紙ふぶきの誓い
作:尾瀬 駆





 公立の高校なんてのはだいたいどこでも一緒で、イロモノの文化部は人数が少ない。私の所属してるクラブも例に漏れず、人数が少なかったりする。活動内容は漫画を研究すること――。つまり、私はいわゆる世間で言うところの漫研に所属している。人数は私を含め2名!とはいえ、もう一人は中々来なくて結局一人で漫画の研究をしているのが現状で……。まぁ、漫画の研究って言ったって歴史を調べるとか、ここはこうだからこの時の主人公の気持ちは?とかそんなんをするんじゃない。私はただ、部室で一人絵を描いているだけ。たまには漫画なんか描いたりはするけど、最後まで描ききらずに終わってしまうことが多い。これは母親ゆずりの飽きっぽさが災いしてるんだけど…。
 とにかく、今日も私は一人で部室にいて、ちょっと珍しく新作漫画の10P目くらいのペン入れをしていた。そんな時、久しぶりに奴がやってきた。
「おいっす。やってる?。さてさて―」
 奴こと、もう一人の部員の知野 威人(ちの たけと)がいつものだるそうな声で入ってきた。一見、柔道でもやってそうな体格をしている奴だが、その実、めんどくさがり屋の上、体育の成績も悪いらしい。授業中も寝てばかりだし。まぁ、私から言わせれば、ただの漫画好きのなまけもの(動物)だ。
「あんたねぇ、来るならもちょっと定期的に来なよ。今回は1週間ぶりだよ」
 奴は聞こえない振りして、部室の奥にある本棚からお目当ての本を取ってきて、ちょうど私の目の前のイスに腰を下ろした。手に取った本は、本棚の取った位置や色から推測して、十中八九、Mr味〇子だと思う。こうなると、読み終わるまで一言も話さない奴なので、私も漫画に熱中することにした。
 それから、十数分経って、私が11枚目に取り掛かろうとした時だった。
「何、描いてんの?」
 読み終わったのか奴が話しかけてきた。
「漫画描いてるのよ」
「へぇ、珍しいな。今度こそ完成したら見せてくれよな」
「はいはい。考えといたげる」
「絶対だぞ。さてと―」
 奴は腰を上げた。
「帰るの?」
「ん?」伸びをしながら、顔だけこちらに向けて「んにゃ、続きを読むよ」
 そう言うと、本棚の方へ行って、新しい本を取ってきた。
 そして、座りかけたとき、
「あ、お前はいつまでいんの?俺はそれに合わせるから」
「私?―ん、一応下校時間ぎりぎりまでいるつもりだけど…」
「ん」と、短く返事して、また漫画のほうに戻っていった。
 ぐっと、私も伸びをしてみた。もうかれこれ1時間近くは座ってると思う。体がだるかった。私は、少し描く手を休めることにした。
 ―さて、何をしようかなぁ?
 ぐるぅりと部室を見回した。普通の教室の半分より少し小さいくらいの部屋にロッカーと本棚そして、真ん中よりやや入り口近くに机を二つ向かい合わせで置いてある。入り口と反対側に窓があって、そこからは夕日が見えた。日が短くなっていることもあって、たいして遅くもないのに、もう沈みかけていた。ちなみに私は入り口側の机に座っていて、真っ直ぐに(まぁ、奴越しだけど)夕日が見えた。本棚に休息を求めようとしたが、めぼしいものは全て読んでしまっていて、今更読む気はしなかった。ロッカーには、過去の先輩達の絵とかが残っているが、それを出すのもめんどくさかった。
 結局、原稿へ戻ってきて、でも描かずに漫画のことを思い返していた。
 どこにでもあるようなありふれた恋愛漫画。自分でもそう思う。告白してキス―とかいうほんとに何でもないというかくだらない話。昔の中学時代の友達が見たら、腹をよじれさせて笑うに違いない。私は、そういうのを描くのが嫌いだって常々言ってたし、そういうのを描く柄でもない。なんで、そういうのを描こうと思ったかは、まぁ、自分では分かってるんだけど、なんとなく認めたくなかった。
 ちょっと視線を上げて、上目使いに奴を見た。漫画を見て笑ってる。―能天気なやつ。私は、心の中で溜息をついた。
 さぁて、やりますか。私はもう一度大きく伸びをした。


『下校の時刻になりました。まだ、教室に残っている人は後片付けをして、下校してください』
「さて、片付けないと…」
 原稿を描く手を止めて、後片付けにはいる。
「ほら、あんたも早くしないと、校門閉められるよ」
「おう、あと、もう少しだから」
「もう」
 ぐちりながら、手だけ動かして、ペンなどを直していく。それから、私は途中までの原稿をファイルにはさむと、鞄の中に直した。
「よし、終わった!」
 奴は嬉しそうに、立ち上がった。
「はいはい、早く行くよ」
「おい、待ってくれよ」
 言いながら、本を直して、荷物を持って、ダッシュで廊下に出てきた。
「よっしゃ、セーフ」
「もう、早く出ないと怒られるの私なんだからね」
 私は、部室の鍵をかけた。


「なぁ、ある程度原稿できてんだろ?見せてよ」
 私はぎゅっと鞄を抱いて、
「だめ!誰があんたなんかに」
「さっきは、考えといたげるって言ってただろ?」
「だから、考えた結果よ」
「なんで、そんなにだめなんだよ。いつもなら、少しくらい見せてくれるだろ?」
「私だって鬼じゃないし、1コマくらいなら、見せてあげないこともないけど…」
「じゃあ、決定。貸してくれ」
 ぐいっと、手を差し出す。
「階段じゃ危ないから、校門出た辺りまで待ってよ」
「しょうがないな。まぁ、いいや」
 それから、少し沈黙してから、
「あのさ、今回はどんな話描いてんの?」
「え?」
 唐突で嫌な質問に、私は足を踏み外しかけた。そんなの言えるわけない。
「俺って、けっこうお前の絵好きなんだぜ。ちょっとくせあるけどな」
 初めて聞く奴からの誉め言葉に、またもや足を踏み外しかけた。
「それにな、話も好きなんだ。なんていうのかな?透明度が高いって言うか、自由っていうか。俺、国語悪いからうらやましいんだ。ああいうの作れたらいいなぁって思う」
 こ、こいつ、こんなこと考えてたんだ。私は内心かなり驚いていた。普段、そんなこと言うやつでもなければ、時々私の絵を見たときにも、「ふぅ〜ん」って言って見るくらいだった。
「ほ、ほめたって何にも出ないわよ」
「別に。俺はなんとなく言ってなかったなぁって思って。で、そのせいで見せてくんないのかなって」
「そんなんじゃないわよ」
「じゃ、どうして?」
「内緒」
 言えるわけないじゃない。恋愛話。しかも、あんたと私の。なんて…。ほんとどうしてこんなの描き始めたんだろ。
 そうこうしているうちに、校門まで来てしまった。もう辺りはけっこう暗くて、少し肌寒かった。意外と下校する人は多くて、運動系クラブなのか、ユニフォームのままで帰っている人もいた。私達は校門を出たところの、隅っこの方に立っていた。
「じゃあ、1コマだけだからね」
 私は、一番内容が分からないであろうページを取り出し、そのコマ以外が見えないようにして見せた。
「暗くて、よく見えない…」
「仕方ないでしょ。夜なんだから」
「ちょっと貸してくれよ」
 がっと、私から原稿を取り上げる。
「こら、返しなさい!」
「よく見えないんだよ」
 奴はぐっと、原稿に目を近づける。
「返せ!」
 どこッ!鈍い音がなって、奴のお腹(鳩尾辺り)にパンチが入った。もちろん私のだ。そして、悶絶する奴から原稿を取り上げる。
「何すんだよ」
「もう終わり。約束守んないから、そんな目にあうんだよ」
 私はたぶん、涙目になってるだろう。あぁ、駄目だ。
「てぇな、ほんと。悪かったよ。お前がそんなに怒ると思わなかったんだ」
「ふん」私は、そっぽを向いて、その原稿を鞄に直した。
 この原稿を読まれると、私の気持ちがばれる。その上、私の妄想までなんて、ほんと生き地獄。死にたい。なら、いっそ………。
 そう思いつくと、がさっと、残りの原稿も全部取り出した。そして、奴の方に向き直して、原稿を掲げる。
「な、何?」
 私はにたぁと笑うと、一気に原稿を引き裂いた。
「お、おい、何してんだよ!」
 そんな言葉も気にせず、ただ、原稿を裂くことに集中した。意外と固い。
「大事なものなんじゃないのかよ?」
 ある程度、縦に裂くと今度は横に裂いて、四角形にしていく。
「あぁ、もったいないって。ほら、止めろよ」
 全部ちぎり終わったら、手にいっぱいの破片を、ばっと、上に投げた。
「あぁ、あ」
 なんとなく、奴の残念そうな声が聞こえた。でも、そんなことどうでもよかった。私としては、全然残念でもないし。大事なことに気づけた気がするから。本物がいるのに、どうして、そっちを見ないんだろう?たぶん、不安からだったんだと思う。あんな漫画を描き始めたのは。実際、あんまり、話すこともないし、ただ、部の仲間ってだけで。それに、告白する勇気もなかった。今の関係を崩すのが怖かった。なら、別にそんな必要はないんだろう。もうちょっとだけ今の関係を続けたい。もっと、彼を見て、彼を知って、好きになりたい。だから、告白は…まだできないけど、いつかはね。
 投げ上げた原稿の破片がきれいで、ちょっとの間、ぼ〜っとしていた。
「俺のせいか?俺があんなことしたから」
「違うよ。あんたのせいじゃないって」
「でも……」
「いいの!あれは駄作だったから見せたくなかっただけ!」
「……分かったよ」
「ほら、帰るよ。早く来なきゃ置いてくからね」
「おい、ちょっと待てよ」















あとがき

 死ぬほど久しぶりなような気がします。
 ここまで読んでくれた方、ほんとありがとうございます。
 まぁ、私が受験生だと知ってる方なら何してんねん!って思うかもしれないですが、気晴らしに書いた物なんで許して下さい。
 今度こそ、投稿は受験後になるでしょう。SSSは除きますけど。
 ということ、忘れないで下さいね。
 では〜。