王子様(代理)にお願い! 第三章(後編) |
作:草渡てぃあら |
第三章『凍れる月夜のプレリュード』(後編)
「世界の、玉」
俺は、カントの言葉を繰り返す。
「……ってあの、世界を創造してるっていう?」
こくり、とカントが頷いた。
「じゃあ、この先の谷が……ドラゴンの巣ね!」
勢い込んで、ミルが聞く。
うえぇ……まだ先なのかよ? 俺は思わずしゃがみこむ。
正直、もうぐったりなんですけどー。
「王子さまぁ……大丈夫? 少し休む?」
「え?」
おお! 今までのミルにはなかった、思いやりにあふれた発言!
気がつくと目の前に、ミルの大きな瞳があった。
その瞳が、いままでになくウルウルしててさ――なんなんだ、この子は?
「ミルね、さっき王子様に助けてもらってすごーく感激しちゃったの」
そして、座りこんだままの俺の上にズカズカとのっかて来る。そして、その小さな手で、俺の右腕を取ると、
「ミルを、しっかり抱いて走る王子様の腕は――とっても力強くて暖かくて」
とうっとりと目を閉じた。
なるほどねー。俺が命がけで逃げてるときに、ミルちゃんは一人、めくるめく少女漫画ワールドを展開させてたってわけだ。
そりゃ、ミルちゃんといえども可愛い女の子。
女の子にもてるのは悪い気がしないが――。
「……」
ミルの肩越しに、唇を噛んでうつむいているカントの姿が見えた。
(近くに、こんなに大切に想ってくれている人がいるのに――それはちょっとないんじゃないか? ミルちゃん)
カントの気持ちが痛すぎて、俺は大きくため息をついた。
とりあえず俺は、どっこらしょと夢見るミルを横に降ろすと、
「じゃあ、お言葉に甘えて――少し休憩しようぜ。カント、お前も頑張ったから疲れたろ?」
出来るだけ明るい声でそういう。
カントはうなだれたまま、静かに頷いた。
なんだか話がややこしくなってきたなぁ……もう。
よくよく考えると、休憩を取るという選択はかなり正しかったのだ。
朝から色んなコトがあった一日だったが、今はもう夕方――夜行性のドラゴン達にとってこれからが活動タイムなのである。
ドラゴンの巣から、安全かつ確実にカゴを取ってくるのは、竜達が深い眠りにつくといわれる、早朝まで待たねばならない。
それまでに疲れた身体を休めておく必要があった。
いくつかの部屋に分かれる神殿の、一番地味な部屋を陣取った俺達は、とにかく竜に見つからないように夜を過ごすことにする。
床に小さな魔方陣を描くと、俺はその中心に手をかざして、ささやかな炎を造ってみる。
グランシスに、心の中で手を合わせながら。
(ごめんなぁ。お前に教えてもらった魔法、しょーもないことでしか活用できなくて)
その炎に照らされて、先ほど嵐を呼んだミルは、俺の貸したマントに包まって幸せそうな眠りの中である。
カントは固い表情のまま、自分の膝を抱えて炎を見ていた。
「お前、ちょっとヘコんでるだろ?」
そんなカントに、俺は声をかける。だが、返ってきたのは以外にも乾いた声で。
「仕方ないよ。ミルはいつも、強い男が好きだって言ってるもん」
全然ガキのミルのなんか、俺が好きなわけないじゃん。
でも、そう言って慰めるのだけはやめようと思った。
どんなに小さくてもこの恋は、ミルという存在は、カントにとって宝物なのだから。
代わりに、
「お前は十分強い」
と言ってみた。否定の沈黙が流れる。
ま、今のカントには分からないだろうけどさ――もっと強くなりたい、誰よりも強くなってミルを守りたいとひたむきに願っているカントには。
ああ、だからか。俺はカノンちゃんの話を思い出していた。
「だからカントは、盗賊団に憧れたりしたんだ」
今度は、肯定の沈黙。俺はため息をついた。恋する男ってせつないよ。
「いいよ、慰めは……だって僕、まだ子供だもん。大人の王子様と比べられても勝てるわけないよ」
揺れる炎を見つめながら、カントはきっぱりとそう言った。頭の良い奴なんだ。それはきっと正しい。間違いのない真実だ――でも。
カント、と俺は言った。
「お前が俺の歳になったらこうきっと言ってる――だって僕、まだ十七だし……で、もっと歳をとったらもう歳だしってな」
「……」
「ミルはお前に、俺を超える力なんか望まないよ。本当に見たいのは五歳のカントの、今ある精一杯の想いだ」
「僕の精一杯?」
よくわからないという顔で、カントが首をかしげる。
「お前の気持ち、分かるんだ。俺もさぁ昔、目の前で大好きな女の子取られたことがあるから……」
そう、あれは中三の冬――可愛いピンクのマフラーに顔を埋めながら、その女の子は言ったんだ。
「私、高田クンが好きなの。だから志誠君の気持ちは受け取れない」ってさ。
こう、胸のあたりがギュウってなったよ……でも。
「でも一番ショックだったのは、翌日その男が俺ンとこに来てさ、安心しろよって言ったんだ。俺があんな女、好きになるわけねぇだろ? ってさ」
あんな女。あんな女の為に、俺は眠れない夜を、苦しい胸の孤独を幾度も味わったんだぜ? じゃあ、あんな女に振られた俺は、一体何なんだよ?
高田って男も、奴が好きだっていうその子も、もう何もかも馬鹿らしくなって――俺の苦い恋は終わった。
でも、今ならわかる。俺は間違ってた。本当は高田なんて関係なかったんだ。
「あの男と俺を比べてたのは、その子じゃない。俺自身だったんだ。勝手に比べて、勝手に降参して、一人いじけてた」
そこでちらりとカントを見る。
「――今のカントみたいに」
驚いたように、カントは顔を上げる。その目をしっかり見ながら、俺は言葉を続けた。
「あれこれ答えを出す前に、ぶつけてみろよ、お前の精一杯の気持ちを――で、ダメならすっぱりあきらめろ」
な、と小さな肩を叩く。そして、改めて語調を明るくすると、俺は大きく伸びをする。
「しっかしエライよ、お前は――俺が五歳ン時なんて、ただのハナタレ小僧だったぜ」
「分かる気がする」
むか。
だが、そう言ったあとに、カントは初めて笑ったから許してやる。
なんか伝わったかな? 伝わると良いな、と思った。
「ちょっとそこら辺り、見てくるな」
この小さな恋人達をふたりっきりにしてあげたくて、俺は席を外すことにする。
「カントも今のうちに寝とけよ……でも、どうしても眠れないんだったらちゃんと守ってろ。火と……それから」
俺は黙ってミルを指差す。
カントが小さく、けれど力強くうなずいた。
気がつくと俺は、一人、世界の玉(ぎょく)の前に立っていた。
本当は危険なんだと思う。竜にでも見つかったらどうするつもりだ?
それでも俺は、ここに来てしまった。不思議と竜の気配はなくて――大きな球体が、ただ闇に溶けるかのように存在している。
で、なんで俺がわざわざこんな場所に来たかというと。
うーん……気持ち悪がらないで、聞いてくれる?
誰かが――呼んでる気がしたんだ。いやね、実際いたらすごくヤなんだけどさ。
「……待っていましたよ」
背後で男の声がした。
きゃーっ! 出たー! 背中がぞくぞくっとする。
両手で顔を包み込んだまま、俺は恐る恐る振り返った。――そして。
俺の瞳は、大きく見開かれる。言葉が、なかった。
頭ン中、真っ白で――数秒の間があって。
俺はやっと懐かしいその人の名を呼んだんだ。
「レノ……マール」
それは間違いなくレノマールだった。
この王国に来てから、唯一俺を励ましてくれた、ダメな俺の可能性を信じてくれた人。
にも関わらず、俺のせいで――死んだ人。
「ここは、二つの世界交わる場所――あなたにこそふさわしい」
だがレノマールは再会を喜ぶでもなく、静かにそう言った。
再会に感動して言葉もない俺とは、悲しいほど対照的だ。
「偽りの王子シセ。これからこの世界の崩壊が始まる」
それは、ぞっとするほど冷たい声だった。レノマール?
「なんだよ? 何言ってんのか……わからねぇよ」
俺の声はかすかに震える。世界の崩壊が――始まる?
「シセ王子――いや、桐田志誠君。あなたが何故、この世界に呼ばれたかわかりませんか?」
レノマールは、そんな言い方をした。何故って――。
「この国の王子が行方不明で……だからしばらくの間、俺が代理にって……」
圧倒的なレノマールの存在に気押されて、何故か俺は弱々しく答える。
弱々しくはあるけど――真実だ。だが、それを聞いたレノマールは、きっぱりと言った。
「元々、この世界にシセ王子なんていない」
「な、んだって……っ?」
絶句する俺に、レノマールは薄く微笑んだ。そして、世界の玉を見上げる。
「そう――確かにあなたは偽者だ」
ですが、とレノマールはゆっくりと俺に視線を戻した。
「あなたはこの国にとって、偽者であるにも関わらず、唯一の存在なんです」
「……」
黙ってしまった俺に、さらにレノマールは語りかける。
「これから世界の崩壊が始まります――それを救えるのは、偽りの王子だけ……けれど滅ぼすのもまた、あなたでしかあり得ない」
「なっ!」
俺がこの世界を滅ぼす?
「この世界を救うのも、そして消滅させるのも――すべては」
ゆるやかな、レノマールの眼差し。
「王子次第」
俺……次第って、そんなこと急に言われても。
(俺が、この世界を滅ぼすなんて……そんな)
そんなことするわけ、ねぇじゃんよっ!
だが、言い返そうとしたときにはもう遅かった。
「レノマール!」
次の瞬間、その姿は消えていたんだ。幻覚、だったのか?
違う。俺は目を閉じる。レノマールは、さっきまで確かにここにいた。
(ここにいたんだ)
そして俺を偽りの王子と言った。
偽りの――。
いままで出会った人達の顔が浮かんでは消えた。ファイアルト、グランシス、フレイラ姫にカノンちゃん、キサ王子やカントとミル――そしてレノマール。
「レノマールのやつ……言いたいことがあんなら、もっと分かり易く言えっての」
小さな声で毒づく。
せっかく会えたのに……俺、頑張って強くなったって。魔法も勉強してるって……。
(伝えたかったのに――ちゃんと、言いたかったのに)
いかんっ。鼻の奥がツーンとしてきた。
もう! なにがなんだか意味がわかんねぇよ……わかんないけど。
俺は急にやるせなくなって、空を見上げる。
見上げた月は、凍っているみたいにキラキラと、そして青白く輝いていた。
「ここが……ドラゴンの巣か」
翌朝――俺達は、竜の谷と呼ばれる場所に到着する。
そっと谷を覗き込むと、数十頭もの竜が眠りの中にいた。眠っているとはいえ、その威厳のある風格は健在だ。
レノマールとの再会のあと、俺は朝まで色々考えてみたが、結局、何一つわからなかった。だって、フツーそうだろ?
というわけで、とりあえずドラゴンの巣である。
(まったくとんでもない所に来ちゃったなぁ――俺はただの保護者だからね。どうか、恨まないでね、ね……!)
ちょっとセコイけど、俺は一人手を合わせる。
だってバレたときに子供は許してくれても、俺だけダメそうだし。
「あ」
ミルが小さい声を上げた。
その視線の先には竜の腹の辺りに転がる、小さなカゴがあった。
「お、あれかミルのカゴは……俺が取ってくるから、二人ともおとなしく待ってて」
そんなに深い谷じゃないから、竜さえ起きなければすぐに取って来れそうだ。さっさと片付けてお城に帰らなきゃ。
だが、さっそく降りようとした俺のマントが引っ張られる。
「僕がカゴ、とって来る」
思いつめた顔でカントが俺を見上げていた。
「ダメよ、カントはまだ子供なんだから」
ミルがすかさず言った。
「危ないことは全部、王子様がやってくれるよ」
あのーミルちゃん? 本当に俺のこと好きなの?
「僕が……行く。行きたいんだ」
お願い、とカントが俺に頼み込んだ。その真剣な眼差し。
うーん……距離的にも遠くはないし、第一、チビのカントの方が向いているかもしれないし――よし、ここはカントに花を持たせてらろうではないか!
「頼んだよ、カント」
カントはまかせて、と笑った。
ドラゴンを起こさないようにそっと谷を降りていく。たくさんの竜達の間をすり抜けてカゴを手にとるまでに、さほど時間はかからなかった。
でも、俺達もう! ドッキドキでさぁ――! ミルと二人で祈るように見守る。
「いいぞ……早く上がって来い……!」
カゴを手に、下から引きつった笑顔を向けるカントに、俺は小声で言った。
よし、もう大丈夫だ。あー心臓に悪ィー!
ホッ胸をなで降ろした――そのとき。
小石、だった。
谷をよじ登るカントの足元から、小さな石が転げ落ちたのだ。
「!」
近くで眠っていたドラゴンの爪先に当たる。たったそれだけ。
それだけのことなのに、その竜はゆっくりと目を覚ました。
「げっ……! マジ?」
デカイ図体して、神経質過ぎるんだよ!
「やばい、急げカント!」
半ば強引にカントの手を引っ張り上げると、俺達三人は神殿まで一目散に逃げる。
世界の玉(ぎょく)まで戻ったところで、俺は後ろを振り返る。
追ってこない? 谷へと続く神殿には、ただ静寂が広がっていて――。
(た、助かったぁー……)
一気に緊張が解ける。そうだよな、たかが小石いっこぐらいで、ドラゴンが追いかけてくるわけないよな!
あー、良かった。低血圧の竜で。
刹那。
ドォォォォンッ!
ものすごい地響きとともに、谷側の神殿が崩れた。
「なっ!」
「きゃー!」
ミルの悲鳴が響く。ガラガラと崩れていく神殿の、土煙の中から現れたのは!
怒りを漲らせた――一匹のドラゴンだった。
緊張で、心臓が一気にせり上がる!
嘘だろ? カントとミルを抱えて、俺は一体どうすりゃいいんだよ?
竜が咆哮を上げる。
その凄まじい声に、俺達は立ちすくんだ。
逃げられるか――無理だ。絶対に、不可能だ。
ドラゴンより早く氷河を降りるなんて不可能だよ!
いや――待て。
自分の思いつきに、俺は思わず口を押さえた。
それはあまりにも危険――危険過ぎる。だが。
「もう十分、危険なんだよな……」
「王子さま?」
不思議そうに見上げるカントとミル。
何としてでも、この子達をまもらなきゃ――!
俺は、世界の玉(ぎょく)を支えていた、幾重にも重なる銀の皿の一枚に、全体重をかける。
ベキッと鈍い音がして、その皿の一枚が割れた。
それはまるで、大きなスプーンの先――それを持って、俺は慌てて神殿の外に出る。
目の前には、来たときと同じように氷河が広がっていた。
意を決したように、俺はミルを抱きかかえる。そしてカントに背中に乗るように指示した。
「いいかカント。なにがあっても絶対、俺から手を離すな」
「うん……でも王子」
何をする気なの、とは聞かないでくれ!
「いいから! 怖かったら目ェつぶっとけ。でも、手だけは離すなよ!」
そう言うと俺は、足元に落とした玉(ぎょく)の皿に足を乗せる。
「行くぜっ!」
思いっきり、地面を蹴った。ガガガ、と幾分抵抗したあと、銀の皿は勢い良く滑り出す。
見よ! これぞ天然スノボーだっ!
実はまだワンシーズンしかやったことないから、技術的にかなり不安なんだけど。
滑り出した俺達と、竜が神殿から飛び出したのは、ほぼ同時だった。
グォォォンッ!
竜の声がすぐ後ろまで迫る! ちっ、やっぱり追ってくるか。
だが予想以上の速度で、銀のボードは走リ出す。やった! 狙いどおりだ!
確かにこれでは竜もなかなか追いつけない。
(追いつけないけどっ!)
風が耳元でびゅんびゅん唸る。
「止まんねぇーっっっ!!」
やべーぞ、これはっ!
勢いに乗って、スピードはグングン上がっていく。
「ガァァァ!」
すぐ傍までせまった竜が、大きく口を開くのが見えた。
「させるかっ!」
右に体重を少しかける。
それだけで大きく左へ曲がることに成功!
ほんのわずかの差で、俺達は竜の牙から逃れた。竜の口が空を切って閉じられる。
だがソリは、その風圧でさらに加速していく!
「わわわ!」
あまりのスピードに、俺はもう分けわかんなくなってて。
登りはあんなに大変だったのに、見覚えのある牢屋まであと少しだ。
(げ、激突だけは避けたいんですけどっ!)
祈るような涙目の視界の先に、ほんの小さな雪の塊が見えた。
言ってみれば、ささやかな天然のジャンプ台だ。
「嘘だろっっ―!」
ほんの小さくても!
このスピードならっ――!
「だぁぁぁぁぁっ!」
本当、見事に俺達は宙に投げ出される。
とっても嫌な感じの。
一瞬の、浮遊感があって。
落ちるぅぅ――!
が、何故か俺は、ふわりと宙に浮いたままだった。カントもミルも同じで――。
わけがわからない……一体、何が起こったんだ?
(これは……魔法?)
ということは! こんなに見事な魔法をなんなくやってのける人は一人しかいない。
「グランシス!」
泣き出しそうな懐かしさの中で、俺はその人の名を呼ぶ。
陶器のように白く美しい顔の大魔導師サマは、そんな俺ににっこりと笑いかける。
そして表情を引き締めると、俺の背後に向かって叫んだ。
「世界の守り手、竜の御霊に告げる! そなたの役目は玉(ぎょく)の守護。今一度覚醒し、その聖域に去れ――」
悪鬼のごとく俺達を追ってきたドラゴンは、その言葉で急に大人しくなった。
そして咆哮を上げると、谷へと帰っていく。なんと鮮やかな説得!
信じられないものを見る眼差しで、俺はグランシスに振りかえった。
あんた、マジでスゲーな!
「お怪我はありませんか? 王子」
ぐ、グランシスぅー! 怖かったんだよーっ。
それから急に、俺の周りは騒がしくなった。
目の前では、竜の民のおっちゃんが「王子! どうかお許しください!」と平謝りに謝り倒している。それから、その向こうではカントがカノンちゃんにこっぴどく叱られていた。庇ってやりたい気もするが――。
(カノンちゃんを心配させたのは事実だからな。その分しっかり怒られとけ)
涙声のカノンちゃんの説教が、なんとも可愛らしい。
そのお怒りを一心に受けているフリをしながら、カントはちらりと俺を見た。
一瞬だけ笑う。
その左手には、しっかりとカゴを持って。
そして右手には、これまたしっかりとミルの手が握られていた。
(おーおー、やるじゃねぇか……)
俺は腕を組んで、愛を勝ち取った小さな勇者に親指を立ててみせる。
えらい! えらいぞ、お前はっ!
そのとき。俺は背中をバンと叩かれる。いってー! 振り返ると、ファイアルトが嬉しそうに立っていた。ちょっと留守にしたかと思えば、と頭を小突く。
「何を楽しそうなことしてんだよ?」
ガシガシと頭を押さえつけられる。痛い、イタイ! お前の愛情表現は乱暴なんだよ。
「た、楽しくなんかなかったわいっ!」
無事で良かったとか心配させるなとか、そういう泣けるようなこと、言えないもんかねー?
でもまぁ、本当に心配してなかったら、こんな北の辺境までファイアルトも来ないわけで――。
「ほら、とっとと帰るぞ」
背を向けたファイアルトの、鍛えられた後姿に、俺はなんだか犬みたいな気分でついて行きたくなる。
そうそう。ここ数日、俺って妙にお兄さん的な場面が多かったからな。
今は子供にかえって甘えたいんだよねー。結局、俺はまだ、大人の階段を登りきらないジェネレーションなわけよ、これが。
「待ってくれよ、兄貴ぃ!」
「誰が兄貴だっ、だれが」
赤い髪を風になびかせて、あきれたように笑うファイアルト。それから、キレイな顔して手厳しく、でもいつも暖かくフォローしてくれるグランシス。
二人はいつも――こんな風に助けてくれる。
それだけじゃなくて。
妙ちきりんなキサ王子や気の強いフレイラ王女。いつも優しいカノンちゃん、それからカントとミルだって――。
俺、生まれて初めて心から「好きだ」って実感できる仲間なんだよ。そんな愛すべき人達がいるこの世界を。
(この王国を……俺が滅ぼすわけないじゃんか……)
そうだよ、何言ってんだよレノマールは――。しばらく会わないうちに、脳みそ溶けたんじゃないか? 本当はもっと別の話したかったのに……レノマールのバカ!
だが、そんな俺の悪態は長くは続かない。
次第に泣きそうになる気持ちをグッとこらえる。
(そうだよ、滅ぼすなんて――あるわけない! あるわけないよ……)
その強い否定の心はやがて、何故か祈るような気持ちに変わっていた。