進め! 三丁目児童会!
作:青木梨





 六時限目が終わると、美由紀はすぐに教室を走り出た。
「美由紀ィ。ミスドいかなーい?」
「美由紀、これからみんなでカラオケ行くんだけどさぁ――」
「ゴメン! また誘って!」
 誘惑をふりはらい、砂ぼこりを立てて学校の外に踊り出た。
 十七歳の元陸上部の彼女は、大きな黒い瞳を輝かせ、全身から明るさとバイタリティーを発散して走っていた。
 あまりの勢いに道行く人もふりかえる。
 学校の外には、今日も平和な、ご町内があった。
――ああ、タバコ屋の先輩、今日もいた!!
 猛速で走る美由紀の心臓が、キュンと高鳴る。
 通りの角のタバコ屋の前に、精悍な三年のカラーの男子が見えた。
 この三ヶ月、いつ来ても『赤電話』と熱心に話しているのだ。
――いつも鋭い横顔がステキ! いつか告白させて下さいね!!
「へえ、やっぱり君も郵便ポストに追いかけられたのかい」
 会話の内容は何だか聞かないフリで、イノシシの勢いで横を走りぬけた。
 そして、そのまま走って走って走って、美由紀はついにたどりついた。
 草ぼうぼうの公園裏、陰気くさい場所に小さな建物があった。
 公民館のような施設に見えるが、『三丁目児童会』と札が下がっている。
 ここは、人に言えない美由紀の放課後の活動場所だった。
「四季ぃ、ついたよ――!」
 全く息を切らすことなく引き戸を開けると、クモの巣のかかった古い受けつけが見え、その向こうに茶の間の座敷があった。
 ちゃぶ台の前に、分厚い書物を広げた女の子が座っていた。
 キリッとした目元の大人びた美少女だ。
 近所の私立小学校に通っている四年生の四季である。
「六時限目の終わりが三〇二〇として時速四十キロ。ついに人間の限界を越えたわね、美由紀」
 美由紀は乱暴にクツを脱いで座敷に上がり、せんべいに手をのばした。
「えへ、赤電話の先輩に覚えてもらえるかもしれないでしょ?」
「私なら国際オリンピック連盟に通報するわ」
 美少女はバタンと書物を閉じた。
 表紙には『六法全書』と記されていた。
「あいかわらずご町内の神童ね。末は裁判官かなぁ?」
 茶化すような声に、四季はフンっと鼻をならした。
「むろん内閣総理大臣よ! 憲法九条を破棄して集団的自衛権と交戦権を明記、十八歳未満にも適用される徴兵制度を参院に通過させるわ!!」
「こ、この軍国主義者……!」
 四季はフフフ……と不気味に薄笑いし、ふと真顔になった。
「ところで今日はご依頼があるのよねぇ」
「い、依頼ぃ!?」
 美由紀は絶句した。四季は芝居がかったしぐさで手を広げた。
「そう。すなわち、ご町内の平和を守る『三丁目児童会』に」
「せ、せ先代から『引き受けねば、我が怨念が枕元に立つ』と脅されて受け継がされて以来三ヶ月も帰宅部状態だった『三丁目児童会』に――」
 息をそろえ、同時に叫んだ。
『ついに現金収入が!!』 
「ええ、う、うちの施設によ、よ、妖怪らしきモノが出まして……」
 美由紀は凍りついた。
 ちゃぶ台の端に、男が怯えたように座っていた。
 今までの会話は残らず聞かれたらしい。
「え、え、えーと、ご町内の裏通りのウワサでは、SFみたいに不思議な術をお使いになるとかで、お願いしようと思ったのですが……」
 おそらく冷えているだろう茶をすすり、
「やはりお断りしたいかと――!!」
「待ちなさい!!」
 逃げようとし、四季が出した足につまづいた。
 四季は十歳とは思えない力で男の襟首をギリギリしめあげる。
「さあ、快く詳しい話を聞かせてもらいましょう!! ホホホホ!」
 悲鳴。そして背筋を這いあがるような魔女の高笑い。
 美由紀は聞かないフリして、メモをとるべく紙とペンを出した。


 ……誰も知らないが、妖怪や超常現象が生き残っている土地がある。
 美由紀と四季の住む日本のとあるご町内もその一つだった。
 しかし人々は、古くは偏見や祟りを恐れ――現代じゃマスコミや観光客がウザいので――超常現象関連のモメゴトを極秘裏に解決する裏組織が密かに結成され、それらがコッソリと商売繁盛していた。
 美由紀と四季の『三丁目児童会』もその一つだった。


「――で、回収したゴミの中にヘンな人形が入ってたらしいんだって」
 美由紀はメモをめくった。
 二人の行き先、『ご町内おそうじ協会』は、ご町内の奥様方にちょっと知られた存在だった。
 その施設に人形が現れ、数を増して人を襲い始めたのは少し前からだったそうだ。ウワサは協会員の間でささやかれ、少しずつ広がっていった。
 夜に何かにかみつかれた、掃除戸棚に人形がギッシリつまって、確かに動いていた、野良犬や野良猫の死骸が日に日に多くなる……等々。
 おかげで、かなりの社員が本気で出社拒否する事態になったが、警察は『ストライキは管轄違い』と相手にしない。困り果てた協会の幹部が、ご町内の裏通りの飲み屋でグチッたところ『三丁目児童会』のことを耳打ちされ、賭けてみようと思ったという――。
 美由紀はメモをパタンと閉じた。
 Tシャツにジーンズ姿で、なぜか消火器を背負っていた。
「まあ、飲み屋は、多分あたしたちじゃなく、先代のこと話したんだろうね。あれで一応有名な妖怪バスターだったらしいし」
 夕暮れのご町内を歩きながら言った。
 美由紀は四季を見た。なぜか魔女のような真っ黒なローブ姿だ。それに黒いランドセルを背負ってうつむいている。
「四季……失敗したら先代に祟られるとか思っちゃダメだよ?
 ちゃんと、年上のお姉さんの判断を信じれば楽に……」
 四季は、拳を震わせていた。
「日本国も東西分裂すればいいわ! いえ、させてみせる!!」 
「今までナニを考えてたんだ貴様……」
「やはり、自衛隊と米軍基地は欠かせないわね!」 
「……そういや、あんただっけ。学校でたんざくに『権力』『共産党員殲滅』と書いて、楽しい七夕祭りを中止に追い込んだのは……」
 疲れて肩を落とした。  
 相手は小学生、小学生……と呪文のように念じるが、ふと某オーメンを思い出すのであった。
「うう……失敗して、先代の怨念に枕元に立たれそう……」
 その疲れ果てた目に、砂漠のオアシスが飛びこんだ。
「し、し、ししし四季! あ、あ、赤電話の先輩よ!!」  
 タバコ屋の前、キリッとした男子高生が受話器を取っていた。
「ね、ね? ステキでしょ!?」
 身長百三十五センチの陰に隠れるようにまくしたてた。
 彼は、キラリと白い歯を輝かせ、頬を夕日色に染めていた。
 ジリジリと進む二人の耳に、会話が飛びこんだ。
「そうだよな。やはり人形に襲われたときは『キャー!』ではなく『おにんぎゃー!』と叫ばなくては!」
「ああ! クールな先輩に今日もフォーリンラブ!!」
「……美由紀。あの赤電話、『故障中』って――」
「ステキステキ! あの方なら美由紀、大事なものをあげてもいい!」
「戻ってきなさいよ、この色ボケ女!!」
「ウフフ、四季には子供だからわかんないだろうなァ!」
「バカ、アホ、悪趣味、深海ハオリムシ、化学合成細菌!!」
「キャ、うそ! こっちに微笑んで下さったわ!!」
「……こんな若者を増殖させないためにも、早く首相になって国家思想統一法を成立させなければ……」  
 小さな背中に使命感を燃やし、相棒を引きずっていく四季だった。 


 おそうじ協会は、品のいい感じのビルだった。
 一見日本のどこにでもある家政婦協会である。
「でも今じゃ、警備員まで逃げて、ほとんど無人状態なんだってさ」
 美由紀がしかめ面でメモ帳をめくった。
「何日かかってもいいって話だけど、夜までに終わらせたいよね」
「同感ね、でも残った物好きはいるのかしら?」
 美由紀はビルの正面階段を昇り、インターホンを押した。
 しばらくして、誰かが出た。
「すんませーん、三丁目児童会ですけど」
 すると、砂の底から聞こえるようなザラリとした声がした。
『に、に、肉……ち、ち、血……く、く、食ってやる……』
 間髪入れず、
「超ムカツク。ダイナマイトで外から爆破しよう」
「同感だわね。でも私は火炎放射器を推奨するわ」
 インターフォンの向こうで一瞬の沈黙。
『ど、ど、どうぞ、おはいりください……』
「ホホホホホホホホホホホホホホホ!!」 
 勝ち誇った高笑いに、道行く人がビクっとする。
「美由紀、これは楽な初仕事になりそうだわ!」
「……いいけどさ、ガラス越しに、誰か襲われてない?」
 インターホンの横の自動ドア。その向こうで、大小二つの影が、数十体の人形に囲まれていた。
 一人は必死でホウキをふりまわし、もう一人が腰にしがみついている。
 美由紀と四季は、あわてて中に入った。
「助っ人に来たよ!!」
 美由紀は元陸上部の美脚で、容赦なく人形を蹴飛ばした。
 四季もランドセルを下ろした。ランドセルの中には、フチまでギッシリと長方形の紙が入っていた。四季は、それを人形に投げた。
「妖魔退散! 闇にかえれ、汚れた命よ!!」
 お札を受けた人形たちは壮絶な悲鳴を上げ、ヨロヨロと奥の通路の向こうに逃げていった。
「さすが四季……あ、大丈夫? あなたたち!」
「あ、助かりました……どうも、ありがとうです」
「です」
 助けられた二人は、よろめきながら立ちあがった。
「あ、かわいい!」
 美由紀の目が輝いた。
 中学生くらいの少年と五歳くらいの女の子だった。
 少年はジーンズとワイシャツに青いエプロン姿で、女の子はワンピースに花柄ピンクのエプロン。少年の腰にしがみついて、首をひねっていた。
 少年は人好きのする笑顔を浮かべ、美由紀、四季と握手した。
「『三丁目児童会』の方ですね。お話はうかがってます。
 僕は手伝いのサガンです。こっちのちっこいのがクー」
「ちっこいのがクー!」
 女の子がかわいらしく繰り返し、美由紀は微笑した。
「僕ら、人形が外に出ないようにと見張ってたんですが、逆に……」
「大変でしたね。では後は専門機関に任せて避難してください」
 美由紀は腕まくりして四季をふりかえった。
「四季、行くよ、準備はいい?」
「聞かれるまでもないわ!」
「はい、大丈夫です」
「です!」
『………………』
 二人は黙り込んだ。四季が出来るだけ冷たく、
「あなた方、ついてくるおつもり?」
「あ、はい。何かお役に立ちたいんです」
「んです!」
「ハッキリ言うわ 足手まといよ。外に避難してて」
「でも、ヒマですし、マンガみたいで興味ありますし!」
 サガンはニコニコ笑った。四季は眉をひそめ、
「物見遊山は困るわ。それにその子が危ないじゃない」
 サガンの腰にしがみついているクーを指さした。
 ふっくらしたリンゴのほっぺは、つつきたくなるくらいかわいい。
 しかしサガンは、笑って手をふった。
「クーは妖怪ですよ。ご町内の浜に磯釣りに行ったとき、釣り糸にからまってもがいてたのを助けたら、なつかれちゃって」
「……巨大に細かいことは置いといて。で、あなたも妖怪?」
「いえ、僕は人類です。でもおそうじ用具で闘えますから」
 言って、ホウキをバトンのようにクルクル回し、傍らの水色のゴミバケツを横抱きにする――おそらく本人の頭の中では盾なのだろう。
 美由紀はげんなりして四季を見下ろした。
「非常識なコだよね。どうする、四季?」   
「そうねぇ」
 しかし、そろそろ日も沈むころだった。
 結局、渋々連れていくことになった。


「はあ……また出た!」
 四人は建物のかなり内部まで来ていた。
 事務室や会議室などさまざまな部屋の前を通ったが、どれもカギがかけられているか、シャッターで閉ざされていた。
 窓も閉められ、照明は薄暗い。
 しかし、通路内はどこから来たのやら、人形、人形、人形だった。
 アンティークやピスク、ソフトビニール、電動性のものまでいた。
 とはいえ、どれも生物的な牙をもち、目を赤く光らせて襲いかかってくる。ネズミの巣に足を踏み入れたような感じだった。
「必殺! 陸上部からパクった消火器!!」
「五枚百円! ご町内裏百円ショップ『妖魔退散』の札!!」
 消火器のノズルを押して人形がひるんだ隙に、お札をばらまく。
 それだけで人形はパタパタと無生物に戻っていった。
「派手な道具は使わず、これぞ平成の低予算退魔!!」
「予算不足と素直に言えっての……でもさ、ゴキブリみたいに出てきてキリがないじゃん?」
「最初に意思を持った奴がどこかにいるはずよ。迷わずそれを目指す」
「……迷ったら、これがホントのオー・マイ・ゴ(迷子)ッド」
「初仕事、初退魔、初勝利、初ガツオ、初収入! ホホホホホ!!」
「シカトするなっての……というか今、あいだに一つ余計な――」
「――エイ! ヤァ!!」
 美由紀や四季の前で、サガンは意外にも活躍していた。  
 女性三人中に黒一点で、何か責任感が芽生えたらしい。
 腰にクーをへばりつかせたまま、果敢に人形の群れに突っ込んで自力で道を開けてくれるのだ。おかげで美由紀も四季も大いに助かった。
 美由紀はふと、奮闘するサガンをポーっと見ている相棒に気づいた。
 上から頭をこづいてニヤニヤ笑う。
「何? 何ぃ? 権力とか言って、あんたもただの女ねぇ!」
「ち、ち、違うわよ! わ、私が総理大臣になったら、あの男を官房長官に起用してやってもいいかなって思ってただけで……」
「エプロンの鎧にホウキの剣の騎士! いいじゃない!」
 美由紀が大笑いし、四季はむくれた。
 そこにサガンが戻ってきた。
 人形たちは形勢不利と見て引いたようだった。
「妖怪退治屋さん、あいつらどこから来たんでしょうね?」
 傷だらけのゴミバケツの盾を片手に、首をかしげる。
 腰にへばりついてるクーも「でしょでしょ?」と繰りかえし、ククっと首をかしげていた。美由紀は耐えきれず、クーを抱き上げ、思いっきり頬ずりした。クーは「クー!」と嬉しそうだったが、下におろすと磁石のように、またぺタッとサガンの腰にしがみついた。
 四季は平静を取りつくろってサガンに向き直った。
「そ、そうね。分からないけど……多分ゴミ捨て場ですわ」
「ゴミ捨て場? ああ、捨てられた器物の恨みですか!!」
「そう。とくに最近は不況でもあるし」
「不況? 何か関係あるの?」と美由紀。
「消費低迷、企業在庫の大量投棄、即ち妖怪の増殖」
「究極三段論法……つーか山ほど矛盾があるって!」
「これも、不況の産み出した一つの悲劇ね」
「不況で妖怪に襲われてたまるか!」
「あ、でも何が来ても、この『非常』ゴミバケツがあれば大丈夫です!」
 サガンは水色のゴミバケツを叩いた。
 確かに、フタに油性マジックで『非常』と書かれていた。
「『非常用』、の間違いではありませんの?」と四季。 
「いえ、これはですね。僕が拾った――」
 そのとき、歩いていた四季が鋭く言った。
「……するどい妖気……多分、ここだわ!」
 講堂の大扉の前だ。   
「なるほど、一点で待ち構えてるとは利口じゃない」
「その代わり、一網打尽にしやすいのよ!」 
 お札でいっぱいのランドセルを背負いなおし、四季はサガンを見た。
「ここからは今までとは比較にならないですわ。外で待ってます?」
 サガンはキッパリ首をふった。クーも習う。
 四人は無言で同時にうなずき、扉をゆっくりと開けた。


 体育館のように広いそこは、一面の人形人形人形だった。
『に、に、肉……ち、ち、血……』
 おぞましい砂のような声に、四季たちは眉をひそめた。
 人形の足元には、食われて骨になったハトやカラス、野犬や野良猫の死骸があった。四季が、ふと美由紀を見た。
 美由紀は、2.0の視力でギョロギョロと室内中を見ていた。
「美由紀、あんたでも恐がるの?」
「ない、ない……これだけ人形がいて、初代限定版A●BOがない!!」 
 四季は沈黙した。
「そりゃ、こういう人形怪談でテディ・ベアや電気ネズミが出たって話はあまり聞かないけどさ……」
「美由紀さん、買い損ねたんですか?」
 美由紀は血の涙を流して絶叫した。
「当時中学生の私に二十ン万円が出せるわけないでしょ! しかもインターネット注文オンリー!! おのれ、ソのつく電機会社!!」
「お、お気の毒に……」
「気にすることありませんわ.あれは熱狂したら理性を捨てるんだから」
 力強く断言する四季。
『く、く、食ってやる……』
 四人はハッと我に返った。
 いつのまにか、人形たちはジワジワと間合いをつめていた.
「美由紀、親玉分かる!?」
「多分……あれ!」
 美由紀は、まっすぐ全長十メートルの女神像の上をさした。
 親玉は元フランス人形らしい。服も肌もボロボロで、見えるのは自分を捨てた人間に対する恐ろしい恨みと憎しみだけだった。
「――というか、なぜ自由の女神像が!?」
「いつか本物をおそうじするのが協会の悲願です。今は気分だけ!!」
『………………』
 何だかコメントの見つからない二人だった。
 ふと女神像の親玉のフランス人形がギギギ……と笑った。
 配下の数万の人形たちもギギギ……と笑う。
 しかし四季は、像のてっぺんに怒鳴りつけた。
「フランス人形ならフランス出身! さあ、フランス語を話しなさい!!」
 人形たちの笑いがピタっと止まった。
『……フ、フランス……?』
「間違ったら嘲笑う!!」
「四季……」
 しばしの沈黙の後、親玉の人形が恐る恐る言った。
『ナ、ナマステ……』
「………………………………………フ!」
 時が止まった、と美由紀は思った。
 その一瞬には確かに、ウサギがカメをどころか、マダガスカルハリネズミがインフルエンザウィルスを嘲笑っているような侮蔑感があった。
 人形たちも感じたのか、赤い目をオドオド光らせて後じさった。
 ニヤリと笑う四季。しかし美由紀は冷静に、
「あの、フランス人形はフランス出身の人形のことじゃなくて、フランス様式で作られた人形全般のことをいうんだけど?」
 沈黙があった。
『に、に、肉……ち、ち、血……く、く、食ってやる……』
 人形たちが再びギシギシ言いながら近づいてくる。
「自信取り戻してるわよ、美由紀……」
「ゴメン……」
「まあまあ。ではサクサク行きましょう――だぁー!!」
 かけ声一発、サガンが人形の群れに突っ込んだ。
 赤やピンクのフリルの愛らしい人形たちが襲いかかる。
「ちょっと! 危ないよ、サガン!」
 しかしサガンはホウキをふりまわし、自由の女神像に突き進んでいく。
 しかもクーを『非常』ゴミバケツでうまくかばっていた。
 クーは腰にへばりついているだけだが、恐がらずに人形を蹴っている。妖怪とはいえ、幼児にしては大活躍だ。
 四季はそれを見て、うっとりしていた。
「デートの場所はやはり衆議院議員選挙と比例代表区で……」
「コラコラ、あたしらも行くのよ!」
 四季の襟首をつまみ、消火器をスタンバイにした。 
「よしっ! 美由紀、十時の方向にノズル噴射!!」
「了解っ…………十時の方向ってどこ!?」
 混乱しながらも、後発部隊はサガンを追って進み出した。
 人形は白い泡にひるみ、お札が触れて崩れていく。
 二人はサガンの切り開いた道をなぞって進んだ。
 だが、形勢がよくないのは五分もしないうちに分かった。
 何しろ人形の数は限りがなく、死を恐れないのだ。退魔札も無限ではない。
 いつのまにかサガンとの距離も二メートル、五メートルと開いていた。
「サガン――!」 
 人形の波にぐらついたサガンを見、四季が悲鳴を上げた。
 その隙に一匹が四季の頭に食らいついた。
 美由紀は人形を叩いて追い払った。
「あ!」
 一瞬の隙で、美由紀の消火器が奪われた。人形たちは可愛らしい手でゴロゴロ転がし、ついに分解してしまった。
「し、四季ぃ! あ、あああたしってバカだ!!」
「その通り。ピーマン、大根、洗面器、電気釜、二割引き牛乳っ!」
「だぁ、このクソガキ、帰ったらボコしてやる!――というか、それは貴様の買い物リストだ――!!」
 意味不明のツッコミを入れ、美由紀は陸上部の体力で四季を持ち上げ、人形を蹴とばして走った。 
「サガン、無事!?」と美由紀。
 前方のサガンの方はホウキを取られていた。なぜかしゃがみこみ、背中や足にかみつかれながら『非常』ゴミバケツをいじくっていた。
 クーはけなげに痛みに耐え、サガンについた人形を取っていた。
「よし、完了! さ、二人ともこっちに!」
「何なに? スクラムでも組むの?」
「早く!」
 人形にひきずり倒されそうになりながら、美由紀は走った。
 四季が、あいだを阻む人形めがけ、ランドセルを逆さにした。
 お札が酸性雨のごとく人形たちにふりそそぐ。
 不快な悲鳴と、人形が倒れる音。
 たどりつくと、二人が横倒しにしたゴミバケツに――乗っていた。
「ち、ちょっとサガン……マジ?」
「乗ってください!」
 有無を言わせぬ勢いに、四季を先に乗せて美由紀もフチに手をかけた。
「よし――行きます!」
「――て、ちょっと待ってよ!!」
 次の瞬間、ゴミバケツが宙に飛んだ。
 美由紀は危うく置いてかれそうになったが、何とかぶら下がった。
 人形たちはみるみるアリの群れのように小さくなる。
 サガンは感嘆してうなった。
「さすが、僕がどこか人に言えない場所で拾った『非常』ゴミバケツだ!!」
「細かいツッコミはさておき、どこをどういう原理でゴミバケツが空を飛ぶ!!」
 必死にぶら下がりながら、美由紀は絶叫した。
「だって『非常』なゴミバケツ……」
「説明になってない!!」
「で、でも、ゴミバケツがいつも空飛んだら困るでしょ?」
「そりゃ、そうだけど……」 
「だから、きっとそうなんですよ!」
「だから何が――!!」
 ゴミバケツは角度を上げ、一気に上昇、加速した。
 美由紀は落ちそうになったが、何とか耐えた。
 フランス人形は、迫った敵に美しい顔を醜くひきつらせ、ニセ女神像の冠の上で四人をにらんだ。
『おのれ……おのれ……』
 四季がスックと立ち、まっすぐに人形に指を突きつけた。
「私は先代に(ムリヤリ)『三丁目児童会』を託されし一人が四季!
 ご町内の平和を荒らす妖怪!! この私が無に戻してみせる!」
「いや、普段ご町内の平和を荒らしてるのは、むしろ四季の方なんだけど」 
 右手を蹴られ、十メートル下に落ちかけて悲鳴を上げた。
 四季はランドセルから最後の一枚を出し、ランドセルを下に捨てた。  
 サガンと美由紀はギョッとした。
「四季さん! 一人でやる気なのか!?」
「のかー?」
「四季! たった一枚で渡りあう気!?」
 彼女はふりかえり、三人に片目をつぶった。
「妖怪撲滅のため、小さな破壊は必要よね?」
「ああ?」
 四季は、懐から拳大の『何か』を取り出した。
 美由紀とサガンの顔が瞬時に蒼白になった。
「し、し、四季。そ、そ……ど、ど、どこから……」 
「四季さん……入手ルートは……!」
「大丈夫。威力はちゃんと強化してあるわ」
「中南米のゲリラか、お前は……」
 四季は上部のピンを抜き、『それ』を人形めがけて投げた。
「さ、サガン!! 逃げて!!」
 ゴミバケツが急旋回し、風を切って全速で離れた。
 瞬間。閃光、大爆発とともに、ニセ自由の女神像が傾いた。
 光の渦の中、四季が投げた最後のお札が、人形の背中に貼りついた。
『ギャァァァァァァ―――』
 親玉の人形が、爆風にあおられ十メートル下に突っ込んでいった。
 女神像が傾き、講堂の壁にぶつかって半壊させた。砕け散った膨大な石塊が隕石のごとく講堂の床に降り注いだ。
 四季は勝利の笑みで、髪をかきあげた。
「最近アブナイ奴が多いし、備えあれば憂いなしだわね」
「手榴弾持ち歩く小学生の方がアブナイわ!!」
「よし、残りの人形のとどめはクーにおまかせを!」
「は!?」
 サガンが、膝の上のクーの頭を優しくなでた。
 クーがゆっくり立ちあがり、手をゴミバケツにかざした。
「くーっ!」
 次の瞬間、轟音とともにゴミバケツの中から水があふれた。
「キャ――!!」
 滝のようにゴウゴウと流れ落ち、下はみるみる大洪水になった。
 恨みという、歪んだ命を与えられた人形たちは、浄化の水の激流の中で、無生物に戻っていった。
「いいぞ、クー! さすが、ご町内出身妖怪!!」
 手放しでクーを誉めまくるサガン。
 美由紀は二人をバケモノのように見ながら、
「あの……お二人とも、うちの児童会で働きません?」
 サガンが、はじけたように笑った。
「美由紀さん、面白い冗談言いますね!」
 四季は聞こえないフリをしていたが、肩がガックリ落ちた。美由紀は頭を抱えながらも、ポンッと肩だけ叩いてやった。
 やがて、水が引いていった。
 後には無数の人形たちがぷかぷか漂っていた。
 サガンは、ゆっくりゴミバケツを下ろした。
 まだくるぶしまで水が残っていた。
「よーし、今日もおそうじがんばるのだー!」
「のだー!」
 サガンとクーは、はりきっていた。美由紀は苦笑しながら、
「まあ、被害は甚大だけど、初仕事は成功だね、四季」
 しかし、四季は鋭い目になっていた。
「どしたの?」
「まだよ! 親玉が逃げるのが見えたわ! 札を取ったんだわ!」
 四季は走り出した。
「四季、お札はないよ! あ、サガンさんとクーちゃんは待ってて!!」
 美由紀も後を追った。
 途中で水に浮いているホウキを見つけ、迷わず手に取った。
 建物の中は月明かりの他、ほとんど真っ暗だった。
 突然、耳朶を、少女の悲鳴が打った。
「四季――!!」  
 待ち伏せされたのだろう。取っ組み合っている四季と人形がいた。
 我を失ったせいか、四季は水浸しの床に引き倒されていた。
 何体かの生き残りも群がっていた。
「どきなさい、三下!!」
 ホウキ一閃、アッサリ蹴散らした。
 その目に、親玉が四季の喉の上に覆い被さっているのが見えた。
 もはや動くボロキレと変わらない。
 真っ赤な口と、月明かりに光る目だけが不気味にうつった。
 美由紀は何も考えず、ホウキで親玉を壁に叩きつけた。
 床に落ちたそれを、渾身の脚力で踏みつけた。
 バキッとイヤな音がして、人形は今度こそ永遠に沈黙した。
 他の人形は親玉の怨念の力を失い、静かに動きを止めた。
「四季――!!」
 美由紀は水面にうつぶせになった四季を引き上げた。
「四季! 四季!!」
 水をしたたらせ、血だらけになった少女は、目を閉じて動かなかった。
 美由紀は容赦なく頬を叩いた。
 しかし、少女は目を閉じて動かなかった。
 美由紀の目から涙がボロボロこぼれおちた。
「四季! しっかりしなよ。あんた日本の首相になる夢があるんでしょう!! 例の国と癒着して、コッソリ核兵器を作らせ第三次世界大戦を勃発さすって! そして地球統一四季帝国を発足させ、最高女帝に……」 
 そこまで言いかけ、パッと手を離した。
「さて、尊い犠牲だったけど地球の未来は救われた。後腐れなく帰るか!」
「待ちなさいよ、あんた!!」
「ゲ!! い、生きてた!!」 
 四季は濡れネズミになりながら立とうとし、よろめいた。
 美由紀が手を出して支えた。
「お優しいわね。後腐れなく帰るんじゃなかったの?」
「まあ、銃弾一発でいつでも抹殺出来るんだし」
「秘密警察をつくったら、真っ先にあんたを投獄させるわ」
 二人はしばらくにらみあい、プッと吹き出した。
「ま、今回は曲りなりに依頼成功ね!」
「ナイスファイト、四季!」
 二人はパンっと片手を打ち合わせた。
「妖怪退治屋さん! 何事ですか!?」
 騒ぎを聞きつけたのか、入り口の方から職員や警備員の足音がした。
 それが何よりの仕事終了の合図だった。
 しかし……ニセ自由の女神像の破壊の轟音は、まだ続いていた。


 翌日、『三丁目児童会』の座敷で、サガンは美由紀とちゃぶ台をはさんで向かい合っていた。
 美由紀は石のように無表情だった。
「ええ、『洪水』被害に『莫大な』器物破損、さらに人形の処理代も……」  
「分かってる。あれじゃ賠償金請求されても仕方なかったんだし」
「で、協会は感謝はしてましたが、報酬の方は……」
 膝上のクーは、小さな手をのばしてまんじゅうを取ろうとしていた。
「まあ、ミスはお互い様、助け合った仲だしね……分かった!」
「すいません!!」
「ません!」
 頭を下げられ、美由紀も苦笑いするしかなかった。
 二人が帰ると、入れ代わりに四季がノートパソコンを持ってやってきた。
 すれちがいになったと知ると息をついたが、無報酬だったことには肩をすくめただけだった。
 それから急いでインターネットに接続した。
「先代にメールは出した?」
「今出すわ。でも素人すぎるって説教されるだけでしょうけど」
「だって本当に素人じゃん」
「いえ、多分――何で、まだチョット動いてる人形を回収してネットオークションに出さなかったのか、とか」
「…………あたしら闇の商人かい……」
「よし、送信完了と……ま、今回のは勉強代と思いましょう」
「歳は離れても、息が合ってそうなことは分かったしね」
 二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
 しかし、ふと四季は切なそうな顔になった。
「でもサガンとは、多分これで……」
 美由紀も肩を落とした。
「あたしもだ。欲しかったな、報酬の代わりに…クーちゃん」
「…………サガンって飼い主がいるからダメに決まってるでしょ」
「やだ! クーちゃん欲しい! 絶対飼うのぉ――!!」
 手足をバタバタさせる美由紀を無視し、四季はパソコンに向かった。
「いったい、何で世間はこいつより私を危ないと思うのかしら」
 そこに、新たにメールの着信音がした。
「先代かしら。早いわね」
 美由紀は恐怖の表情で飛び起きた。
「は、はは早すぎだよ! ま、まさか『怨念が枕元に立ちます宣言』!?」 
「いえ……依頼メールだわ! ご町内の三丁目郵便局!」
「オオ! さっそくあちこちに波紋が! あン、絶対赤電話の先輩にも聞こえてるわン! きゃン、ミユミユだって分かるかな!」
「こいつ、いつか洗脳しなければ…………」
 四季はパソコンの画面を音読した。
「『ご町内郵便局極秘課より。深夜、町内の全郵便ポストが動き出し、町を徘徊し、困り果て……』」
 二人はゆっくりと顔を見合わせた。
「知らなかったなぁ。郵便局に極秘課があったんだ」
「ご町内の郵便局だしね。でも郵便ポストの妖怪ねえ」
「深夜に群なす郵便ポスト軍団……恐いね、確かに」
「接着剤で足を固定するのはどうかしら?」
「その前に、焚きつけて『おそうじ協会』に突っ込ませるか」
「ナイス発想。さっそく行きましょ!」
「親玉はやはり投函口が二つのやつかな?」
「いや、それよりも憑依関係だと――」
 二人は話し合いながら、計画を作っていった。
「でもさぁ、前途多難だねえ、四季……」
「今度はもっとうまくやるわ。輝ける現金のために!!」
「ハイハイ。我らが『三丁目児童会』とご町内の平和のために!!」
 二人の頭に、もう前日の失敗は消え失せていた。
 そして、二人は依頼を果たすべく座敷を出ていった。
 ご町内に夕日がさし、今日もまた妖怪の時間が来ようとしていた。















あとがき:
 青木梨といいます。こんなものが小説の初投稿ですいません……。ノリだけで数日で書いたものです。
 設定はともかく、読みやすいか、テンポはどうか、えー、笑えるか、最後まで違和感なく読めるのか――等々が気になっています。
 今後の質向上のため、よかったら皆様のアドバイスをお願いします。