王子様(代理)にお願い! 序章
作:草渡てぃあら





序章『桐田家のオヤジ現る!』


 俺は今、最大のピンチを迎えていた。言っておくが、この十七年間、人生始まって以来の大ピンチだ。おかげで、今やっている新タイトルのロープレゲームにもあまり熱が入らず、画面に映るゲームの主人公は、いい加減なコマンドのせいで瀕死状態だ。
 けど俺のピンチはもちろん、ゲームのことではない。
 長いようであっという間だった夏休みも終わり、明日から二学期だというこの時期。
 彼女が俺の住む街にやって来るのだ。
 彼女の名は幸野美砂ちゃん。メールで知り合った、いわゆるメル友。で最近、彼女になった。ここまではどうってことない、よくある話だ。
 問題はこの先で、さ。
 彼女が、俺の学校に転校して来ることになってしまったのだ。美砂ちゃんは――俺が言うのもなんだが――送られてきた写真で見る限り、めちゃ可愛いくてスタイル抜群。性格だって――メールのやりとりから推測して――保証つきの最優良のハナマル印だ。
 なんだ、のろけ話かよ? とは言わないでほしい。
 これから俺のスーパーバンダム級の不幸は始まるんだからさ……。
 パーフェクトな美砂ちゃんに対して、俺はメル友であるのをいいことに、顔はイケ面(クラスで一番人気のある橋本の写真を拝借した)オヤジは社長(本当は、有限会社の課長止まり)家は豪邸(本当は賃貸マンション3LDK)スポーツ万能成績優秀(本当は……わかるだろ?)のクラスの人気者(ふっ、自慢じゃないが、俺の存在感なんて皆無だぜ?)だと嘘をついていたのだ。
 だって、一生、顔を合わせることなんて無いと思ったから。仮に向こうが会いたいとか言ってきても、テキトーに理由つけて断ればいいと思ってたし。そんなもんだろ? メルカノなんて。
 だが、運命の神様は残酷だ。
 美砂ちゃんのお父さんの転勤が決まり、家族で引っ越すことになったその街は、なんと俺のご近所だったってわけ。
 なあ、こんなことってあるか? 俺がなにしたってんだよ……そりゃ、嘘ついたけど。
 でも! そんなこと誰だってしてるだろ? なんで俺だけ、こんな目に遇わなきゃいけないんだよ。
 美砂ちゃんが実際の俺を見たら、もちろん恋人契約は即刻解消だろうし、嘘つき呼ばわりされて完全に嫌われる。そこまでは仕方ない。嘘ついた罰として享受しよう。
 だが、美砂ちゃんがこのことを誰かに話せば、俺は学校中の笑い者だ。この先、友達も彼女も出来ないだろうし、第一、この街にもいられなくなる。
(一体、どうすりゃいいんだよ……?)
 美砂ちゃんから嬉しそうな引越しメールが届いたのが、一ヶ月前――で、転校してくるのは明日。つまり一ヶ月も、俺はこうして悩みつづけているのだ。
 自慢じゃないが、俺には相談できる友達なんて一人もいない。だからと言って、男一匹覚悟を決めて「ごめんなさい」する勇気もない。我ながらイケてない男だと分かっている。でも……しょうがないじゃないか! 俺はこういう奴なんだから。
 俺は中三の冬に、自分は、この地味な人生をひっそりと生きていくんだと決めたんだ。メル友でさみしさを紛らわせて、ゲームやマンガを愛して、さ。それのどこが悪い。誰にも迷惑はかけていない。俺はそれで十分幸せだったのだ――今までは。
 気が付くと、テレビ画面の主人公はとっくに死んでいて、ゲームオーバーの文字が躍っている。俺はそのゲームをリセットした。
(人生もこんな風にリセットでいたらいいのに……)
 絶望のあまり、俺の頭では、かなり使い古されたセリフが浮かんでいた。
「逃げ出したいよ……まったく」
 だれに言うともなく、ひとりごちる。
――と、その時。
「そんなあなたに朗報です」
 控えめに部屋のドアが開いた。隙間から顔を出している冴えない中年のおっさんは、なにを隠そう、うちのオヤジである。
「何か用かよ?」
 できるだけ迷惑そうに返事をする。これは我が家の鉄則だ。気をつけないと、オヤジの妙なテンションに引き込まれてしまう。だが、俺は甘かった。
 オヤジは「かかった」とばかり、俺の部屋に飛び込んでくる。そして、俺の両肩を掴むなり、ガクガクと揺らした。
「父さんの会社、倒産の危機! なんつって」
「……消えろ」
「いやいや、ちゃんと聞くんだ息子よ。実はお父さんの会社のお得意様が失踪してしまったんだ。このままでは父さんは責任を取らされて会社にいられなくなる!」
 ああ? と俺は顔を上げた。
「そんな緊迫してんなら、なんで会社じゃなくて、家にいるんだよ?」
 よくぞ聞いてくれました! とばかりオヤジは手をポンと打った。
「お前の力を借りに来たんだよ。そのお得意様って言うのが、実は某国の王子様でな、歳も志誠(しせい)と同じぐらいだから、しばらくは上手く誤魔化せるだろう」
 ちなみに志誠とは俺の名前だ。桐田志誠(きりたしせい)。変な名前だろ。別にいいけどさぁ……とそんなことより、だ。
「は? 得意先が王子? 誤魔化せるって何を?」
 ノンノンノン、とオヤジは指を横に振る。いちいちむかつくリアクションだぜ……。
「話を急いではダーメ! 王子が行方不明となると、国民が不安がる。そこで、だ。その王子が見つかるまでの間、志誠に代役をしてほしいのだ。もちろん報酬もある」
「ヤだよ、無理だって俺には。第一、今はそれどころじゃないし……」
「やってもみないうちから無理とか言うな! 大丈夫、我が社のマシーンを使えば、一国の国民ぐらい十分騙せる偽者の出来あがりだ」
「オヤジ……お前の会社は何やってんだよ?」
 そういえば、オヤジが何して働いてるのかよくわからない。興味がなかったていうか……普通、そうだよな? だが、その質問がいけなかった。
「興味がわいたか! じゃあ、さっそく会社へレッツらゴウだ」
 言い返すヒマもなく、俺はオヤジの車に乗せられていた。
 そしてここから始まる――俺のミラクルサクセスストーリー。


 じゃじゃーん、と姿を現したのは、へんてこりんなカプセルだった。日焼けマシーンみたいなやつを縦にしてある。
「これはな、いわばプチ整形マシーンだ! これで王子の顔に少しだけ似せる。何、基本的な顔はいじらん。髪とか目の色とか……その程度だ」
「ヤだよー、やっぱり俺、帰る!」
「そういわずに、とうちゃんを助けると思ってだな」
「オヤジを助けたいなんて思ったことねぇよ」
「志誠は冷たいなぁ……いいか? とうちゃんが仕事で失敗してリストラされてもいいのか? そしたらお前、かあちゃんはパートに出てねえちゃんはお水で働いて、お前ももちろん高校退学で働いて、とうちゃんは家で酒飲んで暴れて、みんなそんな生活に疲れ果てて、一家リサン! ってなるんだぞ? 志誠はそれでもいいのか? お前はそれで幸せなのかっ?」
 なんでお前だけ酒のんで暴れて終わりなんだよ? 思わず突っ込みたくなるが、そこがグッと押さえる。
 そんなことはどうでもいいのだ。こいつのペースに乗せられてはいけない。他にもっと聞かなくちゃいけないことがある。
「その王子は……どこの国の、人間なんだよ?」
 いや、これも違うか。だが、オヤジは即座にきっぱりと答えた。
「クラリエンジ・アナーシャ王国」
「?」
 聞いたことない。胡散臭いな、この話……。
「まぁまぁ、細かいことは気にしないで。父さんを信じてこのカプセルにはいりなさい」
「信じられるかよ!」
「うーん……じゃあ騙されたと思って、な」
 そういうと、怪しげなマシーンに押し込められる。
「おい! やめろよ! う……うわ! なんだこりゃ!」
 自動でドアが閉まった瞬間、甘い香りのスプレーが顔目掛けて噴射される。朦朧とする意識の中、俺が最後に思ったのは、
(だから! オヤジの会社は一体何をしてるんだよ?)
 というものだった。
















あとがき

 ども! 後書き初挑戦のてぃあらです。なんかやぱ富士とは色が違うかなーと悩みつつも、投稿させていただいております(汗)できるだけ手早くサクサクと終わらせる予定なんで、どうかお付き合い下さいませ。次の掲載予定は一週間以内を目標にしています! ヨロシコ!!