最後のお楽しみ 第5話
作:緑





第5話 なんか変だぞ……!? ココロとカラダが(なぞ)




 階段を下りていく音がする。
 翔が、美佳ちゃんを迎えに降りていく音かなあ。
 聞きたくないと思いながら、聞き耳を立ててしまうのは何故なんだろう?
 ――知りたくないのに知りたいと思うアンビバレンツ。
 あたしは分裂症なんだろうか。マジで悩む所だ。
 ――でも。
 きっと。
 ……きっとね。
 本当は翔が好きなだけなんだと思う。
 あたしはわがままだから。
 翔が何をするのも気になる。いちいち報告して欲しい。
 ずっと一緒にいてくれなきゃヤだし、翔が私以外の女のコを見るのもイヤ。
 きっとそういうことなんだ。
 辛いんだよ。
 お姉ちゃんは翔が好きなの。
 苦しいの。
 何であたしだけじゃダメなの?
 美佳ちゃんなんて見ないで。
 美佳ちゃんなんて嫌い。
 あたしの翔を盗らないでよ!
 あたしには翔だけなのに。
 ――うじうじうじうじ部屋で悩んでいると、本当に胸が痛くなってきた。
 一人で勝手に想像して、一人で勝手に悩んで、あたしの一人芝居はとても惨め。
 考えが筋立ってなくて、順序がメチャクチャ。イヤな単語の羅列みたいな胸中。
 自分でもみっともないと思う。

 ぱたぱたぱた。

「ねぇ! 翔くん! ねぇってば!!」

 また階段を上る音と、きっと――美佳ちゃんの声。
 頭に響く声。

「ちょっと私の話を聞いてよ!」

 聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない。
 あたしは布団を目深にかぶった。
 すっぽり体を覆い隠して、耳を塞ぐ。
 ――これがあたしの世界。
 目を閉じて。耳を塞いだら。ほら。
 翔の優しい笑顔と笑い声が溢れてくる。
 目と閉じたそこに見えるのは闇じゃなくて――思い出。
 光が一杯溢れてるの。
 温かくて、とっても心地いい。
 優しい翔がいる。
 翔がいてくれる。
 空想の世界に入り込むと、あたしの体は、ピンクのシーツに「溶けた」。
 だんだん意識が遠くなって――。

 ――あたしは意識を失った――

 気が付くと、そこは翔の部屋の扉の前だった。
 声が漏れている。
 きっと、翔と――あのコの。
 している最中ではないらしい。ただの会話の音が漏れているだけ。
 少し、あたしは安心した。おかしな話だけど。
 今さら――って感じはするけど、翔がだれかの身体を触っていると考えると吐き気がしてくるから。

 コツン……。

 無意識のうちに、私はドアをノックしていた。
 体が、勝手に動いていた。
 ――誰かに操られているみたいに。

 コン、コン……。

「……翔? 開けて」

 自然に声が出ていた。
 私自身の声よりも、冷たい気がするのは何故?
 自分の声帯を自分以外の人が使ってると言えばいいのか……上手く伝えられない感覚。
 行動しているあたしがいて、同時にそれを見ている自分がいるという……。

 ――カチャリ。

 無言で、翔がドアを開けた。
 硬い……引きつったような表情。
 ――何をしてたの? 怒らないから、言ってごらん。それとも、した後なのかな?
 私は、勝手な嫉妬から、勝手な怒りを引き起こしていた。
 ――悪意。
『愛情と憎悪は表裏一体の物である』なんて、哲学的な(そうなの?)言葉が体感できる。っていうか、今まさにそれ。
 私を突き動かしているのは……身勝手な感情。えも〜〜〜しょんよ、それ。

「……遥、ちゃん……?」

 翔が、怯えたように言った。
 ――何でそんなにおどおどしているの?
 キミは、もっと強気なコじゃなかったっけ?
 嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったけど、そんな気もなくなっちゃうじゃないか。
 ちらちらとあたしの顔色を窺って……。
『ごめんね。ジャマしたね』そう言えばいいんだ。
 あたしはお姉ちゃんなんだから、それで、『お姉ちゃん』で満足しておかないと……。
 ニッコリと微笑んで、軽やかに去るだけ。敗軍の将は何も語らず――だ(いや、『ジャマしたね』って語るんだが)。
 いきなりノックして、やっぱいいや、じゃおかしいけど……仕方ないよね。
 ドラマみたいに、『この泥棒猫お!!』とか、美佳ちゃんには叫べないよ。洒落になってないもん。
 だから――あたしは、笑顔を作ろうとした。

 ――ピクピク……。

 ――ピクピク……。

 笑え、ない……? 笑顔が作れない……。
 何度も何度もほっぺたに力を入れているのに……痛いだけ……。
 カラダが、理性に逆らってる。
 どうして?
 どうして?
 何で何で何で??

 ――諦めようよ。
(ダメよ。諦められるわけがない)
 ――あたしは、『お姉ちゃん』だよ?
(血なんて繋がってないじゃない?)
 ――世間体があるじゃない……皆の見る目は冷たいわ。
(翔にさえ見てもらえれば、満足でしょ?)
 ――そんな。
(自分でも知ってるくせに……。翔以外、どうでもいいんでしょ? あんたは。親だって友達だってあたしだって――あんた自身だって、どうだっていいんでしょ? あんなシーンを見せられたって、好きなくせに。これからだってそう。どんなコトをされたって、変わらないんでしょ? 無駄よ。だから翔のホントのコトを知ったって――)
 ――ダメ! 翔には美佳ちゃんがいるじゃない。
(嫌いなんでしょ? あのコ? 何回殺したいって思った? あのこぎれいな顔や、発達しすぎてる体が、ボロボロになればいいって何回思った? それとも、そんな黒い感情は、全部あたしのせいにするのかしら――?)
 ――そんなコトないよ……翔がいいなら、あたしはそれで……。
(嘘つき! 自己犠牲? ハ! 吐き気がするわ! あんたが一番嫌いな展開じゃない。映画とか見て、よく思ったでしょ? 好きなら、傍にいればいいって。それが全部だって。『形』なんて、関係ないって。あたしは、あんたとは違うわ。欲しいなら、必ず手に入れる。足があるなら、足を折る。羽があるなら、羽をちぎるわ。目を潰して、あたし以外全部見えなくして――あたしが責任持って面倒見る。それで、いいのよ)
 ――そんなの……愛情じゃないよ!
(キレイ事を言わないで。欲しければ奪いなさい。カラダでも愛でも――手段はなんでもいいわ。結局、する事は一緒。だったら、初めから区別なんて無いのと同じ。問題は結果なのよ。お解り? ――卑怯? 汚い? 非人道的? 結構じゃないの。世間体? 死ねっ!、て感じね。翔とあたしたちだけがいればいいじゃない。それだけ。それがゼンブ。もういらない。それ以上も、それ以下も無い)
 ――やめて! ダメ!!

 気が付くと……体が、動いていた。
 吐息が漏れた。
 翔を抱きしめた。
 窒息するくらい。
 頭の中は真っ白だった。
 一瞬。
 永遠。
 混乱。
 安心。
『彼女』が、息を呑む音が聞こえた。
 それは。

 ――3度目のキス――