ペイシャント・止まらない
作:沖田演義





 その夜は新月だった。
「ぜぇっ……ぜぇっ……わ、分けが……わからない……! なぜ僕を……!」
 闇は人の感覚を鋭く、そして攻撃的にする。だからなのか、または辺りを包むもう一つの存在、静寂のもたらす効果なのか、彼は林道に響く二つの足音を一つ一つ確実に拾い上げていた。
 追う者と、追われる者の奏でる二重奏。それぞれ足音という同類項でありながら、その音色は異なる楽器のものと彼には思えた。
「あと……少しっ!」
 彼は声を殺して叫んだ。
 彼の名前はアム=ロノクス、裕福な貴族で何不自由なく生活できる基盤と才覚を備えている青年である……いや、今現在に置いては街の裏通りで細々と暮らす文無しも、一国の長も変わりはない、むしろ輝かしい過去との落差が後者を苦しませるだけだろう。
 今宵はお忍びで彼女の家に行こうとこの新月の夜にわざわざ家を抜け出してきた。人目につかないよう、表通りを避けて林道を通っていたら突如、今彼を追っている男が襲い掛かってきたのである。
 彼にはなんでもできた、剣術では習い始めて二年で指南役を叩きのめし、学問では常に周りよりも頭一つ抜けてよかった。容姿もまさに貴族といった足長の長身、神が他より時間を掛けて作ったことは疑い様もない繊細な顔の造形、溢れる気品を嫌味にならないよう計算された短めの金髪、これも黄昏時の太陽を聖水で薄めたような清らかさだ。
 だがそれらもこの状況下ではすべて腐敗する。
 男が現れたとき格闘もしてみた。敵は闇に溶け込むような黒の衣装、左手には逆手で刃渡りの長いナイフを握っていたようだった。
 暗闇でもわかる充血した瞳と、暗闇だから分かる荒い息遣い、それら全てが彼に告げる、「奴は狂っている!殺される!」と。
 恐怖と疑問、慣れない闇……そして素手、彼は一矢も報えず左肩に深い傷を負った。
 神の力作であるその顔は恐怖に歪み、頭髪では蜘蛛の巣と枯葉が彼を嘲笑うかのようにダンスする。
 そして最後に彼は頭脳に頼った。
「やられるまえに……やってやる……! それしかないなら……や、やってやるさ……!」
 彼が走るもう少し先には昨日橋の落ちたばかりの幅の狭い谷がある、いくら狭いといっても5mは下らず常人では「飛び越える」のがやっとだろう、しかしアムはあくまでそこを「走り抜ける」つもりだった。相手に橋が掛かっていないことを悟らせず、一瞬の躊躇を与えることができればまっ逆さま。悪くても立ち止まらせ、助走を付け直している間に逃げきれる。もしも橋がないことを初めから知っていたら……その時はそのときである。
(大丈夫……僕にできないことはない……今までだってそうだった……)
 切る風が冷たい……そんなことを考えている間に、彼の勝負のときは迫った。
(あと……二十歩……十五と半歩……)
 自分の感覚が普段では考えられないほど鋭くなってゆくのを感じる。笑みがこぼれそうな興奮、彼は今の自分は少しおかしいと心中で苦笑しながら、命をチップにしたギャンブルに集中した。
(あと……四歩……二メートルと、……二十センチ……五十センチと……七ミリ!……ここだ!)
 体が宙を駆けた、しばらく彼はそう信じて疑わなかった。
 後方に響く追跡者の叫び、そのとき彼の全身をふっと『何か』が駆け巡った。



 この事件は翌日の新聞に大きく出た、どうやらその男は大陸中で無差別殺人を行っていたらしく、街中だけで発行している新聞では一面に彼の顔、コメントが載った。大陸紙でも「異常殺人鬼を発見、追われながらも返り討ち」などと英雄扱いであった。
 彼は左肩に負った傷のため、家からなるべく近い病院へ入院することとなった。
 友人らの見舞い、新聞記者の質問、それらが自分を褒め称える声。
 全てが彼を安心させた……が、同時に平穏な病院生活に多少の退屈も覚えた。
「ま、退院するまでの辛抱さ」
 彼の愚痴を聞いた者は決まってこう答え、彼もそう思った。



「ふぅ……」
 鳥の羽根すら動かせぬような溜息をついて彼は不気味なほど澄んだ空を見上げた。
 病院の屋上、彼は一人でいた。
「……退屈だなぁ……」
 そういって彼は屋上の手すりに腰掛けた、そのまま仰向けに上体を倒して眠れば、目が覚めた頃には冥界へ運んでくれている錆びた長椅子だった。
 彼は確かに万能な人間だが、強風が吹いた程度で死んでしまうような長椅子に腰掛けるほど豪胆でも馬鹿でもなかった。それがあの事件以来妙に武器やスリルに興味を持ち、あの夜彼が会おうとしていたガールフレンド、レナに頼んでその類いの本を買ってきてもらったり、一人の時には大概果物ナイフを手のひらで転がしたりもしていた。
 ふと彼は視線を落としてみた。そこには少し前の新聞、見出しは『無差別殺人鬼、永劫の奈落へ』とあった。
「永劫の奈落へ、か。確かにあの谷はほんと深くて底が見えなかったなぁ……そう、真っ黒な……綺麗な……黒……」
 彼が腰掛けているのは錆びた手すりと白にも近い空だが、目を閉じた彼にはあの夜、あの林道が見えていた。
(あの時のあいつの絶叫……思えばなにか死ぬのが嬉しそうな声に聞こえた……うん、そうだった、間違いない。何がそんなに気持ちよかったんだろう……? いや、あの美しい黒に吸い込まれるんだ、分からないことはない……。そう、こんな風に……)
「アム!」
 世界を突き破る衝撃、割られた情景の破片が頭上から、足元から、狙いすまして彼を襲う。アムは心底驚いて倒しかけた上体を起こし、タンッと手すりから屋上の床に飛び降りた。
「……なんだ、レナか。どうかした?」
 やや不機嫌な声で答えたアムに彼女はかけより、元々勝気そうな顔をさらに怒らせて怒鳴りあげる。
「ぬぁーにが『どうかした?』よ! 自殺しようとしてたじゃない! 今!」
 黒髪ショートと薄く花柄の付いているピンクのワンピース、細い腰に手をあてる仕草は怒る彼女には悪いが可愛らしくてしょうがない。
 アムは目を逸らし、
「……そんなわけないじゃないか、そんな心配しなくても大丈夫だよ、もう傷も痛まないし」
「私が言ってるのは傷のことじゃないわ!最近あなたおかしいわよ!」
 激昂する彼女にさも意外と言わんばかりの表情でつぶやくように答える。
「おか……しい? 僕が? 何言ってるんだよレナ。冗談なら怒って言うのはやめてくれよ、本気にしちゃうじゃないか。さ、もう病室へ戻ろう?」
 そういって彼はレナの横をすり抜け、階段へと向かう。
「待ってよアム! 話を聞いて! 先生に相談しましょ? 読んでる本とか……ほんとに自分で気づいてないの?」
 自分で気づいてないの? その問いかけにアムは足を止め、ふと考える。
(……おかしい? 僕が? そんなことない、読んでる本だって元々僕は刃物が好き……え? 違う、僕が好きなのは推理小説……あれ? どっちだったかな? どっちだ……ドッちガ好きナンダッけ? あれ……? クラクラす……ル。声がキこえ……ル!)
「う、うわあああああああああああ!」
 うずくまるアムの絶叫が青空に突き刺さる。震える手をぎゅっと握り締め、レナはアムを落ち着かせるように抱きしめる。
「アム……お願いよ、先生に相談しましょ?あなたがおかしくなったら私は……」
 彼女の涙を首筋に感じながら、彼は絶叫を止め、小さく頷いた。



「ふぅむ……つまり、君はあの事件以来強烈なスリルを本能的に求めちゃって、しかも本人に自覚がない……と。こりゃまぁ、なんとも難しいねぇ……俺にゃ無理だね、残念無念、また来週〜」
 二人が通されたのは三人入るのが精一杯のような小さな部屋。
 レナとアム、そしてこの病院の若い男前の医者。長い黒髪を掻きながらのあきらめの声もこの部屋の中では聞かないわけにはいかない。
「ちょっと……ふざけないで! 張り倒すわよ!」
「落ち着けよレナ」
「落ち着けって……あなたの事じゃない!落ち着けないわよ!」
 響きすぎるレナの声に少々耳を抑えるような仕草をしていた医者が、すねたような仕草でレナのほうを向く。
「だって、わかんないんだもん。まず、ホントに異常かどうかもわかんないじゃん?」
「異常じゃないって……自殺しようとしてたのよ! しかも本人の意思とは別に!」
「へぇぇ、自殺するやつぁみんな異常なのか、知識が一つ増えたよ、ありがと。ところでそれ誰から聞いた?」
「な……!」
 医者とレナの口論以下の叫び合いを聞きながらアムは自問自答していた。
(本当にあれは僕の意思じゃなかったのか……? 僕はあのとき……)
「そんなこと……! 今言ってもしょうがないでしょ! さっさと医者らしく解決方法をパッと言いなさい!」
「じゃ、少し黙ってて」
「解決方法があるんですか!」
 思考を途中で打ち切り、意外なパンの言葉に思わず声をあげる。アムの声に少々驚いたように、二人は各々の椅子に座りなおす。
「あ、勘違いするなよ? 希望がないことはないってだけの話だよ、こういうのに詳しい奴がいるから呼んだげる、それまではそのイノシシちゃんと病室で静かにしてな。明日には来れるはずだよ」
「イ、イノシシィですって! 何でよ!」
「単純だから」
 この微かな希望に何故か期待よりも不安を抱くことを抑えられず、彼はレナの唸り声を聞きながら嘆息した。



 その夜は個室をあてがって貰い、レナも宿泊許可を貰った。どうやら彼女は一晩中アムの介護をするつもりらしく、木製の椅子に座りやる気満々といった感じでセーターを編んでいる。
 彼女によれば、
「病人の夜通し看護と言えば横で編物、リンゴ剥き、でしょ?」
 だそうだが、季節は春ももう半ばであった。
 深夜、どちらももう話すネタも尽き、予想通りアムが寝るより先にレナは寝てしまった。その寝顔を見ながら、アムは微笑んだ。
(……どうなるんだろうな、僕は。死にたくはない……んだよな?)
 いまだ見えない月が事件からまだあまり時間が立っていないことを告げていた。
 鮮明に残るその記憶の中、闇は恐怖の象徴だった。いつか覚める夢ではないのかと、世界が嘘であることを必死に願ったあの夜。しかし今は子を抱く母親のように、闇は静かに彼を夢へと誘った。



 その夜は何事もなく明け、当然のように日は昇った。
 二人は昨日よりやや広い部屋に招かれた。そこにはすでに昨日の医者と……真っ白な男がいた。
「こいつが怪しいことばっかやっててそろそろ友人の縁を切ろうと思ってた俺の友達」
 ひどい紹介だが昨日の話だけで大体この若い医者の性格は掴んでいたので、二人はあまり気にしなかった……いや、それよりも気になる……気にせざるを得ない目の前の男、全身死刑囚が着る白装束、それだけでもかなりやば目なのに顔をこれまた白い布で覆っている。人間かどうかも怪しまれるようなキじるしさんだが、布の間から金髪も見えている、一応人間ではあるようだ。
「いやいや、なんか人に顔を見られたくないらしくてさ。あ、心配するな……っても無理だろうけど、今まではまともな人間の行動を取ってたぞ、うん。名前は…………………………」
 若干の間があり、ようやく場は悟った。
「いいよ、自分でするから」
「げ…………」
 喋ったらどんな邪悪な声で喋るだろう……というか喋ること自体に想像のつきかねる目の前の男が、割と高い声で喋ったことに二人はギョッとした。ただそれを表に出すほどアムは愚かではなかったが。アムは。
「わたしはメウス=イーオー。心理学などを研究している者だ、必ずや君の力となろう」
 そういってメウスと名乗った男は握手を求めた。『など』の部分が大層気にはなったがアムはとりあえず出された手を握り返した。
 メウスと名乗る男は握手も程々に医者のほうを向き、
「……そういえばおまえの名前はなんだったかな?」
「パン=ノウラスだよ、どあほ」
「あんたも忘れてたじゃない……それよりもあなたパンって名前だったのね」
 生まれてこの方我慢を知らない女、レナが容赦なく突っ込む。
「気にするなよ、じゃ、俺は退散しましょうかね、デートがあるんだ」
 ひらひらと手を振って、パンはドアの向こうに消える。
 再び襲う沈黙、いかにあの男の存在がこのメンバーに必要だったか知らされたときだった。
 それはともかく、始めに口を開いたのはメウスだった。少なくともこの男、二人が思うほど陰気ではないらしい。
「さて、話をしようか、とはいっても大体パンの奴から聞いてるから私の質問に答えてくれるだけでいい」
「……はい、お願いします」
 さすがにここは緊張する。昨日の晩から止まらない不安がそれを後押ししていた。
「ところで、君の彼女は少しの間遠ざけてくれないか?」
 突然の退場宣告にレナはメウスの顔を見る。そこは布に隠され表情は読めない、こんな男とアムを二人きりにさせるのは心配だが、アムの頷くのを見て、
「じゃあ……一度家に着替えを取りに行ってくるわ……」
 しぶしぶを体中で表現しながら、彼女は病室を出て行った。
「いい子だね……、君の事を本当に思っている……」
 レナのことを言っているのだろう、アムは「ええ……」といって目の前の男を直視した。
 その視線の意図に気づいたのか、メウスは苦笑……といっても肩の動きからの判断だが、をして、
「では本題に入ろう、質問は全部で四つだ、答えてくれ。一つ、最近……身体能力、もしくは集中力が異常に跳ね上がったとかいうことがあるかい?」
「……? 一体何の関係が……?」
「答えてくれ」
 やや強くなったメウスの口調に圧されるようにアムは答える。
「……体のほうは入院してたからわかりませんが、傷が治るのが早いって医者が驚いてました、それと集中力については少し心当たりがあります」
「……谷を駆け抜けるときかい?」
 アムは驚いたが、表情に出さずに答えた。
 感情を表に出さない、これも最近得意になったことであった。本人に自覚はないが。
「……よく……わかりましたね、その通りです」
 メウスはやや間を置いて少し息をついた、そして再び口を開く。
「二つ、もしかして感情が高ぶったときに地震が起きたような感覚に襲われることはないかい? 三つ、頭の中で別の声が聞こえることは?」
「……両方、あります」
 アムは確信していた、この男は何かを知っている。少なくともかなり深く自分を調べている。なぜならアムは新聞記者に、谷を「飛び越えた」としかいっていない、彼は「駆け抜けた」と表現した。これはまじかでその事件を見ていたか、もしくは自分の頭の中を読みでもしないかぎりできない表現だ。そして今の質問、……決定的だ。
 そんな彼の心中に気づいているのかいないのか、メウスは最終質問に取り掛かる前に顔の布を解き始めた。これにはアムも驚いたが、例のごとく感情を押さえつけ、黙って見ていた。
 メウスは布を解ききった。
 清い……、疑問も、緊張も全て差し置いてアムの持った感想である。勿論メウスは男で、彼自身も相当に美しい顔立ちをしているがこれは別格である。例えるなら永遠という名の下に天界を流れる川のごとく、さらに的確にするとそれは死人のようだった。
「四つ……この顔に見覚えは?」
 まだ見入っているアムは呆けたように
「そんなもの……あるはずない……です」
「……失礼、『あの時』も顔を隠していたね、では……この目には?」
「目……」
 アムは正直あまり集中してメウスの目を見はしなかった。このような高貴な人間が、たかが一貴族に過ぎない自分となど面識があるはずないと。
 だが。
「ま、まさか……」
 震える声、それに悲しみの表情を作って頷くメウス。
「僕は今日君と会ったときに始めましてとは言わなかったね……そう、私と君は初対面じゃない、……この間は悪かったね」
 この目は充血していないし、切りつけられるような殺気も見られない、むしろ包容力に満ちた優しい目だ。しかしアムには分かった。間違うはずもない、この目は……。
 その結論に達する前にアムの中で何かが膨れ上がった。あの時感じた『何か』が再び駆け巡る、体が燃えるように熱くなる反面、心地よい眠気も襲ってくる。そして最後に突き抜けるような痛みに失神する形で彼、アム=ロノクスは自分の体を放棄した。



 時は不公平だ、辛苦の時は神経を焼くほどに長く、求めた時は溜息を許さないほどに短い……。また、時は徐々に加速もする、幸せだった昔、永久にこの日常が穏やかに過ぎることを疑わない自分。
 しかしそれらを束ねるのは現実という普遍にして不変の法、彼も、誰も、今この圧縮された時を加速しながら突き進む現実には逆らえない。
 時に滑り込む一瞬の大爆発、それは病室に留まらず病院全体を破壊する規模でメウスを攻撃した。
 爆発によって上がった炎と煙が天を突く頃、メウスたちは病院からさほど離れていない公園にいた。別に一緒に移動したわけではない。移動するアムにメウスが追いついた形だ、アムもそう逃げようとは思わない様子であった。
 人影が二、三人ある公園で、二人のいる場所は広場となっている。春の暖かい風が桜の花びらと煙の臭いを同時に運んでくる情緒は、少し違和感があるが悪くないとメウスは一瞬笑みを作る。
「……ずいぶんご挨拶だな、私は君が『出る』手助けをしてあげたというのに……」
 彼は無傷、まるであの爆発が嘘のように、いや、実際嘘だといわれても信じかねないほどに。
 彼のやや長い金髪についた桜の花びらを、丁寧につまんで風に乗せなおしてやる。そして沈黙を守る人影にもう一度話し掛ける。
「君はアム=ロノクスではないね? 彼は問答無用で『PK』を使うような人間ではなかったと聞いているからね」
 その言葉でようやく反応を見せる人影、アムでありながらそれを否定された者。
 「それ」は口の端を裂けるかというほど吊り上げて答えた。
「……ふぅん……どうやら色々知ってるみたいだな……。そ、俺はアムじゃあない……、ニノスって名前だ。ギブ・アンド・テイク、こっちの質問だ。この力はなんだ?」
「……ギブ・アンド・テイクか、丁度いい。その力はPK……ま、サイコキネシスってやつだよ、今使ったのはPK−ST、静止した物体に影響を与えられる力だよ」
 周りがやや騒がしい、二人の異常な気配に気づいたものがいたのだろう、彼らが警備団に連絡、それが到着するまでには一時間とかからない。
「……あまり時間もないようだから、手早く行こうか。こっちの質問だ、君は生まれたばかりでアムの持っていた記憶しかない。そうだね?」
 返答は案外素直に、そして即座に返ってきた。
「ああ、そうさ。つまんねぇ質問したなぁ? 後悔すんなよ? さぁ俺の番だ。てめぇ……いや、てめぇらの目的はなんだ? なぜあの夜俺を襲った? まさか単独で行動してるわけじゃねぇんだろ?」
「……なるほどいい質問だ、教えてあげよう、いずれその器には話すことだしね。それにはまず君や私のようなPKを使う者たちのことから話さなくてはならない……少し長くなるけどいいかな?」
 ニノスは腕を組み顎で話を促す。
「ありがとう。まず……僕らのようなPKを使う者、まぁ、この大陸では能者とか、エスパーとか呼ばれて小説の中に出てくるあれだね。私達は『チャイルド』と呼んでいる。私は救済者だ、なぜならば……」
「大陸中で殺しまくって救済者か! 漫才に付き合う気はねぇんだよ!」
 辺りに響き渡る声、その声に驚いたのはメウスでなくむしろニノス自身だった。
「……いや、悪い。続けてくれ」
 気分を害するようでもなく、むしろ予想さえしていたかのような笑みを浮かべるメウス。
「……まだ不安定なのかな?」
「……まだそっちの回答の途中だ」
 自分でも身勝手だとは思うが不安定か? などと聞かれても答えられるはずもなく、ニノスは話を促した。
「うん、なぜアム君を殺そうとしたことが救済なのか、それはチャイルドの性質の一つ……、不死にあるんだ」
 不死、その一瞬では理解に苦しむ単語に思わずつぶやく。
「不……死……だと?」
 我ながら情けない台詞だと思い、取り繕おうとした瞬間、次の言葉は押し寄せる。
「そう、一旦チャイルドに目覚めてしまったらもう死ぬことはできないんだ。PKによって再生能力を異常に高めているからだとか、色々説があるけど詳しいことはわかっていないんだよ。如何せんサンプルが少なすぎるし、不死っていっても痛みはあるんだ、進んでサンプルになろうって奴はさすがにいないしね」
「……だからあの時殺したはずのおまえが生きていたのか……?」
 メウスはニッと口元で少し笑って、
「ルール違反だよ、残念ながらそれは次にしてくれるかな? じゃあ続けるよ、それで不死とは永遠に死ねないことを指す、これを求める人間もいるみたいだけど愚かこの上ない。死なないということと死ねないは違うんだ、死ねない苦しみ、これは現世に呼び起こされた地獄に他ならない!」
 今度はメウスがしまったといった感じで大声を出した口を片手で閉じる。
「失礼……、だから私はそうなる素養のあるものを捜し出し、救うんだ。つまりは殺すんだね、それが最善なんだよ」
 沈黙のニノス、それに満足したかメウスは続ける。
「でも……今回は失敗してしまった。そして悲しいことに君は目覚めてしまった……、こうなった場合どうするか? それでもやっぱり殺してあげるんだ。方法は僕のPK……この場合はPK−LTといって生体に影響を与えるほうのやつの応用なんだけど、擬似人格をチャイルドの人格に上張りするんだ、<嘘の仮面>と言われる手法なんだけどね、簡単にマスクと呼んでる。そうすればなぜかその器は寿命でのみ死ぬことができるんだよ」
「……だったら初めから殺さずにそのマスクとやらをかけれやればいいだろう、殺すまでもない」
 やや俯いて講義するアム、少し前の威勢は影を潜めている。
「……マスクをかければ主人格は死んだも同然だよ、それにあまり能率もよくないんだ、マスクで作った人格が主人格の影響でチャイルドになってしまうこともあるしね」
 スポーツのルール説明でもするように淡々と説明する。
「さて、そろそろ本題に移ろうか、君が聞きたいのはつまり僕が君をどうしたいか、……だね?」
「もういい……」
「なんだ、わかっちゃったのかい。じゃあ別のに答えてあげようか? そうそう、この間君が殺したあれは実は僕じゃなくて僕がPKで作ったダミーだよ、死体にかけるんだけどね、どうも調整がうまくいってなかったみたいで……あはは、少し醜かったね、ごめんよ」
「もういい……黙れ……」
「お気に召さなかったかな? だけど次々に生まれてくる素養のあるものを一人じゃどうにもできやしないし……、仲間は僕のやってることには興味が持てないらしくてさ……あはは! 馬鹿な連中だよ! あはははははは!」
(もしやとは思ってたが……)
 体つきや口調の落ち着きなどに隠されていたが、稀に全く利己的で理屈の通らないものがメウスの言葉には混じっている。
(……こいつ……精神崩壊者か!)
「あははは! さぁ行くよ……アム君を救うんだ……それが私の正義……君を殺すことが私の正義!」
 そう、アム=ロノクスを救うのにマスクを貼る必要はない。アム自身はチャイルドではないのだから。だが……、
「……チャイルドは殺せないんだろう?」
 ふと一瞬メウスの気勢がそがれる、だが彼は止まらない。目を朱に染め上げ、吐く息は春の陽気よりも熱く。
 彼は、止まらない。
「あは……はははは! この世に滅びのないものなどない! 選ばれた私を除いて!」
(……違う……こいつは精神崩壊者なんかじゃねぇな……言動からさっするに……空想虚言症!)
「あ……あは……あははははあぁっ!」
(てーことは……死なないってのは大嘘か! ちくしょう!)
 二人掲げるは勝負の右手、同時に全力のPKを放つ。
「うおおおおお!」
「剣は貫く本能のままに!」
 ニノスはただ叫んだだけだが、メウスのそれには明らかに意味があった。
 結果は簡単、意味のないものは意味を持つものに勝てはしない、一瞬の圧迫感が二人の前方の空間を包む、ニノスの衝撃波を三本の剣が突き抜ける。ニノスは地に倒れ、沈黙した。
「あは……PKは集中力と想像力の勝負だよ……! ただガキの…………失礼、子供のように相手にぶつけるだけじゃあだめなんだよ……具現化しやすいものをゴロのいい言葉で自己暗示するんだ……そうすればPKに不可能なことなどないよ? ニノス君? あは……死んだか……あははははは!」
 少し収まっていた狂気もニノスの死によって再び顔を出す。
「ああ……我が正義は為された……」
 感極まるといった感じで天を仰ぐメウス、空は透き通り宇宙が見渡せるよう……いや、「彼には実際宇宙が見えた」のだ。
「おお……なんという美しさかな……さぁこの後は……?」
(アムが蘇り、おまえに歓喜と尊敬の涙を捧げるだろう……)
「おお……導きの声が聞こえる……選ばれたものにしか与えられぬ声が……ああ!」
 彼は自分だけに聞こえる声に従う忠実な犬だった。それに疑問はなかった、不満もなかった、外れたこともなかったし、これからもそうするつもりだった。
 だが。
「……おやアム君、お目覚めかね?」
 突然立ち上がったアムに驚き、しかし彼は冷静だった。慌てる必要などない、自分には先が見えている、このあといくつかの問答をし、彼に感謝の言葉を貰ったら、警備団が来る前に立ち去る。そしてまた殺す、今度は失敗しないように……殺す、殺す殺す殺す殺す! 
 頭の中でのシミュレートは完了、あとは実行するのみ、なぜ今回失敗したのかはわからないが、きっと天が与えた試練だろう、そう思ったら最後、疑いなどいらない。
「君の中の邪悪は絶ったよ……」
「……火矢は燃やす欲望の限り!」
 絶叫と光が辺りを制し、メウスの体を炎が包む! 
 膝を突いて胸の中で暴れ食う心臓を押さえつけながら、「アム」は大きく溜息をつく。
「……できたか……」
 炎は時期に収まり、黒焦げのメウスが倒れているのが見える。それを見て安心したか、彼は地に倒れこもうとしたが……。
「アム! 大丈夫? ちょっとアム!」
 レナの声、どれほど待ち望んだものか。
 病院の爆発を知り、彼を必死に探していたのだろう、息が切れている。
 倒れこむアムを支えようとするが、アムの体重が支えきれず、二人は向かい合って地面に座り込む。
「何が……一体……?」
 黒焦げのメウスを見ながら呆然とつぶやくレナ、それに答えるというよりは、自分自身に聞かせるようにアムが口を開く。
「あいつは……空想虚言症なんだ。ほら、前言ったことがあったろう? 自分にとって受け入れがたい記憶や感情を締め出したり、空想の物語を完全に信じ込んだり……。あいつの場合は後者だな、自分自身に都合のいい物語を聞かせて、自分を物語の主人公のように信じ込むんだ。何をしても許される、自分は正義の為にやっているのだから、とかね。でもこんなのは社会が許さない、大概は世を苦にして自殺とかしそうなもんだけど……あいつの場合チャイルドだから……うまく行っちまってたんだな」
「チャイルド……? なにそれ……ううん、それよりも……」
 レナが言葉を止め、一点に目をくぎ付けにしている。だからというよりは、反射で後ろを振り向く。見えたのは黒いブーツ、とてつもない威力が顔とブーツとの間にギリギリ滑り込ませた腕に伝わる。
 メウスの逆襲、全く予想できなかった事態にアムはレナへの配慮も忘れ、彼女を突き飛ばす。後ろで彼女の悲鳴が聞こえたが、今は構ってられない、土下座とお詫びのケーキは免れないだろう。
「天の……選ばれし者の裁きを……あはははあぁぁぁ!」
(くそっ! 打ち合って……勝てるか!?)
「剣は貫く本能のごとく!」
「火矢は燃やす欲望の限り!」
「……判決は下る大斧のごとく」
(……え――――)
 二人の放った剣と弓は互いを相殺し、その激しさに目を瞑る。あの瞬間入り込んできた第三者の声、聞いたことのあるような気がするが、どこか違和感がある声……。
 それを確かめる為、彼は瞳を見開いた。
 すると、左肩のなくなったメウスに対し、白衣の男が見下ろしながら話し掛けていた。
「くくく……いい様だなメウス……。正面からやり合っても勝てる気がしなかったんで……悪いが不意打ちさせてもらったよ……? 俺はおまえと違って嘘は嫌いなんだ……。そろそろ友人の縁を切ろうと思ってるって……ほんとだろ? くくく……許しておくれ♪」
 最後の口調に確かな聞き覚えがある。パン。
 パン=ノウラス。
「さってっと……ああ、大変だったな、ご苦労さん。じゃ……またな」
 終始ヒュー、ヒューと消えかける呼吸の維持に徹していたメウスには聞こえたかどうか、パンはあまりにも早くその場から消えてしまった。
「……またな……か。今回だけは嘘をついてくんないかな?」
「な……な……」
 後ろで口をパクパクさせているレナは置いておくとして、アムは仕上げに入ることにした。
「メウス」
 アムの呼びかけに呼吸の音がピタと止まる。メウスは射抜こうと思えば壁でも射抜きそうな朱の瞳でアムを睨む。
「く……くくく……私は蘇るぞ……この世は私を必要としている……いつか……」
「ここは現実の世界だ。おまえのエゴだけでできている嘘の世界じゃないんだよ。」
 メウスはブツブツとつぶやき続けているが、構わず続ける。
「蘇らないよおまえは。いや、誰も蘇ったりはできない。……たとえおまえの嘘の世界で殺された……ニノスでも!」
「黙れ愚物がぁ! 私は……私はぁ……」
 ぐしゃ。
 アムのこぶしがメウスの顔をえぐる。今度こそ、メウスは痙攣しながら、気絶した。
「……死ぬまでやってろ、クズ野郎」
 空は高く澄んでいる、しかし宇宙は見えはしない。見えたのは桜吹雪と到着直後の警護団だけだった。



「……結局、使えなくなっちゃったの? そのPKってやつ」
 二人は街の大通りを歩いていた。春の陽気に狂った花見客の笑い声や乱闘、そして警護団による捕縛劇など、見所の尽きない賑やかな場所であった。
「う〜む……なんかたまに使えたりするんだけど……」
「げっ! なにそれ! 危ないじゃない!」
 事件の際、レナを突き飛ばしたことへの判決がこれである。どこぞの誰かの台詞ではないが、まるで大斧を振り回すように……ハイテンションと至上空前の衝動買い、アムが一人で荷物を持てているのすら記録に残りそうな量である。
「そんなことねぇよ、一応制御方法は覚え……」
「あ、またぁ〜!」
「は……?」
 話の脈絡からは予想がつかない非難の声に、彼は荷物の間から顔を出す。
「事件の最中言おうと思ったんだけど……あなた最近口調変よ? 昔はもっとやわらかい口調だったのに……」
「え…………」
 そういって彼は一瞬立ち止まったが、すぐに歩き出した。止まる前よりも、テンポよく。
 フェイントをかけられた形で、レナがつまずく。
「ちょ……ちょっとお!」
「これは大丈夫だよ」
「え…………? 本当?」
 レナが聞き返す。
「ああ」
 アムは満面の笑みをレナに向けた。
「嘘じゃない」















あとがき

 ええっと……ども♪ 沖田演義といいます♪ 小説歴はひっじょ〜に短く、なんかこれがまともに書いた中では初作品だったりします♪
 とんでもなく未熟ですがどうぞこれからもよろしくお願いしますm(_ _)m それとお詫び……こんなに長くする気はなかったんですが……(汗)今回は全て未熟、の一言で片付けさせていただこうと……(オィ

 最後に、こんなクソ長いもの最後まで読んでくださってありがとうございました♪
 追伸……タイトルにペイシャントってありますよね? あれ「病人、患者」って意味なんですけど、実は読み方があってるかどうか自信ないんです……間違ってたら教えてください♪