王子様(代理)にお願い! 第一章(後編)
作:草渡てぃあら





第一章『登場! 天下無敵のバカ王子』(後編)


「俺は王子だ。行くっていったら行く!」
 よし、これでいこう。何度目かのリハーサルを繰り返しながら、俺はグランシスの部屋へと向かって長い回廊を歩いている。
 本当は、もっとスマートな言い方で俺の気持ちをわかって欲しかったんだけど、本心を伝えるのって苦手だし、あの様子じゃどうせ伝わらないだろ?
 それにやっぱり足手まといに違いないし……グランシスのいうことは全部正しいし。
 こういう反論できないことには、ゴリ押しで勝負だ。
 都合のいいことに、俺ってば王子だし。その権限を振りかざせば何とかなるだろう、というわけ。
「王子である俺が行くって言っているんだ。逆らえばクビだ、クビ!」
 うん、これぐらい言ったほうが効くな。一人でブツブツ言っているうちに、俺は目的の部屋についた。大魔導師グランシスの部屋である。
 勇気を奮い立たせて、ノック。
 しかし一難去って、また一難って感じだよな。どこかの物語のヒーローだったら、すでに旅とかに出て大勝利って展開だよ? 
 成功するかは別としても、レノマールの敵討ちに参加するだけでこんなに大変だなんて……ふっ、凡人はつらいぜ。
 静かにドアが開いた。
「何の用だ?」
 ずいぶん無用心な開け方だが、グランシスの口調から推測するに、俺が来たってことはすでに承知していたらしい。
 魔導師ともなると、開ける前から分かるんだろうな、きっと。
「あ、夜分遅くにどうもすみません」
 思わず頭を下げてから、気が付いた。……しまった。
 俺のいままでのリハーサルはなんだったんだ? 王子だぞ、クビだぞ! 頑張れ、俺!
「話すことはない……帰れ」
 混乱のあまり顔が上げられない俺に向かって、グランシスがぽつりと言った。
 でも、と俺は思わず顔を上げる。
 王子なんだぞ! 行くったら行く、と言うはずだった。
 逆らえばクビだ、とも言うはずだった。
 でも――俺は、再び深く頭を下げるしかなかったんだ。なぜなら。グランシスの瞳には――。
 泣いた後が残ってたから。
 グランシスの肩越しに見える奥のテーブルには、笑っているレノマールの写真があった。
「僕にとって……レノマールは大切な友だった」
 だからこそ、とグランシスは語調を強める。
「王子に、いい加減な気持ちで敵討ちなんて言って欲しくない」
「いい加減だなんて……!」
 その言葉を聞いた瞬間、俺は息が詰まるほどの衝撃を受けた。頭ン中、真っ白になっちゃってさ、怒るってのも違うし、悲しいってのも違う。
 とにかくすごい――ショックだったんだ。
「正直に言いますっ! 俺!」
 こんな状態で、作戦通りにいくわけない。
「俺、レノマールを殺したのは自分だと思ってます。レノマールは俺に逃げろって……十分逃げられたはずでした……でも、俺、動けなかったんです、怖くて」
 そうだ。あの夜の無様な俺の姿は、何度も夢に見る。その度に、この身を貫かれるような痛みを堪えてきた。
「怖かったんです……情けないけど。本当は敵討ちなんて自信ないし、怖くないって言えば、そりゃ嘘です。でも! このままでは俺、本当にダメになりそうで……」
 いや、もう十分ダメなんですけど、と付け加えておく。
 グランシスは、頭を下げる俺に背を向けた。その背中に向かって、もう一度「お願いします」と呼びかける。必死だった。
 部屋の窓から大きな月が見える。
 その白い月を仰ぐようにグランシスは、窓辺へと近付いた。
「……好きにしろ」
 冷ややかな声が静かに響く。
 俺には背を向けたままだったから、その表情までは読めなかったけど――。


 その先の大冒険の話、聞きたい? ふふん、ここから先は自慢になっちゃいそうで、自分からはあんまり話したくないんだけどさぁ――どうしてもって言うなら、仕方がないかあ?
「何、一人でにやけてんだ? ホラ、城に帰るぞ」
 壊滅状態の敵の根城をバックに、ファイアルトが俺の頭を小突く。
 そんなことされても、今日の俺は怒らなーい。なんたって、あんなに鮮やかに、かっこよく、スペシャルワンダホーに戦えたんだからな――はぁ、俺ってス・テ・キ!
 俺の部屋を襲ったのは、この国の辺境を根城にしているガルーナ盗賊団のひとりだった。盗賊っていっても、それだけじゃ食べていけないらしく――最近の商人もそれなりにたくましいのだ――暗殺なんかも手広くやってるらしい。
 手を汚さずに始末できるってんで、これが貴族の間でウけちゃって、さ。レノマールを殺ったのも、そんなアサシンの一人だったっていう――もちろん、これはすべてグランシスの情報だ。いうまでもないが、俺の図書館通いはまったくの無意味だったってわけだな、うん。
 で、これまたグランシスの力を借りて、ガルーナ盗賊団の根城を突き止めた。あとは乗り込んでシメるだけと相成ったわけだ。
「お前らみたいになぁ!」
 ガルーナ盗賊団の要塞、中心部。数十人の幹部達に向かって、俺は叫ぶ。
「人様の命で稼ぐ奴が、俺は大っっ嫌いなんだよ!」
「誰だ、おめぇ?」
 人相の悪いおっさんが胡散臭げに見上げる。
「何を隠そう! この王国のシセ王子だ!」
 フツーなら、お前らみたいな庶民が拝めるお方じゃねぇんだぜ!
「ああ、あのバカ王子か」
 ガクッ……バカにされてたのはお城の中だけじゃなかったのね。
「と、とにかく! レノマールの仇は取らせてもらう! 行くぜ!」
 勢いよく、ワル集団に飛び込む。俺が、そんな無謀な行動に出れるのも、後ろに控えている百戦錬磨の大騎士ファイアルトと大魔導師グランシスがいるからだ。
 思う存分やれ、と言われている。本当に――何から何までお世話になります。
「グハッ!」
 走り込んだ勢いのまま、先頭にいた下っ端がさっそく俺の剣の餌食となる。ざまぁ、見ろ! 舐めてかかるからだ。
「ヤロウ……!」
 意外な展開に、敵の集団は色めき立つ。
 正面のおっさんと剣先で間合いを取りながら、俺は周囲にも神経を集中させた。確実に倒せる範囲内にいるのは、このおっさんと後ろの二人――。
 先手必勝! 俺は素早く跳躍すると、高い位置から切りつける。一瞬、俺の剣を見失ったおっさんは慌てて顔を上げた。
「遅いぜ!」
 落下速度をフルに活用して、力任せにおっさんの剣に叩きつける。重い衝撃が腕まで響いた。おっさんは衝撃に耐え切れず、仲間を巻き込んで後ろに倒れる。
 間髪入れず――。
 俺はしゃかみこんだまま身体を反転させて、後ろの男に切りつけた。低いところから斜めに振り上げられた剣は、鋭い軌道を描いて男の懐に入る!
「ガァッ!」
 搾り出すようなさけび声を残して、男が倒れる。まわりの奴らも動きを止めた。
 なんか異常に身が軽い! これも修行の成果か? 俺、頑張ったんだなぁ!
 その時だった。まったく予想できない場所から、影が飛び込んできた。
「わっ!」
 何とか避けたものの、今までの奴らとは――違う?
 考える間もなく、次の攻撃が襲ってくる。
 激しい鍔迫(つばぜ)り合いが火花を散らした。なんだ、この感じ? 次の一瞬。
 目を見て分かった――こいつだ!
「おまえっ!」
 感情が先に走る。無意識に力が入り、気が付くと奴の剣を思いっきり弾いていた。
 俺の、力任せ攻撃を受けた奴の足元で、ザッと砂煙が上がる。
「王子様、自らご登場とはな……」
 それだけ言って、奴は地面を蹴った。間違いない。こいつがレノマールを……!
 奴の攻撃――早い! 俺はなんとか、正面で受け止める。剣を持つ手がしびれるほどの力だ。
 奴の顔がグッと近付いた。標的はにやりと笑う。
「仕事の手間が省けた」
 何か言い返したいが、正直、力負けしないように踏ん張るだけで精一杯。
 キィィィンッと大きな金属音が響く。はじかれたのは俺。なんとか体勢を立て直すと、そのまましばらくにらみ合う。
「王子! 上だ!」
 ふいにファイアルトの声がした。頭より、身体が先に動く。ほとんど反射的に、俺は跳躍していた。
 相手の動きもほぼ同時だ。空中で――。
 俺は一瞬だけ身を引く素振りを見せる。誘われるように、奴の剣が手前を横切った。
――今だ!
「くたばれっ!」
 渾身の力を込めて、俺は奴の横腹をなぎ払う。大きくバランスを崩したのは、俺も同じだった。無様にしりもちを着いて着地。ケツ痛ってー……!
 もし次の攻撃を食らっていたら、やられていたのは俺の方だったと思う。けど。
 タイムラグがあって――奴はゆっくりと倒れた。勝った……のか?
「ひとまず、ここは引かせてもらう……覚えてろよ、王子」
 形勢不利と読んだガルーナ盗賊団の残党が、後ろで徐々に引き始めている。
「……覚えてろだとー? 生憎、俺はバカでなぁ!」
 ゆっくりと振り返って、俺は言った。おまえらみたいな雑魚を、いちいち覚えてらるわけねぇーだろ?
「逃げられるとでも思ってるのか? 甘―い! いいか、俺は王子様なんだぜ!」
 その王子様の命令を受けて、出口で待機している何百もの兵士が、この根城を取り囲んでるはずだった。がはは、逃げられるわけがないだろーが!
 あとは、まさに一網打尽ってわけ。これで、この国の治安も少しは向上するんじゃないっすかー? あー! 気持ちよかった!
「それにしても俺の戦い、素晴らしかったなぁ! ちゃんと見てた? ファイアルト!」
「ほんっとに、おめでたい王子様だな。いいか、お前には、攻撃補助、防御壁、挙句の果てにクリティカル率上昇まで、何十もの魔法がかけられてたんだぜ?」
 ……へ?
「魔法? 誰に……?」
 ファイアルトが無言で示したその先には――グランシスが、傷ついた兵士の怪我を見てやっている。
「げ……マジで?」
 なーんも、気付かなかったぜ……。
「王子」
 俺の視線に気付いたグランシスが、こっちに向かってツカツカとやって来た。
 わー、ごめんなさい、ごめんなさい! 俺は思わず頭を抱えてしゃがみこむ。
 だって、俺、知らなかったんだもんっ! ――だが、次の瞬間。
 グランシスが、俺の前に跪いた。
「今までの数々の無礼をお許しください」
「……?」
 な、なになに? 何だよ、突然。
 あまりの突然の展開に、俺は頭を抱えたまま固まってしまう。
「あの戦いで、あなたの強い意志を感じました。間違っていたのは……この僕でした」
「ち、ちょっと、待ってくれよ……」
 何もそこまで態度を一転させなくても――まったく、もー。このグランシスってヒトはかなり極端な性格だったのね?
「本来なら、ここで職を解かれても文句は言えません」
 ですが! とさらに熱が入る。
「どうか、どうかこの僕に――シセ王子の未来を見届けさせて下さい!」
「ええと……ですね」
 急にそんなこと言われても、困ってしまう。第一、職を解くなんて誰も言ってねぇし……。こちらこそ、魔法のお礼を言いたかったのに、完全にタイミングを逃してしまった。
「とりあえず、これからもよろしく、な?」
 俺は――内心ビビりながら――そう言って、足元に跪いているグランシスに手を差し出した。驚いたように、グランシスが顔を上げる。なんとまぁ、美少年って感じのきれいなお顔! 
「シセ王子!」
 暮れなずむ夕日の中で、この二人の握手はひときわ感動的に映っただろう。こう、夕日の赤をバックに、結ばれる手のアップでさ――イメージだけど。
 ちゅうわけで、俺の初めての大冒険は、色々ありつつも、最終的にはかなりのハッピーエンドで幕を下ろしたのだった。















あとがき

 どうも! 第一章の後編をお送りさせて頂きました。ううーん、男ばっかでむさ苦しいっすねぇ……次回、第二章「王女様の秘密」ではキレイな女の子を出そうと決心しているてぃあらでございます。というわけで、これからもよろしくお願いしまーす!