MAKE UP!
作:さくら





 大好きなお姉へ。 

 幼なじみっていうか、五年生のとき隣のクラスに転校してきた男の子。田舎の小学校でみんなジャージとかはいてるのに、その子だけはチノパンはいてチェックのシャツ着たりしてて、しかも標準語で、とにかく浮きまくってた。
 中学を卒業するまで一度も同じクラスになったことはないし、高校は別々だったのに、私たちはなんとなくフィーリングが合ってしまい、年を重ねるごとになにかと話し合うようになった。
 彼は電話好きだったけど、私が恐怖症に近い電話嫌いだから、手紙やメール交換をしていた。
 彼の名前は創一で、私は創ちゃんと呼んだ。私の名前は陸で、彼はいつも男みたいだと文句を言いながらもリクと呼んでくれていた。
 彼には特別な能力があるとしか思えない面があって、一つ目は料理を作るのがとっても上手だということ。
なんだか不思議で幸福な味のするパスタをご馳走になった時、私は失恋の真っ最中で食欲なんて少しもなかったのに、彼のパスタで立ち直ることができた。
 二つ目はもっとすごくて、しばらく連絡をとりあっていない時、私が落ち込んだり辛かったりすると、必ず「偶然」メールをくれる。
全然関係ない話題で自然に気持ちを鎮めてくれる。私が人生で一番の窮地に追い込まれた時、親にさえ連絡がつかなかったのに、唯一「偶然」電話に出てくれたのが彼だった。恋人の前でも泣いたことがなかったのに、彼が電話に出た瞬間「出てくれてよかったぁ〜」とだけしゃべってあとはわあわあ泣いてしまった。
 彼が美大を卒業して渡仏したのは二年前で、今日ここに帰ってくる。
ファッションの専門学校に通っていて、モデルとしてちょっとしたショーにも出たらしいけど、どんなことを勉強していたのかは詳しく知らない。
 一昨日の夜、駅まで迎えにきてほしいとメールが入っていたから、私は改札口で創ちゃんを待ってる。


「リクぅ〜!!」
 改札を抜けて早足でこっちに向かってくる人。大量の荷物を持ってるのにあんな華奢なヒールのブーツ?そんなに大またでさっそうと歩いたらタイトスカート破れますよ?
「なにボーッとしてんのよ!驚いた?素敵でしょ?」
 見上げるほどの大女。確かにキレイな人だけど…
私の幼なじみだったはずの元・創ちゃんは嬉しそうに言った。
「あたし、女になっちゃった!!」

「身長?183。前と変わってないでしょ。でも、ちょっと痩せたかしらね。むこうのモデルなら珍しくないわよ。」
「そうじゃなくて、その頭、どうしたのさ!?」
 帰国して十日も経つと彼(?)の姿には除々に慣れてきたけど、映画を観に行こうと誘われて迎えに行くと、黒いタートルネックのセーターにジーンズ、華奢なサングラスをかけて、しかも頭ツルツルの創ちゃんが玄関で待っていた。
「創ちゃん、髪の毛忘れてるよ…」
「あら、あんたそれ気を利かせてギャグでも言ったつもり?ヅラよ。いろんな髪型を楽しむためにはコレが一番楽なの。
帰ってきたらリクにも着けてあげるね。」
 一応外に出るときは男の格好をしてくれるようだ。日本の、こんな田舎では創ちゃんが女として歩くのには目立ちすぎる。彼はそんなこと気にしないだろうけど、小心者の私を気遣ってくれたんだ。
 男として見ても十分かっこいいと思った。好きにはならないけど。
そういえば、フランスでつきあってた巨乳の彼女とは、どうなったんだろう?

「リク、映画つまらなかったの?」
 恋愛映画を観た後に入ったカフェで、私たちはミルクティーを飲んでいた。創ちゃんは映画の後にファミレスなんかには絶対入らない。
創ちゃんはそういう人。
「えー?おもしろかったよ?」
「じゃああたしと観に行ったのが嫌だったんだ。はいはい。前の席のカップルが羨ましかったのね。」
「……別に。」
 創ちゃんは時々かってにいじけたり執念深い面がある。私はさらっと受け流す。
「うそうそ!もぉ〜リク、怒らないで!また考え事?」
「まぁね。」
 私はいろいろ考えて、自分の思考で溺死しそうになることがよくある。個人的なことは人にあれこれ詮索されたくないから、
いつまでもグジグジ悩んで、こじれたりぶり返したり本当に溺れてしまったりする。
昔は女友達に相談したりしてたけど、あんな無駄なことは一切やめようと思った。
「あんた、また病んでるの?考えすぎよ。ホラ、もう寝なさい。」
「ここ喫茶店なんですけど…。」
「あぁ、そうね。すみませ〜ん、メニュー持ってきて下さい。」
 創ちゃんはヒラヒラと手を振って、ウェイターを呼んだ。
「なんかおいしいもの食べよ。ね?」
 創ちゃんはこういう人。


 突然だけど、お風呂は嫌いだ。入るまでが面倒で、決心がつくのに一時間かかる日もある。
その後に化粧を落として(クレンジングオイルがベタベタしてコンタクトがくもる。)髪を洗うのも面倒。
湯船に入っても、10数えてあがる。ぬれた頭を乾かすのも面倒だし、敏感肌用の石鹸を使っていても肩のあたりがかゆくなる。
 私はお風呂から出て、もう家族が寝静まった家の中をそろりと歩く。今日はお風呂に入るまでの決心がつかなくて、もう夜中になってしまった。
 冷たい廊下を歩いて離れに入る。私は家族と暮らしているけど、昔おばあちゃんが住んでいた離れをもらってそこに寝ている。
「ちょっと、寒いんだけど!!」
「あぁ!?」
「リク、そのヤクザみたいな声おもしろいわね。」
 部屋の電気をつけると、窓の外から元・創ちゃんがのぞいていた。
「びっくりするじゃんよぉ…。なにしてんの?おねぇさん。」
 窓を開けてやるとストンと中にすべりこんできた。かわいいベビーピンクの、すごく大きなボストンバッグを抱えていた。
同じ色のパイル地のパーカーとパンツを身につけて、髪の毛はきれいな巻き毛を二つに結んでいる。お化粧も自然でかわいい。
「おねぇさん、すっごくかわいい。」
「ありがと。でも、もうちょっとテンション上げなさいよ。」
 おねぇが動くと微かにバニラみたいな香りがする。
バッグを開けて、次々に中身を出すおねぇは、なんだかとても楽しそうだった。
 中からは三種類のウィッグと化粧品の山と雑誌と洋服が出てきた。
「これ、リクにおみやげ。」
 そう言って、私に無理やり服を着せたりウィッグを着けたりし始めた。だんだん楽しくなってきて、私たちは本当の姉妹か女友達みたいにじゃれあって遊んだ。雑誌にはショーに出たおねぇの写真が載っていた。男の姿をしているのもあれば、新しいのはほとんど女の格好をしたものだった。どのモデルよりも楽しそうに写っていたから、この人のフランスでの生活は幸せなものだったんだと思った。
 
 気がつくと時計は午前三時をまわっていた。
「今日、ここで寝かして。ね、いいでしょ?さ、寝よ寝よ。」
 おねぇは、元・創ちゃんは、本当にただそれだけの意味で私の布団にもぐりこんだ。

「私、真っ暗じゃないと眠れないよお。」
「やだ、本当に神経質ね。怖いじゃない。これでいいの!」
 おねぇは以外に怖がりだった。
オレンジ色の暗い電球の光は、眠るにはまぶし過ぎると思うけど、我慢した。
「なんで女になったの?」
 おねぇの体温は心地よく高くて、私はすっかり冷えた足をおねぇの長い足にからませてながら尋ねた。
「人間は、いつも言葉で説明できるきちんとした理由だけで生きてるわけじゃないの。 
リクだって、ただ漠然とした不安でいろいろ考えこむことあるでしょ?これ、作家の言葉のパクリかしら?誰だっけ?まぁいいわ。
あたしはこの状態が一番自然で幸せなの。わかってくれるでしょ?」
 私はうなずいた。枕に髪の毛がサラサラ擦れる音がした。
 おねぇが大きくて華奢な手で私の頭をなでてくれた。とても丁寧になでてくれた。
「リク、千年は生きなさい。そんくらい生きてたら、きっとあんたを苦しめている呪縛も解けるわよ。」
 しずかで慎重な声でおねぇが言った。なんだか深い。
「おねぇは?」
「あたし?あたしはもっと生きるわ。カマは万年って言うでしょ?」
「台無し…きっと二丁目のオカマでもそんな寒いこと言わない…」
 おねぇは自分のギャグに満足してしばらく笑ってたけど、ずっと変わらず優しく私の頭をなでてくれていた。
おねぇの体温で温まったのはつま先だけじゃなく、もっと身体の奥のほうみたいだ。
「明日、ネイルもやって。おそろいのやつがいい。」
「明日ね。」

 私たちは孤独な個体。だけど、よりそって僅かな曖昧なものを分け合って眠りにつく。
明日目を覚まして、そうやって繰り返していけば、本当に千年生きられるような気がしてしまう。


「陸、おはよう。」
 母の声がする。時計は午前九時。まだ眠い。
「朝ごはん食べちゃって。」
 そう言って引き戸を開けた母。
 横にはウィッグがずり落ちて、ハゲ頭の創ちゃんがまだぐっすり眠っている。
一瞬で目が覚めた。やばい。何もなかったとはいえ、男?と朝を迎えたところを母親に見つかるなんて…。
「あら、創ちゃん来てたの?朝ごはん食べてくでしょ?」
 母はニコニコしている。なんで??
「おはようございまーす。朝ごはん、いただいていこうかしら。ありがとうございます。」
 振り向くとウィッグを直しながらさわやかに創ちゃんが答えた。
「おかあさん、勝手にごめんね。でもただここで寝てただけなの。睡眠をとっただけだよ!?」
 慌てる私に、母はきょとんとしてこう言った。
「なに言ってるの。創ちゃんはもう“心も体も”女の子なんでしょ?これからも陸と仲良くしてちょうだいね。」
 おねぇは満面の笑みで余裕たっぷりにこう言った。
「はい☆もちろんです!」
 
 おねぇの完璧な笑顔がなにを意味しているのかさぐってみようと思ったけど、頭が余計に混乱しただけだった。