血脈と誇り(中編)
作:緑





 宝物庫は、思ったほど埃臭いとか、そういった事は無かった。
「色々な物が有るね……」
「そうですね。私も、伊達に何百年も続いている御屋敷では無いと思いました」
 まず目に入ったのは一振りの剣だった。
 金色の竜の装飾の付いた鞘。
 それは、いかにも高そうな物で、博物館か何かで見た物に酷似しているように思われた。
 他にも、美しい掛け軸や、小判とは言わないまでも、煌びやかな宝石など。
「はあ……。本家の連中は本当に、金が有り余ってるんだろうねえ」
 自分の家が決して貧しくない事を知っていながらも、翠は驚きを隠せない。
「私もこの家の遺産がどれ程有るかはわかりませんが。翠さんにもこの内の幾ばくかは譲り受けられると思います」
「そうかねえ? あの鬼の様な曾爺様が、死ぬ寸前とは言え、うちの家系の者を許すとは思えないけど」
「鬼の様な……ですか?」
「そ。あんなに厳しい大人、滅多に見た事無いよ」
 少女は少し悲しそうな顔で、こう翠に答えた。
「翠さんは、思い違いをしておられます……」
「そんな事無いと思うけど」
「いえ!」
 少女は強い口調で咎めた。
 しかし、翠自身、本家の者との隔絶、虐げられてきた者としては、そんなに簡単に曾爺様を「鬼」以外のものとして見る事は出来なかった。
 そうしてしまえば、自分の生きてきた12年間―そしてその痛みが曾爺様の出て行くことを命じられた事に由来する事―を許してしまう事になると考えたからだった。
「あの人の事は、解らないよ。でも、あの曾爺様のせいで、私達が、辛い思いをした事は間違いないよ?」
「……」
 少女は半ば諦めたような顔で翠を見詰めた。
「あなたは、何も覚えてないのですね……。本当に辛い思いをしたのが誰か。自分がいかに恵まれていたかを……」
 そう、そっと呟くと、宝物庫中のある巻物を取り出した。
 とても年代がかった、古めかしい巻物だった。
 そして、少女は、入り口付近にあった大きな鏡の方―翠には背中を向けて―を見ながら、冷たく言い放った。
「……翠さん、あなたは自分の本当の存在を知るべきです」
「……どういう事?」
「こんな事を私が言うべきではないのかも知れませんがね。ふふ」
「…………」
「何も知らないで居るんですもの。私はそんなの許せないわ」
「……続けて」
「あなた、自分が何故虐げられるか考えた事が有って?」
「…………」
「祖父の顔を覚えていますか?」
「……あたしが生まれた頃には、もう死んでた」
「あら。まだそんな事を……。そうね。それなら、祖母はどう?」
「…………」
 知らない。今まで翠は、この家に縛られすぎて、それ以外の血縁を考えた事も無かった。
「あなたの家に、お父様の写真が有るかしら?」
「はっきり言ってよ!」
 堪え切れなくなって翠が叫んだ。
 少女は、嫌らしく、蛇のような声音で答える。
 あくまでも、もったいぶりながら。
「端的に言えば、あなたは……」
「…………」
 翠は、自分の耳を疑った。
 締め切った宝物庫の中は暑い筈なのに、体中が凍るように冷たくなった。
 頭がズキズキとして、どこかに酷く打ちつけられたような気さえする。
 少女の背中を見詰めても、何も変わらない。
 これは夢では、無かった。
 少女の言葉が頭の中を駆け巡る。
 
 ―コノ家ノ者デハ有リマセン―
 
 無常な位冷静に、少女が次の言葉を紡ぐ。
 
「私も初めは何年ぶりの貴方に気が付きませんでした」
 
「あなたは12歳でもなければ、四郎様の孫でも有りません。当然ご当主とは何ら血の繋がりも有りません」
 
「私達の顔、酷く似ていると思いませんか?」
 
「私の名前、知っている筈でしょう。良く遊びましたよね」
 
「翠さん? どうしたの? そんなに汗をかいて」
 
「まるであの頃に戻ったみたい」
 
「まだ何も思い出せないの?」
 
「幼かったけれど……あんなに長い間一緒に居たでしょう?」
 
「私の事を忘れたの?」
 
「翠さん」「翠さん」「翠さん」「翠さん」「翠さん」「翠さん」
「翠さん」「翠さん」「翠さん」「翠さん」「翠さん」「翠さん」
「翠さん」「翠さん」「翠さん」「翠さん」「翠さん」「翠さん」
「翠さん」「翠さん」「翠さん」「翠さん」「翠さん」「翠さん」
 
 感情の堰を切ったように、少女が続ける。
 それはある種、病的な程だった。
 おかしい位、美しく、穏やかに少女が微笑む。
 
「もうやめて!!」
 
 翠は、全てを思い出した。
 
 ……今の家とは比べ物にならない位、みずぼらしい家。
 ……子供を顧みずに、嬌声を上げる母も居た。
 ……昔から、幾つもの自分を感じる事があった。
 ……12歳の自分と、どこか冷めた自分と。
 ……どこか幼さを演じているような所があって。
 ……きっと、私、知っていたんだね。
 ……ねえ。
 ……全部思い出したよ。
 
             お姉ちゃん。















後書き。

 翠、否「緑」です。
 はい。勝手に作者だけで盛り上がってごめんなさい。
「ライト」ノベルって事で、重くならないように、淡々とさせようと思っていたら、させ過ぎて、今度は軽すぎですねえ。
 まさに緑の独りよがりのような展開!でも終わらせないと(笑)。
 しかも、前後編じゃなくて、中編!
 これは有る意味、「幕間」ですね。引っ張りたかったので(爆)。
 もうココまで書いちゃったら、全部ネタばれしたも当然ですが。
 ASDさんに感想掲示板で痛いトコ突っ込まれて参りました。
 実は「最後のお楽しみ」も突かれてました。
 さすが管理人さんですね(笑)!
 年齢詐称ですから、ちょっと「翠」の喋りはおかしいんです。
 姉の方は完璧、狂ってますね。
 てか、これもネタばれ(ばらし)です。
 でわ。
 解りきった後編もよろしく……。もうオチは有りませんが(言っちゃった!)。