最後のお楽しみ 第1話
作:緑





第1話 あたしって実は……!?なんてね(笑)



 
 トテトテトテ……。
 
 正にそう表現するのが似合う足取りで階段を上っていく。
 はっきり言ってあたしの足取りはふらついていると思う。
 何度もこけそうになりながら、ややカーブしている我が家の階段を2階へと。
 きっと顔だって真っ赤だ。
 ちょっと調子に乗って飲みすぎたかもしれない。
 パパがいけないんだ!あたしはまだ18だぞ!
 あんまり勧められるから、気が付けばワインを一本空けてた。
 今日は月に一日だけ―とは言っても、もう十二時過ぎ。実際は月に二日?なのかなあ―の「本当のパパ」に会える日だから、こんな時位は、出来るだけ言われるままにしてあげたかったんだけど……。
 まあ何事も程々が大事だよね。バランス感覚バランス感覚。
 
 実はあたしの家は再婚一家である。
 私はママに引き取られた、いわゆる連れ子。
 別に今のお父さんだって、すごいいい人だし、「偽者のパパ」って訳じゃないんだけど……。
 でも、いい人は、どこまでたってもいい人で、「お父さん」ではあっても「パパ」にはなれない。
 うーん……。血の繋がりとかの問題じゃないと思うんだけどね。
 多分、ちっちゃい時に一緒に居なかったのが大きかったのかな?
 ま、こんな事は「連れ子」にしか解らない話かもしれない。
 お父さんは、そんな私が少し寂しそうで、でもどこか諦めてる。
 だから、せめて「いい人」ではあろうとしてるみたいだけどね。
 そしてこの月に一度の土曜日が、何でかそんな二人に板ばさみ?みたいな感じで。色々とあたしにも思うところが有ったりしちゃう訳。
 どっちも好きだから困っちゃうんだよねえ……。うん。
 んで、フラフラのあたしは、今この家で唯一「連れ子にしか解らない悩み」の理解者の元へと向かっている所だったりする。
 五年前にママがお父さんと再婚してから、いつからか「月に一度の土曜日」―正確には大概日曜だね―が終わった後は、彼に愚痴るのが習慣になってる。
 そう、つまりお父さんの連れ子。あたしのたった一人の理解者、翔。
 
 コンコン。
 
 千鳥足でやっと階段を上りきったあたしは、階段のまん前の部屋の扉にノックする。
 薄茶色いこのドアをノックするのがあたしは結構好きだったりするんだなあ。
 多分材質の違いかな?あたしの部屋とか他の部屋をノックするのとは音が違う感じ。
 とっても軽やかで響きがいいの。
 
 コンコン。
 
「しょーおー君♪お姉ちゃん帰って来たよおおお!!」
 
 割と多き目の声で呼んだつもり。
 返事が無いね。こんな時間に居ない訳無いんだけど。
 
 コンコン。
 
「えへ。開けて」
 
 別に前には誰も居ないんだけど、右手を握ってほっぺにあてて、猫ちゃんポーズでぶりっこしておねだりした。
 
 コンコンコン……。
 
 いつもなら、「キミ酒臭いよね(笑)」とか言いながらすぐ開けてくれるんだけど。
 
 コンコンココン。
 
「酔っ払いは気が短いんだぞおおおう☆?※!!」
 
 寝ちゃったのかな?今日も部活だもんね。
 ちょっとあたしは悲しいぞ、翔クン♪
 ていうかそれなら起こすまでだけどね(にやり)。
 
 翔は2コ下の高校一年生。
 弟と言えば、そうなんだけど、あたし達はいわゆる「フツーの兄弟」とは何か違う。
 もっと、何か……。離れてるけど、深い。少なくともあたしはそう感じてる。
 あ、別に仲が悪いとか、そういう訳じゃないよ?
 だって、いちいち誰にもいえない話を翔にだけする位だもん。
 何て言うんだろうなあ?
 弟、って言っちゃうにはあたし翔に頼りすぎ。全然お姉ちゃんじゃないよね。
 どっちかって言うと守られちゃってるもん。
 そりゃ確かに体だって、翔は178センチ体重65キロで筋肉質のバスケ部員(しかも一年生でレギュラーだったりするのだ!学校でもちょっと鼻が高いぞ♪)、対してあたしは、身長153センチ、体重……はともかくとして、胸もあんま無いような……っていうか、実は幼児体型って言うのかもしれないけどさあ……、あたしが守れる訳無いんだけど。
 そういうのとは、また違って、あたしは精神的にすごい翔に支えられてるんだと思うな。
 だって、それは「姉と弟」になりたての、あたしの方が翔よりおっきかった頃から変わらない事だもん。
 再婚の連れ子、って色々悩みは多いけど、翔に会えたのってスゴイ棚ボタよね。
 もう翔の居ない生活なんか考えられないもん。
 なんてね。
 何か言っててすごい恥ずかしくなってきちゃったぞ。
 
 コンコンコン。
 
 まだノックしつづけてるあ・た・し。
 ちょっとしつこいけど、翔は絶対にこんな事じゃ怒らないもん。
 翔と、今、話したいんだから、良いよね?
 
 コン……。
 
 少し諦めかけたあたし。
 このままココを立ち去る……訳が無いね。あたしの性格上。
 甘えられるだけ甘えちゃうもんね。
 実は、この部屋、カギが付いてない。
 あたしなりに気を使ってあげたつもりのノック。
 ほら、この年頃って色々あるから、さ(あはは。あたしも身に覚えアリだったりする)。
 
 カチャ。
 
「翔クーン♪あたしを思ってエッチな事してなーいいい??」
 
 出来るだけ小さな音でドアは開けたけど、入るなり大きな声で馬鹿な事を言う。
 やっぱ酔ってるね。こんなバカなあたしでも、翔には知られても平気。
 なんつって。
 
「しょーおー君♪」
 
 真っ暗な部屋を、危ない足取りで、でも確かに翔のベッドまで向かう。
 この部屋はあたしの部屋みたいに床に物が転がってないから、未成年の酔っ払いさんでも、自分がふらつかない限りは平気。
 ここら辺にも、翔の性格が出てるよね。
 
 ガバッ!
 
 思いっきり布団をめくる。
 薄い青い生地のタオルケット。夏だからね(ちなみにあたしのはピンク。色違いのおそろいなの)。
 こないだ翔がバイトの初任給で買ってくれた。
 実はチョ―――――嬉しい!
 ホントは静かにベッドに潜り込もうかとも思ったけど、あれだけ騒いで、今更、ね?
 
 そして。
 
 私は見たくないものを見ちゃったりする……。
 
 ガビーン!
 
 おバカなテレビ番組なら、きっとこういう字幕がでるはず。
 あたしは自分の目を疑った。
 
 ガチョーン!
 
 とかでも良いかもしれない。ちょっと違うような気もするけど。
 そこには、翔が寝てた。
 素晴らしく爽快な寝顔、いい寝つきだねスポーツ少年。
 コレは予想通り。
 で、何でか裸。
 で、何でか女の子が隣で「うーん……」とか言って寝返りして。
 で、何でかあたしの足元には女の子の制服がある、と。
 無論、あたしのじゃ、無い。
 あたしと翔の通ってる高校から二駅の、私立のお嬢様学校の制服。
 白地に青の可愛いセーラー服。ブレザーのあたし達を尻目に、うちの学校の男子達が求めてやまない……。
 
「…………」
 
 もうあたしの頭はパニックで、見ちゃいけないものを見た申し訳なさと、翔に対する腹立たしさで一杯。
 でもその一方で、「やっぱ翔はもてるなー」なんて思ってみたりしてるあたしもいて。
 確かに、翔はもてるよね。姉のあたしが見ても解るもん。
 精悍な顔つきだし、体は程よく大きくて、しまってる。そして時折はにかんで見せる少年の笑顔。
 その全てが眩しい位だった。
 それで、彼女が居ない訳無いんだけどさ。
 でも、ある意味で翔は「少年」じゃなかった。
 もう「男」になってた。
 2コ上のあたしはまだ「少女」で、彼氏居ない歴18年だったりするのに。
 悔しい、っていうか、悲しい。
 翔はあたしだけを見ててくれる気がしてたから。
 寂しくて、寂しくてしょうがなくて、勘違いしてた自分が惨めで、涙が出てきた。
 
「ふみゅううう……」
 
 何か腰のあたりに張ってた物が、全部ストン、って落ちちゃった感じ。
 ペタン、って尻餅ついちゃった。
 もう目の前が真っ暗。
 気持ちは正反対だけど、どこか二ヶ月前のあの日みたい。
 
 ―翔が、あたしに、キスをした日―。
 
 どれくらい経ったんだろう?
 あたしは二人に気付かれないように、涙を拭って、そっと翔の部屋を後にした。
 
 そして、右隣のあたしの部屋のドアを開けて、そのままあたしはベッドに倒れこんだ。
 2ヶ月前に会った時、パパに買ってもらった高い服を着替える気にはならなかった。
 あの日、翔は「良く似合ってるよ」と言って、少し笑って、それから軽いキスをくれた。
 頭の芯が痺れた。クラクラした。
 目の前が真っ暗になって、あたしは翔のベッドに尻餅をついた。
 でも、今日とは何て違いだろう。
 その夜、あたしは、翔を思って、涙を流して、可愛そうなあたしの事を思って、涙を流した。
 酔いはもう醒めてしまった。
 
 どんなに時間が経っても、涙は止まる気配を見せなかった。