THE・SHADOWS 6
作:トップシークレット





第五話・泣きっ面に天狗
「もう・・・・・絶対に・・・これから先は、あの野郎の名前を聞くことはないと思っていたのに・・・。」
かなり悲哀に満ちた表情で眞吾がマリアに力なく独り言のようにマリアに語りかける。それについでどこか眞吾の足取りがおぼつかない様子である。いつも天真爛漫な眞吾なのにこんなに落ち込んだ様子を見たことのないマリアはさすがに心配になるが、どうやって眞吾に接してやればいいのかわからないまま学校に到着する。昇降口で靴を履き替えてしばらく歩くと異様な人垣が出来ていた。このことにしめたといわんばかりに眞吾を元気付けようと力ない眞吾を強引に引っ張って掲示板まで連れて行く。眞吾の登場に異様な人垣は一気にはやし立てる。どうやら校内新聞のようだ。『穐山眞吾の恋人発覚!お相手は3年の図書委員長、池田綾乃!!』と大々的に掲示板に掲載されている新聞に書かれている。さらにその下にはその現場を押さえた写真と称して眞吾と池田綾乃が親密そうに会話しているところを2、3枚の写真が大衆に語りかけている。さらにその下にこの写真の様子が書かれている。眞吾はいまひとつ状況が飲み込めない様子で下の文面を眺めているとありもしないようなデマがづらづらと書かれている。『この後二人は一緒に帰った。』とか『二人は人目を気にせず熱い接吻を交わした。』などとどう考えてもありもしないことが書かれていた。この新聞を見ていた女子が、
「しんごくん・・・・・いつの間に彼女作ったの?ひどいよ!」
「・・・っ最低!まさか眞吾君がそんな人だったなんて!」
女子が眞吾に向かってかなりきつい野次をマシンガンの如く飛ばしていく。すると、眞吾は何かをひらめいたかのように掲示板の周りにいる女子をいったんなだめてこの新聞の発行者を確認して突然思いもよらないことをいい始める。
「この新聞を発行した張本人は実はすごくアニメオタクで学校が休みの日は良く秋葉原のアニメフェスティバルに通っててそこでは自分のことをチーフって呼んでるんだってさ。」
すると、驚くことに女子の意識が新聞から眞吾の言うありもしない話に耳が傾いてきた。食いついてきた女子をさらにありもしないデマでさらに意識をそらす。
「この新聞の写真を撮ったやつは実は異常な盗撮マニアでしょっちゅう女子のスカートの中の写真を撮って盗撮サイトに売りつけてお小遣いを稼いでるんだよ。」
もう完全に新聞のことそっちのけで眞吾の語るデマに集中している。
「この新聞の文章書いたやつは実は意外とナルシストで家に帰ると自分の部屋にある鏡を3時間以上はいろいろなポーズで眺めてるんだって。」
延々と眞吾が語るどこから出てくるのか分からないデマに掲示板の周りにいた野次馬は完全に踊らされていた。その隙を突いて大勢の生徒の合間を縫って教室に直行する。自分の席に着くとどうも‘あのときのこと’が頭にこびりついて離れない。何をしようとしてもそのことが頭から離れず、何をやっても手が付かないでなんだかイライラし始めてきた。普段はきちんと作業をこなす性格の眞吾なのだが久々にイライラしているせいかやることなすこと全てが中途半端になっていた。そんなこんなで時間が過ぎて行きいつの間にか放課後になっていた。すると、眞吾の教室にマリアが訪れた。
「眞吾・・・・今日は定例の集合よ。これから一緒に行く?」
マリアは軽いノリで誘ったが、眞吾はどことなく険しい顔と妙なオーラを漂わせながら、
「スマンが1人で行ってくれ。なんだか今日はムカついてしょうがない。それと、今日は俺遅れるってビーナスに言っておいてくれ。用事がある。」
マリアがただ何気なく質問をしただけなのにかなり厳しく拒絶された。マリアはそんな眞吾を見て何故か胸が痛かった。そのまま眞吾は不機嫌のまま家路に着いた。マリアは仕方なく1人でシャドウズの本部基地へ向かうことにした。
―――穐山邸―――眞吾は不機嫌なままに家に帰ってきて何をやってもイライラするのでとりあえずベッドに身を放り投げた。
『まさか・・・・あいつが生きていたとは思いもしなかったな。烏丸天狗!』
眞吾がその例の男の名を頭の中がよぎるとそのときの出来事が驚くほど鮮明によみがえってきた。
『あれは・・・俺がまだシャドウズの訓練兵だった時のことだ。俺はそのとき訓練兵卒業の最終任務の場所だった。』
―――2032年、4月18日、0135時、京葉科学工業地帯にてバイオハザード(病原微生物や寄生虫などによって引き起こされる生物災害)発生―――
京葉工業地帯半径20キロメートルの中にいた人間は何者かの手によって仕掛けられた生物化学兵器PP−Xが短距離ミサイルによって爆発して散布。死者125万9000人以上。二次感染者160万人以上。日本で史上最悪で21世紀史上最悪の生物災害となって世界中に知れ渡った。PP−Xの主な症状は感染して1時間でまず嘔吐と下痢を引き起こす。その2時間後には全身の皮膚がぼろきれのようにただれ落ちて、青く変色する。さらに1時間後には全身から出血が始まる。とにかく穴という穴から出血をする。目の出血部分から流血がなくなったときはもう死期である。心臓、肺、横隔膜、脳、内臓。全ての機能が突然凍りついたかのように機能を停止して死に至る。感染ルートはさまざまである。空気感染が一番恐ろしい。軽くため息をついただけで5メートル以内にいる人は瞬間的に感染を余儀なくされる。さらに死体から流れ出る血液からも常に蒸発したウイルスが空気中に散布される。日本政府は千葉東部、東東京連合、新神奈川県の東部に至って全ての人、物、動物の移動を禁止。これによって関東圏内の都市機能は完全に機能停止。消防、警察、自衛隊も政府対策本部からの詳しい情報が与えられないまま活動を開始。しかし、救済範囲があまりにも広大すぎるがために最終的には関東圏内全域にまで被害範囲が及んだ。こうなってしまってはもう人民は誰の手に求められない。略奪、紛争、恐慌、さらには革命と唱って人間が暴徒化した。そんな中、15人の中隊の中に訓練兵の眞吾とマリアがいた。司令部から匿名の情報で何者かが関連しているとの情報で地獄絵図の京葉科学工業地帯で行動をしていた。
「訓練兵!死にたくなければガスマスク内部の空気浄化を怠るなよ!」
中隊長に走りながら注意を受けてもうパニック状態に陥ってしまった。化学生産品エリアについて中隊長が5つの小隊に分けて手分けをして捜索することを提案。中隊長の柊大(ひいらぎだい)は眞吾とマリアを引き連れて毒物化学エリアに向かった。そこはもうひどい状態だった。絶え間なくタンクから噴出す謎の白濁した液体。蒸発して空気中を汚染し続けるPP−X。さらにはそこら中に転がっている死体。予想以上の足場と視界の悪さになかなか先に進むことが出来ない。仕方がないので柊大はその場に立ち止まってあたりを見渡しながら、
「それにしてもひでぇー状況だな。そこら中に死体は転がってるわ、爆弾によって破壊された生成用タンクの破片がそこら中に飛び散ってるわ、PP−Xの蒸発した液体が濃霧のようになって視界が利かないから任務遂行の邪魔になって仕方ない。」
などと、悪態をつきながら不満を撒き散らす。訓練兵のマリアと眞吾はまだ上手く状況が把握できていない様子で死体がそこら中に転がっていてもただピンとその場に立ち尽くしている。
「お前らも悲惨だな。まさかこんなところで犯人を見つけることが訓練兵卒業任務だなんてな。それで、任務のクリア条件はなんていわれてきた?」
柊大の突然の問いかけに眞吾はがくがくと震えながら答える。
「えぇーーっと・・・・・確か無傷生還、犯人逮捕もしくは犯人殺害って言われたと思います。」
柊大は淡々と眞吾の話を食い入るように聞く。するとマリアが眞吾と同じようにがくがくと震えながら、
「隊長。どうも私はこんなところに今回の事件を引き起こした犯人はもう既にいないと思います。」
「ほう、それはどうしてかな?短く簡潔に説明してくれたえ、マリア訓練兵。」
「はい。理由は1つです。こんな地獄のようなところをいつまでもうろついてるとは思わないからです。短距離ミサイルをセットして早々に犯人は逃亡したと思われます。」
すると柊大は感嘆としながら、
「う〜〜ん。確かにその推測は自分でも間違いではないと思う。しかし、時にはその常識を捨てないと自分を窮地に陥れてしまうことになる。」
わけもわからない柊大の返答に意味が分からなかったので思わず聞き返してします。
「隊長のおっしゃりたいことがいまひとつ理解できないのですが・・・・・?」
柊大は突然険しい口調で語りだす。
「お前達は、烏丸天狗って知ってるか?」
やっぱり何を言いたいのか分からないのであっけに取られまくれながらマリアが聞き返す。
「烏天狗って・・・・・あの日本古来の妖怪のことですか?それが今回の事件とどのような関係があるのでしょうか?」
「そっちの烏天狗じゃなくてだなぁ・・・・・現在インターポールで最重要指名手配半とされている謎のイかれた野郎だ。本名不明。年齢不詳。国籍は日本ではないかといわれてる。とにかく情報がないから国籍が日本じゃないかといわれてるから俺達に回されてきた厄介な出来事だ。」
眞吾は何か思い当たる節があるらしい口ぶりで確信に迫る質問をする。
「もしかして今回のバイオハザードはその烏丸天狗が何らかの関与をしているのでしょうか?」
「その通りだ。俺も詳しくは聞かされてはないがどうやら本部に匿名で届けられた電子メールには犯人は烏丸天狗だと書かれていたそうだ。」
そういうと柊大は周りの生成工場に比べて一際被害状況が少ない工場を眺めながら、
「さて、マリアと眞吾。この工場は何でほかと比べて被害状況が少ないか分かるか?」
いまいち理解できていない様子でとりあえず答えてみる。
「さっぱり分かりません。この工場がどうかなされましたか?」
「ただ単に被害状況を免れただけの工場ってだけじゃないの?」
当然の返答といえば当然だろう。いくら卒業訓練中といえども訓練兵といえどもただ被害が少ないだけで何が分かるかといわれても分かるにはそれなりの場数を踏まないと分からない。
「よし。教えてやろう。もしかしたらここに烏丸天狗がいるかもしれないと教えてるようなもんだ。」
この意外な答えに眞吾とマリアは驚きと緊張が走った。
「しかし・・・・なんか引っかかるな。これじゃぁまるで俺達はここにいると教えてるような感じだな。もしかしたら俺達を誘ってる可能性がある。」
「調査する可能性がありますか?もしかしたら烏丸天狗の仕業という可能性があります。」
「そうしよう。マリア、眞吾。お前達が今日支給されたハンドガンはどんな種類だ?」
すると今度は眞吾がテキパキと説明をする。
「自分が説明します。今回自分達訓練兵に支給された銃をM93-Rを二挺支給されました。
弾装は合計で8です。」
「M93-Rか。一応フルオート連射が出来るから問題はないと思うが装弾数が少ないから無駄に連射はするなよ!」
二人は声をそろえて、
「了解!」
マリアは一つ装備して、眞吾は二挺拳銃のように手に持ち、今にも突入をしようとしたそのとき工場の中から悲鳴らしき絶叫が聞こえてきた。
「う、うわーーーー!!!!!・・・・・・・やめろーーーー!!!!グファ・・・・・・・」
この悲鳴を聞いた3人は緊張が一気に頂点に達してそれまで何とか保たれていた恐怖感が一気に開放されようとしていた。さらに一呼吸をおいて柊大は工場の入り口の扉に手をかけて合図をかけると素早く突入してしまった。慌てて2人も柊大の後に続いて突入をする。するとそこには先ほど悲鳴を上げたと思われる人が無残にも鋭利な刃物によって切り刻まれて大量の血しぶきを上げながら倒れていた。しかも、その倒れている人をよく見ると自分達と同じく今回の作戦に参加していたシャドウズの隊員の姿であった。その光景を見てマリアが、
「ひどい・・・・・・一体誰がこんな惨いことを・・・・・・」
と思わず言葉を発して悲しむ。するとマリアが悲しんでいる横で意外と冷静な表情で分析をしている柊大が重苦しく言葉を発した。
「これは多分烏丸天狗の仕業だ!この工場のどこかに烏丸天狗が潜んでいる可能性がある!」
すると同じく冷静な表情でその死んだ隊員の亡骸を眺めていた眞吾も続いていう。
「なぜ烏丸天狗がやったと断言できるのでしょうか?自分には経験不足かもしれませんがいまいち理解できません。こんな短時間でこんなにたくさんの鋭利な刃物の長い傷を作り、我々の突入の後わずか1秒そこらで消えるなど常人ではなしえない神業であります。」
眞吾の問いかけに思わずうなずきながら柊大が、
「うむ。確かに眞吾が言うように常人ならこのようなことは不可能だ!いや、やつは常人ではないから可能だと言い換えるべきかな?やつは一度アフガニスタンでおよそ100人もの正規の陸軍兵をたった20秒そこらで全員ぶった切って死亡させたという記録が確かに世界指名手配犯記録に記されている。こんな記録はまさか真実だとは思わないが確かにあいつは妖怪でほとんど神に近い存在と同類のやつらに呼ばれてるからな・・・・。」
するとどこからともなく物凄く野太い声が当たりに響き渡る。
「お見知りおきを有難う。日本政府直轄極秘諜報活動部隊THE・SHADOWSの諸君!私の名は烏丸天狗。今回のバイオハザード事件の首謀者でもある。まぁ〜自己紹介の必要はないだろう。」
突然当たりに響き渡る野太い声、そして今回のバイオハザードの首謀者と名乗る烏丸天狗。明らかに怪しい。負けじと柊大も声を大にしてあげる。
「一度貴様のその長い天狗鼻を拝見させてもらいたいものだな!ちょろちょろ隠れてないで姿を現せ!烏丸天狗!」
すると突然柊大たちの頭上に赤い閃光が駆け抜けていく。その閃光の駆け抜けていった先を見ると、天狗の顔をした人間が鉄パイプの手すりの上に立っていた。眉間にしわのよった赤い天狗のお面、それにそう長くはない黒髪、特徴的な白い絹とふさふさの毛皮で出来た上等な衣。下駄を履いているはずなのにバランスよく鉄パイプの手すりの上に立っているバランス感覚。さらに忍者刀で出来た二つの扇。さらにところどころ衣の脇から見える隆々とした筋肉。
「私も君達の行動と機動力には人目をおいている。私も君達の誰かを誘ってみたいほどだな。だがここ最近君達の存在が邪魔になってきた!私の行く先々で君達と遭遇しては作戦が未然に防がれてしまう。これでは究極の恐怖作戦が進まなくなってしまう。」
間髪をいれずに柊大が、
「究極の恐怖作戦とはなんだ!」
「おっと。私としたことが・・・・思わず口を滑らせてしまったようだ。君達はまだ知る必要はないがいずれその身をもって実感するだろう。貴様らがこれまでかつて経験したことのない恐怖を・・・・!」
「何だと?!それは一体何なんだ!?」
「同じことを繰り返し言わせるな。君達はまだ知る必要はない!そんな事よりも君達の存在が邪魔だ。消えてもらう!」
烏丸天狗はそういうと鉄パイプの手すりの上から飛び立ち、柊大たちの目の前から消えた。あたりを見渡してもそれらしい影はどこにも見当たらない。3人があたりを見渡しながら移動しているといつの間にか3人ははぐれて単独行動を取っていた。柊大はこういう戦況になれているので問題はないのだが、眞吾とマリアはまだ実戦経験がそれほど多くないのでこういうような事態に陥ってしまったらいくら訓練されているといってもパニックと緊張と不安の3要素が重なると素人同然に行動が出来なくなってします。
「眞吾!マリア!どこにいる?!とにかくその場で返事をしろ!!」
シーンと静まり返った工場の中に柊大の声がより一層こだまして聞こえる。このときマリアと眞吾にはある違いが見られた。眞吾は訓練兵用の教科書どおり、常に銃を構えた状態でその場をゆっくりと慎重に音を立てずに行動を開始し始めた。それとは対照的なマリアは未だパニック状態から抜け出せずにいたため、その場でおろおろとするしかなかった。すると、特徴的な下駄の足音が徐々にマリアのいる方角に向かって近づきつつある。これにより一層パニック状態に陥ってさらにおろおろし、遂にはべそまでかき始めてしまった。すると、烏丸天狗と思われる赤い閃光が空中で緩やかに弧を描いてマリアがいると思われる方角に物凄いスピードで向かっていく。それを見逃さなかった柊大と眞吾は急いで烏丸天狗が放つ赤い閃光を追いかけていく。そこにはあまりの恐怖でその場でへたり込んでうずくまっているマリアがそこにはいた。どうやらまだ烏丸天狗は来ていない様子でほっと一安心したのもつかの間、間髪を要れずにその場に座り込んでいるマリアの目の前に烏丸天狗が現れた。眞吾は思わず、
「早くその場から逃げろマリア!!」
と叫びながら両手に装備した二挺のハンドガンを振るオート連射で烏丸天狗の後頭部を狙う。眞吾が発射した鉛弾は音速で烏丸天狗の後頭部に向かっていく。確実に命中したと思ったら烏丸天狗の姿はマリアの目の前から消えていた。
「・・・・・!!・・・・・・消えた?!まさか・・・・・・・?」
そう思いつつも前方に銃の照準を定めたまま早足でマリアの下に警戒しながら近づく。と、自分の後ろに何か異様な気配を感じたのでマリアの下に近づきながらゆっくりと後ろを振り返るとそこには今にも刀の扇子を振り下ろそうとしている烏丸天狗の姿があった。
『!!!!いつの間に俺の後ろを取ったんだ?!』
さらに最悪なことに眞吾は後ろを振り替えたのと突然の出来事で気が動転してしまって上手く状況が把握できなかったが考えるよりも先に体が反応し、手に持っていた二挺のハンドガンを烏丸天狗に向けたが間に合わず、烏丸天狗が扇子を振り下ろし始めた。
『駄目だ・・・・・・・。死んだ!!』
「よけろ眞吾ぉーー!!」
柊大の発した突然の声に再び考えるよりも先に体が反応して超低空でバック転をした。丁度後ろに飛んでそろそろ手を地面に付こうかとしたところを4、5発の銃弾が眞吾の体の上を超高速で軌跡を引きながら駆け抜けていく。そのまま眞吾は地面に手を付いて、そのまま手で反動を利用して着地する。着地すると同時に二挺拳銃を後ろにいる烏丸天狗に銃を向ける。眞吾がそこで見た状況は右肩に銃弾を数発食らってその銃弾の反動で体が右に反り返っている烏丸天狗がいた。すかさず眞吾はとどめといわんばかりに両手の銃の引き金を力強く引く。何発も何発もけたたましい咆哮をあげて烏丸天狗に向かっていく。すると、再び風のように影もなく眞吾の目の前から消える。その代わり、煙が立っている人型の紙切れがはらはらと舞い落ちる。
『また消えた?!・・・・今度はどこに消えた!!』
思わず後ろの方向を振り向くと未だその場に座り込んでいるマリアの後ろを今にも襲おうとしている烏丸天狗が立っていた。なぜか自分が危険を感じたかのようにマリアの後ろにいる烏丸天狗に向けて銃弾を発射する。するとほんの3発ほどを発射したところで弾切れを示すリロードの状態で拳銃がうなりを止めた。
「ちっ!弾切れか?!こんなときに・・・・・・!」
全くもって予想外の展開に眞吾は思わずしたうちをする。しかもその3発の銃弾を烏丸天狗は軽々とした身のこなしで全弾よけてします。仕方なく眞吾は両手で装備しているハンドガンのうち片方を捨てて一つの銃のマガジンを素早く交換して今度は一発ずつしか発射できない状態に変更して烏丸天狗に迫る。しかし眞吾が放つ銃弾を烏丸天狗は全てを前もって物語っているかのように余裕を持って交わす。何発も連射していたために、再び弾切れが近くなってきたところで座り込んでいたマリアがようやく復活。そのままの姿勢で銃を持った手を後ろに回すと一気に引き金を引いた。不意をつかれた烏丸天狗は回避できずに命中。すると、眞吾が放つ銃弾とマリアが放つ銃弾で体のそこら中に銃弾が貫通したあとが出来ていてそこから血が流れ出ている。
「ぐっ・・・・・・小僧どもにやれるとは・・・・。」
弱々しい声で烏丸天狗が独り言を吐き捨てるように言うと、再びその姿を消した。それと同時に上のほうからなにやら液体が一滴ずつ滴り落ちているのに気が付いた。ふと眞吾が天井を見上げるとそこにはまるで映画のワイヤーアクションで吊り上げられている俳優のように人間ではありえない技を繰り出しながら空中をさまよっている姿であった。烏丸天狗は眞吾とマリアに自分の姿を見つかったことに気が付いてとっさにどこかへ飛び去ってしまった。眞吾とマリアは急いでその姿を追っていくと、自分の目の前に柊大の姿が見えた。眞吾は思わず、
「隊長!後ろに天狗が・・・・・!!」
柊大は眞吾の言葉に反応して瞬く間に銃を烏丸天狗に向けたが、間に合わず烏丸天狗は柊大の体を自分の手に持っていた扇子の形をした刀でかっきっていた。
「ぅ、ぐは・・・・・」
苦しくもだえた声と同時に柊大の口から真紅の血が吹き出した。その光景を見た眞吾は一瞬状況が理解出来なかったが、状況を理解したら態度が一変して憤怒した様子で勢い良く柊大の元に駆け寄りながら空中を飛び跳ねるように逃げる烏丸天狗に向かって銃弾を射出しようとしたが弾切れだったことに気が付いた。腰元に装備されていたアーミーナイフを勢い良く投げるがすばしっこい烏丸天狗に当たることはなかった。烏丸天狗を確保しようと奴の下に走っていると、倒れかけている柊大の手が眞吾に向かって差し伸べられていた。しかも良く見ると、その手にはハンドガンが握り締められていた。眞吾は烏丸天狗に駆け寄りながら柊大が差し出した銃を受け取ると、照準を合わせる。烏丸天狗はもう工場の窓枠のあたりにまで到達していた。
『おそらくあの天狗野郎に銃弾を食らわせてやるチャンスは今の俺の実力ならおそらく一回が限度。奴が窓枠に足をかけて一気に飛び立とうとする瞬間がチャンス!はずすなよ、俺!』
眞吾が自分にそう言い聞かせて精神を落ち着かせ集中すると、目の錯覚かもしれないが烏丸天狗の動きが遅く見えた。遅く見えたおかげで照準を合わせやすくなり、空中を浮遊している烏丸天狗に照準を合わせることに成功した。間髪をいれずに数発の銃弾をお見舞いする。柊大の銃から射出された銃弾の軌跡が全部みえたきがした。ゆっくりと窓枠に着地しようとする烏丸天狗に銃弾が命中する。それでもひるまずに逃げようとする烏丸天狗に眞吾は全弾放出した。だが、既に烏丸天狗は窓枠から飛び立ってガラスの破片とともに今にも外に飛び出しそうな勢いであった。
『間に合わない!取り逃がしたか・・・・・・。』
と、思ったが、奇跡的に建物の外に少し出たところで眞吾が撃った弾が全弾命中して力なく烏丸天狗は地面に墜落していく。眞吾はそれを確認すると急いで柊大の元へ駆け寄った。
「隊長!大丈夫でありま・・・・・・・・・・!!駄目だったか。」
既に柊大は息を引き取っていた。力ない亡骸が大きな鉄柱に横たわる。眞吾は悲しみにくれたが涙を流すわけでもなくただ柊大の遺体を眺めている。これはマリアも同様である。シャドウズに入隊した当初から良く眞吾とマリアの面倒を良く見てくれていたいわば兄貴分のような存在が突然に消えてしまったのだから・・・・・眞吾はゆっくりと震えたその手で柊大のドッグタグを回収する。眞吾の手によって回収されたドッグタグを良く見ると傷だらけで形も様々な方向にひしゃげていた。多分幾多もの突発的な危機的状況を乗り越えた戦場の証なのであろう。予備のタグには銃弾の後と思われる痕跡までくっきりと残っている。眞吾がそのドッグタグをゆっくりと自分のスーツのポケットにしまったその刹那、ドカン!!!けたたましく乾いた爆発が突然起きた。その爆発の後にどこからともなく烏丸天狗の声が聞こえてきた。
「貴様らはここでわしの道連れにしてやる。幸せに思いやがれ荒廃した日本政府の下僕共が!!!」
狂気に満ちた声で烏丸天狗が叫ぶと眞吾たちの頭上でさらに大きな爆発が起きる。条件反射で間一髪爆発の残骸から逃れることが出来た。なおも大きい爆発や小さな爆発が次々と発生していく。何とか工場の外に出ると、そこら中で爆発が起きたような後が見られた。しかも、まだ向こうのほうでは爆発が次々と起こっている。ずさんな惨劇を目の当たりにして眞吾とマリアは言葉も出ず、ただ立ち尽くして辺りを見回すことぐらいしか出来なかった。二人がその場でおろおろとしていると通信が入ってきた。
「訓練兵!聞こえるか?!」
とっさに眞吾が応答する。
「こちら眞吾訓練兵であります。」
「俺は柊隊後方援護活動及び救助部隊隊長の柏木だ。さっきから柊隊長に呼び出しをしているのだがなぜ反応しない?」
後方援護部隊隊長と名乗る柏木の問にどう応答すればよいか一瞬詰まったがありのままを話すことを決意した。
「柊隊長は烏丸天狗との交戦で死亡されました。」
柏木は少し驚きと悲しみの雰囲気をかもし出しながら、
「そうか・・・・・・。君達だけでも生きていてくれて幸いだ。それで烏丸天狗はどうした?」
「烏丸天狗は自分がとどめをさしたと思っておりましたが生きておりました。尚、その後の行方については不明であります。自分の推測からするとこの爆発事件は烏丸天狗が証拠隠滅を目論み遂行したと思われます。」
「訓練兵にしては良くやった。これより柊隊後方援護活動及び救助部隊は先陣の柊隊の回収を行う。リカバリーポイントはE、N−5k、ポイントマークデルタ。Tリミットは20ミニッツ。リカバリーエンドは0420時。以上だ。」
淡々と回収についての説明を受けた後眞吾はマリアに説明をしてすぐさまリカバリーポイントへ移動する。時間は20分。北東の方角へおよそ5キロ。現在時刻は0355時。残り時間25分で北東の方角へ移動しなければならない。これはかなり過酷な避難になりそうだ。なぜなら眞吾とマリアと柊大はこの工場に来るまでに必要最低限の退避ルートを確保していたのだがたった今しがた起きた爆発事件によりせっかく確保していた退避ルートがあっさりとつぶされてしまったからである。それに加えてあふれ出す何かの蒸気により、視界が前方3メートルから4メートルと、濃い霧の中にいるような状態になっている。それに加えて足場の悪さだ。このような状況をいくつもこなしている人間にとって見ればなんら問題はないが眞吾たちはまだそんなに経験がない上に危機的状況の対処方法をあまり心得ていない。
「こんなところでおろおろしててもしょうがないからとにかくリカバリーポイントまで移動しよう。時間がないからな。」
マリアに向けて独り言のように眞吾が言葉を発する。
「そうね。ここにいたらいつまた爆発に巻き込まれるか分からないしね。」
そういうと、2人は現在位置から北東の位置を確認して歩き出す。そこら中で爆発が起きたためにいたるところにその破片が散らばっている。普通の石ころ程度のものや大きな一枚岩のようなコンクリートも重なっている。このとき眞吾たちは一つのものを失って一つの幸運を手に入れたことになる。失ったものは柊大が確保してくれた退避ルート。しかしもともと退避ルートだからといって何か特別なことを行ったわけではないので予想範囲内の出来事だ。その代わりの一つの幸運が眞吾たちが歩いている道はいろいろな形や大きさのコンクリートが散乱しているにもかかわらず、意外と足場がしっかりとしていたことである。この意外な幸運のおかげで不安定な足場が、単なる岩山の状態と変化したのだった。2人ともバランス感覚はずば抜けているのでリカバリーリミットのおよそ6分前ぐらいには無事に到着してそのまま二人は気を失ってしまっい、気が付くとそこは基地の医務室で横たわっていた。夢かと思ったがその手にはしっかりと柊大のドッグタグが握り締められていた。
―――ふと眞吾が気付くと、そこはいつもの自分の部屋ベッドの上にいた。どうやら学校のベッドに身を放り出したらそのまま眠り込んでしまったらしい。いつの間にか流れていた涙をふき取ると眞吾はいそいそとシャドウズの本部基地に移動を開始した。悲しみとともに・・・・・
第五話・泣きっ面に天狗、完