春 |
作:尾瀬 駆 |
私、前園久子は今日高校に入学した。
先生から何度も止められた学校だったが、なんとか合格することができた。
先生の反対を押し切ってまでここに来たのは理由があった。
あ、いたいた。
「宮沢先輩!」
入学式を終えて、体育館から出ると二年生がクラブ勧誘のちらしを持って待ち構えていた。
その中でひときわ目立つ水着姿の水泳部の中にその人はいた。
思わず、声も大きくなってしまった。
その声に気づいたらしく、先輩はこっち来いというように手を振る。
私は急いでそっちに向かった。
クラスの列なんてお構いなしだ。
「よくここに入れたね。かなりきつかったんじゃないの?」
「もう死ぬほど勉強しましたから。当分、勉強なんてしたくないです」
「はっはっ。でも、ここ進学校だぞ?勉強しないと留年なんてざらだからなぁ」
「先輩はもちろん留年なんかしてませんよね?」
「うん。もちろん。って言いたい所だけどかなりやばかったんだ」
「えぇ〜!あの中学校で秀才と恐れられてた先輩が!?」
私は目を疑った。
先輩は学年トップを何回も取ったことがあるほど頭がよかった。
やっぱり世の中は広いってことかぁ。
「まぁ、一年の間はさぼりまくってたからね。仕方がないさ」
「私だったらめちゃくちゃがんばらないとやばそうだなぁ・・・」
「大丈夫大丈夫。それより、教室に行かなくていいのかい?」
「え?」
振り向くと一年生はいなかった。
先輩の言う通り教室に行ったんだろう。
「あ、じゃあ私急いで行ってきます」
「うん。行ってきなよ」
私は少し駆け足に校舎の方に向かう。
「そうそう、HR(ホームルーム)が終わったら水泳部を見に来なよ。面白いからさ」
「分かりました。じゃあ急いで行ってきます」
先輩は手を振ってくれている。
が、校舎に入って階段の所まできて先輩のところに戻った。
「先輩!一年生の教室って何階ですか?」
HRを終えるとすぐにプールへと向かった。
その前に校舎案内図の方に行ったのだが・・・。
プールはちょうど体育館の裏にあり、グラウンドや校舎からは死角になっていた。
プールに着くと泳いではいなかったが部員達が更衣室の前で集まっていた。
「すいません・・・」
「ん?はいはい。何の用ですか?部員だったら大歓迎ですよ?」
「あれ?高野先輩?」
高野先輩も宮沢先輩と同じく元同じ中学で中学では水泳部のキャプテンをしていた。
「おう。山中か。久しぶりだな。今日は遊びにきたのか?」
「入学式の日に他校に遊びに来る人いると思います?」
私は意地悪く言ってやった。
「ということは・・・。ここの学生!?」
「そうですよ」
「よくお前が通れたな。ここも落ちたもんだ」
「どういう意味ですか?それ?」
「まぁ、気にするな。それより、何の用だ?マネージャーなら大歓迎なんだが」
「宮沢先輩に来いって言われたから来たんですけど・・・」
「ああ、宮沢なら今じゃんけんに負けて買出しに行ってるぜ。帰ってくるまで待つか?」
「はい。そうさせて下さい」
「で、マネージャーになる気あるのか?」
「まぁ、一応はそのつもりですけど・・・」
「じゃあ、みんなに紹介しとくよ。どうせ、あいつが帰って来るまで暇だろ?」
「ちょ、ちょっと待ってください。完璧に決まりってわけでは・・・」
「って言っても遅いみたいだけど・・・」
「え?」
少し顔を上げると高野先輩は他の水泳部員にめちゃくちゃされていた。
「ねぇ?何しに来たの?もしかして、新入部員?」
「違うだろーが!もちろん俺に一目惚れして・・・」
そう言った人が他の人殴られた。
「んなわけねーだろ!ほんとに。俺に会いに来たんだっつーの!」
「お前ら冗談はそれくらいしとけ。彼女怯えてるだろうが。ほんとに」
「そう言えば、君。朝、宮沢としゃべってなかった?」
私はただただ水泳部員達の言動を見聞きしているだけだった。
あまりにも勢いがありすぎる・・・。
私ほんとにやっていけるんだろうか?
そんなことまで浮かんでくる。
「こら、俺がしゃべってたんだろうが。少しはおとなしくしろよ」
ようやく高野先輩が顔を出した。
「おい、この娘誰なんだよ」
「そうだそうだ」
「頼むから静かにしてくれ。今から説明しようとしてたとこなのに」
「あっ、宮沢先輩。」
私は先輩を見つけて思わず口にしてしまった。
まぁ、小さな声だったのだが・・・。
だけど、みんながしんとしていたので妙に大きく聞こえた。
みんな一斉に先輩の方を向いた。
「遅いぞ!」
「そうだ!そうだ!」
「ハラペコで死にそう・・・」
「すまんすまん。下校の生徒がいっぱいいてなかなか買えなかったんだよ」
「それじゃあ、しょうがないな」
宮沢先輩はみんなの前に持っていたビニール袋を置いた。
するとピラニアのようにみんなが頼んだものを取っていく。
そんな時、宮沢先輩は私に気づいたようだった。
「あっ、来てくれたんだ。みんなに紹介するよ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。まだ、はっきり決めたわけじゃ・・・」
「みんな、こっち向いて」
私が抵抗するのもむなしく先輩は紹介を始めてしまった。
「えっと、この娘は1年生で水泳部のマネージャーをやってくれることになった前園久子ちゃんです。一応、俺と高野の後輩なんだ。なかよくしてやってね」
宮沢先輩が目配せする。
私にあいさつしろってこと!?
「新入生の前園です。今日からでもマネージャーをやっていきたいのでよろしくお願いします」
私はぺこりと頭を下げた。
みんなの「お――っ!」と言う声と共に拍手が聞こえた。
「じゃあ、今日は帰っていいよ。俺達これから遊びに行くんだ。全員2年生になれたお祝いにね」
「は、はい。じゃあ、私はこれで。お疲れ様でした」
私はこうして学校を後にした。
帰り道、また先輩と同じ学校に通うんだという興奮で思わずスキップしてしまいそうだった。
それにしても先輩なんか大人っぽくなってたなぁ。ますますかっこいい!
翌日、案の定、興奮であまり寝付けなかったため、かなり眠たかった。
眠い目をこすりつつ学校に行き、いきなりの6時間授業で進学校のすごさを思い知らされた。とはいっても、説明ばかりで授業はほとんどなかったけど。
HRも終わりプールに向かう。
昨日と同じように部員が更衣室の前に集まっていた。
みな更衣は済ませており、おそろいの水泳部とプリントの入ったジャージを履いていた。
ただ、昨日より一人二人多い気がする。
「お、来たか。といってもマネージャーの仕事ないけどな」
初めに私に気づいたのは高野先輩だった。
他の部員達も私に気づき、口々に挨拶してくれた。
「この子がさっき言ってた新しいマネージャーか?」
昨日見なかった顔の人が高野先輩に訊いている。
「はい。俺と宮沢の後輩なんですよ」
「そうかそうか・・・」
その人はこちらに体を向き直し言った。
「初めまして。3年生でキャプテンやってる神乃だ。よろしく頼むな」
「はい。こちらこそお願いします」
いきなりだったので少し声が高くなってしまった。
そういえば、さっきから宮沢先輩の姿が見えないんだけど・・・。
「高野先輩。宮沢先輩はどうしたんですか?」
「ん?宮沢か?あいつなら。ほら」
先輩の指差した方向を見ると女子水泳部の部員らしき人としゃべっている宮沢先輩の姿があった。
「あれって宮沢先輩の彼女なんですか?」
「ん?そうだな・・・」
「みんな、集まれ!クラブを始めるぞ!」
神乃先輩の声が高野先輩の声を遮った。
高野先輩は私に「ごめん」と小声で言って小走りに集まっていった。
宮沢先輩もいつの間にか集まりの中に入っていた。
私も一応その集まりの方に歩いていった。
集まりは男女混合で、神乃先輩が中心で何かを言っているようだった。
それを聞こえるところまで寄っていくと、
「じゃあ、今日から来てくれてる新しいマネージャーを紹介しとくぞ。そこの可愛い子がそうだ」
いきなり、手の平でこちらを示された上に、あいさつしてとアイコンタクトしてきた。
みんなの目がさっとこちらに集中した。
私はというといきなりであたふたするは、緊張で真っ赤になっていた。
「え、えぇ〜と。あ、新しくマネージャーになった。1年の前園ひ、久子です。よ、よろしくお願いします」
なんとか言い終えると拍手が巻き起こった。
拍手が止むと神乃先輩はまた話し続けた。
私にはそんなのを聞いてる余裕なんてなかった。
さっきから心臓がばくばくいいっぱなしでなかなか治まらなかったからだ。
結局、水泳部の人たちがグラウンドを走り始めるまでずっと心臓がばくばくいっていた。
あっ、女子の水泳部員の人達が先に戻ってきた。
「お、お疲れ様です。それで、あの、マネージャーって何すればいいんでしょうか?」
帰ってきて一箇所にまとまっていたところに思い切って尋ねてみた。
そうすると、わっはっはっ!きゃははは!等の笑い声が返ってきた。
予期せぬ笑いにどうしていいかわからずとりあえず微笑んでみた。
「あ、はは。ごめんごめん。今までそんな真剣なマネージャーとかいなかったからさ、笑っちゃって。どちらにせよ、今は陸部みたいなもんだから何もすることないのよ」
そのうち、一人の人がそう答えてくれて、笑いも収まった。
が、そこからが地獄の質問タイムであった。
「ねぇねぇ、どこの中学だったの?」
「今、クラスどこ?」
「好きな芸能人とかは?」
「中学では何部だったの?」
「彼氏とかいる?」
等々・・・。
とりあえず、全部に適当に答えておいた。
そうしているうちに男子の方も返ってきた。
「集合!!!」
神乃先輩の声が響き渡り、水泳部員は先輩のもとへ集まっていった。
もちろん私も。
そこで明日のことが告げられ、解散となった。
私はとりあえず、神乃先輩に明日から何をしたらいいか訊くことにした。
が、訊いてみるとまだ来なくていいとのことだった。
実際はどちらでもいいと言われたのだが来ない方に勧めているように感じた。
ようやく帰ろうとして辺りを見回したが、宮沢先輩の姿はなかった。
そこで、高野先輩がいたので訊いてみることにした。
「あの、高野先輩。宮沢先輩はどこですか?」
「ん?前園か。宮沢ならたぶんプールサイドにいると思うぜ。それにし・・・」
「ありがとうございます」
私は高野先輩に軽く礼をして、駆け出した。
もちろん、行き先はプールサイドだ。
「あ、ちょっ・・・」
高野先輩の静止も聞かずとにかくプールサイドに向かった。
プールサイドは男子更衣室と女子更衣室の間の通路を通るとすぐだった。
私はどきどきしながらもプールサイドを目指す。
別に言いたいことがあるわけではない。
ただなんとなく会いたいだけ。
クラブが始まる前に見た光景を確かめたかったのかもしれない。
いろんな不安を抱えながら通路を走り抜け、プールサイドに出た。
いきなり、目の前に夕陽が飛び込んできた。
プールの色はそのせいかオレンジ色に見えた。
プールサイドのコンクリートも夕陽に染められていた。
そんな中、プールサイドに座る影二つ。
たぶん一人は宮沢先輩だろう。
もう一つはさっきの水泳部員の人かな?
私は立ち尽くしてしまった。
そこで見た光景はあまりにも私には残酷で、これは夢だと信じたかった。
そう二人は“キス”していた。
その時、いきなり後から手で口の辺りをおさえられ、さっと後の方に連れ去られた。
男子更衣室前でやっと手を離してくれた。
驚きのあまり声は出ない。
後を振り向くとそこには高野先輩が立っていた。
「その、ごめん。とりあえず、ここまでさらってきた事は許してくれ」
そこまで言って、私の顔をチラッと見て高野先輩は続けた。
「お前がさ、あいつのことを好きだってこと知ってたから、場所を教えて止めようとしたんだけど・・・。気づいた時にはもう遅かった。お前はもう走っていった後だったから」
そうして、決まりが悪そうに頬を掻いた。
私は無言のままだった。
泣くのを堪えるので精一杯だった。
言葉を発したら涙があふれてきそうで返事すらもできない。
「だからさ、ショックだったと思うけど、元気出せよ。確かにあいつには彼女いるけどそれくらいであきらめるのってお前らしくないしさ」
高野先輩は私に優しい言葉をかけてくれていた。
だけど、私は時が止まったように動かなかった。
いくら優しい言葉でも今の私には無意味だ。
言葉が右から左へ抜けていく。
「あの、私帰ります」
必死に声を振り絞ったが蚊の鳴くような声しか出なかった。
とぼとぼと自分の荷物を取りにいき、帰ろうとした。
が、高野先輩に腕をつかまれ、無理矢理先輩の方を向かされた。
「こんな時に言うのは卑怯かもしんないけど、俺、お前のことが好きなんだ。付き合ってくれ。返事は今でなくていいから。いつまででも待つから。きっと答えてくれ」
そう一方的に言って、私の腕を放してくれた。
私は習慣となっている軽い礼をし、ゆっくりと帰っていった。
当然というか、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
宮沢先輩のキスシーンと高野先輩の告白とのダブルショックで。
家に帰っても、適当に夕飯をとって、すぐに部屋に閉じこもった。
そうして、泣いた。
泣けなかったさっきの分まで。
こんなに泣いたのは初めてだった。
気の済むまで泣いて後は気の済むまで考えた。
宮沢先輩のこと。高野先輩のこと。マネージャーのこと。これからのこと。
結局、朝まで考えたけど、一つも答えは出なかった。
一睡もしないまま、学校に行き、うつろな目で授業を受け、放課後になった。
クラブってのが思いついたけど、体はすでに帰ろうとしていた。
頭の方でもやっぱり行きたくないという結論だった。
さすがに昨日の今日は顔を合わせにくい。
それに来なくていいって言ってたし。
その日から私は水泳部を避けがちになった。
かといって家に帰ってすることもなかった。
だから、私は学校の周りを少しずつ散策していった。
気分転換に散策は最高だった。
見たことのない街を歩きながら、いろんなものを見て回る。
新しいお店を見つけたときの喜び、何気ない日常を垣間見れるうれしさ、また、初めてのところを歩く不安。
色々な要素が混ぜ合わさって私は退屈することがなかった。
そうして、自分の中で段々答えが見つかっていくような気がした。
このようにして、最初の1ヶ月間を終えた。
散策はすでに学校を中心に半径2kmほどまで広がっていた。
そして、私の中で色々なことに結論が出た。
だから、久しぶりに水泳部に顔を出してみることにした。
「こんにちは!」
グラウンドに出るとすぐに水泳部の一団にあった。
すでに走り始めているのだ。
私が挨拶すると、「おっす!」「久しぶり」等口々に言い、変わっていないことが確認できた。
水泳部の部室前まで来ると女子の人達が休憩していた。
汗をかいているので走り終わった後のようだった。
よく見ると新顔も見える。
「こんにちは」
みんなが一斉にこっちを向く様は少し怖かったけど、おもしろくもあった。
「こんにちは」「元気だった?」とかまたもや変わらぬ様が確認できた。
それから、私は女子と雑談などし、クラブが終わるのを待った。
いつも通り、キャプテンのあいさつでクラブは終わった。
その後、私は高野先輩を呼んで話始めた。
「あの、返事遅くなってすいません」
「いや、別にいいよ。ほんといきなりだったから」
「はっきり言います。まだ先輩とは付き合えません。私の気持ちの整理がついてないんです。こんなあやふやなままで付き合うのは失礼だと思ったんで」
そうこれが私の結論だった。
私の宮沢先輩への気持ちも本物。
高野先輩の私への気持ちも本物。
宮沢先輩に彼女がいるって分かった時、確かにショックだったけど、宮沢先輩は嫌いにはなれなかった。というより、思いは変わらなかった。
そんな気持ちで高野先輩とは付き合えない。付き合ったら私も楽だろうし高野先輩も喜ぶ。宮沢先輩も不安要素がなくなるのだ。
いいことばかりだけど、私はそっちを選べなかった。
やっぱり宮沢先輩のことが好きだから。
「分かった。お前の方こそあんまし気に病むなよ。まぁ、俺は諦めないからな。それだけ、覚えといてくれ」
そう言って、高野先輩は走っていった。
私の春の幕開けはつらい恋から始まった。
そうして、季節は夏へと移り変わってゆく。
私の恋も明るくなっていけばいいなぁ。
あとがき
やっとできた!
書き始めてできるまで3ヶ月くらいかな?
途中1ヶ月くらいほったらかしにしてたけど(笑)
ちょっとシリアスで今までの僕の作品とは少しだけ違うと思う。
読んでくれてありがとうございます。