失われし刻 第二話 −2−
作:SHION





第二話「術はただ一つ」 −2−


 オークの振り上げる拳が陸の頭をかすめる。
「陸っ! ……あたしの物に傷つけんじゃねーよっ!」
 桃香は怒りから恐怖を忘れオークへと手にしていた鞭を伸ばす。それは陸を狙うオークの右腕に絡み、とらえた。かに思えた。
 しかしただの女生徒――威勢だけは良かったが――である桃香の力では押えられるはずもなかった。
 普段は優等生の多い星稜南高校の中でも異色の存在であった桃香は、今時の金髪コギャルだった。態度も悪ければ言葉使いも悪い。男に媚びて物をせがむことだけは絶品に上手だった。その力量は陸のような元々は好青年タイプの青年までをもギャル男風に変貌させるほどだ。身に付けているアクセサリーがじゃらじゃらと音を出す。その大半は、すでに誰に買ってもらったのかも覚えてはいないのだろう。
 ともあれ、そんなはねっかえり娘の桃香だが、こと戦闘になればその無鉄砲さがあだになることは明白だった。
「桃香っ! それから手を放してっ!」
 危険を察知した真澄が桃香に叫ぶ。しかし桃香はそれでもなお鞭を放さず、少しでもオークの動きを止め陸をフォローしようとしていた。
 絡まった鞭が邪魔でオークが腕を振り回してその先端を回収しようとして、桃香は自分の身体ごと引っ張られるのを体感した。
 しかし完全に桃香の身体が引き寄せられるより一瞬早くに、真澄は桃香の手から無理矢理鞭を奪い、そして放り投げた。
「何すんだよ! 真澄! 陸と大和が危ないんだから、あたしだって戦うよ!」
「でもっ! あのままじゃ桃香がオークに殺されていたかもしれないじゃない!」
「どっちみち、陸たちが殺されちまえばあたしたちだって殺されるよ! なら加勢するしかないじゃないか!」
「無謀と勇気は違うっ!」
 ぴしゃりと真澄が言い放つ。
 桃香は多少不満は残るものの閉口した。
「真澄の武器は何?」
「……分かんない。なんか、ブーメランを円にしたようなやつだけど……使い方もよく分からないし……」
「飛び道具なら加勢できるんじゃねーの? やれよ」
「だって! 間違って大和に当たったらイヤだもの!」
「それは……まぁ、そうだな。やめておいて」
「うん」
 真澄の武器はチャクラムだった。円形の形をしていて、飛び道具としても有効であるし通常の打撃武器としての威力もそれなりにある。しかし、今は役に立てそうもないので真澄はとりあえず水晶に武器を戻した。
「もっと使える武器用意してよね。これってハズレ?」
 独りごちるように愚痴をこぼすと、先程からずっと自分を守ってくれていた、そして今はオークと戦っている大和に視線を戻した。

「桃香、無謀すぎっ!」
 大和は陸に向かって叫んだ。桃香がオークに奪われた鞭が時折頬をかすめるのにヒヤヒヤしながら。
「愛だろ、愛っ!」
「ふっざけんなって! 余計俺らがピンチじゃねぇか!」
「愛には障害がつきものって言うしなぁ」
「この……バカップルがぁぁ!」
 桃香が加勢してくれたのが心配な半分嬉しかった陸は、こんな戦闘最中ながら胸を躍らせていた。
 大和はさっきまでは桃香に援護させろ、と自分で言ったことすら忘れて、桃香の鞭がオークに近寄る障害になっていることに舌打ちした。
「未来はなんだってこんな化け物、一人で倒せるんだよ」
「だって、ほら。未来さんは運動神経抜群だからじゃないか?」
「俺だって負けねぇよ」
「そうだな。じゃあ、そろそろ本当にどうしようかコイツ」
 陸と背中合わせに合流して相談をする。いい案など思いつかなかった。
 未来に運動神経では負けないとはいいながらも、体力が減っていることは容易に知れた。肩で息をし始めたからだ。自主登校の間運動をあまりしていなかった自分自身を悔やむ。けれど、セシリアの言った身体能力の向上はしっかりと感じることが出来ていた。普段の大和ならオークの攻撃を――振り回される桃香の鞭も――避けることは出来なかっただろう。今、それが可能になっているのはディルティリングのおかげで上がった動体視力と素早さのおかげだった。
「なぁ、陸。いつものアレ、やらねぇか?」
「こんなとこでかよっ!? 失敗したら殴り殺されるぞ」
「何もしないでやられるよりは、いいさ。無謀と勇気は違うって怒られるかも知れねぇけど、勝算がないわけじゃないからな」
「……タイミングは合わせるよ」
「あぁ、頼んだぜ。失敗はしない」
「愛のために」
「それはもうやめれ。っていうか、やめてください」
「無理だよ。桃香への愛は絶対だ」
「ごめんなさい」
 何故か大和は謝るしかなかった。このまま続けていたら延々とノロケ話を聞かされることだろうと思ったからだ。桃香にベタ惚れの陸に、こんな状況ながら笑いがこみ上げた。
 大和が先か、陸が先か。どちらが先か分からない程ほぼ同時に二人はオークに向かって再度走り出した。
 大和の先を走る陸がオークを目前に急停止をした。オークが陸に気づき、腕を大ぶりに横へとなぎ払おうとする。
「行くぞ!」
 大和の声を背後から聞くと、陸は攻撃を避けようともせずにオークに背を向けそして中腰になり、膝の高さで手を組んだ。
 正面から大和が駆けてくるのを確認する。
「いつも通りにやればいいだけだよな。うん。頑張れ、俺」
 自分に言い聞かせる。
 組んだ手の上に大和が足をかけた。
 陸は手に乗った大和の足を未だかつてないほどの力を入れて押し上げた。
 そして大和は自らも再びジャンプし、高く宙を飛んだ。
 なぎ払うオークの腕を寸での所でかわすことが出来た。自分の力の反動で一瞬オークの動きが鈍るのを見た大和は勝算を更に高めた。
「悪く思うな、よっ!!」
 跳躍しながら持っている剣に最大の力を込める。
 大和は宙に浮きながら、力いっぱい剣を振った。
 オークの首、めがけて。
 勝負は一瞬だった。オークの追撃よりも大和がオークの首を切断するのが早かったのが勝因だろうか。
 先にゴツっという鈍い音が地面から聞こえた。オークの首が落下した音だろう。次は、大和の着地の音。最後にはオークの巨体がぐらりと揺れ、そして倒れた。
「わ、わ、わ、わ! ちょっと待って!」
 大和を飛ばした陸は、次は自分が攻撃を避けねばならなかった。その為、その場にそのまま倒れこんだのだが、倒されたオークはよりにもよって前のめりに倒れてきた。陸が倒れこんでいる、その場所に。
「陸! 早く!」
「桃香ぁ♪」
 桃香が手を差し出すと、陸はそれに掴まってオークと心中するのをなんとか回避する。ほっと胸を撫で下ろす。
 桃香の手から感じる体温で、生きていることを実感した。
 先ほどの未来の時と同じように、オークは光の粒子となった。
 その粒子の中を掻き分けるように真澄は走った。大和の水晶へと粒子が移動していくのと同じように、大和へと抱きついた。
「大和ぉ! 無事で良かった……本当に」
 涙まじりに真澄が言う。震える真澄の頭をしっかりと抱きしめると、すぐに大和は視線だけで辺りをめぐった。

「やだぁ! こっち来ないでよぉ! あっち行ってよぉ!」
 泣きながら叫ぶ、由佳。その手には、足から大量に出血をして倒れている洸太の姿があった。由佳と同じくらい小柄な洸太は、泣くじゃくる由佳に抱えられ震えていた。その姿は実際の姿よりも洸太を小さく見せた。
 手には矢が一本握られていた。弓は手の届かない距離に落ちている。
 剣を手にしたオークは洸太の弓矢によって両眼や身体をいくつも射抜かれていた。それでもなお向かってきた。
 洸太の血の匂いを嗅ぐように足を前へ踏み出す。
「逃げていいよ! 僕のことは構わないで、由佳!」
「だ、ダメだよぉ! 逃げるなら一緒だよ!」
 由佳が無理をしていることは知れた。出血のせいで体温の下がっていた洸太よりも、更に身体を震わせていたからだ。
 由佳は腰が抜け、立てる状態ではなかった。それでも洸太を抱えながら必死で逃げようとしていた。
 地面の氷についた引きづられた洸太の血でオークの道標になっていることも分からずに。
 由佳と洸太の上を影が覆った。
 覚悟を決めて洸太は目を閉じた。

 いつまで経っても予想していた死が訪れないのを不思議に思い、洸太は恐る恐る瞳を開いた。
「未来っ!!」
 由佳から歓声の声があがる。洸太は自分の目の前で起こっている出来事に、目を疑った。
 そこには未来が立っていた。
 足元には先ほどまで自分を殺そうとしていたオークの首と胴体が別々に転がっていた。
「なるほどね。レベルが上がればその分能力も向上するのか」
 未来は剣についていた緑色の血を、振り払うことで落とす。オークの粒子を回収すると洸太に一瞥もしないまま去ってしまった。次の敵を探して。
 洸太はわけが分からず放心していた。足の痛みすら忘れていた。
 自分は死んでいたと思った。だから覚悟した。覚悟したくもないけれど、覚悟した。けれど助かった。拍子抜けして息を吐く。長い間呼吸をしていなかったように思えて、思いっきり息を吸った時に再び感じる足の痛みで生を実感した。
「な、何があったの?」
 体勢をゆっくり起こしながら瞳を潤ませている由佳に聞く。先ほどまでのパニック状態の涙とは違い、安堵の涙だった。由佳は涙を拭うとポケットからハンカチを取り出して洸太の傷口へ押し当てる。出血を少しでも防ぐために。
「未来がね、凄かったの! あたし、もうダメだと思ったんだ。18年の人生短かったなーなんて走馬灯っていうの? あれまで見た気分になってたのよ。そしたらね! 未来が来たの! ビックリしたよ。だって未来、あの魔物の頭の上に突然現れたんだよ!」
 興奮気味に喋る由佳の手が強くて傷口が痛みながらも、洸太は由佳の話を聞いた。
「頭の、上?」
「そう! どうやってだと思う? 飛んでたのよ、未来! っていっても、あの羽生えた人みたいじゃなくってジャンプしてきたの! 凄いよね。あれだけのジャンプ力だったらオリンピックだって優勝できるよ! それでそのまま剣でズバっと!」
 仕草でその時の行動を表現する。どうやら今その瞳に溜めている涙は、安堵の涙というよりも興奮しているだけのように思えた。
 とにかく自分が、そして由佳が助かったことを自覚して洸太はほっとため息をついた。
 そして、最後のオークが倒される音を聞いた。
 誰が倒したかまでは見えなかったけれども、とにかくしばらくは安全になると察知して洸太は意識を失った。


「お疲れ様でした。これで4体の魔物は全て消滅しました」
 未来は最後のオークを計らずとも共同で倒す結果となってしまった大和の側にいた。さすがに肩で息をする。疲れから重く負担になった剣を水晶の中へと閉まった。
「まずは負傷者の手当てをしましょう」
 微笑むとセシリアは淡い水色の光を放った雫を、負傷者は勿論、その場にいた生徒全員へと注いだ。
 それを怖れる生徒もいたが、未来は素直に従い身体を預けた。雫は身体に触れるとすぐに柔らかい光を放ちながら未来を包んだ。すると、不思議な感覚が未来を襲った。今まで肩で息をしていたことを忘れるほどに、疲れが一瞬で消え去ったのだ。それを確認するように、未来は何度か手を握ったり開いたりした。
(疲れを消すことが出来る。これはゲームマスターの特権か? それとも……ゲームの中にあるような回復魔法ってものなのか。どちらにしろ自分で使えない力はどうでもいいがな)
「洸太っ! ねぇ、足治ってるよ! なんともないよぉ!」
 どこからか由佳の涙まじりの歓喜の声が耳に入ってきた。
(洸太? あぁ……さっきの足をやられていた男か。それなりに戦えるようだけど、あんなのを庇って……由佳は何を考えているんだ? 自分が殺されるかもしれない状況で、何故守ろうとする? 由佳の行動は矛盾ばかりでついていけないな)
 胸中で呟く。由香の声からセシリアの魔法――と、未来は勝手に判断したが、あながち間違ってはいないだろう――の威力を知る。今まで散々未来たちを殺そうと思えば殺せるほどの力を見せ付けていたセシリアのことだから、それとは逆に癒すことが出来ても何ら不思議ではなかった。
 しかし、己が使えない力に興味はない。
「説明はこれで終わりなのか?」
 未来は初めてセシリアに話し掛けた。
 それは友好的でもなく、かといえば敵対心を感じさせるような口調ではなかった。ただ、自分の必要とする情報だけを聞き出そうとする。そんな口調だ。
「えぇ、ある程度は。細かいところは自分自身で旅を進めていくうちにおのずと分かるでしょう」
「なら、外に出る場所を教えて」
 未来の言葉に生徒たちはざわついた。
 魔物との戦いの傷は癒えたものの、それは外傷だけであって、突然のこのような出来事に対する精神面の傷は癒えたわけではない。少なくとも未来以外の生徒全員はそうだった。大和も例外ではなく。疲れた身体はその場に立っていることすらも苦痛にさせた為、生徒たちはその場に座り込んでいた。だから余計に立ってセシリアと話している未来は目立っていたのだ。
 更には、外に出ようとしている。あれほどの恐怖を体験したあとすぐにでも外へ出ようなどと思う生徒は誰一人としていなかったので、余計にざわついたのだ。
「出口はこちらです」
 セシリアが示した先に通路が出来ていた。先刻までははっきりとなかったと言える。やはり今までは閉じ込められていたのかと悟って嘆息する。
 未来はすぐに歩き出した。それを気にせずにセシリアは未来にも、そして生徒全員にも聞こえるように説明を続けた。
「外にはオークのような魔物が沢山います。それは無条件に貴方たちを襲うこともあるでしょう」
 誰かは分からないが、息を飲む音が聞こえた。先刻のような魔物の出現を常に気をつけ、そして出現した場合は今度は自分で倒さなくてはいけないのだから無理もない。
 今回のように、未来や大和。他の勇敢で無謀な生徒が守ってくれることはもうないからだ。
「まず目指すのはここより西にあるスノーリアの村です。シオンは人間界でまずこの村に立ち寄りました。シオンの旅を追ってください。シオンの考え・気持ちを体験してください。そうすれば……自然と道は開けるはずです」
 未来は出口へと繋がる通路付近でその足を止め、そして振り返った。
 心配そうな表情の生徒たちの視線は一斉に未来に向かった。その視線を無視すると、再びセシリアに問い掛けた。
「まるでシオンを救う方法を知っているような口ぶりだな」
 未来の質問が虚を衝いたのか、セシリアは返答を拒んだ。
 セシリアの無言を肯定と判断して未来は続けた。
「世界が混沌と闇にひれ伏すと言っていたが、それほど切羽詰まっているのならば、何故その方法を言わない? 解決策を言った方がすんなりと事が運ぶんじゃないのか? シオンは救われる。世界も救われる。わたしたちも地球に戻れる。それではいけない理由があるのか?」
 未来の言葉に答えないセシリアに対して、それまでセシリアの言葉が全てで、それに従ってきた生徒たちは疑いの眼差しを向けざるを得なかった。
 セシリアの言葉を待った。しかし一向に回答は返ってこなかった。
「ちょっと、それどういう――」
「答えたくない。答えられないのなら、それでもいい」
 再び比奈が口を開いた瞬間に、未来は言葉を遮り質問を終わらせた。行き場のない口元に比奈は手をあてて悔しそうに歯噛みした。
「答えられる範囲全てに答える……そういう話だったな。なら、もう一つ質問させてもらう。何故わたしたちが“選ばれた冒険者”なんだ?」
 未来が言った言葉に、比奈はあっと声をあげそうになった。それは比奈がセシリアに最初にした質問だったからだ。質問した比奈自身もあまりの展開の速さに忘れていたが、けれどもとても重要な質問ではあった。未来にとっても重要であるかどうかは謎であったが。
 セシリアはそれまで閉口していた口をようやく開くと、言葉を発した。それは今までと変わらず澄んだ綺麗な声だった。けれども未来はその裏にある真実を探ろうと意識を集中した。
「“選ばれた冒険者”。そう、貴方たちは選ばれたのです。シオンを救う冒険に出る者に」
「それは何故だ。あんたたちの方がシオンを救うに十分な力も知識も持っているはずだ。わたしたちよりもずっと成功率が高いはずだ。救う方法を知っているなら尚更だ」
「名もなき大陸の住人にはシオンを救うことは出来ないのです。だから、チキュウにいる貴方たちを呼んだ。より“シオンに近い存在”の者を探して、そして貴方たちを見つけたのです。貴方たちの誰もがシオンを救えずに息絶えるかもしれない。けれど貴方たちの誰かがシオンを救い、世界を救うことが出来るかもしれない。その可能性が高い存在を探していたのです。いつも」
「わたしたちの他にもここに連れてこられた人間はいるのか? 最近ニュースで聞く神隠しはあんたのせいではないのか?」
「神隠し……。そう、その名はまさにふさわしいかもしれませんね。貴方たちの前に何度か同じように同じ年代の人間を連れてきました。ニホンだけでなく、チキュウ各地から連れてきました。けれども彼らにはシオンを救うことは出来なかった……」
「つまりは死んだんだな」
「ええ。この永久氷壁から出発した者全員が誰一人として戻ってくることはありませんでした」
 生徒たちは静まり返った。
 神隠し……。最初体育館で奇妙な物に取り込まれた時はまさにそれを思い浮かべてはいたものの、それが現実に自分たちに起こっているとは今でも信じがたかった。どこか他人事のように思えていた。けれど今セシリアからはっきりと告げられた事実は、紛れもなく生徒たちを震撼させた。
「もう時間があまりありません。これが最後の“召還”になるでしょう。貴方たちがシオンを救えなかったら全ては終わりです。どうか頑張ってください。暗闇に囚われているシオンを……どうか救ってください」
 セシリアはゆっくりと瞳を伏せて、そして頭を下げた。
 生徒のざわつきの中に戸惑いが生じる。一方的にゲームを進めてきたセシリアが頭を下げたことは意外だった。
 そこまでしてシオンを救う理由がある。それは自分たちでないと出来ない。その考えが少しずつ生徒に芽生え始めていた。が、あの戦闘の後で率先して動き出せるほどの勇気のある者はそうそういなかった。
 けれど頭を下げたことによってセシリアだけでなく、自分たちも切羽詰まっていることは理解出来たのかもしれなかった。混乱は収まり、パニックで言いたい放題叫ぶのも止め、生徒同士で話す会話は矛盾や勝手に決められた運命に対する愚痴や不平ではなく、ちゃんとしたこれからについての相談となっていた。
 未来はそんなセシリアを一瞥すると再び背を向け出口に向かって歩き始めた。
(別に地球に戻りたいわけじゃない。生きたいわけでも、人助け……まして世界を救うなんて大それたことをしたいわけじゃない。けれど……)
 未来は先刻前のオークとの戦闘を思い出して拳を強く握った。
(わたしの死に場所はここにあるのかもしれないな)
 胸中で独りごちると静かな氷の空間を歩き続けた。
 聞こえるのは背後未だに永久氷壁の大空間に残っている生徒の話し声と、未来一人の足音だけだった。