義兄弟の結契 〜三國志、桃園、雄志〜
作:AKIRA





『幽州義勇軍徴募の報』
 琢県の大広場にはこんな立て札が掲げられていた。
 その立て札の周りには黒山の人だかり。
 その人だかりからほんの少し離れた所に男はいた。
 まず、手が異常といっていいほど長い。膝ほどまである。
 背は黒山より頭一つ出ている為、非常に目立つ。
 色白、程よい色づきをした唇。しかし、彼が異相であるのは耳だ。
 耳たぶが長く、それでいて肉付きが良い。
 誰が見ても王侯貴族だろう、と勘違いしてしまう。
 しかし、彼は筵や草履を作って生計を立てている。
 今、彼は仕事を終え、この大広場に来ていた。
「へぇ、義勇軍ですかい。兄貴、どうしやす?」
 傍らにいた手下と思しき男が彼に尋ねると、
「義勇軍・・・名をあげるにゃ、絶好だね」
「じゃ、決まりですね。直ぐに仲間ぁ、呼んできます」
「ばか。俺達だけじゃすぐにやられちまうだろう。せめて豪傑が一人か二人いてくれたらなぁ・・・」
 と筵売りが溜息をついていると、
「大の男が国難の時代に嘆息するとは情けない」
 と大声で誰かが筵売りに怒鳴った。
「誰だ?あいつは」と筵売りが手下に聞くと、張飛という名前でここいらでは有名で、田地を持っていて酒肉を売って生活しているが、三度の飯より喧嘩事が好きらしく、豪傑を自らもって名乗っているという。
「なんだぁ?そのしけた面は。男ならこんな時にこそ身を立て、天下を引っ掻き回そうとは思わんのか」と張飛はまた怒鳴った。
(こいつは使える)と思った筵売りは是非、貴公と論じたい、と言って近くの酒場に誘った。筵売りは劉備、と名乗った。


「かつて漢祖・劉邦は農民から軍を興したという。つまり、これは好機というものは誰にでもあるが、掴むのは本人の努力次第だ、という事だ」
 と、張飛は手代を掴んで頭をピシャリピシャリと叩いている。
 張飛は少し酒癖が悪かったようだ。
 しかし、劉備は満足げな様子で頷いている。
「そうだ!張飛殿、俺と組まないか?俺とあんたが組めば天下を引っ掻き回すどころか、手中に収めることが出来るぞ」
「しかしなぁ、劉備殿よ。確かに俺程武技に通じている奴はいない、と思っている。そこで問題なのは参謀役がいない事だ。力だけあったってそれを使いこなせる頭がないと意味がない。あんたは俺より頭は出来るが、それ以上に出来る人間が必要だ。あんたは頭よりむしろ、その人徳を磨いた方がいい」
 と二人が論じ合っていた所、巨漢が一人、酒場に入って来た。
 顔は棗のように赤黒く、唇も赤い。が何より髯が非常に長く綺麗にそろえられている。目も切れ長で、人品の良さが全身から滲み出ている。
(あいつも只者ではないぞ)劉備は思い、その男の卓に真向かいに座り、一緒に飲もう、と誘った。
 髯もよし、と頷き、張飛が待っている卓に移った。
 髯は関羽と名乗り、役人を斬り殺して逃亡していたが、路銀が底をつき、今は子供達に読み書きを教えて、生計しているという。
 劉備は関羽に義勇軍の話を持ちかけると、静かに頷いた。


「やっとこの子に陽が巡ってきたよ」と劉備の母は嬉しそうだった。
 筵を売りに行ったまま帰ってこないので、どこかでまた遊んでいる、と思えば見るからに勇者と思しい男をしかも二人も連れてきたのだから。
「母ちゃん、裏に桃園があったろ。そこで酒を飲むから用意頼むわ」
 と劉備は母親に頼むと、張飛、関羽の二人を自宅に置いたまま、仲間を呼びに出かけてしまった。
 劉備が帰ってきたのはそれから約一時間後だった。後ろには五十人ほどの仲間がいる。
 母親はお二人さんには先に行ってもらったよ、と言って劉備に早く行くよう促した。


「よう、遅かったじゃないか」と張飛はやはりご機嫌な様子で、関羽はただ静かに杯を口に寄せている。
 桃園にはすでに赤い祭壇があって真ん中の段にはすでに線香が炊かれていた。
「じゃ、始めるとするか」
 と劉備が言うや、ほかの二人はさっきとはまるで違う神妙な顔つきになった。
 桃園には入らなかった五十人の仲間も固唾を飲んで見守っている。
 そして、
『我ら、劉関張の三人はもとより生まれし場所、時を異なくしているが、願わくば同年、同日、同時に死ぬ事を欲す』
 といって三人がそれぞれ傍らにおいてあった桃の木で作った剣を突き合せた。
 これで、この三人は単なる仲間ではなく、“義兄弟”になった。
 そして、祝いの祝宴は催したのだった。


 年長である劉備が長兄、以下関羽、張飛、の順になった。
 そこで年長である劉備が五十人の仲間と二人の兄弟に向かってこう話した。
「俺は、今まで隠していたが本当は漢の中山靖王である劉勝の末孫であり、五代皇帝である景帝の玄孫だそうだ。その俺が旗を立てる、となればみんなは漢室のためと思うかもしれない。しかし、それは違う。あくまで俺は筵売りから身を興し、天下を引っ掻き回して俺のものにする為だ。中山靖王?漢室のため?そんなもんはくそくらえだ。俺はあくまで天下に『劉備ここにあり』ってのを知らしめ、百世に名を残す為だ。其の為に皆を時には見捨てるかもしれない。それでもついて来てくれるか」
 五十人の仲間は応、と答え、関、張の二人も頷いていた。


 翌日、劉備一行は幽州城を訪れ、同族である劉焉に歓待された。
 そして、義勇軍に応募しここに一人の英雄が乱世の中国に出現した。