最後のお楽しみ 第2話 |
作:緑 |
第2話 二人がウザイ……!?みたい(えーん)
「うう……」
悪夢にうなされて、あたしは夢と現実の境目を浮遊する。
翔のやろう、あたしが溺れてて、あんなに苦しいっていうのに、そんなあたしを放って、ガラス一枚隔てた涼しい部屋で女と「イイコト」してやがった。
畜生!カーテンくらい閉めてよ。
ホテルは海沿いなんだから丸見えなんだぞ?
外は不愉快になる位さんさんに照りつける太陽。
リゾートを楽しむカップル達は、浜辺に溢れるほど居るのに、ビーチパラソルの下でいちゃつくばかり。
んで、彼氏の居ないあたしは、恐らくこのビーチでたった一人、誰にも見放されて溺れてる……。
苦しい。
はっきり言って息が出来ない。
翔!助けに来てよ!あたしはいっつもキミだけを呼んでるんだよ!翔!!
全く反応無し。
あたし溺れてるんだもん。大きな声出せないし、出ても、ホテルの3階には届かない。
あ!でも誰か来てくれたみたい。
ああ、レスキュー隊員の人?ん?監視員って言うのかな?
海が全部見渡せそうな位、高い椅子から、大急ぎであたしの元へ向かう。
速い速い!
頑張って!あたしも結構きついんだ。何せこの年で泳げないくらい運動オンチだもん。
椅子を降りて、海に飛び込んでくる。
だんだん近付いてくるにつれて、彼の顔がわかる。
翔、だ。
あれ?ホテルに居るのは??
手足を必死にバタバタさせながら、ホテルの有った方向を見ると、そこはもう浜辺じゃなくて、見慣れた部屋が有った。
独特な、「男の子」の匂いのする部屋。翔の部屋。
海が途中で切れて、そこから青い絨毯が延びてるの。
とっても不思議な光景。
「遥ちゃん!今すぐ助けるよ!!」
うん。あたしもう少しなら頑張れる気がして来た!
そして、翔の手が、あたしの手に触れそうになったその時。
ゴソゴソ……。
「しょーお……?」
ベッドから、起き抜けの、裸の女の子が声を掛ける。
「……!!」
翔がハッと振り向く。
そして、そっちに行っちゃう……。
もう、あたしのコトなんか眼中に無い。凄いスピード。
翔!ねえ!翔!!
あたし溺れてるんだよ?助けてよ。
あたしが嫌いならそれでもいいからさ、ねえ、せめて。
せめて、あたしに振り返ってよ。
―でも、翔が振り返る事は無かった―。
ここで悪夢はお終い。
背中には、気持ち悪い汗がい――っぱい。
まるで、おねしょでもしちゃったみたいに、おそろいの布団はびちゃびちゃ。
夢の中の太陽ほどではないけど、部屋の中は凄い熱気で。
昨日はあのまま訳も解んない内に、寝ちゃったから、エアコンも、窓も開けてないの。
今は夏だったね……。
ちょっとばっかり気持ちが悪いぞ。
でも、暑いだけが理由じゃない。
目の辺りが腫れぼったい。
何せ夢の中でも泣いたからね……。
翔が、振り向きもしなかった、あの時に。
全部、夢の事だって解ってる。
解ってるけど!
あたしは翔が振り向いてくれなかったのがショックだった。
取り敢えず顔を洗いに行かなくちゃ。
きっと酷い有様だと思うの。
もう思い出し泣きはしたくないから、目に入らないようにびちゃびちゃのシーツをどかして。
ベッドから重い足を出して。
ほら。きちんと立てたじゃない、遥。
キミは一人でも立てるんだよ?
歩いて歩いて。
ドアを開けて。
そして、階段を下りるの。
でも、階段に向かおうとすると、すぐそこには翔の部屋が……。
扉が閉まってる。
凄い重そうに感じる。あたしにはもう開けられそうも無い。
「まだ、彼女居るのかな……」
ポツリと漏らしちゃった。
ドアの方は見ないようにして、階段を下りる。
転ばないようにしなくっちゃ。
今はもしかしたら昨日よりもフラフラかもしれないもん。
階段を居りきって、真ん前にある居間の扉が目につくけど、その前に左の扉を開いて。
洗面台に行かなくちゃ。
キイイ……。
もうそろそろ金具が錆びてきてる。
だって、ママが再婚して、すぐに家を買って、もう五年も住んでるもん。
家だって、いつまでも新築な訳じゃない。
うちは、洗面台のある部屋に続いてお風呂がある。
顔を洗うだけにしようかとも思ったけど、汗一杯かいてるし、シャワーでも浴びようかな……。
カギをかけて、手早く服を脱ぐ。
ちょっと冷た目にしてシャワーの栓を開けて。
シャアアアアアア……・。
うん。とっても心地いい。
体が癒されていく感じ。
あたし専用の植物性のボディーソープをたっぷりつけて。
むに。
胸がぺったんこ。
悲しい位ぺったんこ(ううー)。
ホントに申し訳程度。
(翔の隣で寝てた)あのコ、胸大きかったな……。
とっても柔らかそうだった。
女のコ、って感じがするよね。いかにも。
暗かったけど解るんだ。
あのシーンは何回も思い返したから。
んで、結局あたしは、あのコに、女の子の魅力が負けてるってコト。
翔だってさ、こんな奴、気に入る訳無いんだよ。
ぺったんこだし、すぐ泣くし、いじけるし、運動神経悪いし、構われたがりやだし。
それに……「お姉ちゃん」だし……。
でも、誰にだって構われたい訳じゃないの。
翔だけなの。
あたしだって、18年も生きてれば、告白位された事ある。
笑顔が柔らかくて、いい人だった。
スポーツマンで、翔みたいにバスケやってて。
高2の時の一年先輩。
あの時はまだ翔は中学生で―って言っても、たった一年前の話―この話をしたら、むくれるだけだった。
解り易すぎる反応。
ムッ、として、まるでリスみたいに今にもほっぺを膨らませちゃいそうだった。
「勝手にしろよ」
って一言だけ。
でもあたしの目をじっと見詰めてるの。
どうして欲しいかなんて、すぐ解った。
あたしは、次の日早々に断った。
今になってみると、あの日から翔は、少し大人になった気がする。
元々頼りがいは有ったけど、表情とか、あんま表に出なくなった。
あたしが怒らせて、気を引こうとしても、ただ柔らかく笑うだけ。
でも、翔は気付かなかったでしょ?
あたしは、誰よりも、何よりも、翔に初めに相談したの。
「……何でキスなんかしたんだよぉ……」
気が付いたらあたしは体を洗うのも止まって、また泣いてた。
シャワーはずーっと降り注いでるまま。
「……好きじゃないなら、するな……」
「あたしは初めてだったんだぞ……」
嬉しかったのに。
……あたし、嬉しかったのに!
2ヶ月前、パパの会社の傍のファミレスで、パパと遅くまで話して。
もらったばかりの服に着替えて、眠ってる翔の横に潜り込んだの。
特等席で、ずっと寝顔を眺めて。
そしたら、「なーにやってんだよ遥ちゃん?」って言って翔が目を覚まして。
「そんな事よりこの服どーお?」って聞いて。
にやって、お得意の笑いの後で、「良く似合ってるよ」と言って、それからキスしたの。
ちょっとショックでは有った。
だから「なーにするんだよお!?」って言って、厚い翔の胸板叩いたし。
でもね。それ以上に、嬉しかったの……。
そのままそこに顔を埋めて、真っ赤なのを隠した。
翔の胸は、物凄いドキドキしてて、でも、あたしだって体中がドキドキしてた。
「いじけるなよ……遥ちゃん」って翔が言って、あたしは頭の辺りを抱きしめられた。
翔の体温が心地よくて、ドキドキだけど、とっても穏やかで、そのまま翔のベッドで寝ちゃったんだ。
起きたら翔が、目の前で、「おはよう」ってにやにやしながら言った。
「うー!レディの寝顔を見てたなー!!」ってまたじゃれついた。
照れ隠しだったの。
「まさか寝てた『お姉ちゃん』に変なコトしてないよねー?翔クン?」
何て言ってみせて。
思い出せば出すほど惨めになってきた。
翔って、あたしのコト好きなんだと思ってた。
それを解ってて、あたしが試してるの。
そんな関係じゃなかったの?
「勘違いもはなはだしいよ、遥ちゃん」って翔なら言いそう。
冷たいなあ。
キュッ。
シャワーを止めた。
冷たく設定してたし、もう充分汗は流したもん。
タオルを洗面台の下の物入れから取って、体を拭く。
いつもなら、これから「いい匂いでしょー?」とか言って、翔に寄って行くんだけど……。
まあ、いいや。考えててもしょうがない。
朝ごはん食べようかな。
お腹空いてるもん。でも、この空き方からすると、もう朝じゃないかもね。
はあー。
あたしホントは、昨日、わざわざ2ヶ月前に買ってもらった服を着たんだ。
2ヶ月前のキスは、何事も無いまま、先月にも無くて。
だから、その時と同じ服を着て、同じように脇に潜り込もうと思ってたの。
なのに酔っちゃって、予定はガタガタ。
あたし……翔に、キス、して欲しかったんだ……。
体を全部拭いて、着替えを持って来なかったことに気が付く。
翔になら裸を見られても構わない(まずいよね)けど、「あのコ」がいたら嫌だったから、しょうがなく同じ服を着る。
早く部屋に戻って着替えよう。
タオルを洗面台脇の洗濯物カゴの中に放り込んで、ココを後にする。
着替え終わったら、ご飯ご飯。
ママが作っていってくれてる筈。
うちって、離婚してから、再婚する五年前まで、ママが一人であたしを育ててたってことも有って、いまだにその時と同じに、ママは職を持ってるの。
二人とも仕事で、昨日は帰ってこれないって言ってた気がする。
同じ職場だし、一人帰れなきゃ、大抵二人とも帰れない。
こんな時は決まって冷蔵庫の中に食べ物が有る!
あたしは料理も出来ないから。困ったら翔にねだって作ってもらう位だもん。
そういえば、五年前、もう一人で居る事になれてたあたしは、家の中に翔が居る事が、嬉しくて、嬉しくて、しょうがなかった。
慣れた振りしてても、やっぱり寂しかったんだと思う。
あの頃から変わってないのかな?あたしだけ。
そんな事を思いながら、居間のドアを開けると、翔が、そこにいた。