狂詩曲「碧落」 1
作:謎の未確認異種知能生命物体x、その名は『みにょき』





  狂詩曲「碧落」より、「序曲」第零楽章


「の"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ! もぉ鬱陶しいいいいいい!!」
『..................』
 円条 茉奈(えんじょう まな)の叫び声によって、一同の演奏は中断された。
「あんたたちねー、ホントにやる気あんの!?」
 ズびしィっ! っと一同---特に遥風 乃葵(はるかぜ だいき)を指差して怒鳴る。
 その勢いに呑まれて、乃葵は思わず手にしたサクソフォン(通称Sax)を落としかけてしまう。
 それを見た茉奈は更に激昂して、
「もういいっ! あんた邪魔! 死ね! 消えろ! 失せろ!!」
 そんな罵詈雑言を乃葵に浴びせかける。
「............う、うわぁああああああああっっ!!?」
 理不尽な怒りに、乃葵は号泣しながらその場を失踪した---

               ♪

「ちょ、ちょっと茉奈っ?? あんた、何があったのよ!?」
 茉奈の同級生、甫下 惟禾(なみもと ゆいか)が慌てて茉奈の元までかけてくる。
「円条先パイ? 何があったのかはあえて訊きませんけど、言い過ぎです。
 あいつがいないと合奏になりませんよ?」
 言ってくる男子。名は瑞嘴 嶺臥(みずはし りょうが)。
 ……ここで、少々人物説明をしたいと思う。

 まず、茉奈。
 年齢16歳。長身痩躯。軽く茶色に染めた髪は、セミロング丈のストレート。
 顔立ちはかなり整っていて、人によっては『美人』との評価を受けたりもする。
 そんな風貌だ。
 そして、この《朝陽沢(あさひざわ)吹奏楽団》の設立者で、クラリネット(通称 Cl)という木管楽器を担当している。

 次に、乃葵。
 年齢は14歳。短身痩躯。茶色がかった地毛は、眉に掛からない程度の長さに切られている。顔は格好良いというよりも、可愛い系な『弟』的なキャラである。
 実際、バレンタインは『義理チョコだけ』は他人のそれをも遥かに凌駕していたりする事実も報告されている。
 《朝陽沢》では、Saxという、木管楽器を担当している。
 実は密かに茉奈のことを想っていて、その想いは茉奈以外の人物は知っていた。
 何故だ。誰にも言っていないのに。

 次に、惟禾。
 年齢は15歳。茉奈よりも女性的な体付きで、身長は乃葵と同じくらい。
 自然な黒色の髪の毛は、艶やかで妙に妖艶だ。
 しかも、この惟禾は重度の天然少女。
 彼女の担当はホルン(通称 Hr)という金管楽器。
 《朝陽沢吹奏楽団》設立当時からの--と言っても3年前だが--団員の一人だ。

 最後に、嶺臥。
 彼は乃葵の親友(嶺臥談)で、齢は15歳。
 ボウズに限りなく近しい長さの頭髪は、どっちかっつーと茶よりもむしろ橙だ。
 本人曰く、一度フザケてオレンジに染めたら、取れなくなったとのこと。
 肌が浅黒いのも合わせてみると、文章的にはちょっとした不良っぽいのだが……、良く言えば人懐っこい、悪く言えば能天気な明るさが、彼に悪い印象を残させまいとしていた。
 彼はもともとバンドをやっていたらしく、たまにギターを持ち込んだり勝手にドラムをいじったりしている。
 一応、担当はトロンボーン(通称Tb)なる金管楽器である。
 
 ざっとこんなところだろう。
 ちなみに、《朝陽沢吹奏楽団》の総勢はたったの15名だった。
 つまり、一人でも欠けると曲に影響してくるわけで。乃葵がいないのも当然響くわけで。
 とっくに消え去ったっつーかむしろ自分が迫害した乃葵の席をじっとみつめている茉奈に、嶺臥が話しかける。
「……………先パイ」
「…………………………何よ瑞嘴」
 怒っている……とは又別の、何とも形容し難い棘々しい雰囲気を纏った茉奈の様子に怯む事すらなく、平然と嶺臥が言った。
「煮ますか? 焼きますか?」
「…………は?」
「乃葵の抹殺方法です。さっき円条先パイが怒ったのだって、平均Sax奏者のレベルを遥かに下回っている乃葵の演奏に腹が立ったから猛撃したのでしょう?
 だから、乃葵が戻ってきた・もしくは見つけ出した後の始末をどうするのか、と訊いているのです。
 ちなみに、『燃やす』と『埋める』という選択肢も有ります。……あ、刺し殺すのは駄目ですよ? 血痕が残って、容疑が暴露する危険性があるので」
 サラリとそんなコトを言ってくる後輩に、思わず茉奈は目が点になる。
(ど、どこからツッコむべきだろう……? とりあえず、『猛撃はしてません』から? 『お前ら親友じゃなかったのかよ!』から? それともそれともっ、『殺すなよ!!』から……?)
 そんな必死の(無意味な)葛藤に勤しむ茉奈に、見るに見かねた惟禾が茉奈の肩に手をおき、
「で、どうするの、茉奈? 探すなら惟禾も手伝うけど」
「はぁ…………。そうね、一応、探しとくべきよね。形だけでも」
 溜め息まじりに言う茉奈。
「……遙風探す、って名目で、イ才ンでも行く?」
「茉奈……、あんた初っ端からサボる気満々?」
「まぁね♪……あ、瑞嘴も来る?」
「をぉ。是非ご一緒させて頂きます」
 そんな、本人が聞いたら本気で投身自殺を図りそうな会話を楽しげに繰り広げる三人。
 これが、後に巷で『朝陽沢事件』と呼ばれる出来事の幕開けであったりするのだが―――
 今の彼らに、それを知る由は無い。