皇・氷・穿 第二章<類>
作:鋼



第二章<類>




 右手を鈴木さんの方へ差し出す。
「何、これ。すごい爪」
 長く、先は鋭く尖っている。
 さらに爪がはがれないように金属のリングで固定してあり、先端には金属のエッジが取り付けられている。
「・・・・黙っててよ?」
「分かった」
(本当に分かってるんだろうね?)



「じゃ」
 別れてから、家の前に自転車を止め、日課でポストの中を探る。
(ん・・・)
 指先に何か当たる。封筒だ。宛名は川西皇樹、つまり自分となっている。
「僕宛か?」
 破って見てみると、中から紙が一枚出て来た。
「何だ、僕じゃなくて氷樹宛か」
 氷樹。兄弟だ。
「今日の夜ねぇ。明日は眠くなるな」



「ほれ氷樹、仕事だ。しっかりやってこいよ」
 目を閉じる。自分がいるのは深い、意識の底。
 そこに横たわる。心地良い。すぐに、僕は眠りに誘われてしまう。
「へ、言われるまでもない。俺が仕事をしくじるかよ」



 暗殺と、殺しとは基本的に同義ではない。
 殺しは殺すだけだが、暗殺は完全にターゲットを抹消する。
 今の時代、こんな仕事はないと思うだろうが、裏の世界にはわんさかとあるのだ。
 氷樹は超一級の暗殺請負人だ。仕事は国内に限られるが、かなりの高確率で仕事をこなす。
 もう一人、穿樹が頭脳戦専門の暗殺者をやっている。
 そして、皇樹がこの二人のサポーター兼マネージャーになる。
 皇とは王、つまり頂点を意味する。
 氷樹と穿樹の二人は皇樹によって統率され、統合される。
 氷と穿の主人格が皇、つまり皇樹。
 そう、皇樹は三重人格者だ。二人の別人格は暗殺請負人。しょうがなく、主人格は二人のサポート役となっている。



(今回の仕事には殺しはないぞ。探索だけだ)
「分かってるって。言われなくたって依頼は初めからそうだろうが。俺はプロだぜ?」
 皇樹はバイクのエンジンを吹かせた。
 彼のこの行動は夜中の閑静な住宅街で迷惑以外の何でもない。
 しかしここで注意してへそを曲げられても困る。仕方がないので、今回は見過ごすことにした。
(そうだな、今回は指定範囲が広いから氷樹一人じゃ荷が重いな。穿樹も手伝ってやってくれ。僕は寝る)
「勝手な主人格だな」
(何とでも言え。こっちは普通の学生なんだからな)



「体が重い・・・」
 寝てないのだから当然と言えば当然のことだが。
 気の利いたことに、起きた時は学校にいた。
 おそらくは穿樹の仕業だろう。氷樹はこんな気配りをしてはくれない。
 そう、彼は気配りなんぞ絶対にしてはくれないのだ。
 カバンの中に氷樹愛用の10mm口径の二丁拳銃と、変形型ナックルガード付チタニウム合金の氷樹特注格闘用ナイフが二本、スローイングナイフが五本、昨日出かけたときのままの状態で入っている。
(どういうつもりなんだよ、こんなモン学校に持って来やがって)
 とにかく、見つからないようにしなくては。
 しかし、どこかに隠すよりはこのまま手元にあった方がいいだろう。
 銃とナイフはちゃんとホルスターに入っているし、誤射防止の安全装置もちゃんと作動している。
(とにかく、普通にするんだ。怪しまれるのが一番まずい。・・・・でも、何だ、この感覚は?体が寝ていないせいなのか?)
『気のせいじゃないよ』
(穿樹?)
 頭の中に声が響く。ちなみに穿樹は女だ。
『昨日氷樹がミスってね。ビルのセキュリティーに引っかかってさ、面が割れたんだろうね。慌てて殺しにかかってきたよ。私たち有名だから』
(殺しにって・・・じゃあ、この感じは殺気か?)
『そうなるね。今朝も一発狙撃されたよ。ちゃんと仕留めといたけどね』
 淡々と穿樹は語る。さすがは超一級の暗殺者と感心したくなる。
(何てこった)
 しかし感心できるわけはない。敵は確実に潰されるよりも、多少リスクは負っても生存の道を選んでくるだろう。つまり、学校での狙撃もあり得ると言うことだ。
 さいわい、この周辺ではこの階よりも高い建造物はない。教室にいる限りは狙撃されることはないと言うことだ。
『でも、聖域ってわけでもないかもよ。一個C4が仕掛けてあったから』
(爆薬か。処理したんだろうな)
『当然』
(今日は早退だ)
 攻める戦いは得意でも、守る戦いは得意ではない。学校なんて打ってつけの守る戦いの場だ。
 帰るためにコートを羽織る。
「今日はもう早退だ」
 自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「なんで?」
(・・・・・。僕の阿呆・・・。僕の馬鹿・・・。)
 すぐそばに、最強の敵がいたことをすっかり失念していた。
 強く、早く。僕にとって最悪の選択肢を正確に選び、迅速に、だが限りなく丁寧に実現させていく鈴木梨香という敵を。
「帰るんなら、さっき読んでた漫画貸してよ」
 がばっ、と効果音まで見えそうなくらいな勢いでカバンを全開にしてみせる。
 無論、止める暇はなかったと断言できる。
「あ、あった。この二冊借りとくね」
 さっとカバンから本を二冊抜き取る。
 実は、ナイフやその他の武器はすでに鞄からコートの裏に仕込んであるホルスターに移してあったのだ。
 このコート、材質は防刃防弾の金属繊維、急所となる場所は金属板で補強してある。にもかかわらず、見た目、重量は普通の市販のコートと何の変わりもないという優れ物だ。
「さて」
 敵は最もリスクの少ない方法、すなわち完全犯罪を狙ってくるだろう。
 計画性の高い計画は、かえってアラが目立つ。
 完璧にならした地は足跡一つで台無しになってしまうが、荒れ地に足跡が一つや二つついたところで、誰も気にはしないだろう。むしろ、自然に見える。
 計画性のない計画、それこそが完全犯罪なのだ。
 しかし、あくまで計画でなくてはならない。
 脈絡のない突発性、それが必要なのだ。ロンドンの通り魔、切り裂きジャックが良い例だ。
 いずれにせよ、人気のない所での狙撃か人混みでの遠距離狙撃か、そんなところだろう。
 それなら、対処法は一つ。
(狙撃手を先に排除するべし。氷樹が無難だな。頼んだ)
周りに人がいないことを確認して、僕は意識を氷樹に渡した。
(今度はミスるなよ)
「任しとけ」
 氷樹は銃の安全装置を外し、屋上の一人目のスナイパーを撃ち抜いたのだった。




〜続・相〜