいわね」

立つ瀬がない。仕方がなく、捨て台詞のようにつぶやいた。

「ごめん」

いそいそとトイレから出て行き、病室に戻る。自分では良かれと思ってやった事だったんだが・・・

しかし、彼女は彼女なりに立ち直ったようだ。さっきとぜんぜん雰囲気が違った。

何はともあれ、通常の状態に戻ってくれた。さあ、これからだ。

まずは誰に頼めばいいのだろう。

・・・・・・・・・・・・・

そうだ、ニーナさんに頼もう。

ちょっぱや君を開き、SENDの後にニーナと押す。が、ただ今出る事が出来ませんという表示。

その後、イチロウ、ジュリア、と連絡を試みようとするが、誰も出ない。

「さっき交戦中だって出てたから、やっぱり忙しいのかな?」

僕はその時自分がパイロットだという事をすっかり忘れていた。

「行ってみようかな・・・・?」

背後のドアが開き、ナツキが帰ってきた。僕はナツキに聞いた。

「体のほうは大丈夫?」

「とりあえず、大丈夫みたいだけど」

提案してみる。

「あのさ、これからナツキの住むところの相談に行こうと思うんだけど・・・・行く?」

彼女はさほど考える様子もなしに言った。

「そうね。ここにいてもする事無いだろうし、見学もしてみたいし」

「じゃ、いこうか?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「え?何かあるの?」

「服、このままでいくの?」

そういえば彼女はそのままだった。

「あ、忘れてた、ちょっと待ってて。すぐ持ってくるから」

僕は言うが早いか、部屋から飛び出した。

「あ、待ちなさいよ!ちょっと!あぁ、もう!行っちゃった。・・・・サイズとか聞かなくていいわけ?」

たくさんの空き部屋が並ぶ通路を僕は走った。待合室にいる看護師さんに言えば服ぐらいもらえるだろう。

と、思ったら

「退院にはそれなりの手続きを取らなければなりませんので・・・・」

「え!?僕のときは即刻退院だったじゃないですか!?」

「あなたのときは特別許可が下りてましたので。申し訳ございません」

「・・・・・・・」

ここでちんたら待たされたら話す機会など無くなってしまうかもしれない。僕は強行策に出ることにした。








「あ、サイズ聞くの忘れた」

マモルは自分の階のすぐ上のSHOPで買い物をしていた。ここには野菜からパンツまで何でも揃っている。

「ま、一通り買ってけばいいか」

レジの人に変な顔をされながらも両手に大きな袋を抱え、病室のある階に戻ってきた。

「ちょっと・・・・何ソレ?」

「ん?服だよ」

「そっちじゃなくて、そっち!」

ナツキは左手に持った服の入った袋のほうではなく、右手に持った中にぎっしりグレープフルーツが入った袋のほうを指していった。

「ああ、これ?安かったから」

ナツキは彼のことを珍しい生き物を見る目で見た。その視線に気付いているのかいないのか、マモルはナツキに言った。

「食べる?」

「道具も無いのにどうやって食べろっていうのよ」

「あ、忘れてた」

ナツキがマモルのことを睨みつけた。

「え・・・・ぁ・・・・」

ドギマギ。

沈黙。


「ぷっ、」


険しい形相が崩れる。

「あはははは♪」

ナツキが笑った。連られてマモルも笑う。笑いながらナツキが言った。

「で、着替えは?」

「サイズがわかんなかったから一通り買ってきたんだけど・・・・どうかな?」

もう一方の袋の中身を見る。まだ笑いが収まらなかった。

「へえ、どれどれ?」

一瞬で収まった。












女の服の好みなんてわかってたまるか、と思う。

服の中身を見たとたん、彼女の顔が鬼のように険しくなり、殴られた。グーで。

いくらなんでもグーは無いだろグーは、と思いながら僕はナツキの買い物に付き合っていた。

仕方なく、支給された制服のあまりを彼女に着せ、仕方なく、買い物に来ている。監視の目はほとんど無く、ゆうゆうと脱走できた。

「まだ〜?」

8回目。

「ちょっと待ってよ。もうちょっとで終わるから」

同じく8回目。

女の買い物は長い事を初めて知った。

自分なら5分もあれば決められるというのに、少なくとも彼女はその10倍以上掛かっている。

「自分の部屋にグレープフルーツ置いてくるからここにいろよ」

ゆうに10キロは超えるであろう袋を持ち上げ、エレベータに向かった。

『▲』のボタンを押し、数秒待つ。ポーンという軽快な音が鳴り、ドアが開いた。

僕の頭に大きなクエスチョンマークが浮かんだ。初めは壁があると思った。

「どうぞ?」

野太い声で壁が喋る。情けない悲鳴を上げる。持ち上げていた袋が落ち中に入っていたグレープフルーツがバラバラとそこら一帯に転がる。

「あ、ごめん」

壁がのそっと動き、転がったグレープフルーツを拾い始めた。

改めて見てみればそれは壁ではなく、2mはとうの昔に突破したような大きい人だった。

よく見てみれば人がよさそうな顔をしている。目が線のように細い。

「す、すいません」

僕は謝り、グレープフルーツを拾い集め、一つ一つ拾い集めていく。

そして、全部を集め終わろうとしたとき、ハプニングが起きた。

めったに人が乗らないエレベーターが誰かが下の階でボタンを押したため、扉が閉じてしまった。

中にはグレープフルーツが2,3個。

5個横一列に並んだエレベーターでその人がこの列のエレベーターを選んで押す確立は五分の一。

さらにこのエレベーターは横に動けるため、一番その場所に近く、なおかつ動いていないエレベーターが動く仕組みだ。

そうなるとさらにその確率は低くなる。

がしかし、その全てのデータをちゃぶ台に載せてひっくり返すように、無情にも、エレベータのドアは閉じてしまった。

「た、大変だ!!」

その人は慌ててボタンを押して開けようとしたが遅く、無常にも上の階へと上昇していった。

1から35まである数字の4が点灯している。

「す、すぐ取ってくるから!」

その人が近くにあった非常口の扉を豪快に押し開け、階段を駆け上がっていった。

僕は彼に「いいですよ!!そんなに大事じゃないですから!!」と言っていたが、彼は聞く耳を持たず、猛スピードで突っ走っていってしまった

「それにエレベーターで行ったほうが早いだろうに・・・」

僕は隣のエレベーターに乗り、4階のボタンを押した。

グレープフルーツなどどうでもいいのだが、彼をそのままにして帰るわけにはいかない。

数十秒で4階に着き、即座にエレベーターを出て隣を確認する、が、遅かった。

既にそのエレベーターは4階から違う階に移動しており、さらにまた動き始めた。

こうなるともうどこに行ったかまったくわからない。

とりあえずあの人を待つことにした。

5分後、

10分後、

15分後、

まだ来ない。

「あの人も諦めたんだろうな・・・あ、ヤバい」

僕はナツキを待たせていたことを思い出し、部屋に戻り荷物を置き、速攻でSHOPに戻ってきた。



息を切らし、早速気に入ったと思われる服に着替えた彼女に近づく。

「ごめん、待った?」

「何分待たせんのよ、まったく」

出来る事なら、この会話を映画館とかの前でしたかった。

「さ、行こうか?」

「それは?」

ナツキは僕の背中にある刀を見て言った。

「ああ、これ?なんか常に持って感触を慣れさせておけって言われて、ああ、大丈夫。抜かない限り危なくないから」

彼女が何か言いたげに僕を見ている。

”そうじゃなくてこれがあれば君を守ってあげられるよぐらい言えんのかい!?”

「ん、何?」

「なんでもない。さ、いこ」ナツキが言った。

「ん、ああ・・・・・あれ?」

半開きになった非常口のドアの間に何かが横切ったように見えた。

「どうしたの?」

「いや、今あの非常口に、走ってる人が見えた気が・・・・」

本当に一瞬だったため、確信はもてなかった。僕の頭に先ほどの彼の後姿が蘇る。

「そう?私は何も見えなかったけど?その人がどうかしたの?」

「いや、なんでもない・・・。さ、行こう」

僕らは中央棟との連結通路がある35階を目指した。




地下35階にある中央棟との連結通路。

地下に建造されたそのトンネル通路は閑散としている

中央棟で働く人は何日間かの間隔で交代しているため、たまにしか人が通らない。

マモルのように毎日行き来している人はごく稀である

「ま、予想してた事だけど」

連結通路を通るためにはID登録をしなければダメでそれをしていないナツキは通る事が出来ない。

天井に設置された監視カメラによる、三回のIDチェックをくぐり抜ける事はほぼ無理である。

「どーすんのよ」

「うん、ちょっと待って。考えるから」

僕は30秒ほど考え結論を出した。

「病室で待ってて。ちゃちゃっと済ませてくるからさ」

という僕に自信はあまり無かった。

近くに彼女がいれば勇気付けになると思ったが、ここで捕まるよりはいいだろう。

「ヤダ」

子供のような応対をする。

「自分の事が決められるっていうのに当の本人がいなくてどうすんのよ!?」

「ヤダって・・・ID登録してなきゃ通れないんだよ?どうやって通るっていうのさ?」

「それは・・・三剣が考えてよ」

「そんな無責任な・・・」

「とにかく、あたしは病室に戻る気は無いからね」

僕は他に方法は無いものかと、通路の奥を見た。が、やはり何も思いつかない。

「やっぱり無理だよ。ここは侵入者の警備対策も万全だから。素人の僕らが入り込めるはずないって」

「そんな・・・・・・・・・・・!?」

ナツキが何かに感づいた。

「どうしたの?」

「何か・・・聞こえなかった?」

「別に?」

「なにか、爆発音のような・・・・」

ズズン、

「あ、聞こえた。なんだろ・・・・・・・まさか、この上で戦闘してるんじゃ・・・?」

アナウンスが入り、僕の予想が一応外れてはいない事がわかった。

”現在、ラクロア軍のJNが数機第十防衛層を突破。各脚にいる非戦闘員は、地下30階から地下34階までの緊急避難スペースに避難してください。

 なお、中央棟との連結通路は閉鎖します。”

続けて聞こえてきたのがニーナさんの声。

”JNT伍号機パイロット、並びに四号機パイロットはただちにC脚非常連結通路から中央棟に移動してください”

「四号機パイロット・・・・?」

そのアナウンスを最後に目の前の連結通路の巨大なゲートが腹に響く音を発し、閉じていく。

代わりに脇にある壁が、電話ボックスサイズに開いた。

中は一人用なのか、二人で入るには狭すぎる。

「ここから行くしかないみたいだ。さあ、早く行こう!」

「・・・・・・顔がにやけてるような気がするんだけど?」

した。ドキッと。

「そ、そんなわけないだろ!こんなときに何いってんだよ!」

「ふ〜ん、ならいいんだけど」

彼女を先に乗せ、僕が後に乗る。イスがあるが、彼女が座っているため、僕は立っていなければならない。

ニーナさんのアナウンスが入る。

「あなた!なんでそこにいるの!?」

監視カメラで見ているのか、彼女は僕らのことを見ていたらしい。とっさに言い訳。

「案内してたら、突然アナウンスが入って、それで、ナツキはここの事あまり知らないし、それで」

ニーナさんが仕方なさそうな声で言う。

「わかったわ。今は任務が最優先だから彼女も一緒に運ぶけど次回はないわよ。いいわね」

しめた、と思った。

「わかりました。以後、気をつけます」

「かなり早いから、頭ぶつけないように気をつけてね。じゃ、行くわよ」













〜中央棟連結通路C脚連結部〜

非常連結通路の上にあるランプが緑色が灯った。


うぃーーーーーーーーん、がちゃ。


先に出てきたのはナツキだった。

「長時間どこ触ってんのよ!!変態!!」

続いて、マモルがロッカーに隠しておいた死体が転がり出てきたような感じで出てきた。

「しょうがないじゃないか・・・・動けなかったんだから」

おーーーっと!フック、フック、フック、エルボー、密着状態からの連続コンボだーー!!

古いプロレスの実況が聞こえてきそうな中だった。

これだったら頭を強く打ち付けて気を失ってたほうがマシだったかも、とマモルは思う

右手に残った服越しの柔らかい感触も捨てがたくはあるが。

「へぇ〜、マモル君って結構尻に敷かれるタイプだったのね」

マモルは床につっぷつした状態からニーナの姿を見上げた。

「さ、とっとと起きて。今第十防衛層で戦闘が行われているわ。もしかしたらJNTの出番があるかもしれないから、パイロットスーツに着替えて」

「あの・・・」

「何?」

ひざに手をつき立ち上がる。

「ナツキを安全なところに居させてやってくれませんか?」

マモルはここが一番安全なところである事は知っていたが、もしものことを考えて頼んだ。

「わかったわ。彼女は私たちが責任を持って保護します。マモル君は着衣室で待機してて」

「はい。あ、もう一つ!・・・四号機パイロットって・・・どんな人ですか?」

「そうね・・・・あ、」

背後の緑色のランプが灯り、機械音とともにドアが開いた。

「こういう人よ」

マモルは振り返り、その姿を見た瞬間、驚きのあまり腰を抜かしそうになった。

「いたたたた・・・狭いな、ここ。あ、ニーナさん。どうも」

さっき階段を駆け上って行った人だった。

彼が居た非常連結通路は見事に体のサイズにあわせ、少しひん曲がっている。

彼が足元に居る僕に気付いた。

「あれ?君?確かさっき会ったよね?」

そういってポケットから取り出したのは2個のグレープフルーツ。次はニーナさんに聞く。

「非戦闘員って退避したんじゃないんですか?それとも、この人もルカみたいな新入隊員?」

「新入隊員である事に間違いはないけど?」

その人は驚いた、ようだ。目が細いので表情の変化が読み取りづらい。

「じゃ、この人が伍号機パイロットなんですか?」

「あったり〜。ん、ちょっと待って?」

ニーナが耳に手を当て、何かを聞いている。視線を僕と彼に戻し、言った。

「状況が変わったわ。今回は二人で共同ミッションをやってもらうことになったから、急いで着替えて」

出撃、準備?

「ちゃんと周りの人のいうこと聞くんだぞ!」

保護者のような事をナツキに言ったのはマモルだ。

「言われなくてもそうするわよ!それより・・・」

続けて、


「死んだら許さないからね」


冷たい緊張が走る。一瞬にして気が引き締まる。ナツキの目を見る。ナツキがマモルを見ている。

「何とか許してもらえるようにするさ」

ナツキはマモルの表情の中にある不安を見逃さなかった。

もう一度、逢いたい。

続く