王子様(代理)にお願い! 第二章(前編)
作:草渡てぃあら





第二章『王女様の秘密』(前編)


「嫌だよー! 舞踏会なんて俺、ガラじゃないってば」
 バカ王子初の快挙に国中が沸いた、あの盗賊退治からまだ三日も経っていないある日の午後――。
「そうおっしゃらずに――舞踏会に出席することも、王子として大切なことです」
 ちなみにあの時以来、グランシスは何故か俺に敬語を使っている……別にいいけどさぁ。
「んなこと言われても……肩こりそうだし」
 隣国の姫君のお誕生日だとかいう理由で、今夜、舞踏会が開催されるというのだ。
 王子代理の俺がそんな場所に出席してみろ、知らない人間のオンパレード、考えるだけで胃が痛くなる。
「フレイラ王女も楽しみに待っておられる……かもしれないですし」
「フレイラ王女?」
 まーた知らない名前だ。ヤんなるよ、まったく。
「忘れたとは言わせないですよ? シセ王子の大切なフィアンセなんですから」
 なっ! フィアンセ? このバカ王子にそんな存在が!
「ええと……美人だったっけ? その王女様」
 額をポリポリと掻きながら、俺はそんな質問をしてみる――我ながら情けないんだけど。
 はい、とグランシスは笑顔で答える。
「誰が見ても、最高にお美しい姫です」
 うーん、ちょっと心が揺れてきたぜ……って、いかんいかん!
 だってフィアンセだよ? 俺が知らないってだけで、この間のキサ王子みたく怒らせたらヤバイじゃん。
「……やっぱり、今夜の舞踏会はやめとくよ」
 頑(かたく)なに拒む俺に、お手上げ状態のグランシス。代わって、ファイアルトが説得に入る。
「俺もグランシスも出席するんだから、心配ないって、な?」
 美人の姫君に興味がないこともないが、本物の王子の為にもここは我慢だ、我慢。ダメ! 誰が言っても、俺は絶対行かないんだからな!
 だが、そんな俺の清らかーな思いやりをぶち壊す秘策が、ファイアルトにはあったのだ。
「残念だなぁ……舞踏会ってすごーく良い事あんだぜ?」
「……良いこと?」
 そうそう、とファイアルトは俺の肩に手をまわす。そして、
「運がよければ」
 グッと引き寄せると、耳元でささやいた。
「その夜のうちに、女の子と――ヤレる」
「うっそ! マジで!!」
「マジマジ。大体、ご婦人方も半分はその為にお洒落してくるんだから」
「サイッコー! 俺、舞踏会大好き! 俺んちの国でも毎日やろうぜ」
「そう、あわてんなって。まず手始めに……今夜の舞踏会だ」
「おっけー」
 子犬のような無邪気さで――というか、野郎の欲望のおもむくままに――俺はファイアルトの罠に落ちた。
 いそいそと支度を始めて、さっさとお迎えの馬車に乗る。
(王子代理ってのも、いいもんだなぁ……)
 すっかり夢心地の俺に、隣のファイアルトがにこやかに話し掛ける。
「さっきの話だけど、さ」
「……ん?」
「お前は無理だからな」
 おいおいおい、どういうことだよ?
 決まってんだろー、とばかりにファイアルトは肩をすくめる。
「王子様、だから」
「……」
(だ、だ、だ――!)
 騙されたぁー!!
 だが時はすでに遅く、俺達を乗せた馬車は国境の丘を軽やかに越えて行ったのだった。


(ちっきしょー、あいつら……!)
 納得できない気分のまま、俺はグラスの果実酒を一気に飲み干す。未成年だろ、なんて野暮なことは言わないでくれ。
 実際、飲まずにおれるかこの状況って感じ。
 綺麗に着飾ったお嬢様達は、王子の俺に一応、社交辞令的なあいさつはしてくれるが、それ以上の発展は、ない。
 それに比べ何だよ? グランシスなんか両手に花で、楽しそうに談笑なんかしちゃってさ! ファイアルトにいたっては、両手に花束だぜ?
(こんなの身分差別だ! だから来たくなんかなかったんだ!)
 良いことなんか、なーんにもないじゃんかよ! ……ただし。
 この舞踏会の唯一の収穫といえば――。
「ほんっと……キレイだよなぁ……」
 フレイラ姫は、文句なしに美しかった。
 いや、美人のお姉さんは、他にもたくさんいたんだよ。だけど、姫様は“格”が違ってた。
 もはや美しいって領域を越えて、麗しいって感じ――。
(はぁー……また極上のフィアンセを手に入れたもんだなー!)
 ひたすら感心しながら、俺は遠目にその麗しの姫君を眺める。
 あ、目が合った! 姫はにっこりと微笑むと、大勢の取り巻きをそのまま引き連れて、俺の方に優雅に歩いてくる。
「ごきげんよう、シセ王子様」
 なんという、ゴージャスな挨拶!
「この度シセ王子のご活躍で、辺境の盗賊団を一掃されたとか……」
 おお? 俺の活躍はもう隣国まで轟いているのかー! そうよ、そうなのよー。俺のスタイリッシュな戦いを、フレイラ姫にも見せたかったぜ。
「まぁ――たいしたことじゃ、ないんですけどね」
 眉間あたりに手をあてて、俺はクールに言い放つ。
 いい感じなんじゃなーい! ひょっとして! この展開はっ! 今晩あたり、この王女様とヤレたりしたら俺、死んでもいいかもー。
「ちょうどいいわ。乾杯いたしましょう――グラスを」
 お美しい唇が、煌びやかに動く。その艶めきといったら――サイッコーだね、こりゃ。
 だが、次の瞬間。
 その場の誰もが凍りついた。俺だって、何が起こったのか――わけわかんない。
 王女は手にしたグラスの酒を、高く持ち上げて。
 俺の頭からぶっかけたのだ。
(つ、冷てー……)
「どうせ、ファイアルト騎士やグランシス大魔導師の手柄を横取りしたのでしょう?」
 王女の口から、さらに冷たいお言葉を頂戴する。
「いいこと? 貴方との婚約は、勝手に親が決めただけ――王子と一緒になるぐらいなら、わたくし、この地位を捨てますわ」
 形の良い唇が動くのを、俺はただ呆然と見ていた。


 その噂は、またたく間に国中に広がった。
 おかげでこの間の盗賊退治なんてすっかり忘れられちゃってさー……俺のささやかな活躍なんて、いとも簡単に消え去ってしまった。
――大体、人っていうのは他人の幸福より、不幸の方が好きなんだよね……。
「そりゃないよなー……俺が何したってんだよー」
 ベットの上でゴロゴロしながら、お部屋の掃除に来た侍女のカノンちゃんにブーたれる。
「何って……いろいろありましたからねぇ」
 細い指先を小さな顎に当てて、カノンちゃんが言う。
 そ、そうなの? まったくバカ王子はー、何をやったんだよ、何を!
「でも私は、最近のシセ王子は前と違うって思いますわ。私、王子様には感謝しておりますの」
 そういって笑ってくれる。うう、カノンちゃんの優しさが、今の俺には身に染みるぜ。
「でも、なにを感謝してくれてるの?」
「一番下の弟が、あのガルーナ盗賊団に憧れてましたの。将来が心配でしたが、王子様達のおかげで……」
 はぁ……なんか人、それぞれ色んな悩みがあるんだなー。カノンちゃん、盗賊退治の日から妙に優しくしてくれるようになったと思ってたら、そんな理由があったんだ。
 納得しつつ、俺は枕を抱きかかえる。――とはいえ。
「あんなことされちゃ、俺。ショックで部屋から出られないよぅ……」
「もう。甘えんぼさんですね、王子は」
 カノンちゃんが、可愛く「メッ」ってする。カワイー!
 そうそう、やっぱりこういう母性本能溢れる大人しい女の子が一番だよ。掃除も上手いし、メガネの奥の笑顔も可愛いし――決めた!
 デリケートな俺が受けた深―い傷は、このカノンちゃんに癒してもらおうっと。
 そうだよ、いくら美人か知らねぇが、あんな高ビーな姫様より、ずっといいよな!
 だが、このつかの間の幸せをぶち壊す人間は、どこにでもいるもんなのだ。
「王子! 大変なことが起こった!」
 ノックもそこそこに、派手にドアが開かれる。
「……なんだよ? 何か用かよ?」
「そうヤな顔すんなって」
 赤い髪をかき上げて、お嬢様達に大人気だった爽やかな顔を見せる、その男は。
「ファイアルト、お前! 舞踏会の夜、いい思いしたんだろ」
「いい思いも何も、そらもう、やりたい放題で……って、そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!」
 や、やりたい放題? この俺を差し置いて、ぬぁんてハレンチなっ! ひどい、ひど過ぎるわ……もういい! グレてやる、俺はグレてやるぞー!
「フレイヤ姫が攫われた」
 へ……?
 ファイアルトの意外な言葉に、俺は思わず顔を上げた。
「攫われたって、誰に?」
「パザマという名の、魔族のひとりです」
 そこに新しい声が加わる。見ると、開けっ放しのドア入り口に、グランシスが立っていた。手にはなにやら妖しい手紙――魔族? これまた胡散臭い……。
「……ふーん。そりゃ、フレイラ姫も気の毒ですねー。でも俺には関係ないもーん」
「冷たいなぁー王子は」
 俺の反応に、ファイアルトが顔をしかめる。
「ええ、ええ。冷たかったですよ、お姫様がぶっかけたあの酒は」
「心も狭いし、根に持つし」
「そこまで言うなら、お前が行けばいいだろ? やりたい放題してこいよな!」
 確かに俺は、冷たくて心が狭くて、さらに根に持つヤな奴だよ。でも!
 フレイラ王女を助けるのだけは、ごめんコウムル! 大体、前回はレノマールの仇を討ちたくて頑張ったけど、本当の俺は穏やかーな平和主義者なんだよっ。
「ところが、そうもいかないんです、王子」
 グランシスが静かに口を開く。なんだよ、グランシスまで。
「王女の命が惜しければ、シセ王子がたった一人で迎えに来いと」
「誰が?」
「魔族パザマ」
「何で?」
「さぁ……でもこの手紙に」
 そう言うと、グランシスは手にした紙をヒラヒラさせる。追い討ちをかけるようにファイアルトも口を開いた。
「それに、相手は魔族だ。剣の攻撃は効かない。いくら無敵のファイアルト様でも、歯が立たないってわけ」
 げっ、マジ? 
「そんなぁ! それじゃあ、俺だって同じだよー。魔法の授業なんていままでまともに出席したことないもん」
「偉そうに言うな」
 ファイアルトが呆れている。仕方ないだろ、剣術だけで精一杯だったんだからさ。
「……そんなことだろうと思いました」
 いいですか、とグランシス言う。
「この手紙では、明日の夜十二時までに助けに来なかったらフレイラ王女を魔界に連れて行くとあります。王子が残された時間は丸一日――その時間をフルに使って、僕が必要最低限の魔法を教えますから」
「ちょっと待ってよー! 誰も助けに行くなんていってないじゃん」
「いい加減、覚悟を決めろ」
 他人事だと思って、ファイアルトめ……。
「でも俺、散々な振られ方したんだぜ?」
「それで、無事王女を助け出せば、汚名返上ってやつじゃん」
「たった一人で?」
「そう書いてある」
「……失敗したらどうすんだよ?」
「とりあえず婚約破棄は確実。あと、この噂は瞬く間に国中に広がるだろうなぁ…」
 もー! 勘弁してくれよう……。
「話し合いで解決してもらったら? そんな即席魔法で俺が戦っても意味ないって……絶対、負ける。な、グランシスもそう思うだろ?」
 そうですねぇ、とグランシスは首をかしげた。そして、その手紙をじっと見つめる――まるで、何かを読み取ろうとしているように。そして。
「王子は、この救出を命がけで受けた方がいいと思います……この国のあとのことは我々にまかせるつもりで――」
 なんて酷い事をっ! この国に俺はもういらないってこと? 
 やば、俺、マジで泣きそう……最後の救いを求めるように、俺は後ろでホウキを持って立っているカノンちゃんに振り向く。
「王子様が囚われのお姫様を救うなんて、まるで物語みたい――素敵ですわねぇ」
 うっとりと、カノンちゃんが言う。
 もう、みんな勝手なことを言ってからに!
 頭を抱え込んだ俺に、ふと目についたものがあった。
 携帯、である。
(……しめた! この手がある!)
「ちょっと皆、俺に考える時間をくれ……ささ、出ていってくれよな」
 そう言って、心配そうな三人を部屋からたたき出す。
 誰もいなくなったことを確認して、俺は早速、携帯を鳴らした。
 とりあえず、オヤジに電話だ。最近すっかり忘れていたが、俺は代理王子なんだから、なにもここまで命張ることはないんだよ――だろだろ? 
 もしかしたら王子はすでに見つかっていて、オヤジの会社で保護されてるかもしれないし……まぁ、それは考えが甘いにしろ、この俺の命の危機を伝えれば、オヤジもきっとわかってくれる。
 なんてったって、親子! なんだからさ!
「おー! お前か、そっちの世界にはもう慣れたかぁ?」
 有難いことに、オヤジはすぐに携帯に出た。
「慣れたって、オヤジ! こっちは大変なんだからなっ! 王子はまだ見つからないのかよ?」
 能天気なオヤジの挨拶に、俺は身体の力が抜ける。
 だが次の瞬間、オヤジから信じられない答えが返ってきたのである。
「は? 王子って誰? 今はお前が王子様だ」
 ――の野郎っっ!
「王子が見つからないからって、なんだその言い訳は――!!」
「何を言ってるのか、とうちゃんにはさっぱり分からん。最近の若いモンは理解に苦しむ」
「理解に苦しむのはっ! 貴様だあー!!」
「すぐキレるし」
「うるせー!! これでキレない奴の顔が見たいわいっ!」
 携帯に噛みつく勢いで、俺はオヤジにまくし立てる。もう許せねぇ!
 こんなオヤジ、勘当だ! 親子の縁を切ってやるっー! 
「誰がなんといおうと、俺はもう帰るからなっ!! 分かったかオヤジ!」
「ふふふ、好きにするがいいさ……貴様に帰る方法が分かればの話だがなぁ!」
 な……! 誰か分からん物真似はするなっつーの!
「汚ねぇぞ、オヤジ!」
「ナントでも言え! 親の心、子どもは知らず――略して親知らずめ!」
 わーけわかんねぇ……。
「でもとうちゃんはな、お前のことを忘れない、いや感謝すらしておる。お前のおかげでとうちゃんは、社長に誉められ昇進間違いなしだ。今夜はお母さんに赤飯たいてもーらおっと。では、さらば王子!」
 あっ! 切りやがった! 俺は急いでリダイヤル――だが、返ってきたのは予想通りで。
「あなたのおかけになった電話番号は、現在電波の届かないち……」
「あーのーやーろー!」
 思いっきり、携帯をベットに叩きつける。ワンバウンドする哀れな携帯に向かって、俺は思わず叫んでいた。社長に誉められ昇進だぁ?
「だからっ……お前の会社はなんの会社なんだよー!」


                             (後編へ続く)