最後のお楽しみ 第3話 |
作:緑 |
第3話 翔が解らない……!? ホントにぃ(おせーて)
「あたしはとても不愉快なり」
「昨日はあたしの愚痴を聞かず」
「先に寝やがったなりね?」
「翔はいつからそんな薄情者に……よよよ」
シクシク。
ついでにニンニンとか言っちゃいそうな位、バカな物言いをする。
いつも通りに、いや、もっとバカなくらいで丁度いいの。
泣いた振りしてりゃあ、実際に目が赤いのだって隠せるでしょうよ! ええそうですとも!
ばたばたばた。
さっきまで、泣いたフリをしてたくせに、ダッシュで今の中央にある、どでかい机につく。
再婚一家は「家庭」に飢えてたから、皆で食べれる、大きな机。
とはいえ、今日は「皆」じゃないけどね。
「あと、そういや」
「はっきり言わせてもらえる?」
忘れてたように、コレを付け加えるあたし。
「翔クン、お姉ちゃんはむかついてるよ♪」
泣きはフリでも、コレは事実。
勝手に妄想して、思う通りにならなかったから、怒ってるの。
ああ、あたしって何て子供なんだろ。
勘違いだと、独りよがりだと、あんた解ってる筈でしょ?
何でなんだろう。
翔の前だと隠してた感情が露わになっちゃうの。聞き分け良くなんかなれない。嘘がつけないの(実際の所は、泣きも本当の事だし)。
「ごめんね。昨日は部活だったからさ……疲れて寝ちゃったんだ」
あうー。
本当に申し訳そうな顔をするでない。
コレはあたしの一方的な発言なんだから。
「疲れてんのは、部活のせいだけじゃないでしょ?」とは言わずに。
「今日は愚痴らせてね(ウインク)」
こん位で、済ませとこう。
いいんだ。仕方ない。あたしには翔をいじめる権利なんて無いんだから。
椅子から立ち上がって、居間の奥から続く台所へ。
そして、台所に入ったばかりの所にある冷蔵庫を漁る。
案の定入っていた、作りおきの、ママの愛情を向かいのレンジにかけて。
でも、翔の分は無かった。もう食べたみたい。
なのに、何で居間に居るんだろ? あたしを待ってたとか? なんてね。
しっかし、朝からかなり食べさせる気だなあ。
あたしが寝坊助なのを見越してやがるう……(ママって凄い!)。
チーン。
小気味良く鳴り響く音。
これぞ電子レンジの醍醐味です。
皿まで熱くなってるので、厚手の台所用手袋(何せ料理なんて、てんでダメだから、何て呼ぶのか正式名称も解らない)で、お盆に載せる。
んで、お盆ごと机の上に持っていって。
取り敢えず食べ始めると。
じぃいいいいい。
視線を感じるんですけどお?
じぃいいいいい。
穴が開くほど翔があたしの顔を見てる。
照れるではないか。
「朝ご飯食べづらいんだけど」
まあ、あたしの予想通り決して「朝」ご飯ではなかったにせよ(今は3時だよん)。
こう言ったって、さして問題は無い。
「あ、ああ、ごめん。遥ちゃん」
慌てたように、あっちを向かないでよ。
別に、悪いことしたわけじゃな……、有るね。うん。
してるわ。こいつめ。
あたしをドキドキさせおって。
「何か言いたい事でも有るの?」
「い、いや……別に。おいしそうに食べるなあ、と思って」
ずり。
椅子からこけそうになるけど、翔クン、年頃の女のコになんて事を言うのだ。
あたしはそんなにがっついてる?
……あたしはねえ、何か不毛だから―理由は敢えてココでは言わない―さっさと翔の傍を離れたかったの!
じぃいいいいい。
それでもまだ見るか。
「何?」
「い、いやあ……。別に何でもないっちゃそうなんだけど……。―遥ちゃん、昨日俺の部屋入った……?」
ああ、そういうコトか。
納得。
そして、この期に及んで、あたしを待ってたとかー?、とか思えるあたしのバカさ加減に乾杯。
要は、探りを入れたかった訳だ。ふーん。
「いやー。何で?」
「あ、あのさ……。新しく買ったCD、無くなっちゃって。遥ちゃん、借りたかなって」
中々の言い訳ではないか。
でも意地悪してやろう。むかつくのじゃ。
権利は無いけど、どうか神様許してね♪
「ううん。入ってないよ? それも借りてない。良かったら、今から一緒に探してあげるよ」
「……! い、いや。それはいいよ」
うろたえたのが解る。
「そうか。まあCD位、自分で探せるよね」
ほっ。
という音が聞こえたような違うような。
うん。コレは確実にまだ女が部屋にいるな。
コレで済ますと持ったら甘いよお。
「そうだ! 折角だから、一日ずれちゃったけど、今から翔の部屋で愚痴り大会―! パフパフ♪」
擬音語まで自分で言って。
エントリーはあたし一人なのに。
何が、折角だからなんだか。
「折角だから」追い詰めたいので、翔の部屋で、ってコトか。
「い、いや。遥ちゃん……」
困っとるね。
「何で? 何かまずい物でも有るの?」
女でも隠してるの?
「い、いや……」
完璧に口を濁す翔。
「Hな本? その年頃なら仕方ないよ」
「違うよ。そうじゃないけど……」
「―30分待っててあげるから、部屋片付けてきなよ」
彼女をあたしに気付かれないように、家に帰らせなよ。
それから、あのコの居ない所で喋ろう。
あたしと翔だけで話そう。
二人っきりになろうよ。
翔に、逃げ道をあげてるんだよ?
「い、いや……。別にココでだって構わないじゃない?」
翔のその言葉に。
あたしは業を煮やして。
叫んだ。
「……もう全部、知ってるよ……!」
胸の底に溜まった嫌な物を全部吐き出そうとするかのように。
「…………!」
「解ってるんだよ!? 翔が何してたか」
「…………」
「何か言いなよ! 言い訳位しなよ!」
あたしにキスしたくせに!
ずーっと昔から、翔はあたしが好きだって刷り込んで!
今あたしの為に、あのコをこの家から追い出す事も出来ない……?
二人の事情なんて知らない。
ただ、あのコに、翔の部屋に居て欲しくないだけ。
「…………遥ちゃん」
「キスしてきたのは何!? 翔には彼氏のいないあたしが、そんなに哀れに見えた!? 人助けでもしたつもり!? あれだけお二人が仲睦まじいなら、キスなんてあんたには大したコトじゃないだろうけどねえ……」
最後の方は嗚咽が漏れただけで、言葉にはならない。
それでも、渾身の力をこの喉に込めて、続く言葉を紡ぐ。
「…………」
「あんたあたしに、何回好きって言った? あたしが信じなかったら、信じろ、って何回言った? 何回幸せにするって言った? 何年も! 何年も何年も!!」
今まで、翔は冗談めかした口調だったけど、でも真剣な眼差しで、あたしに何回も愛を告げていた。
「姉弟」が崩れるのが怖くて、あたしも真剣な返事はしなかった。
真面目に答えて、「冗談だ」と言われるのも怖かった。
でも! 本当は!!!
いつだって、心の底では、返事を考えてたんだよ……。
「……はるか……」
放心したように、翔があたしに近付いて来る。
「寄らないで! あのコにも同じコト言った口で、あたしに喋りかけないで!!」
「…………」
「あたしの気持ちも知ってたクセに!!!!!!!」
あたしは絶叫した。
生理でもないあたしは、一人前のヒステリーだった。
そして、気が付いた。
自分が翔に恋していた事に。
それをやっと今認めた自分に。
「何か寂しいから」、では無い。
「必要」、だったんだ。パズルの中の欠けたピースが、たった一つでは何の意味も持たないように。
翔が居なくては、「遥」は圧倒的に足りない。
人格を形成できない。
―絶叫とともに涙が零れ落ちるー
―瞳を見詰められる―
そして。
「遥」
あっという間に、あたしは抱きすくめられて、キスされた。
2度目のキス。
今度のキスは長い。離れたくても、あたしの力では適わない。
きつくきつく、痛い位に抱きすくめられて。
一瞬のような、永遠のような、嬉しいようで悲しいキスは終わった。
バチン!
翔から離れるとすぐに平手を喰らわせる。
「ごめん……」
翔から漏れる言葉。
あたしは居間から逃げるように走り、自室へと向かった。
一度目のキスのような昂揚感は無かった。